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サイエンスコミュニケーター宣言(266)

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▼「雲見」の空はもう泣き出しそうだった。
ゴロゴロ ゴロゴロ
と音も響いてきた。
見えない大気の運動を見るたったひとつのルール
「上がると ザアザア 下がると カラカラ」
これを呪文のように繰り返していた。
これが「私の科学」!!
▼日本に「理科」がはじまったのは
●1886年(明治19)  「小学校令」 「小学校ノ学科及其程度」
である。(くわしくはサイエンスコミュニケーター宣言(89))
 従って日本の「理科」教育は127年の歴史をもつ。
その127年の歴史のなかに、【理科の部屋】20年史も位置づけたかった。
▼127年の歴史は紆余曲折し、不易と流行を繰り返していた。
アタリマエ!!
「不易」なものがあった。
それは「授業」である。
●私の小さな「ふしぎ!?」から「私の科学」へ
の「現場」である。
「私の科学」が生まれ育ったところである。
誰もが体験していた。
これまたアタリマエ!!
▼違和感の正体のひとつが見えかけていた。
なぜ現在進行形の「授業」を語られないのだろう?
その疑問があった。
 「これからの科学」を語りはじめるにはそれは必須ではないのか。
「理科離れ」の枕言葉で語りはじめられる「理科」 ???

ひとつの作業仮説が生まれた。
●サイエンスコミュニケーション最前線に理科の「授業」がある。
●理科教師こそは元来の「サイエンスコミュニケーター」である。

これはホントだろうか?

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