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天児屋たたら公園(たたらの里学習館)に行った!!

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▼今日で、2013年前半がおわる。2013年の抱負として、「いつかいつか…」と思ってきたことをやる年と決めていた。前半だけでもいくつかを実現してきた。
 これも「いつか行ってみよう」と思いつづけてきた場所のひとつだった。
天児屋たたら跡である。実は1983年の5月連休に一度ここを訪れていた。
だから30年ぶりの再訪ということになる。
こんな近くにいて「いつか…」は実現しなかったわけだ。
なんとも…。
 車で1時間少しで、そこに着いた。今が見頃のみごとなクリンソウの群落がむかえてくれた。
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▼30年前の記憶にはないが、今はりっぱな「たたらの里学習館」が建っていた。
入口横には鉧(けら)のりっぱなものが置いてあった。
館内に入るとまずビデオで「鉄づくり」の復習をした。
道具類、たたらの模型、歴史的資料等々貴重なものがいっぱいである。
ここでひととおりの学習ができるようになっている。
一見の価値あり!!
資料本を購入して外に出た。
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▼たたら公園は、まるで城跡のようにりっぱな石垣が残っていた。たたら場としての当時の作業、くらしを想像させるものだった。それぞれの場所に標柱がたっていてわかりやすい。
入口の地蔵さんの前にはカナグソのようなものが供えてあったのが印象的だった。
上の方には、金屋子神祠跡があった。
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▼鉄づくりの「現場」=高殿跡は広かった。さぞりっぱなものであったことを想像させる。
「炭小屋」「鉄砂小屋」がとなりにあった。
このアタリマエ!!が、私にはとてもうれしかった。!!
公園内を何度かグルグルまわりなが当時の製鉄作業、携わった人々のくらしを想像してみた。

 梅雨のあいまを利用しての「いつか…」の実現は楽しいものになった。
授業で少しでも伝えることできるかな。
 またしても「たたら」への興味がふくらんできた。
次は… と。 
困ったものだ。
 

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【授業】今日(2013/05/30)は、あれから29年目の日なんだ!!

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▼梅雨に入って2日目。梅雨に入ったのだったらあれももうそろそろかな。いつもの場所にそれを観察にでかけた。
やっぱりそれはあった。
いつもの場所にいつものように。
 モリアオガエルの卵塊である。あじさいの葉にそれは産み付けられていた。
かくも正確に「いつもの場所!!」にだ。オタマジャクシは泡から出るとみごとに池に着水する。
池のなかではイモリ君たちがそれを待ち受ける。それもいつものようにだ。
いつもの場所でいつものように…。
▼今は、授業では「原子が見えたら…」を続けているけど、このあとは「食べる」「殖える」を中心とする動物の世界に入る。またその後は、「梅雨」などを含む日本の天気の学習をやる。
 だからこそなおさら今、「モリアオガエル」「イモリ」の今、「天気」の今をリアルタイム伝えたいな。
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Dscf6674▼なにかも今、というのは無理としてもこれだけは今日(2013/05/30)伝えたい!!
それはあれから、ちょうど29年目の日なんだ。
昭和59年(1984年)5月30日午前9時39分
校区を震源として山崎断層地震が発生した。
幸い死者はいなかったものの被害は広範囲におよんだ。
まちがいなく大地は動いたんだ!!
すでに授業としての学習は一年ときにすんでいる。「記憶」の聞き取りも冬休みの課題だった。
でもほんとうの学習は終わっていない。
「天災は忘れた頃にやって来る!!」である。

忘れないこと!!
それが防災・減災の第一歩!!
時間にして数分だけだ。今日伝えようと思う。
▼どうしても伝えたいと思うことは重なってくるものだ。
「思い」だけでは授業は成立しない。
「伝わる授業」までの道のりはまだまだ遠い!!
拙い授業でそう語るのは恥ずかしいが、
私にとってサイエンスコミュニケーションの最前線は「授業」なんだ。

さあ、ゆっくり ゆっくり 急ごう!!


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【授業】酸化銅から酸素を奪うには!?

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▼どうやら近畿地方も梅雨入りしたようだ。広がる大賀ハスの葉のうえにも雨が降っていた。葉の上で転がる水滴は集合、離散を繰り返し刻々と様子を変えていた。
 大きな水滴になって葉から落ちて観察池に落ちていくのもある。その運動のようすを見ているだけでも飽きなかった。
そして思った。
「もし水の分子が見えたら…」
と。
▼そんなこと考えたのはきっと「原子が見えたら…」の授業を続けているからだろう。
次なる課題は「酸化銅から酸素を奪うには…?」だった。
「山に行っても、あの10円玉の銅は落ちていない。銅を手に入れるためには酸素とくっついた酸化銅から酸素を奪って銅だけにしなければならないだ。どうする…!?」
ここも化学反応式で考えてみることにした。
「加熱する」
「もっともやす」
「電気分解や」
「冷やす」「冷凍や」
▼「原子も恋をする」話からせまることにする。
「銅と酸素は今ラブラブだ。これを…」
これに対する反応ははやい。
「鉄」(スチールウールの燃焼を見ている)
「水素」
「マグネシウム!!」
「スミ(炭素)や」(丸底フラスコいっぱいの酸素中で炭素が燃えるのを見ている)
やや誘導発問ぎみ。
 炭素が出てくればあとは簡単!「二酸化炭素」はすぐだった。
▼「原子が見えたら…」でやや強引にシナリオかいて進めているが、ほんとのところどこまで「原子」は見えてきているのだろう。
 どんなイメージが生徒たちの頭の中にあるのだろう。
後から考えてみるに、生徒たちが即答した方法もそれなりの学習の成果とも言える。
私の頭が「原子」ばっかり主義にかたまってしまっていて、生徒ほどに豊かなイメージが描けなくなってしまっているのだろうか。

生徒たちには「原子」はどう見えてきているのだろう?
私にはほんとうに「原子」が見えているのだろうか?
そう問いかえしながら
もう少し続けてみよう。

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サイエンスコミュニケーター宣言(263)

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▼それはとても「ふしぎ!?」なものだった。
これが先日の日曜日に教えてもらったノイバラの虫こぶだった。「どこのノイバラだってみつかりますよ」と言われてもまだ半信半疑だった。家の前の土手のノイバラを見に行った。
あった!!確かにあった、それにしても美しすぎる。まるで赤い実のようだ。
しかし、実がつくはずのない場所だ。
 それにしてもノイバラとバラハタマバチの不思議な関係!?
▼そんな私の小さな「ふしぎ!?」と「私の科学」をつなぎ伝えるのが、サイエンスコミュニケーターとしての私の「仕事」だ。
 この最前線の取り組みとして私の場合は「授業」がある。
▼その文脈と【理科の部屋】の歩みとのつながりを強く意識させてくれたものに「サイエンスアゴラ」がある。
2011年度、2012年度と連続して一般参加者として参加させてもらった。
そのときのことはじっくりとのちほどにする。
▼とりあえず、【理科の部屋】20年史年表にサイエンスアゴラの「歴史」をプロットとしてみた。
作業をすすめながら
「サイエンスアゴラとは?」
「サイエンスコミュニケーターとは?」
「サイエンスコミュニケーションとは?」
「サイエンスとは?」
「これからの科学とは?」
「理科とは?」
「「私の科学」とは?」
「私はほんとうにサイエンスコミュニケーターなのか?」
「…」
 堂々巡りしながら自分に問いかけてみた。


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【Web更新5/26】13-21 オンライン「寅の日」等 更新!!

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ドクダミや においの向きに 白十字 13/05/25 (土)撮影@福崎


■楠田 純一の【理科の部屋】13-21
週末定例更新のお知らせ
 昨日は、短時間のあいだに自分とちがう「私の科学」にいっぱい出会った。
それぞれがちがうから実に面白い!!ゆっくりした私の頭ではなかなかすべてを理解しきれない。
こんなときはすぐさま反芻作業に入るのでなく、少し「寝かせる」ことにしている。
「寝かせている」あいだにきっと醸成されるものが…。

◆表紙画像2013 更新 人里の自然 ドクダミ
 家の前の溝が改修工事で変わってしまった。それでも溝を覆ったグレーチングのすき間からドクダミから伸びて来ていた。なんともたくましいやつだ!!それが白い十字の花を咲かせていた。
十薬ともよばれなんにでも効くという身近な漢方の代表植物だ。それだけにその生命力はたいしたものだ。
あの独特のにおいと清楚な白十字の花のアンバランスがうれしい!!

◆オンライン「寅の日」 更新 !!
 オンライン「寅の日」は第35回まで終えた。
6月の計画も提案したところだ。6月のテーマは「生命と時間」である。
どんな展開になるのだろう。それを考えると楽しい。

◆サイエンスコミュニケーター宣言 更新!!
 当面は【理科の部屋】20年史のワンクオーター(5年)の「歴史」をblogでふりかえってみようとおもう。
まずは今すぐできること、面白いと思えること優先させてやっていこうと思う。
「そのうち…」を期待しつつ。

◆【授業】「化学変化」 更新!!  原子論的物質観の可能性の追求!!
大げさに言えば今回の授業の私のテーマだ。
原子が見えてくれば、還元・質量保存則・定比例の法則はアタリマエ!!
のはずだが果たして…。

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サイエンスコミュニケーター宣言(262)

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▼大賀ハス蓮根の植え替えから8週目である。観察池の蓮の葉は一週間で驚くほど広がっていた。先行するものが必ずしも先頭ではなかった。一週間前には小さな葉芽であったものが、いちばん巨大になった。長径は30㎝を越えた。
 なんと偉大なる営み!!  光合成!!
▼この大賀ハスに出会ったのも、ここ5年間のできごとだった。
【理科の部屋】20年史のなかのここ5年間の歩みを、私の【理科教師日記】から拾って、【理科の部屋】20年史年表にプロットしてみる作業をすすめた。
5年と言えば20年史のちょうど1クオーターである。
5年の歩みを俯瞰してみるとひとつのテーマが浮かび上がってきた。
●私の「ふしぎ!?」から「私の科学」へ
▼三つの試論を「記録」していた。
・新・私の教材試論
・新・「自由研究」のすすめ試論
・新・クラウド「整理学」試論
である。いずれもまだまだ道半ばである。
切り口はちがうが共通するものがあるような気がする。
それはTwitter的(「リンク」「シェア」「フラット」「等身大」「リアルタイム」「アクティブ」)=【理科の部屋】的であることである。
▼それらを包括するように「サイエンスコミュニケーター宣言」をはじめた。
その歩みは、コミュニケーションのふたつの鉄則
●情報は発信するところに集まる!!
●情報は交叉するところに生まれる!!
の再確認の営みでもあった。

さあ、今日も自分とはちがう「私の科学」に出会いに行く。
どんな「私の科学」と…。楽しみである。
 
 

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サイエンスコミュニケーター宣言(261)

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▼朝起きて、部屋の窓をあけて気づいた。うるさいばかりの蛙の鳴き声!!
いやもうすでに始まっていたのかも知れない。今さら気づいただけなのかも。
 そう言えば、昨日の空だって夏バージョンに衣替えをしていたのかも知れない。
気づかなくても地球は着実に回転を続けているのだ。
▼今さらの言葉を思い出す。

過去と他人(ひと)は変えることはできないが
未来と自分は変えることができる!!

そうだ!!これだ!!
「なぜこんな【理科の部屋】20年史年表を書いているの?」と問われれば、こう答えよう。
「未来と自分を変えるため」と。
▼このblogから、「歴史」を拾ってみてプロットする。その作業を少しずつゆっくりゆっくりとやっていこうと思う。
今回は「オンライン「寅の日」」を拾ってみた。
年表にプロットしようとすると、その必然が見えてくるから不思議だ。
▼この年表に書き込みの作業をするとき、自然ととなりの「日本理科教育史・他(科学・技術史を含む)」「インターネット史」に目が行く。
 どんな小さな「歴史」も、単独では存在しないということがわかる。
さらにそのときの「社会のできごと」知りたければいいものがある。
それが
●NHKクローズアップ現代20th
である。特に「クロ現年表」は必見だ!!

なんという偶然だろう。この番組も【理科の部屋】と同じく今年で二十歳なんである。

これは偶然!?必然!?

そこまで言えば少し言い過ぎだろうか。

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本日(2013/05/24)、第35回オンライン「寅の日」!! #traday

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▼昨日の朝、ずっと気になっていた校庭の「ユキノシタ」の写真を撮った。ほんとうにきれいな花である。きれいなだけでない。つくりも「ふしぎ!?」だ。
 このつくりにもなんらかの意味があるのだろう。通りがかった生徒が言った。
「きれいなチョウチョみたい!!」
と。
▼サイエンスコミュニケーターの「仕事」として私は、けっこうこのオンライン「寅の日」というのを重要視している。
今日(2013/05/24)は、その第35回目の日である。
 読むのは、「科学」はツナガッテイルという話だ。
◆第35回オンライン「寅の日」
●「物質群として見た動物群」(青空文庫より)
▼まず念頭においておきたいのは、この文章の書かれた時代である。
昭和8年(1933年)、今からちょうど80前である。
繰り返されるコトバ
・「生物の事が物理学でわかるはずがない」
・「人間のことに物理的方法に適用しない」
・「生物の事は物理ではわからぬ」

「ほんとうにそうだろうか?」と異議を唱えこれに反駁しようとするのがこの文章の文脈である。
もちろん、例によって次のような条件をつけながらであるが。

もちろんそういう簡単な無機的な現象の実験から、一足飛びに有機的現象の機構を説明しようというのならば、それは問題外であるが、

▼80年経った今、寅彦のあげている具体例に違和感があるだろうか。
今やアタリマエのこととして考えられているのではないだろうか。
しかし、寅彦の指摘したことは完全に私たちの頭から払拭されているだろうか。
どこかで根強く残っており、またちがった「かたち」をとって現れたりしてきているのではないだろうか。
今一度、最後の文章の意図を読み取ってみたいものである。

科学の進歩を妨げるものは素人(しろうと)の無理解ではなくて、いつでも科学者自身の科学そのものの使命と本質とに対する認識の不足である。深くかんがみなければならない次第である。

これは、これからの「私の科学」に大いなるヒントになるでは…。

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サイエンスコミュニケーター宣言(260)

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▼「ゆっくり ゆっくり 急げ!!」と自分に言い聞かせる。
定点観察のヒガンバナをみる。もう枯れ果て地上部からいよいよ姿を消そうとしている。
この時期に見えなくなったら、次は9月のお彼岸近くまで見ないということになる。「植え替えるのならこの時期だ」と大先達松江幸雄先生も言っていた。
 地上部から姿を消すが、地下では花芽形成に向けて活発な営みが開始されているのだろう。
それをも想像しながら「再会」を待ちたいものだ。
【理科の部屋】20年史年表づくりを続ける。
我田引水であるが、この年表のいいところはいつでも、どこからでもはじめることができるところだ。
思いついたときに、どこからでも追加できる。
「歴史」であるから時系列のならべていくわけであるが、それはけっして「過去から現在へ」と考えて行く必要はない。「現在から過去へ」もありである。
「のぼり おり」「よこばい」自由自在である。
それがありがたい。
▼少し「現在から過去へ」に注目してみたいと思っている。
そのとき、とてもありがたい記録化された資料があった。
それが、このblogである。このblogは2007年の【理科の部屋】14歳の誕生日(2007.11.23)以降、ほぼ毎日書き綴っている。
 あのファラデーは何十年にわたり「日記」を書き続け、その自分の研究のパラグラフに通し番号をつけて、いつでも参照できるようにしていたそうである。
 そんなファラデーを引き合いにだすのはちょっと恥ずかしいが、その真似事がこのblogを利用すればできそうな気がしてきた。
▼さしあたりこの「サイエンスコミュニケーター宣言」はいつどんな思いではじめたのだったかを見てみた。
●サイエンスコミュニケーター宣言(1)
なるほど自分で納得してみる。
しばらくはこれを続けてみよう。
 これでは【理科の部屋】20年史は、ややもすると「私の」【理科の部屋】20年史になってしまうと思うが、そこからしかはじめられないとも思うのである。
 いっぱい「私の」【理科の部屋】20年史が出てくることを願いつつ、つづけてみようと思う。
 

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【授業】スチールウール(鉄)が燃焼すると二酸化炭素ができるか!?

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▼アメリカフウロの角が赤みを帯びてきたものが目につき始めた。こうなるとあらためて気づく。
なんといたるところにこの植物がはびこっていることか!!
庭先、道端、田んぼの畦、土手…。
なんという繁殖力だ!?どこにその秘密があるのだろう?
▼【授業】を語ることをつづけてみよう。
 つづけていると自分でも驚くのであるが、まったくちがった文脈で語っているつもりでも、いつしか過去の文脈に収束していっているのである。
試しに「金属の燃焼」で検索してみた。
これまでの私の文脈がヒットしてきた。
◆【授業】金属の燃焼
◆「金属が燃えると何が残るのか」
▼驚くばかり酷似しているのである。
これは私の思考回路に進化がないことを物語るものだろうか。
どうしても教えたいことがあるからであろうか。
仮に後者であるとするならそれはなんだろう。
「スチールウールが燃えても二酸化炭素はできないんだ!!」
(スチールウールに不純物がついていて、二酸化炭素が発生する場合もあるという情報もあるが…)
▼現象にとらわれた言葉「燃焼」に問題があるのだろうか。
「酸化」という言葉を前面にだして考えた方がいいのだろうか。
やっぱり究極は「原子」ではないだろうか。
「原子」が見えたら…で行きたいのだ。

Atom

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2013年6月のオンライン「寅の日」は #traday

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▼久しぶりに遠くまで歩いてみた。いつも村の「花見」がある公園まで行った。
やっぱりあった!!アタリマエだけど感動である。
あんなにみごとな花を咲かせたのだから、その実であるサクランボもあるだろうとさがしてみたのだった。
普通の品種ではそんなに大きくはならないだろうが、でもこのアタリマエがうれしかった。
▼花の時期があって、実ができる。それも一斉にだ。
私は数年、このアタリマエにとても「ふしぎ!?」を覚えている。なぜ一斉になんだろう!?
その季節になったらと言うが、その季節はどこでどう読み取っているのだろう?
動植物はどんな「時計」を持っているのだろう?
そんな「生命と時間」という不思議をテーマに6月のオンライン「寅の日」を実施してみたいと思う。
2013年6月は3回ある。

◆第36回オンライン「寅の日」…6/5(水)
◆第37回オンライン「寅の日」…6/17(月)
◆第38回オンライン「寅の日」…6/29(土)

である。
▼読むのは、これまでに一度は読んだものばかりである。
「生命と時間」というテーマのもとに、その視点で読んでみたいとおもう。
◆第36回オンライン「寅の日」…6/5(水) 「藤の実」(青空文庫より)

◆第37回オンライン「寅の日」…6/17(月) 「からすうりの花と蛾」 (青空文庫より)

◆第38回オンライン「寅の日」…6/29(土) 「三 身長と寿命」(「空想日録」より) (青空文庫より)

▼先日、人に会って「今、いちばん面白いと思っていることは…」という話題になったとき、ついこのオンライン「寅の日」の話をしてしまっていた。
 やればやるほど面白い!!
と思うようになってきた。
 それは寅彦の文章のうまさということもあるが、それだけではない。
語っている内容が今日的であるということがあるからだと思う。
先駆的であり、極めて今日的である!!
だから面白い!!

寅彦読むなら 「今でしょう!!」
 

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【Web更新5/19】13-20「サイエンスコミュニケーター宣言」更新!!

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薫風や 定家葛の 羽根回し 13/05/19 (日)撮影@福崎


■楠田 純一の【理科の部屋】13-20
週末定例更新のお知らせ
 ゆっくり急げ」( Festina lente ラテン語)という名句。昔のローマ皇帝の言葉らしい、気に入ってしまった。
だから、ここでも何度も使わせてもらっている。
 ときには少しそのバージョンを変えて
「ゆっくり ゆっくり 急ごう!!」と。
 外山滋比古さんも言っているが、「急がば回れ!!」とまたちがったニュアンスをもつのだ。
拙速であることも、緩慢・怠惰であることも排した独特のスタイルを意味する。
それはライフスタイルであり、仕事術でもある。
自分なりの意味あいを加味して使い続けさせてもらおう。

◆表紙画像集2013 更新 人里の自然 テイカカズラ
 この花は、何度見てもなんとも「プロペラ」に似ていることだろう。つい「ふしぎ!?」を感じてしまうのである。
どうしてなんだろう!?、どんな意味をもつのだろうと。
 ネーミングから情念の花であることがわかる。それは人間の勝手な観察結果から生み出したネーミングだ。
墓にまでからみつくとは…。でもそのこととこの「プロペラ」「風車」のかたちとなにか関係あるのだろうか。
家の東の土手の「プロペラ」は初夏の風に回っているように見えた。

◆サイエンスコミュニケーター宣言 更新!
 日本理科教育史のなかの【理科の部屋】20年史を年表づくりで追いかけている。
 人と人の出会いが「歴史」をつくり出している。プロットした点と点をつないでみたら、その延長線上に「これから」が見えてくるかもしれない。ゆっくり 急ごう!!

◆【授業】「化学変化」更新!
 授業を語ることで、授業を意識する。その「ねらい」を、その「一時間の展開」を…。
そんな授業エッセイを綴り続けてみたい。

さあ 今週も

ゆっくり ゆっくり  急ごう!! 


 


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サイエンスコミュニケーター宣言(259)

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▼昨日は大賀ハスの定例観察日、蓮根の植え替えから7週目である。出かける前に写真を撮ったつもりでいた。
いや撮ることは撮ったのだ。ところが月を撮った設定のままにしていた。
ぼけた話だ。そこであらためて今朝、曇り空の元撮りなおした。
  観察池の葉は大きくなっていた。長径は17.5㎝にもなっていた。どの時点で「浮き葉」か「立ち葉」判断をするのだろう。先発のものが必ずしも大きくなるわけでない、後発の芽の方が巨大な葉になることもしばしばである。
大賀ハスの内部でなにが起こっているのだろう。
 いくらながめていてもわからない「ふしぎ!?」
でも知りたくなってくるのだ。
▼この大賀ハスの実が我が家にやってきたときのことを思いだしていた。
それもやっぱり人との出会いによるものだった。
2007年8月26日(日)「科学史セミナー」のときに阪本さんより分けていただいたものだった。
 それも【理科の部屋】20年史年表にプロットしてみた。
 そうだ、私のここ20年間の「学び」は、こうして直接、人に会い、学び、教えられ、「おすそ分け」もらうことで成立してきた。
 他の人の「私の科学」と出会いがあって、「私の科学」はより豊かになっていった。
それは、この上ない喜びであり楽しいことだった。
▼昨日も、たくさんの「私の科学」と出会いに京都へ行った。
やっぱり面白かった!!
私自身の「私の科学」とちがう「私の科学」と出会うことは、ほんとうに面白いものである。
同じ「もの」を見ていても、まったくちがう視点でみるとちがった「もの」になる。
なるほどとうなずき、驚きの「発見」がある。
 そんな会を、これまで「オフ」(オフラインミーティングの略)と呼んできた。
20年間の間にたくさんの【理科の部屋】オフを体験してきた。
▼そのたびに「「出会い」は、学び合いと創造のはじまり」と実感してきた。
「学会」「研究会」「サークル」などの原点がそこにあると思った。

情報は交叉するところに生まれる!!

私が今いちばんやりたいオフは、オフライン「寅の日」だ!!


 

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【授業】消えても無くならないんだ!?

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▼やっぱりこの花がいちばん私の「お気に入り」だ!
好きな花もいくつかある。気になる花もある。追いかけているヒガンバナや大賀ハスの花もある。
でもやっぱりいちばんの「お気に入り」は、このヤマボウシの花だ。
 この「お気に入り」に会いたくて、修理が終わったNikonD5100をもってドライブした。
いちばん注目している場所は少し早すぎたが、それもまたよかった!!
緑から白へのグラデーションは最高!!
▼授業にこだわり続けている。けっしてうまい授業ではない、いつまで繰り返しても拙い授業だ。
でもやっぱり授業がいちばん面白い。
 サイエンスコミュニケーターとしては、どうしても伝えたい「科学」がある。
伝えようとして逆に教えられることもある。「発見」もある。
だから面白い!!
 今、いちばん伝えたい「科学」は「原子論的物質観」!!
▼丸底フラスコにスミかけら(C炭素原子のかたまり)を入れる。酸素(O2)をいっぱい入れる。
ゴム風船つきゴム栓でフタをする。
下からバーナーで加熱する。
スミに火がついたところで丸底フラスコをクルクル回す。
わーきれいだ!!
赤い火が宇宙遊泳のように回転する。
火が消えて、丸底フラスコのなかをみるとスミは消えている。
どこに行ったんだ?
あの炭素原子のかたまりは…。?(゚_。)?(。_゚)?
まさか風船のなか?

「えっ、二酸化炭素!?」
「だったら、重くなった!!」
「でも、フタしていたからなんにも入ってこなかったし、出て行かなかったのでは…」
「石灰水で確かめたら…」
やっぱり…。
▼そうだ!!
炭素原子は消えて見えなくなったけど無くなったのではないのだ!!
このアタリマエ!!
でもやっぱり「ふしぎ!?」

少しずつ少しずつ「原子」は見えてきているだろうか。
何度も何度もつづけてみよう。

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サイエンスコミュニケーター宣言(258)

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▼東の畑に「こだわり」のジャガイモの花が咲き始めた。
やがて咲き始めであろうナスの花ともよく似ている。トマトの花とも似ている。
同じナス科だからアタリマエと言えばアタリマエ!!でもナスやトマトと大いにちがったところがある。
この花は「無用のもの」と摘み取られる運命にある。そこに「こだわり」が生まれた。
ほんとうに「実」はできないのだろうか?
北海道から、ほんとうに「実」を送ってもらったこともある。「実」できる品種の情報をいただいたこともある。
今もやっぱりその「こだわり」は続くのである。
だから私にとってジャガイモの花はやっぱり「こだわり」の花であるのだ。
▼「こだわり」言えば、「こだわり」の【理科の部屋】20年史年表づくりを続けよう。
まだまだはじめたばかりの拙いものだ。
昨日、理科ハウス満5歳の誕生日を機に年表づくりのことを書いた。
 そしたら、ありがたいことにたくさんのコメント、情報をいただいた。
うれしかった。
 私の個人的な覚え書き、メモ程度のものであるが、セミパブリックなものとしていくことによりあらたな可能性もうまれてくるな気がしてきた。
▼なぜ【理科の部屋】20年史に「こだわり」をもつのか。
それは、【理科の部屋】には
「時空を超えて 響き合い 学び合い 高めあう」 世界があるからだ。
インターネットの歴史とのみごとなまでに重なる。それは単なる偶然ではない。
この思念に重なり合うものがあるからである。大いなる必然なのである。
▼まだまだこの作業は緒についたばかりである。この共同作業を通してあらたな「歴史」を創り出したい。
だからいつまでも進行形【理科の部屋】20年史年表であり、未来形【理科の部屋】20年史年表なんだ。

ゆっくり ゆっくり 急ごう!!

※ すでに公開されているような【理科の部屋】に関する情報がありましたらぜひ教えて下さい。
そしてリンクさせてください。

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【祝】本日(2013/05/16)、理科ハウスは満5歳に!!

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▼大賀ハスの蓮根の植え替えだが、メインの「観察池」の植え替えはおこなったが、その他はそのままにしてしまっている。いつかはと思っているあいだに日にちだけが過ぎてしまった。
我が家に来てからの第2世代にあたる昨年の5/16に発芽処理をしたものもそのまま2年目をむかえている。
 3粒とも蓮根に育ち、新しい葉を出している。今年はもうこのまま行ってみようと思う。
はたして「あこがれの4日間」は訪れてるであろうか。
▼そもそも私が大賀ハスを育てるようになったのは、理科ハウスの誕生を記念してはじめたのだった。
誕生のときにお祝いに駆けつけることができないかわりの私だけのオープンセレモニーとして「発芽処理」をしたのだった。その大賀ハスは今では巨大で大量の蓮根になり、またたくさん種子となった。
 大賀ハスだけの話ではない。それをきっかけに多くのヒューマンネットワークまでもつくり出してくれた。
▼そのきっかけとなった理科ハウスは本日(2013/05/16)満5歳の誕生日である。
あれから5年だ!!
 5年間のあいだに理科ハウスはさまざな先駆的な取り組みで私たちにたくさんのことを教えてくれた。
なかでも注目したいのはあらたなヒューマンネットワーク(大人も子どもも)の創出である。
これがいちばん学びたいところである。
これからもそれは続くだろう。
あらためて「おめでとうこざいます」と言いたい。
( ^_^)/□☆□\(^_^ )カンパ-イ!
▼理科ハウス日記を読ませてもらっていると、実に興味深い面白い記事があった。
「史上初!中学生が企画したサイエンスカフェ」
「理科ハウス和歌山特派員が新聞で紹介されました!」
やっぱり理科ハウスはすごい!!
と思った。

 開設当初からの言っていた「全国の理科教室の理科ハウス化!!」はあながち的をはずしていないように思えてくる。進行形【理科の部屋】20年史に2008/05/16理科ハウス誕生をプロットさせてもらった。

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【授業】「鉄と硫黄の化合」実験はどこから!?

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▼祭りの終わった後は寂しく哀しい。あの寂寞感、喪失感…。
でも植物はちがっていた。あの豪華な花が咲いたボタンの「祭り」が終わった。
そのあとにはこれまたみごとな「実」が残っていた。ボタンにとっては実は本命はこちらだったのだろう。
豪華な花はそのための「準備」だったのだろう。
では、他の植物の花はどうだろう?どんな「戦略」を展開しているのだろう?
▼授業は定番中の定番実験「鉄と硫黄の化合」実験に入って行く。
新・私の教材試論のなかでも何度も確認してきたこと。
定番実験には必ず「歴史」をもつということ。
そしてその「歴史」を知ると言うことは、最高の教材研究になるということ。
▼では、この「鉄と硫黄の化合」実験はどんな「歴史」をもつのだろう。
もう一度ふり返ってみる。
「歴史」を知ると言っても0からではたいへんである。ながく続けられてきた定番実験なら、きっとその実験の開発研究に携わってきた先達がいるはずである。
まずその研究に学ぼう!!
私の場合は「鉄と硫黄の化合」実験については大竹三郎氏であった。
「鉄と硫黄の化合」実験は「鉄と硫黄のダンゴ」実験とセットでその「歴史」をみておく必要がある。
大竹三郎氏は
■『理科実験法の再検討~教材論的研究~』(大竹三郎著 明治図書 1980.10.5)
のなかで、この実験のルーツを追っています。
・オストワルド『化学の学校』(下巻 p112~p114)
・大幸勇吉著『化学講義実験法』(共立出版1938)
・宇田川榕菴『舎密開宗』(1837~)
・ニュートンの『光学』(1704)
こうしてそのルーツを追い詰め、たいへん興味深いことを言っています。
●「鉄・硫黄のこの実験は、戦後派のわたしたちには目新しくても、戦前のある時代では、多分、普通の実験だったと思います。」(同書 p118)
●『結局、わたしの想像では、この反応は錬金術時代のもので、そのはげしさからたいへん注目されていた反応だったと思います。』(同書 P119)
▼ついには錬金術時代まで遡る定番実験。
21世紀の今、すぐれた教材の法則
・3K(感動・簡単・きれい)1A(安全)の法則
・3H(ホット・本質的・ホンモノ)の法則
にも照らし合わせながら再々吟味をしてみようと思う。

そのとき思いだすのが、やはり大竹氏の次の言葉だ。

やはり、自分の中に、それだけの必然性がなくてはなりません。そうした必然性は、果実の熟するのに似ていて、ある期間の熟成を待たないと、具体的に現れてこないようです。それもなにかのきっかけが必要です。わたしの場合実験改善の必然性も、新しい実験の発見も、そのきっかけは、授業における子どもの発言です。また、授業をした先生のつまずきです。(同書 P120より)

さあ、今日授業やってみよう!!

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【お薦め本】『認識の三段階連関理論(増補版)』(庄司和晃著 季節社)

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▼あの4/13(土)から一ヶ月たった。一ヶ月のあいだには空の青色も変化していた。
4/13私はあのあこがれの庄司和晃氏に会いたくて全面教育学研究会を訪ねた。1986年当時私は「常民の科学」を授業に!!とひとりよがりのことを唱えていた。それにうれしいエールを送ってくれる人がいた。
それが庄司和晃氏だったのだ。それ以来ずっと「この人に会いたい!!」と思いつづけてきていた。
 27年の時空を超えて一ヶ月前にやっとそれが実現したのだ。
▼そのとき全面教育研究会に参加された若い方々が著書にサインをねだられていた。そのときの著書が今回のお薦め本だ。
●『認識の三段階連関理論(増補版)』(庄司和晃著 季節社1985 同増補版1994)
読んだつもりだった。
「のぼりおり認識論」として知っているつもりだった。
今回のことを機に読みなおしはじめてすぐ気がついた。
それは「つもり」だけだったと。気がついたのはそれだけではなかった。
驚いたと言った方がいいかも知れない。
実に面白いのである。けっして30年近く前の提唱とは思えないきわめて今日的なのだ。
なぜなんだろう?
その答えは「はしがき」にありました。

 もとより、三段階連関理論は十分に仕上げられた理論ではありません。規範や実践についての建設はその緒についたばかりです。しかし、中途形態の理論は、ある意味おいて役立つともいえるでしょう。
たたけばホコリが出るし、そちこちに不分明なところもあって、自然裡に絶対化を阻止してくれるからです。
つまり、おっとりとなりすましたものでなく、こちらの手の内や楽屋裏があけすけにでているからであります。
(同書p5より)

こう書いたのは1985年5月です。今から28年前です。
やっぱりすごいです。
▼一ヶ月かけて読み進めるうちに、少しずつ自分の頭の中の交通整理ができてくる気分になった。
それはなにも特別の目新しい「理論」の提唱ではないように思えてきた。
今さらなんの役にもたたない難解な哲学書でもなければ、またうすっぺらなハウツー本でもないのである。
慣れ親しんだ自分のあたまのなかにある「あれ」である。
「のぼり」 「おり」 「よこばい」!!
いろいろあるが、3つにしよう!!
(1) これは「これから」の授業・研究に使える方法の提唱である。
(2) より豊かな自然科学教育に必須の認識論である。
(3) 「コトワザ的」こそ、今もっとも注目すべき道標!!
▼みなさんがこの書にサインしてもらっていたとき私は、持参した『全面教育学入門』(庄司和晃著 明治図書1994)にサインしてもらった。
 言葉もいただいた。
「大きな縁となりました 前途を祈りつつ」
と。

一ヶ月の反芻作業ではここまでです。
まだまだ学んだこといっぱいある。「急がば回れ!!」で
ゆっくり ゆっくり 急ごう!!


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【Web更新5/12】13-19「サイエンスコミュニケーター宣言」更新!!

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せめてもと 庭石菖を 手向けけり 13/05/12 (日)撮影@福崎

■楠田 純一の【理科の部屋】13-19
週末定例更新
 最近、つくづくと思うのだ。自分は何においても「シロウトであるな!」と。
これは消極的な意味だけではない。いや、寧ろ積極的な意味あいをもたせてそう思うのである。
今さら、その道の「プロ」めざしたりすることは私の知力・能力からして不可能である。ならばここは居直ってしまい「シロウト学」を極めてみようと思う。シロウトにしか見えないものがあるはず。
かじりはじめたものにしか見えない世界、それを楽しむことに徹しよう!!
 俳句、民俗学、パソコン、写真、「宇宙見物」、「雲見」、樹木学、…

◆表紙画像集2013 人里の自然シリーズ 庭石菖
 雨あがり、門先の草むしりをしながら妻が言った。
「この花は何と言うの?」
「…?(゚_。)?(。_゚)?」
「理科の先生やったら、この花は○○で、あれは…と言えたらカッコイイのに」
「…(^^ゞポリポリ」
 植物の名前でもやっぱりシロウトのようだ!
でも図鑑、ネットで調べはじめて知る喜びがある。ネーミングのみごとさに感動もできる。
あらためて牧野富太郎の偉大さにふれることができる。シロウト故のありがたさだ。
 この花の名前を知ったのもわりかし最近である。なんとも愛おしい小さな花だ。
前の畦道がにわかに「お花畑」に変身するのが好きだった。
 工事でもうそれは見られなくなったと思っていたら、そんなことなかった。
新しい土手にもこの花があった。
 折しも昨日は母の日、せめてもと写真に撮ることによって手向けた。

◆サイエンスコミュニケーター宣言 更新!!
 【理科の部屋】20年史年表づくりにはまっている。
作業そのものが面白い、時系列にたてよこのつながりを見ていく。
そうすることによって見えてくる「発見」もある。その「発見」はかならずや「これから」にツナガルだろうと楽しみもふくらむ。
 ゆっくり ゆっくり 急ごう!!

◆【授業】「化学変化」 更新!!
 いよいよ定番実験をつづける。
いかに定番実験と言えども生徒にとっては「はじめて」だ。
何故定番になったのか?その魅力は? シロウト目線を忘れずすすめたい。

◆オンライン「寅の日」 更新!!
 「好きなもの イチゴ 珈琲 花 美人 懐手して宇宙見物」
なんとも洒落たことをいう人だ。
 寅彦研究の「プロ」にはなろうとは思わない。
シロウトが寅彦を楽しむにはどうすればよいか。
その答えがオンライン「寅の日」だ。
オフライン「寅の日」の展開も考えていきたいものだ。 


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本日(2013/05/12)、第34回オンライン「寅の日」!! #traday

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▼昨日朝方はまだわずかながら雨が降っていた。大賀ハス定例観察日であった。蓮根の植え替えから6週めでささあった。開いた葉の上にあの水玉がころがっていた。これがころがりはじめるといかにもハスの葉らしい姿だ。水玉が集合離散する様子は「ふしぎ!?」で面白い。面白いことにもうひとつ気づいていた。
それは、雨が降ると観察池の底に沈むくせに天気が回復してくるといっきょに水面に浮かび上がってモヤモヤしたものの存在だ。アオミドロのような藻類だろうか?それにしてもこの浮き沈みどのようにして判断しているのだろう「ふしぎ!?」だ。
▼今日は、そんな「ふしぎ!?」を語り合う日だ。
第34回オンライン「寅の日」の日である。
◆第34回オンライン「寅の日」
●『自然界の縞模様』(青空文庫より)
今回も「青空文庫」にお世話になる。先日来の年表づくりをしていたら、「1997年 7月「青空文庫」開始」というのが出てきた。もう始まって16年もたつのだ!!16年間のあいだには多くの人が利用させてもらってきだろうが、私などもずいぶんお世話になってきた口である。あらためて深謝!!
▼今回の「自然界の縞模様」も前回に引き続き「複雑系科学」(これがなにものかよくわかっているわけではないが…)に関連する内容である。
まずはじめに

 ここでかりに「縞模様(しまもよう)」と名づけたのは、空間的にある週期性をもって排列された肉眼に可視的な物質的形象を引っくるめた意味での periodic pattern の義である。

と語り、さらには
現象の多くのものは、現在の物理的科学の領域では、その中でのきわめて辺鄙(へんぴ)な片田舎(かたいなか)の一隅(いちぐう)に押しやられて、ほとんど顧みる人もないような種類のものであるが、それだけにまた、将来どうして重要な研究題目とならないとも限らないという可能性を伏蔵しているものである。今までに顧みられなかったわけは、単に、今までの古典的精密科学の方法を適用するのに都合がよくないため、平たく言えばちょっと歯が立たないために、やっかいなものとして敬遠され片すみに捨てられてあったもののように見受けられる。

とつづける。控えめに見せ、実は大胆にこの「ふしぎ!?」解かなくて「なんの科学ぞ!」と挑発的でもある。
▼今回も例の「金平糖の角」「墨流し」などからはじめて次から次へと「ふしぎ!?」をならべていく。
圧倒されながらもとりあえず一通り読んだ。
なんか頭がモヤモヤになってしまった。
 今回はネットの助けを借りることにした。幸いなことにネット上で講演聞かせてもらえるのだ。ありがたいかぎりだ。
聞かせてもらった講演は2つだ。
●「キリンの模様がつなぐ物理学と生物学」(35分55秒) 近藤 滋(大阪大学教授)
●「フラクタルの目で自然を見る」(39分38秒) 松下 貢(中央大学教授)

実に面白かった。深謝!!
「割れ目」「フラクタル」など少しだけわかりだしたような気持ちになった。
今回の文章が書かれたのは、1933年(昭和8)である。ちょうど今から80年前である。

しかし、もしもこれらの問題をかみこなすに適当な「歯」すなわち「方法」が見いだされた暁には、形勢は一変してこれらの「骨董的(こっとうてき)」な諸現象が新生命を吹き込まれて学界の中心問題として檜舞台(ひのきぶたい)に押し出されないとも限らない。

と書いてからほぼ40年後、1970年代になって「檜舞台」に押し出されはじめたという。
それからまた40年が過ぎた。
 21世紀の今、寅彦の「ふしぎ!?」はどこまで解明されたのだろう。
より深まった「ふしぎ!?」はなんだろう?

今日も私の「ふしぎ!?」を楽しんでみよう。

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サイエンスコミュニケーター宣言(257)

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▼昨日、その光景を見たのは朝方、雨が降り出す前であった。ヒガンバナ定点観測地Aで見たのだった。
枯れが進むヒガンバナそこにあのみごと巨大に咲いたボタンの花びらが散っていた。
なんとも季節の「今」を象徴するような光景であると思った。
 そう言えば画像で「ヒガンバナの今」を追いはじめてからも時間が経った。Webページではじめて「ヒガンバナは今」をあげたのは15年も前のことになる。
▼Webページでの「【理科の部屋】20年史年表」づくりを進めている。
関連する「インターネット史」の方は、20年間で関連しそうなものだけピックアップした。また、重要なものが抜けておればまた随時追加していきたい。
▼次に4つの【理科の部屋】の開設をプロットしてみた。

●1993年 11/23 NIFTY-Serve 教育実践フォーラムに【理科の部屋】開設

●1995年 8/31 インターネット版【理科の部屋】開設

●2006年 9/23 mixi版【理科の部屋】開設

●2007年 3/28 folomy【理科の部屋】開設

同じことを繰り返して言うが、みごとなまでに「インターネット史」に「リンク」しているのである。
▼これから可能なかぎりの「【理科の部屋】の取り組み」「日本理科教育史」の詳細をプロットしていきたい。
はじめたばかりに断定的に言うのも躊躇するが、やっぱり言おう繰り返し…

【理科の部屋】20年の歴史はTwitter的(「リンク」「シェア」「フラット」「等身大」「リアルタイム」「アクティブ」)=【理科の部屋】的の歴史である。

私たちはまちがいなく「歴史」のなかに生きている!

ゆっくり ゆっくり 急ごう!!
3.11から2年2ヶ月目の朝に!

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サイエンスコミュニケーター宣言(256)

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▼少し盛りは過ぎだしたのだろうか。それにしてもきれいだ!新緑の山裾の藤の花である。
淡い紫色が新緑とマッチしていてすばらしい。見惚れているとあの寅彦の「藤の実」を思いだした。
花が咲けば実がなる。アタリマエだ!!
 今年こそは花から実へ、そして実がはじけ飛ぶ日まで追跡観察したくなった。音も聴いてみたいな。
▼どうも私の持病「ばっかり病」がまたしても始まっていたようだ。
自覚症状がないときがいちばん重度のときだ。
ひとつのこと「ばっかり」に夢中になると、他のことは完全にお留守になるのだ。
【理科の部屋】20年史を追いかけていた。
年表づくりを決めて、ある程度の方針も決めていた。そこで頭がお留守になっていた。
そこで思い切っていかに拙いもので、途中でもはじめてみようと
●【理科の部屋】20年史年表
を作り始めた。
▼作業をはじめてつくづくと実感することは、【理科の部屋】の歴史とインターネット環境の歴史がみごとに重なっていることである。みごとなまでにリンクしているのである。
インターネットの歴史については、『Tweet&Shout ニュー・インディペンデントの時代が始まる 』(津田 大介著 SPACE SHOWER BOOKS 2013.02.25)の「これからのためのインターネット年表」を参考にさせてもらっている。
▼もうひとつ気づくことがある。
ネット環境の変遷は猛スピードでドラスティクですらある。しかし、「変化」は突然、荒唐無稽に起こっているのでない。
 どこまでも地続きであるということである。
「これから」もきっとそうだろうと思う。
これに気づくことができたのは、この作業のひとつの「成果」であろう。

さあ、ゆっくり ゆっくり 急ごう!!

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【授業】原子論的物質観と<化学反応式> このアタリマエ!!

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▼このごろ学校周辺の朝の散策を再開している。毎朝、いろんな「発見」があって面白い。
校舎の北側の坂道を登ると池がある。季節ごとの美しい風景を演出してくれる。うれしいかぎりだ。
池の水面にみごとに
あの山の緑が、樹木が、赤い橋が、あの青い空が…
映っていた!!
実物と同じものが!!
水面を境に対称だ!!
なんというアタリマエ!!
私は、このアタリマエ!!にいたく感動したのであった。
▼「原子論的物質観」、なんともいかめしいコトバだ。でも私はこのコトバが好きだ。
気に入っていた。だからこれまでにもよく使ってきた。
試しにググってみた。そしたらなんと自分の書いた文章のいくつが出てきた。
●今、なぜ「原子論的物質観」なのか - CEJ
●【授業】原子論的物質観とは: 私の【理科教師日記】
●【授業】原子論的物質観はいつ?: 私の【理科教師日記】
▼一言で言うなら
「全ての物質は原子からできている」
というもう100年以上前からのアタリマエ!!なんだ。
化学変化はその原子の組み替えにすぎない。それを具体的に誰にも伝わりわかるように表象したたものが
化学反応式だ。
▼だからそのカラクリ、わずかばかりのルールがわかってしまえば、きわめてアタリマエ!!の表象なんだ。
<化学反応式>の学習に入って、生徒のあいだから「ちょっと難しくなってきた」「わからなくなった」という声が聞こえてきた。
 急に<化学反応式>の弁護をしたくなった。
ちがう!!
絶対に難しくなんかない!!
慣れていないだけなんだ!!
何度も使っているあいだにすぐわかってくる。
なにしろ、元々は誰にもわかるアタリマエ!!を表したものなんだから…。

使っていくうちになんと便利なものだと思いだすだろう。
そして、やがてこのアタリマエ!!いたく感動するだろう。


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【授業】<化学反応式>で考える!!

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▼校庭のケヤキの緑が新鮮だ!
青空も微妙に濃くなっているように感じる。この変化を「原子」の見える眼で観察したらどのように見えるだろう。
そんなことになったら頭の中混乱してしまうかな。
いや、その「美しさ」はより増して見えるかな。
▼そんなあらぬ想像をしてしまうのは、今、物質探検の授業をすすめているからであろうか。
生徒たちには、「原子」がどこまで見えてきているのだろう。
それがいちばん気がかりなところである。
授業は<化学反応式>に入って行く。教科書の「モデル」というコトバが妙にひっかかるのはなぜだろう。
▼「原子」は仮想のものではない実在している!!
だからこそ物質探険の謎解きをすすめるときの強力なヒントとなるのである。
化学反応式も化学式と同様である。使ってナンボ!!
「原子」の眼、化学式、化学反応式をどんどん使ってみよう。
▼化学変化は「マジック」(魔術)ではない!!科学だ!!
それも、安ものの「マジック」以上に「ふしぎ!?」だ。
科学だからだれにわかるルールがあるんだ。
無かった「原子」が突然として現れることはないし、有った「原子」が突然消えてしまうことはないんだ。
「原子不滅の法則」が成り立つんだ。
そう考えると、化学反応式なんて簡単なものだ。
問題はそこにない。
 これを物質探検の謎解きに使うことこそが大切なんだ。


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今年も「タンポポ忌」に行った!!

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  春
遠い峠田の てっぺん
あれは おかんかいな
鳥かいな

 今年も、また坂本遼に「出会い」に行った。こんな詩碑と生家のある加東市・横谷まで昨日出かけたのである。
▼私には、物理的に実際に顔を会わして「出会う」ことが不可能であるが、やっぱり「出会い」たい人が何人か
いる。坂本遼はそのうちのひとりである。
このひとに「出会う」と不遜な言い方であるが、アイデンティティを感じてしまうのである。
私に坂本遼を紹介してくれたY先生も今は故人である。
なんとも寂しい、哀しい!!
▼退職した年、一昨年30数年ぶりに「タンポポ忌」に行った。しかし、すでに「タンポポ忌」の会はおこなわれていなかった。妻と私だけの「タンポポ忌」となった。続けて昨年も「出会い」に行った。
今年の5/5には地域で仕事があったのでどうしても行けなかった。
でもやっぱり「出会い」たかったので、昨日出かけた。
今年はたったひとりの「タンポポ忌」となった。
▼しかし、そこに立ってみると、たしかに坂本遼に「出会った」気分になった。
さらには坂本遼にこだわり続けたY先生にも出会えたと思ったからうれしかった!!
これからも可能な限り、私だけの「タンポポ忌」に「出会い」に来ようと思った。
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【Web更新5/5】13-18【授業】「化学変化」更新!!

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ちまき葉や 光りてあの味 思い出す 13/05/05 (日)立夏撮影@福崎

■楠田 純一の【理科の部屋】13-18
週末定例更新
 「更新」という言葉ですぐさま思い出すのは、あのナイロン袋のなかでエサも与えないのに261日間を生き延びたコウガイビルのことである。陸生プラナリアであるコウガイビルは自らを食べながら新たな身体を作りなおし(再生)続けたのである。コウガイビルにとって「更新」こそ「生きること」そのものだったのである。

◆表紙画像集2013 更新 人里の自然シリーズ サルトリイバラ
 立夏の昨日、前の竹藪まで歩いた。そこに若い「ちまき」の葉つまりサルトリイバラの葉が光っていた。
これをみると昔たべた「ちまき」を思い出す。そしてあの味を。
 自家製の「ちまき」はきまってこの葉で包んでいた。
つるつるしているから、たべるときに餅がつかなくっていいのだ。うまく考えたものだ。
これをサルトリイバラという名前だと知ったのはずっとずっと後のことである。
私はずっとこれを「ちまき」の葉と呼んでいた。

◆【授業】「化学変化」更新
 「授業は教育実践の最前線である!」とてもなっとくのいく勇ましいスローガンである。
しかし、それだけでは内実のともなったものにはならない。これもまた事実である。
授業をやりながら最近思うのは授業の「物語」化である。
まずは、資料を集めてその単元のシナリオを書くことからはじめることだ。
登場人物は生徒と教師だ。
そうして考えてみると、あの疎ましく思えた「教案」=学習指導案なるものも新鮮にみえてきたから不思議である。
そこには「教材観」「生徒観」「指導観」が必須であったのだから。

今回の「21世紀の物質探検」物語はこのあとどのように展開していくか。
自分でも楽しみである。

◆サイエンスコミュニケーター宣言 更新
 「【理科の部屋】20年史年表」づくりをすすめようとしている。
まだまだ元資料をあつめている段階である。
ゆっくり ゆっくり 急ごう!!

◆オンライン「寅の日」 更新
 12日ごとに巡ってくるオンライン「寅の日」。それも次回ははやくも34回目である。
やがて「寅の日」が日常化してくることを願いながらこれもゆっくりゆっくり進めよう。

こんどの一週間では、どこまで「更新」できるだろう。
さあ、はじめよう!!

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サイエンスコミュニケーター宣言(255)

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▼昨日は大賀ハス定例観察日。植え替えから5週目である。観察池の葉も広がってきている、しかしもっと凄い奴があった。それは残りものの処理をあぐねて近くにあったポリバケツにほりこんだ方だ。もともと入っている蓮根の数がちがうからとは言うものの、こちらの方の葉の数も、葉の元気さ(大きさ)も俄然こちらの方がすごいのだ。
いったいこれはどうゆうことだろう?たまたまバケツの位置が瓦屋根をつたって落ちてきた雨水が入るところだろうか?それとも太陽の光があたる時間が観察池より短いからだろうか?ともかく「ふしぎ!?」だ。
▼【理科の部屋】初期のころの過去ログに目を通しながら、「不易と流行」ということを考えていた。
かつてはAirCraftという専用ソフトを使ってログを読んでいた。メールもすべてこれで読み書きしていた。便利だった、時間がくれば自動巡回してくれていてそのログに応答するだけだった。
 画像のことを除くと、私にとっては今よりやっぽど快適な通信環境だったのかも知れない。
▼今、あらためて過去ログを読んでいると驚いてしまうことがある。
まずその発言量の多さ、展開のスピードの速さである。話題も次々と矢継ぎ早に展開されていた。
 もっと驚くのは出入りする人の多様さである。いろんな立場、業種(校種)の方が出入りされていたことである。
今も交流のある方のほとんどが参加されていたのである。
▼それはまさにTwitter的(「リンク」「シェア」「フラット」「等身大」「リアルタイム」「アクティブ」)展開であったのである。たった20年の歴史のなかにも「不易と流行」があった。
「不易」なものの代表として「ヒューマンネットワークのすばらしさ!!」があげられるだろう。
「流行」の代表としては、ネット環境の変遷があげられるだろう。
「不易」なものだけに固執することなく、「流行」に流されるだけでなく
「不易と流行」のバランス感覚を大切しながらこれからも歩みたいものである。

今日は「子どもの日」!!
「ふしぎ!?」を探険する子どもたちから大いに学びたいものだ。

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サイエンスコミュニケーター宣言(254)

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▼後半の連休に入った昨日、定点観測地に立ち、あいかわらずの「雲見」をした。雲はあいかわらずではなかった。雲は正直だった、暦ともみごとにリンクしていた。「初夏」を可視化した雲だった。
地球は立ち止まること動く!!
▼私は少し立ち止まっていた。【理科の部屋】20年史づくりを決意したが、日だけが過ぎていた。
歩む方向も決めていた。作業の大枠もきめていた。
立ち止まっているのは、資料をあらかじめ準備して置きたいと思ったからである。
資料としてきわめて有効だと思っている「記録」化されたものがふたつある。
ひとつは
●【理科の部屋】編集本 人のネットワークが授業を変える 「私の【理科の部屋】活用法」
である。この本は【理科の部屋】がスタートしてから4年目の夏(1997.8.10)に発行されている。
シロウト編集の本であるが、今読みかえしてみてもとても面白い!!
 1993.11.23~1997.8.10(これはほんとうは1997.8.1)の【理科の部屋】のすべてが記録化された本と言ってよいだろう。
▼私たちはもうひとつ記録化されたきわめて貴重な共有財産を持っている。
それが【理科の部屋】のログだ。ログの元々の意味は「航海日誌」らしい。語源としては丸太(ログ)を海に流して船の速さを測ったことからきているらしい。(Wikipediaより)
つい「ファラデーの日記」を思い出すのである。
 【理科の部屋】は20年間に膨大なログを残している。
 初期のころのログを読みかえしていると面白くて時間の経つのを忘れてしまうぐらいである。
「記憶せずに記録する」と言ったのは梅棹忠夫だ。
それを今さらののごとく実感するのである。
「記憶」だけでは状況を切り拓くことはできない。
「記録化」されたものこそこれからも有効であり意味があるのである。
低次の「記憶」→「記録」→高次の「記憶」
低次の「記憶」←「記録」←高次の「記憶」
ここは庄司和晃先生に学んで、しばらく「のぼりおり」を繰りかえしてみよう。

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【授業】電気分解にはうんとエネルギーが…!

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▼校庭のツツジがみごとに咲いていた。どの花もが空間をうめつくすように剪定されている。花をより美しく見せる技術だ。花もさることながらその「剪定」という技術に感動する。
 みごとな未来予測をした工夫である。
▼そんな工夫は授業でも必要だと思った。
電気分解という化学変化も「よりドラスティクに…」「より美しく…」見せたかった。
そして選ばれている物質は塩化銅であった。
▼反応が進む従って塩化銅水溶液は色が薄くなっていった。
-極にはあの10円玉の銅が
+極にはプールのにおいのする塩素が
化学式を使って予想はしていたものの
こんな青いきれいな液から、銅や塩素の気体が出てくるなんて
やっぱり「ふしぎ!?」
▼ここでは、さらに次なる学習へのつながりを意識して、電源装置を手回し発電機(ゼネコン)でやってみた。
「電気分解するにはうんとエネルギーが必要!!」
を体感的に理解して欲しかったのだ。
一生懸命手回し発電機を回している途中で、炭素棒を水溶液からあげて「仕事」をやめると、すかのように軽く回る。はげしく回すと泡は盛んに出だす。赤いモヤモヤは増えてくる。

ただそれだけの「工夫」である。
「電気分解」のすごさがより見えてきただろうか。

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【授業】『ねぇ君、不思議だと思いませんか?』

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▼公園の鯉のぼりが「5月の風」をふくんでゆれていた。たった一日ちがっただけで「4月の風」と「5月の風」とちがいがあるわけがない。でも私にはまちがいなく「5月の風」に感じられたのだ。
 もしも「原子」が見えたら、ちがって見えるのだろうか?
そんな馬鹿げたことを考えてみたりするのだった。
▼そうその「原子」だ。
物質探検の謎解きの鍵は「原子」だと思っていた。だから【化学変化】のテーマに
Atom
と書いているんだ。
 水の電気分解の実験をやった。もう何十回いやもっとかも知れない繰り返してきた実験だ。
「原子」が見えてきたら、少しは納得いくだろうか。
でもやっぱり「ふしぎ!?」は残るだろうか。
いや、残しておいて欲しいな。
▼そう昨日ここに書いたら、Facebookでお二人からコメントもらった。
「水素の大量製造を可能にする光触媒」の研究に関するものと「光合成は偉大ですね。25億年も前から,光で水を分解している。」というものだった。面白いと思った!!
私の頭になかった発展だ。
「水の電気分解」から科学最前線へ、植物の世界への展開!!
考えてみると「水」から「水素」と「酸素」が発生するという変化は、物質世界におけるもっとも基本となる化学変化なのかも知れないと思いだした。
▼そう思うと、再び寅彦の真似をして言ってみたくなってきた。
「ねぇ君、不思議だと思いませんか?」
と。

「-極に水素、+極に酸素」
「化学式で…」等々も大切なこと、でももっとも大事なのは、この「ふしぎ!?」を感じることかも知れない。


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【授業】水の電気分解、その「ふしぎ!?」を!!

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▼雨があがって、前庭を見るとあのボタンが巨大な花を咲かせていた。ずっと観察していたつもりだった。昨日はこんな巨大ではなかった撮った写真で確かめるまでもない。まだ「記憶」の範囲だ。
 たった一日のあいだにここまで巨大化するとは、にわかに信じられなかった。ボタンの内部で何が起こったのだろう。これもやはり物質とエネルギーの複雑な「化学変化」のたまものだろだろうか。
やっぱり「ふしぎ!?」だ!!
そう思うとなお一層、美しい!!
▼授業では物質探検が進む。「火ぜめ」でダメなら「電気ぜめ」だ!!
電気分解に入って行く
最初の物質は、これまた定番中の定番!!
「水」である。
誰もが体験したことのある「水の電気分解」である。
▼ここでもやっぱり最初に化学式で<予想>してみる。
H2O → H2 ; O2
ごくアタリマエにでてくる。
そしたら急に逆にアタリマエにしたくない気分になった!!
「あの水から、気体の水素や酸素が発生する」こんなことアタリマエにするには「ふしぎ!?」すぎる事実だ。
この「ふしぎ!?」はどこまでも保留しておきたい。
この「ふしぎ!?」を置き去りにしないでほしい。
と思った。
▼水の電気分解の実験だって、そうそう昔から人類が体験してきた実験ではないのだ。
ボルタが電池を発明して以降の話だから、
つい最近、たった200年ほど前からおこなわれている実験なんだ。
そう思うと「水の電気分解」という定番実験もけっしてアタリマエ実験でなく
超一級「ふしぎ!?」実験なんだ。
「ふしぎ!?」を感じながら体験してほしいものだ。


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