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【授業】「実験」はなんのために!?

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▼麦畑の麦穂が今にも泣き出しそうな空を突き刺すようにのびていた。雨が降ってこないあいだにと今年初めての筍掘りにでかけた。やっぱり今年は不作のようだ数本だけを掘ったのみだった。予想はあたったやがてぽつりぽつりと雨が降り出した。今朝起きてみるとけっこう降っている。
 麦の穂も筍も…そして私もまちがいなく「大気の物理実験室」にくらしているのだ。
▼授業で「実験」が近づいていた。
あらためて「実験」とは?を問うてみたくなった。
最近読んだふたつの文章に「実験」に関連するものがあった。
ひとつは第32回オンライン「寅の日」に読んだ寺田寅彦の『量的と質的と統計的』である。
こうだ。

 しかし復興期の学者と古代ギリシアの学者との本質的な相違は、後者特にアテンの学派が「実験」を賤(いや)しい業(わざ)として手を触れなかったのに反して、前者がそういう偏見を脱却して、ほんとうの意味のエキスペリメントを始めた点にあると思われる。ガリレー、トリツェリ、ヴィヴィアニ、オットー・フォン・ゲーリケ、フック、ボイルなどといったような人がはなはだ粗末な今から見れば子供のおもちゃのような道具を使って、それで生きた天然と格闘して、しかして驚くべき重大な画期的実験を矢継ぎばやに行なったのがそもそもの始まりである

「実験」こそ「科学」のはじまりであるとする考えだ。それは「量的」のはじまりでもあった。
ここでは科学者の「実験」が語られていた。
「実験」=「道具を使って、それで生きた天然と格闘」
▼もうひとつは
●1965年(昭和40) 「理科教育における「予想・仮説」着目史」(庄司和晃著『仮説実験授業』国土社刊p82) 
である。
 この文章では、「実験」とは「予想をもって自然に問いかける」行為としている。
ここではとりわけ「予想」に着目しているのである。
「道具を使って、それで生きた天然と格闘」とした寅彦のその後の文脈とツナガルのである。
寅彦の場合は「量的」の画期的価値を認めつつも、もういちど「質的」見直しの必要性を語っていた。
▼科学者の「実験」と理科授業における「実験」とはおなじだろうか?
同じなら、どのような点が同じだろう?
ちがうのだろうか?
ちがうのなら、どのようにちがうのだろう?
もう少し時間をかけて考えてみたい。
とは言うものの「実験」の時間が迫っている。ゆっくり 急ごう!!

そう言えば、人気テレビ番組「ガリレオ」が再登場していた。
2回ともビデオにとっておいてみた!!さすがだ、面白かった。
あの「実験」はなんのためにやっていたんだろう!?

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コメント

楠田様、ファラデーラボに多少影響されたところもありますがこの4月に「はりま里山研究所」を設立し、多方面の活用を図ろうとしています。サイエンスカフェもその一つですが興味がおありでしょうか?
熊谷

投稿: 熊谷 哲 | 2013/04/24 20:35

熊谷さん
ご無沙汰しています。
面白そうな情報をありがとうこざいます。
「はりま里山研究所」
興味大ありです。(^^)V
もうスタートしているのですか。
また情報よろしくお願いします。

投稿: 楠田 純一 | 2013/04/25 05:38

もうスタートしていますよ。facebookで情報交換しています。https://www.facebook.com/home.php#!/groups/228705930606823/

投稿: 熊谷 | 2013/04/26 19:42

熊谷さん
おはようございます。
情報ありがとうございます。
情報交換に参加するには具体的にどうすればいいですか。まだFacebookの方なれないもので(^^ゞポリポリ

投稿: 楠田 純一 | 2013/04/27 06:55

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