« 2013年3月 | トップページ | 2013年5月 »

本日(2013/04/30)、第33回オンライン「寅の日」!! #traday

Dsc_0733

▼「昭和の日」の昨日、定点観測地Aのヒガンバナを観察した。春を謳歌する植物たちに包囲されながら枯れていっていた。同じく定点観測をしている人の画像を見せてもらって小さな「ふしぎ!?」が生まれた。枯れていくときの順番である。葉ごとにひとつ枯れてはその次のひとつと枯れていくのか、それともどの葉もが同時進行で枯れていくのかという疑問である。昨日の観察したかぎりではどちらとも判断できない。
 そもそもそこにその規則性があるのかすら不明である。「ふしぎ!?」は保留された。
▼本日はそんな小さな「ふしぎ!?」を問う日、オンライン「寅の日」である。

◆第33回オンライン「寅の日」
● 『物理学圏外の物理現象』(青空文庫より)

前回に引き続き、寅彦が提唱する「新しい科学」に関連する文章である。
▼正直に言うと、前回に引き続きポンコツ頭には難解すぎるところがある。
理解の暗礁にのりあげてしまうと思ってしまうのである。
「なんで、こんなことやっているんだろう?」と。
少し頭を冷やして読みなおしてみると、理解できたかは別にして面白いのである。
面白い!!から読むのである。「自分の文脈にひきつけながら読んでいこう」と思いなおすのだった。

物理学は元来自然界における物理的現象を取り扱う学問であるが、そうかと言って、あらゆる物理的現象がいつでも物理学者の研究の対象となるとは限らない。本来の意味では立派に物理的現象と見るべき現象でも、時代によって全く物理学の圏外に置かれたかのように見えることがありうるのである。

とはじめ
現在世界じゅうの学者が争って研究しているような問題が、やがて行き詰まりになるであろうということは当然の事でもあり、また過去の歴史がことごとくこれを証明しているように思われる。そういう場合に、突然にどこからか現われて来て新生面を打開するような対象が、往々それまではほとんど物理学の圏外か、少なくも辺鄙(へんぴ)な片すみにあって存在を忘れられていたような場合であることもあえて珍しくはないのである。

と繋いでいるのである。
 この文脈が私には小さな「ふしぎ!?」の味方についてくれたと読みとれるのだ。
▼これまでの科学史なかに多くの具体例をあげてくれている。
また自家製の具体例「ガラスの割れ目」「リヒテンブルグの放電後」「金平糖の角の数」「障子紙のしみ」「砥石のこすり合わせたときの樹枝状の縞」等々をあげている。
そしてもっとうれしいことにこう言ってくれている。
 物理学圏外の物理現象に関する実験的研究には、多くの場合に必ずしも高価な器械や豊富な設備を要しない。従って中等学校の物理室でも、また素人(しろうと)の家庭でもできうるものがたくさんにあると思われる。

これは、小さな「ふしぎ!?」の可能性を示唆してくれているのである。
ただし、きっちりと「但し書き」をつけている。
しかしいかなる場合にでも、その研究者が物理学現在の全系統について、正しい要約的な理解を持っていることだけは必須(ひっす)な条件である。

 これは親身になって考えてくれているからこその言葉である。

寅彦を読むことは、けっきょくは「私の科学」の現在地を問い直すことだろうと思う。
今日も私の小さな「ふしぎ!?」をいっぱいみつけてみよう。そしてそれらをツナゲテみよう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【Web更新4/28】13-17【授業】「化学変化」更新!!

Dsc_0658


はしゃぐ声 五月の空に 響くかな 13/04/28 (日)撮影@福崎


■楠田 純一の【理科の部屋】13-17
週末定例更新のお知らせ
 このWebページをはじめたのは、表紙に書いているように98/04/25(土)である。従って先日の4/25でなんと15年間も続けてきたことになる。それもほぼ最初のフォームを変えることなく「更新」を続けてきた。「更新」というのには少し恥ずかしいぐらいで、表紙の画像を変えただけのときもある。でもともかく15年間続けてきたのだ。
 何故、そこまで「更新」「発信」にこだわるかと言えば、それが私の最高の情報収集術であると思うからである。

◆表紙画像集2013 更新 人里の自然 五月の空 麦畑
 麦畑の畦にシロツメクサが今は盛りと花を咲かせていた。連休で遊びに来ている孫達とそのシロツメクサの花茎を使って遊んだ。一方が花茎をぶら下げていてもう一方のものが花茎をもって投げ斬ろうとするのである。花茎が切れてしまった方が負けである。勝ち抜き戦でやる。この遊びをなんと呼んでいたのだろう。今は忘れてしまった。ともかく「勝負しょうか!」と言えば、これだった暗黙の了解があった。この「勝負」にめっぽう強い奴がいた。できるだけ枯れかけたような花茎を使うのである。また石でたたいて砂を擦りつけ繊維(維管束)の強度を増す奴もいたのである。
 まあいろいろと工夫を凝らすのである。今から考えるときわめて理にかなった作戦だ。昔から私は「勝負」には弱い軟弱ものであった。
 今もやっぱりこの遊びは子どもたちに受けるようだ。孫たちのはしゃぐ声が五月晴れの青空に響いた。


◆【授業】「化学変化」 更新!
 授業エッセイ風にといっても、元々そんな文才を持ち合わせているわけではない。ありのままに授業における私自身の心象風景を綴るのみである。ときに、科学・技術史の話になったり、教材論になったり、単なる想い出話になったりとする。ともかく心のおもむくままに授業を綴ってみようと思う。そのことにより授業を楽しむことができればなによりである。

◆「サイエンスコミュニケーター宣言」 更新
 当面は私の【理科の部屋】20年史年表づくりにこだわってみようと思う。

 さあ、今週は何がどれだけ「更新」できるだろう。自分でも楽しみである。
 

 
  

| | コメント (0) | トラックバック (0)

サイエンスコミュニケーター宣言(253)

Dsc_0559

▼昨日は、大賀ハス定例観察日であった。蓮根の植え替えから4週目であった。はやくも一ヶ月近くがたとうとしていたのだ。いくつもの浮き葉・立ち葉の葉がひらきはじめようとしている。今年度の生産活動を開始しかけているのだ。親蓮根はどうなっていっているのだろう、一年たって植え替えのとき見た親蓮根は炭化して黒い固体となっていたが、今の段階ではどうなんだろう?
 ひつこく定例観察を続けているといろんな「ふしぎ!?」が発見できて面白いものである。
▼【理科の部屋】20年史年表づくりの話をつづけよう。
実はこの年表づくりの構想は何度も思いつき、やってみようとしたことがあるのだ。
年表づくりに特化したフリーソフトはないだろうかとあたってみたり、やっぱりここはExcelかとそんな事例をさがしてみたりしたこともある。
 また、どうもこういうことに苦手な私一人の手では負いかねるので「【理科の部屋】20年史編集委員会」のようなものつくりスタッフを組んでやって行った方がものになるのではないかと思案したこともある。
 あれこれ考えているあいだに構想倒れになってしまって今日にいたったのである。
▼今回は、ともかくはじめよう!!
歩きながら考えることにする。拙い取り組みでもセミパブリックな状態でやっていけば、また新たな展開につながるかと思いWebページ化しながらすすめることにする。
ではその年表に何をブロットしていくかである。考えられることは
・年(年表だからアタリマエ)
・【理科の部屋】として活動
・日本理科教育史、教育史
・科学技術史
・社会のできごと
それに絶対に入れたいものに
・インターネットの歴史
がある。
▼あれもこれもになれば、またまた構想だおれになってしまう。
もっと焦点化していこう。
・【理科の部屋】としての活動(これがメインであるから当然)
次にその他は全部一緒にしてしまって
・日本理科教育史、他
としてしまうおう。それにはずことのできない
・インターネットの歴史
を加えて3つで行こうと思う。
 「【理科の部屋】としての活動」に入れるか「日本理科教育史、他」に入れるか迷うモノも出てくるだろうが、それはごく私的な判断基準で行きたい。
そんな意味ではこれは「私の【理科の部屋】20年史」年表なのかも知れない。
しかし、閉じたものにはしたくない。それでは年表をつくる意味を失ってしまうので。
これもまたTwitter的(「リンク」「シェア」「フラット」「等身大」「リアルタイム」「アクティブ」)でいきたい!!

年表づくりで何を「発見」できるだろう。
「これから」も少し見えてくるかも知れない。それを考えると楽しみである。
ゆっくり ゆっくり 急ごう!!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

サイエンスコミュニケーター宣言(252)

Dscn4748

▼昨日、春雷があった。強い風も吹いた、でもそれは長続くことはなかった。
 いつもの定点観測地からの「雲見」をしながら、「マイ気象台」の気圧の変化も見比べてみた。気圧は不安定に変化していた。あきらにそこには規則性がみられた。
 やっぱりこいつは空のバロメーターだ!!このアタリマエに感動!!
▼私の思考回路にもなんらかの規則性があるのだろうか。
それを可視化する便利なバロメーターがあるのなら手に入れたいものだ。
 このサイエンスコミュニケーター宣言で、【理科の部屋】20年史を追おうとして久しく中断していた。
どこで中断していたのか、少しふりかえってみる。
 最初に【理科の部屋】20年史のバックグランドになるだろうインターネットの歴史を概観していた。
そして、いよいよ【理科の部屋】の歴史に入って、開設(93.11.23)期のころのことをプロットしていた。
【100人発言プロジェクト】、はじめてオフあたりのことを…。
▼再開するにあたり、もう少し効率よく作業をすすめたいと思っている。
いつどこからでもすぐプロットしていけるように、それにはやっぱり年表づくりいいと思いだした。
◆【理科の部屋】20年史年表 
である。
 思いがあっても、それをつくる技術も知識もない。
 でもはじめなければ、いつまでたってもできない。わずかにでもできることから手をつけてみようとおもう。
一応のめどとして今年の20周年記念オフまでとしたい。
▼その【理科の部屋】20周年記念オフについての話し合いの方も動かぬ状態が続いている。
 気づいたことなどをメモ書き貼りつけてすすめたいと思う。

ひよっとしたら、このWeb発信状況こそが私自身の思考の可視化されたバロメーターであるのかも知れない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【必見!】5/5(日)NHK「神秘!ホタルイカ 光の謎に迫れ」

Dsc_0440

▼こいつはナニモノだろう?
ナニヲシテイルのだろう?
 昨日の午後はポカポカ陽気だった。綿毛が目立ちはじめたタンポポを撮ろうとカメラを向けた。
そのときだ、こいつたちがいたのは。一匹ではなかった、数匹がひとつの綿毛に群がっていたのだ。
なにかゴソゴソやっている感じである。
 私の浅い知識によればカメムシに見えるが、そうだろうか。
ナニヲシテイルのかは、きっと「食べる」か「仲間をふやす」にツナガルなにかをやっているのだろう。
じっと見ていると、この小さき生きものの不思議物語を知りたくなってくるのであった。
▼生きものの不思議物語と言えば、あの「ファラデーラボ創立2周年記念企画」でお聴きした道之前允直先生の「ホタルイカの不思議物語」は実に面白かった。
そのときいただいた資料をもう一度ひっぱり出してきた。
・発光のメカニズムは
・発光はなんため?
・巧みな光レセプター
・光受容蛋白質の「発見」
・物質と生命
等々
シロウトの私もワクワクするような話だった。
なかでも極めつけは「ホタルイカの身投げ」の謎解き物語だった。
「ヘェー、研究とはこのようにしてやるものか」と感動し、「ナルホド!!」と何度も膝をたたいたのを思い出した。
それは一編の推理小説を読んでいるような面白さであった。
ファラデーラボの森本さんから連絡で、このお話がテレビに登場することを知った。
◆NHK総合テレビ番組「ダーウィンが来た!」
 2013年5月5日(日) 19:30~19:58
 「神秘!ホタルイカ 光の謎に迫れ」

これは必見中の必見だ!!
▼ちょうど「こどもの日」だ。
 生きものの不思議に興味あるこどもたちにすばらしいプレゼントとなるだろう。
いや子どもだけではない。
 子どもも大人も生きものの「ふしぎ!?」に興味ある全ての人に。
長年にわたる道之前允直先生の謎解き物語はどのように編集されて登場するだろう。
貴重な映像も公開されるだろう。
楽しみである。

あのカメムシ(?)今日もいるかな?
あの場所に今日も行ってみよう。


 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【授業】はじめに<予想>ありき!!

Dscn4705

▼今朝起きて外に出て見ると西の空に大きな月が沈みかけていた。昨晩は雨は止んだが雲が残っており撮り損ねていた月を撮ってみた。撮りながらちょっと「ふしぎ!?」に思ったのは、沈む月の位置だ。一定ではないんだ、これもやっぱり変わっているのだ。正直に言おう、恥ずかしながら頭になかに「三球儀(地球・月・太陽)」をイメージしながら月を見るようになったのは、ごくごく最近なんだ。全月齢を撮ってやろうと、月にカメラを向け出してからなんである。
 そこで思うんだ。
 意図した自然へのはたらきかけがあってこそほんとうの自然の姿が見えてくるものなのかも知れない。
と。
▼今年度はじめての「実験」が迫っていた。
「実験」の対象物質は、炭酸水素ナトリウム。定番中の定番だ。
定番にいたるまでの歴史も知りたいが、ここでは置いておく。
はじめに化学式「NaHCO3」を書いた。
加熱することで何ができるか。周期表・化学式を使って<予想>をしてみた。案外簡単に出てきた。
H2、O2、CO2、H2O …。
▼<予想>を持って自然にはたらきかけるからこそ面白いのだ。
<予想>があるからこそ、「実験」の方法も考えられるのだ。ただただレシピどおりにやるのだけが「実験」ではないのだ。
▼<予想>を持って実験するのと、それなしで実験するのでは、おのずと実験後の<結果><考察>のまとめかたがちがってくる。アタリマエのこと!!
<謎解き訓練>の第一歩は<予想>から始まるのだ!!


| | コメント (2) | トラックバック (0)

【授業】「実験」はなんのために!?

Dsc_0308

▼麦畑の麦穂が今にも泣き出しそうな空を突き刺すようにのびていた。雨が降ってこないあいだにと今年初めての筍掘りにでかけた。やっぱり今年は不作のようだ数本だけを掘ったのみだった。予想はあたったやがてぽつりぽつりと雨が降り出した。今朝起きてみるとけっこう降っている。
 麦の穂も筍も…そして私もまちがいなく「大気の物理実験室」にくらしているのだ。
▼授業で「実験」が近づいていた。
あらためて「実験」とは?を問うてみたくなった。
最近読んだふたつの文章に「実験」に関連するものがあった。
ひとつは第32回オンライン「寅の日」に読んだ寺田寅彦の『量的と質的と統計的』である。
こうだ。

 しかし復興期の学者と古代ギリシアの学者との本質的な相違は、後者特にアテンの学派が「実験」を賤(いや)しい業(わざ)として手を触れなかったのに反して、前者がそういう偏見を脱却して、ほんとうの意味のエキスペリメントを始めた点にあると思われる。ガリレー、トリツェリ、ヴィヴィアニ、オットー・フォン・ゲーリケ、フック、ボイルなどといったような人がはなはだ粗末な今から見れば子供のおもちゃのような道具を使って、それで生きた天然と格闘して、しかして驚くべき重大な画期的実験を矢継ぎばやに行なったのがそもそもの始まりである

「実験」こそ「科学」のはじまりであるとする考えだ。それは「量的」のはじまりでもあった。
ここでは科学者の「実験」が語られていた。
「実験」=「道具を使って、それで生きた天然と格闘」
▼もうひとつは
●1965年(昭和40) 「理科教育における「予想・仮説」着目史」(庄司和晃著『仮説実験授業』国土社刊p82) 
である。
 この文章では、「実験」とは「予想をもって自然に問いかける」行為としている。
ここではとりわけ「予想」に着目しているのである。
「道具を使って、それで生きた天然と格闘」とした寅彦のその後の文脈とツナガルのである。
寅彦の場合は「量的」の画期的価値を認めつつも、もういちど「質的」見直しの必要性を語っていた。
▼科学者の「実験」と理科授業における「実験」とはおなじだろうか?
同じなら、どのような点が同じだろう?
ちがうのだろうか?
ちがうのなら、どのようにちがうのだろう?
もう少し時間をかけて考えてみたい。
とは言うものの「実験」の時間が迫っている。ゆっくり 急ごう!!

そう言えば、人気テレビ番組「ガリレオ」が再登場していた。
2回ともビデオにとっておいてみた!!さすがだ、面白かった。
あの「実験」はなんのためにやっていたんだろう!?

| | コメント (4) | トラックバック (0)

【授業】「化学式」は使ってナンボ!!

Dsc_0209

▼ほ場整備で新しく作られた土手にシロツメクサが植えられていた。そのシロツメクサが今盛りと花を咲かせている。ツメクサとは「詰め草」がどうやら語源らしい、物品の梱包のすき間を詰めるために使われたようだ。今は意図的にこれを植えて土手の除草と土手の土壌を豊かにするために使っているのだろう。
 おもちゃのない時代においては旬のおもちゃ素材であった。
モノにはいろいろと使い途があるものである。
▼「理科」とは<謎解き訓練>である(庄司和晃氏)。ならば物質探検という<謎解き訓練>は何からはじめるべきか。そのひとつの解答が
・周期表
・原子記号、化学式
であると思っている。
▼いきなり「化学式」を丸暗記することからはじめる作戦にいささかの躊躇を感じないわけではない。
しかし、それは考えてみるときわめてアタリマエのことだ。
言葉を使いはじめたとき、文字の読み書き、単語を覚えるところからはじめる。
誰しもがやってきたことだ。
▼最初からパーフェクトに覚えるのでない。
何度も何度も使いながらツカエルモノにしていくのだ。
とりあえず実験して、それをあとから説明するためだけ使うのでなく、未知なる物質の世界を探検していくとき、「予想」をするために使うのである。
 使い慣れしながらモノにしていくのである。
 あくまで覚えるのが目的ではない。
原子記号・化学式は使ってナンボ!! 

だって生徒たちはもう使い始めているはず
「CO2」「H2O」…

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【Web更新4/21】13-16【授業】「化学変化」更新!!

Dsc_0088

雨あがり 白さまぶしい アヤメかな 13/04/21 (日)撮影@福崎

■楠田 純一の【理科の部屋】13-16
週末定例更新のお知らせ
 私はこのblogで「リアルタイムな等身大情報発信」を心がけている。
その流れる情報を蓄積しておこうとする試みがWeb更新だと思っている。それはひとつの「枷」であり、私の情報発信のシステムであるのだ。

◆表紙画像集2013 更新 人里の自然シリーズ アヤメ
 冷たい雨があがった。手入れが行きとどかぬ庭の雑草まみれのなかから、大地の息吹を吹き上げたような白いアヤメの花が咲いた。その白さがまぶしかった。アヤメ科の花には各種あるようだ正確な名前を私は知らない。
 平行脈の葉をもつ単子葉植物はやっぱり「スバヤ型」に見えた。

◆【授業】「化学変化」 更新!!
 ずいぶん久しぶりの【授業】DBの更新である。
こちらの更新はいったん終了させようと思っていた。しかし、やっぱり更新しない情報は存在しないに等しい。
可能な限り更新し続けようと思いなおした。
「授業実践報告」というのと少しちがった切り口で授業を綴ってみたい。
「授業エッセイ」とでも呼んでおこう。「科学観」「教材観」「教育観」等々なんでもありだ、話はとんでもないところに派生していくかも知れない。
 より授業を楽しむために書き綴ろうと思う。

◆オンライン「寅の日」 更新!!
 「寅彦の科学」に学ぶことは、結局は「私の科学」を問い直すことでもある。
オンライン「寅の日」は、自分とはちがう「私の科学」と出会う場でもある。今度は、どんな「私の科学」と出会えるだろうと思うと楽しくなってくる。

◆サイエンスコミュニケーター宣言 更新
 全面教育学研究会で学んだことの反芻作業はまだまだ続いている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年5月のオンライン「寅の日」は #traday

Dsc_0025

▼今年度の大賀ハスの蓮根を植え替えてから3週目である。はやいものである、観察池にも大きく変化がでてきた立ち葉・巻葉の葉が広がりはじめた。その本数はどんどん増えている。
 実は他の水栽培、種子から育てた次世代のものの処理はまだである。ポリバケツの水のなかにほりこんだ「あまりもの」についても同様である。
 こちらがまとまって時間がとれないあいだに、大賀ハスの方は、確実に日めくりめくって行く。
▼4月も20日を過ぎていた。
5月オンライン「寅の日」の予定を組んでおく必要がある。
 今年度に入ってもうすでに2回のオンライン「寅の日」があった。徐々にいろんな立場の人からコメント・感想がでてくるようになっている。ありがたい!!
これでこそ「寅の日」だ!!
 そのなかで考えはじめている。私にとってのオンライン「寅の日」とはなにか?
2013年5月は2回ある。
◆第34回オンライン「寅の日」…5/12(日)
◆第35回オンライン「寅の日」…5/24(金)
である。
▼さて、何を読むかであるが、4月にひきつづいて「寺田寅彦の提唱した新しい科学」(池内了著『寺田寅彦と現代』より)に関連するものを読みたい。昨年度読んだものもあるが、また違った視点で読みなおしてみたい。
2013年5月オンライン「寅の日」

◆第34回オンライン「寅の日」…5/12(日) 『自然界の縞模様』(青空文庫より)

◆第35回オンライン「寅の日」…5/24(金) 『物質群として見た動物群』(青空文庫より)
▼私にとってのオンライン「寅の日」とは?
のひとつの答えが、サイエンスコミュニケーターとしての「仕事」である。
サイエンスコミュニケーターとしての課題(仕事)を5つ設定した。
その一番目に
(1) 道楽的「科学」・道楽的「理科」の追求!
を設定した。これと深く関連していると思っている。

第二期の二月目、どのような展開になっていくのか楽しみである。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

【授業】周期表を物質探検の「地図」に!!

Dsc_0889

▼「やりたいこと」「やらねばならないこと」をリストアップして、プライオリティをつけて課題を設定する。そんな「整理のプロセス」がここのところ少し混乱していた。理想としては「やりたいこと」=「やらねばならないこと」となることなんだが、そのバランスをくずしているようだ。
▼私にとっては「授業」のプライオリティはかなり高い。いのいちばんかも知れない。
だから「授業」を語ることを続けよう。
 「はじめに「原子」ありき」の授業において、周期表は重要な意味をもつ。
周期表が教科書に帰ってきたことはうれしい。
周期表をこれからはじめる物質探検の「地図」と位置づけたい。
まず身近に周期表を置いておこうと提案し、
◆一家に1枚周期表(文科省)
を紹介した。
 周期表グッズの紹介として、例の理科ハウスの「周期表Tシャツ」をカッターシャツの下に着込んでおいてちらりと見せた。
ちょっと自慢げに…。
▼「地図」を覚え込もうというのでない。こいつはツカイモノになると言いたいのだ。
・たったこれだけの原子でこの世のすべて物質はできている。
(宇宙から私のからだまで!!)
・身近な物質はほんの数十種類の原子からできているんだ。
・アルミの階段から左は金属、右は非金属
・なんと金属原子が多いことか!!
・近くにある原子は似たもの同士!!(世界「地図」だってそうだ)

「地図」はおぼえるのでなくツカイモノにしていこう!!
何度も何度も使って物質探検必須のアイテムにしていこう。
▼翌日さっそくいくつかの反応があった。
ノートに「自分の周期表」と称してきれいにうつしとっているもの!!すごい!!
中学生必須の原子記号のチェックテストをした。
テスト用紙の端に、原子番号1~20番までの原子記号を書いている生徒がいる。「小学校のころから覚えている」と言う。感心すると同時に教えられた。
 生徒たちもやっぱり「原子の世界」に興味あるんだ。

よし!!これに応える授業を考えていかなければ…。
 

| | コメント (4) | トラックバック (0)

【授業】はじめに「原子」ありき!

Dscn4652

▼昨日もいつもの定点観測地に立ち「雲見」をした。青空が見えているとは言え、どこか雲行きがあやしかった。
予想はあたった。夕方が近づくにしたがって雲ばかりになってしまった。冷たい強い風まで吹き出した。
初夏を思わせる天気は再び冬に逆戻りするという。
 「雲見」と観天望気の天気予報は面白い!!
▼今年度は、その「天気の変化」の授業を中学2年生とやることになった。
「天気の変化」だけでなく
「化学変化」
「動物の世界」
「電気・電流と磁界」
と4つの単元の授業をやる。
現役時代の私の「ふしぎ!?」からはじまって卒業論文にいたるまでの実践報告は実践DBに記録化してきた。
中学校3年間の理科授業の全時間を網羅しているつもりである。
授業の成功・失敗関係なくというより「成功」なんてほとんどないかも知れないが。
今年度、あらためて中学2年生と授業することになって、授業のことを書き綴っておきたくなった。
今度は、実践報告というより授業を生徒たちと一緒にやりながら私自身が学んだこと、気づいたこと、
授業から派生して、「科学観」「教材観」等々徒然なるままに記録してみたい。
かっこつけて言うなら【授業】エッセイのようなものを綴ってみたい。
一年間どこで投げ出すかわからないがはじめてみる。
▼最初の単元は「化学変化」である。
現役時代にはもっと力点を置いてきた単元でもある。
今、原子論的物質観がどこまで有効なのか。
生徒たちはそれをどう受けとめるのだろう。
楽しみでもある。
基本的なスタンスとしては、「教科書」を徹底的に使っていきたいと思っている。
▼教科書に「周期表」が帰ってきていた。
ありがたい。これではじめの授業が「はじめに原子ありき」でいける。
100種類あまりの「原子」でこの世の中のすべての物質ができている。
身のまわりの物質で言えば、20~30種類の「原子」からできているのである。
この驚くべき事実!!
一緒に驚いてみるとこからはじめた。
今から物質探検をはじめるにあたって、最初に「化学の世界」のコトバは必須だ。
日本語のはじまりに「あいうえお」があるように
英語のはじまりに「ABC」(アルファベット)があるように
原子記号をおぼえることからはじめた。
こじつけ、ダジャレなんでもありだ。おぼえて使えればいい!!

今回のヒット作ひとつ
「このあいだ長嶋・松井選手とダブルで国民栄誉賞もらったな」
「知っとるか?もっともっと前に野球やっとた人で国民栄誉賞もろたひとおるんやで、誰や?」
「…」
「王 監督」
「オウ サンソウ!!」(王さんそう!!) (^^ゞポリポリ 


| | コメント (2) | トラックバック (0)

本日(2013/04/18)、第32回オンライン「寅の日」!! #traday

Dsc_0765

▼昨日の午後、少し曇り空であったが富栖の里をドライブしてみた。私のもっともお気に入りのドライブコースである。いつ行っても新鮮な空気が流れ季節の花が心を癒してくれる。里山のしだれ桜、八重桜がきれいだ!!
しかし、それにも増して新鮮で感動的なのは<新しい緑>だった。木々の<新しい緑>は季節は絶え間なく流れていくことを教えてくれていた。
▼次々と学びたいことが出てきて、のろま頭のキャパを超え始めていた。
こんなときこそゆっくり ゆっくり急ごう!!
本日(2013/04/18)は今年度2回目のオンライン「寅の日」である。
はじめからそのことを予定したわけではないが、キャパを超え始めた「私の文脈」にピッタリとくる題目を選んでいた。
◆第32回オンライン「寅の日」
●『量的と質的と統計的と』(青空文庫より)
▼何度も口にすると真実味を失い、説得力を欠くことになることになるがやっぱり言ってしまうのである。
・寺田寅彦はきわめて今日的である!!
 今回もあのみごとな文章運びで寅彦の世界に引き込まれていく。
「科学」の歴史を語ることによって、「科学と実験」の意味を追求する。
「エキスペリメント」の意義を十分に認めたうえで、次へ展開する。

 この歴史的事実は往々、「質的の研究が量的の研究に変わったために、そこで始めてほんとうの科学が初まった」というお題目のような命題の前提として引用される。これは、この言葉の意味の解釈次第ではまさにそのとおりであるが、しかしこういう簡単な、わずか一二行の文句で表わされた事はとかく誤解され誤伝されるものである。いったいにこの種類の誤伝と誤解の結果は往々不幸にして有害なる影響を科学自身の進展に及ぼす事がある。それはその命題がポピュラーでそうして伝統的権威の高圧をきかせうる場合において特にはなはだしいのである。

私たちの頭にいつしか染みついてしまった「量的=科学的」の図式化に警告を発しているのである。
現代のように量的に進歩した物理化学界で、昔のような質的発見はもはやあり得まいという人があるとすれば、それはあまり人間を高く買い過ぎ、自然を安く踏み過ぎる人であり、そうしてあまりに歴史的事実を無視する人であり、約言すれば科学自身の精神を無視する人でなければならない。

「質的」から「量的」への科学の歴史を踏まえた上で、やっぱりはじめにあるのは「質的」なんだよと、「質的」の復権を呼びかけているのである。
はじめに「思いつき」ありき!!
それらのものの精密なる数値的決定より先にそれらのものが「在(あ)る」ということを確立することである。もっともそのためには精密な計画と行き届いた考察なしには手を出せないことは言うまでもないことであるが、その際得る数字の最高精度は少なくも最初には必ずしも問題にならないのである。おもしろいことにはこの種の Residual effect はしばしばそれが「発見」されるよりずっと前から多くの人の二つの開いた目の前にちゃんと現在して目に触れていても、それが「在る」という質的事実を掘り出し、しっかり把握(はあく)するまでにはなかなか長い時を待たなければならないのである。これは畢竟(ひっきょう)量を見るに急なために質を見る目がくらむのであり、雑魚(ざこ)を数えて呑舟(どんしゅう)の魚を取りのがすのである。またおもしろいことには、物理学上における画期的の理論でも、ほとんど皆その出発点は質的な「思いつき」である。近代の相対性理論にしても、量子力学にしても、波動力学にしても基礎に横たわるものはほとんど哲学的、あるいは質的なる物理的考察である。これなしにはいかなる数学の利器をいかに駆使しても結局何物も得られないことは、むしろ初めからわかったことでなければならない。実際これらの理論の提出された当初の論文の形はある意味においてはほとんど質的のものである。それが量的に一部は確定され一部は修正されるのにはやはりかなりに長い月日を要するのである。

▼寅彦は「複雑系科学の父」は呼ばれているらしい。
「複雑系科学」がどんなものであるか、私はまだよく理解していない。ただ無性に興味はある。
「質的」「量的」を超えて「統計的」を導入することによって次のように語っている。
 この難儀の問題の黒幕の背後に控えているものは、われわれのこの自然に起こる自然現象を支配する未知の統計的自然方則であって、それは――もしはなはだしい空想を許さるるならば――熱力学第二方則の統計的解釈に比較さるべき種類のものではあり得ないか。マクスウェル、ボルツマン、アーレニウスらを悩ました宇宙の未来に関するなぞを解くべきかぎとしての「第三第四の方則」がそこにもしや隠れているのではないか。
 このような可能性への探究の第一歩を進めるための一つの手掛かりは、上記のごとき統計的質的現象の周到なる実験的研究と、それの結果の質的整理から量的決算への道程の中に拾い出されはしないであろうか。

そして最後にこうしめくくる。
ただ量的にあまりに抽象的な、ややもすれば知識の干物の貯蔵所となる恐れのある学界の一隅(いちぐう)に、時々は永遠に若い母なる自然の息を通わせることの必要を今さららしく強調するためにこんな蕪辞(ぶじ)を連ねたに過ぎないのである。若くてのんきで自由な頭脳を所有する学生諸君が暑苦しい研学の道程であまりに濃厚になったであろうと思われる血液を少しばかり薄めるための一杯のソーダ水として、あるいはまたアカデミックな精白米の滋味に食い飽きて一種のヴィタミン欠乏症にかかる恐れのあるときの一さじの米ぬかぐらいのつもりでこの一編の所説の中に暗示された何物かを味わってもらわれれば、筆者の望外のしあわせである

正直に言おう。私の知識、理解力では引用させてもらうのが精一杯で、書かれた文章の真意がわかっているわけではない。わかっているのは、私のような人間が読んでもひじょうに興味深いということと、「これから」の「科学」にとって重要な提言が含まれている予感がするということだけだ。
 若い現場の研究者や学生さんたちたちがこの文を読んだらどんな感想をもつのだろう。
それが知りたい。それが今、もっとも私の興味あることかも知れない。

 

| | コメント (6) | トラックバック (0)

今、「常民の科学」とは!?(8)

Dsc_0646

▼玄関先のカタバミの花がかわいくきれいだった。この「かわいさ」に反して「したたか」でもあった。
どんな戦略があるのだろう。門先のいたるところに春を謳歌している。
天気が悪い日の「光合成」教材として適材だったことを思い出す。
▼やっと少しずつ「全面教育学研究会」の反芻作業に入った。参加者お一人ひとりのコトバを「反芻」していたら圧倒される思いが蘇ってくる。一歩も前へ進むことができなくなってしまうのだ。
もう私の得意の流儀でいこう。「無手勝流」の動員だ。
私の文脈で行こう!!
そもそも「全面教育学」とはなんだろう?きわめて合点するコトバを聞いた。
・全面教育学は庄司マンダラである。
納得である。
 浅学な私の連想はマンダラと言えば「南方マンダラ」である。
ならば、熊楠がそこからはじめよと言った「萃点」はどこにあるのだろう。
・庄司マンダラの「萃点」は?
▼案内してくださった尾崎さんの配意のおかげで私の質問のすべてに庄司先生が応答してくださった。
ありがたい限りだった。
なかでも
●1965年(昭和40) 「理科教育における「予想・仮説」着目史」(庄司和晃著『仮説実験授業』国土社刊p82) 
 「理科教育における「予想・仮説」着目史」
はじめに
§1. 仮説実験授業を発想したひと
§2. 着目史その1 - 新学習過程
§3. 着目史その2 - 理科実践論
§4. 着目史その3 - 予想実験をさせる授業
§5. 着目史その4 - 理科ノート方式
§6. 今後のことなどを含めて

この論文にふれていだき、応答いだいたのがありがたかった。
 私は、当日その論文をコピーしたものをもって行き、新幹線のなかで再度読みなおしてから参加するつもりだった。朝のバタバタでそれを怠ったまま参加した。失礼なことをしてしまった。
 帰ってから、今あらためてその論文を読みなおしている。
 庄司先生のお答えのひとつひとつを重ねあわせてみている。実に的を射た応答をしてくださっていることがわかってきた。深謝!!
▼やっぱり私の「予想」は当たっていたと確信をもちはじめた。
・日本の理科教育の流れの中で「萃点」である。
・戦後理科教育の「原点」である。
その論文の最後を引用させてもらう。

 理科教育における予想・仮説のもつ意味あいはゆるがせにできない問題である。単なる科学の方法としての位置にとどまるものではなく、基礎的な諸概念の習得・適用とか科学的認識の成立とかに密接不可分に結びつく重要なことであると考えられる。そういう点からいってもこうしたアプローチの必要性がある、といってよいのではないだろうか。(同書 P108より)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

今、「常民の科学」とは!?(7)

Dsc_0603

▼気づいたときは東の畑の一列はすっかり「菜の花畑」になってしまっていた。
なんなんだこれは!?
そんなつもりはまったくなかった。ここに植えたのはミズナだ!!それを漬け物に、油揚と一緒に煮て…食するつりだったんだ。それがあれよあれよという間に「菜の花畑」に変身してしまっていた。
残念!!と思う前に、このアタリマエ!!に感動してしまった。ミズナってアブラナ科の仲間で「菜の花」になるんだ。
▼私のポンコツ頭は、まだ「全面教育学研究会」の余韻のなかにあった。反芻作業にかかろうとするがそれ以前の状態である。
なんというのだろう?こんなのを… 「混沌」「カオス」…?。
 はじめて会った庄司和晃先生が「常民の科学」とはにヒントをくださった。
・「聞きなし」等々
▼これからの「常民の科学」の可能性を私なりに考えてみるところからはじめてみようと思う。
「ことわざ」教育のことが何度も出てきた。
これだと思った!!
短いコトバで、本質をとらえる。そしてそれをくらしのなかで使っていく。
それでは理科教育のなかではどんな場面があるのだろう。
咄嗟に思いつくのはふたつあった。
・観天望気…天気コトワザ
・減災、防災教育
くらしのなかの体験から紡がれたコトバ、それはツカイモノになるでは…。
▼そう、そのツカイモノになる「科学」こそが「常民の科学」なのではないだろうか。
その手法の根っこにあるのは「認識論」では…。
いっきょに「科学的概念」形成がはかられるわけではないのだ。それ「ばっかり主義」ではツカイモノにならない。
もう少し、根っこのところから「認識の三段階理論」なるものを勉強してみたくなった。
どうも私は何もわかっていなかったようだ。
ワカッタツモリ、ワカッタヨウナフリをしていただけのような…。
これが今回のいちばんの「発見」だ。

ゆっくり 楽しく 急ごう!!
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【Web更新4/14】13-15「サイエンスコミュニケーター宣言」更新!!

Dsc_0549


花咲きて 楽しみになり ゴンビかな 13/04/12 (金)撮影@福崎

■楠田 純一の【理科の部屋】13-15
週末定例更新のお知らせ
 この週末は私にとっては記念すべき週末となった。「記録化」するにはしばらくの反芻作業が必要なようだ。
ゆっくり 急ごう!!
 欲張りな私は、全面教育学研究会だけでなくあと2つ計画に入れていた。全面教育学研究会との衝撃的な出会いに圧倒され、ひとつしか実現しなかった。そのひとつとは逓信総合博物館に行って平賀源内の「エレキテル」を見ることだった。これも積年の願望であった。これも予想通りであった。面白い!!
次はもう一台の「エレキテル」を見ることだ。

◆表紙画像集2013 更新 人里の自然シリーズ 「ゴンビ」(グミ)
 家の西にあるゴンビの花が咲いた。私はずっと幼いころよりこれを「ゴンビ」と呼んできた。「グミ」と一般的によぶと知ったのは大人になってからである。それでもまだ正式に「○○グミ」というのか知らない。
 まあいいか。「ゴンビ」は「ゴンビ」なんだ。この花が咲き出すと田植えを思い出す。
初夏の泥田に入って、田植えをして泥のついたままの手で、これを何十個もいっきょにもぎ取り口にほおばった。
甘酸っぱさ口いっぱいに広がった。そしてそれらの種をいっきょに吹き矢のようにはき出すのである。
これには、ちょっとした技術が必要だった。なつかしい思い出である。
 いつ赤い実になるだろう。楽しみである。

◆サイエンスコミュニケーター宣言 更新
 今、「常民の科学」とは!?を一週間連続して書いて来た。それらをすべて「サイエンスコミュニケーター宣言」に貼りつけておいた。「私の科学」史のなかで、「常民の科学」は重要位置にある。
 今回のことでますますそれを自覚することになった。
 「私の科学」史のなかで、まだまだ進行形であることがわかった。
「これから」もほんの少しだけ見えてきた!!

  


| | コメント (2) | トラックバック (0)

Twitterはじめて1300日目に思うこと!

Dscn4524

▼昨日は、さあ旅立とうと思ったら大きく揺れた。あの18年前の朝を思い出した。それほど大きく揺れたのだ。Twitterで「ゆれた!!」とつぶやいたらいろんなとこから情報がやってきた。
少し落ち着いてきたので予定通り東京をめざした。新幹線からの富士山を撮るのは東京いくときの定番になってしまった。やく5ヶ月ぶりであった。
▼なんとか定刻前に成城学園大学についた。「全面教育学研究会」例会に参加させてもらった。念願の庄司和晃先生にもはじめてお会いすることができた。
あらかじめ「ねらい」としていたこと
(2) 「常民の科学」とは
(3)  全面教育学とは
(4) 「理科教育における「予想・仮説」着目史」について
なんと3つとも答えていだいた。それだけでなかった「宿題」まで出していただいた。
大満足であった。
▼それにしてもこの会の充実ぶりはすごかった。私のポンコツ頭ではついていくのがむつかしかった。あらゆる方面の話題が次から次と飛び出してくる。まさに「全面」教育だった。会だけでなくその後もあった。完全に初対面であること忘れて深夜まで楽しく語り合った。今からしばらく時間をかけて反芻作業が必要なようだ。たのしい作業になりそうだ!!
▼Twilogを見ていたら、今日がTwitterはじめて1300日と書いてあった。
100日ごとにTwitter的(リンク・シェア・フラット・等身大・リアルタイム・アクティブ)の「現在地」を確認してきた。
私には昨日の全面教育学研究会の話し合いこそきわめてTwitter的だと思った。
 別にTwitterのことがなどが話題になったわけではなかった。
しかし「フラット」で「等身大」で「アクティブ」な実践の数々は、まさにTwitter的だった。
 Twitter的とは、実践の作風であり、哲学であるのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

今、「常民の科学」とは!?(6)

Dsc_0590

▼今朝はやくから出かけるために、毎週土曜日としている定例大賀ハス観察を一日前倒ししてやってみた。観察池に大きな変化はない。葉芽が数個水面から飛びだしている。それをじっとみているとあきらかである。小さくともあのハスの葉を想像させるものがある。他の蓮根の処理については手つかずの状態になっている。
 私は今どうもいつもとちがう「ばっかり病」を発症しているようだ。
▼ひとつのことの「ばっかり病」を発症すると、並行して別のことに頭が行かない。
こまったものだ。今は、さしずめ「常民の科学」病だろうか。
 これは少し意図して発症させたところがある。
それは今日(2013/04/13)、「全面教育学研究会」例会があるからだった。
◆「全面教育学研究会」例会 2013年4月13日(土)14~17時 会場・成城学園大学
▼参加させてもらうのを決めたとき、その「ねらい」を4つ設定していた。
(1) 庄司和晃氏に会う
(2) 「常民の科学」とは
(3) 全面教育学とは
(4) 「理科教育における「予想・仮説」着目史」について

 はじめての参加でこれらすべては無理なことだ。
このひとつでも「ねらい」が達成できればもうけものだ。
▼(4)についてはあまりふれなかったので、もう少しくわしく書いておこう。
自分自身のあたまの整理のために。
「日本理科教育史」を私なりに概観しているときにこれをみつけたのだ。
●1965年(昭和40) 「理科教育における「予想・仮説」着目史」(庄司和晃著『仮説実験授業』国土社刊) 

 「理科教育における「予想・仮説」着目史」
はじめに
§1. 仮説実験授業を発想したひと
§2. 着目史その1 - 新学習過程
§3. 着目史その2 - 理科実践論
§4. 着目史その3 - 予想実験をさせる授業
§5. 着目史その4 - 理科ノート方式
§6. 今後のことなどを含めて

驚いた。半世紀近く前に書かれた論文である。戦後20年経って書かれたものである。
なにに驚くかというと、その後半世紀間の日本理科教育史を展望し、予見したかのような文章にだ。
庄司和晃氏には、この時点で何が見えていたのだろう?
3.11から2年がたった今、日本の理科教育はどう見えているだろう?
それを聞いてみたい。

もうすぐ家を出よう。
「準備」できていないことがめだつが…。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

今、「常民の科学」とは!?(5)

Dsc_0400

▼「あれ、いつの間に!?」と思うものがあった。それは例のヒガンバナのすぐそばにあった。ボタンの花である、冬場、ヒガンバナが光を独り占めしている様子を毎日観察しているとき、すぐそばにあったから気にしていた。色のない庭に唯一の赤い冬芽が気になっていたのだ。その冬芽からはなかなかあの巨大な花は想像できなかった。
だからなおいっそう注意して、その変化のプロセスを観察してやろうと思っていた。
 ところが気づいたら「花」のかたちになってしまっていたのだ。
 やっぱり寅彦の言うように植物たち春は超高速で展開していっているようだ。
▼こちらの頭も少しスピードアップして「全面教育学入門1~4}を走り読みした。
柳田國男をそこにみつけ、「やった!常民の科学」に近づいたかと一瞬思った。
でも、ことはそう単純ではなかった。
それにしても、この「全面教育学」とはいったいなんなのだろう?
不勉強でそんなにいっぱいいろんな「教育学」を知っているわけではないが、知る限りの「教育学」とは異質な感じがする。しかし、それは「違和感」ではない!
 なにかピッタリとくるものを感じるのである。
 ヨクゾイッテクレタ!!と言った感じである。
「三大教育九項教育」
思い切ったわくぐみの設定である。
・モットー 「教育」外から教育を学ぶ
・対象   死の教育から山川岩石内教育まで
・本質   渡世法体得。
・思想   人間ばっかり主義ではスミレ達がさみしがる。

・角度    (1) 科学・前科学・非科学の三者の目
       (2) 認識の三段階連関理論の目
       (3) 教育実践を通してにらみとっていく目
(このあたりに「常民の科学」に近いものがあるのかもしれない、でもまだ不確か)
さらには、「全面教育学は「死」が基点である」と言い切っている。
一瞬、ギョッとして引きたくなるような提言だ。
その提言の基底には柳田國男の「人間は死後を信じ得る動物である」があるような気がする。
▼そうなってくると気になってくるのは、庄司和晃氏にとって柳田國男とはなんだったのだろう。
例のサイトには、そのものズバリもあった。
◆2012.12.7 私にとって柳田國男とは何か
── 前代教育の発見者という存在 (庄司和晃)
  

ナルホド! 少しだけわかった「気分」になる。

では 私にとって柳田國男とは何か。
明日までに少し考えてみよう。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

今、「常民の科学」とは!?(4)

Dsc_0418

▼昨日の夕方、毎日いつも見ているはずの定点観測地Aのヒガンバナに驚いてしまった。もう完全にスズメノエンドウ、カラスノエンドウたちに完全に包囲されていた。もう時代が変わろうとしていた。
 それでもかろじて残している緑の部分で光を受けて最後の生産活動をして地下に栄養を貯め込もうとしているのだろうか。次世代のために…。
 ヒガンバナの「身になって考えてみる」
これも確か庄司和晃氏お薦めの「自然」の見方だったはず。
「科学の本質は<謎解き>である。したがって、理科教育とは<謎解き訓練>である」とした庄司和晃氏の提言にもう少し耳を傾けてみよう。
「理科教師の科学観に問題はないか」のなかで、この言い切りにつづいてもう少し具体的な戦略を語っている。
・ハジメニ「実験」アリキ
ではまずいと言い
・ハジメニ「謎」アリキ
・ハジメニ「問題」アリキ
または
・ハジメニ「課題」アリキ
さらには
・ハジメニ「問い」アリキ
そして
・ハジメニ「予想」アリキ
だとする。わかりやすい論理の展開である。見事である。
わかりやすくて簡単でなければ「ツカイモノ」にならない。それも氏の持論である。
▼氏は「ツカイモノ」になるものとしてあの有名な「のぼりおり認識論」(参照「認識の三段階連関理論について」
を展開している。
 「常民の科学」とはから少し離れすぎてきているので軌道を修正をする。
そもそも氏の提唱する「全面教育学」とはいったいいかなるものであろうか。
「全面教育学研究会」のサイトにはその問いに関する資料がページ化されている。
 私には次のページがまとめてあるように思えた。
◆全面教育学入門1~4
▼ここへ来て柳田國男が登場する。
ということは「常民の科学」に近づいてきたことになるはずだ。
でもことはそう簡単で直線的ではなさそうだ。
ゆっくり ゆっくり もう少し続けてみよう。

氏は言った。
「ハジメニ「予想」アリキ」と。
ならば私も「予想」を立てながらつづけてみよう!!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

今、「常民の科学」とは!?(3)

Dsc_0275

▼「なるほど ホントに シロバナタンポポだ!!」
それも一ヶ所だけにと言うのではなかった。その周辺のそこかしこに咲いていた。
入学式の準備をしていた生徒が教えてくれたのだ。
「あのシロバナタンポポが咲いてで!!」
「持ってこようか、写真撮ったからそれ見せよか」
「タネとれたら持ってこようか」 それはひとりだけの情報ではなかった。
昨年連休に「タンポポの研究」をやった複数の生徒からの情報であった。
それを聞いたらその「現場」に行かない手はなかった。昨日、その「現場」にいってみるとそこでは黄色をしたタンポポをはるかにうわまわるシロバナタンポポが咲いていた。
「どうしてここだけにシロバナタンポポが!?」の謎がはじまった!!
▼「私の科学」史をつづける。
繰り返してみる。
これまでに私はいくつかの「○○の科学」というコトバを使って来た。
なかでも「常民の科学」というコトバにひときわ強い思い入れがあった。
その思い入れとはなんだろう? 今、それを問いかえしてみたくなった。
「常民の科学」というシロウトの造語を賞賛してくれる人がいた。それが庄司和晃氏だった。
ある時期、興味は「常民の科学」よりもむしろそれに興味しめしてくれた庄司和晃氏にうつった。
この人の「私の科学」とはどんなものだろう。
この人の「理科教育史」は…?
▼それはすでに紹介した
全面教育研究会公式サイトのなかにあった。実にすばらしい!ありがたい!!
 どこから読ませてもらおうかと思って、いろんなページをめくっているとき次のページが目にとまった。
今の自分にいちばん直結すると思ったからである。
◆理科教師の科学観に問題はないか
さっそくプリントアウトして読んでみた。
「理科教育」(明治図書)’87.4~6月に連載されたものだ。
やっぱりそうだった!!今、読んでも膝をたたくことしきりである。
「そのとおり!!」と共感し引き込まれ行く。当時から一方的に惚れ込んでいた。
その理由を考えてみた。
・まず文体が独特で「等身大」である!無理に作ったり、あわせたりしていない!
・どの文章のなかにも「私」があった!
 当時、生意気にも「私」のない「科学研究」「授業実践報告」に嫌気がさしているところだったので、きわて新鮮で共感できるものであった。
▼この文章の後半に究極が書いてあった。
みごとな言い切りだ!!決意でもあったのだろう。

・「科学」とはなにか。一言でいうと謎解きである。

・理科教育とは<謎解き訓練>である。

言い切るで終わるなら、他にもあるかも知れない。
庄司和晃氏のすごいところはそこで終わらないところだ。
<謎解き訓練>の具体的な方途を提示している。さらには実践しているのだ。

<つづく>

| | コメント (0) | トラックバック (0)

今、「常民の科学」とは!?(2)

Dsc_0216

▼昨日帰宅してから近く川べりを歩いてみた。川が最近改修されてコンクリートから土の土手にかわっている。その土手にも春はやってきていた。レンゲソウの群落がきれいだ。川の流れもおだやかで水も温んできているようだった。川の流れは遡行しない!!
▼「私の科学」史をつづけよう。
「常民の科学」とは、と書いてみてコメントと質問をもらった。ありがたい!!
そのことによって、もっと深く考えてみようという気持ちになってきた。
私がこれまでに使って来た「○○の科学」を思い出すままにならぺてみよう。
「常民の科学」
「ファラデーの科学」
「熊楠の科学」
「等身大の科学」
「デクノボーの科学」
「高いレベルの科学」
そして
「私の科学」
最近では「コンヴィヴィアルの科学」。
▼では「常民の科学」とは私にとってなんだったのだろう。
そもそも「常民」とはなんなのだろう。誰をさして言っているのだろう。
「常民」という言葉をはじめに意識的に使ったのはあの民俗学者柳田國男である。
私が「常民の科学」を言い出したのはこの柳田國男と「科学」を結びつけたかったという比較的安直な発想だったのかも知れない。
 柳田國男と「科学」をもっと深いところで結びつけた先駆者がいた。
庄司和晃氏である。
 庄司和晃氏は、この「常民の科学」を次のように少しだけほめてくださった。うれしかった!!

 最近、この方面へ自覚的に注目し、それを教育の中で生かそうとする人たちが目立つようになった。ひめじ理科サークルの楠田純一氏は、草木染めへの取り組みの中で、人間が身につけるものを染める材料の植物は「かならずと言ってよいほど『薬草』なんだ」という一点にいたく感動し、開眼し、「生活者」の心根に参入した。
 この一点のヒューマニズム的な感動は、巧まずして、現代の生産社会への批判になっているとも言えようか。
 続いて、かれは、紅花探訪などをも通しつつ、「生活者」と「自然」との「つきあい」に思いを深め、ついにそれは「『常民の科学』を授業に」という決意をひめた提言となって結実した。そして「そこに教材の『宝庫』がある。」「『自然を豊かにとらえる』術を学びとるのも、意義あることだ」と力強く主張している。(『全面教育学入門-渡世法体得という教育本質観-』(庄司和晃著 明治図書 1994.11 P151より)

▼その庄司和晃氏は、全面教育学を提唱されていた。
その「全面教育学」とはなになのか。
どんな「教育」を提言されているのか、シロウトながらに興味を持ち続けてきた。
「いつかは…」と思っていたことをやるのが今年だ!!
思い切ってこの週末に「全面教育学研究会」の例会に参加させてもらうことにした。
今、なぜ「常民の科学」なのか、も少し見えてくるかも知れない。
◆全面教育学研究会公式サイト

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【Web更新4/7】13-14「サイエンスコミュニケーター宣言」更新!!

Dsc_0854

白木蓮や 風もまた身を 浄めたり 13/04/04 (木)撮影@安富
■楠田 純一の【理科の部屋】13-14 週末定例更新のお知らせ  いよいよ新学期がはじまる。何度経験しても緊張するものである。 緊張と緩和の繰り返しによって生活はなりたっている。一方だけだと平面的なものになってしまう。 おもっいきり「緊張」してみよう。そうすれば…。

◆表紙画像集2013 更新 人里の自然シリーズ 白木蓮
 ここには自分の家の周辺の画像をもってくることを原則としているが、先週出会ったあじさい公園の白木蓮林があまりにも感動的であったのでここにもってきた。
 どうやら私は「白い花」に惹かれるところがあるようだ。白は何色にも染まっていないようで、全ての色を包含しているようでもある。もっとも「静寂」でもっとも「饒舌」な色なのかも知れない。

◆サイエンスコミュニケーター宣言 更新!!
 今は、私なりに【理科の部屋】20年史を追いかけている。
「私の理科教育史」と重ねあわせながら。それにしても20年は短いようで長いものである。
そのなかからいかに「不易」を掬い取るかである。まだまだ遠い道のりになりそうだ。
 あわせて「私の科学」史も追ってみたい。

◆【大賀ハス観察日記】 更新
 「観察日記」も6年目に入った。大賀ハス「発見」から62年目である。今年はどんな展開があるだろう楽しみである。

◆オンライン「寅の日」 更新
 こちらの方は、2年目に入った。今は「継続」することを第一義に考えたい。
そのためには楽しくなければならないと思っている。12日ごとにやってくる「寅の日」を存分に楽しんでいきたい。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「常民の科学」とは(1)

Dsc_0106
Dsc_0114
▼2013年度の大賀ハスの観察池は植え替えから1週目であった。今年は蓮根の上に置く土が少なすぎたのだろうか。芽が水面からも少し飛び出している。
観察池に使用しなかったほとんどの蓮根がそのままである。
昨日は、雨を理由に作業することはなかった。
▼今、サイエンスコミュニケーター宣言では【理科の部屋】20年史を追いかけている。
それと並行しながら「私の科学」史もプロットしてみたくなった。
これまでにもいくつかの「○○の科学」ということばを使ってきた。
そのなかで「常民の科学」という言葉には特別の思い入れがある。
この歴史と今を少しまとめたくなった。
▼はじめてこの言葉を使ったのはいつだろう。
「記録」として残しているものを見る限りではこれが最初だろう。
●1986年9月 地下茎第39号P1 「常民の科学」を授業に…
27年も前のことである。
読み返すと赤面してしまうようなたどたどしい思いだけが先走りする文章だ。
▼もうひとつあった。
●1988年2月 「常民の科学」を授業に!!「もうひとつの科学史」を授業に

「常民の科学」を授業に は私のライフワークだ!!
とまで言ってきたその「常民の科学」とはなんだったのだろう。
3.11後の今、自らに問い返してみたい。
これもやっぱり ゆっくり ゆっくり急ごう!!

| | コメント (2) | トラックバック (0)

本日(2013/04/06)、第31回オンライン「寅の日」!! #traday

Dscn4487

▼久しぶりに「春」の空の「雲見」をした。
青空が広がっていた。
それはまちがいなく春の青空であった。
冬の青空ではなかった。夏の青空でもなかった。
どこがどう違うのか、私には言葉にできなかった。
「あの寅彦ならどう表現しただろう?」と思ってしまう自分がいた。
▼その寅彦の文章をオンラインで読みはじめて一年が経った。
今日(2013/04/06)は、二年目スタートの日である。
今一度、オンライン「寅の日」とはなになのか、問いかえしながら二年目をはじめたい。
◆第31回オンライン「寅の日」
●「春六題」(青空文庫より)
▼二年目スタートにふさわしい、いかにも寅彦らしい文章群である。
「春」をキーワードに寅彦ワールドが縦横無尽に展開されている。六題はバラバラのように見えてどこかでツナガッテいた。それこそが寅彦の文脈であった。
 ポンコツ理科教師の文脈と重なるところをなんとか見つけようとするが、なかなか困難な作業である。
でも楽しい、魅力的な作業でもある。
 一の切り出しなど
「こう来たか!!」
「やっぱりさすが!!」という感じだ。

暦の上の季節はいつでも天文学者の計画したとおりに進行して行く。これは地球から見た時に太陽が天球のどこに来ているかという事を意味するだけの事であるから、太陽系に何か大きな質量の変化が起こるか、重力の方則が変わらない限り、予定のとおり進行してゆくはずである。

そして、アインシュタインをも引き合い出しながら諸々を展開して最後に
 だれにでもわかるものでなければそれは科学ではないだろう。

とストンと落とす。「そりゃそうだ!」と頷かずにおれない。
いつしか寅彦ワールドに引き込まれていくのである。
ニ、三と同様につづく。
▼「六題」の主旋律は四、五あたりにあるように思う。
四では、寅彦がこだわり続けた「生命と時間」のテーマについて
植物の「生命」をとりあげながら
植物が生物である事はだれでも知っている。しかしそれが「いきもの」である事は通例だれでも忘れている。

とはじめて、
  われわれがもっている生理的の「時」の尺度は、その実は物の変化の「速度」の尺度である。万象が停止すれば時の経過は無意味である。「時」が問題になるところにはそこに変化が問題になる四元世界の一つの軸としてのみ時間は存在する。

と展開している。
なんと示唆的なことを言っているのだろう。感嘆するばかりである。

五では、これまた大テーマである「物質と生命」についてである。

 物質と生命の間に橋のかかるのはまだいつの事かわからない。生物学者や遺伝学者は生命を切り砕いて細胞の中へ追い込んだ。そしてさらにその中に踏み込んで染色体の内部に親と子の生命の連鎖をつかもうとして骨を折っている。物理学者や化学者は物質を磨(す)り砕いて原子の内部に運転する電子の系統を探っている。そうして同一物質の原子の中にある或(あ)る「個性」の胚子(はいし)を認めんとしているものもある。化学的の分析と合成は次第に精微をきわめて驚くべき複雑な分子や膠質粒(こうしつりゅう)が試験管の中で自由にされている。最も複雑な分子と細胞内の微粒との距離ははなはだ近そうに見える。しかしその距離は全く吾人(ごじん)現在の知識で想像し得られないものである。山の両側から掘って行くトンネルがだんだん互いに近づいて最後のつるはしの一撃でぽこりと相通ずるような日がいつ来るか全く見当がつかない。あるいはそういう日は来ないかもしれない。しかし科学者の多くはそれを目あてに不休の努力を続けている。もしそれが成効して生命の物理的説明がついたらどうであろう。
 科学というものを知らずに毛ぎらいする人はそういう日をのろうかもしれない。しかし生命の不思議がほんとうに味わわれるのはその日からであろう。生命の物理的説明とは生命を抹殺(まっさつ)する事ではなくて、逆に「物質の中に瀰漫(びまん)する生命」を発見する事でなければならない(強調は私)

この文章が書かれたのは、1921年(大正10)4月である。

●1953年 ワトソン(米)、クリック(英)DNA二重らせん構造の発見。
●2003年 ヒトゲノムプロジェクトが解読完了を宣言(米)
●2006年 山中伸弥ほか(京大)、トムソン(米ウィスコンシン大)がそれぞれiPS細胞(人工多能性幹細胞)生成技術発見。

を重ねあわせて考えるとき、寅彦の文脈の先見性が浮き彫りにされるのである。
そして、同時に、今私たちの「科学」はどこにいるのか、問われているような気がしてくるのである。

拙い読み取りはこれぐらいにしておく。
もっといろんな立場の人、ちがった「私の科学」を持つ人の読み取りを聞きたい。
ちがった読み取りがあってこそのオンライン「寅の日」である。
よろしくお願いします。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

サイエンスコミュニケーター宣言(251)

Dsc_0833_2
Dsc_0853

▼筆舌に尽くし難し。というのはこのような光景をさしていうのであろう。
あじさい公園のシロモクレンの林である。校舎の2階・3階からも山の裾野が真っ白になっているがわかった。
歩いて数分、そこに行ってみた。
 真っ白なシャンデリアが青空に映えていた。白い花の美しさ満喫である!!
 満開の桜をしのぐ美しさである。
ここ数日が見頃であろう。
▼【理科の部屋】20年史をつづける。
【理科の部屋】がスタートしたときから、私は「オフ=オフラインミーティング」というものにあこがれていた。
オンライン【理科の部屋】の楽しみを何倍、何十倍にも膨らませてくれものである。
私にとってはじめての大きなオフは「広島オフ」である。
●1995年 8/2【理科の部屋】「広島オフ」
 科教協広島大会のときに実施されたオフである。それまでに知り合いの人もいたが、はじめて出会う人もたくさんいた。
 出会って話をしてみてはじめて得る「情報」は貴重だった。「ヘェー!!」を連発していた。「広島オフ」別名「お好み焼きオフ」と言われたこのオフは広島名物お好み焼きを一緒に食べながらあれやこれやワイワイと盛り上がった。
実に楽しかった!!
 やがてオフの楽しさに病みつきになっていった。
▼21世紀のはじまりに書いた「【理科の部屋】への案内」には「オフ」について次のようにのべていた。

【提案9】全国各地で【理科の部屋】オフを開催しよう。
     オフは「学会」「研究会」「サークル例会」の原点だ。  
  【理科の部屋】の2人以上が寄ればオフを・・・Y(^^)ピース!
 新しい「学びあいの会」=「学会」を 
 ここのところ、毎週のごとく、全国どこかで【理科の部屋】メンバーが出会
っていますね。ほんと、すごい状況になって来ましたね。ネットワークのすご
さは、この「出会い」が、次なる創造に向かわせるところです。
 
 「出会い」は、学び合いと創造のはじまりです。

 ◎ オフは、どなたでも企画できます。いいだしっぺが企画してみてくださ
  い。きっと、企画者ですら想像できない展開が待ち受けていますよ。
 ◎ もちろん参加は自由です。どなたでも参加してください。
 ◎ これからは、テーマオフに力を入れたいですね。話題(テーマ)をあらか
  じめ設定しておいて、そのテーマに的をしぼって、興味ある人が情報・モノ
  を持ち寄るというパターンで・・・
 
  まさにコンヴィヴィアリティ(共愉的)な世界の現出ですね。\(^O^)/

▼【理科の部屋】では、今年(2013年)はスタートしてからちょうど20周年ということでその記念オフを企画している。
◆11/23(土)・24(日)【理科の部屋】20周年記念オフ!!
 ちょうど新しい年度になって年間スケジュールをたてておられるころではないだろうか。
ぜひ、この日を計画に入れておいて【理科の部屋】オフを楽しんでみてください。
「【理科の部屋】って、そんなもの知らないよ」という人の参加も大歓迎です。
むしろそんな方にも参加していだいてこそ【理科の部屋】流オフと言えるだと思っていますので。
シーマさんの方で次のようなものまでつくってくださっています。
◆【理科の部屋】20周年記念オフ!!
「参加表明」だけでなくいろんなこと書き込んでいただくとより楽しいものになってくると思いますのでよろしくお願いします。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

サイエンスコミュニケーター宣言(250)

Dsc_0577
Dsc_0567
Dsc_0596

▼昨日(2013/04/03)朝方はまだ雨が残っていたが昼頃にはやんでいた。午後帰宅してずっと気になっていた前の藪の椿を見に行った。一昨日の雨風も手伝ったのだろう夥しい数の椿が落ちていた。寺田寅彦の「椿の花の落下運動実験」を思い出しながらそれを観察してみた。寅彦ほど厳密な実験はできないがせめて、その数だけでもと数えてみた。それも草むらに落下したものはおよそになってしまうが。
 なんと287個の椿の花が落下していた。そのうちうつ伏せ状態のものは6個のみであった。他281個はすべて仰向き状態であった。落下したあと日がたっているものもあるので、単純に寅彦の実験結果と比較はできないが、大ざっぱには「うつ伏せ状態」はまれであると言えるだろう。
▼さて話は変わって、【理科の部屋】20年史を続けよう。
【理科の部屋】20年史の序章として、ネット環境の変遷の大ざっぱのところを見終えた。
いよいよ20年史のなかみである。
 どこから手をつけようと思いながら、袋ファイルで残している膨大な資料を少しずつ「整理」しはじめた。
散逸しているものも多い!
 この作業は思っていた以上に時間のかかる作業になりそうだ。
楽しみながらやるのがいちばんのようだ。
 そのなかでひとつの滅茶苦茶なつかしい袋ファイルをみつけた。
◆【理科の部屋】開設一周年【記念企画】100人発言プロジェクト
なかには、100人の方の発言がプリントアウトしたものが入っていた。
時間が経つのを忘れて読んでしまっていた。
面白い!!
20年近くの時空を超えて当時の感動が蘇ってきた。
▼この企画は1993年11月23日の開設から一年を経過した頃の一周年【記念企画】であった。
呼びかけ文につぎのようなことを書いていた。

 「100校プロジェクト」ではないですが、「100人発言」をめざしたいと思います。
【理科の部屋】にはじめておこしくださった方、これまでROMばかりで、一度も書き込んでいないという方、数回の書き込みで、ご無沙汰になっている方、パソ通をはじめたばかりで「書き込み練習に」と思われる方、そして、もちろんこれまでにもいっぱい発言してくださっていろいろ教えて下さっている方も、全て大歓迎です。

一人目の発言は94/10/31であった。
そして100人目の発言は95/08/29になされていた。
10ヶ月間に渡る長期の企画であった。
▼100人の発言は実に多様であった。自己紹介、パソ通をはじめてやったときの感動、これからの【理科の部屋】についての提案、実践報告、「理科教育」についての意見等々。
 今読みかえしてみるとわかる。
その後の【理科の部屋】の展開のすべてがここに書かれていた。
いちばん感動するのは、そのころにつくられていったヒューマンネットワークは今なお継続しているということである。
 誰もが「情報は発信するところに集まる」を実感し始めていた!!

それは20年前のパソ通から今日のソーシャルメディアいたるまで同じである。
【理科の部屋】ヒューマンネットワークは私の一生の「宝もの」であるのだ。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

サイエンスコミュニケーター宣言(249)

Dsc_0510
Dsc_0510tr

▼昨日はまたしても雨が降っていた。「晴れ」は三日とつづかないそれが春の天気というものだろう。
その雨の中、あいつが前の田んぼにやってきていた。あいつとはキジである。ほ場整備するずっと以前からよく現れていた。雨のなか何をやっているのだろうと望遠レンズをつけたデジカメで撮ってみた。
 予想以上に撮れた。こんなじっくりとキジの姿を見たのははじめてであった。また新しい世界に出会った!!
「道具」によっての新しい世界との出会いであった。
▼【理科の部屋】20年史序章をつづける。
この序章もネット環境という「道具」の歴史でもあった。

●2006年 3月、mixi会員が300万人を突破
・7月、mixiのユーザーが500万人突破
・9月、Facebookが一般利用者にも公開
・10月、Google、YouTubeの買収を発表

●2007年 Apple,Inc.が「iPhone」発表
・3月、「ニコニコ動画」の月間ページヴュー1億を突破と発表
・3月、動画共有(配信)サービス「Ustream」開始
・3月、Twitterがアメリカで開催されたイベント「サウス・バイ・サウスウェスト(South by Southwest)」でブログ関連の賞を受賞し、一躍注目を集めるように

●2008年 Netscape Navigatorがバージョン9.0.0.6をもって開発終了
・4月、日本語版「Twitter」開始

●2009年 「Facebook」が「MySpace」の利用者数を抜き、世界最大のSNSとなる
・日本のインターネット利用者数が9000万人を突破する
・5月、「Ustream Asia」設立

●2010年 Yahoo!JAPANがYahoo!検索の検索エンジンをGoogleに移行
・1月、Apple,Inc.が「iPad」を発表。スマートフォンに続き、タブレットPC開発と市場競争が激化する。

▼そして、あの「3.11」の年となるのだった。

●2011年 3月、11日14時46分に東日本大震災発生。固定・携帯電話の不通の最中、Twitter、Facebook
などのソーシャルメディアで連絡を取り合う人が多数、テレビ各局はUstreamを使用して報道を開始。また携帯端末で個人が録画した被災地の模様がYouTubeに大量にアップロードされる

●2012年 家庭内無線LANの普及率が国内所帯数の50%を超える
・5月、日本のFacebookユーザーが800万人を超える
・8月、Twitterのアカウント登録数が全世界で5億を超える
・10月、Facebookの世界での利用者数が10億人を突破と発表
・「Windows8」を採用したノートブックPCを発表

▼これがネット環境の大ざっぱな変遷である。
くわしく見ていくのはこれからであるが、【理科の部屋】20年の歩みとネット環境20年の歴史とはみごとにリンクしているように見える。
 ソーシャルメディアは、単なる「道具」ではないのである。この「道具」を使うことで新しい世界と出会ってきたのである。
 これぞ「コンヴィヴィアリティのための道具」と言えるものなのかも知れない。

私には、Twitter的(リンク・シェア・フラット・等身大・リアルタイム・アクティブ)=【理科の部屋】的に見えてしかたない。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

サイエンスコミュニケーター宣言(248)

Dsc_0370

▼校庭の桜が入学式を待たずに満開に近かった。新しい一年のはじまりであった。
一年間をシミュレーションしてみる。
 その通りに行った試しはない。
 だからと言って計画的な取り組みのないところにセレンディピティーも訪れようがないのである。
▼【理科の部屋】20年史の序章をつづける。
ネット環境の変遷を「これからのためのインターネット年表」から、独断でビックアップしていた。
21世紀に入って、ネット環境も多様になっていた。
それらの多様な歴史の一般的な話は、その道の人に任すことにする。
ここであげるのはあくまで【理科の部屋】の歴史に関連しそうなものに絞ってのリストアップである。
▼それも「これから」につながりそうなものが中心である。

●2001年 1月「Wikipedia英語版」が開設
・1月、日本政府が掲げた、日本型IT社会の実現を目指す構想、戦略、政策の総体「e-Japan戦略」策定

●2002年 日本国内で簡易ホームページ「ブログ」の利用者が急激に拡大

●2003年 一般ブログ・ユーザーの投稿を書籍化する「ブログ本」がブームになる。
・12月、Niftyが会員向け無料Weblogサービス「ココログ」を開始

 私自身がこのblog「私の【理科教師日記】」をはじめたのは2004/11/21からであった。例によって先行する【理科の部屋】のメンバーに教えてもらいながらのスタートであった。
▼さらには時代はWeb2.0と呼ばれた時代に入って行く。

●2004年 ハーバード大学で「Facebook」が公開
・2月、ソーシャル・ネットワーキング・サービス「Facebook」設立。当初は学生のみに登録・利用限定
・2月、ソーシャル・ネットワーキング・サービス「mixi」開始、同時期に「GREE」設立

●2005年 2月、YouTube.Inc.創立
・11月、Amazon.co.jp、書籍の全文検索サービス「なか見!検索!」を開始。中身の“立ち読み”も可能に
・12月、mixiのユーザー登録者数が200万人を突破

<つづく>

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【Web更新3/31】13-13「サイエンスコミュニケーター宣言」更新!!

Dsc_0230

新しき 時代告げるや 雪柳 13/03/30 (土)撮影@福崎

■楠田 純一の【理科の部屋】13-13
週末定例更新のお知らせ
 新しい年度がはじまる。それはサイエンスコミュニケーター3年生のはじまりでもある。
 「みちはかぎりなくさそうばかりだ。」

◆表紙画像集2013 更新 人里の自然シリーズ 「雪柳」
 西の庭に一瞬雪でも降ったかと見間違うような光景があった。雪柳である!!
この週末に近場をドライブした。桜の開花状況も気になったがそれ以上に驚き、気になったのはこの雪柳であった。行くところ行くところで満開であった。それは見事であった!!
 そのまぶしき真白さが新年度のスタートを告げているかのごときであった。

◆サイエンスコミュニケーター宣言 更新
 「サイエンスコミュニケーター宣言」を書き始めて2年が終わった。
サイエンスコミュニケーター宣言(247)まで書いた。3年目をはじめるにあたり「現在地」を確認してみた。
5つの課題を設けていた。
(1) 道楽的「科学」・道楽的「理科」の追求!
(2) サイエンスイベント・ムーブメントに参画する。
(3) 中学校「理科」カリキュラム全課程実践的検討!!
(4) あらたな理科教育コミュニティの構築!
(5) 日本理科教育史を現在進行形のかたちでまとめる。

そして今は、「(5) 日本理科教育史を現在進行形のかたちでまとめる。」のなかの「私の理科教育史」をまとめる作業の途中だった。
 90年代に入って、「私の理科教育史」はやがて【理科の部屋】20年史と重なっていった。
その【理科の部屋】20年史を私なりにまとめる作業をすすめているところである。
これが「現在地」である。

3年目をはじめる今、少し見えてきたものがある。
それは5つの課題を集約したもの、追い求めているものの究極の姿!!
それは
「コンヴィヴィアルな科学」!!

まだまだ予感にすぎないのかも知れない。
これからも語り続けてみよう!!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2013年3月 | トップページ | 2013年5月 »