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サイエンスコミュニケーター宣言(246)

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▼雨の中、わずかに咲き始めた桜の写真を撮りたくて校庭周辺を歩いていた。そしたら、桜の木の下ちかくで、もう春を満喫しているものを見つけた!!フキノトウである。それもひとつふたつでなく群落となっていた。
雨に濡れながらも元気よくのびていた。

▼【理科の部屋】20年史をつづけよう。
【理科の部屋】開設までのネット環境の歴史をみていた。つづける前にNIFTY-Serveそのものの歴史についても少し触れておく。
●1987年 4月NIFTY-Serveサービス開始
●1990年 3月会員 10万人突破
●1991年 3月会員 20万人突破 12月30万人突破
●1992年 8月会員 40万人突破  
●1993年 5月会員 50万人突破
(『ニフティーサーブ成功の軌跡』小林憲夫著より)
このようにして「NIFTY-Serveという時代」が幕を開けていたのである。

▼再び「これからのためのインターネット年表」よりピックアップしてみる。

●1994年 JUNET終了。
・6月、文部省、通産省による初等中等教育におけるインターネット利用 を促進する「100校プロジェクト」開始
・10月、「窓の杜」(開設当初の名称は「秋保窓」)、東北大学のサイトで開設。
・12月、日本でベッコアメ・インターネット設立

●1995年 2月、米国パソコン通信サービス(Compuserve、AOL、Prodigy)がインターネット接続サービス開始
・4月、日本国内NIFTY-Serve会員が100万人突破(1996年には200万人突破)
・8月、Microsoft Corporationが「Widows95」発売(※英語版)
・8月、Microsoft Corporationが「Internet Explorer1.0」発表
・12月、「インターネット」が1995年の年間流行語に選定

▼「1.17」の年、1995年は「日本のインターネット元年」とも言われる年である。
その年の8月インターネット版【理科の部屋】は開設されたのである。

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