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【お薦め本】『科学の限界』(池内了著 ちくま新書)(4)

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▼11月が終わる。実に多くの収穫があった11月になった。サイエンアゴラ2012への参加、3回のオンライン「寅の日」、多くの人の「私の科学」に出会ったオフライン「寅の日」、原生動物フェティバルへの参加、毎日の「雲見」「宇宙見物」等々数えあげればきりがないほどである。なかでも「乾眠」から覚めるクマムシとの出会いは感動であった。そう思ったらもう一度クマムシに会いたくなった。昨日の夕方あの乾燥してしまったシャーレに水を加えてみた。やっぱり居た!!
 時計皿に移し顕微鏡で観察してみた。「乾眠」から覚めて活発に動いていた。ますます「乾眠」観察法に確信をもった。大満足で終わろうとしたときだ、視野のなかにクマムシでない別の生き物を発見したのだ!私としてはクマムシ一匹(というのかな?)を時計皿に移したつもりだったので、あんな少量の水滴のなかに別の生き物がいるなんて衝撃であった。それだけでないシャーレのなかは少し前まで乾燥してカラカラであったのだから、こいつも「乾眠」していたことなる。「乾眠」するのがクマムシでないことは知っていた、観察もしたこともある。しかし採集から数ヶ月も経過したシャーレのなかに、それも一滴の水滴のなかにいたとは驚きであった。
なにものだろう?動きや姿かたからワムシだろうかと思うが確信はない。そいつがクマムシと出会う瞬間も動画で撮ることができた。なんとも驚きの11月のしめくくりだった。

▼この本と出会ったのも11月の大きな収穫のひとつかも知れない。
◆『科学の限界』(池内了著 ちくま新書 2012.11.10)
を続ける。
 2章以降に
「人間が生み出す科学」
「社会が生み出す科学」
「科学に内在する科学」
のそれぞれの「限界」を分析し、論じることによって「等身大の科学」の必然性・妥当性へと導こうとする。
その論理展開はみごとである。
 「人間の生み出す科学の限界」では、いかにも科学者らしい「法則」をつくって科学の現在地を分析解明してみせてくれる。
「人間の英知の進化ー三分の一の法則」
「人間の技術の進化ー四〇分の一の法則」
がそれである。事実を分析し、仮説をつくり検証する。そして「法則」をつくり、その「法則」を未知な領域の解明に使っていく。いかにも科学者らしい手法だ。
 思わずシロウトは頷いてしまうのだ。
その法則によれば「今」は
「ホモ・サピエンス(かしこい人)」の「知的世界がどんどん広がっていった」(六万年前)時代であり、
「IT(デジタル)技術の進展による情報革命(第三次産業)が現在進行中」(六年前)の時代であるという。
そして

 科学という人間の英知の結晶が、技術に追い越され、逆に技術を追いかけなければならない事態になりつつある。(同書P37より) 

と分析する。

<つづく>
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【お薦め本】『科学の限界』(池内了著 ちくま新書)(3)

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▼昨日、私は昔の定点観測地で「雲見」をやっていた。朝から今年いちばん冷え込みようであった。急に冷え込んだもので、はみ出した水蒸気は見えるようになっていた。それも昼頃には再び大気に含まれようになったのだろう見えなくなっていた。凍てつく空の青さがまぶしかった。
 夜の「宇宙見物」は満月を待っていた。残念ながらうっすら雲がかかっていた。でも不思議な話だ。38万㎞も離れた月の見えるかたちがきっちりわかっているのに、わずか数㎞はなれたところの大気の状態が予測できないなんて…。
▼まだまだ
◆『科学の限界』(池内了著 ちくま新書 2012.11.10)
を続けよう。
 けっして著者の「リクエスト」に応えてというのではない。そんな不遜なことをやろうというのではない。あくまで自分自身の「等身大の科学」を追うためである。
同じ「等身大」と言っても、ポンコツ理科教師の「等身大」とプロの科学者の「等身大」は自ずからちがいあるだろうということは認めつつも、私の文脈で読みなおしてみる。
▼まず「第1章 科学は終焉するのか?」では科学の「現在地」をとらえようとしていた。
 ホーガンの「科学終焉」論を引き合いにだしながら次のようにとらえている。

 それらと同様、科学研究も、ロジスティック曲線に乗っている。一七世紀の科学革命で近代科学が生まれ(揺籃期)、一八、一九世紀を通じて大きく展開し(発展期)、一九世紀末には収穫逓減の時代(衰退期)に対応するからだ。幸い二〇世紀に入って相対論や量子論が発見されて新たな科学革命が起こって、再度揺籃期が始まり、急速な発展期の二〇世紀を経たのだが、今やそれが行き詰まり再び収穫逓減期の時期を迎えていると言える。
(同書 P22より)

▼そして、これ以降の作業の意義づけを次のように行う。
 確かに衰退期は次の揺籃期の前の可能性があるのだが、どこに衰退の原因があるのかを突き詰めないと、いつまでもこの状態が続くだけになってしまう。以下の章で科学の限界を考える意図はそこにある。
 私自身に大した構想があるわけではないが、科学へのさまざまな限界を分析しながら、最後に私なりの意見を述べてみたい。(同書 P26より)


つまりこの本は科学者池内了の「科学を終焉させてはならない、させるものか!」という意思表明の書なのである。同時に「等身大の科学」の必然性、妥当性を説く提言の書でもあるのだ。

<つづく>
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【お薦め本】『科学の限界』(池内了著 ちくま新書)(2)

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▼昨日は北風がひときわ冷たかった。いつもの定点観測に立って「雲見」をやってみた。生野峠の方から雲が吹き出すようにやってきていた。今年もいよいよ「生野峠越えるときには弁当忘れても傘を忘れるな」の季節なんだ。
大気の物理学実験室にくらしている私たちに「雲見」はとっても有効な科学の方法なんだ。
「雲見」をはじめて言ったのは賢治だった。
宵にはみごとな待宵月が登ってきた。今度は寅彦の「宇宙見物」だ。
ひょっとしたらこれが私の「等身大の科学」なんだろうか。
▼「人間を大切にする等身大の科学へ」の
◆『科学の限界』(池内了著 ちくま新書 2012.11.10)
をつづける。
 この著を手にしてまず読んだのは「あとがき」だった。
その「あとがき」には緊急に私の知りたいことが書いてあるとの情報があったからだ。
そこには著者の近況が書かれていた。9月中旬から下旬にかけて著者の身体に異変がおこったことが報告されていた。「脳梗塞」であった(ある)というのである。
 そして、異例の「あとがき」が続いていた。

本書を貶しめるような異例の「あとがき」になってしまったが、その理由は読者諸君に以下のチェックをして欲しいためである。
 著者の気づかいまま脳梗塞のが進行中に書いたものだが、
(1) 事実関係に誤謬はないか?
(2) 論理に矛盾や飛躍はないか?
(3) 言葉遣いがあらっぽくなっていないか?
(4) くどすぎる表現となっていないか?
また脳梗塞が判明してから校正したのだが、
(5) 言葉の使い方に偏りはないか?
(6) 過度に単純化していないか?
(7) 語尾が類型的になっていないか?
そして、それらの項目は脳梗塞と関係があるのだろうか?
(同書 P202より)

 何と言うことを、もちろん「脳梗塞」にも驚いたが、それ以上にこんな「あとがき」を書く著者に驚いてしまった。
こんな「あとがき」みたことなかった!
そして感動してしまった。科学者池内了はホンモノだと思った。
 どこまでも「等身大」であり、「等身大の科学」を実践してみようというのである。
▼「チェック」などとんでもない話で、そんな能力は残念ながら私にはない。
 できることは、私の文脈のなかで「等身大の科学」はどんなところにあるのか。
そして、それは著者の提言する「等身大の科学」とどう交叉するのか。
いや、そもそも交叉するところはあるのか。
それを、著者の文脈を追いながら確かめてみるだけだ。
そのためにこの【お薦め本】を書き始めた。
▼もう一度目次を見てみる。

はじめに
第1章 科学は終焉するのか?
第2章 人間が生み出す科学の限界
第3章 社会が生み出す科学の限界
第4章 科学に内在する科学の限界
第5章 社会とせめぎ合う科学の限界
第6章 限界のなかで―等身大の科学へ

「はじめに」がこの本の概要を伝えていた。
一読しての感想としては、結局この本は「第6章 限界のなかでー等身大の科学へ」を提言するために書かれたんだろうと思った。
 もう少していねいに「等身大の科学」の必然性を見直してみようと思う。
ゆっくり 急ごう!!

今朝、まだ宵待月は西の空にあった。

<つづく> 
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【お薦め本】『科学の限界』(池内了著 ちくま新書)(1)

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▼昨日は雨がときどき降っていた。私はまだヒガンバナの「ふしぎ!?」を追っていた。玄関先のバケツのなかのヒガンバナの「種子もどき」も少し色づいてきたような気がする。もどきもできない子房部は茶色くなりペシャンコになってきている。色づきはしてきているがこれが黒く完熟するまでいたるのかまだ不明である。
 私の小さな「ふしぎ!?」から生まれる「私の科学」とはそんなものだった。
夕方になると少し雲が晴れて十三夜の月が見えていた。
▼「私の科学」にいたるまでの「私の理科教育史」を現在進行形でまとめる作業にとりかかろうとしていた。
「○○の科学」で最近もっとも頻繁に使い気に入っているのは「等身大の科学」だ。
「私の科学」=「等身大の科学」とは言い切れないないが、「私の科学」のほぼ大部分を占めているのではないかと思っている。
 「等身大の科学」というフレーズ・文脈を気に入って使いだしたのはきっと
◆『寺田寅彦と現代~等身大の科学をもとめて~』(池内了著 みすず書房)
を読んでからだろう。 
 その著で池内氏は「等身大の科学」についてこう語っていた。

 ここに、科学の有りようについてのヒントが隠れているような気がする。日常身辺の現象を新しい眼で捉え直すことである。私はそれを「等身大の科学」と呼んでいる。サイズが等身大で、研究費も等身大で、誰でもが参加できるという意味でも等身大である科学として、気象や気候、生態系、地球環境問題などを対象とするのである。これらはすべて「複雑系」であり、多数のデータを何年にも渡って集積する必要がある。また、これらに共通するのは「循環するシステム」という点であり、循環の意味をじかに経験するには好適である。(前記書 p110より)

 これだ!!と思った。そしてこれを実践し使わせてもらおうと思ったのだ。
▼3.11以降の「等身大の科学」が気になっていた。
前著
◆『科学と人間の不協和音』(池内 了著 角川書店 2012.1.10)
では、「文化」としての科学を主旋律として語った。
そして、いよいよ今回は3.11以降の「科学」「等身大の科学」の現在地を語った。
◆『科学の限界』(池内了著 ちくま新書 2012.11.10)
この本の帯に、この本のすべてが凝縮されていた。

『人間を大切にする等身大の科学へ』

<つづく>
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【Web更新11/25】12-48オンライン「寅の日」 更新!

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寂寞や 西の庭には 花八手 12/11/24 (土)撮影@福崎

■楠田 純一の【理科の部屋】12-48
週末定例更新のお知らせ
 【理科の部屋】20年目最初のWeb更新である。同時に11月最後の更新である。
ここのところ自分のなかで「ねばならぬ」が優先してきているような気がする。それはアタリマエのことだが、私としては道楽的を優先させたいと思ってきただけになにか「これは違う!」という気持ちがはたらいてしまう。
 プライオリティをつける作業をもう一度見直してみよう。

◆表紙画像集2012 更新 人里の植物 ヤツデ
 家の周辺の山の木々が黄葉・紅葉しさらに落葉して行っている。本格的な冬の訪れを感じる季節である。
この季節はなんとなく寂寞を感じる季節でもある。
 休日の夕方ちかくそんな感情を抱きながら家の周りを見ていると、西の庭になんとも清楚できれいな八つ手の花が咲いていた。八つ手がこんなきれいな花を咲かせているのを意識的に見るようになったのは近年である。
 もちろんずっと昔からそこに咲いていたのだろうが見逃してきたのだ。虫たちの方がよく知っていた。たくさんの虫たちが今年もあつまりはじめていた。
  
◆オンライン「寅の日」 更新
 オンライン「寅の日」も第20回まできた。私のなかではかなり定着してきた。一回終わるごとに「次回は…」と意識するようになってきた。12月の計画もたててみた。
 オフライン「寅の日」の楽しみも徐々にわかってきた。
 これぞ、道楽的につづけていきたいものだ。

◆サイエンスコミュニケーター宣言 更新
 「私の理科教育史」をまとめる作業にかかっていきたい。
 どこまでも現在進行形を心がけたいと思っている。

週末はもう師走だ。
ゆっくり ゆっくり 急ごう!!

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本日、第20回オンライン「寅の日」!! #traday

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▼昨日は大賀ハス定例観察日。蓮根の植え替えから34週目だった。観察池に枯れた葉が浸かり、その周辺には濁ったアオミドロがどろっと取り巻いている。観察池は完全にビオトープ化していた。前日の原生動物観察の影響だろか、観察池のなかに見えるはずのない生命体の蠢く姿がみえてくるのだった。
▼本日は第20回オンライン「寅の日」である。
11月は【理科の部屋】の誕生月ということもあり、理科教育関係の文章を中心に読んできた。「研究的態度の養成」「雑感(科学魂)」に続いての第3弾である。
◆第20回オンライン「寅の日」
●「物理学実験の教授について」(青空文庫より)
こうして寅彦の理科教育への提言を続けて読んでいて疑問に思うことが2つある。
ひとつは
(1) なぜ教育現場の実情を理解していたのか?
もうひとつは
(2) 90年以上もの時空を超えて響いてくるものがあるのはななぜ?
これを頭におきながら読み進めてみた。
▼また今回の文章のかかれた時代についてであるが、これは大正七年六月『理学界』に書かれたものだ。
前々回の「研究的態度の養成」は大正七年十月『理科教育』だ。
大正七年(1918)とは理科教育にとってどんな時代だったのだろう。
『日本理科教育史』(板倉聖宣著 仮説社)の年表を見てみる。

●1918.1.9 理科教育研究会、東京帝国大学で発会式(会長 林 博太郎)。
●1918.2.5 文部省、師範学校・中学校の物理・化学に生徒実験を課すことを定め、「物理及化学実験要目」を訓令、生徒実験設備費として臨時補助金20万円余を国庫支出。
●1918.4.△ 理科教育研究会『理科教育』創刊

この時代背景を考えると寅彦の文章の書き出しも幾分か理解できるような気がしてくるのである。
この年、寅彦は41歳。1916年には東京帝国大学理科大学教授に就任しており、加えてこの年の4月より航空研究所兼任を命じられている。
▼ひとつめの疑問であるが今回の文では

 自分は中等教育というものについては自分でこれを受けて来たという以外になんらの経験もないものであるが、ただ年来大学その他専門学校で物理実験を授けて来た狭い経験から割出して自分だけの希望を述べてみたいと思う。勿論我田引水的のところもあろうが、ただこれも一つ参考として教育者の方々に見て頂けば大幸である。

 と自分の立場をことわりながらも
このような場合における教員の措置如何(いかん)は生徒の科学的精神の死活に関するような影響を有するものと思う。この場合に結果を都合のよいようにこじつけたり、あるいは有耶無耶(うやむや)のうちに葬ったり、あるいは予期以外の結果を故意に回避したりするような傾向があってはならぬ。却って意外な結果や現象に対しては十分な興味をもってまともに立向かい、判らぬ事は判らぬとして出来る限りの熱心と努力をもってその解決に勉めなければなるまい。これは一見生徒の前に自分の無知を表白するように見える。ことに中学程度の生徒には教員の全知全能を期待するような傾向があるとすれば、なおさら教員の立場は苦しい訳であろう。しかしそれはほんの一時の困難であろうと思われる。一通りの知識と熱心と忍耐と誠実があらば、そうそう解決のつかぬような困難の起る事は普通の場合には稀である。そのうちに生徒の方でも実験というものの性質がだんだん分って来ようし、教員の真価も自ずから明らかになろうと思う。そういう事を理解するだけでもその効能はなかなか大きいものであろう。これに反して誤った傾向に生徒を導くような事があっては生徒の科学的の研究心は蕾(つぼみ)のままで無惨にもぎ取られるような事になりはしないかと恐れるのである。

と繰り返し提言するのである。現場の理科教師の事情にも理解を示す一方できっちりと言いたいことは言い切っているのである。これはみごとである。
 では寅彦は「現場の事情」をこうもリアルに理解していたのか。
それは、寅彦自身が実はもうひとつの「現場」の「理科教育者」であったのではないか。というのが私の仮説である。
▼今回は「物理実験」についてということになっているがこれは「化学実験」「生物実験」などで言えることで科学実験一般に言えることが提言されている。
 実験することのねらいが書かれているのである。

物理実験を生徒に示すのは手品を見せるのではない。手際(てぎわ)よくやって驚かす性質のものではなく、むしろ如何にすれば成功し如何にすれば失敗するかを明らかにする方に効果がある。それがためには教師はむしろ出来るだけ多く失敗して、最後に成効して見せる方が教授法として適当であるかと思う。

などは、痛切に現代の理科教育にも訴えるところがあるのかも知れない。
ふたつめ疑問であるが、今ところの私の仮説は、これぞ我田引水になるが、

「寺田寅彦は「私の科学」をもつ科学者であり、科学教育者であった。」
「常に「科学とは」を自らに問いかけるホンモノの科学者であった。」

ということである。
 だからこそ、90年もの時空を超えて響いてくるものがあるのだろう。


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原生動物フェティバルに参加した!!

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▼【理科の部屋】19歳の誕生日の昨日、新たな「ふしぎ!?」との出会いを求めて朝から「原生動物フェティバル」に参加したみた。
 会場へは思わぬ早く着いた。どうやら一般参加者としてはいちばん乗りのグループだったようだ。しかし、すでに会場には教室、廊下に顕微鏡がずらりと並び、それらをのぞく人、その「ふしぎ!?」を熱く語る人たちの熱気があふれていた。
▼公開シンポジウムの教室に入った。早く着いたおかげで「ミクロトランプ」をいただいた。気をよくしていちばん前の席をまったくの無知を省みず陣取った。
◆「細胞内共生と生物進化の新たなトレンド」~ フツーじゃない生物進化があります ~
このタイトルに惹かれて聞かせてもらおうと思ったものの、はじまってみると私には難解なところが多かった。
「よく知られているように…」が出てくるとぎくっとするのだった。私はまったく知らなかったのだ。
「オルガネラ」「細胞内共生」「一次共生」「二次共生」「ゲノム解析」等々…。
でもそれらを繰り返し聞くうちに、私に新たな「ふしぎ!?」が生まれてきた。
「生物とは…」「生物の進化とは…」「生命とは…」その「ふしぎ!?」は根源的なものだった。
そして、面白い!!と思った。
自分の「生物の見方」が少しずつ変わっていくのがわかった。
▼公開シンポジウムから少し時間をおいて、
◆教育講演会「ミクロ生物を用いた生物実験法」( 香川県立石田高校 丸岡禎 先生)
があった。
 これが実に面白かった。きわめて実践的であった。
高校現場でどのようにミクロ生物たちを見せてきたか。先生自身の「ミクロ生物」たちとのつきあい方も具体的に語ってくださった。実験観察の自作教材も見せていただきながらだったのでとてもわかりやすかった。
私は厚かましくもそのひとつを分けていただいた。(これも最前列に陣どったおかげ)
▼シンボジウムと教育講演会のあいだ時間
◆原生動物園
で遊んでみた。これも楽しかった。
アメーバにエサをやってみたり、ゾウリムシの電気走性を見せてもらったりして楽しい時間であった。
そもそもアメーバの生の姿をこんなにじっくりと見るのははじめてのことだった。
もっとうれしいことがあった。その「アメーバ」「ゾウリムシ」「ミドリムシ」「ミドリゾウリムシ」等々を分けていただくことができたのだ。今度こそ飼ってみようと思う。

新たに生まれた「ふしぎ!?」。
「アメーバ」や「ゾウリムシ」とともにどこまでつき合っていけるだろう。
はじめて みよう!!


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【祝】本日、【理科の部屋】は満19歳に!!

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▼昨日の少し雲がかかり気味であったが九日月の画像を撮った。月は日々その「かたち」を変えていく。その「かたち」の変化によって、月日の過ぎていくのを感じる感覚をもつようになったのは、恥ずかしながらごく最近のことなんだ。意識的に連続して月の画像を撮るようになってからなんだ。こんな古よりあるアタリマエの感覚に今さらである。古の人はこれで暦までつくりくらしと直結させていたというのに…。
 今、私は自分の中に古くて新しい「時計」をもちつつあるのかも知れない。
▼その「時計」をもってしても19年という年月は長い!!
19年前の今日、1993年11月23日。【理科の部屋】は誕生した。
私は19年前のあの日の感動と興奮を今も忘れることができない。
今日で【理科の部屋】は満19歳になるのだ!!
19年間の【理科の部屋】の歴史にも「不易と流行」があった。
▼「不易」な部分とはヒューマンネットワークのすばらしさであり、ありがたさである。
構築されていったヒューマンネットワークは今なお有効であり、私の生涯の財産であり、資源である。
時空を超えていつでもつながりあえるなんてうれしい限りである。
「情報は発信するところに集まる!!」は私たちの合い言葉だった。そして、それはこれからも有効であり、そうあり続けたいと思っている。
 最近、それに付け加え思うのは
「情報は交叉するところに生まれる!!」ということだ。
情報は発信しなければことははじまらないのは事実だが、さらには発せられた情報が交叉するとき、新たなより有用な情報が生まれる、これまた事実のようだ。
▼「流行」の部分は、【理科の部屋】の歴史は、Webの歴史そのものであるということである。
1993年【理科の部屋】はNIFTY-Serve教育実践フォーラムの一会議室としてはじまった。パソコン通信の時代だ。1995年の夏インターネット版【理科の部屋】がつくられた。
 その後、まるでWebの進化と同期するようにいろんな試みが行われた。
そして今日に至っている。
 これからもML、SNS、Twitter、Facebookなど使えるものはすべてを駆使して「不易」な部分を追い求めることになるだろう。

 二十歳(成人)まで、あと一年!!
この一年のあいだにぜひともやりたいことがある。
それは少しずつ、【理科の部屋】的に…。


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サイエンスコミュニケーター宣言(187)

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▼今日はもう小雪だ。「わーきれいだ!!」と思わず叫んでしまった。
何度となく見慣れた風景のはずだったが、昨日の朝の散策でみた風景はひときわすばらしかった。
池面にうつった黄葉。紅葉は2倍その風景を楽しませてくれていた。
▼「私の理科教育史」もうはじめようと思う。
扱うのは70年代から現在まで、あくまで現在進行形、未来進行形でいこう。
最初に「私の科学」遍歴からいこう。
私はこれまでにいろんな場面で「○○の科学」を使ってきた。思いつくものをリストアップしてみる。
・「常民の科学」
・「ファラデーの科学」
・「熊楠の科学」
・「等身大の科学」
・「高いレベルの科学」
・「デクノボーの科学」
そして
・「私の科学」
等々である。
▼今度はモノでリストアップしてみる。
・「ピンホールカメラの科学」
・「ヒガンバナの科学」
・「丹生の科学」
・「ベニバナの科学」
・「磁石石の科学」
・「ATの科学」
・「コウガイビルの科学」
・「大賀ハスの科学」
・「「雲見」の科学」
・「クマムシの科学」
等々である。
▼リストアップするだけで何もはじまらない。
何も語りはじめない。どんな文脈も見えてこない。
リストアップした「○○の科学」はどんな文脈のなかで使い始めたのだろうか。
そして、お互いにどのようにリンクしあっているのだろうか。
まとめていくにはしばらくの時間が必要なようだ。

ゆっくり 急ごう!!

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サイエンスコミュニケーター宣言(186)

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▼私の通勤路にアメリカフウの並木道がある。そこは坂道になっておりなおかつ行き交う車も多い。
そのアメリカフウの黄葉・紅葉がきれいだ!そこを通る度に色具合が変化していっている。その今を「記録」しておきたいと思うが車を停車できないでいた。昨日は思い切って脇道にそれたところに駐車してカメラを向けてみた。
▼グラス・ハープの実験をやってみた。やっぱり不思議で面白いと思った。
ついこの「教材」の「歴史」が知りたいと思った。
あのガリレオもこの現象についての考察を残しているというから、その歴史は古いようだ。
そのルーツに興味をもつのは、そこには必ずその「ふしぎ!?」についての人々の認識の歴史があるからだ。
▼サイエンスアゴラ2011から帰った私は「日本理科教育史」を概観するという作業をはじめた。サイエンスアゴラ2012から帰って10日以上が過ぎた。
今度は70代以降の「私の理科教育史」を顧みる作業にとりかかろうとしている。
▼実は少し迷っている。
どんな切り口にするかでだ。
出会ってきた「教材」の「歴史」、つまり「教材史」ということを切り口にするか。
それとも単純に時系列にならべてみるか。
それとも別の切り口にするかである。
迷ってばかりいては、作業は前に進まない。
とりあえず はじめてみよう!!

ゆっくり 急ごう!!

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12月オンライン「寅の日」は #traday

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▼定点観察地のヒガンバナが小春日和の日射しをあびて青々と茂っていた。周りの草花が枯れの季節に入っているだけになおさらヒガンバナの葉の輝きがまぶしい!!
 夕方にはにはいつのまにやらあんなに大きくなった月が輝いていた!!
このアタリマエ!!
このアタリマエに寅彦の口癖の真似をしたくなった。
「ねぇ君、不思議だと思いませんか?」
▼オフライン「寅の日」を楽しんでいるあいだにどんどん月日が過ぎていった。
今日はもう11月も20日である。
 12月のオンライン「寅の日」を計画する時期だ。
12月も11月と同様に「寅の日」は三回ある。
・第21回オンライン「寅の日」…12/07(金)
・第22回オンライン「寅の日」…12/19(水)
・第23回オンライン「寅の日」…12/31(月)
である。
▼さて何を読もうか思案しながら青空文庫の一覧表を見ていると、ほんとうにその量に圧倒されてくるのである。
話題も多岐にわたり「何でもあり」という感じだ。
 最近気になっていることから、選ぶことにした。【理科の部屋】で岩波の『科学』で、不定期ではあるが「寅彦inEnglish」(寅彦のエッセーの英語翻訳 トム・ガリー+松下貢)の連載をしているということを
教えてもらった。取り寄せて見てみた、その第一回目、二回目(『科学』2010年12月号、2011年1月号)で取りあげているのが『藤の実』だ。
季節的にもびったりだ。オンライン「寅の日」もこれを読んでみることにした。
●第21回オンライン「寅の日」12/07(金)…「藤の実」
最近いろんな植物・動物を観察していて共通してすごく気になっている「ふしぎ!?」がある。
それは「生命と時間」の「ふしぎ!?」だ。
寅彦もそれに関連するようなこといくつも書いているが、そのなかから今回は「身長と寿命」をとりあげてみたい。
●第22回オンライン「寅の日」12/19(水)…「三 身長と寿命」(「空想日録」より)
▼第23回は奇しくも大晦日であり寺田寅彦の命日である。
1935年(昭和10)の大晦日に転移性骨腫瘍で病死している。58年の生涯であった。
この奇遇にふさわしいものをといろいろ考えたが、すでに4月の第2回オンライン「寅の日」で読んでいる「日本人の自然観」を再度読むことにした。
「日本人の自然観」は、このなくなった年の7月に執筆し、10月に発表されている。
言わば最晩年の遺作である。77年の時空を超えてどんなメッセージを遺してくれているのか熟読してみたい。
●第23回オンライン「寅の日」12/31(月)…「日本人の自然観」

さあ今日はどんなオフライン「寅の日」が待ち受けているのだろう。
でかけてみよう!!
そしてつぶやいてみよう。「ねぇ君、不思議だと思いませんか?」と。

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【Web更新11/18】12-47「サイエンスコミュニケーター宣言」 更新!

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櫨の実や 枯れてこそ継ぐ いのちなり 12/11/16(金)撮影@福崎


■楠田 純一の【理科の部屋】12-47 
週末定例更新のお知らせ
 「響き合い・学び合い・高めあう」ことは実に楽しいことである。それを私は名付けてオフライン「寅の日」と呼ぼう。
オフライン「寅の日」三昧の一週間であった。
 今週もぜひともそうありたいものである。

◆表紙画像集2012 更新 人里の植物 櫨の実
 前の山にひときわ気になるかたまりがあった。そのかたまりは徐々に色づき、やがてかたまりの大きさは小さくなっていったのである。櫨の木のかたまりだったのだ。葉は色づきやがて枯れて落ちていく、そしてやがてあらわに現れたのはまるで鳥の巣のような櫨の実だった。これを見るたびに思い出すのは四国の友人から教えてもらった「ここから和蝋燭をつくる」という宿題だ。この宿題を持ち越したまま、またこの季節が巡ってきてしまった。

◆サイエンスコミュニケーター宣言 更新
 サイエンスアゴラ2012から帰って一週間。
アゴラでの収穫のひとつ。
「科学は交叉するところに生まれる!!」を実践する日々だった。
もうひとつの収穫。
「70年代以降の日本理科教育史を体験的に進行形でまとめる」も今週あたりから徐々に具体的にまとめはじめたいと思っている。

◆オンライン「寅の日」 更新
 オンライン「寅の日」も第19回まできた。オンラインでの新たな展開も期待しつつ、オフライン「寅の日」の面白さの虜になりつつある。オンラインもオフラインも相互に補完するものでありたい。
12月オンライン「寅の日」に何を読むかも検討はじめた。
岩波の『科学』で、不定期ではあるが「寅彦inEnglish」(寅彦のエッセーの英語翻訳)の連載をしているという情報もいただいた。なかなか興味深い試みである。

さあ、新しい一週間がはじまる!!

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サイエンスコミュニケーター宣言(185)

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▼昨日はあいにくの雨が朝から降っていた。大賀ハス観察池にも雨が降っていた。蓮根の植え替えから33週目であった。雨が降っている以外になんの変化も見られない観察池、でも私は定例観察を続ける。
きっと気づかない変化があるはず、観察をつづけていれば必ずそれが見えてくるだろうと信じて。
見えてきたものは、きっと大賀ハスの「ふしぎ!?」を解く鍵になるだろう。
▼私の「ふしぎ!?」が錨をおろし、「私の科学」がはじまる。そんな瞬間に立ち会うのは楽しいものだ。
それこそが私にとってはオフライン「寅の日」である。
昨日もいくつもの私の「ふしぎ!?」に出会った。
その「ふしぎ!?」を聞きながら、自分の「ふしぎ!?」と重ねあわせてみた。
ある、やっぱりある。交差するところが…。
▼私の「ふしぎ!?」の具体例を語った。やっぱり今進行形でいちばん興味深いのは、
クマムシ「乾眠」の「ふしぎ!?」だ。
11/7に「乾眠」から覚める瞬間を目撃した時計皿をそのまま持っていった。
もちろん水は蒸発し、クマムシは再び「乾眠」していた。
顕微鏡で見ればただの「ゴミ」だ。
リアルタイムに「乾眠」から覚める瞬間を見て欲しかった。
半分成功、半分失敗だった。確かにクマムシの姿は現れた。
しかし、それには動く気配がまったくなかった。
あえなく死んでしまったのだろうか?
「世界最強」の生命もけっこうもろいものなのか?
「乾眠」の「ふしぎ!?」はまだまだつづくのだった。
▼もうひとつの「ふしぎ!?」を最後に語ってみた。
「立春の卵」だ。
実はこれを語ること躊躇していた。
卵だけは買い込んでいたが、その場で立たなければ場はしらけてしまうだろう。
リスクは高かった。
最後にもってきて挑戦してみた。躊躇はまちがっていた。
卵をくばりはじめるやいなや、すぐさま立てたひとがいたのだ。
ひとりが立てればそれはすぐさま連鎖する。
結局同席の全員が立てるまでに時間はかからなかった。
「立春の卵」というリバイバル教材、しばらく「科学とは」を語るときの私の持ちネタにさせてもらおうと思う。

さあ、うれしいことに今日も別のオフライン「寅の日」だ。
どんな「私の科学」と出会えるか楽しみである。

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サイエンスコミュニケーター宣言(184)

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▼昨日の夕方、私はまたまたこのアタリマエに感動していた。細い細い月が山影にかくれていくのを見たのである。早朝には明けの明星としてきれいに輝く金星を見ただけになおいっそうこのアタリマエに感動したのである。
このふたつの天体は、つい先日まで一緒の空にあったのに…。
 しばらくは私のこのアタリマエ天体観測は続きそうだ。
▼サイエンスアゴラ2012に出かけてから一週間が経とうとしている。
いくつもの収穫があったアゴラ(広場)であるが、そのなかでいちばんはやっぱり多様なる「私の科学」に出会ったことである。人に出会い、響き合い、学び合い、高めあう。これほど面白いことはないのである。
それこそが、私にとっては「オフライン「寅の日」」なのである。
▼寅彦の口癖「ねぇ、君不思議だと思いませんか?」を真似て、若い人たちに私の「ふしぎ!?」を語る機会が今日ある。
テーマは『私の「ふしぎ!?」と理科教育』ということにした。
大まかな流れは
1 そもそも私の「ふしぎ!?」とは
2 私の「ふしぎ!?」のこれまで
 ・ピンホールカメラの「ふしぎ!?」
 ・ヒガンバナの「ふしぎ!?」
 ・コウガイビルの「ふしぎ!?」
 ・クマムシの「ふしぎ!?」  等々
3 科学技術史と「ふしぎ!?」
4 オンライン「寅の日」、オフライン「寅の日」への誘い
▼そして最後に
5 これからの理科教育と私の「ふしぎ!?」
を考えている。
これはあくまでそのつもりだけである。あまりに話が拡散しすぎると「脱線」してしまいそうなので考えたのである。
いっぽうでは寧ろその「脱線」を楽しみたいという気持ちもある。
オフライン「寅の日」の醍醐味はきっとその方にあるのだろうから。

今日はどんなオフライン「寅の日」なるだろう楽しみである。
o(^o^)o ワクワク


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サイエンスコミュニケーター宣言(183) #sciagora12

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▼私が不思議な「生命体」を見たのは一昨日のことだった。校区に住んでおられ、これまでにも地域の自然についていろいろ教えてもらいお世話になっているSさんが持ってきてくださったのだ。寒天質で透明な物体だった、周りに黒い粒々がついている。指で寒天質の部分をつっついてみると意外と堅かった。Sさんが水族館等の専門機関に問い合わせたところ「オオマリコケムシ」だろうということだった。学校の近くの池にいたそうである。
生徒たちもこの不思議な「生命体」に興味をもったようだった。
 「生命体」だけとっても、まだまだ私の知らない多様な「ふしぎ!?」があるようだ。
サイエンスアゴラ2012から5日目だった。
反芻作業はまだまだ続くが、軸足を「これから」に移していこうと思う。
サイエンスコミュニケーターとしての5つの課題の「現在地」の確認とこれからを考えるのかアゴラ参加のねらいだった。5つの課題を繰り返すと
(1) 道楽的「科学」・道楽的「理科」の追求!
(2) サイエンスイベント・ムーブメントに参画する。
(3) 中学校「理科」カリキュラム全課程実践的検討!!
(4) あらたな理科教育コミュニティの構築!
(5) 日本理科教育史を現在進行形のかたちでまとめる。
である。
▼5つは相互にリンクしあっているので切り離して考えるのは無理があるのか知れない。でも同時に並列的にというのではなかなか次へ進みにくい。
今、いちばん焦点をあて「これから」を考えているのは
(1)と(5)である。
まず
(1) 道楽的「科学」・道楽的「理科」の追求!である。
多様な「ふしぎ!?」から生まれた多種多様な「等身大の科学」。
それは面白い!!と思った。
「科学は交叉するところに生まれる!!」も確認した。
これからも飽くことなく私の「ふしぎ!?」を追い続けようとあらためて決意した。
▼昨年のサイエンスアゴラ2011から帰った私は、「日本理科教育史」を学び直そうと決意した。
概観するだけで数ヶ月を要した。
 そしてこの夏には再び「戦後理科教育史」に焦点をあて、主に50年代、60年代の理科教育史を学んだ。
(5) 日本理科教育史を現在進行形のかたちでまとめる。
を受けて、これから三度「日本理科教育史」に注目しようと決意した。
特に今度は、とりわけ70年代~現在に焦点をあてていこうと思う。
私は75年に中学校理科教師になっているから、この「歴史」はそのまま「私の理科教師史」になる。
しかし、単なる思い出話に陥ることなく、「これから」を引き出すようにしたいと思う。

さあ!!ゆっくり さあ 急ごう!!

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サイエンスコミュニケーター宣言(182) #sciagora12

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▼大気の様子を可視化した天気図はもう冬になっていた。風も冷たい寒空に柿がふるえながらぶら下がっていた。しばらくじっと見ていると柿の周りの大気があたたまっているように見えた。
確実に時間は過ぎていっていた。
サイエンアゴラ2012から4日目。すでに次年度に向けてのカウントダウンがはじまっていた。
私の方はまだまだ反芻作業を繰り返していた。
この作業を通して「これから」をあぶり出すために
▼ほんとうに多様なる「私の科学」に出会った。ひとつひとつを思いだしているときりがないほどだ。
そのなかでもやっぱり印象に残っているのは、それぞれの「私の科学」が交叉しているところだ。
その場で、コミュニケーションが成立しているところだ。
一方的な発信にも興味深いものがあったが、それ以上に面白い!!これだ!!
と思ったのは双方向、多方向から「私の科学」が発信され交わるところだ。
熊楠流に言えば「萃点」だ。
「科学は交叉するところに生まれる!!」
を確認できたのは最大の収穫である。
▼参加しているあいだにも繰り返していた自問。
「サイエンスコミュニケーターとは」
そして、
「私はなぜ「サイエンスコミュニケーター宣言」を書いているのだろう?」
昨年の4月以来書き続けているこの「宣言」も、今日で182回目だ。
一日一回しか更新しないと決めているのでこれを書いて182日目と言うことになる。
なぜなんだろう これを続けるのは?
参加している途中に思い出した文脈がある。
あのウメサオタダオ若き日(34歳)の『アマチュア思想家宣言』だ。

最後ににもう一ど、思想はつかうべきものである。思想は論ずるためだけにあるものではない。思想は西洋かぶれのプロ思想家の独占物ではないのであって、アマチュアたる土民のだれかれの自由な使用にゆだねるべきである。プロにはまかせてはおけない。アマチュア思想家道を確立するべきである。(「アマチュア思想家宣言」より)

私はひょっとしたら「アマチュア科学者宣言」にあこがれているのかも知れない。

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ヒガンバナはほんとうに「種子」をつくらないのか? #higanbana

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▼この小包が届いたのはサイエンスアゴラ2012に出かける前日、11/9(金)だった。巾着田で採集した「種子もどき」だった。【理科の部屋】でお世話になっているMさんが「長期に渡って出かけるので、世話を頼む」ということで送ってくださったのである。11月のはじめに採取されたものでまだ黒く完熟したものはなかったが、子房部が膨らんでいることは確かである。今、どのように「世話」をしたものやらと悩んでいる。
▼ヒガンバナはほんとうに「種子」をつくらないのか。これはここ何年もこだわっている「ふしぎ!?」である。
「日本のヒガンバナは3倍体であり、分球によってのみ殖えていく」のはこれまでの定説であり、常識である。
ほんとうにそうなんだろうか。
シロウトの異議など戯言なのかも知れない。しかし、私はこれまで「種子もどき」が発芽するのを交流のある人にネットを通してであるが見せてもらってきた。
 それはまぎれもない「事実」だと思っている。私も自分の手で「発芽」までもっていき、この目で確かめてみたい。
そんな気持ちで、毎年毎年、飽きもせずにこの疑問に向き合っている。
Mさんが「種子もどき」を送って送ってくださったのも、この「ふしぎ!?」追求に対するエールの意味もあるのだろうと思っている。
▼これに関して、やっぱり気になる論文がある。
◆ヒガンバナの稔性と発芽について(瀬戸良久・武市早苗・中嶋克行)
ずっと気になりながら、いつか連絡をとって直接教えてもらいたいと思いながらそのままになっている。
また一年がたってしまったのである。
この研究のそれ以後はどうなっただろう?
あらたな「発見」があっただろうか。連絡をとらせていただく手立てはあるのだろうか。
▼この論文を見る限りにおいて「結実」→「発芽」は、「まれに…」とは言い切れないように思う。
ひょっとしたらこの「まれに…」のなかに、日本のヒガンバナの「ふしぎ!?」を解くヒントがあるかも知れない。
ときにはシロウトの「ふしぎ!?」が、定説を覆すことがあるかも知れない。
そんなことばかり言っているとそれは「科学」から遊離してしまう。

やっぱりまずは、この目で「発芽」を見てみたい!!
その思いはつのるばかりである。

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本日、第19回オンライン「寅の日」!! #traday

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▼まだまだサイエンスアゴラ2012の反芻作業を繰り返していた。
 二日目、帰ろうとしたときNさんに出会った。Nさんにはこの秋にオンラインで上野公園の赤と白のヒガンバナの画像を見せてもらっていた。私が誤解しているのではとその場で画像を生で見せてもらいながら説明をしてくださった。なるほどと納得した。
ついで質問を受けた「なぜ、そこまでヒガンバナなのか?」と。私は、拙い言葉でヒガンバナの「ふしぎ!?」を語った。
 これはもうオフライン「寅の日」そのものだった。
 玄関先のバケツのなかのヒガンバナ子房部が割れはじめた!!
▼本日は、第19回オンライン「寅の日」である。
◆第19回オンライン「寅の日」
●「雑感」(昭和3年11月『理科教育』)(青空文庫より)
 今回も前回の「研究的態度の養成」に引き続いて、寅彦の理科教育へのエールだ。
▼今回のエールの核心は「科学魂」である。
科学教育の根本は教える教師自身の「科学魂」にあると説く。

 科学教育の根本は知識を授けるよりもむしろそういう科学魂の鼓吹にあると思われる。しかしこれを鼓吹するには何よりも教育者自身が科学者である事が必要である。先生自身が自然探究に対する熱愛をもっていれば、それは自然に生徒に伝染しないはずはない。実例の力はあらゆる言詞より強いからである。

▼でもと言い訳にかかろうとすると、ちゃんとフォローもしてくれていた。
 すべての小学校、中学校の先生が皆立派な科学者でなければならないという事を望むのは無理である。実行不可能である。しかしそんな必要は少しもない。ただ先生自身が本当に自然研究に対する熱があって、そうして誤魔化さない正直な態度で、生徒と共に根気よく自然と取込み合うという気があれば十分である。先生の知識は必ずしもそれほど広い必要はない。いわゆる頭の良い必要はない。

なんかそう言ってくれるとうれしくなってくるのである。勇気がわいてくるのである。
さらにこうまで言ってくれている。
間違いを教えたとしてもそれはそれほど恥ずべき事ではない。また生徒の害にもならない。科学の歴史は一面から見れば間違いの歴史である。間違える事なしには研究は進められない。誤魔化さないことだけが必要である。

ありがたいかぎりだ!!
 84年の時空を超えた寅彦のエールを、私たちどう受けとめればいいのだろう。
そして何からはじめればいいのだろう。

さあ、ゆっくりと急ごう!!

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【Web更新11/11】12-46「サイエンスコミュニケーター宣言」 更新!

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新たなる 世界生まれる 石榴かな 12/11/09 (金)撮影@福崎

■楠田 純一の【理科の部屋】12-46
週末定例更新のお知らせ
 たくさんの収穫のあったサイエンスアゴラ2012から帰ってきた。
しばらくは吸収したものの反芻作業が続くだろう。そして「これから」を…。

◆表紙画像集2012 更新 人里の植物シリーズ 石榴
 アゴラにでかける前に撮った。庭の石榴の木はいつからそこに植わっているのだろう。記憶をたどってみるがあやふやである。ずいぶん古木になっており、一度は朽ち果てかに思っていた。
ところがいつの間にやら「復活」していたのだ。みごとな朱色の花をつけ、そして夏には灼熱の太陽に焦がされ、
初冬の今、そのまさに石のように堅い表皮がぱっかりと割れている。
割れたなかから「新世界」が見えてくるような気がした。

◆サイエンスコミュニケーター宣言 更新!
 そもそもサイエンスアゴラ2012参加のねらいは、私に課した5つの課題
(1) 道楽的「科学」・道楽的「理科」の追求!
(2) サイエンスイベント・ムーブメントに参画する。
(3) 中学校「理科」カリキュラム全課程実践的検討!!
(4) あらたな理科教育コミュニティの構築!
(5) 日本理科教育史を現在進行形のかたちでまとめる。
の「現在地」を確認であった。
 少し見えてきたものもある。それをコトバにするにはゆっくりな私には少し時間が必要なようだ。
ゆっくり 急ごう!!

 こんなときはやっぱり真壁仁の『峠』だ。

みちはこたえない。
みちはかぎりなくさそうばかりだ。



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サイエンスコミュニケーター宣言(181) #sciagora12

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▼家を出てから3時間近くたとうとしていた。8時14分、新幹線の車窓からみごとな富士山の姿が見えてきた。
その富士山は「ゆりかもめ」に乗っているときにもきれいに見えていた。この旅の「おまけ」3つ、そのひとつをさっそく見ることができた。さいさきのいいスタートだった。
サイエンスアゴラ2012会場にも予定通り到着できた。
さっそく、開幕シンポジウム「「伝える」から「つくる」科学コミュニケーションへ」の会場の席についた。
「伝える」から「つくる」への提言の趣旨を聞いた。
それぞれパネラーが意見を述べられた。私は「私の科学」にいちばん近いコトバはどこからでくるかとさがしていた。
ポンコツ頭に一挙に理解しがたいコトバも多く出てくる。
しばらく反芻作業が必要なようだ。
 シンポジウムが終わってMさんに出会った。なんと14年ぶり2回目であった。
その時空の隔たりがうそのように話が弾んだ。実に面白かった。
これぞいちばんやりたかったことなんだと思った。

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▼Mさんとふたりで「みんなのぎもん」の理科ハウスのブースへ行った。
すでにたくさんの「ふしぎ!?」の札がかかっていた。
札の裏には科学者・研究者の「解答」が手書きで書いてあった。
頭を抱えながらも真剣に答えを書く若き科学者・研究者の姿があった。
タイミングよく、質問者の子どもと答える科学者が同席して生でやりとりをしている場面も見た。
「科学は交叉するところに生まれる!!」
やっぱり本当だと思った。
▼いっぺんなかなか見て回ることができないくらいいっぱい出展がある。
見て回りながらできるだけ自分でも声をかけて質問もしてみることにした。
それが面白いと思った。「待ってました」とばかり応答してくださるのがとてもありがたかった。
とくに、高校生や大学生の学生さんが自分のコトバで応えてくださったのがとてもわかりやすかった。

今日もたくさんの「私の科学」と出会いに行こうと思う。


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サイエンスコミュニケーター宣言(180) #sciagora12

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▼昨日は一日はやい大賀ハスの定例観察をした。大賀ハスの蓮根を植え替えてから32週目だ。
まだその役割をとっくに終えた花托がぶら下がっている。もうとって保存しておいた方がいいのだろうがなぜかちぎり難い。がんばってくれるところまでこのまましておきたい。こいつも含めての観察池の風景にしたいのだ。
▼いよいよサイエンスアゴラ2012の当日となった。
今から家をでる。
いろいろ計画をたてて来たが、やっぱりなんといってもいちばんの楽しみは人に会うことだ。
TwitterやFacebookを通してつながりのある人はもちろんのこと、また新たな人との出会いがあるかも知れない。
それを思うとワクワクした気分になる。
▼これは、私にとってはオフラインの「寅の日」のようなものだ。
寅彦の口癖
「ねぇ君、不思議だと思いませんか?」
をいくつ聞くことができるだろう。
▼久しぶりのお上りさんだ。「おまけ」に三つのモノをちらっとでも見物できたらと思っている。
・東京駅
・スカイツリー
・富士山

さあ、もう時間だ!!

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サイエンスコミュニケーター宣言(179) #sciagora12

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▼今起きて外に出てみた。空にはあいにくのうっすらと雲がある。しかし、月のかたちはわかる、このごろおきまりにしているカメラを向けてみた。空にうかぶ船のようなかたちになっていた。確実に地球も月もそして太陽も動いている、時間は過ぎていっているのだ。
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までいよいよあと一日、今日だけになった。
 今一度、自分自身の行動計画をたてておく。
【11/10(土)】
 朝早くこちらを出る。
会場の未来科学館で最初に行くのは
◆サイエンスアゴラ2012開幕シンポジウム「伝える」から「つくる」科学コミュニケーションへ
だ。
次に
◆「みんなのぎもん」(理科ハウス・世界一小さな科学館)
 に行きたいと思っている。そして10日(土)も11日(日)もここを基点にして動きたいと勝手に決めている。
▼神奈川に次男のところに泊めてもらって、二日目。
【11/11(日)】
◆あざやかなカガクの世界(日本コンピュータ化学会)
のトークに昨年に引き続き参加させてもらいたいと思う。
続いて
◆季刊理科の探検:RikaTan 面白実験by左巻編集長
の実験を見せてもらいたいと思う。
そのあとまた「みんなのぎもん」にもどりたい。
▼あいまの時間を利用してできるだけたくさんの多様な「私の科学」と出会いたい。
そして、会場の「空気」をいっぱい吸い込んできたい。

「私の科学」はどう変わるだろうか。それが楽しみである o(^o^)o ワクワク

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クマムシが「乾眠」から覚める瞬間を見た!!

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▼私は昨日の夕方もまだクマムシにはまっていた。一昨日に時計ザラに移して顕微鏡で観察した。一日たった時計皿の水は蒸発してしまっていた。それを再び顕微鏡で見た。
あれがクマムシだろうかとかろうじて確認できる程度の「ゴミ」だった。私は半信半疑ながらそろっとスポイドで水を加えてみた。2分経った、それは少し膨らんだかに見え「樽状」になった。この段階ではまだ確信はなかった。
しばらく顕微鏡をのぞきつづけた。12分後、ふくらむみは増し、動いたかに見えた。
18分後、それはあきらかに先に爪のある足であることが確認できた。その足をそろりそろりと動かしはじめた。
クマムシが「乾眠」から目覚める瞬間であった。
▼「乾眠」とはなんと「ふしぎ!?」なことをやってのけるだろう。
それはまるで「生命の時間」を止めるようなものだ。
「お湯を注いで3分で…」のインスタントラーメンじゃあるまいし、水を注いでしばらくすると生命活動を再開するとは…。いくら考えても「ふしぎ!?」だ!!
クマムシのからだのなかで何がおこっているのだろう!?
究極の「生命と時間」につながる「ふしぎ!?」だ。
ナイロン袋のなかでエサもなく261日間も生き続けたあのコウガイビルの「ふしぎ!?」に匹敵にするような不思議である。コウガイビルは動物の不思議を解く第一方程式=「食べる」を無視してエサもなく「再生」を続けた。自らのからだを作りかえながら生き続けたのである。
 そのコウガイビルの「ふしぎ!?」が「ES細胞」「iPS細胞」などの生命科学最前線まで私を連れて行ってくれた。
▼今度のクマムシの「ふしぎ!?」は私をどこへ連れて行ってくれるのだろう。
ここのところいろんなところで「ふしぎ!?」に思っている「生命と時間」の不思議になにかヒントをくれるだろうか。

 クマムシの「ふしぎ!?」とつきあっていたら、すっかり時間が経つのを忘れていた。
サイエンアゴラ2012まであと2日!!となっていた。

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サイエンスコミュニケーター宣言(178) #sciagora12

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▼私は昨日の夕方からいささか興奮していた。いやちがう、いささかではないかなりである。その興奮は一夜明け今も続いている。クマムシを見たのだ。ただクマムシを見ただけではここまで興奮しないだろう。
クマムシの観察については、この夏にも校庭のコケからみつけ動画にまでして、「クマムシはあなたの近くにもきっといる!」と言っていたのだから。ちがうのである。8月の終わりにクマムシがいそうなギンゴケの採集し、水を加え放置していた。9月のはじめに再度観察をしようとしてそのまま放置していたのである。
▼こんなことをしたのには理由がある。私はこのクマムシを自分の眼ではじめてみたときの感動を伝えたかった。
「世界最強」のクマムシは遠くの世界にいるのではなく、自分の家の庭、校庭など私の住む同じ世界にいることフツウにいるんだということを伝えたかった。コトバや画像だけでは限界がある。やっぱり自分自身の眼で確かめてみるのがいちばんだ。
 そのためには「いつでも誰でも簡単に見たいときに見れる」観察方法を考え試行していた。
 ギンゴケを採集し水を加えそのなかからクマムシをみつける方法は多くの本やネットで紹介されている通りだ。
たまたま見つけることができなければ「いない」ということになってしまう。これではうまく見つけるのは特別の人の名人芸になってしまう。
この方法に気づいたのは2011年夏だ。今年の夏もやってうまくいった。9月はじめの観察で確証を得ようと思っていた。その方法とはこうだ。
 クマムシの最大の特徴である「乾眠」を利用するのである。
コケを取り除いてすぐ観察するだけでなく、そのシャーレを放置しておくのだ。放置しておいて、クマムシを「乾眠」させるのだ。そして見たいとき水を加え「乾眠」から目覚めさすのである。この方法はきわめて簡単にクマムシを発見できる方法なのである。シャーレのなかで一度カラカラの世界になってしまったから、すべての動きがなくなっている、その中に「乾眠」から目覚めたクマムシの動きだけがある。
 私が興奮しているの8月に採集してそのまましていたシャーレなかなか続々とクマムシを見つけたからである。
この方法が有効であることに確信を持てたからである。
ネバーギブアップ観察法、「乾眠」観察法、究極のクマムシ観察法…なんというネーミングしようかな。
うれしいな!!
これが「私の科学」だ!!
これが「私の科学」の方法だ!!
▼いよいよ迫ってきた。
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まであと3日だ。
 ここで私は、ぜひとも私以外の人の「私の科学」と出会いたい。そして学びたい!!
小さな「私の「ふしぎ!?」」からはじまって、それにこだわりつなぎ続けて成り立っている多様な「私の科学」
をみつけたい。「私の科学」と「私の科学」が交叉するとき、あらたな「私の科学」が生まれると信じているから。
▼私に「これが、クマムシだ!!」とはじめて見せてくれたのは理科ハウスである。2010年夏のことだった!!
その理科ハウスがサイエンスアゴラ2012に出展している。
◆「みんなのぎもん」(理科ハウス・世界一小さい科学館)
である。
私はまずはここに行って、今の「興奮」を伝えなければならないと思っている。

早朝に切り替えた月の観察、今撮った!!

<つづく>

 

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サイエンスコミュニケーター宣言(177) #sciagora12

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▼昨日は雨が降ったりやんだりの繰り返しだった。玄関先の屋外に置いたヒガンバナのバケツの水もいっぱいになっていた。子房部つき花茎を2種類つけていた。その一方の方はナイロン袋をかぶせたままだった。10/8(月)にスポット巡りのときに採集したそのままだったんだ。花茎は枯れてしまったのに子房部は緑のままだ。いったいいつまでこの緑は保たれるのだろう。このふくらみのなかみはどうなっているいるのだろう?
 あまり気になったもので、そのひとつをカッターナイフで表皮をはいで見た!!
これは何だ!?白い珠が2個並んでいる。これぞ種子の赤ちゃんだろうか。
これが熟してあの黒い種子になるのだろうか。種子のできないはずのヒガンバナが…。
私の「ふしぎ!?」はつづくのだ。
Banner_234x60まであと4日となった。
 少し、頭の中が混沌としてきた。ポンコツ頭を整理しよう!!
もういちどいちばん根っこのところから繰り返そう。
サイエンスコミュニケーターとして課題は5つだった。
(1) 道楽的「科学」・道楽的「理科」の追求!
(2) サイエンスイベント・ムーブメントに参画する。
(3) 中学校「理科」カリキュラム全課程実践的検討!!
(4) あらたな理科教育コミュニティの構築!
(5) 日本理科教育史を現在進行形のかたちでまとめる。
これらの「現在地」の確認。それが第1の作業課題だった。
▼次にふたつのコトバ

・「科学の本質はコミュニケーションである。」(ウィリアム・D・ガーベイ)

・「コミュニケーションの本質は、「変化」だと思う。異なるものが出会って、「変わる」こと。(フランシス・クリック)

にヒントを得た
「科学は交叉するところに生まれる!!」という作業仮説の検証だ。
▼言いかえれば、アゴラ(広場)に集う多様なる「私の科学」に出会いに行くのだ。
多様なる「私の科学」と「私の科学」が交叉するところを目撃に行くのである。
では、その「私の科学」とは…。

ゆっくり 急ごう!!
<つづく>


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【Web更新11/04】12-45「サイエンスコミュニケーター宣言」 更新!

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草の実や 誰に連れられ 旅に出ん 12/11/03 (土)撮影@福崎

■楠田 純一の【理科の部屋】12-45
週末定例更新のお知らせ
 過去と他人は変えることができない、だが未来と私は変えることができる。ずっと思いつづけてきた真実だ。
だが、過去に未来の私を変えるヒントがあることも事実である。

◆表紙画像集2012 人里の植物シリーズ センダングサ
 散歩をしているとなんともやっかいなものに出会う季節である。ひっつき虫である。とってもとってもいつの間にかズボンに服にくっついている。なかでもいまいちばんやっかいな奴がセンダングサである。
じっくり観察してみると本体についているときは、みごとに放射状にかまえ全方待機だ。ひとつとってもみごとなかぎ針をもちなんとして「くっつくぞ!!」の意志は強そうだ。
 昔は、ひっつき虫の代表格に思っていたオナモミは、ほとんどみかけなくなったのはどうしてなんだろう。

◆サイエンスコミュニケーター宣言 更新
 サイエンスアゴラ2012まであと5日となった。せっかくの機会だ、できるだけ多くを学ぶためにも準備をすすめなければ…。
「私はほんとうにサイエンスコミュニケーターなのか?」
「私はなぜサイエンスコミュニケーターなのか?」
「そもそもサイエンスコミュニケーターとは?」
の自問を繰り返しながら。

◆オンライン「寅の日」 更新
 11月は「理科教育」月間だ。寅彦の時空を超えた「理科教育」へのエール繰り返し読んでみよう。

◆新・私の教材試論 更新
 教材は私の「ふしぎ!?」と「私の科学」をつなぐもの。そんな視点で定番としてきた教材の再点検、再吟味をやってみたい。サイエンスアゴラでもあらたな「教材」と出会いたいな。

 早朝に切り替えた月の観察だが、今のところ雲の中だ。今度撮ったらどんなかたちになっているだろう。
もっと金星に近づいているかな。
楽しみである。
 

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新・私の教材試論(73)

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▼昨日は文化の日であった。私は「私の科学」を耕そうと思った。
大賀ハスの蓮根の植え替えをしてから31週目であった。葉は枯れ果てちぎれて風に舞う。それが続いている、一週間がたったからと言って大きな変化があるわけではない。でも私は執拗に定例観察を続ける一年間通して観察し続けてこそ見えてくるものがあるはずだと思うから。
▼もう少し新・教材試論をつづけてみたかった。
小さな私の「ふしぎ!?」を「私の科学」につなぐ教材のことを考えてみたかったのだ。
私の「ふしぎ!?」のはじまりを思いだした。それは36年以上前のことだ。理科教師として新任のころことだ。
今も鮮明に思いだす私の「ふしぎ!?」あった。
それはピンホールカメラの「ふしぎ!?」だ。
光は直進する、光はピンホールを通過すると像をつくる。
このアタリマエ!!が私には「ふしぎ!?」でならなかった。レンズもなにも使わないのに。
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▼この「ふしぎ!?」の原点に再び出会うため、昨日家でやってみた。
昼下がり太陽の光が少しまぶしかった。納屋の戸にあいた節穴をピンホールにした。少し離れた位置にトレシングペーパーを掲げた。
 なんどやっても感動である。
外の車、山、空、家の屋根などと等の風景が映し出されたのである。
今なお、やっぱり「ふしぎ!?」だ!!
私をこれを教材にしたかった。この「ふしぎ!?」をなんとしても伝えたかった。そして感動を共有したかった。
幸いなことにこのときの授業の「記録」を残している。(正確には残してもらっている。)
◆『光の直進』中村論文より
▼これ以来私は、ずっと「ピンホールカメラ」こそが、「私の科学」においてはもっともすぐれた教材の原点だと思いつづけている。3K1A(感動・簡単・きれい 安全)の法則もここからはじまっている。
 しかし、けっして「仕上がった」とは思っていない。更新をし、進化していってこそホンモノになっていくのであると思っている。まだ、まだ繰り返してみよう。

 繰り返しと言えば、トライ&エラー・エラー・エラー… &トライ の月の撮影だが昨夜できなかったので今朝起きてから撮ってみた。もうずいぶんと欠けてきていた。撮りつづけているうちに、月の満ち欠けの観察もすぐれた教材だなあと今さらのごとく思いだした。
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新・私の教材試論(72)

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▼久しぶそりに畑仕事をした。畑仕事を終えて東の土手をあがりかけたとき気づいたのだ。毎日の散歩のときに観賞するために草刈りをせずにしてツユクサが実をつけていることを。ほんとうは毎日見ているのだが、「やっぱりそうなんだ!!」ときっちりと観察したのは昨日なんだ。ほん先日まで、朝の散歩を楽しませてくれたみごとな青い花を思いだしていた。「花が咲くものは実がなり、種ができる」このアタリマエ!!
ツユクサもやっぱりアタリマエのルールを守っていた。
▼これも「教材」になると思った。そうなんだなんでもモノを「教材になるのでは」と見てしまう。それは一種の職業病のようなものだ。
 その職業病ようなことについて試論を展開していた「新・私の教材試論」がずいぶんご無沙汰してしまっている。
大袈裟な言い方をすれば、私のライフワークのようなものだ。その更新を怠るとは恥ずかしいかぎりだ。
どこまで来ていたのかこれまでに自分の書いてきたこと見直してみた。
・Twitter的教材開発論
・教材の「テキスタイル」化
・「教材は授業のなかで生まれ、授業を変えていく」ことの再確認!!
・授業のコンテクスト(文脈)が、すぐれたコンテンツ(教材)を生む
・定番の再吟味を
・定番の教材発展史を
だいたいそのあたりまで来ていたのだろうか。
▼現時点で、「教材とは」と問われれば私はこう答えるだろ。
小さな私の「ふしぎ!?」と「私の科学」をツナグもの!!
このとき「私の」は私自身であり、授業のなかでは生徒たちを意味する。
ここでやっと私のなかで「新・私の教材試論」と「サイエンスコミュニケーター宣言」がつながっていくのである。
▼いずれにしても更新なきものは存在しないと同じである。
今一度、試論の更新を続けようと思う。
そして、そろそろ「現代教材発展史」の方も本格的にやりたいな!!

続けて撮りたかった月が昨夜も今朝も雲の中だ残念である。
今日は「文化の日」。
「文化」の語源はたしか「耕す」だったはず。さあ、今日は何を耕そうかな。

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サイエンスコミュニケーター宣言(176) #sciagora12 #traday

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▼11月に入って風は急に冷たさを増していた。庭のホトトギスがその冷たい風に震えていた。
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寝る前にいつもの月を撮った。そして、今朝目覚めて外に出て透明度を増した空を見た。傍らに寄り添っているのは木星だろうか。月明かりにまけずオリオンもきれいだ。東の空に金星が登ってきた。
やっぱり地球は動いている。
▼私はまだ昨日のオンライン「寅の日」の余韻の中にいた。いつかオフライン「寅の日」をという思いが続いている。
しかし、考えてみると8日後にせまってきたサイエンアゴラ2012への参加だって、多様な立場の人に会って「私の科学」を語り合い、学び合うわけだから私にとってはオフライン「寅の日」みたいなものである、と思えてきた。
サイエンアゴラ2012のプログラムをみていると、ふだんTwitterやFacebookなどでつながりのある人の名前も多く見られる。もうすでに実際に会って話したこともあるという人もたくさんおられるが、まだの人も多い。
今回は実際に会ってお話をさせてもらう絶好の機会である。
そう思うとますます楽しみになってきた。
▼ヒューマンネットワークのすばらしさ!!
それを存分に体感してみようと思う。
そのヒューマンネットワークこそが「私の科学」をより豊かなものにしてくれる予感がするのである。

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本日、第18回オンライン「寅の日」!! #traday

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▼10月最後の日のヒガンバナは、「葉の季節」を謳歌していた。野の草花は枯れ光を独り占めできる季節に入ってきたわけだ。それは決して定点観測地だけではなかった。
 そんな季節になって私のヒガンバナの「ふしぎ!?」は消えたわけでない。保留をしているだけだ、ヒガンバナの「ふしぎ!?」を追うヒガンバナ研究はまだまだつづくのである。
▼11月がスタートした。
11月は【理科の部屋】誕生月である。それにちなんでということもあり、11月のオンライン「寅の日」は「理科教育」に関連する文章に集中して読むことにした。本日はその第1回目である。全体では第18回目になる。
◆第18回オンライン「寅の日」
●「研究的態度の養成」(青空文庫より)
▼読み出すと、まず驚くのが書かれていることがきわめて今日的であることだ。
この文章のねらいをいちばん最初に書いている。

理科教授につき教師の最も注意してほしいと思うことは児童の研究的態度を養成することである。与えられた知識を覚えるだけではその効は極めて少ない。
 
 この文章が雑誌『理科教育』(大正七年十月)に書かれたもののようだ。つまりは当時の理科教師に向けられたエールだったことから考えると納得できる。
 寅彦はこのなかで「研究的態度育成」のためにふたつの提言を行っている。
ひとつは
これには最も必要なことは児童に盛んに質問させることである。何の疑問も起さないのは恥だという風に、訓練することが必要である。そうして児童の質問に対して教師のとるべき態度について二つの場合があると思う。その一は児童の質問に答うることの出来なかった場合である。その二は教師がよく知って答え得る場合である。
 
である。この提言につづけてそれぞれの場合の具体的対応策にまで言及してくれている。ありがたい限りである。
 もうひとつの提言はこうだ。
それから小学校では少し無理かも知らないが、科学の教え方に時々歴史的の色彩を加味するのも有益である。勿論科学全体の綜合的歴史はとても教えることは出来ないが、ある事項に関する歴史でよろしい。たとえば…

 こちらの提言についても具体例をあげてくれている。
さらには危惧することまであげてくれいるのである。
ただ一つ児童に誤解を起させてはならぬ事がある。それは新しい研究という事はいくらも出来るが、しかしそれをするには現在の知識の終点を究めた後でなければ、手が出せないという事をよく呑み込まさないと、従来の知識を無視して無闇(むやみ)に突飛(とっぴ)な事を考えるような傾向を生ずる恐れがある。この種の人は正式の教育を受けない独創的気分の勝った人に往々見受ける事で甚だ惜しむべき事である。とにかく簡単なことについて歴史的に教えることも幾分加味した方が有益だと確信するのである。
 
▼寅彦の提言が94年の時空を超えて響いてくる。この提言に21世紀の今、どう応答をかえすことができるだろうか。しばし考えてみることはこれからの理科教育を考えるうえであながちムダではないだろう。
 11月のオンライン「寅の日」を契機に、こらからの理科教育を論じ合える場ができてくればいいなと思っている。
オンライン「寅の日」から発展したオフライン「寅の日」と呼べるようなものができること強く願っている。
願っているだけでは歩をすすめることなどできない。
ゆっくり ゆっくり と急ごう!!

 10月最期の月が曇っていてとらえることができなかった。そのかわり今朝起きてから11月最初の月をとらえてみた。もう真ん丸ではなかった。確かに時間は過ぎて行っているようだ!!
カレンダーをめくった。
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