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新・私の教材試論(72)

Dsc_0914

▼久しぶそりに畑仕事をした。畑仕事を終えて東の土手をあがりかけたとき気づいたのだ。毎日の散歩のときに観賞するために草刈りをせずにしてツユクサが実をつけていることを。ほんとうは毎日見ているのだが、「やっぱりそうなんだ!!」ときっちりと観察したのは昨日なんだ。ほん先日まで、朝の散歩を楽しませてくれたみごとな青い花を思いだしていた。「花が咲くものは実がなり、種ができる」このアタリマエ!!
ツユクサもやっぱりアタリマエのルールを守っていた。
▼これも「教材」になると思った。そうなんだなんでもモノを「教材になるのでは」と見てしまう。それは一種の職業病のようなものだ。
 その職業病ようなことについて試論を展開していた「新・私の教材試論」がずいぶんご無沙汰してしまっている。
大袈裟な言い方をすれば、私のライフワークのようなものだ。その更新を怠るとは恥ずかしいかぎりだ。
どこまで来ていたのかこれまでに自分の書いてきたこと見直してみた。
・Twitter的教材開発論
・教材の「テキスタイル」化
・「教材は授業のなかで生まれ、授業を変えていく」ことの再確認!!
・授業のコンテクスト(文脈)が、すぐれたコンテンツ(教材)を生む
・定番の再吟味を
・定番の教材発展史を
だいたいそのあたりまで来ていたのだろうか。
▼現時点で、「教材とは」と問われれば私はこう答えるだろ。
小さな私の「ふしぎ!?」と「私の科学」をツナグもの!!
このとき「私の」は私自身であり、授業のなかでは生徒たちを意味する。
ここでやっと私のなかで「新・私の教材試論」と「サイエンスコミュニケーター宣言」がつながっていくのである。
▼いずれにしても更新なきものは存在しないと同じである。
今一度、試論の更新を続けようと思う。
そして、そろそろ「現代教材発展史」の方も本格的にやりたいな!!

続けて撮りたかった月が昨夜も今朝も雲の中だ残念である。
今日は「文化の日」。
「文化」の語源はたしか「耕す」だったはず。さあ、今日は何を耕そうかな。

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