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本日、第17回オンライン「寅の日」!! #traday

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▼ほんとうに寒くなってきた。寒さは御免こうむりたいが、いいこともある空が水蒸気を含まなくなり透明度を増すのだ。昨日の夕方も三日月が透き通った空にきれいだった。思わず三脚立ててカメラを向けたのである。
ほん先日まで明け方東の空に金星とともにあった月は夕方の西に空にあったのだ。まちがいなく時間は過ぎていっているのである。
▼本日は2012年度後期オンライン「寅の日」の二回目の日である。
◆第17回オンライン「寅の日」
●「試験管(「音の世界」「においの追憶」等を含む)」 (青空文庫より)

 今回読むのは、1933年(昭和8)に「改造(雑誌)」に発表されたものである。
 時代背景に考慮して読むと見えてくるものもあるかも知れない。寅彦が亡くなる前々年である。
▼これらのエッセイは一度に発表されたものなのか、それとも連載だったのか知らない。
「一 靴のかかと」から「八 鏡の中の俳優I氏」まで、どんな文脈でかかれたものだろうか。
一見バラバラで統一性がないように見えるが、私なりの読みでは、これらは「人間のもつレセプター」に関してということで共通しているのではないだろうか。寅彦なりのするどい観察眼で我々のもつ「レセプター」の可能性を言いたかったのではないだろうか。
 「感じ」が「科学」になっていく道程を語ってくれているのではないだろうか。
たとえば「六 音の世界」ではこうだ。

 近代の物質的科学は人間の感官を追放することを第一義と心得て進行して来た。それはそれで結構である。しかしあらゆる現代科学の極致を尽くした器械でも、人間はおろか動物や昆虫(こんちゅう)の感官に備えられた機構に比べては、まるで話にもならない粗末千万なものであるからおかしいのである。これほど精巧な生来持ち合わせの感官を捨ててしまうのは、惜しいような気がする。
 たとえば耳の利用として次のようなことも考えられる。

 そして有形・無形のものを「音」にすることを提案する。その提案が現実のものとなっている今、寅彦の先駆性がホンモノであることを実感するのである。
 いつものことながら文章表現も冴えている。
たとえば「七 においの追憶」の出だしはこうだ。

 鼻は口の上に建てられた門衛小屋のようなものである。命の親のだいじな消化器の中へ侵入しようとするものを一々戸口で点検し、そうして少しでもうさん臭いものは、即座にかぎつけて拒絶するのである。
 人間の文化が進むに従ってこの門衛の肝心な役目はどうかすると忘れられがちで、ただ小屋の建築の見てくれの美観だけが問題になるようであるが、それでもまだこの門衛の失職する心配は当分なさそうである。感官を無視する科学者も時にはにおいで物質を識別する。

 サイエンスライターの元祖がここにいる。
▼ところでこのエッセイ集のタイトルをなぜ「試験管」としたのだろう?
そうすることで何が言いたかったのだろう。
「試験管ベビー」というときの「試験管」は無機質なものを連想させるが、寅彦の「試験管」は妙に有機質のにおいがする。それはなぜだろう。

さあもう一度、寅彦の「試験管」読みかえして、今日も我が「試験管」を観察つづけてみよう。


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