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「日本最初のホームページ」から20年!!

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▼ずっと観察を続けてきた大賀ハスであるが、昨日で蓮根の植え替えから26週目であった。
「あこがれの4日間」に花を咲かせ種子をつくった花托は役割を終え枯れて首をうなだれている。径が50㎝をうわまわるぐらい巨大化した葉=緑の栄養生産工場も枯れ始めた。
これらすべてが26週間に大賀ハスに起こったことだ。26週間と言えば、我らが地球が太陽の周りをたった半周゛け回るあいだである。半年だ!!
▼ちょうど20年前の今日(9/30)、「日本最初のホームページ」が発信されたのだ。
そうだ今日は20周年の記念すべき日なんだ。
地球が太陽の周りを20回まわるあいだに何が起こったのだろう。
まちがいなく技術的な面では飛躍的な進化をとげただろう。一方最初の「感動」「思念」という面ではどうだろう。
進化して行っているのだろうか。今日一日それを問いかえす日にするのもいいかもしれない。
▼知ったかぶりをして言うなら、ここにも「不易」と「流行」があるのではないだろうか。
自分に引きつけて言うなら、この翌年パソコン通信【理科の部屋】(93.11.23)はスタートした。
だからまもなく19周年になる。
その間、ネットワーク環境は劇的に変化していった。私自身のことを考えてもパソコン通信(今や死語!?)からTwitter、Facebookまでその変化はついていくのがやっとである。いや、ついていけていないところの方が多い。
しかし、まったく変わっていないものがある。変わるどころますます思いを深く、強くしていることがある。
それは
ヒューマンネットワークのすばらしさ!!面白さ!!楽しさ!!
である。
それは「不易」である。「原点」でもあるのだ。
▼だからと言って「流行」に目を向けないのは真に「不易」を理解したことにならない。
時代は螺旋的に進化する。一見、「復古」に見えてもそれは次の周(次の次かも知れない)に移行しているから「新しいこと」なんだ。
常に「更新」が必要なんだ。
時代はけっして遡行しない。

今日も ゆっくり ゆっくり急ごう!!

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10月オンライン「寅の日」は #traday

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▼門先に設定したヒガンバナ定点観測地Aの花芽がいよいよ顔を出し、花茎を伸ばしてきた。何度観察しても感動ものである。一日に数㎝も花茎を伸ばすエネルギーはたいしたものだ!!このエネルギーは地下に貯め込んだ「栄養貯蔵庫」=鱗茎からやってくるのである。一年かけて貯め込んだ成果である。
 このエネルギー量にも臨界点があるようだ。まだ、臨界点に達していないやつは早々と来年度に向けて葉の芽を出したという報告も聞いた。なんとみごとな「戦略」だ!!
▼ヒガンバナに負けてはおれぬ。9月も今日明日で終わりだ。
10月のオンライン「寅の日」の計画をたてておかなければならない。
本年度下半期のスタートである。10月は10/8(月)、10/20(土)の2回である。
仕切り直しのつもりで独断であるが次のように計画してみた。
・第16回オンライン「寅の日」 10/8(月)   …「地震雑感」(青空文庫より)
・第17回オンライン「寅の日」 10/20(土)  …「試験管(「音の世界」「においの追憶」等を含む)」(青空文庫)
▼池内了氏が『寺田寅彦の科学エッセイを読む』(池内了編著 祥伝社黄金文庫 2012.7.30)の「まえがき-今、なぜ寺田寅彦か」のなかで次のように書いていた。

「今、なぜ寺田寅彦か」と問えば、文化としての科学の原点を取り戻したい、同時に科学はどのような方向へ進むべきかの指針が欲しい、そんな気持ちが誰にもあるからではないかと思う。大震災と原発事故を経験して、科学は本当に人間を幸福にしたのかと問いかけながら、しかし科学と縁を切って生きることもできない。もう一度、現代の科学を見直すためには寺田寅彦は格好の道標なのである。(同書 P5より)

これだ!!
と思った。オンライン「寅の日」を続ける意義もここにあると合点したのである。
 さらには、同じ文章でも、それぞれの人が自分の文脈で読めば、まったくちがった読みができる。それを語り合えばさらに面白い展開になるのではないかと考えたのがオンライン「寅の日」だ。
▼下半期のスタートに「地震雑感」を持ってきたのは、再度この「原点」を見つめ直そうという意図である。
次に「試験管」を持ってきたのは、これまでで寅彦のするどく豊かな観察眼には驚くばかりであった、またその巧みな文章によって「科学」の世界に誘われてきた、それを今一度味わってみようという思いからである。

あらたな展開があることを期待しつつ、下半期をはじめる。
情報は交叉するところに生まれる。

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校庭の「彼岸花物語」を!! #higanbana

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▼「ヒガンバナ週間」にふさわしい展開になったきた。遅れていた定点観測地の花茎も遅れを取り戻すかのごとくグングン伸びてきた。そんなヒガンバナを見ていたら、あのイギリスの詩人ウイリアム・ブレイクの一節を思いだした。

一粒の砂に世界を
一輪の野の花に天界を見る
あなたの手のひらに無限を
ひとときに久遠をとらえる

▼ここ数年来、私は校庭の「彼岸花物語」にこっている。
3倍体である日本のヒガンバナはみごとな花を咲かせるが種子はつくらない。分球によってのみ殖えていく。
従ってヒガンバナの鱗茎を誰かがそこに運ばなければそこに咲かない。
目的をもった人為的にか、洪水などの自然現象によってか。いずれにしてもそこに咲くヒガンバナはそれぞれ固有の「彼岸花物語」をもっているのである。
 校庭というエリアを限定した「彼岸花物語」はたくさんのことを教えてくれると思うからである。
▼昨日空き時間を利用して校庭のヒガンバナを見て回った。
大ざっぱ言えば少なくとも5ヶ所でヒガンバナが咲くのを見た。
●校門のすぐ側(すでに浮き株になっている)
●校舎北側の桜の木が植わっている土手
●部室裏の土手
●グランドの南側の坂道
●体育館前の駐車場
「なぜそこに?」を想像して固有の「彼岸花物語」をつくってみるのもなかなか面白い作業だ。
「1個の球根が32年目には926個になった」という松江幸男先生の報告もたいへん参考になる。
そのヒガンバナの履歴をたどることは、校地の歴史を知ることにもなるのである。
▼校庭のヒガンバナのいいところはそれだけではない。
校庭だから、一年間いつでも観察したいときに簡単に観察できるのである。
つまりこの花の咲いた後の様子が観察できるのである。
この後の「葉の季節」へシフトしていく姿を生に観察できるのである。
一年をかけたみごとな「ヒガンバナの戦略」も、また「植物とは!?」までもが少しずつ…。
教材化への道にもツナガル!!

ブレイク流に言うならば
「一輪のヒガンバナに天界を見る」ことも可能かも知れないのである。
さあ、今日も一輪のヒガンバナを見にでかけよう!!
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Twitterはじめて1101日目に思うこと。

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▼やっぱり今週は「ヒガンバナ週間」だ。一日のあいだにいくつのヒガンバナ出会っているだろう。その瞬間を記録したくて何枚の写真を撮っているだろう。そんななかでも昨日一番印象に残っている通勤路で出会った「燃え立つ松明の行列」だった。もういったん車を駐車させる場所も決めた。まだすべての花が満開というわけではないが、田の畦に沿って立つ花茎の数に圧倒されるばかりであった。
 定点観測地Aの引っ越し組の花芽がはじめて顔を出したのも昨日だったのである。
▼「ビカンバナ週間」にヒガンバナの今を追うのも、私にはTwitter的だった。
そのTwitterをはじめて昨日で1100日目だった。はじめてから100日ごとに「思うこと」を記録してきた。
ところが昨日はオンライン「寅の日」(#traday)だったので、一日遅れて今日、1101日目に思うことを記録しておく。
▼「Twitter的」ずっとずっと使いつづけている勝手に決めたキーワードだ。
その今を記録しておく。
「リンク」「シェア」「フラット」「等身大」「リアルタイム」「アクティブ」の6つの概念・思想・哲学、それを統合したものとしてTwitter的を使っている。この機会に6つの概念から連想すること、意味すること等を思いつくままにあげてみる。
・「リンク」… ツナガル、繋げる、連携・連動
・「シェア」… 「おすそ分け」の思想 コンヴィヴィアリティ
・「フラット」… 平等、対等、多様性の認識
・「等身大」… 現実性、具体性、事実性
・「リアルタイム」… 同期性 同時性 時間の共有
・「アクティブ」… 行動性 実践 試行的

少し大袈裟すぎる表現かもしれないが、こんなコトバを思いついたのである。
▼Twitter的も進化すると思っている。
Twitterそのものも、はじめた当時にくらべればずいぶんと普及し、市民権を得てきた。
パブリックな場面でも活用されだした。それはそれでとてもうれしいことである。みんなの共有のツールとなっていくわけだから。
 しかし、単なるツールとしてTwitterだけでなく、コンセプトとしてのTwitter的にこれからもこだわり続けたい。

Twitter的は不朽である。

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本日、第15回オンライン「寅の日」!! #traday

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▼あいかわらず時間の許す限りヒガンバナ三昧の日々である。
花芽が顔を出したばかりのヒガンバナ、
スルスルと花茎をのばすヒガンバナ、
満開のヒガンバナ、
赤い松明行列をつくるヒガンバナ、
1本だけ花茎のばし人知れず咲くヒガンバナ
草むらから顔だけのぞかせるヒガンバナ
どのヒガンバナもそれぞれが美しい。その瞬間を切り取りたくていつもカメラをぶら下げて歩く。
ついでに一句という衝動だけが走る。
▼その「俳句」という科学の方法について学ぼうというのが、9月のオンライン「寅の日」だった。
本日は第15回目のオンライン「寅の日」である。
◆第15回オンライン「寅の日」
●「俳諧の本質的概論」(青空文庫より)
 寅彦をして「本質的概論」とタイトルをつけているのである。そんなもの私が全容を理解することができるはずがない。私は、ただただ私自身の文脈に従って読むしかないのである。
▼「俳句」という科学の方法にこだわって読んでいったら、こんな文が目に留まった。

「風雅の誠をせめよ」というは、私(わたくし)を去った止水明鏡の心をもって物の実相本情に観入し、松のことは松に、竹のことは竹に聞いて、いわゆる格物致知の認識の大道から自然に誠意正心の門に入ることをすすめたものとも見られるのである。この点で風雅の精神は一面においてはまた自然科学の精神にも通うところがあると言わなければならない。

私の勝手な「こじつけ」かもしれないが。
 次に全文中、私がいちばん強く膝をうったのは次の文である。
 季題の中でも天文や時候に関するものはとにかく、地理や人事、動物、植物に関するものは、時を決定すると同時にまた空間を暗示的に決定する役目をつとめる。少なくもそれを決定すべき潜在能をもっている。それで俳句の作者はこれら季題の一つを提供するだけで、共同作者たる読者の連想の網目の一つの結び目を捕えることになる。しかしこの結び目に連絡する糸の数は無限にたくさんある。そのうちで特にある一つの糸を力強く振動させるためには、もう一つの結び目をつかまえて来て、二つの結び目の間に張られた弦線を弾じなければならない。すなわち「不易」なる網目の一断面を摘出してそこに「流行」の相を示さなければならない。これを弾ずる原動力は句の「はたらき」であり「勢い」でなければならない。

ここに私は私流の「俳句」の「本質的」を見たのである。
 もう一つこの文章を読んで収穫があった。
「点綴」(てんてつ)というコトバを知ったことである。
無学な私はこのコトバの存在をはじめて知ったのである。
そしてこのコトバと私のイメージする「俳句」とが重なってくるのである。
▼私と「俳句」をもう少し語る。私はこの春、4月からNHK学園通信講座の『はじめての俳句』をはじめた。
この9月で受講が修了した。今度は『俳句入門』をはじめるつもりでいる。60の手習いもなかなか楽しいものである。
 オンライン「寅の日」も同じである。4月からはじめたからこの9月末をもって2012年度上半期が終了である。
「寅の日」は12日ごとに訪れるから年間に30回あることになる。15回目までなんとかつづけてくることができた。
10月から再スタートのつもりで続けて行きたい。あらたな展開を期待しつつ…。


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全国ヒガンバナ名所の今は!! #higanbana

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▼朝起きるとほんと寒くなってきた。今日はもう彼岸明けだ。
昨日ついに門先の定点観測地Aに動きがあった。最初にみつけたのはシロバナヒガンバナの花芽だった。
ひとつがニョキッと顔を出していた。昼過ぎてそこを再び見た、なんと今度はそこから少し離れたところに観察場所と想定しないところに花茎が少しのびたものをみつけたのだ。そこにも株があるとは認識していたが、ずっと見落としていた。もういちど入念に定点観測地をみると今まさに芽を出そうとするを発見したのだ。
 さあ、いよいよである。明らかに今年は遅れ気味である。
▼全国各地のヒガンバナの今の画像を見せてもらっているあいだに、全国のヒガンバナ名所のヒガンバナの今が気になり出した。あの大々的に「ヒガンバナオフ」を実施した巾着田の今の様子を教えてくれる人がいた。
その人の情報では、開花状況は一昨年なみの遅れだそうだ。開花状況知らせるページには、開花時期「気温」「降水量」に影響されることが書いてある。
やはり一週間から10日ほど例年より遅れているようだ。
▼全国の別の名所ではどうだろうと調べていたら面白いページをみつけた。
◆彼岸花の名所 曼珠沙華(日本全国 彼岸花の名所 2012年)
全国各地の彼岸花の名所・スポットの特徴とそこを訪れた人のブログをリンクしているのである。
面白いのは、一口に「名所」といってもそれぞれの場所によって異なる「彼岸花物語」が存在するのである。
 自然のはたらきであろうと人為的であろうと、そこまで運ばなければヒガンバナの群生はありえないのだから固有の「彼岸花物語」が成立するのである。
 訪れた人のブログをリンクしているのもとても面白い。訪れた人のすばらしい画像を見せてもらえるのもありがたい。
▼さすがにどこも「名所」と呼ばれるだけに見どころいっぱいだ。
しかし、そこだけがヒガンバナスポットではない。「名所」とはなっていないが、もっと見どころいっぱいの場所もあるはずである。それを「発見」するのも面白い作業だ。
 そこだけの「彼岸花物語」が必ず存在するはずだから、その「物語」を解読する作業をともなうとさらに「発見」は楽しいものになるはず。

彼岸は明けるが今年の開花はいよいよ本格化する!!
見ごろは今からである!!

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【Web更新9/23】12-39 【ヒガンバナ情報2012】更新! #higanbana

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忘れずに また咲きにけり 彼岸花 12/09/22 (土)撮影@福崎


■楠田 純一の【理科の部屋】12-39
週末定例更新のお知らせ
 たかがヒガンバナ されどヒガンバナ
今週も私の持病「ばっかり病」はつづきそうだ。
「ばっかり病」はまずいことばかりでない、ときに「大発見」をもたらすこともある。
そう自分に言い訳をしておいてヒガンバナ三昧を楽しもう。

◆表紙画像集2012 更新 人里の植物シリーズ ヒガンバナ
 人里の植物シリーズで連続して同じ植物というのはやはりヒガンバナがはじめてであろう。
9/15初見のヒガンバナが一週間たっての様子を表紙にしてしまった。
家の周辺のうち4つの定点観測地のうち、二ヶ所しかまだ顔を見せていない。
激変してしまった周辺環境の証言者にヒガンバナがなるのかも知れない。

◆【ヒガンバナ情報2012】更新!
 このヒガンバナ情報のWebページを最初につくったのは、HP開設(98/04/25(土))と同時であるからそれから14年が経つ、毎年同じような情報が繰り返されているようにも見えるが、少しずつ進化してきているのも事実である。それがインターネットの進化と同期しているようで面白い。
 ネット上の画像を含めるとあの大先達、松江幸雄先生にはかなわないかも知れないが全国各地のヒガンバナをたくさん見た人間のひとりかも知れない。
 今週もどんなヒガンバナに出会えるか楽しみである。

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本日、『日本ヒガンバナ学会』は満5歳に!! #higanbana

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▼彼岸の中日であり、秋分の日であった昨日。
私は初見ヒガンバナを三度も見に行った。初見の9/15(土)からちょうど一週間が経っていた。
朝早くに行って、二回目はお昼前だった。そのときだった、このアタリマエを「発見」したのは。
陽の当たっているときにと思って出かけているのにそこにはまだひがあたっていなかったのだ。初見ヒガンバナのある定点観測地Cは南北に長く用水路の側であると同時にかなり高い建物の側である。お昼前でもまだ建物の影になっている北の方に初見ヒガンバナや花芽が顔を出しているヒガンバナがあり、陽の当たっているところはまだなのである。南の方にも例年ヒガンバナは観察できたはず。
ならば、少し強引に「日陰のヒガンバナの方がはやい」というルールをつくっていいのかも知れない。
▼本日、9月23日は『日本ヒガンバナ学会』の5回目の誕生日である。
次のようなコンセプトで

「ヒガンバナに興味・関心がある。」という一点だけで共通項をもつみんなで創るコミュニティです。 ◆時空を超えて学び合う会(=学会)をみんなで創ろう。  未来派「学会」に。 「学び合う」楽しさ・喜びをみんなで。  ◆あなたがノックするところがドア(入口)です。  自分の興味あるところから入ってきてください。  なければ自分で作ってください。

2007.9.23にスタートした。年度を越えて息長くヒガンバナの「ふしぎ!?」を追いかけている。
興味深い提案がいくつもある。継続していくと同時にあらたな展開も期待している。
▼私にとってはもうひとつの記念日でもある。
それは、3年前にTwitterをはじめた日でもあるのだ。
今や完全に市民権を得たかのようなTwitterである。
これからもTwitter的=「リンク」「シェア」「フラット」「等身大」「リアルタイム」「アクティブ」を心がけていきたい。
このふたつの記念日は、わたしのなかでつながっている。
今、私のtwilogを見ていると、使用しているハッシュタグは「 #higanbana 」がいちばん多いようだ。これからもいろんなソーシャルメデイアを駆使しながらヒガンバナの「ふしぎ!?」を追い続けたい。
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▼もうひとつあった。昨日は大賀ハスの蓮根植え替えから、25週目の定例観察日でもあった。
種子の回収もすんだ花托が、先日の強風の影響もありポッキリと折れ曲がり首を垂れる姿は本格的な秋の訪れを象徴しているようでもあった。


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ヒガンバナのもつ「時計」の不思議!?(4) #higanbana

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▼ついに彼岸の中日だ。秋分の日だ!!
昨日は、朝と夕方2回私にとっての初見ヒガンバナの様子を見に行ったんだ。朝と夕方では少しだけ第三の花茎が伸びて来たように思った。二つの花が満開だ!花茎の足元からは同じ株の新しい花芽が顔を出してきている。
近くの別の株でも花茎がどんどん伸びて来ている。やっぱりヒガンバナは「彼岸」花なんだ。
▼今朝起きてからちょっと変なことに時間を費やしてしまった。
今日秋分の日は、昼の時間と夜の時間が同じ日だ。そう思ってきたがそれはほんとうだろうか?
アタリマエのことだが、場所によって若干のちがいがあるのではないだろうか。そんなこと思いだすと確かめたくなって来たのだ。
 便利な時代になったものである。緯度経度がわかればそれから「日の出」「日の入り」を計算してくれるサイトがいくつかあるようだ。緯度経度の正確なところがわからなければ地図から調べることもできる。
いくつかのサイトでやってみた。サイトによって若干のちがいがあるが、ほぼ同じだ。
・日の出  5:49
・日の入り 17:58
をはじき出した。
あれ9分の差がある。我が定点観測地のヒガンバナの光レセプターはこの差を読み取るのだろうか。
▼ポンコツ頭が少し混乱してきた。
もともとの「ふしぎ!?」から少し整理してみる。
はじまりこうだった。
少しその年によって、あるいは地域によってズレはあるものの「なぜ、ヒガンバナはみごとに「彼岸」前後に照準をあわせて咲くのか」であった。
 シロウトの私の仮説は、ヒガンバナは「時計」を持っているだった。
大賀ハスのことが少し頭にあった。「あこがれの4日間」だって今まで観察したなかで例外はなかった。
第一目の開花が始まる時刻にしても同じだ。これは明らかに内部に「時計」を持っているとしか考えられない。
ヒガンバナもしかりと思ったのだ。
▼その「時計」のこともっと知りたくなってきた。生かじりの知識をあつめてみると、どうやらそれは周期的なタンパク質の化学変化に源があるようだ。
 化学変化であるなら「温度」が大きく影響するのではと考えた。
次は、秋分の日の前後ということで光との関係が気になってきた。
生物の「光周性」との関係が気になり出した。
それから初見の「場所」のことから「水」との関係も保留のままだ。

 「ふしぎ!?」の追求をやめるつもりはないが、いったんここまで保留にしておきたいと思う。
けっして忘れるのではない。保留である、いつでもつながることがあれば再開するつもりで「ふしぎ!?」
を持続するのである。明日にも再開するかも知れないが…。

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ヒガンバナのもつ「時計」の不思議!?(3) #higanbana

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▼彼岸2日目の昨日の朝、私にとっての「初見」ヒガンバナの様子を見に出かけた。その場所にいくまでに私はちょっと興奮してしまった。用水路沿いの定点観測地Cにその初見ヒガンバナはあった。
定点観測地Cに入ったとたんもはや初見ヒガンバナだけでなかったのだ。いたるところ花芽が顔を出していたのだ。かなり頻繁に足を運んでいたはずなのにこれまでみつけることができなかったのだ。
思わず「来た!!」と叫んでしまったのである。
 興奮さめやらぬまま家に近づいた、そして再び驚いた。大賀ハス観察池の下の畑の隅に花芽を発見したのである。ここならいつでも
観察可能だ。そこで私はこの地を今年から定点観測地Dとすることを決めた。
▼やっぱりヒガンバナのもつ「時計」の「ふしぎ!?」から離れられないでいる。
今日で彼岸に入って三日目である。明日が中日である。
 そもそもが「彼岸」って何なんだ。
中日(秋分の日)とその
前後3日間、その一週間が秋の「彼岸」である。
今年であれば9/19(水)~9/25(火)ということになる。
今さらながらこのアタリマエに気づく。
秋分の日とは昼の長さと夜の長さが同じになる日なんだ!
つまり太陽からの光を受け取る時間と受け取らない時間とが同じになる日なんだ。
そう光なんだ!!
▼動物だけでなく植物もその光を感知する光受容体(動物ならば眼)をもつという。そして、その光を感知して環境変化に備えるという。それを「光周性」というらしい。
我々人間は外部に「時計」という機械をつくり、「暦」を編みだした。
そしてくらしと結びつけ「春の彼岸」「秋の彼岸」を設定した。
▼今一度「ヒガンバナの身になって」考えてみよう。
ヒガンバナも、もちろん光センサーを持っているだろう。そしてこの光を感知しているだろう。
だとするなら季節を知り、「彼岸」を知っているだろう。
「光周性」ももっているだろう。
ヒガンバナのもつ「時計」とこの「光周性」の関係はどうなっているんだろう。
開花時期との関係は?
ますます「ふしぎ!?」は深まるばかりだ。

伸びてくる花茎を観察しながら考えてみよう。
ゆっくり 急ごう!!


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ヒガンバナのもつ「時計」の不思議!?(2) #higanbana

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▼「暑さ寒さも彼岸まで」とはほんとうまく言ったものである。彼岸に入って二日目の今朝はとても涼しい。昨日だって日射しは厳しかったが、一歩日陰に入ると今までちがって涼しく感じた。
 ヒガンバナもそれをよく知っているのか、いたるところで花芽が目立ちはじめた。仕事からの帰り道、稲刈りがまだの田んぼの畦にすでに花開いたヒガンバナをみつけたので思わず車を道脇にとめた。
ヒガンバナと実った稲穂のコラボは最高である!!
▼ヒガンバナのもつ「時計」のからくりを知りたいという欲望は続いていた。
この「時計」の正体は、とどのつまりタンパク質の「化学変化」であるようだ。
「化学変化」であるなら、最重要ファクターは「温度」であることは確かであろう。
彼岸とは「高温」から「低温」に変化する臨界点を意味するのである。
だから我々の「暑さ寒さも彼岸まで」とヒガンバナ体内「時計」と深く関係しているだろうということは納得できるのである。ヒガンバナはやっぱり「彼岸」花であるのだ。
▼すべての生物の営みが、「個体維持」と「種族維持」に起因することはいろんな場面で確認してきたことだ。
ヒガンバナが花を咲かせるというは、たとえ今は種子をつくらないと言えども、元々は「種族維持」をしようとする最重要命題に応えようとする営みである。
 だからこそ、ヒガンバナの目覚まし「時計」を、「彼岸」に設定したのはきわめて科学的な判断である。
これなら私にも納得できる。
▼車を停めて観察した同じ田んぼの畦にも出芽したばかりの株があった。もっと言えば同じ株の中でも成長の度合いは異なるのである。そのちがいはどこからくるのだろう。元を質せば同じ兄弟のはずなのに。
ヒガンバナのもつ「時計」の「ふしぎ!?」はまだまだ続くのである。
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さて、私にとっては「初見」ヒガンバナはどうなっただろう。
明るくなったら見に行ってみよう。

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ヒガンバナのもつ「時計」の不思議!? #higanbana

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▼今日、9月19日は彼岸の入りである。それにしてなんとみごとなもんだろう。
ヒガンバナの開花時期である。
例年多少のずれはあるというもののきっちりこの秋の彼岸になると忘れることなく開花し、人里を赤く染める。
これは、ヒガンバナによほど精巧な「時計」が埋め込め込まれているとしか考えられないのである。
▼昨日の朝はけっこう雨がふっていた。
 出かける前に、車で今年の初見のヒガンバナのところを回ってみた。なんと4本のうち2本はもうすでに咲き始めていた。帰りには車を停め雨の中の初見ヒガンバナの写真を撮った。
 通勤途中でも自然といつもの場所に目が行った。すでに満開のものも見られる、花茎が団体でスルスルとのびたところもある。学校に着いて校庭のいつもの場所を見て回った。その気配はまだなかった、しかし校門の側の浮き株からは、花芽がきっちりと出てきていた。
 やっぱりそうだ!!その季節は来ているのだ。
▼ヒガンバナは花は咲けどもめったに種子はつくらない。分球によって殖えてきた。
だからこれらのヒガンバナは元々同じ「時計」を持つのである。同じ「時計」もつヒガンバナの開花状況が異なるのはそれらのおかれた環境のちがいに起因するのだろう。同じ株でもさらに違うのはそれらひとつひとつの「時計」がよりフレキシブルでより精度の高いものであることを物語るのであろう。
▼かつて庄司和晃氏は言った。「ミミズの身になって考える」と。(それは元々は故延原肇氏のコトバ)
ミミズのことを研究するにはミミズの身になって考えてみることが必要だと言ったのだ。人間ばっかり主義では見えてこない「ふしぎ!?」あると。
 ヒガンバナの「時計」が、環境の変化で狂ってきていると見るのは少し人間ばっかり主義なのかも知れない。
ヒガンバナの身になって考えれば、開花時期が異なったり、少しずれてきいるのは、ヒガンバナに埋め込めこまれた「時計」をより精巧に微調整をしているのかもしれない。
ヒガンバナのもつ「時計」の「ふしぎ!?」をもっともっと追いかけてみたい!!

 そんなこと考えていると、なおいっそう彼岸をむかえたヒガンバナが興味深く見えてくるのである。
今日はどんなヒガンバナ出会うだろう。さあ…。
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ヒガンバナ!その「瞬間」が見たい!! #higanbana

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▼すごい風が吹いていた。雨も降ってきた。また晴れてきた。それを何度も何度も繰り返していた。
私はその合間合間を利用して家の周りの草むしりしていた。
吹き飛ばされそうな風が吹いた。そのとき思いだしたのだ、大賀ハスの花托から種子を回収していない分があることを。予想どおりだった。突風で大きく揺らされる花托から種子がとびだしていた。
「しまった!」と思ったが後の祭りだ。せめて残っているもの回収しようとした「瞬間」だ。
そのシェルターのなかにあのカエルくんが避難していたのだ!思わず笑ってしまった。避難したカエルくんが妙に愛おしく見えてきた。
▼なんでも観察をつづけていると、ぜひとも見てみたい「瞬間」がある。
ヒガンバナについても同じだ。花芽が出る「瞬間」であったり、開花する「瞬間」であったりする。
ネットワークメディアを利用して、全国各地のその「瞬間」を見せてもらっている。
初見の報告も続々と出てきた。すでに満開というところもあるようだ。
その「瞬間」のおすそ分けを見せてもらっているだけでとても楽しい気分になってくるのである。
「全国彼岸花マップ」を提案してくださっている谷本泰正さんが、以前からたいへん興味深い取り組みをされている。
◆「今日の彼岸花」

谷本さんは「定点観測地」にライブカメラを設置されていて、ヒガンバナのその「瞬間」を観察し記録化されようとしているのだ。実に面白い!!
 ヒガンバナの今の今、その「瞬間」が見せてもらえるのだ。昨日、そのライブカメラの映像にはじめての花芽の出芽が映し出された!!
 いよいよの季節がやってきたのだ。
▼その「瞬間」は点である。時空を超えてその点をつなぎ合わせていくことができたなら、ヒガンバナの「ふしぎ!?」のいくつかが見えてくるかもしれない。
 いっきょにそんなに欲張りにならなかっても、いくつものその「瞬間」のおすそ分けもらうだけでもうんとうれしい気分になってくるのである。
 さあ 今日はどんな「瞬間」に出会えるのだろう。

散乱してしまった大賀ハスの種子を回収するのにずいぶん時間を要してしまった。
でも完全回収をはたした。カエルくんのあの「瞬間」の顔を思いだした。


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Web更新9/16】12-38 【ヒガンバナ情報2012】更新! #higanbana

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テクサレや やっとの顔を 見せるなり 12/09/15 (土)撮影@福崎

■楠田 純一の【理科の部屋】12-38
週末定例更新のお知らせ
 新しい週がはじまる。一年間でいちばん「ヒガンバナ」に注目する一週間になるだろう。
そんな予感がする。
 「ヒガンバナ週間」のはじまりである。

◆表紙画像集2012 更新 人里の植物シリーズ テクサレ(彼岸花)
 「テクサレ」「テクサリ」は、かの柳田國男もあげた我がふるさとのヒガンバナの「里名」である。
もっとも多様なる里名をもつヒガンバナ!!
それはこの植物が人々のくらしと関係があったかを物語ることになる。
 何年も何年も見続けてきた花だが、やっぱり「初見」はわくわくするものである。
今年はむどんな「ヒガンバナ物語」に出会うことができるだろう。

◆【ヒガンバナ情報2012】 更新
 今年のヒガンバナの「ふしぎ!?」を追う取り組みの特徴はなんになるだろう。
ひとつは「ソーシャルメディアの活用」(Twitter、Facebookなど)ということがあげられるだろう。
これもそんな予感がする。
 メディアが変わったからと言って、ほんとうのねらいは変わらない。
それは、ヒガンバナの「ふしぎ!?」をコンヴィヴィアルに楽しむということだ!!

◆オンライン「寅の日」 更新
 9月の「俳句」という科学の方法にこだわってはもう一回だけだ。
9月半ばを過ぎたから、10月の計画を考える必要がある。
10/8(月)、10/20(土)の2回である。
ところで9月が終わるとこのオンライン「寅の日」もはじめて半年すぎたことになる。
自分の中でも少しずつ「定着」していくのがうれしい!!

では はじめよう「ヒガンバナ三昧」の一週間を ゆっくりと…。

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今年のヒガンバナ初見は9/15(土)だった!! #higanbana

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▼昨日の朝早くは、少し雨もふっていたのであきらめかけていた。しかし、その後晴れてきたのでヒガンバナ探索にでかけた。今年はやっぱり遅いんだろうと思っていたので半分はあきらめ気味で地面をながめていた。そのときだ、定点観測地Cと数年前からきめている場所の端の方に赤く燃えはじめた松明をみつけたのだ。これが今年のヒガンバナ初見だった!!
▼4本の花芽をみつけた!!2本はすでに赤い蕾になっていた。一昨日も入念にみたはずだったが見逃していたのだろう。家の周辺での過去の初見の場所を思いだしていた。
なにか共通するところはないかと。思い当たるのは近くに水の流れがあることだ。
溝端であったり、今は流れていなくても夏のあいだ田に水を引くために流れていたそんな場所が多いような気がする。これは少しこじつけの推測かも知れない。ちなみに今年の初見の場所、定点観測地Cは用水路の土手である。高い建物の近くにあり朝日はあびないところである。それも関係あるかも知れない。
▼朝に発見しうれしくなったものだから、また夕方4時過ぎに再びその場に行ってみた。9時間あまりで、少し花茎がのびたかのように思った。ひょっとしたら他の場所にもと思い、周辺を歩いてみたが、他にはみつけることができなかった。
 まだ間に合いそうだ。昨日は定点観測地Aを含む家の周辺の草刈りをしまくった。
いよいよはじまるヒガンバナ観察にそなえるためだ。
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▼そう、それも忘れてはいけない。
昨日は、大賀ハス植え替えから24週目だった。葉にもだいぶん枯れるものがでてきた。第13、第14大賀ハスの花托からはまだ種子を回収していない。ぎりぎりまでまつつもりである。

いよいよ私の定例観察の主軸は大賀ハスからヒガンバナへ移行していくのだった。
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ヒガンバナでFacebookを学ぶ!! #higanbana

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▼昨日も雷などが鳴っていつまでも残暑をひきずる一日だった。少し入念にヒガンバナ定点観測地を中心に探索をするが、まだその気配はない。門先の定点観測地Aには、「紅白そろい組」と「引っ越し組」がある。その「引っ越し組」の方も草をひいてよく観察できるようにしてやった。そしたら、ひとつの若々しい球根が表土をなくしてしまい顔を出していた。いっぱい栄養を貯め込んでスタンバイOKのように見えたのだが。
▼folomy【理科の部屋】やblog、Twitterを通して入ってくる情報では、早いところではヒガンバナの開花が始まっているようだ。ありがたくうれしいことだ。
 自分の定点観測地だけでなく、居ながらにして全国の「ヒガンバナ物語」と出会えるのだから。
ヒガンバナ情報を通して、私はTwitter的=「リンク」「シェア」「フラット」「等身大」「リアルタイム」「アクティブ」を楽しんでいた。
▼最近もうひとつのソーシャルメディアのことが気になり出していた。Facebookである。
私は、とりあえずの設定としてTwitterとFacebookをつないでいた。Twitterでツィートしたことはニュースフィードを流れるようにしていた。あらかじめblogとTwitterもつないでいたので、「blog」-「Twitter」-「Facebook」は自動的に連動していた。まだよくわかっていないこともあるが、私にはそれで充分だと思っていた。
▼ところが最近Facebookでかつての【理科の部屋】のメンバーに「再会」することが多くなっていた。
Facebookだけでつながる人も増えてきた。
いつのまにやらFacebook「友達」も90人を越えるようになってきた。かつてビカンバナ情報をやりとりをした人も多い。そこで、少しFacebookのことも勉強してみようという気になってきた。
 私の場合は、いつもはじめにヒガンバナありきなんだ。
Webページをはじめたときだってそうだったし、ML、blog、mixi、Twitter等どの場合も同様だった。
はじめは「ヒガンバナ情報」のためのツールだったんだ。
 だからFacebookも同様にしようと思う。
「ヒガンバナでFacebookを学ぶ!!」
で行きたい。
 ひょっとしたら少しTwitter的は加速されるかもしれない。
 

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本日、第14回オンライン「寅の日」!! #traday

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▼またしても夏がもどってきたかのような日射しの厳しい昨日だった。
 庭先の柿の木をよじのぼった朝顔は、まちがいなく青い色をして元気に咲いていた。ところが帰宅して夕方ながめた朝顔は赤い色になってしぼんでいた。半日のあいだにどんな変化があったのだろう。
PH値の変化があったと分析してみる。それで…
▼観察・分析・編集・発信という科学の方法としての「俳句」について、集中的に読んでいくのが9月の「オンライン「寅の日」」だ。本日は9月2回目の「オンライン「寅の日」」だ。
◆第14回オンライン「寅の日」
● 「俳句の型式とその進化」(青空文庫より)
▼今回は「不易流行」の世界の型式の進化を科学者寅彦がどう読み解くかである。
1930年代当時とてもユニークな俳句が流行っていたようだ。
それに対してこうだ。

 そういう議論のいかんにかかわらず新型式俳句というものが現に存在しており、それを主張する人と支持する人があるという事は否定することのできない事実である。科学者流の目で見れば、これも一つの文化的自然現象であって可否の議論を超越したものであるとも考えられる。むしろわれわれはこの現象がどうして発生したかを研究し、またその将来がどうなるであろうかということを考察した上で、これに対する各自の態度を決めるのが合理的ではないかと思われるのである。
 それにはいろいろの研究が可能であるが、たとえば進化論的な立場からこの問題を考えてみるのも有益ではないかと思われる。

そして、新型俳句を「突然変異」とみなし、こうつづける。
 生物の突然変異を生ずる原因が何であるかについてはそのほうの専門家でない自分のよく知るところでないが、しかし少なくもその一つの因子としては外界の物理的化学的条件が参与していることは疑いもないことである。地質時代でもある時代におけるこうした環境条件が特に突然変異の誘発に好適であったために、特にその時代に新しい型式の生物が多数に発生したであろうということも想像できるのであるが、それと同じように文化的要素の進化の道程における突然変異もまたその時代におけるいろいろな外的条件に支配されるものであって紫外線X線の放射、電流の刺激、特殊化学成分の過剰あるいは欠乏といったようなものに相当する環境の変化のために特にある時代において急激に促進されるであろうということはむしろ当然のことと思われる。

▼ここでは「俳句」の型式のことを論じながらも科学者寅彦の「進化論」表明にもなっているのではないかと思う。
●1859年 ダーウィン『種の起源』刊行
●1901年 ユーゴー・ド・フリース「突然変異説」を提唱

そして、この文章が書かれたのは1934年(昭和9年)である。その年には「天災と国防」を発表し、翌年1935年に「日本人の自然観」書き、その年の大晦日になくなっているのである。
本日のテキストにもどる。
その時点でのこれからの「俳句」についてこう結論づけた。

 そういう、現在のわれわれには夢のような不思議な詩形ができる日が到着したとして、そのときに現在の十七字定型の運命はどうなるであろうか。自分の見るところでは、たぶんその日になっても十七字俳句はやはり存続するであろうと思われる。生物の進化で考えてみると、猿(さる)や人間が栄える時代になっても魚は水に鳥は空におびただしく繁殖してなかなか種は尽きそうもない。それにはやはりそれだけの理由があるからである。芸術のほうで考えてみてもなおさらのこと一時は新しいものが古いものを掩蔽(えんぺい)するように見えても、その影からまたいちばん古いものが復活してくる。古くからあったという事実の裏には時の試練に堪えて長く存続すべき理由条件が具備しているという実証が印銘されているからである。

それから80年近く経った今も「十七字俳句」は厳然として存在し、多くの人を惹きつけているのである。

私の俳句の勉強も少しだけすすんだ。
でもまだまだ「俳句もどき」の域を脱しきれないのである。
はじめの
「朝顔や …… …」
はどうつづけて詠めばいいのだろう。少し考えてみよう。

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「全国彼岸花マップ」をみんなでつくろう !! #higanbana

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▼昨日の朝は雨もあがり急に秋めいて涼しかった。いよいよと期待しなからヒガンバナ探索の散歩をした。
 ずっと定点観測地Bとしてきた場所に行ってみた。燃え立つビカンバナ松明の行列が見られた場所だ。ここもほ場整備の影響をうけていったん畦は崩された。そして、ほぼ同じ位置に畦がつくられている。稲穂は実り黄金色を増してきている。畦の草刈りもきれいにおこなわれている。
 再び行列は見られるだろうか。昨日の朝の段階ではその気配はなかった。
▼日本のヒガンバナは3倍体で花は咲くけれど、めったに種子をつくらない。従って分球によって増えてきた。
分布を広げていったのは自然の作用(洪水などによる地表の攪乱)もしくは人為的な地表の攪乱、運搬しか考えられないのです。そこが面白いのです。
 そこに咲くヒガンバナには少しくわしく調べてみると必ず固有の歴史があり、固有の「ヒガンバナ物語」があるのです。その固有「ヒガンバナ物語」をつないでみたらなにかが見えてくるのではないでしょうか。
▼そんな提案が今年も谷本泰正さんの方からあった。
◆『全国彼岸花マップ』
の提案である。
 全国のヒガンバナ名所スポットをみんなでアップしてビカンバナ開花を楽しもうという企画である。これは有名な名所スポットに限らず、いつも自分が定点観測地としているようなところもあげたら面白いかも知れない。
昨年度は私自身も自分でアップする準備をしながら、そのままになってしまっていた。
今年こそ、いくつかをアップしてみたいと思っている。
▼誰でも会員登録ができるし、もちろん会費も不要である。
自分だけのスポットもいいし、同じ名所スポットでもちがう人が見ればちがう情報があるかも知れない。
それがまた面白いものになるかも知れない。
・分布北限の問題
・シロバナヒガンバナの「ふしぎ!?」
・ほんとうに種子をつくらないか?
・里名の分布
・ヒガンバナの来た道の「ふしぎ!?」

等々の「ふしぎ!?」が少し見えてきて、楽しむことになるかも知れない。


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「赭鞭一撻」とヒガンバナ #higanbana

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▼今朝起きて外に出てみると月と金星がとってもきれいだった。あの月がとっても小さくなっていた。それだけ時間が経っているのである。空気は雨があがって急激に秋めいていた。
 いよいよヒガンバナと思ったら、またしても残暑だと天気予報が言っていた。今度の新しい月が満ちてくる頃には満開だろうか。
▼ヒガンバナを待ちながら、夏の終わりに牧野植物園で出会った「赭鞭一撻」が気になってしかたない。手に入れたノートをすぐ手の届くところに置いている。
「牧野富太郎氏が、 少年時代(18~20)歳の頃に書いた勉強心得。」と説明書きがある。
驚きである。こんなこと少年時代に自分で書くとは。
もの極める人は違うものだと感心してしまうのである。
その「おすそ分け」をヒガンバナの「ふしぎ!?」を追うのに応用してみる。
▼15項目のうち、今特に気に入っているのは二つだ。
ひとつは

十二 博く交を同士に結ぶ可(べ)し
 植物を学ぶ人を求めて友人にしなさい。
 遠い近いも、年令の上下も関係ない。
 お互いに知識を与えあう事によって、知識の偏(かたよ)りを防ぎ、
 広い知識を身につけられます。

である。
納得!!である。まったくその通りである。
いつも無手勝流で浅学な私が、ヒガンバナの「ふしぎ!?」を追うなかでどれほど多くの友人・師に出会ってきただろう。それがたまらなく面白いのだ。また、そのヒューマンネットワークこそ最大の成果なのかも知れない。
▼もうひとつは

十三 迩言(じげん)を察するを要す
 職業や男女、年令のいかんは植物知識に関係ありません。
 植物の呼び名、薬としての効用など、彼らの言うことを記録しなさい。
 子供や女中や農夫らの言う、ちょっとした言葉を馬鹿にしてはなりません

である。
なんとも説得力をもつ言葉である。私など60を越えて体験的にやっとわかりかけたかなと思えるようなことをほんとうに少年時代に書いていたとは…。
 「常民の科学」のすくい取りそのものではないかと思う。
ヒガンバナの「里名」の収集、ヒガンバナの生活利用など、今こそやっておきたい知っておきたい「ヒガンバナ情報」がある。
 そのときに肝に銘じておきたい心得である。

ほんと涼しくなってきた。しかし、季節は直線的に変化はしない。
螺旋的に変化する。
今朝もヒガンバナのつぼみ探索に歩いてみよう!!

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私のヒガンバナ定点観測地を!! #higanbana

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▼今朝もけっこう雨が降っている。昨日も断続的に雨が降った。その雨が少しだけやんだ夕方、私はその場所の除草作業をした。
 その場所とは、ヒガンバナの定点観測地Aとしている庭先である。その定点観測地としているところにも二ヶ所あって、「引っ越し組がいる場所」と「紅白そろい組の場所」だ。「紅白そろい組」のその場所の雑草をのぞくとそこに浮き株気味の球根(鱗茎)が顔を出していた。まだ埋め込まれた「目覚まし時計」は鳴り出さないのだろうか。
▼先日、久しぶりに旧知の友人に出会った。
最初の言葉は、「また今年もあんたの季節が近づいてきたな」だった。
それには「はあ、ありがとう。またよろしく頼むわ」と答えた。
暗黙の了解があった。友人は私がこの時期になると毎年ヒガンバナで大騒ぎをはじめることを見てきているのだ。「今年もまたやるのか」というエールのあいさつだったんだろう。
▼自分でも驚いてしまうほどだ。飽き性の私が飽きもせずに毎年毎年「ヒガンバナ!ヒガンバナ!?」と騒ぎつづけてきたものと。
 つづいて来たのは、きっとやってきたことがきわめて単純だからだろう。観察研究といってもなにもそうたいそうなことではない。単純に決めたその場所のヒガンバナを観察・観測しつづけるだけだ。
それだけでもいっぱいヒガンバナの「ふしぎ!?」見えてくるのだ。
これまでに見えてきたことを昨年の春に『人の暮らしに密着するヒガンバナ』にまとめてみた。
 昨年からこれまでの定点観測地を変更せざるを得なくなった。
リセットしてあらたな「私の定点観測地」で観察をつづけたいと思う。
▼私のヒガンバナの「ふしぎ!?」を追う営みとネットとの関係も深い。
パソコン通信をはじめたときも、そしてWebページをはじめてつくったときも「ヒガンバナ情報」だった。
blogをはじめたときもそうだった。mixiでコミュニティをつくったのも「日本ヒガンバナ学会」。
そして、Twitterのつぶやきも「#higanbana」…。
今年は、まだよくわかっていないFacebookでも展開してみたいな。
こうしてみると私のネット遍歴とヒガンバナの「ふしぎ!?」を追う歴史とがみごとに重なっているのが自分でも面白い。
 それらすべてのはじまりは「私のヒガンバナ定点観測」にあった。
全国の「私のヒガンバナ定点観測」がつながれば、またあらたな「ふしぎ!?」が生まれるかも知れない。
それが面白いのだ。

 今年はじめてヒガンバナの画像見せてもらったのは「奈良の新薬師寺境内でヒガンバナのつぼみ」(9/9)の画像だった。 今年はどんな展開があるのだろう。楽しみである。

  

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【Web更新9/7】12-37 【ヒガンバナ情報2012】開設! #higanbana

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露草や 万歩計数 多くなり 12/09/09 (日)撮影@福崎

■楠田 純一の【理科の部屋】12-37
週末定例更新のお知らせ
 私には願っていることがある。それは「情報発信」→「整理」「蓄積」→「編集・加工」→再「情報発信」→…
というサイクルをシステム化することだ。 これをネットワークのなかでやりたい。
それがクラウド時代の「整理術」ということになるのだろうと思っている。

◆表紙画像集2012 人里の植物シリーズ 露草
 今の季節になってみかけるようになったわけではない。しかし、私には目立ってきたのだ。
ツユクサが。
 這うようにして伸びていき道端に星を散りばめたように咲く花が気になりだしたのだ。
朝のヒガンバナ探索の散歩も、気候がよくなり歩がすすむようになってきた。

◆【ヒガンバナ情報2012】開設!!
 また今年もヒガンバナ便りが待ち遠しい季節になった。
今年もヒガンバナの「ふしぎ!?」を追いたい。
「日本ヒガンバナ学会」5年目の年でもある。またあらたな展開が楽しみである。
今年も大いにソーシャルメディアの活用を図りたい。
Twitterでは、ハッシュタグを「#higanbana」にもどして、情報の共有・共感を楽しみたい。
Facebookの方も多くの人たちも使いだしてきたので新しい展開できる。
自分の観察地のヒガンバナとともに全国のヒガンバナを楽しみたいものである。

◆新・「自由研究」のすすめ試論 更新 !
 「研究」発表の季節だ。私もまだ「クマムシ研究」を発表していない。
まだまだ試論をつづけていこうと思う。

◆サイエンスコミュニケーター宣言 更新!
 考えてみれば、「ヒガンバナ」「自由研究」「寅の日」「日本理科教育史」「理科の授業」等々すべてが私が考える「サイエンスコミュニケーター」の仕事である。
 歩いた跡に道ができるのだ。今は、ひたすら前に…。

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サイエンスコミュニケーター宣言(164)

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▼昨日は大賀ハスの定例観察日であった。蓮根の植え替えから23週目である。種をまだ採取していない花托があと4つあった。そのひとつに第12大賀ハスがある。これにはちょっと特別の意味がある。
観察池のなかにないのである。植え替えの時に「あまりもの」として別の容器に入れ放置していた蓮根から育ったものなのである。水だけで育った「水栽培」第1号なのである。これが可能ということになれば来年から栽培にも新たな可能性が出てくるというものなのである。
 昼過ぎから京都に向かった。播但線、新快速の車窓からもうひとつの観察を行った。
ヒガンバナである。もうすでに赤く燃え立つ松明の行列はないか。
見える家の庭に赤いものはないか。残念ながらそれは発見できなかった。やっぱりまだ早いのだろうか。
▼京都に向かったのは、
・【お薦め本】『理科の授業づくり』(広木正紀 ・内山裕之 編著 東京書籍)
・【お薦め本】『理科の授業づくり』(広木正紀 ・内山裕之 編著 東京書籍)<続>
の出版記念会に参加するためである。
 編集者・執筆者・関係者20名ばかりが集まった。編者の広木先生の言われる「広場」に人が集ったのである。
ずいぶん久しぶりにお会いする人もいる。はじめて出会う人もいる。
 お一人お一人の「私の科学」「私の理科」を聞くのはとても楽しいものだった。
▼お話を聞いているうちに、私はここのところすっかり忘れてしまっていたあの「私の【100人リンク集】」の旅のことを思いだした。
 98年の秋にはじめてほぼ2年と2ヶ月をかけて100人の方にリンクさせていただいた。
それから十数年を経た今、あらためてリンクさせていただいた方々に実際に出会って、「今」と「これから」を語り合おうとする自分の思い入れの旅の企画である。この夏の間にもうっかりしているあいだにもたくさんの方とお出会いしていた。
 この会でも、あらたにお二人の方にあった。
◆西川 徹のホームページ/西川 徹の「理科の自由研究室」(当時 現在「理科の自由研究室」
◆『中村理科』Nakamuraのページ(当時、現在「ナリカ」
「これから」を示唆するお話をいっぱい聞けてとてもうれしかった。
▼会がすすむうちに私は、自分が今、「サイエンスコミュニケーター」を名のっていることも思いだした。
そう言いだして2年目!!
「これから」について自分自身に5つの課題を設定していた。
(1) 道楽的「科学」・道楽的「理科」の追求!
(2) サイエンスイベント・ムーブメントに参画する。
(3) 中学校「理科」カリキュラム全課程実践的検討!!
(4) あらたな理科教育コミュニティの構築!
(5) 日本理科教育史を現在進行形のかたちでまとめる。
みなさんとお話をするあいだに、これらはあながち「大風呂敷」ばかりではないと思いだした。
感謝である。

また、ゆっくり ゆっくり 急いでいこう。

 

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シロバナヒガンバナの「ふしぎ!?」はどこまで(2) #higanbana

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▼白い花と言えば、同じ東の石垣の草むらの覆うようにしてヘクソカズラ(ヤイトバナ)がまだ蔓をのばし咲いていた。夏休み前からであるからずいぶんながく咲いていることになる。最初の頃に咲いたものはすでに実になっているというのに、今なお元気なやつがいっぱいいるのだ。
▼シロバナヒガンバナの「ふしぎ!?」を追うことを続ける。
 以前に入学したばかりの中学一年生に、私の「ふしぎ!?」を問うてみた。
そのなかにこんなのがあった。
「チューリップは、同じ球根なのに、なぜ色が違うのか。家のチューリップを見て、同じ色がないのから不思議に思った。」 
 なるほどと思った。言われてみれば不思議なことだ。
 シロバナヒガンバナの「ふしぎ!?」を追う話も、もう少し肉眼だけでは観察できない話になっていく。
シロヒガンバナの誕生について大先達の松江幸雄先生は『日本のひがんばな』(松江幸雄著 文化出版局 1990 )のなかで次のように言った。

 次にシロバナヒガンバナ(2n=5V+12I)は、ショウキランの配偶子5V+1Iと、コヒガンバナの配偶子11Iによって生じた、自然雑種であることがわかっている。ところがコヒガンバナは中国のみ産する種であり、シロバナヒガンバナは九州地方に半自生状態で生えている種で、中国には自生しているという報告がないことなど、今後の研究課題として残る問題である。(同書 P58より)

全国を駆け巡りヒガンバナの「ふしぎ!?」追いかけ、誰よりもヒガンバナのことについて知っておられただろう松江先生がこう言われているのだから、1990年の段階ではシロバナヒガンバナ誕生の「ふしぎ!?」は「今後の研究課題だったんだと思われる。
▼その8年後出版された栗田子郎先生の名著『ヒガンバナ博物誌』(栗田子郎著 研成社 1998.9.1なおこの本の内容の一部がネットでも読めるようにしてくださっている。)にも当然そのことは書かれていました。おおよそヒガンバナのことでこの本に触れられていないことはないですので。
 多数のビガンバナ属の核型分析を通して、この研究をすすめておられる。(同書P144より)
◆栗田子郎「ヒガンバナ属の核型の変化と進化」
などもくわしくわかりやすい。
▼とは言っても、ここまでくると浅学な私ではなかなか一挙に理解するまでにいたらない。
何度も繰り返し読ませてもらい少しずつ頭を整理していく。
少し寝かせる必要もありそうだ。
 ただ今言えることは、シロバナヒガンバナの「ふしぎ!?」を追うことは、どうやら
・ヒガンバナはいつどこからやって来たのか?
・ほんとうにヒガンバナの種子はできないのか?
・まれにもできた「種子」いったいなに?
などの究極の「ふしぎ!?」とつながっていきそうな予感がする。

これもまた ゆっくりゆっくり急ごう!!

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シロバナヒガンバナの「ふしぎ!?」はどこまで #higanbana

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▼東の畑の傍に白いニラの花が咲き始めている。なんとも可憐で愛おしくなってくる花だ。
色がいい!
シロだ!!
私が花のなかでいちばん好きな花はヤマボウシの花だ。これもまたシロである。
シロとミドリの取り合わせが最高だ。
私にとっての色の究極は「シロ」なのかも知れない。
 待望のヒガンバナの燃え立つようなアカも好きだが、やっぱりシロは別格である。
そのヒガンバナにもシロ色したものがあることを知ったのはずいぶん以前のことだ。
▼シロバナヒガンバナ(シロバナマンジュシャゲ)である。
98年の秋、私はシロバナヒガンバナについて興味深い手紙と写真を山崎昶先生よりいただいた。
 私は寺田寅彦とシロバナヒガンバナについて浅学かえりみず、ある「仮説」を立てた。
シロバナヒガンバナが咲く時期ではなかったが、今回の「寺田寅彦を訪ねる」旅で、その「仮説」を検証するつもりで記念館の方にいろいろ聞いてみた。確かに、その庭にはみごとなシロバナヒガンバナ咲くことを確認した。
墓所近くに咲くことは知らないとおっしゃった。私も墓所に行ってみたが当然なんの手がかりにもなかった。
 たまたま庭に居合わせた植物にくわしそうなご婦人がおっしゃった。
 「シロバナヒガンバナはこのあたりにふつうに見られますよ」と。そうだとすると私の「仮説」は意味をなさない。
ところが後でゆっくりと考えてみると、このご婦人がおっしゃったのは「園芸種」としてのシロバナヒガンバナのことをおっしゃったのではないかと思いだした。
 例の牧野富太郎にしてもめずらしいからと九州から持ち帰ったというのだから。
▼その牧野富太郎がシロバナヒガンバナの誕生についてある「仮説」を立てていたことを栗田子郎先生のページにみつけた。
◆秋風に揺れて咲く シロバナマンジュシャゲ
 そこでは二転三転しながら、最初の牧野「九州誕生・雑種説」に落ち着いてきているように書かれている。
 こんなときに痛切に感じる。もっと生物の勉強しておけばよかったと。
▼今さら悔やんでみてもはじまらない。
ならばいつもの「無手勝流」だ。
もういちどふりだしにもどって、シロバナヒガンバナの「ふしぎ!?」を追いかけてみよう。
いったいこの「ふしぎ!?」はどこまでわかっているのだろう?

あの「寅彦」の庭にみごとなシロバナヒガンバナが咲くまでにこの「ふしぎ!?」はどこまでいけるだろうか。
ちょっと「ばっかり病」の症候があらわれだした。

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新・「自由研究」のすすめ試論(55)

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▼昨日の朝の散歩は、定例コースから少し延長してヒガンバナコースに変更してみた。もうひとつのヒガンバナ定点観測地であったB地点にいってみた。毎年、ヒガンバナの赤い松明の行列ができる場所だ。
 ここもまたほ場整備で大きく変化している。あのヒガンバナの球根は掘り返されてしまってどこかにいってしまったのだろうか。それはまだわからない。もうしばらくの時間が必要なようだ。
▼夏休みの「自由研究」の報告会(発表会)をやった。
短時間の発表であったがとても面白かった。
おたがいに審査委員(評価委員)にもなってもらった。三つ観点で5点満点で点数化もしてもらった。
・C(コンテンツ 研究内容がどれほど興味深いものであるか)5点
・R(レポート 研究データ、資料、記録化(写真、図、グラフ等を含む))5点
・P(プレゼンテーション 研究どのように伝えることができるか)5点
15点満点で審査。ベスト3の選択。<全体の感想>。
でやった。
 最初に私自身の「大賀ハス開花の観察研究」のさわりを数分でやった。
冷凍保存しておいた花びら、回収した雄しべの標本などをみてもらいながらやった。
それで時間の目安をつくってもらった。
▼思いのほか(ちょっと失礼に言い方だが)面白かった。
生徒たちの<全体の感想>にもそれはあらわれていた。
「みんな一人ひとり違う研究をしているのが面白かった」
「みんなすごい研究をしているのにびっくりした」
「研究発表聞いていて自分もそれをやりたくなった」
等々がつづく。
 私も同様の感想をもった。
やっぱり「ふしぎ!?」を科学するのは面白いことだ!!
と教えられた一時間だった。
▼「研究」はけっして完成されたなものでなかった。
それがいいのだとも思う。
「ふしぎ!?」が途中だったら、それを継続していってほしい。その「ふしぎ!?」を保留していて欲しい。
そうすれば必ずツナガルときができてくるから。
それはこれからの授業のなかでかも知れないし、もっと大人になってからかも知れない。
自分にも言い聞かそう。
「ふしぎ!?」を追いかけるには
「保留する力」
「持続する力」
「つなげる力」
が必要なんだ。それを「学力」というのかも知れない。

私は、今日も「ふしぎ!?」を追い続けよう!!


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今年のヒガンバナ初見はいつか? #higanbana

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▼その場所をじっとみつめてみた。私の新しいヒガンバナ定点観測地だ。長年定点観測地としていた場所から引っ越しした場所である。でも花芽が顔をだす気配もない。9月に入って少し湿りもあったからと思うが、カヤツリグサの元気な姿のみが目立つ。
 あの地下の鱗茎にはどんな「目覚まし時計」が埋め込まれているのだろう?
▼今年地上から姿を消したのはいつだったんだろう。
今年になってから、このblogにその画像をあげている日をチェックしてみた。
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・4/17
・5/1
そして最後が6/12である。それでもけっこうあげているものである。
一年を通して観察することによって見えてくる「ヒガンバナの戦略」がある。
それを自分の目で確かめたいのだ。
▼寺田寅彦記念館の庭でヒガンバナの話をうかがった。シロバナヒガンバナもそうだが、赤いあのヒガンバナがみごとに咲くそうだ。道路に面した入口のところにも…。今年それはいつだろう?
 牧野富太郎記念館で見た。書斎を再現した牧野富太郎はヒガンバナを観察していた。そして富太郎自身が描いたこれまたみごとな植物画が展示されていた。
 全国を駆け回った牧野富太郎はこのヒガンバナをどのように見ていたのだろう。
▼再び牧野富太郎の「赭鞭一撻」だ。
「十 跋渉(ばっしょう)の労を厭ふなかれ」

「十一 植物園を有するを要す」

とは言っても、そう簡単に自分の植物園なんか持てるものではない。
そんなときは自分の散歩道を自分の「植物園」にしてしまえばいい。
そこで自分の「定点観測地」を設定してしまえば、どこだってりっぱな「植物園」になるのだ。

さて私の「植物園」での初見はいつだろう。
しばらくは注意深く観察しておこう。

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新・「自由研究」のすすめ試論(54)

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▼この夏、ずっと見てきたから「いつのまにやら」と思うのだが、ちょっとしばらく留守にして見ないでおいたら異様に巨大に成長しているのだということを「発見」した。大賀ハスである。
 観察池は容器すら見えなくなり、葉の長径も50㎝を越え、私の背丈に近づいてきた。そこに花托が佇立しているのだった。
▼そうだ、私自身の夏休みの「自由研究」の報告をしなければならない。
「大賀ハスの開花観察の研究」だ。
今年度は第6~第15まで観察した。メモをならべてみる。
○第6  開花2012.06.19(火)~06.22(金) 花びら雄しべともに回収不十分
○第7  開花2012.06.29(金)~07.02(月) 花びら 17 がく 2    雄しべ 193 種子0
○第8  開花2012.07.04(水)~07.07(土) 花びら 18 がく 3+2  雄しべ 271 種子 大3小1
○第9  開花2012.07.11(水)~07.14(土) 花びら 14 がく 2    雄しべ 257 種子 1
○第10 開花2012.07.13(金)~07.16(月) 花びら 16 がく 3    雄しべ 220 種子 15
○第11 開花2012.08.04(土)~08.07(火) 花びら 15 がく 2    雄しべ 201 種子 未採集
◎第12 開花2012.08.04(土)~08.07(火) 花びら 15 がく 1    雄しべ 177 種子 未採集
○第13 開花2012.08.09(木)~08.12(日) 花びら 16 がく 4    雄しべ 245 種子 未採集
○第14 開花2012.08.13(月)~08.16(木) 花びら 15 がく 4    雄しべ 256 種子 未採集
○第15 花芽が出たのみ途中で枯れる。
以上。
 花びらとがくの見分けもはっきりしないシロウト研究だ。花びら、がくは冷凍室にすべて保存している。
雄しべはセロテープで黒い画用紙にはりつけ保存している。留守中に落下したものもあり未回収のものも多数あるにちがいない。
 こうしてならべてみると、ここも「記録」しておけばよかったなと思うことも多々ある。
▼先日、次のような文章に出会った。

二 精密を要す  観察にしても、実践にしても、比較にしても、  記載文作成にしても、不明な点、  不明瞭な点が有るのをそのままにしてはいけない。  いい加減で済ます事がないように、とことんまで精密を心がけなさい。

先日訪れた高知県立牧野植物園で見た「赭鞭一撻 (しゃべんいったつ)」の一節である。
 私はこれが気に入ってしまった。さっそくショップに行って「赭鞭一撻ノート」を手に入れた。
▼読めば読むほど気に入った!!
私は、「自由研究」のすすめの究極は「学問のすすめ」であると思っている。
それが、この「赭鞭一撻」にある。「植物学研究のすすめ」であるが、そこにとどまらない。
ずっと言いたかったことのすべてがここにあった。
とりわけ
「十二 博く交を同士に結ぶ可(べ)し」
「十三 迩言(じげん)を察するを要す」
「十四 書を家とせずして、友とすべし」
にいたっては、これだ!! と思った。
今さらのごとく植物学者・牧野富太郎の偉大さに感動するのである。
これぞ不朽の「学問のすすめ」だ。

私の「自由研究」の中間まとめ今日も続けよう。
牧野富太郎はまずは「一、忍耐を要す」と言ったのだから。

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【Web更新9/2】12-36 オンライン「寅の日」 更新!

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蓮の実や 時の流れに 耳澄ます 12/09/02 (日)撮影@福崎


■楠田 純一の【理科の部屋】12-36
週末定例更新のお知らせ
 9月がはじまってはやくも3日目だ。先週の非日常の一週間から、日常の一週間にもどる。
今週中にはヒガンバナ開花の便りが届くだろうか。
 拙速を求めず ゆっくり急ごう!!

◆表紙画像集2012 更新 人里の植物シリーズ 大賀ハス
 考えてみるとこの夏ずっとずっとこの大賀ハスと一緒だったような気がする。
毎日水をやり、「あこがれの4日間」を観察し、カメラにおさめる。そのちょっとした変化に一喜一憂する。
この繰り返しであった。留守にしているあいだにも種子は黒々となり成長していた。
 まるで、この夏の私の「外部時計」のようなものだった。
 その花托は少し傾き、レセプターを全開にして「時」の流れを感受しているようだった。

◆オンライン「寅の日」更新!!
 まだまだ「寺田寅彦を訪ねて」の旅の反芻作業を続けている。
今までに読んだものも含めて、読み返してみたりしながら繰り返していく。
オフライン「寅の日」の面白さにも気づきはじめた。
いつかサイエンスカフェ「寅の日」の企画もしたいものだ。

「ねばならない」より「○○を楽しむ!」を優先する一週間にしたいものだ。

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本日、第13回オンライン「寅の日」!! #traday

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▼昨日、以前から見たいと思っていた「オオボウシバナ」を見た。ずっと以前に「紅花を追って」旅をしているとき、京都の友禅染めの工房を訪ねたことがあった。下絵を描くのに筆につけておられるうすい墨のようなものを使っておられた。訊いてみたらそれがツユクサの一種の「オオボウシバナ」の汁を乾燥させたものとお聞きした。下絵を描くみごとな技術とともに感動した。それが「オオボウシバナ」を見たいと思ったはじまりだった。
 思わぬところでそれに出会った。
寺田寅彦と訪ねるオフライン「寅の日」の余韻をもちながらまだ高知にいた。せっかくここにいるのだからと
◆「牧野富太郎 生誕150年記念展「植物学者・牧野富太郎の足跡と今」
に行った。その会場でこのオオボウシバナに出会ったのである。花の最盛期をすぎていたためだろうか花はちいさかった。いつか草津で出会いたいものである。
▼さあ、今度はオンラインである。
今日は、第13回オンライン「寅の日」である。
9月は計画通り、「俳句」という科学の方法に焦点をあてる。まず、その第一弾は
◆「天文と俳句」(青空文庫より)
である。
▼俳句と言えば、まずは「季語」である。
そのスタンダードなところからはじめる。その「季語」を寅彦に語らせるとこうなる。

 季節の感じは俳句の生命であり第一要素である。此れを除去したものは最早俳句ではなくて、それは川柳であるか一種のエピグラムに過ぎない。俳句の内容としての具體的な世界像の構成に要する「時」の要素を決定するものが、此の季題に含まれた時期の指定である。時に無關係な「不易」な眞の宣明のみでは決して俳諧になり得ないのである。「流行」する時の流の中の一つの點を確實に把握して指示しなければ具象的な映像は現はれ得ないのである。

「時」=「時間」が科学の不思議を解く鍵なのと同様、「時」はここでもキーワードなのである。
そこから、俳句の本質論に迫る。

併し、此のやうに、兎も角も表面上では場所の空間の表象を省略することが許されるに拘らず、時の要素の明瞭な表面が絶對必要とされるのは何故か。此れには深い理由があり、此事が又あらゆる文學中で俳句といふものに獨自な地位を決定する根本義とも連關して居ると思はれる。此に就て此處で詳しく述べて居る餘裕はないが、無常な時の流れに浮ぶ現實の世界の中から切り取つた生きた一つの斷面像を、その生きた姿に於て活々と描寫しようといふ本來の目的から、自然に又必然に起つて來る要求の一つが此の「時の決定」であることは、恐らく容易に了解されるであらうと思はれる。花鳥風月を俳句で詠ずるのは植物動物氣象天文の科學的事實を述べるのではなくて、具體的な人間の生きた生活の一斷面の表象として此等のものが現はれるときに始めて詩になり俳句になるであらう。

なんとみごとな論理!!シロウトの私も納得である。
▼具体例をいろいろあげながら説明がつづく。この文章は「俳句講座」で語られたものであるようだ。
こんな講座なら生で一度は聴いてみたかったな。
 最後の方に私には少し耳が痛いことが書いてあった。

時雨といふ現象の特徴をよく現はしたもので、氣象學教科書に引用し得るものであらう。古人の句には往々かういふ科學的の眞實を含んだ句があつて、理科教育を受けた今の人のに、そのわりに少ないやうに思はれるのも不思議である。昔の人は文部省流の理科を教はらないで、自分の眼で自然を見たのである。

耳が痛い話ではあるが、同時に「俳句」という科学の方法の可能性を示唆してくれているとも言える。
オフライン「寅の日」の反芻作業をしながら、今日はもういちどこの文章を読みなおしてみようと思う。

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寺田寅彦を訪ねて(3) #traday

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▼8月終わりの日の昨日は「寅彦」三昧の一日であった。
寺田寅彦記念館友の会のページを参考にさせてもらいながら一日中「ゆかりの地」を巡ったのである。
それは、私にとってはまるでオフライン「寅の日」だった。
▼はじめに行ったのは小津神社である。寅彦が青年時代に肺の病を患った折に父・利正が病気平癒を願って願掛けをしたとされる神社である。そのときに父が奉納した石燈籠が今も残っていた。
そこをでるとちょうど「金曜市」をやっていたのでのぞいてみた。
 次に向かったのが文学館であった。ここには「寺田寅彦記念室」があった。
 ここは資料も充実とてもすばらしかった。各方面での活躍を紹介しているのもいいが、特に寅彦の「科学」に焦点をあてているのもいい。子ども向けの説明プリントが用意してあったり、例の椿の花の落下実験のモデル実験を実際やってみることができるようになっている。何時間いても飽きないところだ。
 そこを出て、今度は近くの文学碑にいった。
▼次に向かったのは、寅彦の療養の地であった須崎だった。しばらく車を走らせる必要があった。
その地に逗留した「大西旅館」はなかった。海岸近く行って「須崎市社会福祉センターは?」と聞いてみたが、「どこだろう?」という顔をされていた。しかし「寺田寅彦の…」と言ったら、即座に場所を教えていただいた。
地元のひとにとっても「寅彦」の存在は認識されたいるのだろうと思った。
 その説明板のすぐ近くに「津波の高さ」を表示する標識が立っていたのはなんとも象徴的であった。
▼須崎からふたたび高知市内にもどって、最後の訪問地「江ノ口小学校」を訪ねた。
校門入るとすぐのところに肖像画の入った寺田寅彦顕彰記念碑が立っていた。肖像画の寅彦が後輩たちに「世の中にはこんな面白いこといっぱいあるよ!」と学問のすすめを語りかけているようであった。

 一夜明けて、今日は9/1。寅彦のあの警鐘の言葉を思い出したい日である。
まだまだオフライン「寅の日」の反芻作業はつづくだろう。

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