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寺田寅彦を訪ねて(2) #traday


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▼昨日の朝、私は一路ひたすら「寺田寅彦記念館」をめざした。4時間あまり高速道路のドライブであった。
その間、例の「雲見」をしていた。家を出てまもなくであったすごい土砂降りの雨に出会った。恨めしく前方の空を見た。前方の視界がさえきられるほどの雨だ。停車したくなる気分だ。ところがしばらく進むと今度は、空は一変して明るくなりまるで真夏の太陽の日差しだ。「なんなのだ!これは!?」と思う天気の変化であった。それを何度も何度も繰り返したのだ。
いつもは時間の経過で体験する「夕立」を高速度で水平移動することによって体験したのだ。
大気は動いていた!!
▼やっとたどり着いた「寺田寅彦記念館」は予想どおり寅彦の世界があった。
邸宅のなかの展示物もよかったが、それにも増して庭がよかった。
というより説明をしてくださった学芸員のお話がよかったのかも知れない。庭の草花、樹木についても熟知しておられとてもわかりやすく面白いお話がいっぱい聞けた。
寅彦はこの庭のことについて
◆「庭の追憶」(青空文庫より)
に書いていた。その中にこんな文章があった。

 次に目についたのは画面の右のはずれにある石燈籠(いしどうろう)である。夏の夕方には、きまって打ち水のあまりがこの石燈籠の笠かさに注ぎかけられた。石にさびをつけるためだという話であった。それからまた低気圧が来て風が激しくなりそうだと夜中でもかまわず父は合羽(かっぱ)を着て下男と二人で、この石燈籠のわきにあった数本の大きな梧桐あおぎりを細引きで縛り合わせた。それは木が揺れてこの石燈籠を倒すのを恐れたからである。この梧桐あおぎりは画面の外にあるか、それとももうとうの昔になくなっているかもしれない。

 その梧桐が復元されて、門を入ったところで迎えてくれるのだ。
各種の椿もあったやっばり…。そしてその文章は次のように結ばれていた。
今さらのように生きていることの喜びをしみじみと人の胸に吹き込むように思われた。去年の若葉がことしの若葉によみがえるように一人の人間の過去はその人の追憶の中にはいつまでも昔のままによみがえって来るのである。しかし自分が死ねば自分の過去も死ぬと同時に全世界の若葉も紅葉も、もう自分には帰って来ない。それでもまだしばらくの間は生き残った肉親の人々の追憶の中にかすかな残像(ナハビルト)のようになって明滅するかもしれない。死んだ自分を人の心の追憶の中によみがえらせたいという欲望がなくなれば世界じゅうの芸術は半分以上なくなるかもしれない。自分にしても恥さらしの随筆などは書かないかもしれない。

こう書いた翌年、彼は他界した。
▼私は唐突ではあったが、あの「シロバナヒガンバナ」のことを聞いてみた。
確かに、この庭にはシロヒガンバナがもう少しすると咲き誇るという。赤いヒガンバナとともに。
それは見事なものであるとおっしゃった。シロバナヒガンバナがこのあたりにしばしば見られるか、と言うことについて聞いてみた。すると赤色のものほどにないにしても見られることは見られるとのことだ。
 たまたま一緒に見学していたおばあちゃんもそう言われた。
 だとすると、以前の私の勝手な「仮説」は間違っていたということになる。
いずれにしても、その季節にもう一度この庭を訪れたいものだ。
▼もう一度入り口の門のところに立ってみた。そしたらあの有名な言葉のレリーフがあった。(ちなみにこの書は牧野富太郎氏の書かれたものらしい)
「天災は忘れられたる頃来る」
日本の地理的・地形的自然についてよく知り天災に警鐘を鳴らし続けた科学者寺田寅彦を象徴する言葉だ。
彼自身の言葉でなく
◆「天災と国防」(青空文庫より)
に出てくる
 それで、文明が進むほど天災による損害の程度も累進する傾向があるという事実を充分に自覚して、そして平生からそれに対する防御策を講じなければならないはずであるのに、それがいっこうにできていないのはどういうわけであるか。そのおもなる原因は、畢竟(ひっきょう)そういう天災がきわめてまれにしか起こらないで、ちょうど人間が前車の顛覆(てんぷく)を忘れたころにそろそろ後車を引き出すようになるからであろう。

このあたりを寅彦の意志を引き継ぐ人によってまとめられた言葉のようだ。
だからやっぱり寅彦の言葉と言ってもいいのかも知れない。

 ちょうど昨日朝、出かける前に見た新聞は「南海トラフ地震の被害想定」「減災への道」がトップに来ていた。
寅彦のあの言葉を即座に思い出した。
 寅彦は今も生きている。けっして過去の人ではない。
「人々の追憶の中にかすかな残像(ナハビルト)のようになって明滅」するどころか、今も、あの言葉とともに警鐘を鳴らし続けてくれているのである。

記念館を出たあと近くの墓所に向かった。
墓の前にたち、オンライン「寅の日」を報告した。
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