« 「俳句」という科学の方法について(2) #traday | トップページ | 寺田寅彦を訪ねて(2) #traday »

寺田寅彦を訪ねて(1) #traday

Dsc_0020

▼8月のはじめが「あこがれの4日間」だった第11大賀ハスの種子が花托のなかで黒く熟してきている。まだ「ソヘノオ」でつながっているせいか落下はしない。しばらく目にしないあいだに大丈夫だろうかとちょっと不安になる。ちょっと旅にでることにした。
▼寺田寅彦を追う旅である。思いつきのようでもあり、オンライン「寅の日」をはじめたころからの願いでもあった。
「いつかは…」と思っていた旅だった。
寅彦は1878年(M11)に生まれ、1935年(S10)に亡くなっている。57年間の生涯であった。
なんと短い生涯であったのだろう。私はとっくにその年を越してしまった。
そんな私が、いまさらなぜ寅彦を追うのか。
 答えは簡単だ。オンライン「寅の日」をより楽しむためだ。
毎回「寅の日」の度に、彼の発想・思考にうなってしまう。いったいこのような思考回路はどこから生まれてくるのか。自分なりに追ってみたいと思ったのだ。
▼寅彦は4歳から19歳まで土佐で過ごした。その邸宅を復元して「寺田寅彦記念館」になっているそうだ。
ここから道案内は
◆「土佐の寅彦 寺田寅彦記念館友の会」HP
にまかせる。とても充実したHPである。
私もごく最近「友の会」に入れてもらったところだ。
 1989年の秋、私はここに強く興味をもったことがある。
シロバナヒガンバナを追いかけているときのことだった。そのときのことが「記録」として残っていた。
◆寺田寅彦氏と「シロバナヒガンバナ」
である。時期がずれているからシロバナヒガンバナには出会うことはできないかも知れないが、なんらかの情報と出会うことはできるかも知れない。
▼何を追いかけているときも私はいつも同じ「無手勝流」だった。
浅学で無知であることを逆に武器にして追いかける戦略だ。それしかないのである。
いつもセレンディピティは突然に訪れるものである。
今回は、どんなセレンディピティがあるだろう。
それがいちばんの楽しみである。

再び第11大賀ハスの種子に出会うときどうなっているだろう。
それも楽しみである。
 

|

« 「俳句」という科学の方法について(2) #traday | トップページ | 寺田寅彦を訪ねて(2) #traday »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/62729/55538379

この記事へのトラックバック一覧です: 寺田寅彦を訪ねて(1) #traday:

« 「俳句」という科学の方法について(2) #traday | トップページ | 寺田寅彦を訪ねて(2) #traday »