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映画『グスコーブドリの伝記』を観た!!

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▼第10大賀ハスが開花第一日目であった。第9大賀ハスの開花三日目とかさなって二つの花が開花した状態だった。観察池には、第7~第10までが勢揃いである。ならべて観察するとわかるが、あきらかに第一日目と第三日目とでは色にちがいがある。開花の日にちが進むに従って花びらの色は薄くなっていくようだ。
 第10の開花一日目の目覚まし時計は5時55分にセットされているという私の予想ははずれた。昨日は5時40分には開花していたのである。どう仮説を修正すればいいのだろう?
▼昨日の夕方ずいぶん久しぶりに劇場へ映画を見に出かけた。
前に劇場で見たのがいつなのか、またどんな映画だったのかも思い出せないぐらい久しぶりである。
見たのは
◆宮沢賢治原作映画『グスコープドリの伝記』
である。
 私は、これがロードショー公開になるのを楽しみにしていた。変な言い方であるが、私は「私の文脈」のなかでこの映画を見たかった。
 宮沢賢治と言えばすぐさま思い出すのが、昨年の8月27日、彼の115回目の誕生日の日のことである。私は花巻にいた。
このとき賢治の生誕の地に立つと同時に、高橋金三郎の生家にも辿り着いたのだった。
▼高橋金三郎は賢治について次のように書いた。

 偉大な作家には神話や虚像はつきものである。賢治は偉大な社会思想家、農民の指導者、ヒューマニスト、そして「日本のアンデルセン」といわれるらしいが、私にはひどく「いずい感じ」がする。ほかのだれともくらべられないイワテにしかうまれようのない童話作家だったと思うし、それ以外のものであってほしくない気がする。同一町内には住んでいたが、小商人である私の家と宮沢家には特別の交際もなかった。当時子どもの私は賢治が作家であることは知らなかったし、現在でも童話しかよんだことのない私は賢治について何も知っていないといってよい。同時に花巻町民で宮沢一家をよく知っていないものはないという意味でよく知っている。
(初出 「くさむら」からの宮沢賢治 『国語の教育』1971.3 『学校のしごと・教育のしごと』(高橋金三郎著 評論社)P117より)

 私は、その地に立ってみて、金三郎の言う「いずい感じ」というのがなんとなくわかるような気がした。
ここにも書かれているが、賢治と金三郎とは同郷の「よしみ」なのである。想像していた以上に二人の生家は近くであった。通りひとつ隔てて向かい合っている。まさに目と鼻の先である。
同じイワテの「空気」を吸っていたのだ。
▼映画を見に出かける前に、私はもういちど高橋金三郎のこの文章を読みなおしてみた。
彼は、この文章で

私の「宮沢賢治」はこうなのだといいたいのがもやもやとあるのである。(同上P114)
 
その「もやもや」を語り、賢治を教材としてとりあげることすすめるのだった。
今から41年も前のことである。
私はなぜかこの「もやもや」に共感してしまうのである。
なぜか自分でも不思議なくらいである。
だから、ついつい高橋金三郎が、今この映画を見たらどう言うだろうと考えながら観てしまったのだ。
それが、「私の文脈」で見るということの第一歩だった。

<つづく>

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コメント

見に行かれたんですね>グスコーブドリ
行きたいと思ってるのですが…
ツイッターでわざわざ貼ってるのに、なかなか思うに任せません。

今年はいわさきちひろの映画もかかるし、
久しぶりに映画を楽しもうかな、とも。

投稿: いっちゃん | 2012/07/14 09:07

いっちゃん
おはようございます。
見逃さないうちにぜひ見てください。
私も見て勝手に好き放題のことを書いていますが、他の人が見たらどうみえるんだろう。
 気になるところでもあります。
見られたらまた教えてください。

投稿: 楠田 純一 | 2012/07/15 06:11

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