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今なぜ「日本理科教育史」なのか?

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▼激しい雷雨であった!!昨日開花三日目を雨に耐えて二枚の花びらが落ちただけだった第八大賀ハスもこの昨夜の雷雨にはかなわなかっただろう。「あこがれの4日間」をコントロールする時計は物理的にこわされてしまっただろう。
▼「ヒッグス粒子」発見のニュースが、いろんなところで取りあげられている。ポンコツ頭では一度や二度、ニュースの記事を読んだぐらいではそれがどれほどの大発見であるのかわからない。
寧ろこの大発見でアタリマエと思っている「質量」のことがわかってくるなんて、そのことに驚いてしまうのだ。
これは世紀の大発見として二十一世紀の科学史にまちがいなく記録されることだろう。
子どもたちはこの大発見をどう受け取っただろう。
そんなこと考えていたら、自分が子どものころの科学技術史が気になり出した。
●1964(昭和39) 10.1 東海道新幹線スタート。10.10 第18回オリンピック東京大会。
●1965(昭和40) 10.21 朝永振一郎ノーベル物理学賞受賞
●1969(昭和44) 7.21 人類初の月面着陸、アポロ11号。
▼つまりそれは、1960年代のことである。
私は、私自身の自由研究とあわせて課題研究の宿題も自分に課していた。
・現代と「これから」につながる日本理科教育史に学ぶ
「これから」の理科教育を語ろうとすると、どうしてもその地続きの「日本理科教育史」が知りたい。
それも遠くの話でなく、もっともっと身近なかたちで知りたい学びたい。
70年代以降なら自分が見聞きしてきたものをつなぎ合わせればいくらか見えてくるだろう。
それ以前について文献資料にたよらざるを得ない。
できればそのころの理科教師の生の声を聞きたい。そして、そのころの理科教師の願いや思い・実践から大いに学びたい。
▼その願いがこの夏実現する。
8/1ファラデーラボ 夏の学び舎 -科学教育研究の歴史を学ぶ-
【理科の部屋】でいつもお世話になっている中村敏弘さんに、「ファラデーゼミ」の取り組みとあわせて1960年代の「日本の理科教育」について語っていただく、夢のような企画が実現する。
それまでに
私のなかでも「今なぜ「日本理科教育史」なのか?」をまとめておきたい。

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