« 2012年4月 | トップページ | 2012年6月 »

俳句結社「寅の日」のこと!! #traday

Dsc_0114

▼なんということだ。あの理科ハウスの誕生日5/16(水)に発芽処理をした3個の大賀ハスの種子は、次々と発芽していった。最後まで気配を見せなかった3個目もついに一昨日発芽した。これで3個とも発芽したことになる。
100%の発芽率である。前に採取した種子も含めても、すべてが発芽したことになる。
今度こそ、慎重に育てたい大賀ハス第二世代である。
▼大賀ハスの発芽と共に5月が終わる。実にさまざまのことがあった5月が過ぎていく。
blogのバックナンバー5月でこのひと月をふりかえってみた。なかでも金環日食観察、オンライン「寅の日」関係の話題が多い。
オンライン「寅の日」ははじめて2ヶ月がすぎる。
 まだまだ「これから」は見えてきていない。しかし、私には着実にその趣旨の理解がすすみ取り組みの輪が拡がっていっているように感ずるのだが、それは楽天的すぎるのだろうか。
 そもそものはじまりが「楽しむため」のもの。あせる必要はまったくない。
ゆっくり ゆっくり 急ごう!!
▼と言いながらも、せっかく芽生えたもので途切れさせたくないものに、俳句結社「寅の日」がある。
「寅の日」に読んできた「天災と国防」→「日本人の自然観」→「俳句の精神」の流れからでてきた科学の方法としての「俳句」。
 そんな「俳句」を詠むことをめずす同好の者の集いそれが俳句結社「寅の日」。4月の終わりに提案しながら具体的には動きはおこさなかった。しかし、このまま途切れさせたくはない。
6月には、なにか動きをしたいものである。
▼6月のオンライン「寅の日」は長編「ルクレチウスと科学」を読む。
2回(6/10、6/22)ともこれにあてる。この機会に自らの物質観を根本的に問い直してみよう。
そして今こそ考えてみよう。
「私の物質観とは?」
「原子論的物質観とは?」
「原子論的物質観はこれからも有効なのか?」
「これからの物質観は?」

これもまた ゆっくり ゆっくり 急ごう!!


| | コメント (0) | トラックバック (0)

「寅の日」は続く!! #traday

Dsc_0803

▼校舎の北側の校庭で私はこのユキノシタの花に見とれていた。なんというきれいな花なんだろう!!
色具合といい形状といいみごとであった。それにしても不思議な形状である。不思議な対称性だ!
花は人間が愛でるためのものではない。その植物にとっては子孫を残すためのきわめて重要な器官である。花の形状もその使命によって決定づけられている。ならば、虫たちにきわめて有効なシグナルを発する色具合、形状である必要がある。このユキノシタは虫たちにどのように見えているいるのだろう。そんな「ふしぎ!?」を考えて何枚も写真を撮っていたら、絶妙のタイミングで一匹の虫が花に向けて突進してきた。
▼昨日はオンライン「寅の日」だったから、よけいにこのような小さな「ふしぎ!?」にこだわっていたのかも知れない。それにしても寅彦が「日常身辺」にみつけた「ふしぎ!?」も多種多様である。
よくもまあこんなに次々とあるものと感心してしまう。
寅彦がこの多種多様な不思議を「ねぇ君、不思議だと思いませんか?」と公表してきたのはどんな意図があったのだろうか。
◆日常身辺の物理的諸問題(青空文庫より)
の最後にこう言っている。

それにもかかわらず、これら眼前の問題に対していくらかでも知識を得たいと思ってライブラリーを渉猟しても満足な答解を与えてくれるものはまれである。そうかと言ってみずからこれらの多くの問題のどれもに手を着けることは到底不可能である。それで私が今本誌の貴重な紙面をかりてここにこれらの問題を提出することによって、万一にも、好学な読者のだれかがこの中の一つでもを取り上げて、たとえわずかな一歩をでも進めてくれるという機縁を作ることができたら、その結果は単に私の喜びだけにはとどまらないであろうと思うのである。

 私は、ここからオンライン「寅の日」と同じ意図を読み取るのである。
▼寅彦があげた不思議のなかでも、金平糖の角の不思議というのが以前から気になっていた。よくぞそこまでと感心もしていた。だからその文章を青空文庫でさがしていた。
そしたらみつけた!!
◆備忘録(青空文庫より)
のなかに、あの「線香花火」などとともにあった。
それがまた、実に面白いのである!!
▼こんなことやっていたら毎日「寅の日」が続いてしまう。
当初はオンライン「寅の日」は12日に一度ぐらいのペースがちょうどいいだろうと思っていた。
ところがはじめてみると、毎日が「寅の日」気分になってしまったのである。まあ、それもいいかもしれない。
オンラインだから、いつでもどこでも自分の都合に合わせて「寅の日」を楽しめばいいんだ!!
オンライン「寅の日」で決めている日程はあくまで、目安ときっかけの日である。

昨日ユキノシタの観察が終わったあとたいへんな雷雨であった。
あのみごとな形状の花たちはどうなっただろう?
朝一番に見に行こう。
Dsc_0786


| | コメント (0) | トラックバック (0)

本日、第5回オンライン「寅の日」!! #traday

Dsc_0663

▼実は私は野イバラの花の美しさに気づいたのはごく最近だ。こんなごくごくありふれた存在であり、きわめて「ふつう」花なのに・・・。イバラの棘ゆえに意図的遠ざけていたのかも知れない。しかし、その花はじっくり見てみるととても美しい白色をしているのである。その香りは虫たちだけでなく私たちにとっても魅力的なのだ。
▼それはどこか「物理」と似ていた。
 ことさらに物理実験室で行われる「物理」だけが、「物理」ではない。もっともっとありふれた日常身辺にごく「ふつう」にあるのが「物理」なのであると、我らが寅彦が教えてくれていた。
今日、第5回オンライン「寅の日」では
◆日常身辺の物理的諸問題(青空文庫より)
を読む。その冒頭にこうあった。

 毎朝起きて顔を洗いに湯殿の洗面所へ行く、そうしてこの平凡な日々行事の第一箇条を遂行している間に私はいろいろの物理学の問題に逢着(ほうちゃく)する。そうしていつも同じようにそれに対する興味は引かれながら、いつまでもそのままの疑問となって残っているのである。今試みにその中の二三をここにしるすことにする。
 第一は金だらいとコップとの摩擦によって発する特殊な音響の問題である。…

▼等身大の「ふしぎ!?」の発生である。それは寺田物理学への誘いである。
そうか!!それが「物理!!」かとあらためて日常身辺をふりかえってみることになる。
「そう言えば…」という小さな「ふしぎ!?」をひとつやふたつを誰しももっている。
しかし、それを私たちをあの「物理」だとは思っていない。
 そんなとき寅彦が味方についてくれている。
この幼稚な疑問に対してふに落ちる説明をしてくれる教師はまれであろう。それにもかかわらず物理学をデモンストレートする先生がたはなかなかこの目前の好個の問題を手に取り上げて落ち着いて熟視しようとはしないのである。

そして、こうも言う。
日本ではたいてい西洋の学者がまずやり始めて、そうして相当流行問題になって来ないと手を着ける人が少ないようであるから、まず当分はこれらも例の「ばからしい問題」として、私の洗面台とそうして東京の街路の上に残されることであろう。

寅彦のすごいところは、これを単なる批判やぐちで終わらせない。
ならばと自らがその研究に乗り出すのである。
そして、日常身辺の「ふしぎ!?」をつないでいくのである。

水滴の合流するしかたの統計的方則に関しては現在の物理学はほとんど無能に近いと言っても過言ではない。これに類する多くの問題は至るところに散在している。たとえば本誌(科学)の当号に掲載された田口三郎(たぐちりゅうざぶろう)氏の「割れ目」の分布の問題、リヒテンベルク放電像の不思議な形態の問題、落下する液滴の分裂の問題、金米糖(こんぺいとう)の角(つの)の発生の問題、金属単晶のすべり面の発生に関する問題また少しちがった方面ではたとえば河流の分岐の様式や、樹木の枝の配布や、アサリ貝の縞模様(しまもよう)の発生などのようなきわめて複雑な問題までも、問題の究極の根底に横たわる「形式的原理」には皆多少とも共通なあるものが存在すると思われる。

▼なによりもすごいと思うのは、今日もっとも最先端を行く「複雑系科学」のはしりがここにあるということだ。
私などにはなんの関係もない世界でありながら、誇らしげに思うのはどうしてだろう。
 寺田物理学をこれから何度も楽しませてもらう。そのとっかかりぐらいの意味で、この文章を何度か読みかえしてみようと思う。
 この年になるまで、私は「物理」は大の苦手であると思い込んできた。ひょっとしたら野イバラの美しさに今まで気づかなかったように、「物理」も食わず嫌いだけだったのかも知れない。
寅彦に誘われて日常身辺の「ふしぎ!?」をもういちど見直してみたくなってきた。
ひょっとしたら、「物理」は滅茶苦茶面白いものなのかも。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【Web更新5/27】12-22オンライン「寅の日」更新 #traday

Dsc_0461


道草の 思い出甘く 忍冬
 12/05/26 (土)撮影@福崎


■楠田 純一の【理科の部屋】12-22
週末定例更新のお知らせ
 なんともはやい!!月日のたつのは、それが実感である。あの感動の「金環日食」からはやくも一週間である。
あの月は今はどこにいるのだろう。あの頭に描いた1/15億の三球儀はそのままにしておこう。そしたらもう一週間後の6/4(月)の部分月食もよくみえてくるのものだ。さらには金星を加えて6/6(水)だ!!

◆表紙画像集2012 人里の植物シリーズ 忍冬(すいかずら)
 人はほとんどの場合が「見える化」して頭にインプットするようである。しかし、それ以外にも「におい」や「味」でインプットしている場合もあるようだ。私はこの植物の蜜を吸ってみて、その「甘さ」とともに小学校の帰り道の道草の一場面が急に思い出されたのである。
 あの独特の蜜の甘さは、幼い頭脳によほどインパクトのある刺激となったのだろう。
散歩道の藪のしたの忍冬(すいかずら)が今は真っ盛りである。

◆オンライン「寅の日」 更新 #traday
 4月から正式にはじめたオンライン「寅の日」も今週末に3ヶ月目に入る。少しその存在が知れてきてあらたな反応が起こりだしてきた。
 私の手法は決まっている。
「誰でもできることを 誰もできないぐらい続ける」だけである。継続しておれば、必ずやあらたな展開が出てくるものなのである。それを楽しみにして3ヶ月もつづけていこう。

◆新・【地球と宇宙】更新 !!
 5/21(月)の「金環(部分)日食の観察の記録」のWebページも追加した。
「金環日食を10倍楽しもう!! #rehakinkan」の顛末もまとめてある。また、随時更新を続けようと思う。

第2世代の大賀ハスがとんでもないスピード成長している。
貴奴は生きていたのだ!!
「生きるとは」この「ふしぎ!?」もっともっと追いかけてみよう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

オフライン「寅の日」も楽し!!

Dsc_0625

▼前に見えてから、24時間つまり地球は一回転だけしていた。机上に置いておいた大賀ハスの種子は、その間に驚くばかりの変化をとげていた。なによりも唖然とするのは2個目まで幼芽がのびてきていたことだ。それも第2の幼芽までのびてきていたのだ。なんという変化だろう。
 私も生きている限り、こいつにまけない変化をしていきたいものである。
▼ファラデーラボで、「津波のかがく」の取り組みを具体的にお聞きした。
実にわかりやすく勉強になった。
聞けば聞くほど納得がいった!わかっているつもりになっていることも多いことを知った。
直接お会いしての話はとてもわかりやすいだけでなく、双方向が可能だ。
「今さら…」の話もオンラインでのつながりがあるから遠慮なく聞ける。ありがたいかぎりだ!!
◆安政印南の奇跡 大津波から自分達の命を守った村の物語
http://www.youtube.com/watch?v=71XcknKLuTY&feature=player_embedded

http://www.youtube.com/watch?v=8inrMq_4h84&feature=player_embedded

に至るまでの先駆的な取り組みの数々を聞いた。
なるほどと思った。今さらの話では、「津波」と「波」のちがいをはじめて知った。
▼帰ってから、今一度
◆寺田寅彦「津浪と人間」
を読みなおしてみた!!
驚くほど何が書いてあるのかがわかった!!
やっぱり、そうだった。
予想していたように今回の「かがくカフェ」はオフライン「寅の日」となった。
オフラインはオンラインをより盛り上げ楽しいものにしてくれる。
これからもときどきオフライン「寅の日」を考えたい!!

Dsc_0570

| | コメント (2) | トラックバック (0)

大賀ハスが発芽した。そして…!

Dsc_0374

▼あの例の大賀ハスの種子が発芽した!!5/16(水)理科ハウス満4歳の誕生日を記念して発芽処理をした大賀ハスの種子3つ、そのうちのひとつが9日目に発芽したのである。発芽処理をして水につけたまま縁側においただけだ。和歌山の大賀池から我が家に来て2世代目の発芽である。2度目の2世代目である。
 そんな今日、私はこの大賀ハスの種子をわけてくださった阪本さんとお会いする。
それも、ファラデーラボでだ。
 理科の教師らしからぬ言葉でしか語れない「因縁」である。
翻って考えれば、偶然も「科学」のひとつの顔であるのかも知れない。
▼これまでの「私の大賀ハス物語」については、大賀ハス観察日記にくわしい。
 私の手元にやってきたのは2007年の8月である。最初の発芽処理をしたのは、理科ハウスオープンを記念しておこなったのだった。
 それから4年間の大賀ハス物語!!もっと溯れば61年前の3月30日の千葉県千葉市検見川の泥炭層に辿り着く。そこからはじまった数々の大賀ハス物語!!今年の夏またどんなあらたな展開を見せるのだろう。
楽しみである。
▼ここ4年間の「私の大賀ハス物語」をみるだけでも
如何にヒューマンネットワークがすばらしいか。
そして、そのヒューマンネットワークこそがどれだけクリエイティブシンキングを生み出すか。
を教えてくれている。
 大賀ハスを発見した大賀一郎先生は「ハスは平和の象徴なり」と言った。
私にとっては
 「大賀ハスはヒューマンネットワークの象徴なり」
なのである。
▼昨日は、ヒューマンネットワークということではもうひとつうれしいいることがあった。
それは、いまいちばん夢中になってオンライン「寅の日」について、福岡市で「教師の知的生活ネットワーク」というBlogを書いておられる方からコメントをいただき参加表明があったのだ。トラックバックまでかけていただいたのだ。
うれしい!!ありがたい限りである。
 一緒に読んでいくことによって、どんなあらたな展開が待ち受けているのかわからないのである。
ワクワク気分になってくる!!
これぞ「寅の日」の再現!!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

私のためのデジタル歳時記を!

Dsc_0331

▼「おっ、ついに本格的に咲き出したな」と気づいたのは一昨日であった。しかし、そのヤマボウシは例の場所のものではなかった。通勤路の道路沿いのものだ交通量が多くてじっくりとそれに魅入るということができない。
それは来週、毎年の例の場所に行って堪能することにきめた。
 やはり同じだ。ヤマボウシが咲く時期というのは、このアタリマエにに感動するのである。
▼ヤマボウシという植物が、私の「歳時記」のなかに登場するようになったのはいつのころからだろう。
どこに咲くヤマボウシがはじめてだったのだろう。
私のWebページの表紙画像集を辿ってみた。

◆表紙画像集2004
◆表紙画像集2005
◆表紙画像集2006
◆表紙画像集2007
◆表紙画像集2008
◆表紙画像集2009
◆表紙画像集2010
◆表紙画像集2011
◆表紙画像集2012

辿っているあいだに、いろんなことが思い出されて実に楽しかった。その一枚の写真を撮ったときの情景、そのころの思い、「俳句もどき」を詠んだ心情等々。
その画像を撮ったデジカメのことまで鮮明に思い出したりする。
ひょっとしたらこんな時を楽しむためにだけ、こんな「記録」を残してきたのかも知れない。
▼過去の画像集をながめながら、『私のためのデジタル歳時記』をつくりたいと思うようになった。
この9年間に採り上げている植物は季節によってほぼ同じものを採り上げているのである。
これ自体が、「私の歳時記」の役割をはたしつつあるのである。
寺田寅彦は

『歳時記は日本人の感覚のインデックス(索引)である』

と言った。
 その寅彦にならって言うならば、『私の歳時記は私の感覚のインデックス(索引)である』ということになる。
 私は、この表紙画像集を発展するかたちで、「私のための」デジタル歳時記がつくりたい。
▼これからのクラウドの時代と言うのは、「私のための」に特化することを可能にする時代なんだろうと思う。
「私のための」という特化が、同時にコンヴィヴィアリティな世界につながる道であることを、ささやかななる一歩で証明していきたいものだ。
 今週も「俳句もどき」を詠む時期がせまってきている。
さあ、何を詠もうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

6月オンライン「寅の日」は #traday

Dsc_0296

▼白十字になっていなかったドクダミのことが気になったから、昨日の朝確認し、また帰宅してからも確認してみたんだ。そしたら、そいつはちゃんと「白十字」になっていた。それにしても花びらの開閉のからくりは面白いものがありそうだ。あの「あこがれ4日間」をむかえた大賀ハスの花の開閉の観察でも「ふしぎ!?」に思ったことを、白十字になっていなかった一枚の花弁から思い出した。「ふしぎ!?」がツナガッタ!!
 「金環日食の観察」の方も同じだった。まだまだ「ふしぎ!?」がツナガル余韻を楽しんでいた。
▼「ふしぎ!?」をつなぐ営みの面白さは、84年前に寅彦たちがはじめた高嶺俊夫との「寅の日」も同じだっただろう。どんどん「ふしぎ!?」はいろんな方面に広がって行ったのだろう。
 私たちのオンライン「寅の日」も6月で三ヶ月目をむかえる。私のなかでは少しずつ定着してきたかに感じている。
6月は2回の月である。
●第6回 6/10(日)
●第7回 6/22(金)
▼オンライン「寅の日」でこれまでに読んできたテーマは「防災・減災」「科学」「日本人の自然観」「科学観」
「俳句」「自然観と俳句」、今度第5回(5/29)の「物理現象」等々、「ふしぎ!?」の世界はどんどん広がっていっている。一見、別の「ふしぎ!?」のことのように見えるがけっしてそうでない!!きっちりとツナガッテイル!!
それが寅彦の世界なのであり、「寅の日」の醍醐味なのである。
 以前から読んでみたかったものがある。
◆「ルクレチウスと科学」(青空文庫より)゛
 私は、これまで原子論的物質観こそが「理科」の大きな柱だと思ってきた。その物質観を身につけることこそがもっとも有効な物質学習であると思ってきた。
 そして、3.11があった。
これからの科学を考えるとき、「原子論的物質観」とはなんなのだろう。その歴史から何を教えられるのだろう。
寅彦はそれをどう捉えたのだろう。ちなみにこの文章は「寅の日」をはじめた翌年に書かれたものである。
これを6月のオンライン「寅の日」で読んでみようと思う。かなりの長編である、内容も濃い。
そこで6月2回両日の「寅の日」をあてることにする。6月じっくりと読んでみよう。
▼「ふしぎ!?」をつなぐ話にもどるが、これをオンラインでやる醍醐味はなんといっても「リアルタイム」である。
一夜にして、思いもよらなかった方向に展開し貴重な「学び」につながることもある。
 それは、ヒューマンネットワークのすごさを実感することでもあるのだ。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

5/27(日)ファラデーラボで「津波のかがく」!!

Dsc_0223

▼昨日は、まだまだあの「金環日食」観察の余韻の残る一日だった。帰宅してから観察現場とした自宅の前あたりをぼんやりと眺めていると、溝の周辺にいつものように「白十字」の異名をもつドクダミが花を咲かせていた。
この花も、好きな花のひとつだ。なんだろう閉じるところなんだろうか、それともまだ咲き始めで不完全なのだろうか。「白十字」が十字になりきれていなかった。
▼金環日食観察を過ぎて、私の「ふしぎ!?」を追いかけるイベントは、またしてもファラデーラボにあった。

第25回 かがくカフェ 津波のかがく
 - 大津波から自分たちの命を守った街の中学生 -

日時  5月27日(日) 午前10時から12時

講師  阪本尚生さん(和歌山県印南中学校教諭)

 阪本先生が中学生とともに取り組んでいるこの研究活動は先駆的である。
具体的なかたちで地域の防災・減災とつながるかたちでの中学生の研究は、「これからの科学」についても示唆的である。せっかくの機会である大いに学びたいものだ。
▼私はこの機会を、オフライン「寅の日」の機会ともとらえている。
第4回オンライン「寅の日」で寺田寅彦の「津浪と人間」を読んだ。
 そのなかで寅彦はこう言った。

しかし、昆虫はおそらく明日に関する知識はもっていないであろうと思われるのに、人間の科学は人間に未来の知識を授ける。この点はたしかに人間と昆虫とでちがうようである。

「人間の科学」の可能性は…、「科学教育」はどこまで…そんな諸々をオンラインだけでなくオフラインで話し合ってみたい。そんな機会として、今回の「かがくカフェ」をとらえている。
▼オンラインで人と人がツナガル楽しみを知ってからもう20年以上が経とうとしている。そのなかで「オンライン」の楽しみと合わせて「オフライン」の楽しみを知った。
人と人がなにかをきっかけに出会い、知り合い、学び合い、高め合う!
オンラインだけでなく「オフライン」でその人に出会い、情報交換をする。いろんな自分の知らないことについて指南を受ける。これは至福の楽しみであった。
 私は、今回の講師の阪本さんからたくさんのことを教えてもらってきた。
 「大賀ハスのこと」「南方熊楠のこと」「パソコンのこと」等など数え上げればきりがない。
今度の「かがくカフェ」で何を教えてもらえるか楽しみである。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

金環日食を10倍楽しもう!!(11) #rehakinkan

Dsc_0065
Dscn5477

▼2012年5月21日。待ちに待った日だった、その時間が来るまで天気が心配だった。
もしも天気が悪ければ、「雲見」を楽しむのとUST中継を楽しむと決めていた。6時前から準備にかかった。
2度のリハーサルをやっているのでだいたいの要領はわかっていた。
月曜日だったのでゴミ出しの日になっていた、ゴミを出しに来られた隣保の人から声がかかる。
そうこうしているあいだに明るくなり、「これは行ける!!」と思った。
アリガタイ!!
▼まず最初にやりたかったのは、24年前の故鈴木清龍先生の提案に応えての平面鏡を用いる方法だった。 
平面鏡の位置もスクリーンの壁もきめていた。
鏡一枚でなかなか面白い観察ができた。一緒に観察した隣近所の人にも好評だった!!

◆金環(部分)日食の記録1(平面鏡を使って)

 次が、ファラデーラボで手に入れた望遠鏡の簡易投影板を使う方法だ。
なんとなく理科の先生ぽっい方法だ。はっきり・くっきりではいちばんだった。雲に隠れることなく一部始終を記録できた。いちばん欠けたときは、一緒に見ていた人とも「暗くなった!!」ことを確認しあった。
やっぱり太陽は偉大なり!!

◆金環(部分)日食の記録2(投影板を使って)

▼そして、私のいちばんやりたかった観察方法は、ピンホール観察だった。
「穴を通った光は像をつくる」このアタリマエの「ふしぎ!?」を楽しみたかったのだ。ここからすべてがはじまった。
「カメラ」も「目」のつくりも…。
世紀の「天文ショー」を等身大の「サイエンスショー」にしたかったのだ。
クラッカー、望遠鏡型ピンホールカメラ、段ボールに穴を開けたもの、そして本番ではじめて妻が用意した「穴あきお玉」。この「穴あきお玉」はなかなかのヒットだった!!
極大を越えると像のかたちが反対になるのも見どころであった。木漏れ日観察はいまひとつの画像しかとれなかった。日食グラスを通して見るかたちと逆である、つまり「倒立の像」であるところもまた見どころ!

◆金環(部分)日食の記録3(ピンホールいろいろ)

▼予想していたよりも、うんと観察に向いた天気にめぐまれ6時前から9時過ぎまで3時間以上の楽しい楽しい観察会であった。今回の観察会ではじめて経験したこともいっぱいあった。特に自宅でやったもので隣近所の人たちと一緒に観察できたのは最大の収穫でありとても楽しかった!!
Twitter的観察は思わぬ方向で実現した。
身近な人たちとのヒューマンネットワークなかでサイエンスコミニケーションは広がっていった。

ハシュタグ #rehakinkan でつながった人たちの画像も見せてもらった。それも面白かった!!
これからのものもある。
今からゆっくり楽しませてもらおうと思う。

Dscn5510


| | コメント (0) | トラックバック (0)

【Web更新5/20】12-21新・【地球と宇宙】更新!!

Dsc_0822


里山の にわか輝く シイの花
12/05/17 (木)撮影@福崎

■楠田 純一の【理科の部屋】12-21
週末定例更新のお知らせ。
 この一週間、このblogへは異様とも思えるぐらいの人がアクセスしてくださっている。これは「金環日食」に関する記事を書いているからだろう。拙いblogは「未来の自分に向けた覚え書き」と言いつつも、多くの人に関心をもらうのはうれしい。多くの人とつながればきっとあらたな情報の「おすそ分け」をいただけるからだ。
ありがたいかぎりである。深謝!!

◆表紙画像集2012 人里の植物シリーズ シイ
 それはかなり離れたところからでもわかった。お宮さんのある山が、にわかに白く輝きはじめたのである。
毎年のことだ、でもそれはいつも新鮮な驚きをもたらしてくれる光景だ。
何十年といや何百年かも知れない繰り返している光景だ。
 

「自然」は過去の習慣に忠実である。

は寺田寅彦の言葉だ。
 この光景のあと風の色が一挙に初夏にむかっていく。そして田に水がはられはじめるのだ。

◆新・【地球と宇宙】更新!! 「金環日食を10倍楽しもう!!」を10回まで書いてきた。
いよいよ数時間後にせまってきた。さきほど外に出たのでは星が見えていたので少し期待できるかも知れない。
2回のリハーサルを生かして、等身大の手作り「科学ショー」を楽しみたいものだ。
顛末のほどは、またのちほど…。さあ…

◆オンライン「寅の日」更新
 こちらの方も、徐々にわたしのなかでは定着してきた。
今週末にはオフライン「寅の日」の予定もある。

第2回目の「金環日食」観察リハーサルに夢中になっているあいだに大賀ハスの定例観察を忘れるところだった。
大賀ハスは植え替えから7週目であった。葉が観察池の水面を覆い尽くす日もそう遠くない勢いである。
Dsc_0957


| | コメント (0) | トラックバック (0)

金環日食を10倍楽しもう!!(10) #rehakinkan

Dscn5130

▼「ねぇ君、不思議だと思いませんか!?」寺田寅彦の口癖だったというこのコトバを何度も何度もつぶやいていた。昨日は、第二回目目の「金環日食」観測リハーサルだった。明日と同じ時間帯をリハーサルの時間帯とした。それは太陽の高度など本番と条件をあわすためだ。月曜日に続いて2回目であるので少し要領がわかってきた部分もあるが、あらたな発見もある。
 何度繰り返してもやっぱり「ふしぎ!?」なことがある。アタリマエと言ってしまえばそれまでのこと、でもやっぱり不思議なこと!我が人生のなかで超5つ星の「ふしぎ!?」。
 「光は穴を通るだけで像をつくる!!」
▼ほんとうにみんなそのことアタリマエと思っているだろうか。私には、それが「ふしぎ!?」でしかたない。
光のアタリマエ3つ
・光はまっすぐすすむ。
・光が目の中に入って「見える」。
・レンズは光を集める道具である。
リハーサルをやりながら、このアタリマエを実験してみたくなった。
部屋にはいってやってみた。部屋の天井の蛍光灯の光を「穴」を通してみた。
「リッツクラッカー」「チーザ」「虫メガネ」等の穴を通してみた。スクリーンには像ができる。
リッツの穴はほんとうに小さい埋まっていることもある。チーザは大きすぎるだろうか。
いずれもなんとか像を確認できる。像のかたち大きさは穴の大きさと関係ないんだ。穴の大きさは明るさを決めるんだ!!
レンズで光を集めればなんとクリアな像になることか。
面白い!!
▼考えてみれば、観察なんてすべてここからはじまっているんだ。
鏡を使っての観察だって基本はこの「ピンホール」観察!
カメラ撮影だって同じこと、なにしろ「カメラ」なんてここからはじまっているんだから。
段ボールに穴を開けて太陽の像をつくって観察してみた。
明日もこれやってみよう。
木漏れ日観察も同じ原理だ!
道具も木漏れ日の場所もなければ究極のピンホールがある!!
手のひらで穴をつくればいい!!
▼リハーサルで何度も寅彦の「ねぇ君、不思議だと思いませんか?」を繰り返すうちに、私は5/29(火)の第5回オンライン「寅の日」には
◆「日常身辺の物理的諸問題」(青空文庫より)
を読むことを決めたのだった。

さあ、明日の本番の観察も「ねぇ君、不思議だと思いませんか?」を確かめあうものにしたいな。

Dscn5144
Dscn5034
Dscn5024
Dscn5030


 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

金環日食を10倍楽しもう!!(9) #rehakinkan

Dscn4990

▼ついに後2日となった!先ほど外に出て東の空をみたら細い細い月が昇ってくるところであった。その細さにその時が近いことを実感できる。さあ、今日は第2回金環日食リハーサルである。まもなく開始です。
オンラインで参加可能な方は、 #rehakinkan でお願いします。
▼TV等のマスコミでも盛んに金環日食の特別番組が流れ出した。特に安全な観察ということで、「日食観察グラス」などの情報も多い。
今一度、3K1A観察(感動・簡単・きれい+安全)ということで、ピンホール観察をお薦めしたい。ピンホール(小さな穴)を通しただけで像が映るという事実に感動してもらいたい。それが「カメラオブスキュラ」の歴史のはじまりであり、私たちの「目」のつくりそのものなんだ。
 目の安全の確保も「ピンホール」観察とセットで考えたいものだ。
そこにこそ「科学」があるのだ!!
 リハーサルではいろん小さな穴(木漏れ日を含む)に挑戦してみたいな。
▼もうひとつ、先日ファラデーラボで手に入れたものも準備した。
案外簡単に私にも組み立てられれた。不器用な私でもOKだから、ものさえあれば誰でもOKだろう。
黒点までは昨日は確認できなかったが、今日はどうだろう。
うまく行けば6月6日の金星日面経過にも使えるかも知れない。楽しみである。
▼まもなく時間だ!
Twitter的観察(「リンク」「シェア」「フラット」「等身大」「リアルタイム」「アクティブ」)の練習もかねてやってみようと思う。
 どこまでつながることができるか。それを楽しんでみよう!

当日の情報共有は、 #asahikinkan でも呼びかけがはじまっています。

さあ、どんな展開に…

| | コメント (0) | トラックバック (0)

金環日食を10倍楽しもう!!(8) #rehakinkan

Dsc_0772

▼昨日、私がこの世の中でいちばん「美しい」と思う「ヤマボウシ」の花を見に行った。
まだ、数えるほどしか咲いてはいなかった。この花がいちばんお気に入りだ!!その「美しさ」を、魅力を言葉にすることはなかなかむつかしい。姿かたち色具合すべてが私には美しく魅力的なのである。
この「美しい」は「科学」のエレメントなんだろうか。
▼美しく魅力的といえば、美しく魅力的な天文ショー『金環日食』まで、あと3日までちかづいきた。
今一度、この『金環日食を10倍楽しもう!!』で呼びかけて(自分に対しても)きたことまとめてみよう。

(1) 2012金環日食日本委員会のページにつないでみよう。

(2) 福沢諭吉の『訓蒙 究理図解』「第十章 日蝕月蝕の事」を読もう。

(3) 1/15億のモデルつくって「金環日食」をイメージしよう。

(4) 鏡(平面鏡)を使って日食を安全に観察しよう。

(5) 石原純『日食観測と相対性理論の価値』(1922年11月号「改造」より)(理科ハウス)を読もう。

(6) ピンホール観察で安全に科学的に楽しもう。木漏れ日観察などを含む。

(7) Twitter的(「リンク」「シェア」「フラット」「等身大」「リアルタイム」「アクティブ」)観察を楽しもう。
    ハッシュタグは #rehakinkan で。

(8) 本番と同時間帯に2回のリハーサルをやろう。
   ・第一回目 2012年5月14日(月曜日)
   ・第二回目 2012年5月19日(土曜日)

(9) 「天気の変化」も大気の物理学の学習の機会ととらえ楽しもう。

▼だいたいこんなところであろうか。
これらをまとめて言うなら、単なる大騒ぎのつくられた「天文ショー」にしてしまわずに、安全でかつ美しく魅力的な手作りの「科学ショー」にしようということだ。
 それを、できるだけ多くの人と一緒に楽しもう!!
というわけだ。
 自分の観測地で天気が悪かった場合、あるいは観測場所により刻々と姿を変えていくさまをリアルタイムに見るためにはUSTも有効である。
金環日食をUstreamでライブ配信するチャンネルまとめ
▼明日19日(土曜日)は第2回目リハーサルである。
本番と同じように準備をして、そして忘れていることあれば21日に間に合うように用意をしよう。
わかりにくいことがあれば、Webなどを活用してたしかめておきたい。

Twitterでつなぐ場合は #rehakinkan を!!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

本日、第4回オンライン「寅の日」!!

Dscn4919

▼昨年の夏、大賀ハス観察池では4回「あこがれの4日間」をむかえた。その結果、21個の種子(2個を見失った)を手に入れることができた。昨日、そのうちからアトランダムに選び出して3個にやすりをかけて発芽処理をした。なんという堅さだ!!それはときには2000年もの眠りを守る堅さなんだろう。
 白い部分が見えたところでやめて水に沈めた。そして、やっと気づいたひとつは沈んだがあと二つは浮いたままだ。すべてに生命が宿っているかは不明であるのだ。
このあとの観察を続けてみよう。
▼今日は、第4回オンライン「寅の日」である。
まだまだどのように展開していくか方向が定まっているわけではない。
決めていることは、ただひとつ「継続する」ことだけである。この第4回は
◆津浪と人間(「青空文庫」より) 
何度でも言おう。
これが80年近く前に書かれた文章と誰が信じられるだろう。
それぐらい今日的なのである。今こそ、何度も何度も読みかえしていこう!!
それが必ずや防災・減災につながると信じるから。
▼あの3.11から433回目の朝をまもなく迎えようとしている。少しずつ薄らいでいく「記憶」があるかも知れない。ところが「自然」はそうではないと寅彦は言う。

しかし困ったことには「自然」は過去の習慣に忠実である。地震や津浪は新思想の流行などには委細かまわず、頑固に、保守的に執念深くやって来るのである。紀元前二十世紀にあったことが紀元二十世紀にも全く同じように行われるのである。科学の方則とは畢竟(ひっきょう)「自然の記憶の覚え書き」である。自然ほど伝統に忠実なものはないのである。

続けて
残る唯一の方法は人間がもう少し過去の記録を忘れないように努力するより外はないであろう。

と教えてくれているのである。
「未来形」では次のように語る。
津浪の恐れのあるのは三陸沿岸だけとは限らない、寛永安政の場合のように、太平洋沿岸の各地を襲うような大がかりなものが、いつかはまた繰返されるであろう。その時にはまた日本の多くの大都市が大規模な地震の活動によって将棋倒しに倒される「非常時」が到来するはずである。それはいつだかは分からないが、来ることは来るというだけは確かである。今からその時に備えるのが、何よりも肝要である。

▼また「教育」という面では次のように提言している。
それで日本国民のこれら災害に関する科学知識の水準をずっと高めることが出来れば、その時にはじめて天災の予防が可能になるであろうと思われる。この水準を高めるには何よりも先ず、普通教育で、もっと立入った地震津浪の知識を授ける必要がある。英独仏などの科学国の普通教育の教材にはそんなものはないと云う人があるかもしれないが、それは彼地には大地震大津浪が稀なためである。

提言から80年!!
すすんできたところもある。しかし、これからという面も多い。
まずは、すぐさまできることを言おう。
この「津浪と人間」を読もう!!
それは、防災・減災への一歩に必ずなるはずだ。

より具体的に歩みをすでにはじめている人がいる。
和歌山の阪本尚生さんだ。
10日後、5/27(日)午前、ファラデー・ラボで「津波のかがく」を語られる。
楽しみである。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

【祝】理科ハウスは満4歳に!!

Dsc_0666

▼昨日の雨は夕方にはなんとかやんでいた。大賀ハス観察池の一人前になりかけたハスの葉の上に、水滴がころがっていた。ちょっと衝撃があると次の瞬間にはまったく違った姿になる。その小さな水滴はまるでひとつの「天体」のように見えてきた。広がる様子はまるで「銀河」を形成しているかに見えた。この小さな「宇宙」と大きな「宇宙」を貫くようなルールがあるのだろうか。そんな私の「ふしぎ!?」が浮かんできた。
▼こんな私の小さな「ふしぎ!?」につきあってくれるような科学館がほしかった。
それが実現したのが、今から4年前の今日、5月16日である。
今日は世界一小さな科学館「理科・ハウス」の4歳の誕生日である。
 館長の森裕美子さんは「理科・ハウスの想い」のなかで、「身近に」はふたつの意味があると語っておられます。
ひとつは物理的な「身近に」であり、もうひとつは「科学館のレベルが自分に合っているということ」であると言われている。
 それは、先ほどの言い方をすれば、誰も相手にしてくれないような小さな小さな「ふしぎ!?」につきあってくれる科学館です。等身大の「ふしぎ!?」に応え、等身大の科学を標榜する科学館です。
▼これも「日記」に書かれていることですが、最近、大人の来館者が急増しているそうだ。また子どもたちも小学校高学年・中学生が増えてきているそうです。
 そのことが意味することはなんなのでしょう。
私は、それは理科ハウスの真価が人々に伝わりはじめ、めざす「身近な科学館」の趣旨が来館者に浸透してきたということだと思います。
▼私は実際には、まだ2回しかここの「空気」を吸わせてもらっていませんがそれでもわかりました。
理科ハウスの「空気」は、行って吸ってみなければわからないということです。
そこで吸う「空気」がすべてを教えてくれます。
 理科ハウスの大人の来館者が増えているということは、理科ハウスの「空気」が教えてくれる「科学」が今求められているということです。 
 だから、私の「科学」の「これから」を考えるすべての人にここの「空気」を吸いに行って欲しい。

私もぜひまた行かせてもらいたいと思っている。
私は、4年前理科ハウスの誕生を記念して大賀ハスの発芽処理をした。そのひとつの種子はうまく成長し昨年は4つのきれいな花を咲かせた。そしていくつもの次世代の大賀ハスが生まれた。今日またそれらの発芽処理をやってみようと思う。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

金環日食を10倍楽しもう!!(7) #rehakinkan

Dsc_0499
Dsc_0497

▼昨日はちょうど金環日食一週間前だった。そこで、金環日食観測のリハーサルをやってみた。
月曜日は、同じ平日でも他の曜日とちょっと様子が違うかも知れない。交通量や人の動きは休み明けで少し違うかも知れない。それは本番と同じ時間帯に同じように観察をしてみることでわかってくることだ。
観察の準備物にしろ、一週間前に気づけばまだ間に合うものもあるだろう。
 そんなことで第1回目のリハーサルをとりあえずやってみた。
一週間前の月は、太陽から離れたところにあった、下弦を少し過ぎたところであろうか。
▼あくまで主役はこの月と太陽である。今一度1/15億の宇宙を思い出し、この現象の希有さを思い出す。
その時間に平面鏡をセットして我が家の壁に像を映し出した。
像の動きは想定以上のすごいスピードで動いていく。像を映し出すスクリーンをどこにするかはこの動きを考慮しておく必要がありそうだ。
 木漏れ日観察も、思わぬところに木漏れ日が生じておりありがたかったが、これでは欠けていく様子の鮮明なものは見られない。意図的にピンホールをつくったものを準備したものを用意した方がいいかもしれない。
どんな写真を撮って「記録」に残すのかもう少し検討しておこう。
▼残念な天気予報もあるようだ。
【星空の連帯】をやっているころよく思っていた。観測からしばらく時間が経つと「見えなかった」という記録も貴重な記録であり、情報だと思った。
 それにその「天気の変化」がどのようなことに起因してみられる現象なのかを考えるとき、とても価値のある観測になるのである。天気が悪ければどんな大気の運動があったかを考えてみよう。
そう考えると、「金環日食」を科学するのに「失敗」なんてありえない。
ただひとつ目の安全だけは気をつけよう!!
それ以外はすべてを楽しんでしまおう。
▼リハーサルからもTwitter的(「リンク」「シェア」「フラット」「等身大」「リアルタイム」「アクティブ」)金環日食観測を意識していた。
 だから、ハッシュタグ #rehakinkan を使っていたんだ。それでつながることを願って…。少しずつ少しずつつながりはじめた。それはとても面白い展開だった。
もうすでにはじまっている他のハッシュタグもあった。 「 #asahikinkan 」(朝日新聞デジタルの金環日食企画)だ。
他にもあるかも知れない、「情報は発信するところに集まる」「情報は分かち合うほどに豊かになる」はここでも有効なはず。
 ヒューマンネットワークの展開も大いに楽しもう。
第2回リハーサルは、今週の土曜日19日の予定である。

Dsc_0527


| | コメント (0) | トラックバック (0)

【Web更新5/13】12-20新・【地球と宇宙】更新!!


Dsc_0258

桐の花 還暦過ぎて 気づくなり   12/05/12 (土)@福崎

■楠田 純一の【理科の部屋】12-20
週末定例更新のお知らせ。
 2012年になって20回目の更新を終えた。ということは2012年になって20週が過ぎたことを意味する。Web更新もマイライフの時計がわりとする。Web更新/週、blog更新/日、Twitter・Facebookは気まぐれ更新である。
これで自らの「体内時計」を゛創り出す。更新は生活のリズムであり、「呼吸」である。

◆表紙画像集2012 人里の植物 桐の花
 花との出会いというものはほんとうに面白いものである。
私は土曜日には、自分の住む地域で少しだけ範囲を広げて表紙画像になる植物をさがしていた。
家から少し離れたところに、「桐の花」を発見して驚いた。まずの驚きはこんなところに桐の樹があるということだ、でもそれは見ていなかったはずはない。桐の花だって毎年この時期に咲いていたはずだ。ただ「桐の花」に気づく生活をしていなかったというにすぎない。それにしてもなんと淡い美しい色の花なんだろう。
と思っていたら、昨日の「野草を食べる会」のときも見事な桐の花に出会った。花との出会いは「旬」というものがあるようだ。今の旬はきっと「桐の花」なんだろう。

◆新・【地球と宇宙】 更新
 これは、授業実践DBの更新というより、その資料の更新ということになる。
今回の「金環日食」に向けて、シリーズで「金環日食を10倍楽しもう!!」を書いている、これを記録として残しておきたかったのでいちばん関連の深いこのページに貼りつけておくことにした。
 うまく観察できるかどうか、どんな発展があったのか。顛末の一部始終を資料として残しておきたい。
今朝は、第1回目のリハーサルである。 「#rehakinkan」はどれだけ使われだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「食べる」という科学の方法!!

Dsc_0323

▼大賀ハスは植え替えから6週目であった。観察池の水面には10枚の葉をひろげて生産活動をやっている。つづく芽も2~3のびてきている。だから水面全体を葉が覆ってしまうという日もそう遠くはないだろう。
 それにしても植物というやつは、かくも偉大なる事業をやすやすとやってのけるものである。貴奴らのはたらきなくして我々のいのちはありえない。このアタリマエ!にいたく感動するのである。
▼貴奴らの生産物を横取りするため私たちは植物を育てた。
そこに「文化」がはじまった。文化=カルチャー(耕す)の語源にまで溯るまでもなく我々の歴史の真実なのである。
 21世紀の今、「科学」が、「科学の方法」が問いかえされている。
私は、「科学の方法」というとき、きまって高橋金三郎の次の言葉を思い出す。

 科学者の方法は,前にも書いたように,多くの時間,労力,費用,技能を必要とするものだ。同時にそれは人間の歴史の長い積みかさねの産物だ。 科学は技術から生まれた「なんとかしてもっとよく,もっとたくさん,もっとらくに」の願望の歴史の中から技術が生まれ,科学へ発展したのだ。 科学者の直接の祖先は,農民であり職人なのだ。技術の方法と科学の方法に本質的な区別はない。農民や職人の生産の方法には,科学の方法が含まれている。そうでなかったら,一般市民のための理科教育に,科学の方法なんて無用になるだろう。子どもがすべて科学者になるわけではないのだ。(『科学の方法~ 科学的に行動する子どもをそだてるために~』(高橋金三郎編著 新生出版 1987.6.5 P14より)

なんと今日的であり、示唆的な言葉であろう。
▼そして、次には我流の「科学の方法」を志すのである。
・「育てる」という科学の方法
そして、もっと魅力的でもっと切実な方法として
・「食べる」という科学の方法
これを楽しみながら今一度問いかえしてみよう。
「科学」とは?
「科学の方法」とは?
今日の午後、ファラデー・ラボで
◆第24回 かがくカフェ  5月13日(日) あこがれの野草料理の会
が行われる。参加させてもらおうと思う。
▼そう言えば、今年の「タンポポの研究」のレポートは、「食べてみよう」の報告が多かったように思う。
調理法も多彩になってきているように思う。
「育てる」「食べる」といような科学の方法の復権がブームなのかも知れない。
だとしたら うれしいかぎりである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

金環日食を10倍楽しもう!!(6) #rehakinkan

Dsc_0141

▼下の畑のジャガイモが、今年初めての花をつけた。きれいだ!!このジャガイモの花を見ていると思い出すんだあの実のことを。「花と実」のことを学習していた、「花が咲くが実も種もないものは?」の問いに必ず出てくるジャガイモ、ならばとぜひともあのトマトに似た実を見せたかった。ネットで話題にしていたら、北海道から実物を送ってもらえることができた。生徒たちに見せ一緒に感動した。ジャガイモの実とヒューマンネットワークのすばらしさに!!
▼金環日食まで9日となった。今回の日食観察でもこのヒューマンネットワークを楽しみたい。前回の2009年7月22日の皆既日食からこちらでネットワーク環境で大きく変わったことがひとつある。
それは、Twitterをはじめたことである。Twitterをはじめたのは2009年9月23日であるから皆既日食から2ヶ月後であった。
 このTwitterを活用しての観測で楽しむのは、たとえば昨年の12月10日の皆既月食のときなどで少し経験していた。他の場所での「赤い月」を見ながら、自分でも観測をすすめる。
ひとりだけの観察の10倍も20倍も楽しいと思った!!
ぜひやろう。
Twitter的(「リンク」「シェア」「フラット」「等身大」「リアルタイム」「アクティブ」)観察を!!
▼当日いきなりやろうとしてもそれはなかなかできるものではない。
そこでちょっとしたリハーサルをやって楽しんでみよう。
ハッシュタグでつないでいこう。なにがいいのかな、もうすでに開始しているハッシュタグもあるのだろうな。
本番では、それでつなぐ方が有効であればそうしよう。
今は、リハーサル(rehearsal)用ということで「リハ金環」→「 #rehakinkan 」で行こうと思う。
さっそく、今日のタイトルで使ってみよう。
リハーサルは2回やってみようと思う。
・5月14日(月) 一週間前ということで当日と同じ時間帯で実施。
・5月19日(土) 最終調整ということで
もろんその時間帯以外も #rehakinkan で。 
▼リハーサルを通して、準備についての情報交換などができていくといいなと思っている。
さらにはいちばんねらいとするところであるヒューマンネットワークが本番までに少しでもつくられるといいな!!
こう書きながらも、どんな展開が待ち受けているのかまったく未知である。
あの月と太陽の重なり以上の奇遇!!が起こるかも知れない。
はじめてみよう。
 #rehakinkan をつけてつぶやいてみよう!!

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

金環日食を10倍楽しもう!!(5)

Dscn4789

▼私には、それから何十年経とうとピカイチの「ねぇ君、不思議だと思いませんか?」体験がある。それは、ピンホールの「ふしぎ!?」である。
 もちろんその後、何度も授業もし人にもその理屈を話をしてきた。でもやっぱりその「ふしぎ!?」さは色褪せない。幸い最初にその「ふしぎ!?」に出会った頃の授業記録を残している。
◆『光の直進』中村論文より
である。
 授業をやっていた当時はたいへんだった。人を捕まえてはこの「ふしぎ!?」の押し売りだった。喫茶店で話をしているときならばマッチの箱に穴をあけて訊くのである。
「こうして穴をあけたらテーブルの上に何が映る?」
誰一人として、天井のライトの像とは答えなかった。
それが妙にうれしかった。私と同じだと思った。
私は「なあ、不思議やと思えへんか!!」を連発した。
▼いよいよ金環日食まで10日となってきた。
そうだ!!めったとないこの機会にぜひともあのピンホールの「ふしぎ!?」体験をしておきたいものである。
日食の木漏れ日観察は定番としてあるが、それも観察場所を想定してピンホール体験できるようにしておきたい。
ピンホール観察装置をあらかじめ作っておくのもいいかも知れない。
私は、2009.7.22のときに塩ビのパイプでつくったものをひっぱり出してきた。
ホームセンターで買い込んだ塩ビのパイプ1m(内径10㎝)。一端はアルミホイルで覆いピンホールを開けた。
もう一方にはトレ-ングペーパーを張り塩ビ管のジョイントで固定した。
わざわざこんなものを準備することなくピンポール体験なら簡単にできる。
これも授業のなかで生徒に教えてもらったことであるが手のひらで「ピンホール」をつくればいいのである。
スクリーンはどこのなにが適当か。当日までに当日と同じ時間帯にリハーサルをやっておく必要がある。
▼このピンホールの発展として、「ピンホールカメラ」もやっておきたいな。
そしたら光の勉強の半分以上やることになるな!
それから、ぜひとも「目のつくり」にも触れたいな。
ピンホールにレンズ(光を集める道具)をあわせれば、カメラであり我々の「目」そのものなんである。
直接太陽を観てはいけない理由もわかってくるというものなんである。
禁止項目を守るだけでなく、なぜいけないのかを科学的に学びたいものだ!!
その絶好のチャンスだ!!
▼せっかくの機会だ。
科学の「ふしぎ!?」はこのようにいっぱいツナガッテイル!!
ことを学びたいものだ。
 そして、ひとりだけでの観察でなく、意図的に人とツナガッテ観察したいものだ。
そしたら、もし自分の住んでいるところの天気が悪くても、ツナガッテイル人の観察の「おすそ分け」をもらえるから…。共同観察が思わぬ大発見をもたらすかも知れないし。

<つづく>
Dscn4774

| | コメント (0) | トラックバック (0)

金環日食を10倍楽しもう!!(4)

Dscn4736

▼正直に言うと、私は実はまだこの「ふしぎ!?」がよく納得できていなかった。
昨日の空も不安定だった。朝からの雷も聞いていたので、「スーパーセル」の話もまったくよそ事の話とはうけとられなかった。いつもの「雲見」も少し妙なリアリティを持っていた。青空が見えていたかと思ったら急激に変化し激しい雨が降ってきた。そしてまた青空が見えてきたのだ。
 たかだか高さ10㎞ぐらいまでの範囲の大気の運動が正確には予測できないのに、なぜ何百年も前の日食がどこでいつ観測されたか細かく正確にわかるのだろう。過去だけではない、未来についてもそうだ。
あの「1/15億の宇宙」が頭にあるからなおさらである。
やっぱり「ふしぎ!?」だ!!
▼1919年(大正8年)5月29日(赤道ギニア沖のプリンシペ島で皆既日食)の日食ほど人類の記憶に永く残る日食はないだろう。例のアインシュタイン日食ともよばれるあれである。
この日食観測についてあの石原純が熱く語った文章がある。
今回の金環日食にちなんで理科ハウスの方から公開されているので読ませてもらった。
◆石原純『日食観測と相対性理論の価値』(1922年11月号「改造」より)
このことを語るのに最もふさわしい人が、きわめてタイムリーに熱く語っている。
このときの皆既日食は、単なる「天文ショー」というのだけではなかった。世界が注目するなか大物理実験観測が行われたのである。アインシュタインの仮説が立証されたのである。
▼私は、もうひとつの面から興味深い。石原純がこの文章を発表した『改造』11月号の次の号12月号は「アインシュタイン特集」なんである。
 そう、1922年(大正11)とはその年の11月から年末にかけてアインシュタイン(当時43歳)の来日した年なのである。「アインシュタイン・ショック」の年なのである。今から90年前、大正の時代、時代の寵児・若き物理学者アインシュタインが日本にやってきていた。
当時の人々が「相対性理論」をどのように理解し受け止めていたかはちょっと置いておくとして、驚くのはそれを受け入れる「文化」があったということだ。
 言い換えれば文化としての「科学」があったということだ。
「日蝕月蝕のこと」を書いた福沢諭吉の『訓蒙 究理図解』(1868年)のあとに起こった「究理熱ブーム」のこととも重なってみえてきた。
▼2012.5.21の金環日食。
2011.3.11後はじめての日本でみられる本格的金環日食、どんな観察「記録」をのこすことができるのだろう。
世紀の「天文ショー」という視点だけでとらえるのはちょっとモッタイナイ!と石原純の文章読み返しながら思いだした。
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

金環日食を10倍楽しもう!!(3)

Dsc_0022

▼消印は昭和63年(1988年)2月9日となっていた。その手紙を送ってくださったのは今は亡き鈴木清龍先生だった。その手紙には5枚の写真とともに、次のような提案が書かれていた。

簡単で安全な太陽の観察。
「小さな鏡で遠くの壁に太陽の光を反射させる。」
この写真は昨年9月23日(沖縄で金環食)の日食を仙台でみたときのもの。鏡で日食をみた。
3月18日の日食はぜひこのやり方で。

▼このごろ過去にいただいた手紙や資料の整理をしている。この手紙はそんななかでみつけた。
1988年3月18日の日食の観察をこの方法でやって鈴木先生に報告をしたのだろうか。
記憶が定かではない。「記録」も今のところみあたらない。
ただ、「日食の観察」というと必ず鏡を使った方法を想起するのは、この手紙で教えていただいたことに「はじまり」があるのだろう。
▼今回も、前回に準備した鏡を持ち出してきた。大きさは12×12㎝だ。
「鏡の大きさが数倍ちがっても、像の大きさにあまりかわらない。」と手紙にもあった。でもあまり大きすぎると鏡の形になってしまう。
適当な鏡の大きさは?
スクリーンはどこにするのが適当か。(そこまでの距離)
本番までに試行錯誤を繰り返してみたい。
そして、何度も繰り返しておこう。このアタリマエ!!
この感動!!
「スクリーンに映っているのは、太陽の像である!!だから太陽のかたち!!」
▼ここで唐突ではあるが勝手につくっている「すぐれた教材の法則」
3K1Aの法則(感動・簡単・きれい・安全)を思いだした。
平面鏡による日食の観察は、この法則にピッタリ!!なんである。
今回こそちゃんと写真も撮って、今は亡き鈴木清龍先生に24年ぶりにあの手紙の返信を書きたいな。

Dsc_0010


| | コメント (0) | トラックバック (0)

金環日食を10倍楽しもう!!(2)

Dscn4692

▼「玄関先で、さっきからアルミホイルやつまようじや言うてなにしょるん?」
「えっ、ああちょっと、アルミホイルが…」
「いや、今度の金環日食に向けて宇宙をつくりよるんや!」
「?(゚_。)?(。_゚)?」
連休最後の日の夫婦の会話である。
2009年7月22日の皆既日食のときは、ジャンボ風船、粘土、つまようじなどでやった。あのおきまりの図だけではほんとうのことが実感しにくいと思った。諭吉の「日蝕月蝕の事」(「究理図解」)の感動にはせまれないと思った。
そこで、1/15億の太陽、地球、月をつくって体感的に、「日食」「月食」をイメージしておこうということだ。
 今回はもっと家庭版ということで、日傘(だいたいの径が1メートル)とアルミホイルとつまようじでやった。
太陽・地球・月 三つの天体の直径
・太陽 140万㎞
・地球 1万3000㎞
・月   3200㎞
地球を「1」とすると、太陽はその「109」倍、月は地球の「1/4」
▼月と太陽この大きさのちがいはなんだ!これが重なるなんてどういうことだ。
それをほんとうに納得するためには距離だ!遠くに太陽を持って行く必要がある。
・地球と月 38万㎞
・地球と太陽 1億5000万㎞(1天文単位)
それは1/15億の宇宙では
「地球」と「月」は24㎝
「地球」と「太陽」は100m となる。
これを実際にやって、「日食とは」、「月食とは」のほんとうがわかるのだ。
そして、「金環日食」がきわめて希有の機会であることも…
▼私には、さらに感動的な「ふしぎ!?」ある。それは、理科の教師である私が言うのは少し恥ずかしいかも知れないが、いつどこで「金環日食」がおこり、どのように見えるかということが、ずっと先のことまで含めてわかってしまっているという事実である。
 そこまでわかっているのに、せいぜい10㎞範囲内の大気の動きがわからないという「ふしぎ!?」。
だから、この日の天気はまだ誰も正確には予測できないんだ。
 私には、それがとても「ふしぎ!?」で面白いことに思える。

<つづく>
Dscn4680


| | コメント (0) | トラックバック (0)

【Web更新5/6】12-19 オンライン「寅の日」更新!!

Dsc_0832

山裾の アカ・シロ・ピンク ツツジ色 12/05/05 (土)撮影@福崎

■楠田 純一の【理科の部屋】12-19
週末定例更新のお知らせ
 大型連休が終わった。何度繰り返しても同じこと、はじめは「あれもやろうこれもやろう」とワクワク気分でむかえ、終わりは、「また何もできなかったなあ」とちょっと憂鬱な気分になる。
でも、年をとるに従い少し学習しはじめた。はじめからあまり「無謀なこと」は考えないようになってきた。
それは、ほんとうに成長だと言えるかは疑問ではある。
 ただこの意志だけは強くなりつつある。
 誰でもできることを 誰もできないほど 続ける
今年19回目の週末更新である。

◆表紙画像集2012 人里の植物シリーズ ツツジ
 里に筍のシーズンがすぎるころ、山裾に赤、白、ピンクの灯りが次々とともるようにツツジが咲いていく。心まで晴れやかな気分になってくる。そして、朝の空気をいっぱい吸い込んでみた。
 それにしても、それぞれの花の開花や植物の生長を何年にもわたって観察していると、とてもアタリマエのことに不思議を覚える。驚くほど同じ時期に同じ花が咲き、同じように葉がひろがってくる。それはなんなのだろう。
気温、地温、日照時間、湿度などなどの条件が同じになる。それを感知して、おきまりの物質の変化(化学変化)がおきる。ついつい寅彦ばりの「唯物観」(生理学)でその「ふしぎ!?」を解明したくなってくる。

◆オンライン「寅の日」 更新
 オンライン「寅の日」が少しずつ人に知られるようになってきたようだ。
それに従って、寅彦の書いた文章をあらためて読んでみる人もふえてきつつあるようだ。そのきっかけにこのオンライン「寅の日」がなるならこれほどうれしいことはない。
 5/17(木)第4回オンライン「寅の日」は、「津浪と人間」を読む。それから10日後5/27(日)は、ファラデーラボで「津波のかがく」である。それはオフライン「寅の日」への模索になるかも知れない。


 

| | コメント (4) | トラックバック (0)

『たんぽぽ忌』を再び!!

Dscn4591

▼今年の5月5日もタンポポ日和だった。中国縦貫道を30分ばかり東へ車を走らせたところに赤いトタン屋根の生家とその碑は建っていた。タンポポ詩人・坂本遼のふるさと(加東市横谷)に一年ぶりにふたりでいってみた。
かわらず詩碑『春 遠い峠田のてっぺん あれはおかんかいな 鳥かいな』と詩人・草野心平が書いた「傑(すぐ)れた農の詩人 坂本遼の碑」が立っていた。
 詩碑にうつる赤い屋根の生家がとてもきれいだった。碑の前には、すでに綿毛になったタンポポが群生していた。
▼「春」の詩はもう教科書にのっているということはないんだろうか。
 

 春

おかんはたった一人
峠田のてっぺんで鍬にもたれ
大きな空に
小ちやなからだを
ぴよつくり浮かして
空いっぱいになく雲雀の声を
ぢつと聞いてゐるやろで

里の方で牛がないたら
ぢつと余韻に耳をかたむけてゐるやろで

大きい 美しい
春がまはつてくるたんびに
おかんの年がよるのが
目に見へるやうで かなしい
おかんがみたい

この「おかん」はもう見えないぐらい遠くへ行ってしまったのだろうか。
私には、「春」「たんぽぽ」「おかん」はいつまでもセットで思いだされるのである。
▼30年近く前、5月5日「子どもの日」は私たちは小さな子どもたちを連れてこの「たんぽぽ忌」に参加することを恒例の家族行事としていた。数年は続いただろう。やがて子どもたちは大きくなり、私たちは仕事の忙しさにかまけて遠のいていった。
 当時売り出し中の灰谷健次郎とはじめて出会ったのもこの「たんぽぽ忌」であった。その灰谷も今はいない。
昨日は、生家や碑のまわりには人影もなかった。
タンポポ日和のもとタンポポの綿毛だけが飛んでいた。
▼昨年、私に坂本遼のことを熱く語り教えてくださったY先生のご家族の方からお便りをいただいた。Y先生はすでに亡くなられていた。哀しい寂しい!!
Y先生は私設の坂本文学資料館をつくられるまで農の詩人・坂本遼に惚れ込んでおられた。
今年のふたりだけの「たんぽぽ忌」では、Y先生のことを妙になつかしく思いだすのだった。
「たんぽぽ忌」は私にとってはいつまでも心の原風景なのである。いつの日か、再び…。

大賀ハスの方は植え替えから5週目であった。
Dscn4619

Dscn4602

Dsc_0858

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

本日、第3回オンライン「寅の日」!!

Dscn4488

▼「みどりの日」の昨日、私は地上の「みどり」以上に空の「あお」と「しろ」が気になってしかたなかった。久しぶりに「雲見」にゆっくりと時間を費やした。なにも特別の雲が見えたわけではないいつもの雲と青空だ。刻々とその姿かたちを変えていく雲を見ていると飽きない。まったく同じ雲は二度と見ることができない。遠くの銀河の運動が手に取るようにわかるようになった今も数秒先の雲の姿かたちを正確に予測することができない。「ふしぎ!?」だ、だから面白い!!
▼今日は、「ねぇ君、不思議だと思いませんか?」の寺田寅彦の書いたものをオンラインで読む日だ!!
まだ、第3回目である。
だからまだまだ方向も定まっていないんだ。
右往左往、試行錯誤の連続である。やっているうちにそれも徐々にきまっていくかと思っている。
それでも読む文章はあらかじめ決めている。
話題があまり分散しすぎないためである。それとて読む人の「文脈」できめていってもらってもいい。
とりあえず今日は
◆「五月の唯物観」
◆「俳句の精神」
のふたつを読むことにする。
▼第2回の「日本人の自然観」とのつながりでは、「俳句の精神」はたいへん興味深い。
繰り返されるフレーズがある。
「日本人の自然観の特異性」である。
日本の自然の特異性に起因する「自然観の特異性」それが、日本文化の根底にある。
はじめに「特異な自然」ありきなのである。
きわめてアタリマエの主張であり、これから最も有効な主張がそこにあるのである。
 この人はなぜに人をワクワクさせるような文章を書くのだろう。何度読んでも新しい「発見」が
ある。「えっ、こんなこと書いてあったかな」と。今朝読んでみての「発見」をいくつか。

いったいに俳句の季題と名づけられたあらゆる言葉がそうである。「春雨」「秋風」というような言葉は、日本人にとっては決して単なる気象学上の術語ではなくて、それぞれ莫大(ばくだい)な空間と時間との間に広がる無限の事象とそれにつながる人間の肉体ならびに精神の活動の種々相を極度に圧縮し、煎(せん)じ詰めたエッセンスである。またそれらの言葉を耳に聞き目に見ることによって、その中に圧縮された内容を一度に呼び出し、出現させる呪文じゅもんの役目をつとめるものである。そういう意味での「象徴」なのである。


十七字のパーミュテーション、コンビネーションが有限であるから俳句の数に限りがあるというようなことを言う人もあるが、それはたぶん数学というものを習いそこねたかと思われるような人たちの唱える俗説である。少なくも人間の思想が進化し新しい観念や概念が絶えず導入され、また人間の知恵が進歩して新しい事物が絶えず供給されている間は新しい俳句の種の尽きる心配は決してないであろう。

そして、次のように言い切るのである。

 このように自然と人間との交渉を通じて自然を自己の内部に投射し、また自己を自然の表面に映写して、そうしてさらにちがった一段高い自己の目でその関係を静観するのである。

 俳句の修業はその過程としてまず自然に対する観察力の練磨(れんま)を要求する。俳句をはじめるまではさっぱり気づかずにいた自然界の美しさがいったん俳句に入門するとまるで暗やみから一度に飛び出してでも来たかのように眼前に展開される。今までどうしてこれに気がつかなかったか不思議に思われるのである。これが修業の第一課である。しかし自然の美しさを観察し自覚しただけでは句はできない。次にはその眼前の景物の中からその焦点となり象徴となるべきものを選択し抽出することが必要である。これはもはや外側に向けた目だけではできない仕事である。自己と外界との有機的関係を内省することによって始めて可能になる。

▼こんな文章に出会うとき、私たちは「俳句」という科学の方法に気づかされるのである。
そして、さらには「自分でも、ぜひ…」と門をたたきたくなってくるのである。
無知・無能を省みることなく無謀なるプロジェクトを立ち上げてしまった。
俳句結社「寅の日」の設立である。
結社であるかぎりひとりでは話にならない。
寅彦にそそのかされてその気になった人は、どこからでもよろしくお願いします。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

金環日食を10倍楽しもう!!(1)

Dsc_0719

▼今日はみどりの日だ。昨日、庭の牡丹はほぼ満開とよんでいいのだろうそんな姿になっていた。それにしても見事であり「ふしぎ!?」なものだ。あの一ヶ月前の姿から、どうしてこんなきれいな見事な花になるのだろう。
植物たちはいつのころから、この「花」という戦略をとりだしただろう。葉が進化していつ「花」になっていったのだろうか。それはどのようにして…。いろいろ不思議あっても「みどり」の戦略がベースにあってのことなんだろうな。
小さな私の「ふしぎ!?」もアタリマエとせず、ずっとずっと追いかけていくと「科学」が見えてくるかも知れない。
▼その方法を今度の「金環日食」で使ってみよう。と言いながらも実は私は迷っていた。
住んでいる自宅で見るか、見事な金環日食が見られる位置に出かけてみるか。これが私にとっては人生最後のチャンスなのかも知れないと思いはじめるとこころが揺れる。
 しかし、決めた!!私は私流の楽しみ方で、家にいてこの金環日食を最大限に楽しもうと。
まずは、
◆2012金環日食日本委員会のページ
につないでみた。あと17日だ!!
▼ページにはいろんな有益な情報がつまっている。
その「おすそ分け」情報も楽しませてもらいながら、いくつかの私流の楽しみ方を追加提案してみる。
そのひとつめが
(1) 福沢諭吉の『訓蒙 究理図解』「第十章 日蝕月蝕の事」を読もう。
である。
 ご存じ「究理図解」は福沢諭吉の書いた日本初の「科学のススメ」の書だ。1868年(明治元年)に世に出た。この書を機に「究理熱ブーム」がおこったという。まだ日本の「理科」教育ははじまっていなかった。
◆「訓蒙窮理図解 福沢諭吉著 2版」(近代デジタルライブラリー)
▼素直に驚きである!!
今から144年も前に「日食・月食のからくり」はちゃんと語られていた、書かれていたのだ。それも今とほとんどかわらないかたちで…。ついでだ9章までにも目を通しておこう。
 この後におこった「究理熱ブーム」と、今日の「金環日食ブーム」と比較想像してみるのも面白いかも知れない。
『訓蒙窮理図解』は最後にこう結ぶ。

世界より日輪へ蒸氣機車の路あるとして、之に乗て駆かけなば、五百年の間、駆づめにして、漸く日輪の処へ届くべしといへり。実に話を聞きても信ずべからざる程のことなり。

世界(地球)と日輪(太陽)の距離、宇宙の広がりに俄に信じがたきことと「感動」しているのである。
ここに「究理」の志の本質があるのでは。
5月21日、私たちは、そんな「感動」をともなって金環日食をながめることができるだろうか。

<つづく>


 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

第4回オンライン「寅の日」は『津浪と人間』を!!

Dsc_0658

▼えっ、たった一日でこんなに変化するのか!?俄には信じられなかった。雨の中であったがカメラを持ち出して庭の牡丹の写真を撮ってみた。たった一日でここまで変化するエネルギーはどこからやってきたのだろう。
思わずあの寅彦の名文句が出てきてしまう。「ねぇ君、不思議だと思いませんか?」
▼その寅彦の書いたものを読むオンライン「寅の日」の展開も徐々にではあるが軌道に乗りつつあった。「参加しようと思うが、ついバタバタとしていて…」とエールだけをいただくこともしばしば出てきた。
オンライン「寅の日」はあくまで、ひとつのきっかけでありその日でなければならないというしばりがあるわけではないし、また読むものについても一応あまり話が拡散してはと思いあげているにすぎない。
▼3.11以降、各方面から最も注目されている人物のひとりがこの寺田寅彦ではないだろうか。
そして最初に注目したときにいちばん読まれている文章は、すでにオンライン「寅の日」でも読んだ「天災と国防」であり、この
◆「津浪と人間」(青空文庫より)
ではないだろうか。この文章が80年近くも前に書かれた文章であることを知って驚かない人はいないだろう。なんと今日的であることか!!

残る唯一の方法は人間がもう少し過去の記録を忘れないように努力するより外はないであろう。

この寅彦の提言に応えて、私たちは何度も何度も「津浪と人間」を読んでみよう。
5/17(木)第4回オンライン「寅の日」は、この文章をとりあげてみることにします。
▼それから10日たった5/27(日)には、和歌山の阪本さんがファラデーラボに登場して、たいへん興味深い取り組み「津波のかがく」(仮題)を報告してくださる予定だ。くわしくは今後のファラデーラボ便りなどを参考にしてほしい。
 それにあわせるという意味合いも込めて、何度も「津浪と人間」を読んでみたい。

いつでも、どこからでも思い立った日が、オンライン「寅の日」!!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「科学的5月観」って!?

Dsc_0609

▼こんなに注意深く数週間いや数ヶ月にわたって牡丹を科学的観察したのは生まれてはじめての経験であろう。いつもだったら、荒れ放題の庭に突然としてみごとな花が咲き、「ああっ、うちの庭にもあったのか」と驚くのせいぜいであった。ひどいときなど、その存在すら忘れて夏を迎えたこともある。最初の観察ではこれのどこがあのみごとな花に変化していくのか予想すらできなかった。それがあれよあれよという間に、花を想像させる姿になってきた。
どんな物資の変化が起きて、このようになっていっているのか。「ふしぎ!?」でならない。
▼こんな「ふしぎ!?」を追うことは、けっして牡丹の美しさに影響をあたえるものではないと教えてくれているのも寅彦だった。「科学的5月観」なるなんとも不思議な言葉が出てくるのは
◆五月の唯物観(青空文庫より)
のなかであった。
 5/5(土)第3回オンライン「寅の日」では、「俳句の精神」とあわせて、この「五月の唯物観」を読もうと思う。 
▼「科学的5月観」の言葉、文章の最後にこうでてくる。

 これらの泥塗事件も唯物論的に見ると、みんな結局は内分泌に関係のある生化学的問題に帰納されるのかもしれない。そういえば、春過ぎて若葉の茂るのも、初鰹の味の乗って来るのも山時鳥(やまほととぎす)の啼き渡るのもみんなそれぞれ色々な生化学の問題とどこかでつながっているようである。しかしたとえこれに関して科学者がどんな研究をしようとも、いかなる学説を立てようとも、青葉の美しさ、鰹のうまさには変りはなく、時鳥の声の喚び起す詩趣にもなんら別状はないはずであるが、それにかかわらずもしや現代が一世紀昔のように「学問」というものの意義の全然理解されない世の中であったとしたら、このような科学的五月観などはうっかり口にすることを憚はばからなければならなかったかもしれないのである。そういう気兼ねのいらないのは誠に二十世紀の有難さであろうと思われる。

このように寅彦が言ってから77年が過ぎて今は二十一世紀である。
「科学的五月観」はどう受け取られるのだろう。
それにしても最晩年の5月、なぜこのような文章を書いたのだろう。
その答えを文章半ばに書いてくれていた。
 この素人学説はたぶん全然間違っているか、あるいはことによると、もう既にこれといくらか似た形でよく知られていることかもしれない。しかし自分がここでこんなことを書きならべたのは別にそうした学説を唱えるためでも何でもないので、ただここでいったような季節的気候的環境の変化に伴う生理的変化の効果が人間の精神的作用にかなり重大な影響を及ぼすことがあると思われるのに、そういう可能性を自覚しないばかりに、客観的には同じ環境が主観的にある時は限りなく悲観されたり、またある時は他愛もなく楽観されたりするのを、うっかり思い違えて、本当に世界が暗くなったり明るくなったりするかのように思い詰めてしまって、つい三原山へ行きたくなりまた反対に有頂天(うちょうてん)になったりする、そういう場合に、前述のごとき馬鹿げた数式でもひねくってみることが少なくも一つの有効な鎮静剤の役目をつとめることになりはしないかと思うので、そういう鎮静剤を一部の読者に紹介したいと思ったまでのことである。

 「五月病」などという言葉はいつ生まれたのだろう。と思いながらよんだ。
▼ここで少し問題にしたいのは「科学的五月観」の「科学的」だ。
「科学的」この言葉ほど使う人の都合だけで、一人歩きしやすい言葉はない。
使い方しだいでは、味方にもなるが敵にもなる。
3.11以降あきらかに色褪せ、陳腐にすら受け取られた言葉だ。あれから1年たってまた、この「科学的」は復活してきているように感ずる。
 この不可思議な定冠詞「科学的」をこれからの世の中にどう使っていくのか、吟味の必要がある。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

『理科教室』(5月号)を読みながら

Dsc_0566

▼今日からいよいよ5月である。新しい緑が生まれる季節が本格化する。そんななかで、緑を失っていく植物もある。それは我らがヒガンバナである、定点観測地のヒガンバナはカラスノエンドウに完全に包囲されて急速に緑をうしない枯れていっていた。やがて、地上から姿を消すであろう。
 そんなヒガンバナを中原正木さんは『理科教室』5月号の巻頭エッセイ「道端の生物学」で、
「約束を したみたいに咲く 彼岸花」
「冬なれば 青葉茂れる 彼岸花」
と俳句もどきで詠んだ。
▼私は驚いてしまった。この「草々の生き様 五七五(俳句もどき)」の主張を読んだからだ。私はここで「「俳句」という科学の方法!!」と書いた。それに対して小山正見さんからコメントをいただき、授業でを考えられていますかと聞かれた。聞かれたことをヒントにそれもありなのかと思っていた、そこに中原さん提案を読んだものだからそうか!やっぱり同じこと考える人いるだ。とってもうれしくなってしまったのだ。
▼私は、昨年の春定年退職をした。
それまで学校出入りの本屋さんにお願いして、何種類の雑誌を定期購読をしていた。
退職を機にすべての雑誌の定期購読をストップした。入口をふさいでおいて、今ある情報を整理しようと思ったのだ。そして、その見通しがたったら定期購読を再開しようと思ったのだ。
一年が経った。
整理は未完であるが、理科教育関係の雑誌については限定して再開することにした。
そのひとつが『理科教室』(日本標準)である。
▼その『理科教室』5月号で上記の巻頭エッセイにつづいて読んだのが
◆ 授業づくり入門 [主張] 子どもと仲間から学ぶ授業 四ヶ浦 弘
であった。ちょうど四ヶ浦さんにも先日お会いしたところだったのでこの主張をよりリアルに読ませていただいた。
なるほどと納得いく主張だ。生徒の指摘に真摯に耳を傾ける四ヶ浦さんはさすがだ!!
◆―教材開発の方法―モノをいじくり、ワクワク楽しむ 後藤 富治
これも面白かった。自分の今展開している「新・教材試論」ともずいぶん重なるとこがあると思った。
そりゃそうだ、だって私は、後藤さんたちを先達としてそこから学んできたのだから。ライフステージと教材開発、これからの教材開発は 等など学ぶべきものもいっぱい語られていた。

まだまだあるが…。
▼こうして読んでいると、紙の雑誌もなかなかいいなと思いだした。紙の雑誌の継続がずいぶん困難な時代が来ていると言われている。ネットの時代であるから、情報はその方がはやく多様であるというのである。それは確かである、しかし、私は、この紙雑誌が役割を終えているとは思わない。
 ネットでつながりある人たちのまとまりある文章に出会えるのも楽しいものである。
その人のほんとうの文脈が見えてくるのも、『雑誌』の方かも知れない。
これからの『雑誌』の読み方を変えていこうと思う。そして両方の世界を楽しんでしまおう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2012年4月 | トップページ | 2012年6月 »