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今なぜ寺田寅彦なのか?

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▼春の気配が増してきた朝。枯れ始めたヒガンバナ、ツクシ、ホシノヒトミ、ペンペングサ、椿…ひとわたり見て回って家についてはっと気付いたものがある。何を植えていたかわからない状態で放置された植木鉢のなかに新鮮な春をみつけた。コケだ、何ゴケだろう?胞子のうをぎっしりとつけていた。
そうだ思いだした。コケの「ふしぎ!?」を追いかけようと夢中なりかけていた時期があったのに、いつしかそれから遠ざかってしまっていた。コケからいつしか興味はクマムシへ向かったのだった。
また、コケの「ふしぎ!?」にもどってみようと思う朝だった。
▼「ふしぎ!?」は繰り返す。螺旋的に進化していくものである。
先日テレビでジャクソン・ポロックの絵画のことをやっていた。絵画に特別興味があるわけではないが、あの言葉が出てきたので途中からであったが釘付けになって見た。
その言葉とは、自然の「ふしぎ!?」を解くキーワード「フラクタル」だ!!
その言葉を最初に知ったのも、寺田寅彦を通してである。
もちろん寺田寅彦が「フラクタル」という言葉を使っていたというのではない。しかし、その「フラクタル」概念に気づき自然を観ていたのでないかというのだ。言わば今日の複雑系科学のはしりである。
たいしたものだ。
▼なんで、私は今この寺田寅彦に惹かれるのだろう。そんなことぼんやりと考えていたらそれにヒントを与えてくれる講演会の記録にであった。それもオンラインにあった。

◆市民講演会「身の周りの科学から震災まで:寺田寅彦とサイエンスの今」

あの内田麻理香さんが総合司会をして4人の講師が切り口を変えてテーマにせまり、後に総合討論をするというものである。実に興味深く面白かった!!
 地方に住む人間にとってこんなのがみれるなんてありがたいかぎりである。深謝!!
▼私はゆっくりである。
「今なぜ寺田寅彦なのか?」に早急に答えを出さない。いや、出せないのだ。
きっと、私の手には負えない偉大なる人なんだろう。
しかし、我が身を省みずこの人に惹かれるのはたしかである。
「新・私の教材試論」「新・自由研究のすすめ試論」「サイエンスコミュニケーター宣言」などにも深くかかわって、ここに「これから」のヒントがあるからだろうと思う。

第一回オンライン「寅の日」は4月11日(水)である。

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