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今、「俳句」が面白い!!

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▼校庭のアメリカヤマボウシ(ハナミズキ)があたたかい雨に濡れていた。ちょうど100年前1912年の桜のお返しにと1915年アメリカから日本にやってきたハナミズキは、日本の自然にすっかり融け込んでいた。
 青空にも、曇り空にも、そしてすこしあたたくなりつつある雨にもとても似合いである。
 
ふたたびや 誇りの庭の 花水木

▼私は、我らが寅彦の俳句の薦め
◆寺田寅彦「俳句の精神」(青空文庫より)
を読み進めていた。寅彦の薦めはきわめて説得力をもつ。
思わず膝をたたきうれしくなってくるのである。
俳句と言う十七字詩の不思議な魔術が可能になったわけを次のように言う。

一つはすでに述べたとおり、日本人の自然観の特異性によるのである。ひと口に言えば自然の風物にわれわれの主観的生活を化合させ吸着(アドソーブ)させて自然と人間との化合物ないし膠質物(こうしつぶつ)を作るという可能性である。
もう一つの重大な理由と思われるのは日本古来の短い定型詩の存在とその流行によってこの上述の魔術に対するわれわれの感受性が養われて来たことである。換言すればわれわれが、長い修業によって「象徴国の国語」に習熟して来たせいである。

さらには、「五七五」の必然と可能性について語りその具体的な手ほどきにまで話は及ぶ。

初五が短いためにそのあとでちょっとした休止の気味があって内省と玩味がんみの余裕を与え、次に来るものへの予想を発酵させるだけの猶予(ゆうよ)を可能にする。中七は初五で提出された問題の発展であり解答であるので長さを要求する。最後の五は結尾であって、しかもそのあとに企韻の暗示を与え、またもう一ぺん初五をふり返ってもう一ぺん詠(よ)み直すという心持ちを誘致するためには、短いほうが有効であるかと思われる。

と。
読み進めるあいだに、私はこの世界の先達からすればお笑いのような無謀なる計画を決意した。
それは俳句結社「寅の日」をつくることである。
寅彦の俳句観に感化され、俳句修業にはげみ楽しむ会をつくるのである。
▼その修業の意義を次のように語ってくれ、背中を押してくれている。

日常生活の拘束からわれわれの心を自由の境地に解放して、その間にともすれば望ましき内省の余裕を享楽するのが風流であり、飽くところを知らぬ欲望を節制して足るを知り分に安んずることを教える自己批判がさびの真髄ではあるまいか。  俳句を修業するということは、以上の見地から考えると、退嬰的(たいえいてき)な無常観への逃避でもなければ、消極的なあきらめの哲学の演習でもなく、またひとりよがりの自慰的お座敷芸でもない。それどころか、ややもすればわれわれの中のさもしい小我のために失われんとする心の自由を見失わないように監視を怠らないわれわれの心の目の鋭さを訓練するという効果をもつことも不可能ではない。
  俳句結社「寅の日」は、ソーシャルメディアを駆使しようと思う。 Twitter的(「リンク」「シェア」「フラット」「等身大」「リアルタイム」「アクティブ」)であろうと思う。

さっそく5/5(土)の第3回オンライン「寅の日」には、この「俳句の精神」をオンラインで読むことを加えよう。

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