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サイエンスコミュニケーター宣言(157)

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▼昨日も出かける前にツクシと椿の花の落ちたのを見に行ったんだ。
自分の「ふしぎ!?」を追いかけながら、人の話を聞かせてもらうのがいちばん効果的だと思ったからだ。
▼そして、久しぶりにたくさんの人の「私の科学」を見せてもらい話を聞いたのだ。
見せてもらった実験の数々、どんどん進化していた。
面白い!!
「科学」はやっぱり面白いんだ!!
その面白さ、楽しさも人から直接学ぶのがいちばんなのだ。
人から人へ伝わり、学び合い高めあうから面白さが何倍にもふくれあがるのだ。
それがサイエンスコミュニケーションだ。
それを実感する一日だった。
▼「サイエンスコミュニケーション宣言」はじめて今日で一年が終わる。
この「宣言」は、今日でいったん終わりとする。
365日のうち157日も、それに関連したことを書き続けたわけだから、けっこういろんなことを発信している。
そのこと意味がほんとうに見えてくるのはもっともっと先かも知れない。
 しかし、現時点で結論だと思っている「これから」を再々度書きとめておこう。

(1) 道楽的「科学」・道楽的「理科」の追求!

(2) サイエンスイベント・ムーブメントに参画する。

(3) 中学校「理科」カリキュラム全課程実践的検討!!

(4) あらたな理科教育コミュニティの構築!

▼サイエンスコミュニケーターを名のることは、来年度も続けるつもりだ。
サイエンスコミュニケーションとは?
サイエンスコミュケーターとは?
の自問自答も続けるつもりだ。
しかし、「サイエンスコミュニケーター宣言」は、今回で終わりとする。
「サイエンスコミュニケーター宣言2」を始めるかどうかは検討中である。

峠のうえの空はあこがれのようにあまい。
たとえ行手がきまっていても
ひとはそこで
ひとつの世界にわかれねばならぬ
そのおもいをうずめるため
(真壁仁「峠」より) 

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本日!オンライン「寅の日」準備日だ!!

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▼いよいよ今度こそ、本格的に春だ!!と思わせる陽気だ。朝に吸い込む空気にそれを感じる。家から十数メートルはなれたところにさがしていた昔懐かしい「春」をみつけた。ツクシだ!!
新しい畔になかなかみつけられなかった、うれしかった。このツクシとあのスギナが同じものだとはじめて教えられたときはなかなかそれが信じられなかった。このアタリマエの「ふしぎ!?」は、はじめて知って半世紀以上たった今も続いている。
 いつか、ツクシの胞子からスギナを育ててみたい。その夢は今も続く、今日いちど専門家に可能か聞いてみよう。
今日は、そんな「ふしぎ!?」の謎解き名人 寺田寅彦の日だ。
▼寅彦と親交のあった分光学の第一人者高嶺俊夫は、1928年の春頃から一週間に一度のペースで寅彦と昼食会を催し、科学・学問の話題で盛り上がり“高等遊民”のくらしを楽しんだという。
名付けて「寅の日」。
私は、これをオンラインでやってみたいと思った。名付けてオンライン「オンライン『寅の日』」だ。
84年ぶりに「寅の日」を復活させるのである。
▼師 漱石ゆずりの寅彦の文章は、みごとである。
100年の時空を超えて私たちに不思議の謎解きの面白さ、醍醐味を伝えてくれているのである。
今、ほんとうに幸いなことに、オンラインでいつでも、どこからでもこの文章群に出会うことができるのである。
◆作家別作品リスト:No.42 寺田寅彦 (青空文庫)
である。ありがたいことだ!!
ひとりで読んで楽しむのもいいが、たくさんの人と一緒に読みながら「寅彦の世界」を楽しめばもっともっと楽しいものになるのではないだろうか。
そこで、オンライン「寅の日」だ!!
▼何回つづくかわからないし、どんな「かたち」になるかわからないがともかくはじめてみることにした。
本日、2012年3月30日(金)(干支の「寅」の日)は準備・提案の日だ。
来月4月から本格的にはじめることにする。
今日は試しに青空文庫から2つ読ませてもらおう。
・「思い出草」
先日までここで話題にしていた「椿の落下運動」のことも出てくる。
・「アインシュタイン」
寅彦が同時代を生きたアインシュタインの「えらさ」を語ってくれている。「科学」「学問」とはも。

【4月「寅の日」予定】
第1回オンライン「寅の日」 4月11日(水) 「天災と国防」予定
第2回オンライン「寅の日」 4月23日(月)

何を読むかについては一緒に考えて行きたい。「お薦め」受付中!!
この後、どこでどのように展開していくかも検討中!ご意見よろしく。

「ねぇ君、不思議だと思いませんか?」
の世界にぜひご一緒に!!

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サイエンスコミュニケーター宣言(156)

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▼外の手洗い場の下のペンペングサが異様なまでに伸びてきた。さあ!今度こそほんとうに春だ!
このペンペングサ(白)、そしてホシノヒトミ(青)、ホトケノザ(赤紫)のトリオたちが新しい畔にも春前線をもたらしている。そこに、タンポポ(黄色)やヨモギ(緑)が加わって畔はさらににぎやかになっていく。
▼サイエンスコミュケーターとしての一年があと3日で終わろうとしている。
あらためて問うてみる。
「私はサイエンスコミュニケーターか?」
答えは決まっている。「YES」である。
誰がきめるのか?それはけっきょくは自分自身が決めるのである。
他人から「おまえのようなやつはサイエンスコミュニケーターではない」と言われれば、「そうかもしれないですね」と言うしかないのだ。
 しかし間違ってはいけない。「私はほんとうのサイエンスコミュニケーターか?」の自問自答は続けていかねばならない。
▼私のなかでは、元祖サイエンスコミュニケーターはファラデーで思っている。
日本では寺田寅彦であると思っている。
今のところの私のサイエンスコミュニケーターの定義は
シンプルに言えば「科学を楽しみ、それを伝える人間」である。
寅彦風に言えば
「『ねぇ君、不思議だと思いませんか?』を発し続ける人間。」である。
▼その道は不透明である。
だからと言って歩みをとめるわけには行かない。
これからも、「私の科学」の居場所を求めての旅はつづく。

すぎ来しみちはなつかしく
ひらけくるみちはたのしい。
みちはこたえない。
みちはかぎりなくさそうばかりだ。
(真壁仁『峠』より)

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【お薦め本】『寺田 寅彦』(小山 慶太著 中公新書)(続)

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▼私は、昨日もまだ「椿の落下運動」を追いかけていた。
「落ちさまに 虻を伏せたる 椿哉」
は、寅彦の生涯の師 夏目漱石の句であるという。漱石がそう詠んで三十数年を経て、寅彦の『空気中を落下する特殊な形の物体-椿の花-の運動について』(1933年)は発表される。
それは何を意味するのか。その経緯は…。
このあたりを切り口に「ふしぎ!?」の謎解き名人「寺田 寅彦」を語ろうとしたのが
◆『寺田 寅彦 漱石、レイリー卿と和魂洋才の物理学』(小山 慶太著 中公新書 2012.1.25)
である。
▼この切り口がなかなか面白い。
先日3月10日、ファラデーラボ一周年記念行事で理科ハウスの館長の森裕美子さんの「アインシュタインと石原純」の話を聴いたばかりであったからそれを想起した。2歳ちがいで同時代を生きたアインシュタインと石原純この因縁深きふたり の物理学者を人生を対比しながら、二人がめざしたものはなになのか。語ろうとしたものはなにか、を追求していくその手口(手法)に感動したところだったので、それを思いだしたのだろう。
この本も同じその手口が使われていた。
▼最も敬愛する生涯の師 夏目漱石、あの恒久の「ふしぎ!?」=「空の色はなぜ青いのか」の謎解きを
みごとにやってのけたこれまた最も尊敬すべき物理学者レイリー卿、そして寺田寅彦の生きざまをパラレルにならべてみる。19世紀末から20世紀初頭、謎解きの手法、手口は大きくかわろうとしていた。物理学も「科学」も。
そんな時代にあって寺田寅彦は、等身大の科学に固執していった。
「椿の花の落下運動」だけでない。今読みかえしても、「ふしぎ!?」の謎解きのほんとうの面白さを教えてくれるものがいっぱいある。
「藤の実が飛び散るメカニズム」「尺八の音響学」「ヴァイオリンの物理学」「線香花火」等などどれも面白い!!
これぞ道楽的「科学」の先駆者だ。
 それだけではない。当時の最先端の研究「X線回折」の研究だってやっている。それも半端じゃない、世界の最先端をも視野に入れていた。
▼科学者・研究者として活躍しただけでない。「科学」の面白さ、重要性を時代のなかで語り続けたのである。
それもみごとな美しい詩的文章で。
 著者は言う。

 科学に関して研究者であると同時に、サイエンス・コミュニケーションの担い手-この面では先駆者とみなせるであろう-としての顔ももっていたのである。(同書 P220より)
 

そうだ、日本の元祖サイエンコミュケーターはこの人・寺田寅彦なのである。
この人の「科学」が今の日本には必要なのである。
「正当に怖がる」ためにも。
▼本の紹介をしているのか、私の「寺田寅彦」の語っているのかわからなくなってしまった。
なぜ今、寺田寅彦なのか?
それを語り出したら尽きない、私の能力では無理なのかも知れない。
この本を読んでいて面白いことを思いついた。

 寅彦は高嶺俊夫と親交を深めるなか面白いことをやっていたようだ。
 一九二八年(昭和3年)の春ころから、高嶺と寅彦は毎週一度のペースで、二人だけの昼食会を催すことになる。
高嶺はこの日を「寅の日」、一方の寅彦は「高嶺デー」と呼んでいた。(中略)学問の話もしたが、それ以外に気楽なテーマもよく話題にのぼったという。“高等遊民”を彷彿させる二人の姿が浮かんでくる。(同書 P15)

 これだ!!この「寅の日」の再現をするのである。再現と言っても遠く離れた人間が一回の「昼食会」を催すだけでもたいへんだ。「昼食会」を再現するのでない、その「空気」を再現するのである。
・「寅の日」をオンラインで再現するのである。
・いつやるか。一週間に一度はちょっとしんどい、月一度では間延びしすぎる。
そこで「寅」の日にやる12日に一度巡ってくる「とら」の日にやる。
さしあたり4月は4/11.23である。3/30は「寅の日」準備の日とする。
・まず、何をやるか。
ありがたいことに、今 寺田寅彦の書いたものは青空文庫で読ませてもらえる。
◆作家別作品リスト:No.42 寺田寅彦 (青空文庫)
 これを、今回はこれをと決めて読みながら感想等の情報交換を行うのである。

ほんとうの思いつきだ!!いっしょに寅彦の
「ねぇ君、不思議だと思いませんか?」
の問いかけに応えてみませんか。

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である。

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【お薦め本】『寺田 寅彦』(小山 慶太著 中公新書)

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▼椿、なんともありふれた春を告げる樹木の花だ。その椿が、今年から少し違ってみえている。それはあの「お水取り」のときの造花の「椿」の花を見たからである。あらためて人間と椿の関わりの深さ、その歴史に感動したからである。その椿、前の山の椿が朝の散歩道に散り始めた。散った姿を見ているあいだにあの人のあの研究を思いだした。それはちょうど今から80年前1931年・1932年におこなわれた。
▼椿の花が地面に落ちたとき「うつ伏せ」か「仰向きか」か。落ちた椿の花をしらべて確率をみるのであ。生徒の夏休みの自由研究ではない。れっきとした日本を代表する物理学者の研究である。
その物理学者とは、あの我らが寺田寅彦だ。
 この「椿の落下運動」研究はただ単なる数を数えるだけにおわらない。花を模してペーパコーンでモデルをつくり重さを変えて何度も何度も挑戦する。地面に近づいたところで突然「仰向け」になる。そのために必要な高さとは…、質量はどう関係するのか。ちょっとその一端を聴くだけでもさすがである。
▼そんな科学者「寺田寅彦」を紹介した本が今年になって出た。
◆『寺田 寅彦 漱石、レイリー卿と和魂洋才の物理学』(小山 慶太著 中公新書 2012.1.25)
実に興味深い。
 読み始めたらとまらなくなってしまった。

(つづく)

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【Web更新3/25】12-13 「サイエンスコミュニケーター宣言」 更新!

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やっとなり ふきまんぷくの ふくらみて  12/03/24 (土)撮影@福崎

■楠田 純一の【理科の部屋】12-13
週末定例更新のお知らせ
 2011年度があと一  週間になった。まだまだ学校は4月でリセットなのである。
さて、この一週間のあいだに「やらねばならないこと」「やっておきたいこと」山積みだ!!。
どちらからと迷ったらまずは「やっておきたいこと」「やりたいこと」を優先でいこうと思う。
それが、道楽的の決意だ。

◆表紙画像集2012 人里の植物 フキノトウ(「ふきまんぶく」)
 私がフキノトウのことを「ふきまんぶく」という呼び方があると知ったのは、田島征三の絵本を通してであった。
あの土のにおいのする田島の絵本の大ファンだった。子どもが小さい頃の話だからずいぶんと昔のことだ。
しかし、その名前を知ってしまうとフキノトウよりこの方があの姿かたちにぴったりのような気がして今も使い続けている。オオイヌノフグリは「ホシノヒトミ」、フキノトウは「ふきまんぶく」とよぶ。ありがたい話だ、植物の呼び名は自分のルールでいいんだ。

◆サイエンスコミュケーター宣言 更新!
 この「サイエンスコミュニケーター宣言」もあと一週間になった。この一週間のあいだにこの一年間に何を書いて来たのかふり返ってみたい。この「宣言」とは私にとってなんだったのだろう。

◆新・クラウド「整理学」試論 更新!
 年度末の「整理学」とあわせて、少しすすむかも知れない。
ともかく「整理」を楽しもう!!楽しむ技術・方法を身につけよう!!
 

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サイエンスコミュニケーター宣言(155)

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大賀ハスの蓮根の植え替えをやってから49週目であった。今年度は、もうあと一週間で終わりにしたいと思っている。今年は少し寒いが、ちょうど今週末がいいかと思っている。
 折れた葉柄に雨風に耐えてきた葉がぶらさがっている。葉柄は幾十にもねじれてこの半年の風雨の歴史を残している。あんな大きな葉を支えていたのだからやっぽど丈夫な繊維をもっていたのだろう。
それも、もう一週間だ。
▼こちら「サイエンスコミュニケーター宣言」の方も、あと一週間としたいと思っている。
「これから」の私の4つの仕事について語ろうとしていた。
まだ3つ目、4つ目の「仕事」についてはまったくくわしくふれていなかった。
(3) 中学校「理科」カリキュラム全課程実践的検討!!
(4) あらたな理科教育コミュニティの構築!
▼このふたつについては進めながら、どんどん軌道修正をしていくべきことで、すべてがやりながらの話である。
現在地を確認するという意味だけで少しだけ触れる。
(3) 中学校「理科」カリキュラム全課程実践的検討!!
は、きわめて我田引水の話である。自分がずっと中学校「理科」授業ばかりにたずさわってきたからでもあるのだが。
 しかし、かなり強力に堅く信じている。
鍵は中学校「理科」にあり!! と。
私は、これまでの中学校理科授業全時間についてなんらかの情報を【実践DB】にあげている。ふりかえってみて「うまくいった」
というような授業は数えるほどしかない。(それも自分がそう思っているだけだが。)だから、それを人に薦めたりするものではないが、このような作業はぜひのお薦めである。
 ちょうど年度末である。年度末の情報整理で語ったこともあるがきっと、これからの自分の授業づくりに役立つはずである。いちばんに利用し、役立つのは自分自身である。
これは、まちがいない事実!!
▼最後の
(4) あらたな理科教育コミュニティの構築!
についても、手前味噌な話を蛇足として追加しておく。
あらたなコミュニティづくりも面白いかも知れないが、老舗も面白いよ!!
ということをぜひ言っておきたい。理科教育コミュニティの老舗と言えば【理科の部屋】である。
今年の11/23で19年になるのである。成人一歩手前まできているのである。
最近あまりPRしなくなったので久しぶりにお薦めを!!
◆日本の理科教育情報発信基地 【理科の部屋4】@folomy 
・昔あったあの人が!
・まだ見ぬ生涯の友が!
・ゆっくりと自分のペースで理科教育情報交換を
・情報は発信するところに集まる!! 私たちの合い言葉。
・あなたがノックされるところがドアです。
・時空を超えて響きあい・学びあい・高めあう世界を
等など
 まだまだ継続中!!ですよ。ぜひのぞいてみてください。
そして…。

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サイエンスコミュニケーター宣言(154)

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▼昨日は「ふる・ふく・どん」の「ふる」の一日であった。
雲が発生して、そこから雨が降る。このアタリマエだって、「ふしぎ!?」だと思いだすとけっこう面白い「科学」が潜んでいる。雲が発生するのをじっくりと見ているとほんとうに私たちは「大気の物理実験室」のなかにいるんだ!と実感するのである。
▼そんな春の「ふる」一日、私は今さらの勉強をひとつはじめた。ほんとうに「今さら」なのである。
「パワーポイント」の使い方の勉強をいちからはじめたのである。
今までプレゼンの機会がなかったというわけではない。必要なときもあった。しかし、それは別のもので代用してきていた。たとえばあらかじめWebページをつくっておきオンラインでつなぎながら話をするという方が、やっぽどリアルで面白いと思ってきた。また誰も彼もが使い始めたものだからへそ曲がりな私は少し敬遠してきたところがある。
▼それが、なんでまた今さら始めるかというと、もう一度コミュニケーションツールの「原点」を見直してみたいと思いだしたのだ。
 どのように「科学」を伝えるのか。そのための道具に今、私はどんなものを持っているのか。
それはこれからも有効か。
 もう一度一から勉強しながら考えてみたかったのだ。
▼とは言っても、自学自習はなかなかむつかしいものだ。
まして、学び合うことの面白さを知っている今はなおさらである。
早く駄作でもひとつつくって、プレゼンの真似事をやりながら勉強する方がやっぽど効率的なんだと思うが。

今日も、もう少し続けてみる。

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サイエンスコミュニケーター宣言(153)

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「春の天気は ふる・ふく・どん」という言葉があるそうだ。使えるコトバである。
春になると、西の大陸の方から移動性高気圧・低気圧(前線)からくりかえしやってくる。そのたびに雨は降り、風は吹く、そして雲見の空は曇天となるのである。ひとつの天気の終わりは、はじまりでもある。
 それは天気ばかりではなかった。年度替わりのこのシーズンすべてに言えることでもあった。
▼「サイエンスコミュニケーター宣言」が終わろうとしている。それも同様であった。「これから」がはじまろうとしていた。「これから」のサイエンスコミュニケーターの私の仕事として、4つをあげた。
繰り返してみて自分でも確認してみる。

(1) 道楽的「科学」・道楽的「理科」の追求!

(2) サイエンスイベント・ムーブメントに参画する。

(3) 中学校「理科」カリキュラム全課程実践的検討!!

(4) あらたな理科教育コミュニティの構築!

▼「これから」はすでにはじまっていて、道楽的「科学」の具体的戦略まであげていた。
a 先達に学ぶ
b 門は叩き続ける
c 結びつけて考える
d 「仮説」を立てて考える。
e アクティブに思考する。
とこうである。小手調べに「丹生を追う」でやってみた。使えそうである、続けよう!
 ひとつだけにとどまっているわけにはいかない。
(2) サイエンスイベント・ムーブメントに参画する。
もやってみよう。参画するとは、人がつくった企画に参加するだけでなく、自分でもいろな企画を立案し実施することを意味する。現時点で思いつくものをあげてみる。
・デジカメ自然観察教室(各シーズン、対象物別)
・ヒガンバナオフ(半年前の今から)
・教師のための教師の実験教室
・教師のための授業づくり講座
・…
▼とあげていっていて気づくのである。
自分が「恒常的な学びの場」を欲していることを。学び続けることこそが、教える・伝える資格を保持し続ける唯一の道なのである。
 それは「大学」だろうか。
・「通信大学」
・ネット上の学びの場?

この週末 少し彷徨してみよう。

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サイエンスコミュニケーター宣言(152)

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▼そうそれはちょうど一年ほど前からである。ふたつの歴史が気になりだしたのは。
それは、サイエンスコミュニケーター宣言の第一日目にも記していた。

私は、現役最後の授業でふたつの「科学の歴史」にふれた。
●1912年ウェゲナーの「大陸移動説」
それから100年!!
●1831年 ファラデーの「電磁誘導」発見
それから180年!!
時代は遡行しない。
「私の科学」はどこにいるのか?
それを問うことからはじめたい。
ゆっくりと ゆっくりと…

▼あれから一年だから、その歴史にプラス1年をしなければならない。
ウェゲナーの方は、正確に言うならば、今年の方が正真正銘の100年!!だ。ファラデーの方は181年となり、一年プラスである。この一年間私は問い続けた。あの手、この手で問い続けてきたように思う。
問い続けることに何が見えてきたのだろうとふり返ろうとした。
▼そしたら、まったくの偶然にきわめて面白い文章につきあたった。
◆「問い続けることの面白さ」を見出す(講演内容を元に書き起こし)森山和道
もちろん私とはちがった文脈のなかでの文章なのであろう。
ただ偶然使用している単語が共通しただけなのだろう。でもどうしてなんだろう。
「共感計」の針が妙に強く振れるのは。
もう一度読みなおしてみよう。
▼今日、実際に人に久しぶりに語ってみよう。
・ウェゲナーから100年!!
・ファラデーから181年!!
「ねえ君、不思議だと思いませんか?」

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新・クラウド「整理学」試論(36)

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▼春分の日の昨日久しぶりに畑仕事をした。周りの草むら、畔を見て驚いた。ほんとうに一斉にホシノヒトミが咲き出しているのである。咲き始めていることは気づいていた。しかしここまで「一斉に」とは思わなかった。
それは畑の周りだけではなかった、門先も道ばたもいたるところにだ。ホシノヒトミ前線が春をつれてきたのである。気温、地温、日照時間、大気の湿度等などの条件が整ったのだろう。
そのタイミングがきたのだろう。
▼「整理」についても同じことが言える。臨界点があるのである。
それまではあまり効果は目に見えてあらわれないが、あるところを境目にいっきょに視界が広がり見えてくる地点がある。ずいぶん時間をかけることになったが、「空間の整理」においては、その臨界点が見えてくるようになった。後は飽きずにこの繰り返しが必要なようだ。
▼問題は、次の「情報の整理」だ。
いっきょに臨界点には達しないとは思っている。しかし、あまりにも遠大すぎて全体像すら見えてこないのである。
・「アーカーイブの整理」
・「データーベースづくり」
・未来の授業づくりのためのデーターベースづくり
・…
情報を活用するための「情報の整理」はどのように進めればいいのか。
それが、まだ見えてこない。
 ひとりよがりな営みをいくらやっても意味がない。使うのは自分とはかぎらないのだから。
だからと言ってコンテンツならべるだけでコンテクストなき情報などゴミの山と化してしまう。
どうすれば…
まだ当分は模索がつづきそうである。
▼でも光はある。
共同作業として、この「情報の整理」をやることである。
それはひとりよがりを防ぐだけでなく、この作業自体をコンヴィヴィアリティな営みにしてくれるのである。
では、具体作業の最初は…。


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新・クラウド「整理学」試論(35)


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▼ほんとうにやっとなのである。どこか春めいてきた、あの「誕生の紅梅」が満開である、「えっこんなに毎年咲いていたのか」と今さら驚くのである。3月も下旬になってきて、いよいよ年度替わりである面、「整理」の季節である。
何十年と経験してきた「季節」である。
 そして、あの新・クラウド「整理学」試論を思い出したのである。
▼実に久しぶりである。この試論の続きを書くのは。試論(34)は7ヶ月も前の8/21に書いていた。
2011年度を今ふり返ってみると「整理」三昧の一年間だったはずなのにである。
 これまた久しぶりに佐藤可士和の「整理のプロセス」『佐藤可士和の超整理術』より)をじっくり見てみた。「空間の整理」「情報の整理」「思考の整理」とならべてみるというあの方法だ。
▼この一年間でいちばん力を入れて行って来たのはきっとこの「空間の整理」だろう。それは『佐藤可士和の超整理術』の巻頭の写真にあるあの「空間」が、私の理想の「空間」としてイメージしたからである。
  まったくなにもない机上。同じ大きさのBOXだけが並ぶ仕事場。
 これからはほど遠い現実だった、一年かけてそれにわずかに近づいたかも知れない。しかし、究極はやっぱりどんな理想形があったとしても、自分なりにカスタマイズしたものが最高なのである。
▼自分なりにどうカスタマイズするかによって、「整理」が「整理」だけに終わらずきわめてクリエイティブな営みとなるのである。
 昨日は入ってくる情報をある程度セーブするためにひかえておいた雑誌一年間分を発注した。
さあ、今年度の「整理」をさらにすすめよう。
 「空間の整理」「情報の整理」「思考の整理」とすすめていき究極は「時間の整理」と発見していたはず。


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【Web更新3/18】12-12 「丹生を追う」等 更新!

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ハナミズや 今しばしなり 春彼岸 12/03/18 (日)撮影@福崎

■楠田 純一の【理科の部屋】12-12
週末定例更新のお知らせ
 一週間なんてすぐ経ってしまうと思う一方、その気になれば一週間で遠くまで行けるものだと思う。先週のはじめにはまだ決めていなかった奈良のお水取り、最終ラウンドに行ってみた。1261年もの時空の旅だと思うとなんか「新しい世界」を見てきたようでうれしい気分である。
  今週もどんな「新しい世界」に出会えるのか楽しみである。

◆表紙画像集2012 人里の植物シリーズ ヒガンバナ
 なんと今週の表紙は、私にとってはもっともなじみのある植物 ヒガンバナである。春の彼岸の今は「葉の季節」の終わりが近づいているのである。他の植物たちが伸びてくればその場を「独り占め」というわけにはいかなくなるのである。そこで、やがて地表から姿を消し秋の彼岸にはスルスルと花茎をのばしてくるのである。何度考えてもみごとな戦略としかいいようのない。今しばしは「ハナミズ」状態は続くのである。冬のあいだにたっぷりと貯め込んでいることだろう。

◆「丹生を追う」 更新!
 昨日も「お水取り 東大寺修二会」(語り 小沢昭一)のCDを聴いていたら、あの14日の夜のことがまざまざと思い出された。道楽的「科学」の第一弾はこの『丹生を追う』である。
 これはずっとやりたかったことであり、保留を続けてきたことである。
 この後、どのように展開するか私にもわかっていない。

◆サイエンスコミュニケーター宣言 更新
 「サイエンスコミュニケーター宣言」をはじめてあと二週間でちょうど一年である。
この一年をどうしめくくるか。この二週間の私の課題である。それによって、来年度もかわってくるだろう。

さあ、新しい一週間がはじまる!!

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サイエンスコミュニケーター宣言(151)

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▼あたたかくなった雨粒が大賀ハス観察池の水面を打っていた。あと2週間となった今年の観察池である。今年は3月いっぱいで蓮根の植え替えをすることにした。それでちょうど50週である。
 年度の切り替えと同時に大賀ハス観察池も来年度に切り替えである。
▼同様に「サイエンスコミュニケーター宣言」も一年が経とうとしている。切り替えまで2週間となった。
「サイエンスコミュニケーター宣言」を続けるか。それともちがったかたちのものにするかは2週間のあいだに検討だ。書き続けて1年、やっとこのごろカタカナの「サイエンスコミュニケーター」が馴染んできた。
「サイエンスコミュケーターとは」の質問に私なりのいくつかの解答も用意できるようになってきた。
▼その解答が正しいかどうか、汎用性があるかないかは別問題である。
あくまで私の納得の範囲でことだ。
ひとつは、
「サイエンスコミュニケーターとは科学の授業者である」
したがって、理科教師は必然的にサイエンスコミュケーターであったのである。その自覚があるかないかは別問題である。
ふたつめはこうである。
「サイエンスコミュニケーターとはサイエンスライターである」
 自らの文脈で「科学」を語ることできる人間、それこそがサイエンコミュニケーターとしての資格のある人間であると言える。どこまでも自分の文脈、コンテクストを持たない人間は、「科学」を人に伝えることができない。
その文脈をいろんな表現にしていくのがこれからの仕事である。
▼「科学」をコンヴィヴィアリティのための道具にしていく、それこそがサイエンスコミュニケーターの仕事であるのだ。この2週間のあいだに、来年度の具体的な仕事を構想していきたい。
サイエンスコミュニケーターとして…。

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【必読】『ならまち大冒険 赤の巻』(寮美千子 毎日新聞連載中!)

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▼私は、まだあの「お水取り」の余韻のなかにいた。灯りを見れば、まだあの「尻追い松明」の渦を巻いているようにも見えてくるのである。何度も何度もあの夜に目の前で起こったことの反芻作業を繰り返していた。
 それにして1261年もの永きにわたり「不退」としてきたものは何なのだろう。
そんな「ふしぎ!?」を一夜の体験で謎解きをしようというのはおくがましい話だ。
それよりも私は、自分に起こった面白い展開に感動していた。
▼そもそも今回の旅のきっかけは、作家・寮美千子さんの「東大寺修二会「お水取り」の起源に関する仮説」を読ませてもらったことにはじまる。まずは、昨年の10月末に奈良を訪れた。今回の下調べの意味もあった。
そして、どうしても一年見送り難く最終チャンスに旅に出たのであった。
後で知ることになってしまったのだが、その場に寮さんもおられたという。
 そして、Twitterで興味深い情報をもらった。この寮さんの「水=水銀」説の論文を童話化したものをたった今毎日新聞に連載中であるという。(3/1~)
◆『ならまち大冒険 赤の巻』(文・寮美千子(りょう・みちこ) 絵・クロガネジンザ 毎日新聞連載中!)
さすがである。
 みごとに物語化されている。どんどんとその世界に引き込まれていく。
多くの子どもたちに「読んであげたい」ものだ。
必読!!
▼実に面白い展開である。私は奈良にでかける前にこれからの道楽的「科学」をこう進めると宣言した。
a 先達に学ぶ
b 門は叩き続ける
c 結びつけて考える
d 「仮説」を立てて考える。
e アクティブに思考する。
 それがまったくその通り展開するので、自分でも驚くばかりなのである。
▼しかし、こんな偶然って重なるものなんですね。自分でこう書きながらも信じられない展開である。なんか「作り話」をしているような気持ちになる。
 これは、けっして「作り話」などではなく「事実」なのである。
これは、この後どう展開していくのか私自身にもまったくわからないのである。
わかることがある。 
道楽的「科学」は楽しい!!ということだ。
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ついに東大寺二月堂修二会(「お水取り」)に行った!!(2)

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▼「尻つけ松明」に感動した後、再び内陣の正面の局に場所を確保したのは19時30分ごろだっただろうか。
そこに座ったが最後延々と身動きができなくなってしまった。
・大導師作法
・半夜の時
・走りの行
・香水まいらせ
・後夜の時
・…
足のしびれてくるのも忘れて、その目の前で展開される不思議な世界を堪能していた。
なんと23時前にはあこがれの「お香水」のおすそ分けもいただいたのだった。
そして日が変わっても不思議な世界は続いた。
・咒師四王勧請
・達陀の行法
・名残の晨朝
・破壇
・神供
・満行下堂
とつづき、すべてが終わったのは朝の4時半ちかくであった。
一夜にして修二会の醍醐味を味わったような気分になった。
▼これは帰ってから知ったことであるが、この旅のきっかけを与えてくださった作家・寮美千子さん(「東大寺修二会「お水取り」の起源に関する仮説」)もこの場におられたようだ。しまった!はじめてお会いする機会をのがしてしまった。
 私は、その「仮説」を自分でも納得したかったのである。修二会そのものが目的ではなかったが、別の意味でもこの行事に興味がわいてきた。
 もとの謎解きの文脈にもどるため私はいったん宿に帰り、再び9時過ぎに「大仏殿」を訪ねてみた。
やっぱり何度見てもでかい!!
 こいつに金鍍金を施そうと思うと金はもちろんのこと大量の水銀が必要である。「丹生」が大量に必要なのだ。それをどのようにして集めたのか。
▼大仏殿を出て、再び二月堂に行った。昨日というか、今朝方というか先ほど満行の前に、おまいりした三つ神社に明るいときにいってみた。やはりいちばんきにかかっているのは「遠敷(おにゅう)神社」である。
まずもって、遠敷と書いて「おにゅう」とは…。そして「おにゅう」と言えば「丹生(にう)」だ。
先ほどちらっとみると、やはり松田壽男さんも『丹生の研究』で、若狭の「遠敷」にはページをさいておられるようだ。
▼3/15の二月堂では、「だったん帽戴き」の行事がおこなわれており、小さい子どもづれの家族が多かった。
最後の「解散」まで居て、二月堂を後にした。
 「丹生を追って」の30時間ばかり旅であった。
 なんの「ふしぎ!?」が解決したわけではない。むしろ「ふしぎ!?」はふくらんだ、豊かに楽しくふくらんだのである。来年はぜひ若狭に出かけ「お水送り」を見てみたいものだ。
そして再び3/12の「お水取り」も見てみたいものだ。
 それまでにも機会あるごとに別の角度からも「丹生」を追い続けたいものである。
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ついに東大寺二月堂修二会(「お水取り」)に行った!!

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▼3月14日(水)の朝でも、実は私は迷っていた。恥ずかしながら私はこの年まで「お水取り」に行ったことがなかった。12日も逃してしまい今年また見送りかと思っていた。しかし、道楽的「科学」の魂がうずいてしかたなかった。
 またしても一年先にするなんて…。「丹生を追う」で、せっかく「奈良の大仏」→「金鍍金」→「水銀アマルガム」
→「大量の水銀」。「お水取り」と「水銀」伝説は関係あるか?
 9時半ごろ家を出て12時すぎには奈良にいた。必要なのは時間でなくアクティブな気持ちだけなのかも知れない。
▼はじめての「お水取り」だ。二月堂の下に経つだけでワクワクしてくる。その場に立ったらすぐさま目の前にあるのが「若狭井」であった。若狭井からの「お水取り」のいわれが書いてある看板がたっている。
このことは、けっこう思っていた以上に多くの人が知っているようだった。
「お水取り」自身は12日にすでに終わっていた。
▼14日の昼間の行事を見学して、一度宿に行ったがすぐもどり夕方の松明上堂を待った。
それにしてすごいダイナミックな「火の行事」である。
一度見だだけだが、そのすばらしさに惹かれ病みつきなってしまいそうだ。
美しく、すごすぎる!!
▼火のイベントは昨日の6時半から7時過ぎまでだったが、ことはそれで終わらなかった。
次々とはじめて目する私にはとても「ふしぎ!?」な行事が行われたのである。
修二会も最終日だったからだろう、すべてが終わったのは朝の4時半(15日未明)をすぎていたのだった。

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それにしても、この「不退の作法」 1261年一度も休むことなく続けられていると。
もうそれだけで感動である。そこになにがあるのだろう?

<つづく>

 

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サイエンスコミュニケーター宣言(150)

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▼「もどり雪」の空の雲見をしていた。それにしてもこの「雲見」いう自然観察はいくらやって飽きない。いくらでも「ふしぎ!?」がつづくものである。雲のかたち、色、高さ、進み具合そんなものから「天気」を予想するがなかなか当たらない。でも、予想に少し近づくとうれしい。観天望気の科学が少しずつ自分のなかに生まれてくる。
▼今日の「サイエンスコミュニケーター宣言」は記念すべき150回目だ。
よくもまあ、クダクダと続けたものだと自分でも感心してしまうのである。あまり「記念すべき」を意識すると何も書けなくなってしまうので、ふだんどおりでいこう。
サイエンスコミュニケーターとして私がなにをするのか。その「覚え書き」の第1は

(1)道楽的「科学」・道楽的「理科」の追求!

これだった。これから行こう!
保留し続けいるものの筆頭 「丹生」を追うを再々開してみる。
▼やりながら謎解きの私の流儀・作風を確立していこうと思う。
流儀のルールあげてみる。
a 先達に学ぶ
 浅学な私程度が「ふしぎ!?」に思うことだ。きっとこれまでにその「ふしぎ!?」に気づいた人がいるはずである。まずは徹底してその先達から学ぶことである。これまでの私の経験から行くと断言できる。
問えばかならず先達は応えてくれる。
 「丹生を追う」で今いちばんの関心事である「奈良のお水取りの「水」は 水銀か?」この「ふしぎ!?」を追う先達は作家・寮美千子さんだった。たのもしい先達はちゃんと道標をたててくさださっている。
◆「東大寺修二会「お水取り」の起源に関する仮説」

b 門は叩き続ける
 門は叩けば開かれる。しかし、一回だけで開かれるとは限らない。何度も何度も叩くのである。
叩き続けることだ。「丹生を追う」の場合もそうだ。叩き続けて四半世紀以上たっているだろう。

c 結びつけて考える
 一見まったく関係ないと思えることも結びつけて考える。そんな思考の習慣を身につけることだ。
お水取りと「水銀」一見何の関係なさそうに思える。1261年にもわたって途絶えることなく続いてきた火と水の行事(東大寺修二会)。東大寺、奈良の大仏、金鍍金、水銀アマルガム、水銀産地、若狭「水送り」等々つなげて考えてみると面白いことが浮かび上がることもある。

d 「仮説」を立てて考える。
 自然はこちらから問いかけなければ答えてはくれない。それも漫然とした問いかけではだめだ。
「だから、こうではないか?」と「仮説」を立てて問いかけなければ答えてくれない。

e アクティブに思考する。
 机上でああでもない、こうでもないと思考を繰り返しているだけでは道はひらけない。仮説がたったら現地・現場へでかけていって自分の目と耳で確かめてみよう。自分のレセプターをフルオープンにして。

▼思いつくままにあげてみればこんなところであろうか。
前口上はそれぐらいにして実践である。
今年の東大寺修二会(お水取り)は14.15日で終わる。
「アクティブに思考する」を決行してみよう。

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サイエンスコミュニケーター宣言(149)

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▼3月12日は奈良の「お水取り」(修二会「お松明」)である。まだ行ったことない行事であるが、実は今年こそはと参加をねらっていた、でもやっぱり無理だった。まだ完全にはあきらめてはいないが…。もちろん「丹生を追う」の延長線上の話だ。
 春の訪れを象徴する行事の日だったが、朝から播磨の地にも雪が降っていた。葉の最盛期を過ぎようとするヒガンバナに白いベールをかぶせていた。
▼もう少しだけ「サイエンスコミュニケーター宣言」をつづけよう。
これからサイエンコミュニケーターとしての私がなにをしようとするのか。少し長中期の展望に立って書き留めておこう。あくまで自分のための「覚え書き」だ。
(1)道楽的「科学」・道楽的「理科」の追求!
 最初の「丹生を追う」もひとつであるが、これまで自分で「ふしぎ!?」と思いその謎解きに挑戦してきたものがいくつかある。それらがいくつも保留のままになっている。
 保留になったままの謎解きをアクティブに再開する。謎解きをすすめるなかで、現代にふさわしい謎解きの流儀・作風を開発するのである。かなりの長期ビジョンである。

(2) サイエンスイベント・ムーブメントに参画する。
 サイエンスカフェ、サイエンス講演会、サイエンスフォーラム・実験教室などに積極的に参画する。これも自分で納得できるもの、面白いと思えるものを優先させるかたち動きはじめたい。判断基準は自分が「面白い!!」と思えるかどうかだけだ。

▼もう少し中期的(短期的)な展望でふたつあげよう。
(3) 中学校「理科」カリキュラム全課程実践的検討!!
 いよいよ4月から新しい「理科」が中学校ではじまる。
全課程の授業の検討をはじめよう。中学校理科こそが、これからの科学教育の鍵をにぎるのである。
自分が中学校にしかかかわってこなかったからこそなおさらそう思うのである。

(4) あらたな理科教育コミュニティの構築!
 もうすぐ【理科の部屋】はスタートして二十年になる。(93.11.23スタート)
20年前にくらべればネット環境も大きくかわった。【理科の部屋】の志は今なお有効であり、これからそうだとおもっている。しかし、そもそもの志とは「かたち」の継続にこだわらない。
常なる更新の志こそが本意である。今のネット環境に対応したあらたな「理科教育コミュニティ」の構築こそが志の持続する営みになるのだろう。それを模索していく作業に入ろう。

▼長期、中期を展望した営みもはじめるのは一歩からである。
いっきょに成し遂げれることなんかない。
一歩、一歩 道を楽しみながら歩むしかないのである。 

  

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【Web更新3/11】12-11 「サイエンスコミュニケーター宣言」 更新!

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ペンペンの 春に染めたり 畔あらた 12/03/11 (日)撮影@福崎

■楠田 純一の【理科の部屋】12-11
週末定例更新のお知らせ
 3.11が過ぎて、新しい第1日目の朝だ。
1日考えての結論だ。
・道楽的「科学」の追究!
これが私の当面の仕事である。
 そして人やモノの出会いは、「手術台の上のミシンと蝙蝠傘の出会い」のように美しいものをめざす。

◆表紙画像集2012 人里の植物シリーズ ぺんぺん草(ナズナ)
 ほ場整備であたらしい田ができて、あたらしい畦道ができつつある。そこに最初に居着いて「なつかしい」畔をつくろうとしてくれているのはペンペングサだ。
 それに続いて、ホシノヒトミ(オオイヌノフグリ)やホトケノザなども少しずつ勢力をひろげてきている。
そして、あたらしい畔となるのである。

◆サイエンスコミュニケーター宣言 更新
 この3月いっぱいはつづけるつもりである。それでちょうど一年になるから。
「サイエンスコミュニケーター宣言」をこれからもつづけるかは検討中!
どこかでちゃんとまとめておきたいという気持ちになっている。

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3.11 あれから1年!!

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▼昨日出かける前に見た大賀ハス観察池の水面にも、水中にも春は確実にやってきていた。植え替えから47週目であった。
 そして出かけた。昨日は待望のファラデーラボ理科ハウスがやってくる日だった。
▼理科ハウス館長の森裕美子さんの「アインシュタインと石原純」の話はとても面白かった。シロウトの私にもわかりやすい切り口だった。
 ふたりの「人生」がならべられた。アインシュタインの方が2歳年上だ。
同時代を生きたふたりの出会い、響き合い、学び合い。
・アインシュタイン来日滞在43日間
1922(大正22)年 11月17日~12月29日
今から90年前である。
なにがあったのだろう。
 そのころ「科学」は、「日本理科教育」は どこにいたのだろう。
▼そしてやはりいちばんの興味は、科学ジャーナリストとしての石原純が私たちに提言したものはなにか。
どうしても伝えたかったメッセージはなんだろう。
彼が遺してくれた「子どものための科学の本」を少しずつ読ませてもらいながら考えつづけたい。

 ファラデーラボの他の一周年記念のお楽しみ広場では、たくさんの「私の科学」を楽しませてもらった。
いっきょに楽しんでしまうのが「もったいない」くらい豊富な内容であった。
時間をかけてちびりちびり「私の科学」と結びつけながら楽しませてもらおうと思う。
ありがとうございました。
▼3.11だ。あれから一年だ!!
この何年まで「あれから○年だ!!」とここへ書き込めるだろう。
限られた回数であることは確かだ。
私は、この日を勝手に特別の日にしよう。
●「私の科学」の現在地確認の日にしよう。
 私にとって「科学」とは
 人間にとって「科学」とは
●「日本理科教育」の現在地確認の日にしよう。
 3.11を踏まえた取り組みになっているか。

この一年間に見聞きしてきたことを思い出しながら、「現在地」確認し、次なる一年を展望する日にしよう。

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Twitterはじめて900日目に思うこと。

▼昨日は、卒業式であった。そして明日は、3.11から一年である。今日はファラデーラボ一周年記念行事である。
 一年とは地球が太陽のまわりを一回転してくる時間である。一日とは地球が自ら一回転する時間である。こんなアタリマエ 今さら確認するほどのことでもない。
 時間は連続的だから、そんなにきっちり区切がついているわけでもない。でもやっぱり思考するときには気にしてしまうのだ。区切をつけて考えてしまうのである。
▼今日も、ひとつの区切の日であることをhttp://twilog.org/junkusuda
が教えてくれた。Twitterはじめてちょうど900日目にあたるのだ。
 Twitterはじめてから100日ごとに、このログを書いてきた。これが今から見返してみるとけっこう面白いのだ。100日というのは、ひとつの季節の期間なのだ。前回800日目は12/1だった。
▼800日目から900日目までにTwitter環境に大きく変化はない。
『情報の呼吸法』(津田大介著 朝日出版社)を読んだことぐらいであろうか。
 この本を読んで、私はずっと使いつづけてきている
Twitter的=「リンク」・「シェア」「フラット」「等身大」「リアルタイム」
に追加して
「アクティブ」(行動)の第6のキーワードを付け加えたい。
「行動」を引き起こさないような情報は、情報の名に価しないのである。
1000日目に向けては、このキーワードの有効性を証明してみよう。
▼今日は、その抜群のタイミングなのである。
ファラデーラボ創立一周年記念企画の日なのである。
私には格好のTwitter的実験日である。
・どんな新しい「ヒト」「モノ」との出会いがあるだろう。
・新しく何を学ぶことができるだろう。
・どんな新しい展開が待ち受けているのだろう。

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サイエンスコミュニケーター宣言(148)

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▼掘り起こした畑の土にもどこかぬくもりを感じる季節である。畔のペンペン草の白と緑がうれしい。空はぼんやり青空と雨雲を繰り返しながら季節はすすむ。そして、あれから一年だ!!
 なんなのだろう。心に今せまる切迫感!
 別に誰かに約束したわけではない。でもあの信じがたい「風景」を見ながら心に決めたことがあったはず。
それはなんだったのだろう。
▼明日10日に向けて石原純を読んでいた。やがて寺田寅彦・中谷宇吉郎につながっていった。
別の回路ではアインシュタインにつながり、そのアインシュタインがつねに書斎にその人の肖像画を飾っていたというファラデーにつながる。
 明日はその「ファラデー」ラボで「石原純」を聞く。
▼そのことと、私が「日本理科教育史」を追ってきて、「これからの理科」にまとめた

(1) 文化としての「科学」を学ぼう。教えよう!!
(2) コンテンツに右往左往するだけでなくコンテクストを紡ごう。
(3) 21世紀の科学にふさわしいカリキュラムの作成を。

とはなにか深く関係するような気がしてならない。
▼どのように関係しているのか。どのようにツナガルのか?
それは話を聞きながら考えてみよう。幸いなことにたくさんの先達たちも集まるようだ。
その人たちからも学ぼう。

それは3.11以降に心に決めたことと深く関係しているはず。

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「科学図書館」で石原純を読む!!

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▼昨日帰宅してから、畑のすみの「誕生の紅梅」のところに行った。曇り空であったが紅梅が満開に近かった。少し離れた位置でもその香がただよってきそうであったので近づいてみたのだ。
 この紅梅の木がここに植えられたとき、すでにあの石原純はこの世にいなかった。亡くなってからちょうど4年の月日が経っていた。
▼昨日のお薦め本『科学ジャーナリズムの先駆者 評伝 石原純』(西尾成子著 岩波書店)の5部を再度読んでいた。
実に興味深いことが書いてある。
彼の晩年の仕事の数々が紹介してある。
「科学」「科学教育」などについて一般向けに書いているようである。
タイトルを見るだけでもちょっと読んでみたくなるものがある。
これが寺田寅彦であるなら、青空文庫のお世話になって読ませてもらえるのにと思いながら捜してみた。
残念ながら青空文庫ではまだ作業途中であるようだ。
▼そのかわりとても面白いのをみつけた。
◆「科学図書館」
である。
石原純の文章も続々と電子的文章化が進んでいるようである。
いちばん読んでみたいと思った
◆『科学教育の原理的認識』(昭和十四年十二月)
をプリントアウトさせてもらって読んでみた。
驚いた。その提言があまりにも今日的なのに、七十数年の時空を超えて今日も有効であるのだ。
西尾茂子氏の「なぜいま石原純か」がさらに少し見えてきたように思える。
▼寺田寅彦と石原純は同時代人である。
一緒に仕事をしていたときもある。先に紹介した本にも石原純の寺田寅彦追悼文「寺田博士を悼む」(P215)がのっている。
 すばらしい文だ。石原が寺田寅彦をどのようにみていたかがよくわかる。
私たちは、これまで寺田寅彦の書いたものに多くを学んできた。同様に石原純からもっともっと多くを学べるのではないかそんな気がしてきた。
 なんかすごく「もうかった」気分だ。

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【お薦め本】『科学ジャーナリズムの先駆者 評伝 石原純』(西尾成子著 岩波書店)

▼このごろ妙な習性というか習慣が身についてしまった。
年代をみると、すぐあの「日本理科教育史」の年表に重ねてみるのである。
石原純(1881.1.15~1947.1.19)の66年の生涯もいつしか重ねてみていた。
石原が生まれて5年後
●1886年(明治19) 学校令「小学校の学科及びその程度」 「理科」誕生
日本の教育に「理科」が誕生した。
そして不運な死をむかえた年
●1947年(昭和22) 学習指導要領(試案)
戦後理科教育がはじまっているのである。
▼私が、「石原純」という名前をちゃんと聞いたのは今から17~18年前であろうか。
不勉強な理科教師であったからしかたないのだが、今から考えると恥ずかしいかぎりである。
ある人から「石原 純を知っていますか」と訊かれて、「石原純って誰 ?」という状態でした。
『物理学はいかにして創られたか』(アインシュタイン著 石原純訳 岩波新書)を読んだのもそれからずいぶんたってからでした。
 しかし、子ども向けの「科学」のすすめの文はいくつか読みました。(いくらかはネットで読むことも可能)
▼徐々に「石原純」という人物に興味がでてきました。
そんな私にピッタリの本が出たのです。昨年の秋でした。
■『科学ジャーナリズムの先駆者 評伝 石原純』(西尾成子著 岩波書店 2011.9.28)

ピッタリだと思ったのですぐ手に入れました。
正直に言いましょう。私は一部二部と読み進めて、ながくそのままにしていたのです。
そのころから「日本理科教育史」に興味がうつってしまっていたからかも知れません。
そのときはまだ
「はじめに」の「なぜいま石原純か」がわからなかった。
▼「日本理科教育史」俯瞰した後、再びこの本を読み進めてみた。
最初はなぜタイトルが「科学ジャーナリズムの先駆者」となっているのかわからなかった。読み進めるうちに少しずつわかってきた。
そして
・第4部 科学ジャーナリストとして
・第5部 戦時科学新興政策批判から敗戦直後の急逝まで

まで来て私の石原純に対する興味のありどころが、自分でもわかった。
私は今思う、第4部、第5部から読めばよかったと、そうすれば興味を持続させながら読めただろうにと。
それにしても豊富な資料だ。
参考にすべき文献も多様に紹介してある。
「石原純」入門には最適書である。
これからも自分の興味あるところからこの「科学の巨人」と少しずつつきあっていきたい。

 この3月10日(土)にはファラデーラボで、私にはじめて「石原純」の名前を教えてくれた理科ハウス館長の森裕美子さんの話がある。貴重な資料ともにこの人でなければ語れない話もでてくるだろう。楽しみである。

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サイエンスコミュニケーター宣言(147)

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▼今年の啓蟄の空だ。雨が降り続いた、なにも特別の不思議あるわけではない。しかし、考えてみると「ふしぎ!?」はいっぱいころがっている。雨がどのようにして降っているか。あの雲は上空どこまで続いているのか。右の方に見える山からはフズリナの化石がみつかっている。海だったんだ、それはいつのことなんだろう。どうして山になったんだろう。
 あげればきりがない、その「ふしぎ!?」全部とつきあっていたのではなかなか前に進めないので、とりあえずアタリマエとしているだけ。
▼ときに「ねえ君、不思議だと思いませんか?」と寺田寅彦のように人に問いかけてみる。
それが、サイエンスコミュニケーターの仕事である。
 だからサイエンスコミュニケーターは、いっぱい「ふしぎ!?」をもっていなければならない。
必ずしも、その「ふしぎ!?」の答えをもっている必要はない。
しかし、その「ふしぎ!?」に共感できなければならない。「そんなのアタリマエ!」として「ふしぎ!?」を切りすててはならない。
 「ふしぎ!?」を一緒に不思議がり、一緒に「ふしぎ!?」の謎解きをする意志があればいい。
それを楽しめればいい。
▼一緒に「ふしぎ!?」を科学するためには、学びの流儀が必要である。
「ふしぎ!?」をより豊かに伝えていくためには、それなりのスキルが必要である。
その学びの流儀とはなにか。そのスキルとは…。
自分の体験してきたことから、いくつかアトランダムにあげてみる。
● 人から学ぶこと
 アタリマエすぎるほどアタリマエの鉄則だ。
自然科学だから、モノから学べ。自然から学べ、自然の事実から学べと私も繰り返し言ってきた。しかし、最終は人から学ぶことである。自分が「ふしぎ!?」だと思うことは、実はみんな「ふしぎ!?」に思っているんだ。何世紀も前に同じ「ふしぎ!?」にこだわった科学者がいるかも知れない。その科学者はどうその謎解きをやっただろう。
科学者に限らないだ。まわりに一緒に暮らす人から学ぶのである。
 最もよく学ぶ者は 最もよく伝える!
▼人から学ぶときの鉄則があるんだ。
たとばネットの世界でもそうなんだ。もうパソコン通信も含めると20年以上ほぼ毎日ネットの世界に出入りしている。
表面的なネット環境は大きくさまがわりしてきた。
 しかし、一貫して人から学ぶときの鉄則がある。これからも有効な鉄則が。
それが
●情報は発信するところに集まる。

 人から学ぶときは、まず自分の等身大情報を発信することである。
必ず得たい情報は集まってくる。これは間違いない、ちょっと試みにやってみればすぐわかること。


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【Web更新3/4】12-10 「サイエンスコミュニケーター宣言」 更新!

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新しき いっぱい吸いて 藪椿
12/03/03 (土)撮影@福崎


■楠田 純一の【理科の部屋】12-10
週末定例更新お知らせ
 啓蟄である。土中の虫たちも活動を開始する季節である。私のなかの「虫」たちもそろそろ活動を開始しはじめるときだ。「ばかり虫」「思いつき虫」「こだわり虫」「ひっつけ虫」…。
 もう「峠」でたちどまっているときではないようだ。今週末は3.11から一年である。

◆表紙画像2012 人里の植物シリーズ 椿
 ずっと田舎ぐらしをしている私にとって最もなじみのある樹木の花と言えば、椿である。
前の山の藪沿いに椿の木が何本かある。
 ずいぶん前からぽつりと一輪咲いているのに気づいていた。しかし、それだけであった。
 どこか空気が新しくなってきていると感じるこの頃、注意してみていると一輪ではなく次々と連なって咲き始めていた。春をしらせてくれているようだった。

◆サイエンスコミュニケーター宣言 更新
 「日本理科教育史」を追うのもそろそろ終わりである。
より具体的に動きはじめようと思う。3.11を目途とし、3月いっぱいは書いてみようと思う。

さあ、動きはじめる一週間に…

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サイエンスコミュニケーター宣言(146)

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▼考えてみるとなんともしぶとくしたたかである。大賀ハスの葉である。枯れたのは昨年の秋だ。それなのに今なおその当時の姿、かたちを残すのである。ついにはこの冬を越してしまったのである。
大賀ハスの蓮根の植え替えから46週目である。今年の植え替えは今月末の予定である。身欠きニシンを準備しておこう。
▼3.11が近づいてきた。TVや新聞のメディアが「この一年」をふりかえりはじめた。
私も私なりのやりかたではじめよう。
私の場合はこの「サイエンスコミュニケーター宣言」がすべてであるのかも知れない。
私の文脈を整理してみる。
・「授業」はサイエンスコミュニケーションの最前線だ。
・授業者である理科教師は最前線のサイエンスコミュニケーターである。
・サイエンスコミュニケーターとして「これからの理科」を語ることが必要である。
 なにかトンチンカンなことを私は言っているのだろうか。
こう言いながらも、なにか違和感のようなものを感じたのは事実である。
▼そこで、私は 「日本理科教育史」を追ってみることにした。3ヶ月近くかかる作業になった。
我田引水になるが、それはきわめて興味深い内容になった。
明らかにしたかったのは、次の三つである。

(1) 私たちの「理科」はどこから来たのか。
(2) 私たちの「理科」はどこにいるのか。
(3) 私たちの「理科」はどこに向かうのか。

そして、大ざっぱであるが「これからの理科」というかたちでまとめた。

(1) 文化としての「科学」を学ぼう。教えよう!!
(2) コンテンツに右往左往するだけでなくコンテクストを紡ごう。
(3) 21世紀の科学にふさわしいカリキュラムの作成を。
(4) クラウド時代にふさわしい教材整理(教材研究)をしていこう。
(5) 授業は教育実践の最前線であることを自覚し、授業研究のすすめ方を再検討しよう。

これでは具体的にどう動くのか。まだまだ見えてこない、いましばらくの時間が必要なようだ。
▼そのためにも、この126年の歩みの遺産のなかから「これから」も有効そうなものをいくつをあげてみた。
蛇足になることをおそれつつも…。

(1) 『自然は最高の教科書!』とする自然観・自然科学教育観
(2) 実践記録を綴るという作風。
(3) 実験・観察の工夫、アイデア
(4) 「科学」を楽しむ作風
(5) 「ものづくり」を楽しむ作風

ここまできている。
さあ 次の一歩を歩み始めよう!!
127年目に向けて!!

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道楽的「科学」は 今!?

▼昨日は出雲へ車を走らせた。雪解けの中国地方への往復8時間のドライブはいろいろ楽しいことがあった。
まわりの風景にまちがいなく春がやってきていた。
今朝の真壁仁の「峠」のいちばんぐっとくるところは きのうとちがっていた!

ひらけくるみちはたのしい。 みちはこたえない。 みちはかぎりなくさそうばかりだ。

▼2012年の1/6がすぎて、あらためて「今年の抱負」を思い出していた。
そうだ!
今年は、道楽! 道楽的!の追求こそがすべてであった。
「科学」もそうだ、道楽的「科学」の追求こそ今やるべきことだ。今こそ…。
私の道楽的「科学」のテーマはいくつかある。もう何十年と保留にしたままのものもいくつかある。
今また「保留」にしてしまうことはもう生涯取り組まないと言ってしまうようで少しさみしい。
だから、今、思いつくことできることはやっておいて繋いでおこう。
やっぱりその第一候補は、「丹生を追う」だ!
▼突然に丹生を追って奈良に出かけたのは、昨年の10月の末であった。
それにはちょっとしたきっかけがあった。
作家・寮美千子さんの次なる論文を目にしたことによる。

◆「東大寺修二会「お水取り」の起源に関する仮説」

なんとみごとな「謎解き」であることか。
これぞ、私の道楽的「科学」の精神が刺激を受けるのである。
その「お水取り」の行事もはじまったようだ。もう若狭の「お水送り」の行事は終わったのだろうか。
▼無性に動きたくなってくる。
自分のからだを持って行って、その場の「空気」を吸いながら自分の目と耳と鼻で確かめたい。
そして、ほんとうの「納得」をつないでみたい。私の流儀で…。
「丹生」だけでない
・鉄づくり
・コウガイビル
・磁石石
・テフラ時計
・ベニバナ
等など

春だ!動こう!

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今年もまた『峠』(真壁仁)の季節だ!!

▼今年も、またこの季節がやってきた!!
3月も二日目。
ここ数年きまってこの季節になると、私はひとつの詩を思い出す。
真壁仁の「峠」だ。
私は、彼の『野の教育論』でファンになった。そして『紅と藍』で紅花を追う彼の熱烈な支持者になった。
そして『峠』で、彼は私に人生を教えてくれる最高の詩人になった。
▼毎年読むたびにいちばんこころに響く一節がかわる。
今年はここだ!!


風景はそこで綴じあっているが
ひとつをうしなうことなしに
別個の風景にはいってゆけない。
大きな喪失にたえてのみ
あたらしい世界がひらける。

▼何かを終えようとするときとは、それは同時に何かをはじめるときである。
しばし
峠で 「見える限りの風景をめにおさめて」
ふたたび…。 

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サイエンスコミュニケーター宣言(145)

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▼昨日もいつもの場所から、2月最後の「雲見」をした。再びの寒波であるがあきらかに春の空に移っていくところである。2月終わると言うことは、2012年の1/6が終了するということである。
なんというスピードだ。3月カレンダーをめくってみた。すべてが動きはじめる季節だ。
▼この「サイエンスコミュニケーター宣言」にもひと区切をつける時期が近づいてきた。
昨年の4/1からはじめたから、このひと月が経てば一年になる。
それがひとつのメドである。
日本理科教育126年の歩みの遺産を続ける。
(4) 「科学」を楽しむ作風
 「ふしぎ!?」の謎解きは面白い。しかし、そのままではなかなかその面白さに気づかない。
面白さを増幅する手順がある。段取りがある、それが「理科」でもあった。
「理科」のなかで謎解きの訓練するいくつかの試みがあった。
 これらのなかに「これから」も引き継ぐべきものが数多くある。
▼次も見逃してはならない。
(5) 「ものづくり」を楽しむ作風
 「科学・技術」として、「科学」と「技術」とをセットで扱う傾向にあることは事実である。
それらは切り離して考えるべきという主張もある。
納得できるところもある。
 しかし、あの感動の笑顔は忘れられないのだ。
・「究極のクリップモーター」づくり
・「カルメ焼き」
・「ピンホールカメラ」づくり
等など
▼私のなかで、どうも逡巡しているところがある。この春の季節のように…。
その「正体」はわかない。
あえて「宣言」など言ってみているのはその裏返しかもしれない。
さあ、もう少しこれを楽しく続ける方策を考えてみよう。

 

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