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新・クラウド「整理学」試論(36)

Dsc_0623
▼春分の日の昨日久しぶりに畑仕事をした。周りの草むら、畔を見て驚いた。ほんとうに一斉にホシノヒトミが咲き出しているのである。咲き始めていることは気づいていた。しかしここまで「一斉に」とは思わなかった。
それは畑の周りだけではなかった、門先も道ばたもいたるところにだ。ホシノヒトミ前線が春をつれてきたのである。気温、地温、日照時間、大気の湿度等などの条件が整ったのだろう。
そのタイミングがきたのだろう。
▼「整理」についても同じことが言える。臨界点があるのである。
それまではあまり効果は目に見えてあらわれないが、あるところを境目にいっきょに視界が広がり見えてくる地点がある。ずいぶん時間をかけることになったが、「空間の整理」においては、その臨界点が見えてくるようになった。後は飽きずにこの繰り返しが必要なようだ。
▼問題は、次の「情報の整理」だ。
いっきょに臨界点には達しないとは思っている。しかし、あまりにも遠大すぎて全体像すら見えてこないのである。
・「アーカーイブの整理」
・「データーベースづくり」
・未来の授業づくりのためのデーターベースづくり
・…
情報を活用するための「情報の整理」はどのように進めればいいのか。
それが、まだ見えてこない。
 ひとりよがりな営みをいくらやっても意味がない。使うのは自分とはかぎらないのだから。
だからと言ってコンテンツならべるだけでコンテクストなき情報などゴミの山と化してしまう。
どうすれば…
まだ当分は模索がつづきそうである。
▼でも光はある。
共同作業として、この「情報の整理」をやることである。
それはひとりよがりを防ぐだけでなく、この作業自体をコンヴィヴィアリティな営みにしてくれるのである。
では、具体作業の最初は…。


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