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サイエンスコミュニケーター宣言(137)

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▼昨日も寒い土曜日であった。ときどき生野峠を越えて雪雲がもれてくるようだ。定例観察の大賀ハスの観察池にも白いものが見られた。大賀ハスは今期蓮根の植え替えから44週目であった。
その大賀ハス物語の歴史ならはっきりとわかる。
●1951年(昭和26) 大賀一郎先生68歳 3月30日、千葉県千葉市検見川の泥炭層から約二千年前の古蓮の実を得る。

これが「大賀ハス」のはじまりである。大賀一郎氏はすでに68歳だったである。
それから61年の歴史を経て数々の「大賀ハス物語」をつくり今日にいたったのである。
ここにもその「物語」のひとつがあるのである。
▼「日本理科教育史」にも数々の「物語」があるのだろう。
仮に
●1886年(明治19) 学校令「小学校の学科及びその程度」
において「理科」は誕生したとするなら、今年で126年である。
67年の「戦後日本理科教育史」は、その半分を越えているのである。
それを今俯瞰するとき、67年の間にきわめて注目に値するふたつの論文がある。
書いたのは同じ人物である。庄司和晃氏である。
▼そのひとつは1965年に発表された。
●1965年(昭和40) 「理科教育における「予想・仮説」着目史」(庄司和晃著『仮説実験授業』国土社刊) 

今回、読みかえしてみて、驚いてしまった。なんとすごいことを言っているのだろう。戦後20年の時点で、その後の日本理科教育史を予見しているのである。あまりにすごいので、せめてその目次だけでも引用させてもらう。

「理科教育における「予想・仮説」着目史」
はじめに
§1. 仮説実験授業を発想したひと
§2. 着目史その1 - 新学習過程
§3. 着目史その2 - 理科実践論
§4. 着目史その3 - 予想実験をさせる授業
§5. 着目史その4 - 理科ノート方式
§6. 今後のことなどを含めて

▼もう一つはそれから約30年後の1994年に書かれているのである。
●1994年(平成6) 「伝承的な知恵と科学 - 「湯と共に赤子まで流す」の愚をさけるべく-」(庄司和晃著『全面教育学入門』明治図書刊)

こちらの方も、引用するならすべてを引用させてもらいたいぐらいだ。この時点で「日本理科教育史」全体を見通して、「これから」も含めて提言の数々がある。何度でも読みかえしたい文章である。
これも、せめて目次だけでも引用させてもらって文脈を追ってみる。

「伝承的な知恵と科学 - 「湯と共に赤子まで流す」の愚をさけるべく-」

一 近代科学というものの伝来と摂取

二 「西洋流の人」にせんとする雄叫び

三 推理ラインの自覚的な予想行為の勝利

四 「理科」の特設は思想史的な一事件

五 「ミミズの身になって」という歴史的批判

六 伝承的な知恵と科学との合体の創造

七 正当なる擬人主義を堂々と推進したい

八 知恵の本質を“知恵”的に説く昔の話

九 常民の自然教育の一角を担った方法論

十 伝承的な知恵を学ぶための積極面の発見


▼「記念碑的」というか、「標識的」というか。
なんともすごい説得力をもつ二本の論文である。いや「提言」である。
ふたつ目から、もう20年近くたとうとしている。
3.11以降の「これからの理科」を考えるとき、ぜひ多くの人に読んでもらいたい文章である。

私自身としては、ぜひともお会いして直接お話聞かせてもらう機会があることを切に願うところである。

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