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サイエンスコミュニケーター宣言(110)

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▼昨日の夕方は「とんど」だった。しめ縄などを燃やした、もちを焼き、ぜんざいをよばれた。2012年もこれで「小正月」をむかえていた。昔ながらの行事である、私の知るだけでも時代によって少しずつ規模もかたちも変えていた、しかし火を焚きモチを焼きは変わらない恒例の行事である。こんな「不易と流行」を繰り返しながら歴史はすすむ。
▼私の、『日本理科教育史』を旅は、ピタリと時を止めたかのようである。
「あるサークルとゼミの歴史」の1956年・1957年あたりで止まってしまっているのである。いや、それは正確ではない。「記録」があまりにも豊富で、それを読み取るのに時間がかかってしまっているのである。
私自身は、その「記録」から20年以上後にならなければ教師にならないのだが、私自身が体験したようなことがいっぱい書いてあるのである。ひょっとしたらその「不易と流行」は今も繰り返しているのかも知れない。
▼「記録」から学ぶことは、またここへもどってきてあげることにして、時代を先にすすめておくことにする。
例の「年表」は
●1960年(昭和35) 10.1 中村、白石中より角田女子校に転任
で終わるのである。
「歴史」においては、いつも「終わり」は次なる「はじまり」であった。
はじまったのは『理科通信サークル』である。
▼私が大事に大事にしてきた資料に『代謄写 中学校理科サークル通信ノート』Ⅰ、Ⅱ、Ⅲがある。少しオオバーに言わせてもらうなら、戦後の理科教育史上、最も貴重な資料である。
このはじめに書いた高橋金三郎氏の「呼びかけ」の文章は半世紀の時空を超えて、今も「理科教師魂」をゆさぶるのである。

この理科通信サークルは次のような動機で始められました。

1.理科教育研究は現場の教師を主体にしなければならないが、教師は研究者として認められていないために、相互交流の機会が少ない。年一回の大会では不十分である。

2.大会自体の運営がおかしく、現場の実践をおしすすめるためのきめこまかなものになっていない。もっとザックバランに何でも話し合えるサークル的雰囲気がほしい。

3.創造的な教育研究をやろうとすると、どうしてもひとりぼっちになるし、失敗も多くて、くじけてしまう。どこかで仲間が絶えずはげましていてほしい。

4.研究をそのまま発表するのでなく、それ以前にチェックされたり、援助されたりして、できるだけレベルの高いものにして発表したい。
 
  (中略)

 こうした事情を見聞するにつれ、どうにかして手軽な手段で最初に書いた願いを満たすものをという気持ちが段々強くなりました。そして思いついたのが、この通信サークルノートの回覧です。そのBack Groundには次のようなことがありました。
1.東北大学で理科の通信教育に従事して非常に有益だったが、同時に受講者間の交流がないために無駄な労力が払われた。
2.第一線の科学者は航空便や電話で国際的に日常の研究を交換している。学会はその決算日にすぎない。現場の教師でも手紙を出す暇はあるだろう。
3.1:1の手紙の交換(ラブレター方式)は有効だし、これからもすすめられねばならないが、研究集団組織を強化していくためには、semi-publicのノートの回覧の方が有効である。多くの変わった角度からの意見が出る。
4.ひとつのサークルに沢山の人をいれていけば、その人が中心になって多くのサークルができてくるだろう。
5.学生時代のクラブ活動で、部屋に厚いノートがあり、各人が勝手なことを書いているうちに連帯感が強められたし、普通の勉強では得られぬ多くのことを学習した。



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