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【Web更新10/30】11-44 「丹生」を追う 更新!

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高き空 ぶらさがりたる 柿いくつ
 11/10/29 (土)撮影@福崎

■楠田 純一の【理科の部屋】11-44
 週末定例更新のお知らせ
 ヒガンバナの「種子」、「丹生」「原子論的物質観」「放射線」「圧力」「デジカメ」「クラウド「整理学」等などそれぞれ次元の違うような事柄で頭の中が混沌としてくる。そんなときは、あの熊楠の「萃点」を思い出す。
「萃点」すべてが交叉しているところ、そこからはじめよと自分に言い聞かせる。
今、「萃点」とはどこだ?

◆表紙画像集2011 人里の植物シリーズ カキ
 門先に一本の柿の木がある。無用の柿である、もう切れと言われているがなかなかその気になれない。荒れた庭であるが、その庭の風景に染みついているのだ。だから切ってしまったら「風景」を喪失してしまいそうな気がするからだ。高くなっていく空からいくつかの柿の実がぶらさがっているように見えた。
この「風景」のためにだけでもこの柿の木は有用なのだと言い訳をしてみる。
 
◆「丹生」を追う 更新
 なんとも久しぶりの更新である。もうそのページの存在すら忘れてしまいそうなぐらい久しぶりである。
このblogで書いた「再び、「丹生」を追う!!」を貼りつけただけである。
 「丹生」を追うことは、少し仰々しく言えば今の私の「物質観」を問うことであり、「科学・技術とは」を問うことにつながると思っている。そしてそれらは結局、現在進行形の課題につながることになる。

◆【ヒガンバナ情報2011】 更新
 やがて11月だ。11月には、11月のヒガンバナ観察の楽しみがある。
楽しいと思えるあいだは、ヒガンバナの「ふしぎ!?」追い続けてみよう。

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私はヒガンバナの「種子」を確かに見た!! #higanbana

11200058「記憶せずに 記録する」はあの梅棹忠夫(『知的生産の技術』)の言葉だ。私は、今この言葉の意味を痛切に実感している。「記憶」はいつしか変形し消失してしまう、しかし「記録」は時空を超えて蘇12030027ることもあるのである。増して、半ばパブリックなところに「記録」しておけば、その意味も増幅する。
私は、自らの目でヒガンバナの「種子」を見たことを「記録」していた。
▼それは、ヒガンバナ情報2005にあった。
私は、確かにそれを見ていた。それこそデジカメ画像だから、日付だけでなく時刻まで「記録」されている。2005.11.20 10:15:50である。そこにいたる経緯も含めて「私もみつけた!!~ヒガンバナの種子~1」に記録されていた。
 偶然の発見とも言えるし、先行する人たちの刺激を受けての必然の発見とも言える。
▼種子を見ただけでなく、それを発芽させる試みもやっている。
それもまた記録していた。「私もみつけた!!~ヒガンバナの種子~2」
記録を読み返しながら強く思った。
blogにしろWebページにしろ、まずもって第一読者は「未来の私」であると。
だからこそ、未来の私に向けて「記録」は続けようと。
▼その「記録」があるからこそ強く言える。絶体にヒガンバナの「種子」はある。それも、想像以上にありふれてある。私のようなものでも見ているのだから。
 絶体にあると思ってさがすのと、「あるかな」と半信半疑で探すのと結果は大いに違ってくる。
記録のなかにある私が、「絶体にある」という確信を与えてくれた。
この11月、なんとしても再び探し出したい!!

 

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お薦め本『カラー版 デジカメ自然観察のすすめ』(海野 和男著)

『カラー版 デジカメ自然観察のすすめ』(海野 和男著 岩波ジュニア新書 2004.06.18)

Dscn5902▼私は、あいかわらず昨日の朝もヒガンバナの「種子」を探して朝の散歩に行った。
どうやら、がんばっていたヒガンバナの花茎もほとんどが倒れはじめている。なおかつ佇立する花茎の先には子房部のふくらんだものがある可能性が高い。ふくらんだ子房部はやがて自然結実をし「種子」ができる。
それを探すのだ!!今年はネットも駆使して全国で探す!!
 ひとりの観察ではなかなか無理でも、たくさんの人の観察眼があれば可能であることをなんとしても証明したいのだ。
▼その情報をネットを介してということになるとデジカメ画像だ。
私がデジカメを手にして自然散策をするようになってどのくらいたつだろう。もう15年以上にはなるだろう。
今のデジカメ(COOLPIX P7000)で何台目だろう。5台目ぐらいになるのだろうか。
最初にデジカメで撮ったときのあの感動は忘れない。なんとすばらしいものができたのだろうと思った。
撮りためたのは、空や花、植物、風景、授業教材ばかりが中心だった。撮った枚数では少しは自慢できるが、その画像はいつまでも「初心者」だ。
▼なかなかうまく「自然」を切り取って、リアルな画像を撮れないのだ。
ピンぼけばっかりなのである。せっかくみつけた「感動!」記録して、人に伝えたいのに、いつまでたってもダメなのである。情けない話だ。
 今さらの話だが、デジカメのいろはの「い」から勉強してみたい。誰か「講座」をしてくれないかな。とそんなことを【理科の部屋】で言っていたら、さんちゃんこと池田勝利さんが私のニーズにあう本ということでこの本を紹介してくださった。さっそく注文して読んでみた。
▼ビックリした!!私が知りたいと思うこと、もう一度学んでみたい基本の「き」がきれいなカラー画像とともに書いてあった。なんで、こんなピッタリの本に早く出会わなかったのだろうと不思議に思うぐらいだ。
デジカメ撮影の基本的なことだけでない、タイトルの通り「自然観察のすすめ」の本なんだ。
思ってきたこと、やろうとしてきたこと、これからやりたいこと、すべてが書いてあった。
「自然観察」に関する考えも、全面的的に賛成である。

この本の中でも、繰り返し語られているいるがネットを使っての「自然観察」については、よくぞ書いてくれた!!
とうれしくなった。単なる提唱者ではない、今も毎日更新がつづく実践者なのである。
なんという説得力だ。
◆海野和男のデジタル昆虫記(小諸日記)  
必見!!

 今さらという人が多いかも知れないが、人に薦められて読んでみてあまりに面白かったので、久しぶりにお薦め本として紹介する。 

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あきらめない!ヒガンバナ「種子」探し!! #higanbana

Dscn5847▼「ふしぎ!?」を寝かせる!それが私のよくとる戦術だった。
取り憑かれたように「ふしぎ!?」を追い続けてみる。でも、「ふしぎ!?」の先が見えなくなってしまうときがある。
そんなときは、寝かせるのである。そして、「ふしぎ!?」が醸成するのを待つのである。寝かせる期間はきまっていない、成り行き任せだ。再開するのは明日かも知れないし、一年先かも知れない。
ともかく、いちどは「丹生」を寝かせてみよう。
 かわって、ヒガンバナの「種子」だ!!
▼今年の10/16(日)にフィールドから持ち帰ったヒガンバナの花茎を水栽培していた。
私は義親のようにこまめでなかった。ペットボトルをきってつくった花瓶に水を入れそこにほりこんだままだ。こまめに水を入れ替えたり、花茎をきっていったりしなかった。
ところが、ひとつだけ異変を起こしたやつがある。それは、神河町採集したやつである。そこは、10/16(日)の段階で既に草刈りが行き届いていて刈りとられている草むらから拾ってきたさきっぽだけの花茎だった。
すでに水は腐り始めているのかにごっている。そのなかに、子房部がわれ真珠のような白い輝きをもった玉が顔出しているをみつけたのである。もしやこれが、黒く輝く種子になるのでは…。
水を入れ替えてやろう。
▼今年のヒガンバナの「種子」探し、少し滞っていたがけっしてあきらめたわけではない。
人の手を加えての結実は、まだ進行中だろうし、自然結実のヒガンバナ探しは、今からである。
かろうじて子房部がふくらみかけた花茎も結実しなかったものは、枯れて倒れている。最初からその可能性なかったものは、当然倒れいる。
 自然結実の花茎を探すには、とても条件が整ってきているのだ。
▼まもなく11月だ。葉はどんどん成長して畔を土手をヒガンバナがひとりじめする季節がやってくるだろう。
そのとき、なお佇立する花茎があれば、それこそ自然結実の可能性大だ!!
これからこそが「種子」探し本番だ!!
 絶体にどこかにあるはずだ、多くの人が目にし、私自身もこの目で見たことがあるのだから。

フィールドに出よう!!

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再び、「丹生」を追う!!(5)

Dscn0220▼「非科学」と切り捨ててきたもののなかに「科学」を発見する。浅学無知な私には少し荷が重すぎる課題だ。
でも「丹生」を追うことは面白すぎる!!やっぱり続けてしまうのである。
いつまでも無手勝流の私であるが、今だからこそ手に入れた方法がある。
それは、Twitter的(「リンク」「シェア」「フラット」「等身大」「リアルタイム」)だ。
この手段を使えば、ひょっとしたら不可能に思えることも、可能になることがあるかも知れない。
▼口上はさておき、「丹生」を追い続けてみよう。
奈良への小さな旅の反芻作業のなかで、私は今年の夏の終わりに行った「デクノボーの科学」を追う旅のことを思いだしていた。その旅の終わりに立ち寄った「平泉・中尊寺」のことを。
そには、芭蕉をして
 

五月雨の 降り残してや 光堂

と詠ませた光堂があった。藤原三代の棺を納めた光堂。
芭蕉の時代もそして今なおも「黄金の輝き」続いているのである。
黄金の輝きは栄華の象徴なのだろう。
▼その「金」という金属の脇役いや黒子のような金属が「水銀」である。
アマルガム鍍金、アマルガム精錬というきわて高度の化学的な技術を駆使していた痕跡がここにある。
藤原三代のミイラ問題も含めて、「平泉文化」を「水銀文化」と読ませるのは松田壽男氏の説である。
その後、どこまで検証がすすんだのか私は知らない。しかし、きわめて説得力をもつ説であることは間違いない。
最近の研究成果を知りたいところである。
▼では、平泉の「水銀」はどこからもってきたものだろうか。朱の製造遺跡、金の精錬場遺跡などというものはみつかっているいるのだろうか。私は、まったくそんなことには不案内なのである。
 ひとつの「ふしぎ!?」の糸口をみつけたかと思うと、また次なる「ふしぎ!?」が浮かぶ。
再び、「丹生」を追う をはじめたものの、まだまだ道は遠そうだ。
でも、今の私にはTwitter的がある。歩みはとめないでおこう。

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再び、「丹生」を追う!!(4)

Dscn5705▼一日の過去も、1000年の過去も同じ。過去を変えることなんてできない。しかし、未来は過去の地続きにあることも事実である。昨日の朝、まだ雨模様のなか変わっていく風景のなかをヒガンバナ探索をしていたら、工事現場で掘り起こされたヒガンバナの球根を見た。絡まりのびる根、分球を繰り返す若い球根、そして掘り起こされてもなおも伸びようとする葉。ヒガンバナという植物のたくましさを見る思いだった。ヒガンバナの「ふしぎ!?」を追うことをやめたわけではない。それを加速させる意味でも、私はもうひとつの「ふしぎ!?」、「丹生」を追う。
▼小さな旅の反芻作業を繰り返していた。金属と人類のつきあいの歴史。この歴史は古い、石器時代から金属器時代へ時代が変わっていくなかで、一番最初に人類の出会った金属はなんだったのだろう。場所によっては松田壽男さんのいうように、金や水銀であった可能性があるのでは…。
  あの巨大な大仏のアマルガム鍍金に使った水銀はどこからやってきたのだろう。
青「丹」によし の朱はどんな意味をもっていたのだろう。
「ふしぎ!?」は次々と深まり拡がっていく。
▼もう4年ほど前になるが、ネットで丹生を追いかけているとき、非常に興味深い地図をKUMAさん紹介してもらったことがある。
◆産総研 「地球化学図 Hg」
である。
 ここに、『丹生の研究』(松田壽男著 早稲田大学出版部)の「丹生の分布ならびに参考地点」の地図を重ね合わせるとみごとに重なるのである。アタリマエのことであるが、感動である。
丹生(硫化水銀)=朱の産地は、水銀の産地でもあるのである。
中央構造線との重なりもみごとである。そうだ活断層と水銀の産地のつながりこれもまた興味深い事実である。
大地の動き、その結果形成される地形。その地形と自然資源、文明それらに関わりがあるのはアタリマエのことなのかも知れない。
▼変わらぬ過去にこだわり、その歴史を知りたいと思うのは、過去と地続きの未来を変えたいと願うからである。
「丹生」をキーワードに、物質と人間、自然と人間の関わりの「過去」を知る旅ははじまったばかりである。
ゆっくり ゆっくり 急ごう!!

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再び、「丹生」を追う!!(3)

Dscn5539▼「蟻がひくように…」は亡き母がよく使っていた言葉だ。母は生涯一度も勤めに出たことはない、あくまでも田んぼと畑を生涯の職場とした根っからの百姓であった。その職場で身につけた哲学だったんだろう。
いっきょに大きなことはできない。「蟻がひくように」私も、「丹生」の「ふしぎ!?」を追っかけてみよう。
少しずつ、少しずつゆっくりと。
▼奈良に「丹生」追った日の反芻作業をゆっくりとくりかえしていた。

青丹よし
寧楽(なら)の京師(みやこ)は咲く花の
 薫ふがことく今盛りなり
(『万葉集』巻三・三二八 小野 老)

奈良の二日目は、ちょっと変わったことをしてみた。「青丹によしの奈良とはいったいどんなところなんだろう。」
何度か奈良を訪れたことがあるが、ゆっくりというわけでなかった。  そこで定期観光バスで、「青丹よし」の古都を巡回してみることにした のだ。
▼法隆寺、慈光院、薬師寺、唐招堤寺、平城京跡とつぎつぎとめぐっていった。はじめて知ることも多くとてもよかった。その建造技術に驚くばかりであった。そして、やはり気になったのは「丹」であった。
「丹」とは、硫化水銀の朱を意味するのである。
大仏の金鍍金の水銀の量もさることながら、古都を色鮮やかに染めていた「朱」。
それを想像していた。建造物だけでなく、いろんなところに朱は使われていたのだろうことも。
▼水銀という金属が文化もつくっていた時代がある。
今から考えてみると不思議なものだ。
今度、「丹生」を追うを再開するにあたり、まずは奈良からと思いついたのには、ちょっときっかけになったことがある。それは、Twitterで知り合った作家・寮美千子さんに
「東大寺修二会「お水取り」の起源に関する仮説」
という論文を最近読ませもらったからである。
 実に興味深い仮説である。みごとな謎解きである。
ここにこれからの「科学」の仕事があると感じた。ぜひ、「お水取り」には訪れようとは思っているが、今回はその下調べの意味も含んでいた。
反芻作業くりかえしながら思った。
 でも、こんなちょとした旅でいっきょにいろんなことが見えてくるものではない。
やっぱり「蟻がひく」がごとく少しずつ少しずつこの「ふしぎ!?」を追いかけてみようとあらためておもった。
 


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【Web更新10/22】11-43【ヒガンバナ情報2011】 更新! #higanbana

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秋色や ゆれて電車 過ぎるなり
11/10/21 (金)撮影@福崎

■楠田 純一の【理科の部屋】11-43
週末定例更新
 今週は一日早い週末定例更新である。それは、先週末に「丹生」を追って奈良への小さな旅に出たからである。
そこで旅に出る前の更新としたのである。やっぱり週末定例こはどこまでもこだわるのである。お休みにしてもいいのだが、そうすると、たったひとつの「枷」もなくしてしまい、自分なりの流儀まで失ってしまいそうな気がするのである。だから、そうはしないのである。
 誰でもできることを、誰もができないぐらい繰り返す!
それが拙い私の流儀である。

◆表紙画像集2011 更新 人里の植物シリーズ セイタカアワダチソウ
 野の植物たちを私たちは、自然と自分たちのくらしとのかかわりいつしか、嫌われる悪者と愛でる善人とに分けて見ているようだ。秋の野にあって悪者の代表のようなセイタカアワダチソウ。こいつはほんとうにしたたかである。
刈っても刈っても毎年はびこってくる。こちらで退治したかにおもったら、あちらの畑にと…。神出鬼没である、いつしか線路沿いに住み処をみつけたセイタカアワダチソウの黄色が、電車が通り過ぎるたびに揺れていた。
 通り過ぎていく時間のこと考えていたら、悪者の黄色いゆれも少し愛おしく思えてきた。

◆ヒガンバナ情報2011 更新
 「種子」「種子もどき」探しをネットで呼びかけた。いくつかの情報が出てきかけた。面白い!!
そのこと自体ももちろん面白いが、その情報をめぐって人と人のつながりが生まれてくるのはもっと面白いのだ。
今週は、どんな情報が出てくるだろう、そしてどんなつながりが生まれるだろう楽しみである。
遅れん坊ヒガンバナをめぐっても…。

◆サイエンスコミュニケーター宣言 更新
 コミュニケートしたい「科学」とはなにか。
しばらくいろんな寄り道をしそうである。急がば回れ!!である。

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再び、「丹生」を追う!!(2)

Dscn4925▼昨日の朝は、少し雨模様であった。大賀ハスの観察池は植え替えから27週目をむかえていた。葉はすっかり枯れ、遅れん坊の葉ですら少し色がかわりはじめていた。私は小さな旅をきめていた。「丹生」を追う再Dscn5086燃のはじまりに行ってみたいところがあった。奈良である。
奈良の大仏さんが見たかったのである。丹生を追うなかでは、何度も話題にしてきた大仏だが、実際にゆっくりとDscn5192見たことかがなかったのだ。ほぼ50年前の小学校の修学旅行以来ということになる。
▼ことのはじまりにもどす。25年前の生徒の夏休みの自由研究であるが、郷土研究家の資料提供が元になっていたのだが、辿っていくとさらに元ネタがあった。それが『古代の朱』(松田壽男著)である。(今は、ちくま学芸文庫の一冊となっている)。その本を郷土研究家からお借りして読ませてもらっているとほんと面白かった。
目から鱗!のようなことばかりが書いてあった。
 そのひとつが「奈良の大仏さん」だ。
この巨大な大仏は、最初は金鍍金がなされていた。その鍍金に際しては水銀が使われていたということだった。
前著『古代の朱』によればこうだ。

水銀五に対して錬金一の割合でアマルガムをつくり、これを仏体の表面に塗る。そのあとで炭火で水銀を蒸発させてしまうと、純金が銅の肌にくいこむように、しっかりと附着する。なんとすばらしい化学の応用ではないか。これをアマルガム鍍金とよぶ。(上記書P35)

▼奈良に着いたときはお昼を過ぎていた。軽く食事だけして東大寺に向かった。なんとたくさんの鹿に出会うことか、こんなに多かったかな。天気は大仏殿に入るときまでは、なんとか持っていた。
大仏殿に入った。やっぱりさすがに大きい!!
じっと見ていると、その大きさの感覚がわからなくなる。下の方に残る金鍍金の痕跡というものをさがすがわからない。それにしてもこんな大きなものを金鍍金を施すとは!
その大量の水銀はどこからきたのだろう。飛び出した水銀蒸気の行方は…?
なんのためにこんな壮大なプロジェクトを。…
いろいろ考えながら眺めているときりがない。
▼大仏殿から外に出ると雨だった。特別展開催中の東大寺ミュージアムにも寄った。
雨のなかであったが朱色の春日大社にもいった。
 やっぱりと思った。
「丹生」を追うは、私たちにとって「科学・技術」とは?
につながるな と。

今日は、青「丹」によし… の寺を巡ってみようと思う。


 

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再び、「丹生」を追う!!

Dscn4871▼縁側で、花茎の水栽培をしていたヒガンバナが憐れに枯れてしまった。この一本は、実は先日の種子を探す会のとき群生地で、この一本だけ子房にふくらみがあったもので、これだけ別に持ち帰り水栽培をしていたものだ。
花茎は先端から枯れいったのである。花茎の維管束は上は水・養分を運ばなかったのである。他の花茎の水栽培はまだみどりを保っている。もう少し観察つづけてみよう。
▼ヒガンバナの「ふしぎ!?」を追っていて思い出すのに、私にはもうひとつ長きにわたり「ふしぎ!?」を追いかけているものがあったのを思い出す。
 今は、もっと緊急に取り組まねばならない課題があるはずと思いながらも、そのことが気になりだしたのである。
それは、きっと「私にとって科学とはなにか」のこびりつく問いにひとつの答えをあたえてくれそうだと思うからだろう。
 その「ふしぎ!?」は、25年ほど前の、生徒の夏休みの自由研究にはじまる。
当時勤務していた学校の校区に「仁豊野」という地名のところがある。その地名は「二(丹)+フ(生)+ノ(野)」に由来するというのがその自由研究の主旨だった。郷土研究家に聞き取りをそれをまとめたものらしかった。
「丹」が生まれる地だというのである。丹とは硫化水銀=朱である。
私は、面白いと思った!自分でも確かめたくなってきた、それ以来「丹生」を追うことをはじめたのである。
▼それ以後の経緯を簡単に科学読み物もまとめたことがある。
古代の「朱」が語るもの~水銀と人間のものがたり~
ともかく一時期は、「丹生」「朱」にこだわり続けた。
・活断層と丹生
・大地の動き(地形)と金属
・染色と丹生
・金属と人々のくらし、文化
・金属と宗教
・近代科学以前にも「科学」はあったのでは
・私たちにとって「科学・技術」とは
如何様にもつながった。いや強引につないでいった。中央構造線を「丹生」情報を求めて走ったこともある。
どんな小さな「発見」でも出会うと目から鱗であった。
面白かった。
面白くなければ科学でない!!
と思っていた。
▼ネットの時代になっても、それを細々とつづけていた。
◆Webページ『丹生を追う』
もつくってみたものの、あまり頻繁に更新をしてこなかった。
なぜか、今ここに来て、無性に再び「丹生」を追いたくなってきた。

ゆっくりとはじめてみようと思う。面白そうだから…。
面白くなければ「科学」ではない!!を繰り返しながら…

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サイエンスコミュニケーター宣言(60)

Dscn4778▼「科学とはなんだろう?」いやより正確には「私にとって科学とはなんだろう?」そんな問いが、あたまをよぎることがある。これまで以上にこのごろその頻度が高まってきた。「こんな忙しいときに…それよりもまずは目の前のこれを…」とやり過ぎることがこれまでは多かった。表面的には少し時間的な余裕が出てきたこともあるのだろうか、この問いがどこかにこびりついたような感覚になることがある。
 「今は、まずはヒガンバナだ」と言っては聞かせるのだが…。
▼ポンコツの繰り言のようなこの「サイエンスコミュニケーター宣言」も60回目になる。4月からはじめたから、半年以上続けていることになる。そのうち60回ということは一日に一回しか書かないから、2ヶ月分に相当する。
けっこうなウエイト占めて、これを書いていることになる。
 ここに書き綴っていることこそ、「こびりつく問い」に答えを出そうする試みそのものような気がしてきた。
▼さて、その試行はどこまで行っていたのだろう。
プライオリティいちばん高いのは
「●原子論的物質観と原子力(放射能)をどうつなぐのか。」
すごい課題だ。そうそう簡単なものではない。
でも、今どうしてもやらなければならない課題だ。
文科省も副読本を発表した。まだ、充分に目はとおしていない。 ゆっくり 急ごう!!
◆『放射線等に関する副読本』(文科省)
▼「こびりついた問い」に、いくつかの「○○の科学」で答えてきた。
それも続けよう。
使える「科学」というのも有力候補だ。
かつて若きウメサオタダオは『アマチュア思想家宣言』で、使える思想・哲学を主張した。
私は、「科学」についても同様のことが言えると思う。
「科学」は科学者だけのものではない。誰もが使えるものであってこそ「科学」になるのだ。
学びに価する「科学」になるのだと思う。

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ヒガンバナの「種子」をみんなで探そう!! #higanbana

Dscn4686「科学」には絶体はない。だからこそ面白いのだ。だからこそ学びがあり研究があるのだ。
「日本のヒガンバナは三倍体であり、不稔性で「種子」をつくらない。」は絶体ではないのである。
現に「種子」をみつけて発芽させたという情報もあるし、私自身も結実した「種子」もどきを見たこともある。
▼「種子」を手に入れるには、今二つの方法がある。
ひとつは、今の時期にヒガンバナの咲いていたところへ出かけていき、できるだけ子房がふくらんでいる花茎を切り取り、水栽培をやってみることだ。
もうひとつは、もう少し遅れた時期に群生地へ出かけていき、自然結実をしたものをみつけることだ。自然結実したものを比較的簡単である。他の花茎は倒れ枯れ果てていっているなかで、それらの花茎だけが立っていることが多いのだ。自然結実途中のものを持ち帰り、水栽培というのもいいかも知れない。
完熟した「種子」は黒光りしていて丸く大きい。
自然結実したものをみつける確率は少ないかも知れない。しかし、多くの人を眼をとおして観察すれば話は変わってくるかも知れない。
▼「小さな科学」、それは「等身大の科学」と呼んでいいかもしれない。「小さな科学」のためには、特別の装置も知識もいらない。必要なのは「ふしぎ!?」を追いかける意志と行動力だけだ。
「小さな科学」がいっぱい集まってつながれば、未来を切り拓く「科学」になるかも知れない。
▼幸いなことに、私たちは今、「小さな科学」の可能性を具現化する道具を手にしている。情報をリアルタイムに等身大に発信する道具だ。Web、blog、SNS、メール、Twitter、FacebooK等々である。
文字情報のみならず、画像情報のやりとりだってできるのだ。これらを使わない手はない。
「みつけた!!」「手に入れた!!」という情報はすごいけれど、それだけではない
「ヒガンバナの群生地に出かけいったけど、そんなもの一本もみつからなかった!!」というのも貴重な情報だ。

ヒガンバナ「種子」探しで、「小さな科学」をみんなで楽しもう!!

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花茎の水栽培は有効か? #higanbana

Dscn4384_3「ゆっくり 急げ!!」
私は、この言葉が好きだ。一見相矛盾するようなことだが、なんとも的を射たかけ声だ。
Dscn4514ヒガンバナの「種子」探しもこれでいきたいと思っている。ひとつひとつの「ふしぎ!?」をゆっくりゆっくりていねいに追っかけてみよう。しかし急ごう!!
 タイミングをはずすと見えてくるものも見えなくなってしまうから。
▼「花茎がどこから枯れていくのか」これは大問題だ。先日の「種子」を探す観察会では、上から枯れている場合と下から枯れあがっている両方のタイプがあった。
 上から枯れていっている場合は、もうすでに花の後は首からなくなってしまっているものも多く見かけた。下から枯れあがっている場合は、まだ子房部分にみどりがあり、なにか結実の可能性を秘めているようにも見えた。
子房部分が少し膨らんだものを探す中で面白いアタリマエに気づいた。
最初にそれをみつけたのは、花茎がなにかが原因で、無理矢理倒されたモノだった。もうひとつは、観察会の最後に立ち寄った神河町のある場所であった。これは前にヒガンバナスポットをさがしめぐったときにみつけていた場所だった。民家に近く、家の前の土手に群落はあった。そこは民家に近いだけに人の管理が行き届いていた。
なんと、その土手はきれいに草刈りがなされていたのだ。「あ~あ~!」と私たちは残念がった。
しかし、よく見てみると、刈られたヒガンバナの花茎の先に求めていたあの「ふくらみ」があったのだ。
▼これはどういうことだろう。
結実の可能性を秘めた「ふくらみ」をもった花茎は、いずれもが自然もしくは人工的に切断されていたのである。
そうだ!!あのアタリマエだと思った。
チューリップの種子! ジャガイモの花摘み!
あれだ、チューリップは花が咲いた後、実(種子)へ栄養が行かないで球根へ行くように刈ってしまう。
ジャガイモの花摘みだって一緒だ。
 ヒガンバナの結実の可能性を少しでも高めようとするなら、ある段階で刈りとってしまうのがいいのではないかと気づいた。水分、栄養を鱗茎に回収してしまわないあいだに。
▼持ち帰った花茎を私は、ペットボトルきって臨時につくった花瓶に急いで差し込んだ。
これまでもヒガンバナの「種子」を追ってきた多くの人がやったように、「水栽培」に挑戦してみることにした。
しかし、どのタイミングいいのか。今の私には、わからない。
やってみなければわからないのである。
 自然結実を探すのはまた、別にして…。

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ヒガンバナの花茎はどこから枯れるのか? #higanbana

Dscn4090▼科学が「ふしぎ!?」の謎解きゲームである。ゲームというとどこか軽薄な感覚を受ける向きもあるが、それはまったく違う。人の営み本質的な部分で非常に似通っているのである。科学とゲームなによりも似通っているのはやっていて楽しいということである。
Dscn4180▼ヒガンバナの「ふしぎ!?」を追うというゲームは、「種子」探しというステージにあった。
この16日(日曜日)、十数年以上一緒にこの「ふしぎ!?」を追いかけてきたふたりで、小さな作戦会議をもった。
これからどのようにして「種子」探しをしていくのか。どこまでのことがわかっているのか。
それはほんとうなのか。これまで自分たちが観察してきたこととつなげて考えてみた。
▼というものの実際は、最初に「画像処理」について私が指南を受けるのに時間をとってもらった。
これは、いまからこのゲームをすすめていくうえで、大切なスキルであると思ったからである。今までやりたいと思ってもできなかったことができるようになると、ほんとうれしいものである。
 フィールドに出た。今回のフィールドは北播を中心にめぐることした。
観察の焦点はいたって単純である。
 「花の季節」から「葉の季節」へ変わってきたヒガンバナ。そのヒガンバナの花茎が今なお立っている、その先に子房がふくらんでいるものはないか。それを探すというだけのことだ。
▼最初のフィールドは、多可郡多可町間子である。前にいろんな色のヒガンバナを育てて村おこしにされているという場所である。その周辺を見ていった。
さっそくあった。子房部分が緑色をし、他のモノとくらべてみると明きからに膨らんでいた。
ただ、それらの花茎は倒れていたのだ。大水で倒されたものなのか、それとも自然に花茎の根元が枯れたから倒れたのか。それは不明であった。
 そこで、ごくごく単純な疑問がわいてきた。
 花茎は下から枯れるのか、上から枯れるのか。
このあとの観察でも、両方のタイプがあるように見えたから「ふしぎ!?」に思った。
これが、次の「ふしぎ!?」と関連し、「種子」をどのようにして手に入れるのかの鍵になるとおもった。

<つづく>

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【Web更新10/16】11-42【ヒガンバナ情報2011】 更新!

Dscn3957

石榴割れ 見えたる世界 内は外
11/10/15 (土)撮影@福崎

■楠田 純一の【理科の部屋】11-42
週末定例更新のお知らせ
 唐突であるが、あのコウガイビルの261日を思いだしていた。何も食べずに、自らを食べて自らを常に作りかえていったコウガイビル。それが生物学で言う「再生」と教えられた。生命体において常に「更新」を続けるということこそが「生きている」ことを意味するのだと私は偶然に出会ったコウガイビルに教えられた。
 それは、ひょっとしたらWebページでも同じことが言えるのかも知れない。

◆表紙画像集2011 更新 人里の植物シリーズ 石榴
 この表紙の画像選びに躊躇するときがある。もう週のはじめから、今度はこれでいこうときめているときもあるが、最後の最後まで迷うことが多い。そんなときは、最後は我が家の庭にフィールドを限定して決めることにしている。荒れ放題の庭だ、別段手入れなどしてこなかった庭だ。しかし、その空間は宇宙への窓であり、すべてがそこにはすでにある。名も知らぬ「雑草」としか呼ばれぬ植物たち、土中の生命たち、あのクマムシたちだっている。
見上げれば、昼は「雲見」を楽しめ、夜は【星連】を楽しめる。「ふしぎ!?」に充ち満ちたフィールドだ。
今週は、パッカリと割れた石榴にきめた。

◆【ヒガンバナ情報2011】更新! 昨日、【ヒガンバナの「種子」を探す会】をやった。
実に面白かった。ヒガンバナ「種子」探しの「これまで」と「これから」を話し合った。
フィールドを巡り観察し、話し合っているあいだに段々気づいてきた。
「種子」探しに、すべてのことがつながっていることを。
ここにこれからの「学びのスタイル」の課題までもが含まれいることを。
やっぱりそうだ!
たかがヒガンバナ されどヒガンバナ!

◆サイエンスコミュニケーター宣言 更新
 ヒガンバナ、授業「力学の第一歩」、原子論的物質観から「放射線」、クラウド「整理学」、諸々が目の前にある。
不器用な私は、同時並行でなかなかすすめることできないが、必ず「科学」でツナガッテいるという確信がある。
そのときどきにプライオリティつけて、歩をすすめよう。
それしかない!


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ヒガンバナ「種子」を追った人たち #higanbana

Dscn3967▼昨日、朝方は曇りでやがて晴れてくるのかと思いきや夕方には雨がふってきた。曇っているあいだに、ヒガンバナ観察の散歩と大賀ハスの観察を済ませた。大賀ハスは蓮根の植え替えから25週目だ、もう水面上の葉は枯れいる水に浸かったものは腐り始めている。池からはみ出した葉は辛うじてみどりを保っている。そのなか、遅れんの坊の小さな葉が水滴のせてけなげにたっていた。
▼この大賀ハスの直系の先祖である大賀ハスの「種子」を、大賀一郎先生が検見川でみつけてから、今年でちょうど60年になる。今年は、私も4つの花を咲かせ23粒の「種子」を手に入れた。
 その大賀ハスの「種子」よりもっと古くから追い求められていた「種子」がある、それがヒガンバナの「種子」だ。
あんなみごとな花を咲かせるのに「種子」ができない不思議をはじめて指摘したのは、いつもの『ヒガンバナの博物誌』(栗田子郎著 研成社)によれば、あの牧野富太郎であるそうだ。
「種子」ができない不思議は、ずっと以前に気づかれていたかも知れない、だからこそ「種子」をみつけようとした人たちがいろんなことを試みてきたようだ。
▼同書によれば、実に多くの人々がこの「種子」を求めてきたことがわかる。
なかには、徳川義親という将軍の名前まで出てきている。
どんなことが試みられたのだろう。ただ多くのヒガンバナを観察しただけだろうか、それともなにか特別の方法を試みたのだろうか。
 自然結実を待つだけでなく、水栽培法が有効なようだ。結実しそうな花茎を持ち帰り、瓶につけておき水をよくかえてやるのである。私もそれで「種子もどき」を大きくした経験がある。
▼文献上に出てくる人たちだけでなく、ネット上で知った人のなかにも、この「種子」を追い求める人たちがいた。
特に印象深く憶えているのは、
◆小橋家の自然観察的道楽「ヒガンバナ・ラプソディ」だ。
実に面白いのだ。「種子」を追っての顛末記だ、それもすごくユーモアたっぷりに、とことんこだわりをもってだ。
これを読めばつい、「では私も…」と思ってしまうのである。
ついでに他のページにも目を通したくなってくる。

 さあ、今日、今から「では私も…」の、「種子」探しの作戦会議にでかける。
とんな「発見」があるかな。

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ヒガンバナ「種子」探しの小さな作戦!! #higanbana

Dscn3798▼昨日の朝は、朝の散歩コースを変えて、かつてヒガンバナ「種子もどき」をみつけていた場所に行こうとした。しかし、途中で気づいた、その場所はほ場整備でなくなっていたのだ。失われた風景のなかを私は歩こうとしていた。
もっとずっと以前からなのにそのことに今さら気づくとは…。気を取り直していつもののびる葉の観察にもどった。
▼それにしても、ヒガンバナの「ふしぎ!?」を追いかけはじめて長くなったものだ。Webページを多くの人に教えてもらいながらはじめてつくったのは1998年4月だ。13年前だ。
そして、はじめてつくったWebページがヒガンバナのページだったのだから驚きである。
◆『ヒガンバナは今』(98年春~夏)
それ以来、毎年【ヒガンバナ情報】のページをつくり、「ふしぎ!?」をあの手この手で追いかけてきた。
その成果はと問われるとちょっととまどってしまうが、ひとつだけ自慢できるものがある。それは各地で同じくヒガンバナの「ふしぎ!?」を追いかける人のヒューマンネットワークだ。
▼たとえば「種子」探しをめぐってもいろんな方からの情報をもらった。
なかには、「種子」を手に入れるだけでなく、「発芽」させて実生で育てておられる方からの情報ももらった。
『ガンバレ小さなヒガンバナ』の生い立ち(香川の蜂蜜さん)
●石川の植物(本多郁夫さん)の『ヒガンバナ』

こうなるとどうして自分でも、この後を追いたい!!
この手で!この目で!
ここまで来ると「こだわり」を通り越して執念だ。
▼とは言っても、ひとりではなんにもできない人間だ。いちばん最初の13年前の「ふりだし」にもどる。
「ふりだし」の相棒筒井さんと明日(16日)、作戦会議だ!
ヒガンバナ「種子」探しの小さな作戦!
小さな作戦はいっぱい集めると大きな戦略になることもある。
小さな作戦はずっとずっと続けることでひょっとしたら大きな「成果」になるかも知れない!
なにからはじめるかな。

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子どもは最高の指導書!!

Dscn3755▼光の少ない薄曇りのなかでの朝の散歩だった。やっぱりヒガンバナを観察しながらの散歩だ。またしてもそのアタリマエに感動してしまっていた。伸びていく葉の緑は、ヒガンバナが「光合成」して自前で栄養をつくり出し生きている生命体「植物」であることを教えてくれていた。植物のことは植物に学べいいのである。
自然は最高の教科書!!なのである。
▼いよいよ来年度から教科書が大幅に変わる。「イオン」「遺伝」も正式にもどってくる。ほんと久しぶりの「放射線」もくわえてずいぶん分厚い教科書になるようだ。理科の面白さ、「ふしぎ!?」の謎解きの楽しさを伝えたい人間にとってはある面でうれしいことでもある。
でも忘れてはならない鉄則は最高の理科の教科書は「自然」そのものにあるということだ。
▼その鉄則とセットで肝に銘じてきたことがある。
それもアタリマエすぎて、ついつい忘れてしまいがちな鉄則。
子ども最高の指導書!!である。何度そう実感してきただろう。
何度繰り返してもやっぱりそうなのであある。
▼ここのところ「力学の第一歩」の授業にはまっていた。
これまでの教材、家にあるおもちゃ、ホームセンターであらたに入手したいろんなモノを持ち込んだ。
最初に「重力」の「ふしぎ!?」を実感してほしかった。まずはそこからはじめようとした。
その後の流れもできるだけ「力学」の面白さ不思議さを実感しながらすすめたかった。
願いはあっても、そう簡単に言うほどにたやすいことではない。そう思っていた。
一時間が終わった。その時間にみせたものをさわりに生徒たちが前に集まってきた、ひとりの生徒が言った。
「そやけど、先生!風船は手をはなしたら、上にいってしまうけど…?」
ハッとした。そうなんだ「浮力」の学習は必然なんだ。
この後の展開の必然が見えてきたような気がした。
やっぱり

子どもは最高の指導書!!

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「遅れん坊」ヒガンバナが…#higanbana

Dscn3679▼なににも「はしりもの」と「遅れん坊」がいる。ヒガンバナもそうである。とても早く花期をむかえたものと今頃さきだした「遅れん坊」がいる。今年の花の時期は、地域差もとうぜんあるが大まかには、昨年よりは十日ばかり早かった。昨年があまりにも遅すぎたのだが。したがって、今年は、まずまず「例年通り」というべきかも知れない。
今年の特徴としては、花の開花期に非常に幅があったという気がする。
同じ株の中、同じ群生地のなかでも早いモノと遅れたモノが出てきたという感じがするのである。
もうすでに「葉の季節」がどんどん進んでいるのに、今頃になって満開をむかえたヒガンバナを見ていると、なんとも愛おしくなってくる。なにか人ごとに思えないのだ。
昨年の「遅れん坊」もまた遅かった。もう一ヶ月以上先の話だった。
この「遅れん坊」というやつは、けっこう面白い。自然観察において「ふつう」でないやつ、いわゆる「かわりだね」である。この「かわりだね」はレアである。
この「かわりだね」の観察は面白い、そこからいろんなことを知ることができそうな気がするのである。
例外の存在が逆にルールの存在をより確かなものにするということもある。
生物の進化においては、この「かわりだね」がパイオニアになるということはしばしばあることだ。
▼かつて、私はWeb版『はしりもの・かわりだね』をやっていた。それは実におもしろかった。
自分でも「はしりもの」「かわりだね」をさがすと同時に、各地のいろんな人の報告を聞き、楽しませてもらうのである。画像を見せてもらいまるでみつけたかのように感動し、では私もフィールドに出かけていった。
コンヴィヴィアリティな楽しみである。
▼このWeb版は、名の通りWebページ、メールを使ってやっていた。
最近思うのだが、今ならソーシャルメディア(Twitter、Facebook等)を使えば、よりリアルタイムで多様な【はしりもの・かわりだね】が実現するのではないかと。
 Twitterなら、さしずめ #hasiri ということだろうか。
ひょっとしたら、もっともっとおもしろいやり方が出てくるかも知れない。
これからの【はしりもの・かわりだね】の展開が、どんなかたちになっていくのか、それも楽しみである。

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サイエンスコミュニケーター宣言(59)

Dscn3625▼あれから7ヶ月目の朝も、ヒガンバナの葉はぐんぐんと伸びていた。ふり返れば3月11日の朝も、「葉の季節」だったんだ、その後いったん地上から姿を消して、秋のお彼岸に「花の季節」に入り、そして今また「葉の季節」に入ろうとしている。これを何度も何度も繰り返しているのだ。
▼7ヶ月目の日、NHKクローズアップ現代で、「どう教える”放射線”」をやっていた。
中学校理科に「放射線」がも31年ぶりにもどってくることにふれていた。教科書が大幅に変わることも。
テレビをみながら、私は再び田中実先生の最晩年の言葉を思いだしていた。

 第二次世界大戦という人類の歴史上、最大の戦争のなかで、ウラン二三五の核分裂の研究結果は、原子爆弾の発明、製造という形で実を結んでしまった。ナチス・ドイツという敵にむけるつもりで科学者と技術者が考え出した原子爆弾は、広島、長崎に住む数十万人の市民を殺すことになった。そして、放射能症という病気で、三〇年以上たった現在でも、原爆の悲劇は続いている。 二〇〇〇年以上ものながい間、科学者たちが探求をつづけた原子が、ついに仮説ではなくなって、原子の秘密がつぎつぎにわかってきた話を、わたしは原爆の悲劇でおしまいにしたくない。なぜなら二〇世紀がはじまって約八〇年のあいだに、科学者は原子についてたくさんのこと発見し、太陽や地球から銀河系までの宇宙、その宇宙のなかに生まれた生命、つまりは自然の全体の姿を科学の目によってとらえることに成功しつつあるからだ。 また原子について発見した知識は、工業、農業、医学など、すべての技術に応用されて、人間の生活を根本から変えて、一九世紀の人びとには予想もつかなかったあたらしい文明がひらかれようとしているからだ。 しかしこれらの科学や技術のあたらしい進歩については、読者のみなさんが学校で学んだり、本でしらべたりできるので、『原子の発見』の物語は、このへんでおしまいにすることにしよう。(『原子の発見』(田中実著 ちくま少年図書館43 科学の本 1979.8.25)P214より

田中実氏は、この本が出版される前年に亡くなっている。従ってこの言葉は33年前に書かれたことになる。
残念ながら氏の期待した「学校で学んだり」は実現しなかったことになる。
▼人ごとのように語るのはやめよう。私の理科教師としての36年間もこれに重なるのである。
今、さしせまった課題として
原子論的物質観と「原子力」「放射線」とはどうつながるのか。
どうつなげる必要があるのか。
どんな授業が構想できるのか。「教材」として何が考えられるのか。

ゆっくり 急ごう!!

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ヒガンバナはほんとうに種子をつくらないのか? #higanbana

11200056s▼ヒガンバナは秋祭りも終わり、「花の季節」から「葉の季節」への移行を加速していた。その姿を観察しながら、繰り返し繰り返しこのみごとな戦略に感動していた。「ハミズハナミズ」のいにしえの人々の観察眼もお見事!!
やがて起こりくる第二の大きな「ふしぎ!?」。「日本のヒガンバナは3倍体2n=33で種子をつくらないので鱗茎(球根)の分球で増える」ことを知って驚いた。そのすさまじい繁殖力にも感動した。
▼でも、私の「ふしぎ!?」は完全に解消したのではなかった。
あんなみごとな花を咲かせるのに、結実しないなんてやっぱり「ふしぎ!?」だ。
ごくごくまれには結実し「種子」もつくると教えられたとき、やっぱりそうか。いったんは納得した気分になったが、それがまた第二の「ふしぎ!?」を深めることになった。
自然結実の写真を見せてもらったこともある。私もそれを自分の目で確かめたかった。
何年かそれをさがすうちに2005年11月20日、自分でもそれをみつけたうれしかった。
その年から何度か、自然結実に出会ってきた。しかし、それから発芽までにいたらなかった。
▼自然結実から、その「種子」から発芽したという報告も聞くようになり、その画像も送ってもらったこともある。
今度は、逆の「ふしぎ!?」が頭をもたげる。「3倍体なのになぜ種子ができるのか」「3倍体でなくなってしまったのか」そんなことをずっと何年間か考え続けていた。
▼今年の春だっただろうか、ネット上で気になる論文と出会った。
◆ヒガンバナの稔性と発芽について(瀬戸良久・武市早苗・中嶋克行)なんと、もうやられているではないか。
それも発芽までこぎつけておられるではないか。
驚くべき結果を引き出されている。
 
 急激に後を追いたくなってきた。そこで、まずは自然結実の実態調査からはじめる。
今度の日曜日、自然結実観察の下調べに出かけることにした。

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【Web更新10/9】11-41サイエンスコミュニケーター宣言 更新!

Dscn3484

太鼓響き 畔に踊るや 赤マンマ
11/10/09 (日)撮影@福崎

■楠田 純一の【理科の部屋】11-41週末定例更新のお知らせ
 また新しい週がはじまる。手帳を開いて一週間を展望してみる。Web更新とあわせて「おきまり」にしていることだ。ここで一週間にいちどリセットだ!!
 今週のキーワード、「力」「ヒガンバナの種子」「教材整理」「授業」…とあげてみる。はたして…

◆表紙画像集2011更新 人里の植物 タデ
 里の秋祭りが終わった。8日が宵宮で、9日が本宮であった。
遠くから太鼓の音が聞こえてくる、自然と「ああ一年たったんだ」と思う。心のどこかにここを起点としたサイクルがあるような気がする。
 田の畦に目をやれば、赤マンマ(タデ 幼きころのままごとの赤飯だった。) が太鼓にあわせて跳ね踊るようにいっぱい生えていた。

◆ヒガンバナ情報2011 更新
 「花の季節」をすぎて「葉の季節」へシフトしつつある。この切り替えもまたみごとなものである。それを観察しながらも、いよいよ今週は、ヒガンバナ第二の大きな「ふしぎ!?」、種子に向かいたいと思う。
 ほんとうに種子をつくらないのか。まれにつくることがあるのなら、それをこの目で確かめたい。

◆サイエンスコミュニケーター宣言 更新
 久しぶりの更新である。
 「理科の授業こそがサイエンスコミュケーション最前線である。」とやや強引な作業仮説までつくるところまできた。
さらに ゆっくり 急ごう!!

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サイエンスコミュニケーター宣言(58)

Dscn3344▼宵宮の昨日は、大賀ハスにとっては植え替えから25週目であった。葉は枯れ、観察池の水に浸かり朽ちていく、あの夏の太陽をいっぱい吸収し栄養を生産した日の姿は今はない。まるで対照的にヒガンバナDscn3278は、花茎の足元から葉が伸び今からの生産の日々に向かう。ヒガンバナの花茎はまだ佇立している。先には放射状に花の跡を残す。ここが膨らむということはないのだろうか。それは、次の「ふしぎ!?」物語のはなしだ。
▼サイエンスコミュニケーターとして仕事のこと続けて考えている。
私は、この4月から、自分を「サイエンスコミュニケーター」と名のるようになった。
今さらながら思う、なぜだろう?
私にはもっとも遠くて受けられ入れ難い「カタカナ」表示の名前。
なんでこんなこと言い出したんだろう。もちろん最初は「必然」があった。
 時間が経過するとその「必然」も薄らいでいくのだろうか。
いやそうでもなさそうだ。
いろんな雑多なものが取り除かれて徐々に原初のものが浮かび上がってくる。
二つの「これから」がある。だからサイエンスコミュニケーターなのだ!!
・3.11とこれから
・理科の授業のこれから
▼結論から頭を整理してみる。
・サイエンスコミュニケーションの最前線は学校の理科の授業である。
・すべての理科教師は、サイエンスコミュニケーターである。
 なんとも手前勝手な結論である。私の思い込みであり、思い入れでもある。
「宣言」から半年あまりたっての私の認識である。
この認識を「かたちあるもの」にするのが私の「これから」の仕事である。
▼私は、サイエンスコミュニケーターの元祖はマイケル・ファラデーであると思っている。
そんなに科学史をくわしく知らないので、ファラデーのこと、他の科学者たちのことをよくわかっていてのことではない。私の知る範囲でのことであるが、そう思っている。
 なぜそう思うかというと、彼が晩年まで「金曜講演」「クリマス講話」にこだわり続けたからである。

一八二四に初めて王立研究所で講義してから一八六七年に死去するまで、金曜講演七四回、他の講義を二六コース、クリスマス講話を十九シリーズ(各シリーズは六回の講話からなる)をおこなった。(『ファラデー』島尾永康著P169より)
  数々の「大発見」をし、偉大な業績を遺したファラデーが、一般市民にあるいは未来をになう子たちに生涯にわたって自らの科学を語っていったのはすばらしいことだ。これでこそ偉人「ファラデー」!! という文脈で語られることが多いが、私はそれは逆であると思う。  彼は、「金曜講演」「クリマス講話」にこだわり、それを続けたからこそ、数々の「大発見」をし、偉大なる業績を残したのだと思う。「私の科学」を人に伝えるときの喜び、楽しさ、面白さ。感動を共感・共有することのすばらしさを知ってしまったからこそ「病みつき」になってしまったのではないだろうか。だからこそ科学者「ファラデー」がうまれた。 理科教師なら一度は経験したことがあるだろう。「あれ」だ!!

 ここにサイエンスコミュニケーターの原点がある。

 

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サイエンスコミュニケーター宣言(57)

Dscn3221▼庭先のヒガンバナ紅白競演もそろそろ終わりになってきたようだ。まずは赤の方から、花茎の足元から「葉の季節」になりつつある。季節は移ろい、時代はすぎていく。
 今年も祭りがやってきた。今日から村祭りだ!!今日が宵宮、明日が本宮だ。
▼今年も「ヒガンバナばっかり病」に罹っているあいだに祭りがやってきた。
昨日、久しぶりにホームセンターに出かけた。こんな楽しいところはない!
実は今度する力の授業の教材捜しにいったのだ。そうだ、私はまだ少しだけ授業を続けている。
目的物にいくまでに目に入ってくるものが、「あっ、これってあの授業に使えそうじゃないか」と目移りがしてしまうのだ。もうまるで教材の宝庫!!なのである。
 くらしと「科学」の交差点だ。理科準備室だけに教材はあるのではないのだ!!
 スーパーマーケットだってそうだ。食品としての「植物」「動物」教材がいっぱいなのである。
▼現役時代に整理・処理できなかった教材がまだ段ボール箱のなかに眠ったままにしている。
少しずつ、処分をしていっている。
「断捨離」失敗編だ。ポロリと出てきた教材にその一時間の授業を思い出して時間を費やしている。
これではダメだと後悔はするもののいつしかちょっと居直り気分になる。
「私には、これしかないではないか」と。
▼「理科授業」と「サイエンスコミュニケーション」、
「理科教師」と「サイエンスコミュニケーター」
どんな関係にあるのだろう。ぼんやりとそんなこと考えていたら、一日がすぎてしまった。

祭りの今日も、そのこと考えるかな。
私には、それしかないから…

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ヒガンバナの九不思議!! #higanbana

Dscn3056▼昨日の朝。雨上がりでやわらくなった土を持ち上げ伸びてくるヒガンバナの葉を見た!!なんというたくましさだ。なんという巧妙なる戦略だ。他の雑草たちは枯れて冬仕度に入る、そのなかでヒガンバナの「春」は今からである。
やがて、田の畦、小川の土手はヒガンバナの緑で覆われることだろう。次に他の雑草たちが伸びてくるまでは光は独り占めである。
 これで私のヒガンバナ第一の「ふしぎ!?」は見えてきたかに思えた。しかし、その「ふしぎ!?」の謎解きはそう簡単なものではない。
 「ふしぎ!?」の謎解きゲームが「科学」だとしたら、「科学」はこの世で最高に楽しいゲームである。
▼農耕文化との関わりでヒガンバナの「ふしぎ!?」を追う有園正一郎氏は『ヒガンバナの履歴書』(有園 正一郎著 愛知大学総合郷土研究所ブックレット2 2001.3.31)のはじめに、ヒガンバナの不思議を9つあげている。

 (一) 秋の彼岸前に突然花茎が伸びて、六輪前後の花が咲く。
 (二) 花が咲いている時に葉がない。
 (三) 花は咲くが、実がつかない。
 (四) みごとな花を咲かせるのに、嫌われる草である。
 (五) 開花期以外のヒガンバナの姿が思い浮かばない。
 (六) ヒガンバナが生えている水田の畔には他の雑草がそれほど生えない。
 (七) 人里だけに自生して、深山では見ない。
 (八) 大昔から日本の風土の中で自生してきたと思われるが、ヒガンバナの名が史料に現れるのは近世からである。
 (九) 田んぼの畔や屋敷地まわりで見かけるが、田んぼの畔や屋敷地まわりならどこでも生えているというわけではない。(上記書P7より)

 
 著者は続けて言う「これらの不思議のうち、五つ以上が思い浮かぶ人はよほどの観察者であり、五つ以上答えられる人は奇人の部類である。」(上記書P8より)と。
▼ 自分はどこに入るのだろうと考えてしまう。「ふしぎ!?」の糸は一本ではない。それらは複雑に絡み合い、ツナガッテイル。絡まり合った「ふしぎ!?」のかたまりから糸口をみつけたい。
それには、ヒガンバナが「植物」という生物であることに着目したい。
▼あのジョブスが亡くなったという。彼は2005年、スタンフォード大学卒業生を前に次のように語ったという。

偉大な仕事をする唯一の方法は、あなたがすることを愛することだ。 まだ見つかってないなら探し続けろ。落ち着いちゃいけない。 まさに恋愛と同じで、見つかればすぐにそれとわかる。 そして素晴らしい人間関係と同じで、年を重ねるごとにもっと良くなる。 だから見つかるまで探し続けろ。探すのをやめてはいけない。 ── スティーブ・ジョブズ

 たったひとつの植物「ヒガンバナ」の「ふしぎ!?」を追うことが、そんな「偉大な仕事」になるのかは別にして、「葉の季節」に入ったヒガンバナの観察をしながら、「ふしぎ!?」の糸口を探し続けてみたいと思う。


 

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サイエンスコミュニケーター宣言(56)

Dscn3001▼ヒガンバナはあきらかに「葉の季節」に突入している。だから、葉の観察に集中していきたい。しかし、少し気がかりなことがある。それは「縁が白くなったヒガンバナ」「退色ヒガンバナ」のことがネットで話題となっていた。最初は萎れだすとそうなるかなとぐらい考えていた。あまり意識していなかった。話題に出たこときっかけに身のまわりのヒガンバナの萎れかけをみているとけっこうそうなっているのが多いのだ。
 あれ?昔からそうだったかな。これまでに撮ったヒガンバナの画像を調べてみることにした。
▼ソーシャルメディアの面白いのは、情報のやりとりが双方向性をもつということだ。そしてリアルタイムで等身大だ。最初は質問されて、よくみかける程度に受け答えしていた。ところが同じような報告が続きだした。
 それは、このようなヒガンバナが増えてきているのではと思いだしたのだ。
ヒガンバナの「ふしぎ!?」を追うなかで、実感しだした。
 「私の科学」をもつこと、「私の科学」を楽しむのに、ソーシャルメデイアは有効である
と。
▼さらには、サイエンスコミュニケーターとしての私のやりたいこともあきらになりつつある気がしてきた。
私のやりたいこととは、
「私の科学」「私の「ふしぎ!?」」を共感の科学・共有の科学にしたい!!
のだ。
ヒガンバナをその典型のひとつとしたいのだ。

雨があがっているようだ。今から、葉がどれだけ伸びたか観察にでかけよう!!

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サイエンスコミュニケーター宣言(55)

Dscn2915▼我が家のヒガンバナたちは少し遅れているのか、今が満開である。元もと赤いビカンバナが植わっているとなりにいただいシロバナヒガンバナ(少しクリーム色がかっている)を何年か前に植えた。
紅白のヒガンバナを同時に楽しむためだ。それが今絶好の見ごろになっている。玄関を出ると、自然とそこに目が向く。一般には「葉の季節」へ突入し、その観察が中心になっていくだろう。しかし、まだ花の色に関する「ふしぎ!?」もすべてが解決しているわけではではないので、行きつ戻りつになるだろう。
▼ところで、この「ヒガンバナばっかり病」も、今回はかなり長引いている。
4/1以来断続的に書き綴ってきた「サイエンスコミュニケーター宣言」は、はじめて一ヶ月のあいだあいた。
ヒガンバナの「ふしぎ!?」を追うこととサイエンスコミュニケーターとは、けっして無縁のことではない。
私のなかでツナガッテイルことなんだが、少しヒガンバナから距離をおいてながめてみることが、ヒガンバナの「ふしぎ!?」を追う営みを深化させることになるかと一ヶ月ぶりに「宣言」を書く。
「サイエンスコミュニケーター宣言」はどこまで来ていたのだろうかと、これまでを見てみた。
夏の収穫である「高いレベルの科学」「デクノボーの科学」を含めて「私の科学」の追求が続いていた。
そして思いだしたあの「サイエンスコミュニケーターの条件」を
◆サイエンスコミュニケーター 5つの条件 
【条件1】「私の科学」をもつこと
【条件2】「私の科学」を楽しむこと
【条件3】Twitter的であること。(「リンク」「シェア」「フラット」「等身大」「リアルタイム」)
【条件4】 「科学魂」をもつこと
【条件5】「学び」続けること

▼じぶんが勝手に作り出したものだから、当然のことであるが自分に対しては説得力をもつ。
ナルホド!と思う。
ヒガンバナの「ふしぎ!?」を追うことも、実はこの5つの条件を満たし、サイエンスコミュニケーターになろうとしていたのだとわかってくる。

<つづく>

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ヒガンバナは葉の季節へ #higanbana

Dscn2619▼10月に入ってほんと寒くなってきた。それはそうだ初雪のたよりが聞かれるぐらいだから…。先週末盛りのヒガンバナをみていてこの休みが今年最後のチャンスかと、あの「ジュズバナ」の語源である彼岸花の首飾りをつくってみた。軒先のコンクリートの上に置いたが、それがけっこう日もちしているのには驚いた。
Dscn2788▼ヒガンバナは、「花の季節」を終え、「葉の季節」へと向かっている。花茎の足元をみると鮮やかなみどりをもった葉が生えてきている。昨日の朝の散歩では、最初に花芽の顔を見たヒガンバナスポットの花茎の足元をみた。
まだ花茎の上端には萎れかけてはいるが花がかろうじて残っている。
 しかし、足元では次の季節の展開が起こっていた。覆い被さった土まで持ち上げて葉がのびてきている姿に、この植物の途方もないたくましさとしたたかさを見た。
▼私にとってのヒガンバナの「ふしぎ!?」のはじめはここにあった。お彼岸が近づくとスルスルと一日に何㎝も花茎をのばし、彼岸にピッタリと照準をあわせて真っ赤に燃え立つヒガンバナ!
花茎をのばすエネルギーはどこからやってくるのか。葉もないのに…。
これを伝えたくて「科学読み物『彼岸花の一生』」を書いた。
▼我田引水で理科的に言うなら、ヒガンバナの観察の本番は「葉の季節」に入った今からはじまるのである。
なんど観察してみごととしか言いようない一年をかけた植物「ヒガンバナ」の戦略である。
ヒガンバナの花を楽しんみ愛でたすべての人に伝えたい。

「今こそ花茎の足元を観察してください!」と。

 これが、ひょっとしたらサイエンスコミュニケーターとしての私の初仕事かも知れない。

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【Web更新10/2】11-40【ヒガンバナ情報2011】 更新! #higanbana

Dscn2465

二輪立ちて 一生を想う 秋の庭
11/10/01 (土)撮影@福崎

■楠田 純一の【理科の部屋】11-40
週末更新のお知らせ
 地球が自ら一回転することをもって一日とする。その回転スピードに驚くことに変化はない。
だとすれば一日は一日、長い短いなんてないんだ。でもやっぱり一日が、一週間が速く感じてしまう自分がいる。
ヒガンバナ三昧の一週間がすぎ、また次なる一週間がはじまる。
 「ばっかり病」の弊害がでない程度にやることが、持続の秘訣かも知れない。しかし…

◆表紙画像集2011 更新 人里の植物シリーズ ヒガンバナ
 10年以上定点観察を続けてきたヒガンバナを庭の一角に移植した。引っ越し一年目の今年は花が咲くのか心配であった。それがお彼岸の中日に花芽をだし、この週末に見事に咲いた。
これでまた、定点観察地Aは続くことになるだろう。

◆ヒガンバナ情報2011 更新
 先週、Webテキスト『ヒガンバナ』の構想を描きはじめた。いくつかの課題に気づいた。
歩みをとめようとは思わない、展開スピードをコントロールしようと思う。
ゆっくりと醸成する時間も必要である。いっきょに展開するときも必要である。
ビカンバナのあの一年をかけたみごとな戦略の教えてくれるところでもある。
ゆっくり 急ごう!!

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Webテキスト『ヒガンバナ』の可能性(4) #higanbana

Dscn2453▼月がかわっての第一日目の昨日、大賀ハスは植え替えから24週目であった。と書きながら思った。「そうか、植え替えからまだ半年も経っていないんだ」と。葉が育ち、花が咲き、種子ができ果托も落ちてしまったいま、なにかすべてが終わってしまったかのように思うが、経過した時間からすれば地球は太陽のまわりを半周もしていないDscn2430のだ。庭に目をやれば、シロバナヒガンバナが盛りをむかえようとしていた。
▼植物を育てるということはほんとうに面白いことだ。植物たちの「一年」からいっぱいいろんなことを教えてもらえる。Webテキスト「ヒガンバナ」でもこのことを扱いたいとちょうど思っていたときだ。
Twitterの #higanbanaで面白いことを聞いた。「ヒガンバナが動く」というのである。植物だから「動く」と言われるとエッと思った。種子の散布で広がって行くと言われているのなら、種子を作らないヒガンバナにはあてはまらない。おかしな話だと思った。よくよく聞いてみて調べてみると分球のとき確かに「移動」しているのである。
より快適な環境を求めての「移動」であろうか。
▼もうひとつある。「浮上株」のことである。私は、年月を経て「浮上株」になるから、浮上株は古い年老いたものと思い込んでいた。だから浮上株からは花茎が伸びにくいと思っていた。そう発言していたら、指摘を受けた「浮上株は若いのでは」と。
 言われてみると、分球によって殖えていくのだから、分球のスペースが水平方向に確保できない。垂直方向に浮上してくると考えると浮上株の分球した球根(鱗茎)は若いことになる。若さ故に、まだ花茎をのばすだけのエネルギーの蓄積がないから、花芽はできない。だから、花茎のばした球根よりも早めに今、葉を出してきた。
とも考えられる。これらは、その植物を育てるというアクティブなつきあい方をしてこそ見えてくることなのかも知れない。つくづくと思うのは、知っているつもりになるとダメだということだ。
知っているつもりになると見えてくるものも見えてこなくなる。
▼昨夜、ずいぶん久しぶりに「チャット」をやった。もうほんと10数年ぶりだろうか。そこで、このWebテキスト「ヒガンバナ」づくりのプロジェクトを話すことになった。
 なかなか思っているイメージのことが伝わらない。あたりまえだ、自分自身の中でもしっかりした固まった構想があるわけではないのだから。しかし、このチャットは今から考えるとありがたかった。
人に伝わらないということは、このプロジェクトそのものの意味を失ってしまう。
 もっと人に伝わるかたちのものにしなければと反省した。
人に伝えるときには、そっくりそのままではないにしてもある程度のロールモデルが必要だと思った。
そのロールモデルをさがして、しばらく彷徨ってみることにした。

 

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Webテキスト『ヒガンバナ』の可能性(3) #higanbana

Dscn2290▼9月が終わった。9月最後の日の昨日、いちばん心をとらえたヒガンバナは、あの引っ越し組の満開の姿だった。真上から眺めてみた。見事なシンメトリーを描く。何故に自然が描く美しさは幾何学的な美しさを持っているのだろう「ふしぎ!?」である。
▼月がかわっても続けようWebテキスト『ヒガンバナ』への道。
そう言えば、昨日は、日本で最初のホームページが発信された日だ。それは、1992年9月30日であった。
それから19年の年月が経った。その間にWebは大きく進化した。
しかし、初発の思念は今も続く、続かせねばならない。はじめての発信者森田洋平氏は次のように書き記している。

 今、日本でも、インターネットを使った犯罪や不正利用の問題が深刻になりつつあります。情報やネットワークは使い方次第で毒にも薬にもなります。  インターネットは、誰でも、必要な情報を、必要とする人々に、瞬時に伝えることができる力を持っています。その力の持つ意味を正しく理解し、正しく使えば、世界中の人々がお互いをよりよく理解し合える社会を築くことも可能なはずです。一つだけ確かなことは、世界はもうインターネットが無かった時代には後戻りできないことです。私もネットワーク社会の一員として、これからもインターネットの正しい使い方を模索していきたいと考えています。

 Webテキスト『ヒガンバナ』づくりの営みが、私なりには、この「模索」の一端であると思っている。
▼Webテキストの考えられる発問を思いつくままにつづける。
順番にならべるの後の作業にする。

(6) ヒガンバナのたくさん自生している場所(ヒガンバナスポット)をみつけよう。
  ※「全国彼岸花マップ」に登録してみよう。

(7) 「全国彼岸花マップ」をみて気づくことをあげてみよう。
  
  ●北限がある。どうしてだろう?
    ヒガンバナの一年のくらしから考えてみよう。

(8) 日本のヒガンバナは、いつどこからやってきたのだろう。
  これまでのいろんな研究から調べてみよう。

(9)  白色のヒガンバナを見たことがあるだろうか。
  みつけたら写真に撮ってみんなに知らせてみよう。

  もっと他の色のヒガンバナはないだろうか。

(10) 普通に種子のできるヒガンバナはないだろうか。
  探して見よう。

(11) あるヒガンバナの研究者(松江幸男氏)が球根(鱗茎)が分かれて殖えていく様子を調査をしました。
  32年間もかけて調査しました。すごいですね。
  調査した結果、1個の球根が32年目にいくらぐらいになったと思いますか。
  (ア)  5個
  (イ)  10個
  (ウ)  50個
  (エ) 100個 
  (オ) 500個
  (カ) 1000個
  (キ) 1000個以上
 ※ 浮き株の写真

<つづく>
▼Twitterで #higanbana を利用してのヒガンバナ情報を見せてもらっている。同じヒガンバナでも、こうも美しいものかと魅入る画像がいっぱいである。
 これまでも多くの人が、ヒガンバナの魅力に取り憑かれたのもわかるというものである。
ヒガンバナには、魅入られる美しさだけでなく、たくさんの「ふしぎ!?」をもつ植物である。
栗田子郎さんの言葉を借りれば「重要な文化財ともいえるほどの歴史と価値を秘めた植物」(『ヒガンバナの博物誌』より)である。
 10月もまたこの「ふしぎ!?」追い続けよう!!


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