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再び、「丹生」を追う!!(5)

Dscn0220▼「非科学」と切り捨ててきたもののなかに「科学」を発見する。浅学無知な私には少し荷が重すぎる課題だ。
でも「丹生」を追うことは面白すぎる!!やっぱり続けてしまうのである。
いつまでも無手勝流の私であるが、今だからこそ手に入れた方法がある。
それは、Twitter的(「リンク」「シェア」「フラット」「等身大」「リアルタイム」)だ。
この手段を使えば、ひょっとしたら不可能に思えることも、可能になることがあるかも知れない。
▼口上はさておき、「丹生」を追い続けてみよう。
奈良への小さな旅の反芻作業のなかで、私は今年の夏の終わりに行った「デクノボーの科学」を追う旅のことを思いだしていた。その旅の終わりに立ち寄った「平泉・中尊寺」のことを。
そには、芭蕉をして
 

五月雨の 降り残してや 光堂

と詠ませた光堂があった。藤原三代の棺を納めた光堂。
芭蕉の時代もそして今なおも「黄金の輝き」続いているのである。
黄金の輝きは栄華の象徴なのだろう。
▼その「金」という金属の脇役いや黒子のような金属が「水銀」である。
アマルガム鍍金、アマルガム精錬というきわて高度の化学的な技術を駆使していた痕跡がここにある。
藤原三代のミイラ問題も含めて、「平泉文化」を「水銀文化」と読ませるのは松田壽男氏の説である。
その後、どこまで検証がすすんだのか私は知らない。しかし、きわめて説得力をもつ説であることは間違いない。
最近の研究成果を知りたいところである。
▼では、平泉の「水銀」はどこからもってきたものだろうか。朱の製造遺跡、金の精錬場遺跡などというものはみつかっているいるのだろうか。私は、まったくそんなことには不案内なのである。
 ひとつの「ふしぎ!?」の糸口をみつけたかと思うと、また次なる「ふしぎ!?」が浮かぶ。
再び、「丹生」を追う をはじめたものの、まだまだ道は遠そうだ。
でも、今の私にはTwitter的がある。歩みはとめないでおこう。

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