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再び、「丹生」を追う!!(3)

Dscn5539▼「蟻がひくように…」は亡き母がよく使っていた言葉だ。母は生涯一度も勤めに出たことはない、あくまでも田んぼと畑を生涯の職場とした根っからの百姓であった。その職場で身につけた哲学だったんだろう。
いっきょに大きなことはできない。「蟻がひくように」私も、「丹生」の「ふしぎ!?」を追っかけてみよう。
少しずつ、少しずつゆっくりと。
▼奈良に「丹生」追った日の反芻作業をゆっくりとくりかえしていた。

青丹よし
寧楽(なら)の京師(みやこ)は咲く花の
 薫ふがことく今盛りなり
(『万葉集』巻三・三二八 小野 老)

奈良の二日目は、ちょっと変わったことをしてみた。「青丹によしの奈良とはいったいどんなところなんだろう。」
何度か奈良を訪れたことがあるが、ゆっくりというわけでなかった。  そこで定期観光バスで、「青丹よし」の古都を巡回してみることにした のだ。
▼法隆寺、慈光院、薬師寺、唐招堤寺、平城京跡とつぎつぎとめぐっていった。はじめて知ることも多くとてもよかった。その建造技術に驚くばかりであった。そして、やはり気になったのは「丹」であった。
「丹」とは、硫化水銀の朱を意味するのである。
大仏の金鍍金の水銀の量もさることながら、古都を色鮮やかに染めていた「朱」。
それを想像していた。建造物だけでなく、いろんなところに朱は使われていたのだろうことも。
▼水銀という金属が文化もつくっていた時代がある。
今から考えてみると不思議なものだ。
今度、「丹生」を追うを再開するにあたり、まずは奈良からと思いついたのには、ちょっときっかけになったことがある。それは、Twitterで知り合った作家・寮美千子さんに
「東大寺修二会「お水取り」の起源に関する仮説」
という論文を最近読ませもらったからである。
 実に興味深い仮説である。みごとな謎解きである。
ここにこれからの「科学」の仕事があると感じた。ぜひ、「お水取り」には訪れようとは思っているが、今回はその下調べの意味も含んでいた。
反芻作業くりかえしながら思った。
 でも、こんなちょとした旅でいっきょにいろんなことが見えてくるものではない。
やっぱり「蟻がひく」がごとく少しずつ少しずつこの「ふしぎ!?」を追いかけてみようとあらためておもった。
 


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