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Webテキスト『ヒガンバナ』の可能性(2) #higanbana

Dscn2168▼今日て゜9月が終わる。ヒガンバナばっかり追いかけていたらいつのまにやら終わってしまったという感じである。
昨日もそうだった。昨日であったヒガンバナで心に残ったのもふたつだ!!
どちらか一方を選ぶことできないのでふたつともあげる。
Dscn2199 ひとつは、定点観察地Aの引っ越し地のヒガンバナがついに小花がひとつ開いたということ。これを待ち望んでいただけにうれしかった。もうひとつは、まったく思いがけない出会いであった。現在の勤務地の庭に咲くシロバナヒガンバナだ!この校庭にはヒガンバナがないと思い込んでいた。なのに、こんな目立つところに群生しているとは、誰が植えたのだろう。どんな「物語」があるのだろう確かめたくなってきた。
▼Webテキスト『ヒガンバナ』のこと、すき間時間には考えるようになってきた。
授業テキストなら作ったことがある。またそれの単なるWeb版なら、10年以上前に試みたこともある。
しかし、今回構想するのは、また少しちがったもの。
かといってまったく新しくというのはとっかかりのハードルが高すぎる。
 そこで、これまでも作ったことのある授業テキストに似たものを考えることからはじめたい。
コンセプトは
・ヒガンバナの「ふしぎ!?」をみんなで楽しみながら追うガイドテキスト
・クラウド時代のヒガンバナ観察の手引き
・知の共有の試作『ヒガンバナ』
・かくして知はみんなものになっていく『ヒガンバナ』
・知と美の科学共有体験『ヒガンバナ』
▼授業テキストに発想の源をおくと、どうしても「発問」が重要な位置をしめてくる。
また、考えた発問の順序も大切である。
ともかく思いつくものをならべてみる。

(1) あなたは、このヒガンバナ(写真)という植物を知っていますか。あなた住む地域(またはふるさと)では
  この花のことを何と言いますか。知っていれば教えてください。
  ・どうしてそんな呼び名があるのか、わかれば…

(2) 今年はじめてこのビカンバナを見たのはいつですか。
   どんな場所で見ましたか。

(3) きれいなヒガンバナですが、じっくり見ているとなにか変ですね。植物らしい植物とくらべてみてください。
  そうですね。葉がないですね。
  ほんとうに葉はないのでしか、葉がなくていきていけるのでしょうか。
  ヒガンバナの花が萎れてしまったら、花茎(花を支えている柱の部分)の足元に注目しながら観察してみよう。

(4) 日本のヒガンバナは種子をつくることができない(三倍体であるため)と言われています。
 しかし、たまには種子をつくり、その種子を育てたらたまには育つこともあるそうです。
 花が咲いた後も、花に注目しておいて「種子」をみつけてみよう。
 うまくみつけたら発芽するかも確かめてみよう。

(5) 日本のヒガンバナが種子で殖えないとなると、どうしてふえるのでしょう。
 そうです。地下にある球根(鱗茎)です、それが分かれて殖えるのです。
 球根は歩けませんから、あなたが見たヒガンバナは誰かが、そこに運んできたということになるのです。
 それは誰でしょう。


こうしてあげていけばいくらでも出てきそうですね。
今日のところは、ここまでに。
▼霞の向こう側に、見え隠れするように見えたかに思えたものも、次の瞬間には消えてしまう。
そんなときにいちばんありがたいのは、それを一緒に見ようとすると人の存在である。
この夢物語構想に興味を少しでももたれた方がおられたら、ご意見・アドバイスをお願いします。

9月見納めのヒガンバナ! どんなヒガンバナだろう。

 

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Webテキスト『ヒガンバナ』の可能性 #higanbana

Dscn2081▼昨日、印象深かったヒガンバナはふたつである。ひとつはあの定点観察地Bである、ずっとずっと長く毎年観察を続けてきたところだ。この春に書いたヒガンバナの「ふしぎ!?」を追う中間報告の舞台のひとつとしたところである。今年は、草刈りがおこなわれなかっDscn2078たということで、草むらのなかである。それでも赤い松明の行列は凄い!!ここも田んぼの整備工事で今年限りの風景となる。
 それと入れ替わりに、新しい定点観察地したいと思っている場所がある。その南の川沿い土手に立ち並ぶヒガンバナがふたつ目である。ここは、今年最初に花芽にであったところでもある。
それにして慣れ親しんできたヒガンバナのある風景が失われていくのは哀しく淋しい。
▼無くなっていく哀しさというのは、今見せてもらっている、いろんなヒガンバナの美しさや「ふしぎ!?」についても同様である。これをなんとか記録化し蓄積していくことができないものだろうか。
そんなことを考えているうちに、この夏の教材試論で考えたWebテキスト『ヒガンバナ』の構想が思い浮かんだ。
▼構想をなんど繰り返していても前には進まない。
具体的に一歩前に歩み出すときが来ているのかもしれないと思いだした。
極地方式研究会の「テキスタイル化」に学びながら、Web上にテキストを作る。前提となるような課題も多い。
だからと言ってはじめなければ、いつまでたっても同じだ。
▼ヒガンバナの「ふしぎ!?」を多くの人と楽しみながら追うための「テキスト」。
それをWeb上に展開しながらその共有化を図る。
Web上の展開だから、これまでには考えることができなかったような展開の可能性もある。
もちろんその分、課題も多いかも知れない。

ヒガンバナに興味をもつすべての人のためのテキスト
Webテキスト『ヒガンバナ』
はじめてみよう!!

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ヒガンバナをネットで追うのは #higanbana

Dscn1983▼昨日見たヒガンバナでいちばんのお気に入りは、自分の定点観察Aで見たモノだ。今年の6/14に引っ越しをして、一時は今年の開花は無理かと思っていたが、お彼岸の中日にちょっと顔をだしたかと思ったら、グングン花茎は伸びてきた。その地面にはヒビがいったようになり盛り上がっていた。なんというすごいエネルギーだ。
葉もないのに、というのが私の初発の「ふしぎ!?」であった。そのカラクリを少しはわかった今もやはり不思議は「ふしぎ!?」だ。
▼今、周辺のヒガンバナ開花は盛りである。田の畦は赤い松明で縁取られ、土手は太い赤い絨毯をひきつめたようになっている。自分のくらしている生活空間だけでなく、ネットを通して西脇・岡山・宮崎・福岡・東京・神奈川・静岡・巾着田・宮城等などのヒガンバナの開花を楽しんでいる。それもほぼリアルタイムにだ。
それも撮りたてのきれいな画像で楽しませてもらっている。それらを楽しませてもらいながらいっしょにヒガンバナり「ふしぎ!?」を追いかけていると、ほんとうにネットをやっていてよかったなと思う。
▼『ヒガンバナ博物誌』の栗田子郎さんが、『多様性生物学入門~ヒトへの道程~』(栗田子郎著 東海大出版 1997.3.3)の「まえがき」に、ホモ・サピエンス(Homo sapiens 賢い者)である我々の二つの大きな特徴について次のように書いておられる。

 しかしヒトという種にはほかのどんな生物にもない(と思われている)きわだった特徴が一つあります。自分自身の由来、ひいては万物のルーツを知りたがるとともに、まだ存在しない未来に思いを馳せるという性質です。  いま一つのヒトの特徴は、細胞外で複製・増殖することのできる遺伝因子、つまり言語(言葉、文字)と映像を操る能力です。生きとし生けるものはすべて、自らを存在させているプリン塩基とピリミジン塩基で記された基礎情報(遺伝子)を次の世代へ残そうとします。ヒトも例外ではありません。しかし、この情報は時間軸に沿って垂直にしか伝わりません。ところが言語や映像という形の情報は水平方向にも伝わります。しかも、細胞核内に収められた情報は親から子へと伝わるのみで、その逆は不可能です。言語情報はこれが可能です。(『多様性生物学入門~ヒトへの道程~』「まえがき」より)

とても示唆的で、なるほどと思うのでいつも引用させてもらっている。
ネットでヒガンバナの「ふしぎ!?」を追いかけると、まさにこのホモサピエンスの二つの特徴を活かした営みなんではないだろうか。だからこそ面白く楽しいのでは。
▼少しだけ大風呂敷を、この二つの特徴を活かした営みは、ヒガンバナに限定することなくいろんなモノ・コトに応用できるのではないだろうか。
いや、そもそも「学問」とか「研究」というものはそういうものではないだろうか。
そんな気がしてくるのである。
 だとすると、今、ヒガンバナの「ふしぎ!?」をネットで追うということは、これからの「学び」のあり方をも模索するということになるかも知れない。

たかがヒガンバナ! されどヒガンバナ!

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ヒガンバナはいつどこからやって来たのか? #higanbana

Dscn1888▼昨日は私用で岡山まで出かけた。出かけていてもやっぱり気になるヒガンバナであった。目的地までの道端、稲穂の色づく田、山際の斜面…どの風景のなかにもあの赤く燃え立つヒガンバナを目が探していた。
発見したときは、「やっぱりここでも…」と自分で納得しうれしくなる。
 昨日見たヒガンバナでいちばん印象に残ったのは、帰りの山陽自動車道SA「瀬戸」で見たヒガンバナである。
SAの東の土手に赤い松明の行列はあった。みごとである!!
あきらかに、誰かが意図的にここにもってきたのである。
▼このヒガンバナの最大の謎は、「いつどこからやって来たか?」ということである。
三倍体である日本のヒガンバナは、種子で殖えることがない。だから、誰かがそこに運ばなければそこにはないのである。そのはじまりはいつなんだろう?どこからやってきたのだろう?
この最大の謎に、ヒガンバナ研究第一人者の栗田子郎先生がひとつの仮説をたてておられる。
 それをコメントで紹介してくださっている。
◆ヒガンバナの民俗・文化誌 Ⅴ
▼もうその展開に圧倒させられる思いで読ませてもらった。
里呼び名をひとつの手がかりに、ヒガンバナの最大の謎に迫られる展開は「みごと!!」としか言いようがない。
それは、まるで出来のいい推理小説でも読んでいるようだ。
もちろん推理小説よりも迫力ありドラスティクである。それは、これが事実を紡いだ「研究」だからだ。
冒頭に書いておられる文章がとても示唆的である。

 何か他に渡来の時期を知る手がかりは残っていないだろうか。
 里呼び名は手がかりにならないだろうか。言葉は遺伝子(DNA)と似ていて、時の流れとともに変化するが、DNAの塩基配列を調べることで生物の進化(変化)の跡をたどることができるように、言葉の変遷とその伝播の過程もかなり詳しく追うことができるからである。

▼この謎解きの展開のみごとさに感動すると同時に、ヒガンバナ研究の第一人者がシロウトの私にも簡単に読ませてもらえるようなかたちで情報を提供してくださっていることいたく感動し、心底敬意を表したい。
ほんとうにありがたくうれしい!!
 これからのホンモノの「研究」とは、こうして生まれることを願ってやまない。
いや、きっとそうなるだろうと強く思う。

さあ、今日もヒガバナの「ふしぎ!?」追い続けよう。

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【Web更新9/25】11-39【ヒガンバナ情報2011】 更新! #higanbana

Dscn1701

彼岸なり 何故に知る 里の朝
11/09/25 (日)撮影@福崎

■楠田 純一の【理科の部屋】11-39
週末定例更新のお知らせ
 この一週間は、ヒガンバナ三昧の一週間であった。
なぜ、そこまでヒガンバナにこだわるのか。自分でも正直言ってわからない、ただここになにかがある。
それは単なる植物ヒガンバナの「ふしぎ!?」を追いかける以上のものがあると思っているからかも知れない。
それは何か。今の私には明確な答えがない。
 ただそれは、きっと「科学とは何か」「人のくらしと科学の関係」あたりと関連していることだという直感だけはある。

◆表紙画像集2011 人里の植物シリーズ ヒガンバナ
 表紙までヒガンバナである。昨年まで、私は3つのヒガンバナ定点観察地をもって観察を続けて来た。その第一の定点観察地Aを今年の6/14に移植した。観察地C(シロバナヒガンバナ)のとなりに持ってきたのだ。
 どんどん周辺のヒガンバナが開花していくのに、引っ越し組は花芽を見せなかった。ところがちょうどお彼岸の中日の朝、ニョッキと顔を出した。なんでわかったのだ、今日がお彼岸の中日であることが!「ふしぎ!?」だった。
この仕掛けを知りたいと思った。

◆【ヒガンバナ情報2011】更新
 このヒガンバナの「ふしぎ!?」を追いかけるのに私は、ネットを利用したい思ってきた。
だからホームページ、Webページを最初につくったのも、この【ヒガンバナ情報】のページであった。
ネットを取り巻く環境もずいぶん進化してきた。
 その変化のスピードになかなかついて行けないのが正直なところだ。
しかし、本質的な部分が変化していっているわけではない。
 ヒガンバナの「ふしぎ!?」を追いかけるのにいちばん活用したいのは、ヒューマンネットワークだ。
またそのヒューマンネットワークは、この「ふしぎ!?」を一緒に追いかけるという営みのなかでつくられていくものであるとも言える。
 今週はまた、どんなヒガンバナに出会えるだろう。どんな人と出会えるだろう。
楽しみである。
 

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ヒガンバナスポットin播磨巡りは楽しかった!!#higanbana

Dscn1035▼昨日は、大賀ハス植え替えから23週目であった。この度の台風で第三、第四の果托は落ちた。これで果托は一番最初のもののみが残るかたちとなった。葉の枯れはどんどん進んでいく。残ったわずかの緑でDscn1062栄養を生産し蓮根に送り込んでいるのだろう。
  いよいよ楽しみにしていた「ヒガンバナスポットin播磨」巡りの日であった。
Dscn1240▼起点は、柳田国男生家・記念館である。生家前にも、一株のヒガンバナがちょうど開花していた。
一緒に行ったのは、【私の100人リンク集】の一番にリンクさせてもらった筒井俊明さんだ。
Dscn1234筒井さんには、ずっとずっとお世話になってきた。一緒にヒガンバナの「ふしぎ!?」を追いかけてきた。最近ではTwitterを通じてお世話になっている。
 最初に向かったのは、夢前町であった。ここは比較的交通量の多いところで、忽然とあらわれる赤い松明の行Dscn1391列が見ものである。満開というのにはもう少しだった。同じ群生地でも、少し早めに開花し萎れかかっているものとこれからというものが混在していると感じるのは、ことだけなんだろうか。
Dscn1612▼その後、起点に引き返し、後のコースは筒井さんが考えてくださっていた。
最初に向かったのは神河町猪篠(いささ)の棚田である。今回の目玉のひとつが「棚田とヒガンバナ」である。
そこに向かうまでも、これはすごいというところが、何カ所もある。
ところどころで車を停め写真を撮った。
群生している場所の共通点をみつけようとした。ほとんどが、そこに川、溝がある。これは川が氾濫したとき流れ着いたものだろうと想像できる。
 猪篠(いささ)の棚田に着いた。石垣のみごと棚田だ、ここにも上から下へと水が流れている。溝がつけられているが、その溝の近辺に集中して群生していた。棚田のてっぺんまであがった。そこにもヒガンバナは咲いていた。
誰がここまで運んだのだろう?やっぱり人だろうか。そうとしか考えられない。
なぜ、運んだのだろう。棚田の畔をモグラや鼠から守るためだろうか。
畑や田の猪がきをみながら、シロウトの推理をしてみた。畔にこれを植えることによって畑、田を守るということはなかったのだろうかと。
 ともかく、ここは非常にひとのくらしを現在進行形で感じるところである。田畑もあぜもよく手入れされている。
そして、そこにヒガンバナが群生している。
 人のくらしとヒガンバナのある風景がみごとにとけあっている。そんな印象をもった。
ヒガンバナ越しに見た空は青く高かった。
▼次の目的地へ峠を越えた、多可町スポットへ向かったのである。
中区も同じく川の土手・溝が流れているところを中心に群生していた。実りたる稲穂とヒガンバナはお似合いだ。
次にめざしたのは多可町加美区岩座神の棚田だ。ここの棚田は百選に選ばれているところとあって、観光地としてにおいもするところである。カメラマンも幾組か見かけた。ヒガンバナの大きな群生はみられなかった。
でも、手軽に棚田・稲穂とヒガンバナを楽しむのにはいいスポットだ。
▼最後に出かけた二カ所のスポットは、筒井さんが「全国彼岸花マップ」にすでに登録してくださっている場所だ。
◆多可町中区間子のヒガンバナ
ここは、赤、白、黄色のヒガンバナが同時に同じ場所でみられるというヒガンバナファンにたまらないスポットだ。
時期が少しずれていたために三色が同じ場所でということはなかったが、それぞれの色のモノは見られた。
黄色がとてもきれいだった。それしても「村おこし」にヒガンバナとはすばらしい。
新しい人とヒガンバナのつきあいがはじまっている。
◆ 東はりまフォルクスガーデン黒田庄
ここではシロイロヒガンバナを堪能させてもらった。非常に落ち着いた雰囲気のガーデンだ。
また、別の季節にもぜひ訪れたいと思った。

もうひとつ棚田をおと思っていたが、今年はあまり咲いていないということで断念した。
まさにヒガンバナ三昧の一日であった。
ほんと楽しかった!!

 

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柳田国男とヒガンバナ #higanbana

Dscn0930▼お彼岸の中日の昨日もやっぱりヒガンバナ三昧の一日だった。久しぶりに定例コースの朝の散歩をした。もののみごとにお彼岸に照準をあわせて、いたるところでヒガンバナが開花している。朝日のあたるヒガンDscn0959バナというのもすばらしい。散歩から帰り、定点観測地Aの引っ越しした場所をじっくりと見ていた。となりのシロバナヒガンバナの方の花芽はどんどん伸びてきているのにと思いながら。
 そしたら、なんとあったのだ!!引っ越しの地からひとつだけニョキッと花芽が顔を出しているのだった。あきらめかけていただけにうれしかった。それはまるで「日本ヒガンバナ学会」の誕生日を祝うがごとくであった。
 お彼岸ということで墓参りをした。その道にも燃え立つ松明の行列ができるところであった。
▼このヒガンバナを追いかけた同郷の大先達のことがずっと以前から気になっていた。その人はあの民俗学の父、柳田国男翁である。同郷というだけでこの人の大きな仕事の幾分かも知るわけではない。
 しかし、柳田国男がこの「ヒガンバナ」のことを書き残してくれいるのはうれしかった。
それは『野草雑記』「草の名と子供」(定本柳田國男集 第二十二巻 筑摩書房)のなかにある。
まず、「草の名と子供」の緒言に非常に興味深く示唆的なことを書いている。

  緒  言
 小さな自然に名を與へる事業には、兒童が誰よりも多くの興味を以て働いてゐる。其言葉が成人にも承認せられ永く行はれ、一方には又同じ子供のやうな気持を以て、新たに言ひ始めた物の名も多かったことは、方言を集めてゐると容易に心づく筈である。此頃外國から持込んだ色々の新語と竝べて見て、殆と兩極端と言ってもよい態度のちがひは、やがて叉近世の國語の歴史の、看過すべからざる變革を暗示するものかと思ふ。(上記書P63より)

 浅学を省みず言わせてもらえば、これだけで「同感!!」である。
彼の仕事の大きさはなかなか理解できるものではないが、方向だけは少しだけわかる気にもなるのである。
▼そして、問題のヒガンバナであるが、「狐の剃刀」のところで書いている。
播磨の地に関係する部分だけを引用させてもらうなら、こうだ。
 自分たちの郷里では、子供は此植物に就いて三つの名を知つて居た。其一つは前に挙げた狐の剃刀で、是は専ら其葉をさして謂ひ、次にはジュズバナ、今一つはテクサレであるが、此事は後で一しょにいふ。ジュズ花といふのは此花の茎を折って、数珠の形に員
似て首に掛けて遊ぶからで、播磨一國だけで無く三河の寶飯郡石見の邑智郡等にも同じ語が有る。(同書P72より)


 播州も西の境では、此草をシビト花ともいふが、又シブラ・シビレ・シブライなどゝも呼んで居る。此植物の汁液
が唇などに附くと刺戟するので。此語を痺れの意味に解したのであらう。
 大和の竹之内村などではテクサリ又はシタコジキ、富士山南麓地方は一般にハコボレグサと謂ひ、子供は此草をロに入れると歯が抜けるなどゝ嚇されて居り、或は又ハッカケバナーハツカケバアサンとも謂ふ者もある。信州の南部でも歯抜けばばアといひ、此花を折っただけでも歯が抜けると信じられて居た。九州も大分絲の南海部郡ではハカゲバナ・ハモギ・ハンモゲ・歯抜けいばら等の異名がある。何れも小兒を警戒する爲らしいから、作者は成人であったことがほヾわかる。
 テクサリといふ語の方は、或は子供の實驗だったかも知れぬが、私たちは手が腐るなどゝ謂ひながらも、いつも折って遊んで居た。テクサリといふ名は私の郷里だけで無く、近畿では處々に行はれて居るやうだが、伊像の大三島などでは之をテハレグサ、紀州の尾鷲ではヒゼンバナと謂って居る。ヒゼッはいやな皮膚病の名で、實際此液がつくと指の股が白くなる。(同書P73より)

ほんとよく調べておられる。この情報収集力はすごいものだ。
ゆっくりとであるが、真似事しながら後を追ってみたくなる。
▼今日、その柳田國男記念館を起点(9時集合)にして、播磨の地のヒガンバナスポット巡りをやってみることにした。
 どんなヒガンバナと出会えるだろう。
どんなヒガンバナ情報を手に入れることができるだろう楽しみである。

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「日本ヒガンバナ学会」は満4歳に!! #higanbana

Dscn0850▼今日、お彼岸の中日。朝起きて外にでるとオリオンがもうすでに高く高く登っていた。あまりにきれいなので、しばらく眺めていたら涼しさ通り越して寒くなってきた。「暑さ寒さも彼岸まで」とはうまく言ったものだ。
暮らしに生きるコトバだ。科学だ!!
 昨日も引っ越しした定点観測地のヒガンバナを見ていた。しかし、花芽が顔を出していなかった。やっぱり今年はダメなんだろうか。気配はない。
 あきらめきれない気持ちで、その地をじっと眺めていた。そして、気づいた!!
となりのシロヒガンバナの芽生えに。シロバナヒガンバナと赤いヒガンバナ咲いたときに同時に楽しめるようにとそこに引っ越ししたのだ。まずは、シロバナヒガンバナの成長を楽しもう。
▼今日、9月23日はふたつの記念日だ。
ひとつは、日本ヒガンバナ学会の誕生日だ。2007.09.23にスタートしたから、満4歳だ!!。
日本ヒガンバナ学会は次のような呼びかけではじまったmixiにつくられたコミュニティである。

「ヒガンバナに興味・関心がある。」という一点だけで共通項をもつみんなで創るコミュニティです。

◆時空を超えて学び合う会(=学会)をみんなで創ろう。
 未来派「学会」に。
「学び合う」楽しさ・喜びをみんなで。 

◆あなたがノックするところがドア(入口)です。
 自分の興味あるところから入ってきてください。
 なければ自分で作ってください。(日本ヒガンバナ学会より)

みんなだ楽しみながらヒガンバナの「ふしぎ!?」を追うことをやっている。
毎年面白い展開がみられる。
 私自身、ここのところちょっとご無沙汰していのでまた書き込みたいと思っている。
▼もうひとつの記念日あるというのは、二年前にTwitterをはじめた日なのである。2009.09.23のことである。
 全然別のことであるようで、実は私のなかで深くツナガッテイル!!
ここのところTwitterの展開は、Twitter的(「リンク」「シェア」「フラット」「等身大」「リアルタイム」)を強く意識するようになっている。ヒガンバナの「ふしぎ!?」を追うのもTwitter的にやりたいと思っている。
ハッシュタグ #higanbana をつけることによって全国からのヒガンバナ情報をつなごうとしているのである。
それが実に面白い。楽しい作業なのである。
 これは、ヒガンバナをネタにヒューマンネットワークを楽しんでいるのだと思う。
▼最近、私はこのヒューマンネットワークを楽しむ新しいツールをはじめた。
Facebookである。例によっていつも初心者である私にはまだまだわからないことだらけだ。楽しみ方も今ひとつわかっていない。しかし、これもまたTwitter的ツールのような気がするのでしばらくは続けてみようと思う。
こうしてみてくると、私はWebでヒガンバナの「ふしぎ!?」を追うのにたくさんツールを手にしていることになる。
・Webページ「ヒガンバナ情報2011」
・日本ヒガンバナ学会(mixi)
・folomy【理科の部屋】
・Twitter
・Facebook
・各種ML
等など
いずれもが「コンヴィヴィアリティのための道具」たちである。
この道具たちを楽しみながら、今日もヒガンバナを追ってみよう!!

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ヒガンバナの里名の意味するものは!? #higanbana

Dscf0312▼やっぱりやばい!!私は少し例の持病「ばっかり病」を発症しているようだ。その「ばっかり病」のなかでも、かなり持病歴のながい「ヒガンバナ病」だ!!
Dscf0299だいたいこの季節に発症することが多いが、これ以外の季節にも発症する年もあった。
ヒガンバナのことばかりが気になるのである。それ以外の見ること聞くこともヒガンバナに結びつけて考えてしまうのである。
▼台風15号が北上していった後の午後、「石垣のヒガンバナ」を見に行った。
一度は、水に浸かってしまったのだろうか満開期をむかえていた花はかなりのダメージを受けていた。定点観測地Bにも足を向けてみた。残る風で周りの草が覆い被さるなか、ヒガンバナはそれに耐えて開花する花がふえて行っていた。その周辺のヒガンバナも同様であった。
▼「テクサレ」「テクサリ」の呼び名にこだわっていたとき、昨年、一冊の資料集を目にする機会があった。
◆『兵庫県姫路市新市域言語地図集』(都染 直也編 2010 甲南大学方言研究会)
この冊子には、姫路市を中心にこれまで研究すすめられきた方言調査をまとめられたものである。
きわめて貴重な資料集である。
ありがたいことがふたつだ。ひとつは旧姫路市内に限定せず、その周辺地域のものもあるということと「彼岸花」の項目があるということだ。
 さっそく自分の住む地域の「彼岸花」のページを見た。
うれしかった。「テクサレ」「テクサリ」はあったのだ。なにも我が家だけがそう呼んでいたのでないのだ。マタリマエのことだが、「そうだろう!!そうだろう!!」と膝をうち納得しうれしかった。
姫路市全域のページを見た。大ざっぱにみると南部は「テクサレ」、北部は「テクサリ」が使われていたようだ。
 手にして、花茎をポキリと折ると出てくるあの異様なにおいのする汁。それをすることを子どもたちに戒めるところから出てきたきたのだろうか。それとも…。
▼さらに他の呼び名はと別の周辺地域のページを見ていると、あった別の呼び名が
「シブネ」
「シブレ」
「シビレ」
「シブネノハナ」である。
これはどういうことだろう。口にするということがあったということだろうか。
やっぱり「救荒食」の歴史はほんとうだろうか。
里名を追いかけていくと、ヒガンバナと人の暮らしの関係が見えてくるのかも知れないと思った。

ますます「ばっかり病」は加速しそうである。

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ヒガンバナの思い出! #higanbana

Dscf0228▼今、風の音がすごい!!雨の音もだ。台風15号の位置を確認する。
迷走していた台風15号も、スピードをあげて北上してきた。昨日も少し小降りのころを見計らってあの「石垣のヒDscf0254ガンバナ」を見に行った。水に完全につかることは免れたようだ。すでに、小花でしらみかけたものがある、萎れはじめたのかもしれない。定点観測地Bにも見に行った。草むらのなかでも、続々と花茎をのばし、赤い松明の行列をつくろうとしていた。
▼私は、幼い頃はこのヒガンバナのことを「テクサレ」と呼んでいた。
「台風」と「テクサレ」はセットで私の記憶のなかにある。私の家は、今もそうだが台風の風の影響を受けやすいところに建っている。小さい頃は、ワラ屋根の百姓家であった。
 だから台風のことがいつも気になっていた。台風がやってくるとなると雨戸を閉め厳重に防備態勢に入らなければならない。時には、雨戸が吹き飛ばれそうなって雨戸を手で押したまま夜を明かしたこともある。
 そんな台風がやってくるころには野には「テクサレ」が咲いていた。
▼早くから、台風に備えて雨戸を閉め切ったままの縁側で、薄明かりのなかで「テクサレ」を持ち込んで数㎝ごとにポキンポッキンと花茎を折って、首飾りをつくって遊んだ憶えがある。
「そんなもの家に持ち込んで…」と叱られた憶えもある。
 台風一過は、外に出て「テクサレ」相手にチャンバラである。チャンバラはそのころ子供たちの最もスタンダードな遊びのひとつである。チャンバラでも切られ役の多かった私には、「テクサレ」は格好の敵であった。
「テクサレ」相手だと、私は赤胴鈴之助にもなれたし、「真吾十番勝負」もやれたのだ。
折れやすい花茎は、意図もたやすくなぎ倒されたのである。
▼「テクサレ」のことを「ヒガンバナ」と呼ぶようになったのはいつの頃からだろう。
「曼珠沙華」などという呼び方を知ったのは、ずっとずっと後になってからだと思う。
「テクサレ」(「テクサリ」とも言ったかも知れない)は、この地域の呼び方である。花茎をポキンとおると、たしかにいやなにおいのする汁がでてくる。それを毒と知って、それを触ることを子供たちに戒めるためにもこう呼んだのだろうか。「そなもの触ったら手が腐るぞ!!」と。
 ヒガンバナは人里の植物のなかではダントツで里名を多く持つという。
手持ちの『日本植物方言集成』(八坂書房編 2001.2.28)で数えてみたら、555もあった。
もちろん「テクサレ」もあった。
 もうヒガンバナをそんな「里名」で呼ぶ人は少なくなっているだろう。
すごく残念に思う。
 「里名」にこそ残る「植物と人間のつきあい」まで消えていってしまうようで。

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人はなぜヒガンバナを運んだのか? #higanbana

Dscf0160▼今日は彼岸の入りである。それにしても、またまた雨である。それも凄い雨である、台風の刺激で秋雨前線が活発化しているようである。前の被災地に被害がないことを祈る。
 またしてあの石垣のヒガンバナは水に浸かってしまっていることだろう。
昨日降り出す前に見に行ったところでは、小花すべてが咲き満開であった。溺れてしまうなよ!
▼どれほどのヒガンバナが、この雨・洪水で運ばれるだれることだろう。
ひとつのヒガンバナの「ふしぎ!?」がだんだん大きくなっていた。
人はなぜヒガンバナを運んだのだろう?
川上から川下へ水が運ぶのはわかる。そして、それが分球を繰り返して分布を拡げるのはわかる。
しかし、川上に運んだのは主に人であろう。
それ以外に考えることができない。
では、なぜ、なんのために人はヒガンバナを川上(高い位置)にまで運んだのだろう?
▼このヒガンバナを我々の先祖が有用植物として利用してからにちがいない。
では、このヒガンバナをどう利用していたのだろう。
ヒガンバナの「ふしぎ!?」を追う大先達、松江幸男さんがまとめておられた。
◆『日本のひがんばな』(松江幸男著 文化出版局 1990.9.10)P17より

1 鱗茎の利用(水晒しを行って毒抜きをする)

(1) 救荒食用

(2) 代用食

(3) シレイ餅(モメラと呼ぶ)

(4) 雑穀と混用

(5) ハンペイの利用

2 澱粉の利用
(1) 織糸・織物・綜絖の糊付(鼠、虫の予防)
(2) 和紙を漉く粘料(トロロアオイの代用と防虫)
(3) くづ粉の代用
(4) 襖・屏風の下張り用糊(防虫)
(5) 漆器の下絵付絵具に混用
(6) 壁土に混用(鼠の予防)
(7) 網に塗る
(8) スイセン糊の代用

3 民間薬として鱗茎をすりおろして、貼り薬にした(酢、小麦粉とまぜて使用)
(1) 急性腎炎 (2) 心性浮腫 (3) 胸膜炎 (4) 乳房炎 (5) 打ち身 (6) 捻挫
(7) ジフテリア (8) 腫物の押薬

4 生汁のまま塗る
(1) あかぎれ (2) いんきん (3) たむし

5 西洋医学では、含有成分のガランタミン、リコリン其の他のアルカロイドを製薬原料に用いた。
(1) 吐剤 (2) 去痰 (3) ポリオ (4) 筋無力症  (5) 脳卒中後遺症 (6) アメーバ赤痢
(6) ヒドロコリン原料

6 其の他 
(1) 葉を温床の発熱原料・ミカン・イチゴの詰物・生植物運搬梱包材料・山羊、牛の飼料・
乾燥葉を飲用・豚肉と油いためにして睡眠用に食した。
(2) 墓前の献花
(3) 遺体埋葬の時に、獣害を防ぐために入れた。
(4) 寺院・墓地へ仏花として植えた。
(5) 土堤・畦畔に植えて、鼠・もぐら除けにした。
(6) 鱗茎をたこ釣りの疑餌に使った。
(7) 婦人整髪用に糊を用いた。
(8) 鱗茎を便所の蛆殺しに入れた。

なんと多様な利用方法であることか。
にわかに信じがたいもある。
これは松江幸男先生が、長年にわたって調査・収集をしてまとめられたものである。
あらためて驚き、感服するところである。
こうしてまとめられてからも、20年以上の歳月が流れている。
古い記録や、昔を語る人もどんどん少なくなってきているだろう。
だからこそ…。
▼この多様な利用方法を聞けば、少しは人がヒガンバナを運んだ理由もわかりそうな気がしてきた。
今も、私たちが直接わかることはないだろうか。
そんな意味も含めて、
●ヒガンバナスポット巡りオフin播磨 9/24(土)9:00~ 詳細未定
をやってみることにした。
昨日、雨のやんだ合間をぬって、この下調べとして佐用町(乙大木谷の棚田)までドライブしてみた。
開花は、まだこれからというところが多かったが、はじまっていることは確かだ。
きっちりと彼岸に的を絞ってきている。さすがだ…。

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【Web更新9/18】11-38【ヒガンバナ情報2011】 更新!

Dscf0086

センダングサ 荒れたる川辺 飄々と
11/09/17 (土)撮影@福崎

■楠田 純一の【理科の部屋】11-38
週末定例更新のお知らせ
 ヒガンバナ三昧の一週間であった。考えてみると、このWebページをはじめたときも同じであった。このヒガンバナ情報のページ化からはじめてたのである。1998年4月のことであった。
 今週一週間もますますこれは加速されることになるだろう。
あの言葉が思い出される。
「情報は発信するところに集まる」
今週も実感してみよう!!

◆表紙画像集2011 更新  人里の植物シリーズ アメリカセンダングサ
 自分の住んでいる場所の風景が一変しつつある。
消えていく風景は淋しく哀しい。川もその風景をかたちづくる主役のひとつである。
水の流れが、風景を形づくるこのアタリマエを繰り返してきた。
人里の植物たちもこの営みの影響をもろに受けてきた。この営みとともに生きてきた、だから少々の異変では驚かないようだ。川が荒れた後の川辺のアメリカセンダングサが、いつも場所で飄々と立っているようだった。

◆ヒガンバナ情報2011 更新!!
 どんどん加速していくヒガンバナ情報に関わる情報交換。
たかがヒガンバナ されどヒガンバナ !!
いちばん面白いのは、情報交換をするなかでヒューマンネットワークの輪がひろがっていくことである。
この一週間で、どんな拡がりを見せるのだろう。
それを大いに楽しむ一週間にしたい。

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ヒガンバナ誰がそこに運んだのか!? #higanbana

Dscf9955▼昨日の朝、まだ雨は激しくふり、またしても大雨洪水警報まででていた。
そんななか、蓮根の植え替えから22週目の大賀ハスが立っていた。いちど、今なお行方不明の2個の種子を探索Dscf0003するために、水をきってしまったことが影響しているのか、果托、大きな葉も枯れ始めている。いずれも大きな仕事を終えてのことだろが、なんともその姿は愛おしい。
Dscf0035 そこから見える川は、濁流であった。
▼あの石垣のヒガンバナが気になっていた。雨が止み、濁流のひいた夕方、石垣のところへ行ってみた。なんと小花3つまでが咲いている。側のもうひとつの花の花茎ものびてきている。流されずそこにいたのだ。
 それだけでない。その石垣の別の場所からも花茎がのびてきているのである。この流れと垂直な石垣のすき間には流されてきたヒガンバナが住み着いているのかも知れない。
 ついでに、例年の定点観測地Bの場所にも行ってみた。草むらのなかではあるが、いくつもヒガンバナが咲き始めていた。赤く燃える松明の行列が今年もまちがいなくやってきそうだ。
▼今咲き始めたヒガンバナを観察しながら考えた。
そこにヒガンバナを運んだのは誰か!?を 
繰り返すが、日本のヒガンバナは種子では殖えない。球根の分球で殖えるといってもその範囲は限られている。
球根にはアルカロイドの毒を有する。動物が食して糞にして出すということも考えにくい。
だとしたら、人里の秋を象徴するようなヒガンバナ。そこへ誰が運んだのか。
昨日の濁流を見ていたら、ひとつはわかる水だ。洪水のたびに遠くへ運ばれることがあったのだろう。
群生している場所をみるとそれはよくわかる。かつての河原や川沿いの土手に多く見られるのである。
 そこで、次なる「ふしぎ!?」が生まれる。
川は遡行はしない。川上から川下に運ぶのはわかるが、最初に川上に運んだの誰だ?
 それは人以外に考えられないだろう。では、何のために?
 「ふしぎ!?」まだまだつづく。
▼そんな「ふしぎ!?」を多くの人で追うひとつの手立てになるだろう『全国彼岸花マップ』の紹介を昨日した。
今朝起きてみると、そのマップに「追記」が二件もでてきたようだ。
 これはますます面白くなってきた。
 来週末には、ヒガンバナスポット巡りオフの計画もたてつつある。
楽しみである。

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『全国彼岸花マップ』をつくろう!! #higanbana

Dscf9863▼すごい雨だ。夜中に何度か雷と雨音で起こされた。また、大きな災害をひきおこすことにならなければいいがと思いながら目覚めた。そう言えば、昨日の朝焼けはすごかった。東の空だけでなく、月が残る西の空まで赤くDscf9880染まっていた。「朝焼けは 雨」はほんとうだったのかな。
 例の石垣のヒガンバナも、今朝は水に浸かってしまっているかも知れない。
Dscf9928▼昨日、ここでヒガンバナ【スポット】のこと書いたら、谷本泰正さんからコメントで
●『全国彼岸花マップ』
の提案があった。見せてもらった。
これだ!!と思った。実に面白そうである。
谷本さんも以前からヒガンバナの「ふしぎ!?」を追っておられる。これまでも、ライブカメラで「ヒガンバナの今」を追いかけられたり先駆的な取り組みをされている。この『全国彼岸花マップ』の取り組みも何年か前からはじめておられるようだ。
▼これだと、よく知られたヒガンバナの名所だけでなく、自分たちでみつけたヒガンバナ【スポット】の登録も可能である。画像も登録できるようだし、ヒガンバナ情報を共有できる。
 日本のヒガンバナは種子では殖えていかない。鱗茎(球根)の分球とその移動によって分布を拡げていった。
だから、どのヒガンバナにも、固有の履歴をもつ。それぞれの「ヒガンバナ物語」があるのである。
群生地であれば、それはより明確なものだろう。
▼このマップにデータが蓄積されていけば、実際にその地にでかけて、みんなで「ヒガンバナオフ」なんて面白いかもしれない。夢はふくらむ。
 いや、いっきょにそこにいたらなくても、そのプロセスを楽しむというのがいいのかも知れない。

今日も水がひいたら、あのヒガンバナがどうなったか。見に行ってみよう。

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ヒガンバナ【スポット】をさがそう! #higanbana

Dscf9789▼昨日も残暑がつづいた。それも並の暑さではなかった。しかし、確実にヒガンバナの季節はやってきていた。朝の散歩で「初見」のその後を見に行った。確実に花茎はのびていた。
やっぱり、気になるのはあの石垣のあいだスルスルとのびた花茎だった。注意深くみると、もう一本花茎がのびてきているようだ。ということは、今年のあの洪水のときにたまたま流されてきた鱗茎がはさまったようではなさそうである。石垣のなかで、何年間は分球を繰り返しているのではと想像する。
 こうして、それぞれの履歴に思いを馳せ、そいつの「ヒガンバナ物語」を想像してみるのも面白い。
▼ひとつのヒガンバナでもそうなのだから、群落となるともっともっとドラスティクな物語が考えられる。
全国各地には、ヒガンバナの名所と呼ばれるような【スポット】がある。
関東では『巾着田』などが有名である。そこも、開花のスタンバイができたようだ。
 そのような有名なスポットはどのくらいあるのだろう。それらは、どうしてそんな群生地になったのだろう。
どんなドラマをもっているのだろう。(巾着田オフを思い出す)
 実際にその地にでかけていって、ヒガンバナの群生を楽しみながら、その地の「ヒガンバナ物語」語り合うなんていうのができたら面白いだろうな。
▼実は、今年は少し時間ができるだろうからと思って、ずっと以前から楽しみにしていたことがふたつある。
ひとつは、この全国のヒガンバナ名所巡りの旅をすること。もうひとつはヒガンバナ北限の地を旅をすること。
二つ目のことは、先日近くまで行ったが断念した。その時期でもなかったし…
 最初の方のことも、少し考えがかわってきている。
 もうすでに有名なヒガンバナ【スポット】も面白いかも知れないが、もっと身近な地元の知られざる【スポット】を探すのも面白いのではと思いだしたのだ。
▼全国各地の【スポット】めぐる旅は、ちょっとおあずけにしておいてまずは、地元播磨の地の知られざるヒガンバナ【スポット】を探し出して、それらを巡るオフをやってみたいなと思いだした。
ひとりで『物語』を想像するより、何人かで描くほうが面白いだろうから。

さあ、そんな夢を描かせてくれるヒガンバナ、今朝はどこまでのびたかな? 

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ヒガンバナ「初見!」@福崎 だった! #higanbana

Dscf9637▼各地からのヒガンバナ初見情報が届いていた。その時期が来ていることは間違いなかった。
自分の住んでいるところだけが、特別に早かったり遅かったりすることはないだろうと思っていただけになんとか花Dscf9701芽が顔を出しているのを見つけたかった。
 いつものコースを朝の散策に出かけた。少し入念に草むら、土手を観察しながら進んでいた。
Dscf9706あった!!初見である。9月14日早朝が今年の私の初見である。
今年はじめてであったヒガンバナはなんと既に咲いたアルビノであった。
 工事現場の近くで水辺であった。
▼一昨日も同じところを歩いたはずなのにどうして気づかなかったなのだろう。不思議だ!
もっと「ふしぎ!?」なのは、こういうのってひとつを「発見」すると、次々とみつかるんですよね。
近くは「クマムシ」もそうだった。一匹出会うと、次々と…。
全然話はちがうが、クリップモーターもそうだ、ひとりが「回った!!」と言えば次々と…
あれって何なのだろう。
 「初見」の後は、そのつもりで観察するからであろうか。次々と目に飛び込んできた。
▼道端のかなり乾燥したところでも、同じように「花芽」が顔を出している。
かなり注意深く観察していたはずなのに、昨日まで気づかなかった。草むらのなかには、小花がかなり咲き始めたものもある。
 昨日みたなかで、いちばん凄いなと思ったのは、石垣から花茎がのびているヒガンバナだ。
鱗茎(球根)が、石垣のなかに入り込んでしまっているのだろう。
いつからだろう。このあいだの洪水のときだろうか。それともずっと以前に入り込んで、そのなかで分球を続けているのだろうか。
 種子で殖えないヒガンバナにはそれぞれのヒガンバナの履歴がある。
ということは、どのヒガンバナにも、固有の「ヒガンバナ物語」があるということでもある。
▼地上から姿を消した間に、地下で起こっている花芽形成の「ふしぎ!?」を追い切らないうちに、花芽がでてきてしまったが、この「ふしぎ!?」は追い続けてみる。
 それが、開花時期を決定しいるものは何か。という疑問に答えることにつながると思うので…。

今朝も出かけてみる。さあ、花茎はどこまでのびただろう。

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ヒガンバナの開花時期を決めるのは? #higanbana

Dscn0788▼ヒガンバナの開花情報が届くようになってきている。そこで、我が「定点観測地」ではまだかと目を凝らすが、花芽の気配もない。朝の散歩で少し入念に散策してみるがまだである。
 どんな場所で「初見」あるのか楽しみである。ただし、今年は家の周辺は大規模な工事をしているので例年の場所はなくなってしまっているので新しい「初見」の場所の発見ということになる。それはどんなところだろう?
▼これまでの観察で、大ざっぱには開花時期については「水分と土壌の温度」が関係すると思っていた。
野島高彦さんに「この「ふしぎ!?」はどこまでわかっているのだろう。」と聞かれてはたと考えてしまった。
そうだ!!
この「ふしぎ!?」どこまであきらかになっているんだろう。
これまでに出会った文献などのなかでは
◆『夏期の気温上昇がヒガンバナの開花に及ぼす影響』
がいちばん参考になった。
 しかし、この「ふしぎ!?」のすべてが解明されいないようだ。
▼そもそも、ヒガンバナの開花時期というもののデータはあるのだろうか。
そう思ってネットで探していると、
●ヒガンバナの開花日の結果について
をみつけた。2008年の調査結果のようだが、なかなか面白いことが書いてある。
要するに、ヒガンバナの場合は、桜前線などのように、はっきりした気候条件で開花時期が決定できるものではないようである。そう一筋縄ではいかないということか。
▼だからと言って、この「ふしぎ!?」を追うことを断念するつもりはさらさらない。
8月下旬から9月の下旬、10月初旬あたりまでの一ヶ月で日本各地で展開する「ヒガンバナ開花」!!
なんらかのルールがあるはずである。
それはなにか。
 地上から姿を消している時期に地下で何が起こっているのかに注目しながら、もう少しこの「ふしぎ!?」を追いかけてみようと思う。

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今年のヒガンバナ一週間早い!? #higanbana

Dscn0739▼「3.11」から半年の折り返しから第一日目の昨日は、中秋の名月であった。天気も幸いして、きれいな姿の月がみられた。どう見ても、ほんとうにまるまるなんだ!!妙にこのアタリマエに感動する。双眼鏡を取り出してしばし眺めていた。
 でも不思議なもんだ。こんな遠くにある月のことが、いつごろ登ってきて、どんな姿かたちかもはっきりわかるのに、足元のヒガンバナのことは、まだわからない「ふしぎ!?」でいっぱいだ。
▼@grassbigsky@兵庫県西脇市さんから「初ヒガンバナ」の情報がTwitterで入った。
いよいよこちらの方でも、初ヒガンバナに出会えそうだ。今年は、昨年よりはかなり早いのかと思っていたがそうでもないようだ。
 そもそもこのヒガンバナの開花時期を決めているのはなんなのだろう。
この「ふしぎ!?」はどこまでわかっているのだろう。
▼かなり前から、ヒガンバナの「ふしぎ!?」を追いかけている高校生たちがいる。
熊本国府高等学校PC同好会のみなさんだ。取り組みの歴史もあるが、内容もすごい教えられることいっぱいだ。
その熊本のヒガンバナ開花情報(2011)によれば、「ヒガンバナの開花は日平均気温20~25度が目安」ともみられているようだ。
▼一方では「地面の温度と水分が決定する」という情報もある。いずれにしても花芽はすでに形成され、goサインを地下でまっているのだろう。
去年の開花はふだんの年から見ると、10日ばかり遅れたという情報があった。
それより一週間ばかり早いとなると、もうそろそろ各地でgoサインが出ているのかも知れない。

 今日は、少し入念に花芽が顔を出しているのを探して見よう。 

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【Web更新9/11】11-37【ヒガンバナ情報2011】 更新!

Dscn0642


半年や 小さいこその キツネマゴ
 11/09/11 (日)撮影@福崎

■楠田 純一の【理科の部屋】11-37週末定例更新のお知らせ
 昨日で「3.11」から半年であった。あらためて日々のくらしと「3.11」のこと考えてみた。
結論はやっぱり同じ。
 これからも、自分に可能なこと、等身大に繰り返し繰り返し続けるのみ。
このWebページの更新もそんな営みのひとつ。

◆表紙画像集 2011 人里の植物シリーズ キツネノマゴ
 門先に、ここ数日で異様に目立つようになった植物があった。ひじょうに小さな花をつけている。毎年おなじみの姿で気にもとめなかった。昨日、地域の草刈り作業があった。門先だけではなかった道縁や田の畦にも、この小さな花がいっぱいだった。昔からのつきあいなら、なんと呼んでいたか問いたいが、聞く人は今はいない。
図鑑で調べたら「キツネノマゴ」らしい。そう言えば、キツネの孫の尻尾にでもにているかな。
 その小さな花が、なんとも愛おしく見えてくる。

◆【ヒガンバナ情報2011】更新!!
 今回の更新の目玉は、なんと言っても私にとっての「ヒガンバナ」のこれまでをまとめた
◆『人の暮らしに密着するヒガンバナ』
(会報「自然保護」2011年3・4月号/発行:日本自然保護協会
の公開である。
 これはヒガンバナの「ふしぎ!?」を追い続けてきた中間報告である。
なんの結論でもない、「これから」への私なりの提案でもある。
今年はどんな展開が待ち受けているのか楽しみである。

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ヒガンバナの「ふしぎ!?」追い続けて(5) #higanbana

Dscn0488▼今度は、大賀ハスの定例観察だ。昨日で、植え替えから21週目である。第一から第三までの果托が首をうなだれ、まだ上を向いているのは第四の果托だけである。四つの花から、収穫するはずの種子は23個あった。
そのうち4個が行方不明だったが、その後探して2個をみつけた。だから、今、21個の種子が手元にある。
定例観察は来年の蓮根植え替えまで続けるつもりだ。続けることで「見えてくること」が必ずあるはずと信ずるから。
▼今日、9月11日(日)はあれから半年の日だ。
3.11その日のことをこのblogに残している
◆【授業】まさか、その数時間後に…!
「27年前の山崎断層地震」
「1.17」
「想定山崎断層地震」

のことをコンピュータ室を使って授業していたのだ。
その後、「私の科学」に二つの疑問がうまれた。
●1912年ウェゲナーの「大陸移動説」
それから100年!
●1831年 ファラデーの「電磁誘導」発見
それから180年!
この二つの歴史とほんとうに「私の科学」がつながっているのだろうかという疑問である。
最後に授業でも、そのままそれをやった。
▼それから半年である。
どこまでその疑問は解決しただろうか。半年間をプロットしてみる。
4.1  サイエンスコミュニケーター宣言
6.11 理科ハウスの「空気」をすう会 Ghanaさんの「これから」を聞く
8.29 イーハトーブの世界、遠野物語の世界 経由で陸前高田に立つ
まだまだ道は遠いと実感する。
しかし、続けて行くことで「見えてきたこと」があるのも事実である。
▼「3.11」と大賀ハスやビカンバナの「ふしぎ!?」を追い続けることとが、なんの関係があるのか。
どうつながっているか。
問われれば即答できないだろう。
でも、私の中では、「私の科学」にとっては大いに関係があるのである。
関係がないのなら、それはニセモノだと思っている。
続けよう!!
ともかく続けよう!!
続けて行けば、もっともっと「見えてくること」があるはずだ。
それを信じて。

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ヒガンバナの「ふしぎ!?」追い続けて(4) #higanbana

Dscn0468▼しばらくその場所でかがみ込みみつめていた。やっぱりまだである。
その場所は、長いあいだの定点観測地Aからヒガンバナを引っ越しさせたところである。少し朝方には雨もふっていた、朝夕の気温も下がってきた。もうもう花芽が顔を出してもいいころだ。
引っ越しがうまくいったのか心配だ。だからなおさら気にかかるのである。
命令しても、懇願してみても、念じても出てくるわけはない。それなりの条件がそろってこそ顔をだしてくるのである。さあ、それはいつなんだろう。?
▼定点観測地をきめてヒガンバナを観察するようになってからでも、もう十数年がたつ。いちばんの定点観測地Aはほんと家の玄関でてすぐのところであった。門先であった。
だから毎日の観察にはほんとうに都合がよかった。残念であったが、工事のため引っ越しをせざるをえなかった。
 今から考えるとほんと幸いなことに、今年の春前にこれまでのヒガンバナ「ふしぎ!?」を追う取り組みをまとめる機会をいただいた。拙い文でのまとめになったが、ベストタイミングであった。
◆『人の暮らしに密着するヒガンバナ』
(出典:会報「自然保護」2011年3・4月号/発行:日本自然保護協会
▼「定点観測(観察)」というのは実に面白いものである。特に日本のヒガンバナの場合は種子でふえないということは、それらはなんらかの環境変化があってそこに咲いているのである。それぞれのヒガンバナにそれぞれの歴史があり、それぞれの「ヒガンバナ物語」を持っているということである。
 いちばん身近なヒガンバナ、あの土手のヒガンバナ、庭先のヒガンバナ、公園のヒガンバナ、校庭のヒガンバナ
プランタンのヒガンバナ…、そんなヒガンバナの定点観測をすれば面白いこと見えてくるはずだ。
定点情報が集まれば線になり、面になる。
定点情報からこれまで想像もできなかったような「研究」の可能性も生まれてくる。
▼今年も、シロバナヒガンバナの走りの一輪が咲いた情報や、花茎が一日で数㎝も伸びたという情報がTwitterでつぶやかれるようになっている。
ハッシュタグ #higanbana をつけて情報発信をすれば、その情報を共有しやすくなるだろう。
今日はどんな展開があるだろう。
楽しみである。 

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ヒガンバナの「ふしぎ!?」追い続けて(3) #higanbana

Dscn0441▼私は人やモノに出会うということでは、なかなかラッキーな人間であると思っている。この夏にもずっと出会いたいと思ってきたものに出会っている。そのひとつが「クマムシ」だ。
ギンゴケのなかにすむ「世界最強動物」、クマムシは地球上のどこにも住んでいるのだから凄い!!等など話はいっぱい聞いていた。「こうしたら出会えるよ」と指南してくれる人もいた。
でも自力で自分の住む近くからは発見していなかった。ほんとうの「出会い」を果たしていなかった。ところが、この夏はほんとうに「出会った」のだ。これまた不思議なものであるいったん出会ったとなると、比較的簡単に次々と出会えるものなのである。昨日は、ついに七匹目のクマムシに出会った。それも「脱皮」しているかに見えるものだった。
▼ヒガンバナの「ふしぎ!?」にもどる。
『ヒガンバナの博物誌』(栗田子郎著 研成社 1998.9.1)を読みかえしていると実に面白い。
「ふしぎ!?」の謎解きが如何に面白いものか、ドラスティクに描かれている。まるで推理小説のような展開だ。
日本のヒガンバナは三倍体である。
だとしたら、東北以南でみられるヒガンバナはすべてクローンということになる。それでは、そのクローン体がどのように拡がっていったのか。
 そもそもヒガンバナはいつ、どのように日本にやってきたのか。
そのルーツは?謎は謎をよぶ。
この謎解きに多くの人が参戦していた。
▼浅学無知を省みず、私もこの謎解きに参加したいと思った。
私のモノに出会う方法は、いつも無手勝流だった。
わかること、出会ったモノをならべてみてツナイデみる。そして勝手な仮説をたてる。
それを確かめるために動いてみる。可能な限りの動きをしてみる。
私が、今、ヒガンバナでぜひ出会ってみたいものは
ヒガンバナの種子だ。種子もどきは発見したことはあるが、そこから実生はしなかった。
三倍体というかぎりはアタリマエだ。でも何年もかけて実生させている人もいるのだ。
それはどういうことだ。偶然にも「二倍体」にもどってしまったということだろうか。
それが知りたい。

いつもラッキーな私には、ひょっとしたら念じていれば「出会い」があるかも知れない。
なんと非科学的な発想と笑われてしまうかな。 

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ヒガンバナの「ふしぎ!?」追い続けて(2) #higanbana

Dscn0413▼昨日の朝の空は、すばらしくきれいだった。「一日でいちばんきれい空」と言われるだけの空だと思った。
しかし、それは長くはつづかない、だからこそ美しさを増して見えてくるのかも知れない。
自然とは、まか不思議なものである。
ときに最高の芸術家になるかと思ったら、とんでもない破壊者にもなる。
そんな自然とうまくつきあっていく知恵をと願ってみる。
▼そんなことと、ヒガンバナの「ふしぎ!?」を追い続けることとなにか関係があるのかも知れないと思っている。
この「ふしぎ!?」のこれまでを少し整理してみる。
リコリスさんこと栗田子郎先生は
◆『ヒガンバナの博物誌』(栗田子郎著 研成社 1998.9.1)
で、それまでのヒガンバナの「ふしぎ!?」の全てをまとめられました。
ありがたいことに、その一部というよりほとんどですが(追補までつけて)Webで読ませてもらうことができます。
深謝。
 それからでも、はやくも13年が経ちました。
また、この季節この書を読み返してみることから整理をはじめてみる。
▼13年前というと、ちょうど私が【ヒガンバナ情報】のWebページをスタートさせて年でもあります。
わずかばかりの情報の年もありますが、今日までなんとか続けて来ました。
今年も【ヒガンバナ情報2011】のページをスタートさせています。
これは、私の「整理棚」「整理BOX」のようなものです。
なかみの整理ももう少ししたらと思いつつも、とりあえずはほりこんだままにしています。
▼今年の【ヒガンバナ情報】では、ぜひやってみたいことがいくつかあります。
そのひとつが
●Webテキスト『ヒガンバナ』の作成
これまでの情報を集約するようなかたちで、共同作業で「ヒガンバナ」のテキストをつくりたいのです。
読み物あり、画像あり、これまでの研究成果ありのものを。
今年一挙につくることできなくても、はじめたいのです。

もうひとつあります。
●2011年の全国各地のヒガンバナ画像を集積したい。
 3.11のあった、今年だからこそ!

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ヒガンバナの「ふしぎ!?」追い続けて #higanbana

Dscn0408▼今朝もオリオンはきれいな姿で登ってきた。まちがいなく季節は動いている。地表で起こっていることと関係なく地球は回転をつづける。
 いや、それはちがう関係ないなどということはない。地球が自ら回転し一日を刻み、太陽のまわりを回転し一年を刻むからこそ、地表でいろんなことが起こっているのだ。だから関係大ありだ!!
▼私は、今年も地表で起こる小さな「ふしぎ!?」を追い続ける。
ヒガンバナの「ふしぎ!?」を追いはじめてどれくらいの年月が経つのだろう。
私の脳みそは、ひじょうに都合良くできている。「ふしぎ!?」の謎解きが一端解決したかに見えても、すぐ忘れてしまっているのだ。これはダメなところもあるが、とてもいいところもある。
それは、ひとつの「ふしぎ!?」で何度でも感動できるからだ。
▼それにしてもヒガンバナという植物はいっぱい「ふしぎ!?」を持った植物である。
・「ハミズ ハナミズ」の戦略の「ふしぎ!?」
・忌み嫌われてきた歴史の「ふしぎ!?」
・このヒガンバナどこからやってきたのだろう。
・どのようにしてやってきたのだろう。
・ひとつひとつがもつ「ヒガンバナ物語」の「ふしぎ!?」
・魅せられてきた人々の歴史

あげればきりがないほどあるヒガンバナの「ふしぎ!?」
今年も、バラパラにある「ふしぎ!?」を寄せ集める作業からはじめよう。

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今年のヒガンバナは、今 #higanbana

Dscn0394▼朝起きて、東の空を見たらオリオンがのぼってきていた。気温は急激に冷えてきた、肌寒さを感じるぐらいである。となるといよいよ今年もヒガンバナの季節である。
Dscn0384水をたっぷり含み、地温がさがってくるそうすると、あの花芽が顔を出す条件が整ったということになる。
▼さあ、定点観測地のヒガンバナということになるのだが、定点観測地Aのヒガンバナは6/14に移籍した。ずいぶん長く観測してきたが、今年から違う場所で観測ということになる。新しい場所を目を凝らして見るが、まだその気配はない。
元の位置での昨年の様子を記録した画像をみているとなんともなつかしい気分になってくる。
この位置で、あらたな物語を展開してくれと願いたい。
▼もうひとつの定点観測地Bの方もきっと今年限りということになるだろう。燃えさかる赤い松明の行列が見られるのはいつだろう。自分の定点観測地をながめていたら、今度は全国各地ではどうなんだろう?と気になりだした。
今年もTwitter(ハッシュタグ #higanbana)と日本ヒガンバナ学会で追いかけてみる。
 今年は、どんな「ヒガンバナ物語」が待ち受けているのだろう、楽しみである!!

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【Web更新9/04】11-36 サイエンスコミュニケーター宣言 更新 !

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風雨去り 残りて咲くや クズの花
11/09/04 (日)撮影@福崎

■楠田 純一の【理科の部屋】11-36
週末定例更新のお知らせ
 たいへんな雨をもたらした台風12号が通過していった。まだ、まだ雨を残しているところもあるが。
これ以上の大きな被害にいたらないことを願うのみである。
それにしても自然がもつエネルギーにあらためて驚き、恐れてしまう。
なんと人間の存在の小さなことか
こんなとき
 私たちは、どこからきて、どこにくらし、どこに向かうのか。
そんな原初の「ふしぎ!?」を考えてしまうのである。

◆表紙画像集2011 人里の植物シリーズ クズ
 雨風が<季節>まで流し去りそうな勢いだった。少し落ち着いたかにみえたとき、線路沿いの土手に目をやるとなにごともなかったごとく、クズの花が咲いていた。
 なんと しなやかに したたかなことか !

◆サイエンスコミュニケーター宣言 更新! イーハトーブの世界→遠野物語の世界→「3.11」以後の世界 の旅から帰って日が過ぎていくが、なぜかふだんのくらしのペースにもどれないでもたもたしている。
 こんなときは、徹底してアタリマエを繰り返そう。
アタリマエをアタリマエのように。
 アタリマエにこそ究極の「ふしぎ!?」がある。

今週は、ヒガンバナ #higanbana を追ってみようと思う。

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サイエンスコミュニケーター宣言(54)

Dscn0300▼それは久しく経験したことのないほどの雨だった。風だった。こんなにたくさん水をいつの間に吸い上げたのだろうと不思議なぐらいだった。その暴風雨のなか、もう種子がなくなった大賀ハスの果托は首をうなだれつつも最後のふんばりをみせるように立っていた。
 蓮根の植え替えから20週目であった。
▼ゆっくりな台風は、もうそろそろ日本海へ出たのだろうか。
『台風は水蒸気を食べて成長する』と書いたのはずいぶん以前のことと思うが、その事実は変わらない。
100年前の賢治の時代であっても同じだ。こんな嵐のときは賢治のことだから、田んぼを走り回って稲の機嫌をうかがっていただろうか。それは、神聖化しすぎだろうか。
▼あれ、やっぱり同じだ。気になるものの正体にこだわり、「列車」にのったままのようである。
それにしても、この「こだわり」を持ったひとは私だけではないようだ。
ネット空間を少し旅をしてみた。そしたら、次のようなページに出会った。
◆『宮沢賢治の宇宙』
なかなかの気合いの入れようだ。私の「こだわり」ごときとレベルが違う。にわかファンとはちょっとちがうのである。
Web編集者の名前に、かすかな記憶があった。
『インターネット共創社会~ 野のネットワークに向けて~』(山本眞人著 光芒社 1999.10.20)
の著者だ。なにかの機会で興味をもったのか本棚にあった。
ページをパラパラとめくってみた。
「宮沢賢治と南方熊楠との意外な共通性」(P62)
「フィールドワーク的な体験を土台とした「野の人」」(P64)
「南方熊楠の包括的な科学の構想」(P66)
ナルホドと思った。
私は、2008年、2009年の夏に、あの知の巨人「熊楠」詣でをすることにより
「熊楠」についての5つの仮説
を検証しようとした。そして、私なりの結論を得た。
「熊楠」は間違いなく「これから」の人である。
南方マンダラは、これからの理科教育の羅針盤である。(「萃点」は存在する。)
▼その「熊楠」と「賢治」がツナガッタ!!
ひょっとしたら、これが、気になるものの正体のひとつかも知れない。
ひとつかも知れないが、すべてではなさそうそうだ。
正体のすべてを知るには、私はあまりにも「賢治」のことを知らなすぎる。
「賢治」が、100年の時空を超えて今なお発信し続ける「作品」についてもほとんど読んではいない。
「下車」を急ぐのはやめよう。
肩肘張らずにもっと自然で居よう。気になるものの正体を一挙に明らかにすることは無理がある。
気になるもののはそのままにして、持ち続けよう。
そしたら、気がついたら「下車」しているかも知れないので。

台風一過とまではいかないが、雨は小降りになっていた。
それにしても、すごい増水だ!!
これ以上の大きな被害になっていないことを祈るのみである。

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サイエンスコミュニケーター宣言(53)

Dscn0277▼今朝起きてみたら、異様に静かである。
あれ?台風12号はどうなったんだろうと天気図で確認してみる。確かに昨日の夕方の風雨は、その接近を知らせるものだった。空の雲たちの流れもそれを教えてくれていた。
なのにだこの静けさは…。
実に広範囲に警報がでている。あのイーハトーブの世界にも警報が出ている。
▼そうなんだ。イーハトーブからは帰ってきたはずなのに、まだそこにいるような気分になってしまうんだ。
これは何なのだろう。
もともとは、私なりのやりかたで「3.11」へ向かおうとした。
いちばん私なりに納得できるコースで向かおうとした。そこで「花巻」→「遠野」→「釜石・陸前高田」
というコースを決めた。
 花巻には宮沢賢治がいる。気になる人物だ。
気になるからと言って、だ今さら賢治のことくわしく「研究」しようなどと思ったりはしなかった。
私には、そんな能力も時間もない。ただ、ただ気になるだけだった。
▼ところが、不思議なことに、旅から帰ったはずの今も、旅の前よりもなおいっそう気になりだしたのだ。
気になるものの正体はなんなのだろう。
それは置いといて、次へ向かおうとするんだが、ついつい旅で出会った「風景」「ひとが語る賢治」のことを思いだしてしかたないのだ。
 あの賢治の115歳の誕生日に、「宮沢商店」の産湯の井戸を見に行ったときについ気になるあまり「列車」に乗り込んでしまったのかも知れない。
▼その「列車」から、次の駅では下車しようと思うのだが、ついつい乗り過ごしてしまっているようだ。
そんなつもりではない。
ここで降ろしてくれと、緊急停車を申し出るほど私には勇気はない。
だから、次の停車駅では必ずと思うのだが…。
▼気になるものの正体を、いろんなひとの講釈で理解したつもりになる。
しかし、それは長続きしない。ほんとうに納得はしていないのだろう。
「デクノボーの科学」に対する共感・感動で納得しようとした。
私には、どこか「ハイカラ」なにおいのする科学だ!それはわたしの「ねたみ」だろうか。
そしたら、「私の科学」とはどんな関係があるのだろう。
それは、それなんだろうか。

またしても、停車駅を乗り過ごしてしまいそうだ。
今日こそは、下車できるかな。

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サイエンスコミュニケーター宣言(52)

Dscn0273▼今朝起きて、大賀ハスの種子を机の上にならべてみた。
第一の花からは2個、第二6個、第三7個、第四8個が結実していた。花巻への旅と収穫の時期とがかなさってしまい、すべてが回収されていない。4個の種子が行方不明だ。
 それら眺めながら、この夏をふりかえっていた。
▼どんなに悔やんでみても過ぎ去った過去を変えることはできない。変えることができるとすれば未来だけだ。
これからのために、できなかったことを悔やむのでなく、できたことを喜び感謝し次を考えよう。
手帳を見ながらこの夏のできごとをならべてみる。
・大賀ハスの4つの花の開花
・クマムシとの出会い(校庭、我が家の庭)
・「高いレベルの科学」を問い続けて
・「デクノボーの科学」との出会い
もっともっとあったような気がするが、集約するとこんなものなんだろうか。
▼サイエンスコミュニケーターとしてのはじめての夏休み終えて、見えてきたことをあげてみる。
これまた箇条書きだ。
・確かに、誰にも「私の科学」がある。
・「私の科学」を持つ人と出会うのは楽しい。
・「私の科学」は学び合うことによって、進化する。
・「私の科学」は多様である。多様さにこそ意味がある。

秋だ!!
やがてヒガンバナの季節だ。

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【Web更新8/27】11-35 サイエンスコミュニケーター宣言 更新 !

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何待つや 幸せ色の 哀しくも
11/08/25 (木)撮影@福崎

■楠田 純一の【理科の部屋】11-35
週末定例更新のお知らせ
 旅に出ていたのでずいぶんとずれた定例更新のお知らせである。
今日から、9月だ!!
夏休みは終わった。夏休み最後の日である昨日8/31は、インターネット版【理科の部屋】の誕生日である。
1995年8月31日、福島県葛尾中学校で100校プロジェクト取り組みの一環としてスタートしたのである。
あれから16年の歳月が流れた。サーバはなくなってしまったかも知れない。しかし、その思念は生き続けていると確信している。
 私のささやかな更新も、その意思表示のひとつであると思っている。

◆表紙画像集2011 人里の植物シリーズ ヨイマチグサ
 ヨイマチグサの黄色は、今、なにか幸せの色というより哀しみの色に見えてしまっていた。
しかし、花巻でも、遠野、釜石、陸前高田、一関でも目がこの花をさがしていた。これ見かけるとなんなくうれしくなってしまったのだ。
 やっぱり幸せ待つ花なんだろうか。

◆サイエンスコミュニケーター宣言 更新
 サイエンスコミュニケーターも5ヶ月がすぎ、6ヶ月目に入る。
具体的な仕事を蓄積していくときが来ている。どっちみち軌道修正は続けて行かねばならないのだから…。
まずは、前に進むこと!!
自分が面白いと思えること、楽しいと思えること優先でいきたい。

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