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イーハトープの世界から「遠野物語」の世界へ

Dscn9364▼昨日一日は「イーハトープの世界」を堪能した。
まずは、賢治設計の花時計を見た。そしてイギリス海岸に行った。農業高校教師時代には生徒をともなってたびたび訪れたという。そこでは生徒たちと動物の足跡や胡桃の化石調査もしたという。彼がもっと輝いていた時代でもあるのだろうか。
Dscn9563 今は、水量も多かったので川底の泥岩も顔を出していなかった。それにしても、自分たちのフィールドを「イギリス海岸」と呼んでしまうとは…。 このとき「科学」は彼にとってなんだったのだろう。
▼そこからは、「宮沢賢治記念館」「宮沢賢治童話村」「イーハトープ館」と一挙に回ってみた。もうそこは完全に賢Dscn9631治ワールドだ。これが、「イーハトープの世界」なのか、驚くのはもう花巻の街がすっぽりその世界のなかだということだ。街角のベンチやちょっとオブジェに…。
もっともっと驚き感動したのは、そこに住む人たちがごく自然に「イーハトープの世界」の人たちになっているという事実だ。「胡桃の森」で出会ったボランティアの方々をはじめ…。「イーハトープの世界」では、ごく自然に賢治を介することによって「科学」は文化となっていた。
▼最後に、「デクノボーの科学」を追って「雨ニモマケズ」詩碑のたっている場所にいった。ここで、賢治が夢見たものはなんだったのだろう。
「農」と「科学」。農民芸術論とは。
彼のなかで「科学」が占める位置は変わっていったのだろうか。
それとも一貫していたのだろうか。
それは、受け取る側の「私の科学」の問題なのかも知れない。
▼夕方になってしまっていた。「イーハトープの世界」から「遠野物語」の世界へ向かったのは。「遠野物語」の世界は、なんと34年ぶりである。
新婚旅行で訪ねて以来なのである。
「遠野物語」の世界が、ずいぶん時間がかかったが、私の「常民の科学」につながった。今回は、どんな「発見」があるだろう。

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