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宮沢賢治115歳の誕生日に!

Dscn9198▼昨日、2011年8月27日,宮沢賢治115回目の誕生日の日、私は彼の生誕地に立っていた。
「デクノボーの科学」と「私の科学」なにか関係があるか。
Dscn9216何故、気になるのか。気になるものの正体は…。
イーハトープの「空気」を吸いながら考えてみようというのが、今回の旅のはじまりであった。
奇しくも、それが彼の「いのち」の始まりの日であったのだ。
▼東北新幹線の北上駅に降り立ったときは午後3近くなっていた。そこからレンタカーで花巻へ。
そして、最初に向かったのは、賢治の生家であった。
ナビがあるとは言え、なかなか行き着けなかった。迷ったあげく、市役所に車をとめた。
ひょっとしたら、ここで聞けばくわしく教えてもらえるかもしれないという期待があった。すっかりと昨日が土曜日であるということを忘れていた。
 しかし、何人かの職員のかたがおられた。行きたい場所をお話しして、もうひとつねらっていたことまでお聞きした。ひじょうにていねいに対応してくださった。
 この後、お会いする人をふくめてイーハトープの人たちはほんとうにあたたかく親切だ!
▼案内に従って、まず行ったのが「賢治の広場」だった。
ここに最初に行ったというのがラッキーだった。ここの手作りの地図まであって、ほんとうにていねいに教えてくださった。
それだけではなかった。
そこにすごいチラシがあった。『見学できます 賢治「産湯の井戸」』
聞いてみた、「これって近くですか」と。
ていねいに自作の地図で案内してくださった。生家に行く前にそこに行くことにした。
▼産湯の井戸があるのは、実は母トシさんの実家であった。現在の花巻市鍛冶町「宮澤商店」であった。
この井戸を見学させてもらった。
ただ見学させてもらっただけでない。そこで働いておられたお二人の女性の方がくわしく説明してくださったのだ。
井戸のつるべで水を汲み上げる体験までさせてもらった。
説明は賢治のこと、母のこと、宮澤商店のこと、今回の地震で蔵の壁が落ちたこと、その他諸々大変興味ぶかいことをいっぱいお聞きすることができた。感動である。深謝。
▼そのあといよいよ生家に行った。
生家の隣の街角ミュージアム豊沢小路「蔵」もまた、この震災の被害にあっておられた。
修復工事中のようであった。
だから残念なから、なかへは入れなかった。
それでも、最初の目的地に立つことができた。うれしかった!!
▼実は、感動はここで終わらなかった。
高橋金三郎の生家も、道をはさんですぐ近くにあるとお聞きしていた。この機会にいちど訪ねてみたかったのだ。
「高いレベルの科学」と「デクノホーの科学」が同じ小路に生まれているなんて考えてみるととっても興味深いはなしだ。ここでも、イーハトープの世界の人のやさしと親切に助けられて、生家を発見するのみならず親戚のかたとお話をさせてもらうことができた。
「宮沢賢治」と「高橋金三郎」、もう少しあたまを整理してゆっくりと考えてみたい。

ともかく宮沢賢治115回目の誕生日は私には、忘れられない日となった。
お世話になった人たちに感謝したい。ありがとうございました。

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