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新・私の教材試論(61)

Dscn6838▼7月が今日で終わる!!
今年の7月は大賀ハスではじまり、大賀ハスに終わる。大賀ハス三昧の7月だった。
昨日は、大賀ハスの蓮根を植え替えてから15週目であった。そして、第四の大賀ハスの開花二日目であった。ちょっと早すぎる開花と思われたが、最大開花時にはきっちりと直径21㎝となっていた。
「ふしぎ!?」なもんである。
大賀ハス発見60周年記念の今年。私はついに「あこがれの4日間」を4回も経験することになった。
ありがたい限りである。
▼大賀ハス三昧の7月で、忘れてはならないのが、我が家の「クマムシ」と出会いである。
こちらも三年越しの念願かなってのご対面である。
大賀ハス、クマムシが「私の教材試論」をつないでくれる。
「教材」を語ることの意味を再びあの人が教えてくれている。

すべての国民に役立つ教育をするにはどうしたらよいか。それはこれまで書いてきたように、専門性の獲得に努力する以外に方法があろうとは思われない。弱い教師が、それではどうして専門家になりうるであろうか。それは授業を通じて科学や芸術を教える以外にありえないとわたしは考える。(中略)
 教えられる事実・法則は証拠に基づいているかどうか実験でたしかめる。実験で得られた事実も教則で律することは不可能である。教則で左右されない事実、科学者によって認められた中心概念で教育内容を構成していくならば、それは科学者と共同研究の場を作りうるだろうし、狭い制限を突破できるはずである。
わたしたちの「すべての子どもに高いレベルの科学をやさしく教える」という目標の陰には、各人で全体としては違うが、部分的には共通した世界観がある。「すべての子ども」「高いレベルの科学」「やさしく教える」のどれだけが欠けても、それはすぐれた授業にはならないし専門性を通じて教師を解放することはできないだろう。
 教師は一人で活動するよりは集団で運動した方がずっとよいことはたしかである。それならば集団に最低必要な共通理解をどこに置いたらよいだろう。これまでに書いたように、子どもの実体に即したできるだけ下部の自然観を共通のものにするよりしようがないのでなかろうか。 
 (『教師の世界観・教材観』(高橋金三郎著 明治図書 1979.9初版)P37より) 
 
この人の言葉には、いつも時空を超えて伝わってくるものがある。
本来なら、私のような人間は「世界観」や「自然観」などと大上段に言われると、ちょっとひいてしまうものだがそうはならない。それだけでない、いつ読んでも今日的である。
 「これは」という言葉に出会うたびに、書かれた日付を確認するのである。
▼今回特に引用させてもらったのは、「科学者によって認められた中心概念で教育内容を構成していくならば、それは科学者と共同研究の場を作りうるだろうし、狭い制限を突破できるはずである。」があったからである。
 教師は、「教材化」という営みを通してほんとうの専門家となるのである。
そして、科学者たちとの共同研究として「教材化」を考えるとき、すぐれた教材が生まれるのである。
これは、ずっと以前から多くの人が指摘してきたことでもある。
 しかし、実際はなかなか進まなかったのが現実である。(これはあくまで私の知る範囲のこと)
ただでさえ多忙なる現場の教師が、科学者との共同研究なんてきわめて非現実的なこととも思えた。
ところが今はちがう。
 ネットの時代、クラウドの時代である。それを考えると「科学者との共同研究」も少し現実味を帯びてきているのではないかと思う。
▼大賀ハスの「あこがれの四日間」を連続観察をし、昨日も活発に動くまわる、我が家のクマムシを見ながら
・「大賀ハス」の教材化
・「クマムシ」の教材化
を志向したくなってきた。専門家たちとの共同研究として
ポンコツの我が身を省みない夢物語かもしれないが。
2011年の7月が終わろうとしている。

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足元にすむ小さな怪物=クマムシに出会おう!!

Dscn6646▼昨日の朝、私はここに「今日は大賀ハス開花観察休憩日」と書いた。
しかし、それは間違っていた!!
Dscn6662実は、早朝見たときには、第四の大賀ハスの花びら一枚が本体から離れようとしていた。しかし、少し早い、花茎もまだ、第二、第三ほどにのびてきていないしと読んでいたのだ。少し休憩日が欲しいという願望も手伝っていたのかも知れない。
 でかける前には、例のお椀の形にまで開いていた。第一日目は、赤みがかっている。第一日目は第一日目なりの美しさがある。今年4度目の「第一目」であるが、何度見てもすばらしい!!
感動である!!
▼ほんと今年の夏休みは贅沢である。感動は大賀ハスだけではなかった。
「クマムシ」もである。大賀ハスの連続開花観察で、そちらに時間をかけているあいだにも、クマムシ観察の方もすすめていた。ほぼ確実に「ここにはいるだろう」と予測して、実際に見つけることができるようになりつつある。
 勘どころがわかってきたのだ。そうなるとますます面白くなってくるのである。
昨日も少し寝かせておいたペトリ皿のなかに、クマムシをみつけた。
昨日見つけクマムシくんは、ちょっといままでみつけたやつとちょっとちがっていた。
デカイ!!のだ。今まで見つけていたのは、白く透明に近いやつで顕微鏡でその姿を拡大してその面構えを見ていた。今回はちがっていた。最初にみたときは「別のイキモノ」かと思ったぐらいに大きい。色もオレンジ色していた。20倍の双眼実体顕微鏡で充分に見ることができる。
これが、きっとオニクマムシだ!!
▼2冊の本をひっぱり出してきて確認してみた。
◆『クマムシを飼うには』(鈴木忠・森山和道著 地人書館)
◆『クマムシ?!』(鈴木忠著 岩波科学ライブラリー)
この2冊の本との出会いのことを、三年前の夏に書いている。そうだ!!
大賀ハスと熊楠に出会いにいくときだっただ。
それから3年がかりで、やっと我が家の足元にすむクマムシに出会ったのだ。
授業「動物の世界」の導入に使った。昨年の夏には、理科ハウスの山浦さんに双眼実体顕微鏡持参で見せてもらった。今年の「理科ハウスの空気を吸う会」でも見せてもらった。
 私はどうしても我が家の自分の足元のコケにすむクマムシと出会いたかった。
それが、3年がかりで実現したのだ。
 オニクマムシは、緩歩動物というわりにはせわしなく動いていた。8本の足を忙しく動かして、からだふりふり絶え間なく動いていた。どうやら「狩り」をしているようだ。これだけからだを動かすためには、それだけのエネルギー源が必要なんだろう。大食いのようだ。
 それにしても驚くのは、クマムシだけではない。数滴の水の中にも多様なイキモノがいるということだ。クマムシの狩りが成立するぐらい多様なイキモノが!!
▼これでやっと言える大きな声で。
「この夏 きみの足元にすむ小さな怪物=クマムシに出会おう!!」
熊楠が我が家の柿の木に新種の変形菌を発見したように。
「大発見」は、最も身近にあるものだ!!
「クマムシ」教材化への道が開けていくようだ。

さあ、今日も別の場所に住むクマムシに出会ってみよう。


 

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新・私の教材試論(60)

Dscn6498▼今朝は、ちょっとゆっくりしているんだ。それは、連続開花した大賀ハスであるが、今年三番目に開花した花の「四日目」が昨日で終わったからである。第四が開花するまで、ちょっとひと休憩である。
Dscn6531第三の花の「四日目」は、第二の花にくらべるとひつこかった。午前中いっぱいいっぱいまで散らずにいた。
けっこう風もあったに。
Dscn6604▼お昼すぎになってバラバラといっきょに散っていった。
それにしても「ふしぎ!?」だ。
Dscn6611若干のずれはあるというものの「四日間」は、律儀に守られているのだ。
この「時間」は、どこにプログラムされているのだろう。
自然とは、私が考えるよりも、もっともっと規則的なものなのかも知れない。
▼雄しべの本数を数える。花びらの大きさを計測する。その作業をまた繰り返してやるかどうか迷った。
もう「同じようなことだから」と怠け心も働く。
 しかし、サンプル数は多い方が、真実に近づけるアタリマエのことだ!
夕方近くになって、やっと決心して同じ作業を繰り返してみた。
雄しべの本数 184本。花びらは最大のもので高さ11.5㎝、横幅6.5㎝総枚数14枚
第二にくらべるとやや小ぶりのようだ。
▼雄しべをならべながら、あらためて思った。
「花」とはなんなのか。「花」なんとすばらしい戦略をあみ出したものだ!!
「胞子」から「種子」へ、「種子」をつくりだす「花」
葉の栄養貯蔵庫から進化した「花」の構造には数億年の生命の歴史が刻み込まれているのである。
そう思ってみると、どの花も輝いて見えてきた。
▼教材試論も、その「歴史」の話の続きである。
昨日引用させてもらった。
◆『原子の発見』(田中実著 ちくま少年図書館43 科学の本 1979.8.25)
であるが、この著の最後に「見えない原子を発見するまでの」年表が付いている。
ひじょうにわかりやすい年表である。ありがたい!!
 しかし、その年表は
「1908 ペランがブラウン運動をしらべて、分子の実在を証明する。」
で終わっているのである・
 そして、続ける。
このようにして、現代の化学の土台がつくられた。それ以来70年間の化学の進歩のことは、べつに勉強してほしい。

 原子の結びつき方の研究は、どのように進められたか。
 原子・分子のじっさいの姿は、どのようにたしかめられたか。
 これらの知識は、工業の上で、どのように利用されるようになったか。
 原子のなかみの研究から、どのようにして原子力の利用の糸ぐちがつかまえられるようになったか。
 生命の秘密は、化学によって、どのように解かれようとしているのか。
 化学の産業上の応用がひろまった結果、どんな社会問題が起こったか。
 このように、たいせつな、おもしろいたくさんの問題が、きみたちの勉強をまっている。(同書、付録P17より)
 

「化学」は「科学」と読みかえてもいいかもしれない。
なんと、もうすでに「宿題」は出されていた。
そして、私はこの「宿題」をそのままにしていたかも知れない。
▼私は、「1831年 ファラデーの「電磁誘導」発見」それからの180年間のツナガラナイ「ふしぎ!?」を追っていた。田中実先生の『原子の発見』によって、80年間はカバーできたかも知れない。
残るのは100年だ。
この100年に何がおこったのか。なにがどうなったのか。
もっと、もっと勉強しなければ…。そこから「教材」も見えてくるかも知れない。
ゆっくり 急ごう!!


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新・私の教材試論(59)

Dscn6021▼私は、やっとこれまでに経験したことのないような「夏休み」に入っていた。はじめての経験というのは、なにかと戸惑うものである。第一目の昨日は、これまでの継続で時間をとってしまった。「 第二の大賀ハスの四日目」の観察である。前回にくらべるずいぶんとしっかりと花びらが残っている。
Dscn6113こんなにきれい咲いているのに、ほんとうに今日中に散ってしまうのだろうかと疑いたくなってくる。
▼その疑いは朝のとても早い段階で「やっぱり」に変わった。
Dscn63597:40 その一枚が、何本かの雄しべを伴って、花本体から離れた。みごとに風をかわしながら葉の上にのっていた。やがてそれも落下した。
 その一枚が落ちたことが引き金になったように次々と花びら、雄しべが落下していった。
Dscn6326そこからであった、私の「自由研究」がはじまったのは。
▼まずは、雄しべである。前回と同じ作業をする。今度はもうすこしていねいに。
黒い画用紙に、10本ずつをセットしてセロテープで貼りつけるのである。これがなかなか根気のいる作業であった。涼しいところでやりたいが、小さな雄しべに風は禁物である。窓を閉めざるをえない。
汗ブルブルでやっと作業を終えたら、お昼だった。
雄しべの数は193本であった。(今回は花托にまだひっついていたものもとって貼りつけた。)
▼次に花びらである。花びらは、大きさも測った。最大のもので縦12.0㎝横幅7.3㎝である。ずいぶん大きくなったものである。枚数が若干少ないような気がするが、14枚である。
 計測を終えた花びらは、パックに入れて冷蔵庫の冷凍室に保存した。また、「冷蔵庫がせまくなってしまう」と苦情を聞きながら。「いやいやこれは、特別の研究のためで…」などとわからぬ言い訳しながら。
 残った花托と、第三の大賀ハスが観察池にたっていた。
▼もうひとつの宿題にかかろう。
「原子論的物質観」から「原子力」へは、ほんとうに地続きなんだろうか。
私のなかでツナガラナイだけなんだろうか。
 ツナグとするならどんな「教材」が考えられるのだろうか。
これはむしろ「サイエンスコミュニケーター宣言」で書いた方がいいのかも知れない。
いずれにして、私のこの夏休みの最大の課題であることにかわりはない。
▼この課題のひとつの糸口になるような文章に出会った。
今から33年前、1978年7月。田中実先生は亡くなられた年、「目に見えない原子を発見するまでの物語」
◆『原子の発見』(田中実著 ちくま少年図書館43 科学の本 1979.8.25)
を書かれた。
 この著の最後をつぎの文章でしめくくられている。

 第二次世界大戦という人類の歴史上、最大の戦争のなかで、ウラン二三五の核分裂の研究結果は、原子爆弾の発明、製造という形で実を結んでしまった。ナチス・ドイツという敵にむけるつもりで科学者と技術者が考え出した原子爆弾は、広島、長崎に住む数十万人の市民を殺すことになった。そして、放射能症という病気で、三〇年以上たった現在でも、原爆の悲劇は続いている。  二〇〇〇年以上ものながい間、科学者たちが探求をつづけた原子が、ついに仮説ではなくなって、原子の秘密がつぎつぎにわかってきた話を、わたしは原爆の悲劇でおしまいにしたくない。なぜなら二〇世紀がはじまって約八〇年のあいだに、科学者は原子についてたくさんのこと発見し、太陽や地球から銀河系までの宇宙、その宇宙のなかに生まれた生命、つまりは自然の全体の姿を科学の目によってとらえることに成功しつつあるからだ。  また原子について発見した知識は、工業、農業、医学など、すべての技術に応用されて、人間の生活を根本から変えて、一九世紀の人びとには予想もつかなかったあたらしい文明がひらかれようとしているからだ。  しかしこれらの科学や技術のあたらしい進歩については、読者のみなさんが学校で学んだり、本でしらべたりできるので、『原子の発見』の物語は、このへんでおしまいにすることにしよう。(同書 P214より)


なんと示唆的であることか。
この物語の続編に相当する本はあるのか。(あるのなら、ぜひ教えて欲しい。)
田中先生がおっしゃったように「学校で学んだり」は行われたのだろうか。

<つづく>

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新・私の教材試論(58)

Dscn5826▼昨日は朝から少し興奮していた。それは、あの大賀ハスの連続開花の観察があったからである。こんな奇遇の観察はもう2度とないだろうと思うと自然と興奮してしまうのである。次々と開花していくのもめずらしいが、一日ずれただけで連続して、なおかつ至近距離でである。同じ開花でも、二日目と三日目がどのようにちがうのか。見較べながら観察できるなんて、なんとありがたいことだ。
▼やっぱり主役は二日目の方だ!!第二の華と第三の華は前日と立場が逆転していた。あでやかなのはやっぱり第三の方だ。華の直径は21㎝にもなった。
 顕著なちがいが花托に見られた。第二の方の花托はすでに緑を濃いくしていた。
きっとあのハチたちが仕事をしてくれたのだろう。この後が楽しみである。ひたすら観察をつづけシャッターをきりまくった。奇遇の観察は、たくさんの「発見」をもたらしてくれた。
「記録」だけはとっておき、あとでツナイデみよう!!
▼「記録」しておくべきことが、昨日はもうひとつある。
それは、クマムシの発見だ。すでに何回か、あこがれの「クマムシ」に出会っていた。我が家の庭のコケからも見つけていたので、新しい「発見」というのではない。今度は、校庭のコケからの発見である。
ある程度、「ここにだったらいるのでは」と予測のもとに観察してみて、そこに発見できたのでとてもうれしかった。
実体顕微鏡だけでなく、ふつうの顕微鏡でも×150で見てみた。
なんともカワイイやつだ。ここにくるまでに2年間をようしてしまった。これも、まだまだ続ける。
こうしてみると
 「大賀ハス」も「クマムシ」も新教材になる可能性を持っているな。
▼その「教材試論」つづける。
ある友人が言ってくれた。『もうそろそろ、「新・私の教材試論」の「試」はとっていいのでは…』と。
少しうれしかった。昔からの私をよく知る友人からのことばなので、なにかを認められたようでうれしかったのである。しかし、私は「まだ、まだその段階では…」と照れながらかえした。
「試論」にこだわるのは、私の「ためらい」のあらわれでもある。同時に「教材が変わるものである」「変わらなければならない」という意思表示でもある。融通性の確保である。
▼「教材」とは何か。「教師の教材観」とは…
そんな最も根っこのところを問いかえす営みをしばらくつづけてみよう。
同じ「教材」に見えても、教師の「教材観」によって、それはまったくちがった「教材」になってしまうことをいっぱい見てきたのだから。
  

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新・私の教材試論(57)

Dscn5470▼昨日は、私の大賀ハスの観察にとっては記念すべき日となった。
今年の大賀ハス観察池はとんでもない展開だ。なんと、第四の大賀ハスまで花芽がたってきているのである。それだけではない。なんと、第二と第三は一日だけずれて、連続して開花しているのである。こんなのは願ってもないなかなかの千載一遇のチャンスである。初日の開花と二日目の開花がどうちがうのか。同時並行で見ることができるのである。なんというありがたいことだ!!
Dscn5443▼第二の大賀ハスは、最大直径20㎝まで花びらを広げた。なんど見ても見事なものである。つかさずハチが飛んできた。今回のハチは大きい、私の存在がわかるのか攻撃的でも、すぐになかまを数匹つれてきた。
いったいなにが香りとして放たれているのだろう。
私は、まだその物質の正体を知らない。昨日も仕事であった、観察のメインの時だったのでなごり惜しかったがしかたない。帰宅したときは、すでにふたつの花が寄り添うように閉じていた。
▼新・私の教材試論を続ける。
教材の「不易と流行」についてであった。
「原子力」の教材化は理科教育の必須の緊急課題だ。
なにを、どこで、どのように、教材として取り上げるのか。
これまでの原子論的物質観とどのようにつながるのか。いっきょには見えてこない課題が多い。
だからと言って、避けて通るわけにはいかない。
▼「サイエンスコミュニケーター宣言」と同じところにいきつく
●1831年 ファラデーの「電磁誘導」発見
それから180年!!
この180年の科学・技術史のこと、もっともっと勉強しなければと思うことしきりである。
恥ずかしい話だが、私はあまりにも不勉強だ。
そして、そのファラデー以前のことももっともっとしらなければ…。
「物質」概念形成も、これまでの教材でほんとうにいいのだろうか。
「エネルギー」概念形成もしかりである。
また、「生命」「地球」の概念形成との関わりも当然考えておかねばならない。
思考が、またしても堂々巡りをしていまう。
▼作戦だけはある。教材づくりにおける失敗の連続から体験的に学んできた戦略だ。
(1) まずは、見える化を図る。
 あらゆる手段を吟味して、見えないものを「見える」ようにしていく。
(2) 可視化するための道具を考える。
 
具体的になるまでに道は遠い。遠くてもはじめなければ…
「ゆっくり行くものは 遠くへ行く」という。
少しずつでも自分の勉強はじめた。

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【Web更新7/24】11-30「新・私の教材試論」更新

Dscn5270

実石榴の 皮も焼きたる 大暑かな
11/07/24 (日)撮影@福崎

■楠田 純一の【理科の部屋】11-30
週末定例更新のお知らせ
 夏休みに入っての最初の定例更新である。第二の「あこがれの四日間」の二日目だ。今も観察に行ったところ約束通りにひらこうとしている。なんとみごとなもんだろう。何億年もかけてつくりあげた「約束」なんだろう。
もっと、もっとこの自然の「約束」を知る一週間にしたいな。

◆表紙画像2011 人里の植物シリーズ 石榴
 実は、長年庭に植えてある石榴であるが、こんなに早く実るものであるとは知らなかった。いつも、実石榴が割れたところを見て、秋が深まりはじめたころのものと思い込んでいたのである。ほんこのあいだ、あのあざやかな石榴の花にあらためて感動したところであったのに、もうこうして実り、夏に皮を焼いて固くしていくんだとはじめて知ったのである。ひとつひとつの植物にも、長年かけて蓄積してきた「知恵」が埋め込められいるように見えてきた。

◆新・「自由研究」のすすめ試論 更新
 先週は、大人の「自由研究」のすすめを中心に展開した。もう、いろいろ能書きをたれるときではない。
具体的に、私自身の「自由研究」をすすめていきたい。
 ちょっと時間ができると、すぐあれもこれもと欲張りになってしまう悪い癖だ。(^^;ゞポリポリ

◆【大賀ハス観察日記】 更新
 今日が第二大賀ハス開花の二日目だ。きっと後を追って、第三も開花をはじめるだろう。
そうすると、ここ当分は連続して開閉を楽しめることになるだろう。
 観察に際しての、私の仮説も可能な限り確かめてみたいと思う。

◆新・私の教材試論 更新
 教材の「不易と流行」の問題について、今一度、私なりに思考を深めてみたい。
今、もっとも必要とされている教材は…。

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新・私の教材試論(56)

Dscn4997▼7月24日(日)。テレビがアナログからデジタルに変わる日だ。「時代」を象徴する日だ!!
私のアナログ観察は続く。昨日は大賀ハスの定点観測日、第二の大賀ハス開花第一目といったん予想した日だった、蓮根の植え替えから14週目の日でもあった。予想に反して第二の大賀ハスは、開かなかった。先ほど大賀ハスを観察してきた、がくの一枚目が、本体から離れ始めているから、一日ずれて今日が開花第一目になりそうである。テレビ新「時代」始まりの日に。
▼教材にも、不易と流行がある。
しかし、いつの時代にあっても、時代背景を抜きにして考えることはできない。
これまでは比較的、すぐれた教材の法則
『3K(感動・簡単・きれい)1A(安全)の法則』
の方を中心に語ること多かったが、今回は、『3H(ホット・本質的・ホンモノ)の法則』を考えてみる。
▼時代はテレビが象徴するようにデジタル時代に加速度的に進んできている。
それに伴って教材のデジタル化もすすめられてきている。
デジタル教科書に向けての取り組み本格化してきつつある。アナログ人間のポンコツにはなかなかついていけないところがあるのも事実である。
 しかし、その時代の流れを無視して、すぐれた教材などありえない。
これからの教材は、当然この流れを射程に入れて考えて行く必要があるだろう。
▼『3H(ホット・本質的・ホンモノ)の法則』の第一のH(ホット)はそれを意味する。しかし、第二、第三のH(本質的、ホンモノ)があることを忘れてはいけない。
 ただただデジタル化すれば良いと言うことではない。本質的なものであり、ホンモノでなければ教えられないものもあることを肝に銘じておく必要がある。
それこそ「不易と流行」のバランスの調整と吟味が急務である。
▼どうしても今、考えておかなければならないことがある。
これも、第一のH(ホット)の問題である。
時代背景と教材の問題を考えるとき、3.11以降あきらかに時代は変わってきている。
変わってきている「今」という時代は、どのように教材に影響していくのだろう。
「物質」「エネルギー」「生命」「地球」いずれの領域においても
今という時代、これからの時代においてのほんとうに「すぐれた教材」とは…。
大きな大きな課題である。
でも、少しずつ少しずつ考えはじめようと思う。
はじめなければすすまないのだから…。


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『新・私の教材試論』は、今

Dscn4935▼大賀ハスの第二、第三の連続開花が予想される状況になってきた。これまでの観察から、どこに花芽が見られ、いつごろに開花するのか。かなりの確信をもって予想できるようになってきた。しかし、まだ「今日が開花第一日目だ」と、前日から断定するところまでいたっていない。今朝も薄暗いなか見てきたが微妙なところだ。
夜が明けてからの判断となる。
▼ほんと、今年はうれしいことである。もはや「あこがれの4日間」は訪れないかとあきらめかけていたというのに。今のところ第四まで花芽がのびてきたということは、のべ日数で言うなら「16日間」も花の開閉を観察することができるのだ。もちろん連続開花すれば重なる日もできてくるだろうが、それはそれであらたな発見があるかも知れない。ほぼ半月にわたって観察ができるということだ。ありがたい!!
▼昨年の夏のことを思いだしていた。昨年の夏は、ひとつの大賀ハスの花を見ることができなかった。同じように育て観察をしていたのだが。なにがちがうというのだろう。
 それはさておき、昨年の夏、私は久しぶりに科教協の大会に参加して、ひとつのレポートを発表した。
と言っても、レポートの体裁をとっていない「覚え書き」程度のものであった。
以下がその内容である。
**********************************************
(1) 私にとって「教材」とは
・すぐれた教材は、すぐれた文脈(授業)なかから生まれ、
 あらたな文脈(授業)を創り出すのである。

(2) 「3K1Aの法則」「3Hの法則」とは
『3K(感動・簡単・きれい)1A(安全)の法則』
『3H(ホット・本質的・ホンモノ)の法則』
◆『教室全体のピンホールカメラ』
◆『究極のクリップモーター』
◆「非接触温度計」
◆究極のマグデブルク半球
◆「頭骨コレクション」

(3) 教材史と科学史
 定番実験には必ず「歴史」がある。
 それぞれの教材開発物語がある。

◆鉄と硫黄の化合
◆鉄と硫黄のダンゴ

◆現代理科教材発展史(教材を追うシリーズ)
◆現代理科教材発展史「スライム」

(4) これからの「教材開発」は
これからの教材研究はTwitter的だ!!
Twitter的教材開発にこそ可能性がある!!

◇Twitter的とは…
「リンク」
「シェア」
「フラット」
「等身大」
「リアルタイム」

【参照】http://homepage3.nifty.com/KUSUDA/KENKYU/RON/newkyouzaishiron-index.htm
*********************************************
▼それから一年たった。
この一年のあいだに、3.11があった。
私は直接的な現場を離れた。
「サイエンスコミュケーター宣言」をはじめた。そうした今、
今年は、ほんと久しぶりに極地方式研究会に参加させてもらって、
『新・私の教材試論』は今
を報告させてもらいたいと思っている。参加させてもらう以上なにかを発表させてもらう方が得るものも大きいだろうという判断である。
 36年間中学校現場にいて、いちばん力点を置いてきたものと言えばやっぱり「教材」ということになるから。
しばらく時間をかけて、発表までの「整理」をしてみようと思う。

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新・「自由研究」のすすめ試論(38)

Dscn4842▼世間が夏休みモードになってきた。今まで経験したことのないような「夏休み」になりそうだ。
いろんなことが、ちょっと中途半端になっていた。
少し、集中してひとつひとつに向かおうと思っていた昨日、例の第二、第三の大賀ハスの花茎ののびがとまった。
一日に10㎝以上ものびていた花茎ののびがピタリととまった。第二は65㎝にもなった。
そして、花蕾はふくらみはじめた。横幅は5㎝、縦に8.5㎝。キーになる一枚が離れだしたら開花だ。
もう直前になってきている。大賀ハスから少し離れて次を考えたかったが、そうも行かないようだ。
▼こちら、大人の「自由研究」のすすめの方も、蛇足ついでに…

【蛇足その2】大人の「自由研究」はヒューマンネットワークを生み出す。

この大賀ハス観察日記がいい例だ。「大賀ハス」の名前ぐらいしか知らなかったところから、自分で種から育て、その開花を楽しむにいたるまでに、ずいぶんと多くの人に出会ってきた。多くの人との出会いそのものが面白いと思った。
これからも続くだろう。
 そうだ、これこそが「研究」の醍醐味なのかも知れない。
「研究」という営みの本質でもあろう。
「研究」にスタンドアロンはあり得ない。インタラクティブなものこそが「研究」の名に価するのである。
そこから人と人のつながりも生まれてくる。
▼このことは、私の体験から言える。実感をもって言える。
・ヒガンバナ
・コウガイビル
・丹生
等など、いつもそうだった。
今あらたな、テーマにも向かいつつある。それも、これまでのヒューマンネットワークのなかから生まれてきているとも言える。

今から、大賀ハスのようすを見に行く。

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新・「自由研究」のすすめ試論(37)

Dscn4794▼昨日の夕方、帰宅してからしばらく「雲見」に夢中になっていた。ここしばらく遠ざかっていたあの感覚である。台風一過の空の雲は、刻々と姿を変えていた。はっとあのアタリマエに気づきだんだんと楽しさが増してくる。
そのアタリマエとは、私たちは「大気の物理実験室」にくらしているという事実だ。
「雲見」は、その壮大なる実験の観察をしているのである。まったく同じ実験結果は見ることはできない。
そう思うと、こんなの見逃していては「もったいない」という気持ちになってきた。
▼大人の「自由研究」のすすめの蛇足を書きたくなってしまった。
「くだくだと能書き言う前に、まずは自分でやってみよ!」ともうひとりの自分が言うが、これも長年の職病のひとつか、やっぱり書いてしまうのである。
【蛇足その1】
大人の「自由研究」は、コンテンツよりコンテクスト重視である!!
 これは、子どもの「自由研究」でも言えることであると思っているが、大人の「自由研究」ではより鮮明に言えることである。「はじめに生活ありき!!」「はじめにくらしありき!!」なんだ。
テーマになる「ふしぎ!?」は、くらしと直結するかたちで生まれてくるのだ。
だから、コンテクストが優先するのだ。
それが、研究の個性を増し、面白くなってくる。その多様性にこそ魅力がある。

もうはじめなければ…。

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新・「自由研究」のすすめ試論(36)

Dscn4777▼台風の進路が心配だ。目覚めて確認したところでは、徳島県南部に上陸したもようである。風や雨は、昨日の夕方にくらべれば落ち着いてきている。しかし、油断は禁物である、このあとも継続して注意していきたい。
 その夕方、強い風に第2の大賀ハスの花蕾が大きく揺れていた。揺れながらも膨らみを持ってきたことは充分にわかった。この調子ではここ数日のあいだに開花も予想される状態になってきた。
▼大人の「自由研究」のすすめを続ける。
昨日、TwitterのTLに「コウガイビル」の話題があがってきた。そこで思い出したんだ。
私の「自由研究」のひとつ
◆「コウガイビル」を追う
のときのことを。このときもそうだった。
まったくの偶然に出会った未知の生き物、「コウガイビル」。私の最初の認識は巨大なヤマビルか!?のていどのものであった。ナイロン袋に入れて飼いつづけた。そして、私の「ふしぎ!?」がうまれる。
動物の謎解きの第一方程式は「食べる」であると思っていた。それなのにこいつにはエサをやっていなかった。
名前も知らなかったし、何を食べるのかもしらなかったのだから。
なのに不思議な生き物は生き続けた。「ふしぎ!?」はふくらみ続けた。
▼この「ふしぎ!?」を同じように追い続ける人がいるはずだと思った。確かにいた、私は失礼をかえりみずにメールを出した。誰もがくわしくていねいに応答してくださった。
誰ひとりとしてなしのつぶてなんていう人はいなかった。
そうだ!!まずは自分の「ふしぎ!?」にこだわり、同じ「ふしぎ!?」を追う先達から学ぶことだ。
きっと、道はひらけてくる。
▼第三の要点も「コウガイビルを追う」から考えてみる。
第三に、ここでも「情報は発信するところに集まる」である。
情報の収集の最も有効な手段は「情報発信」にある。
「情報発信」の手段は、今ならいろいろある。Webページ、blog、SNS、Twitter等など。
そこに、これたまでの観察の記録、データ、仮説などを公開していくのである。
それがきっと、次のあらたなる展開を呼び込むことになるのである。私は自分の体験から強くそう思う。
▼いっそのこと、今日は第四、第五の要点も書き込んでしまおう。
第四は、持続・継続すること。
大人の「自由研究」には、提出期限がない。もちろん自分で期限を設けることは「自由」である。
ずっとずっと「ふしぎ!?」へのこだわりを持続・継続すること。
そうするとことで、セレンディピティの訪れる可能性も高まるというものである。
「コウガイビルを追う」の例で言うなら、彼(彼女)はなんと261日間もナイロン袋のなかで生き続けた。
たいしたことやったのではない。ただただ、そいつのことを気にしながら観察を続けたのである。
それは、生物の「再生」のメカニズム、幹細胞、iPS細胞なとの生命科学最前線まで私を連れて行ってくれた。
持続・継続していれば、如何に無手勝流であっても必ずなにかが見えてくる。
第五は、楽しむことである。
順番としては、逆かも知れない。
アマチュアが、研究するときの最強の武器がこれかも知れない。
自由研究を楽しむ。
楽しむことに勝る能力も知恵もないのである。
▼少しあらっぽいが、大人の「自由研究」のすすめの要点まとめてみよう。

【要点1】 私の「ふしぎ!?」=等身大の「ふしぎ!?」にこだわること
【要点2】 同じ「ふしぎ!?」を追う先達に学ぶこと
【要点3】 「情報は発信するところに集まる」
【要点4】 持続・継続すること
【要点5】 研究を楽しむこと

この夏、たくさんの大人の「自由研究」に出会えることを楽しみに、私自身の「自由研究」をすすめていこうと思う。

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新・「自由研究」のすすめ試論(35)

Dscn4727▼昨日は、前の庭の除草作業の続きを台風が来る前にやってしまおうと思っていた。しかし、雨がつづいた。諦めようと思ったが、これ逃したら当分は時間がない。
 雨もシャワーを浴びながらと思えば、炎天下のもとよりいいかも知れないと思い直し、夕方まで作業を続けた。
▼そして、一段落して大賀ハス観察池の横に座った。なにげなく大きくなった立ち葉のジャングルを見ていた。
そしてそいつを発見した。今年第四番目の花芽である。朝の観察では気づかなかったのに、その花芽の花茎は12.5㎝まで成長しているのである。なんということだ!!一時は諦めかけていたのに、第四花芽まで観察できるとは。またしても立ち葉とセットである。ここまで繰り返されるとどこからかデタラメに花芽がたちあがるのでないことがわかってくる。ルールが見えてきた。見えない泥の中でおこっていることが少しずつ見えてきた。
ここにもやっぱり「科学」があった。
▼大人の「自由研究」のすすめの話を続ける。
ウメサオタダオの言葉を借りて、「アマチュア科学者宣言」を考えいた。
そうだ!!
大人の自由研究というのは、「アマチュア科学者宣言」なんだ!!
「科学」をもうプロだけにまかしておけない。
これからも「科学」を使うのは、「アマチュア」の私たちなんだから。
そんな文脈で考えてみるとすごく頭がすっきりとしてきた。
▼「アマチュア科学者」にこそ必要な「科学の方法」がある。それを考えてみよう。
第一はまず、また繰り返す
私の「ふしぎ!?」=等身大の「ふしぎ!?」こだわること。
ひとの「ふしぎ!?」につきあうのはプロたちに任せておけばいい。
プロたちは、それを生業としているのだから。アマチュアの研究でこだわりたいのは等身大の「ふしぎ!?」、等身大の科学だ。
方法の第二の要点は、人に聞く、人から学ぶということだ。
かならず自分の「ふしぎ!?」と同じ「ふしぎ!?」を追いかける人がいる。
その先達から学ぶことである。
ときに、それはその道のプロかもしれない。ときにはそれは子どもかも知れない。
いずれにして必ずそういう人がいる。
その人から真摯に学ぶことである。

<つづく>

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【Web更新7/17】11-29『新・「自由研究」のすすめ試論』

Dscn3494_2

我もまた 荷風千里の 感じたり
 11/07/12(火)撮影@福崎

■楠田 純一の【理科の部屋】11-29
週末定例更新のお知らせ。
 また、一週間が過ぎた。先週はほんと大賀ハス三昧の日々であった。自然の変化を見て「時間」を感じるのが時間を刻むことのはじまりなら、先週は「大賀ハス暦」でくらしていたようなものだ。
 今週は何暦で生きるのだろう。

◆表紙画像集2011 更新 人里の植物シリーズ(番外) 大賀ハス
 今週の表紙もやっぱり大賀ハスでいく。それにしてもきれいだった、あの開花二日目。
このときの香りはすごい虫たちのみならず、人をも惹きつける。人と人の交流をももたらす。
発見から60年目の夏、その香りをなぜ私がかぐにいたったか。
それを考えていたら、阪本祐二先生の「荷風千里」という言葉を思いだした。
なるほどと合点した。

◆【大賀ハス観察日記】更新
 「あこがれの4日間」の記録を含む。
第2、第3の花芽もぐんぐんとのびてきている。あらたな発見もあるかも知れない。
記録だけは続けたい。

◆新・「自由研究」のすすめ試論 更新
 新・「自由研究」のすすめ試論は、いつしか現代の新・「学問のすすめ」論にいたる道ではと思いだしている。
ならば、フリーのサイエンスコミュニケーターとしての私の「仕事」の一部でもある。
大人の「自由研究」を今しばらく語ってみたい。

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新・「自由研究」のすすめ試論(34)

Dscn4583▼昨日は大賀ハスの植え替えから13週目。定例観測の日であった。花の観察に集中しているあいだにも葉はみごとに成長していっていた。こちらがエネルギーの生産工場なんであるから当然と言えば当然のことなんであるが、4年間大賀ハスを育ててきて、こんなりっぱな葉を見るのははじめてである。
これだからこそ、今年は第二第三の花芽も成長してきているのだろう。さらに驚くのは、「あまりもの」としてとなり瓶の中にほりこんでいた蓮根から立ち葉が勢いよくでてきている。ひょっとしたら、ここから花芽もと、期待してしまいそうな元気さだ。そうなれば、はじめての水栽培に成功したことになる。
なにが起こったというのだろう。「ふしぎ!?」だ。
▼大人の「自由研究」の話を続ける。
とりわけ3.11以降、私たちは「科学」とは無縁の世界には住んでいないことがより意識されるようになってきた。
「科学者」と呼ばれる人たちのコメントを聞く機会も多くなった。
「科学」ってその人たちだけのものだろうか。
そんなわけがない。科学は私たちのくらしのなかにあるものだ。
これからの「くらし」と「科学」考えていくためのひとつのきっかけとして、大人の「自由研究」考えてみるのも面白いかも知れない。
▼それは、学問することの意味を問いかえすことになるかも知れない。
21世紀をより豊かに生きぬくための、ほんとうの意味での科学リテラシーが身につけられるかも知れない。
そのとき、徹底して私の「ふしぎ!?」=等身大の「ふしぎ!?」にこだわろう。
あの若き日のウメサオタダオの言葉を想起する。  

最後ににもう一ど、思想はつかうべきものである。思想は論ずるためだけにあるものではない。思想は西洋かぶれのプロ思想家の独占物ではないのであって、アマチュアたる土民のだれかれの自由な使用にゆだねるべきである。プロにはまかせてはおけない。アマチュア思想家道を確立するべきである。(「アマチュア思想家宣言」より)
 
「科学」もしかりである。
「アマチュア科学者宣言」が必要である。
そのはじまりが大人の「自由研究」なのかも知れない。

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新・「自由研究」のすすめ試論(33)

Dscn4551▼大賀ハスの観察に夢中になっているあいだに、ずいぶんと時間が過ぎてしまっていた。
「あこがれの4日間」の翌日、その観察池をほんやりと見ていると、今年第二、第三の大賀ハスがものすごい勢いで成長してきているのに気づいた。花茎は一日で10㎝以上のびてきている。
▼すごいスピードで変化しているのは、大賀ハスだけではなかった。世間も刻々と大きく変化してきている。
いつのまにやら、夏休みだ!!
 私の夏休みはこれまでとは、ちょっとちがった夏休みになりそうだ。
サイエンスコミュニケーターの夏休みだ。
考えてみれば、私はもうすでに「自由研究」をはじめていたのかも知れない。
今年の計画に「大賀ハスの観察」は入れていたのだから。
▼持論を繰り返す。
・大人もぜひ「自由研究」をすべきである。
・はじめに「私の科学」ありきの自由研究を
 今のニュース、新聞に目をやれば明らかである。「科学」と「くらし」がどれほど密接に関係しているかは。
もっと言えば、自分たちのいのちやくらしを守るために、「科学」が必要だ。
それも「他人の科学」でなく、新しい「私の科学」が。
もう、他人の「科学」を鵜呑みにするのはやめよう。
▼新しい「私の科学」をつくり出していくには、「自由研究」はとってもいい方法なんだ。
ずっとずっと「ふしぎ!?」に思いつづけていることひとつやふたつあるはずだ。
「今さら」にせずに、それがとっても大事なんだ。
「アカソナキヤ方式」とはそうだったんだ。
「アタリマエ」と思ってきたこと。
「カンガエテミルト」「ふしぎ!?」だ。
「ソウイエバ」テレビで新聞でWebで言っていたな。
「ナントナク」私の科学では、そうなるはずだけど、やってみよう。調べてみよう。
「キットソウナル」はずだ。
「ヤッパリ」そうか。ではあれはどうなっているだろう。「ふしぎ!?」はふくらむ。
大人の自由研究もやっぱり等身大の「ふしぎ!?」を追いかけるのが一番だ。
これからの生活と科学もういっぺん見直してみよう。
21世紀を生きていくためにも。
▼そんな大人の「自由研究」がきっと子どもたちにいい影響を及ぼすだろう。
親子の共同研究も面白いかもしれない。
今日の「自由研究」のすすめは、
たかが「自由研究」 されど「自由研究」
21世紀の新「学問のすすめ」なんだ。

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大賀ハス開花四日目の観察は!!

Dscn4126▼7月14日(木)。大賀ハス「あこがれの4日間」の最後の日だった。
この4日間は、朝から晩まで大賀ハスとばっかりつきあっていたような気がする。そこからわずかながらも見えてきDscn4128たこともある。またあらたに「ふしぎ!?」がふくらんだこともある。
いずれにしても、観察の記録は大切である。このあとどんな展開になろうとも「観察の事実」は、可能な限り記録化Dscn4169しておきたい。
▼4日目もやっぱり早朝より観察をはじめた。残る花びらは確かに7枚だった。しかし、夜が明けようとするときにはDscn41796枚になっていた。一枚が散ったのだ。それも最も鍵となるとみていた一枚が。
三日目にフタをしてあいつだ。バサッと雄しべを引き連れて落ちた。4日目を象徴するようなできごとであった。
Dscn4183それにしても、きっちりと四日目にこんな展開になるとは。この展開のプログラムは、どこに埋め込まれているのだろう。感動であり、「ふしぎ!?」だ。
Dscn41842:32 確かに花托にフタはされている。花びらは7枚である。
4:00 花びらが6枚になっている。なんとフタがとれている。
5:58 明るくなって確認できた。フタをしていた花びら一枚と雄しべ(後で数えると81本)がバサDscn4220ッと地面に落ちていた。
5:59 花びらは6枚になったが、最期の開花は進んでいた。最期まで美しい!!
6:00 花托はあらわになっていた。はたして受精には成功しているのだろうか。
Dscn43226:00 花びらついていた痕跡もあらわになった。ここに「ゼンマイ仕掛け」のカラクリがあるのだろうか。「ふしぎ!?」はふくらむ。
6:17 開閉の鍵をにぎるとにらむ一枚。
Dscn4425▼この日も仕事であった。最期を看とってやることはできない。残念である。ちょうど今回の花は観察池の外へはみ出している地面に段ボール箱をおいて、落下する花びら、雄しべを受けることにした。
Dscn4482仕事を終えて帰宅したときは、やっぱり花びらは6枚ともなかった。花托に15本の雄しべがかろうじてまつわりついていた。落ちた雄しべ、花びらを黒い画用紙の上にならべてみた。
15:51 花びらの姿はない。どうやら午前中にすべて落ちたようだ。
18:40 朝に落ちたぶんと夕方回収したぶんをならべて数えてみた。ちょうど160本だ。
まだ付いているもの15本とあわせると175本あったことになる。
18:54 四日目に落ちた花びらは7枚。がくと花びらあわせて20枚だ。
▼少しこぶりの大賀ハスだったのだろうか。
「あこがれの4日間」は終わった!!
実に面白かった!!
けっして最初の2つの問いかけの答えを得たわけではない。
むしろ、その「ふしぎ!?」は深まったぐらいだ。
それでも大賀ハス発見60周年記念の年に「あこがれの4日間」が訪れただけでもラッキーであった。
すべてに感謝だ。
 最後に実は、同じ観察池に第2、第3の花芽がたちあがってきいることを記録しておく。

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大賀ハス開花三日目の観察は!!

Dscn3638▼7月13日(水)。それは大賀ハス開花三日目の日だった。早朝より起き出しての観察を続けた。
自分でも不思議なくらい夢中になってしまった。面白い!!
Dscn3800たかが花ひとつだが、そこには生命と時間の「ふしぎ!?」が凝縮してあるように思えた。
大賀ハスは早起きだった。早朝というより深夜から活動をはじめていた。
もう4過ぎたらかなり開花していた。
Dscn3825▼一日目、二日目で、花としての大きな仕事はすませているはずだった。うまくいったかどうかは別として。従って三日目の観察の焦点は、あの仮説「左巻きに開花する」である。
Dscn39504:30 この段階でかなり開花している。
5:59 左巻きに渦をまいているようにも見えるのは思い込みがすぎるか。
Dscf92686:10 次の花びらと予想を立てながら観察する。的中するやっぱりそうだ。雨と朝露でピタッとひっついていた花びらがあった。とてもはがれそうになかった。しかし、予想では離れて一枚一枚順番でなければならない。だんだん順番がせまってきてついにははがれた。はがれる瞬間「パシッ」と音がしたような気がしDscn3974たが、それは空耳か。そこまて言うと、トンデモ…になってしまうな。でも確かに…。
7:10 最後の一枚は、花托に覆いかぶさったままだ。開閉の鍵をにぎる一枚だ。
▼昨日も仕事の日だった。最後の一枚もこのままなのか、そしてどこまでいつ閉じるのか見たかったが出かけた。
Dscn4104仕事場から妻に電話を入れてその様子を聞き、写真にとってもらった。
最後の一枚はフタをしたままだったようだ。
仕事から帰るなり、見に行った。風がおそろしく強かった。見ている前でも何枚かの花びらが散った。
11:23 最後の一枚はフタをしたまま。そして閉じはじめていた。
15:32 風が強い。どんどん散っていった。 
17:45 最 終的にはがくと花びらあわせて11枚が散った。
昨日のがくらしきもの2枚あわせて13枚が散った。残りは花びら7枚である。

4日目。「あこがれの4日間」の最終日の観察もはじまっている。
どうなるのだろう。

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大賀ハス開花二日目の観察は!!

Dscn3162▼大賀ハス開花二日目!!私はいささか興奮していた。大賀一郎先生が検見川で、この「大賀ハス」の実を発見して60年なる今年。この記念すべき還暦の年にぜひ「あこがれの4日間」をこの目でみたくて悪戦苦闘を繰Dscn3168り返してきたのである。もう一時は断念しかけたときもあったわけだからなおさらである。
▼その二日目と言えば、「完全開花」して、受粉する本番の日だ。
Dscn3171早朝というか、深夜から少し気になってしかたなかった。
目覚めと同時に、その観察池に行ってみた。
2:39 花びらの一枚が少し開きはじめていた。
Dscn32114:01 全体がふくらみはじめている。
4:48 空が明るくなってきた。
5:17 日はのぼりはじめた。
Dscn3241▼ドラマのステージ(花托)の幕は開き始めていた。幕はあきはじめるとほんと瞬く間である。
第一日目は顔見せ程度だったが、二日目は言わば「本番」だ!!
Dscn3274幕の開く順番が「螺旋的」をたしかめるときでもある。
5:24 花托が見えはじめた。
Dscn33365:37 花托全体がどんどん見えてくる。花托に並んでいる心皮(雌しべ)。雄しべは昨日よりも立っているように見える。
6:01 ほぼ全開である。最後までフタをするように「クの字」形に曲がる花びら。こいつが開閉の鍵をにぎる一枚とにらんだ。
Dscn33566:05 ほんとうに美しい!!の一言だ。
Dscn3371▼このころから鼻を近づけにおいをかいでみる。さわやかな感じのするにおいだ。同じようにこのにおいを嗅ぐ大賀先生の写真を思いだした。虫たちを惹きつけるこの「におい」の正体が知りたい。この物質(気体)の正体は明らかにされているのだろうか。どんな分子なんだろう。
Dscn34216:09 つかさず虫たちが寄ってきた。逃すわけがなかった。
6:56 これがほんとうの全開か。ステージスポットライトがあたる。
Dscn34927:06 花托から雌しべが飛び出しているのがわかる。
Dscn3513▼時間だ!!なんとこの本番の日に仕事だ。出かけねばならない。このあとどんな展開か気になるがしかたない。
このときは、この後の天気の変化まで考えていなかった。確かに曇りはしていたが…。
なんと出かけた後に雨が降ってしまったのだ。
7:09 見納めにと何枚も何枚もシャッターをきった。
Dscn3529▼仕事をしながらも雨がずっと気になってしかたなかった。なんということだ、大賀ハスのいちばんのハレの日に雨とは…。これではうまく受粉しただろうか。閉じるところ観察できないだけでなく、雨になるとは…。
仕事から帰るとすぐにそこに行ってみた。雨はなんとかやんでいたが。
16:28 雨にぬれた姿。開いたままの花びらには雨水がたまっていた。がくか花びらが2枚落ちていた。
Dscn3595▼少し落胆していた。でも、何枚も何枚も未練たらしく写真を撮っていた。そのときとんでもないないものを発見したんだ。それは、観察している花茎から20㎝ばかり離れた位置にあった。重なる立ち葉に隠れていた。
17;21 今年第二の花芽発見!!

第三日目の観察がはじめている。
今日はどんな展開になるのだろう。楽しみである。

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大賀ハスが開いた!!

Dscn2827▼ 

ひらいた ひらいた
なんの花が ひらいた
レンゲの花が ひらいた
ひらいたと思ったら
いつのまにか つぼんだ
 

Dscn28637月11日(月)の朝、あれから4ヶ月目の早朝。それは、私の予想よりも少しはやくやってきた。
待ちに待った!大賀ハスの「あこがれの4日間」である。
Dscn2910▼確かに散歩に出る前には目をやったつもりでいた。「ああ、明日からだな」と勝手に思っていた。
散歩から帰って見ると、もうすでに開きはじめていたのである。
少しあわてた。第一日目はなんとか観察できても、第二日目から第四日目からの完全観察ができない。
なんということだ。ずっとずっとこの日のために観察を続けてきたというのに。
仕方ない。可能なかぎりでだ。
Dscn2955▼今回の観察で問いたいこと2つあった。
(1) 花びらの開き方だ。
  2年前の観察から、私はひとつの仮説をたてていた。花が開くとき一挙にひらき一挙に閉じるように見えるが、ていねいに観察すれば花びらは順次螺旋的的に開き、閉じる。
 それは、「左巻に開き 右巻きに閉じる」というものだった。まるでゼンマイ仕掛けのようになっているのでは。
(2) 虫たちを呼び寄せる物質の正体
  どこからともなく開花と同時に飛来する虫たち。やっぽど魅力的なにおいを発しているのだろう。
その「におい」の物質とはなになのか。においの射程範囲はどのくらいなんだろう。
見えないけど見える化できないのか。

じっくりと観察が期待できないけど、「ふしぎ!?」だけは頭の片隅においておこう。
Dscn2984▼散歩から帰った
6:27すでに開きはじめていた。
6:37上からみると花托も蕊たちも見えていた。
7:24完全に見えていた。
花托、蕊を中心にみると開花のピークはこのころであろうか。
▼8:11もう開花のピークをすぎて閉じ始めるころ、どこからか虫たちがかぎつけやってきた。
なんとうすごいやつたちだ。私にとっても唐突で開花。それを意図も簡単に情報をキャッチした虫たち。さすがである。妙に感心してしまうのである。
8:19 もう閉じ始めている。第一目は、花びらは言わば半開きで閉じ始めるんだ。
それにしてもきれいだ。なんとも言えない色具合である。
Dscn3123▼もう昼前には、すっかり閉じてしまい。
13:31 昼過ぎには、まるでなにもなかったように。真夏の青空にその姿は似合う。

第二日目の観察。これを書きながら同時並行ですすめている。
今日が大賀ハスの本番だ。さあ、どうなるだろうか。

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【Web更新7/10】11-28「サイエンスコミュニケーター宣言」更新!

Dscn2695

梅雨明けや 嗅ぎつけたるは 虫もまた
11/07/09(土)撮影@福崎

■楠田 純一の【理科の部屋】11-28
週末定例更新のお知らせ
 7月11日の朝だ。あれからちょうど4ヶ月だ。
1ヶ月前、つまり6月11日。私は、「これから」が見えはじめたと思った。
それから1ヶ月の間に、3.11何が起こったのか、その全貌がより明らかになってきた。
事態はより深刻であることが明らかになりつつある。
見えはじめたと思った「これから」も、何度でも繰り返し吟味する必要性がありそうだ。

◆表紙画像集2011更新 人里の植物 金柑の花
 梅雨が明けた。庭の金柑が花開きはじめた。甘酸っぱい香りが、散歩帰りの足をとめる。そしたら、先客がいた
クマバチだ。それにしてもどこからこんなにたくさんのクマバチがどこからやってきたのだろう。
遠くにいても受け取れるシグナルの正体とはなんなのだろう。
 それの見える化はされていないのだろうか。「ふしぎ!?」は、さらに足をとめることになった。

◆サイエンスコミュニケーター宣言 更新
 3.11アフターサイエンスこれが目的で、「私の科学」の生い立ちを追っている。
3.11以前と3.11以後が同じであるはずがない。それがホンモノであるなら…。
●1912年ウェゲナーの「大陸移動説」
それから100年!!
●1831年 ファラデーの「電磁誘導」発見
それから180年!!
またしても問い返しの原点にもどってしまう。
もうしばらくは、「私の科学」の生い立ちを追ってみよう。

◆大賀ハス観察日記 更新
 ずっとずっと観察を続けて来ている大賀ハス。今週中にも「あこがれの4日間」は訪れるだろう。
楽しみである。

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サイエンスコミュニケーター宣言(42)

Dscn2732▼大賀池に立ってから一週間を経た。我が家の観察池の大賀ハスは、植え替えから12週目であった。
花蕾は大きくふくらんでいき、「あこがれの4日間」へ近づきつつある。その花蕾を覆ってしまいそうになるぐらい葉の成長も盛んである。たくましくそだつ葉の茎をみていて、あの象鼻杯のことを思いだした。葉の茎に蓮根と同じように穴があいているのだ。あれは何なのだろう。蓮根の穴の続きなのかな。なんのため!?
「ふしぎ!?」はいつも唐突にやってくる。
▼「ふしぎ!?」は同時並行で次から次へとやってくるものだ。梅雨が明け、真夏日の昨日、その炎天下の下、墓
掃除に出かけた。日射しはきつく、ヤブ蚊は出てくるはその作業は苦行としか言いようのないものである。ところが比較的がそれが楽しい作業に思えた。なぜか。
それは、墓掃除の作業と同時並行でコケの「ふしぎ!?」を追いかけていたからである。
なんと、墓にはたくさん種類のコケが生えているのだろう。石碑にも、ちょっとしたすき間にも。それはまるでコケの「宝庫」のようだった。
 また夕方からは、ヒメボタルの「ふしぎ!?」にであった。
▼そんな「ふしぎ!?」を追いかける「私の科学」のあぶり出し作業続けよう。
・「科学」はサイエンスコミュニケーションから生まれる
に気づいていったのは、ネットの世界でいろんな人と出会い、いろんな人の「私の科学」から学んだからだろう。
 しかし、やっぱりいちばん大きいのは、私のサイエンスコミュニケーション最前線=授業から学んだからだろう。
授業で生徒たちと一緒に「ふしぎ!?」追いかけるがいちばん楽しかった。
▼歴史を追いかける作業、少しジャンプしてみる。
「常民の科学」から、いっきょに「等身大の科学」へ。
あまり、ゆっくりとやっていると何をしているのかわからなくなるから。作業自体の目的を見失いそうになるから、抜けているところは、あとから補足しよう。
 核心へ一挙に一度ジャンプしてみよう。
「等身大の科学」
とてもいい。自分が追い求めてきたものにピッタリだと思った。
これなら、全ての授業にも有効であると思った。
「等身大の科学」とはなになのか。先達の言葉を借りよう。
何度も引用させてもらっているあれである。
◆『寺田寅彦と現代~等身大の科学をもとめて~』(池内了著 みすず書房 2005.1.25)

 ここに、科学の有りようについてのヒントが隠れているような気がする。日常身辺の現象を新しい眼で捉え直すことである。私はそれを「等身大の科学」と呼んでいる。サイズが等身大で、研究費も等身大で、誰でもが参加できるという意味でも等身大である科学として、気象や気候、生態系、地球環境問題などを対象とするのである。これらはすべて「複雑系」であり、多数のデータを何年にも渡って集積する必要がある。また、これらに共通するのは「循環するシステム」という点であり、循環の意味をじかに経験するには好適である。(同書「第四章 科学・科学者・科学教育」 p110より)

この後、この「等身大の科学」の歴史を、そして3.11後の「これから」の「等身大の科学」にふれてみたい。
 急がねばという気持ちと、ゆっくりていねいにという気持ちが拮抗し共存する。
歴史は遡行はしない。

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サイエンスコミュニケーター宣言(41)

Dscn2670▼梅雨が明けた!!いよいよ夏本番である。
梅雨明けの炎天下もと、我が大賀ハスも本番に向けて着々と準備していた。エネルギー生産工場の葉の成長も盛んである。とても、たくましいパラボラを太陽に向けている。
花蕾はますますふくらみをもってきている。
▼実は、大賀ハスに集中することで、少し小康状態を保っていた私の「ばっかり病」=「コケ病」であるが、昨日ちょっとした変化があった。我が家の庭のギンゴケの観察と一緒におこなっていた「クマムシさがし」で、ついに発見したのである。クマムシは、これまでも見せてもらってはいたが、自分の家の庭でみつけたのはきのうがはじめただった。
 これで言える「クマムシはどこにいる。我が家の庭にも…」と自信をもって。
ますます、「コケ病」は悪化(!?)しそうである。
▼そうだ「私の科学」あぶり出し作業をつづけよう。
「常民の科学」=「私の科学」ではない。ことはそう簡単ではない。
「常民の科学」だけでは授業は成立しない。「私の科学」の中心になる一部であるが、すべてではない。
私には授業があった。
授業こそが、教育実践の最前線である。
という気負いがあった。だから、「授業」「教材」に関する情報交換がしたかった。
授業を成立させるための「私の科学」が欲しかった。
そして、それまで見向きもしなかったパソコンをいじりはじめネットの世界に入っていった。
◆1993.11.23 【理科の部屋】=日本の理科教育情報発信基地 スタート
私は、ここで多く人の「私の科学」に出会うことになる。
このあたりの経緯は次に残っている。
◆【理科の部屋】とは
◆【理科の部屋】の紹介
◆【理科の部屋2】の紹介

◆1997.8.1 【理科の部屋】編集本『私の【理科の部屋】活用法』出版

そして、私は今確信を持って思う。
「科学」は「サイエンスコミュニケーション」のなかから生まれる。
と。

▼残念ながら、例の『日本理科教育史』年表には、このあたりの記録はない。
なければ、自分で書き込むしかない。

まだ作業はつづく。

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サイエンスコミュニケーター宣言(40)

Dscn2641▼七夕の日。夕方もやっぱり雨だった。この雨は、大賀ハスの「あこがれの4日間」のはじまりにどのように影響するのだろうか。喜んでいるのだろうか。もっと太陽の光が欲しかったのにとくやしがっているだろうか。花茎は、これまでの測定方法を堅持するなら38㎝である。あきらかにのびてきてはいるが、背を高くすることにはそんなにエネルギーをさいているようにはなかった。
▼今朝起きてからも、私はまた、あの作業を続けていた。
「私の科学」のあぶり出し作業である。
つい、ついその時代にはまってしまい、作業が思うようにすすまない。
『急がば回れ!!』
言い訳的に自分に命じてみる。
「「常民の科学」を授業に」の提言のところまで追いかけてみていた。
これを言い出したとき、「それでいけ!!」と背中をおしてくれる人がいた。
庄司和晃氏である。
庄司氏は『仮説実験授業』『仮説実験授業と認識の理論』『柳田国男と教育』『科学ばっかり主義の克服』
等などの著者である。
その庄司和晃氏が
●『全面教育学入門-渡世法体得という教育本質観-』(庄司和晃著 明治図書 1994.4)
のなかの
◆「伝承的な知恵と科学-「湯と共に赤子まで流す」の愚を避けるべく」
(何度読みかえしても、すごく面白い。今朝からまた読みかえしていたが、またして感動してしまった。今、必要なのもこれだと思った。)
の文脈のなかで、「常民の科学」をとりあげてくださっている。

 最近、この方面へ自覚的に注目し、それを教育の中で生かそうとする人たちが目立つようになった。ひめじ理科サークルの楠田純一氏は、草木染めへの取り組みの中で、人間が身につけるものを染める材料の植物は「かならずと言ってよいほど『薬草』なんだ」という一点にいたく感動し、開眼し、「生活者」の心根に参入した。
 この一点のヒューマニズム的な感動は、巧まずして、現代の生産社会への批判になっているとも言えようか。
 続いて、かれは、紅花探訪などをも通しつつ、「生活者」と「自然」との「つきあい」に思いを深め、ついにそれは「『常民の科学』を授業に」という決意をひめた提言となって結実した。そして「そこに教材の『宝庫』がある。」「『自然を豊かにとらえる』術を学びとるのも、意義あることだ」と力強く主張している。(同書 P151)

 これはありがたかった。思いはあっても、なかなかその能力のない人間は、それをかたちある文章にはできないものである。他の人がそれを代わりにやってくれるのはうれしかった。
 ましては、それを自らの文脈にひきつけて紹介してくださるとは。光栄であった。
▼ではその「常民の科学」は、その後どうなったのだろうか。
明日、つづけよう。

例によって『日本理科教育史』年表からプロットしてみよう。
◆1989.3.15 文部省『小学校学習指導要領』告示。一二年に「生活科」を新設、週各3時限。「理科」は三年以上で、週各3時限となる。
◆1989.3.15 文部省『中学校学習指導要領』告示。理科は一二年週各3時限。三年週各3~4時限となる。
◆1989.11.10 ベルリンの壁、取り壊し。

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サイエンスコミュニケーター宣言(39)

Dscn2585▼今日は七夕だ。しかし、朝から雨だ。実は、今日7月7日が七夕と言われてもピッントこない。小さい頃からずっと田舎で生活してきたから、七夕は8月7日なんだ。竹笹をきってきて縁側でカボチャやなすび、キュウリを供えてと言うのは夏休み前半が終わるころだったのである。7月7日は「まちの七夕」さんなんだ。
 いつから「まち」にあわせるようになってしまったんだろう。この雨、夕方までにあがるかな。
▼昨日も、帰ったら、「あいつ」を見に行った。花茎のびはスピードダウンをしているような気がする。水面から花茎の長さを測るようにしていたのは、失敗だったと気づくが今さら変えない。35㎝をこえていた。周りの立ち葉の成長がこれまたすごい。この花のためには、それだけ「生産」が必要なんだろうか。
花蕾自体は、ふっくらと膨らんできている感じがする。花弁がはっきりとかたちになろうとしてきている。
▼昨日きめた作業を続けようと思う。
「私の科学」のあぶり出し作業である。はじめてみるとすぐ気づいた。これが、とてつもなく遠大なる作業であることに。でも、いつかはやりたい作業だったのだから、少しずつ少しずつ…。
まず、「常民の科学」からいこう。
「常民の科学を授業に」は私のライフワークである。
 なんてたいそうなことをいったいいつの頃から、言い出したのだろう。また、なぜそんなこと言い出したのだろう。
Webに残っているものに目を通してみる。
●『常民の科学』を授業に!!(1988.2)
 1988年2月に発表しているということは、実際に文を書いたのは1987年の末だろう。
 今読みかえして、少し恥ずかしい。
思い入ればかりが先行して、乱暴な文章だ。しかし、私の「文脈」のなかでは、今も続いている。
驚くほど変化がない。進歩がないと言った方がいいのかも知れない。
▼この文章でも、触れている「紅花」を追っての文章も残っているのであわせて見てみる。
●紅花を追って (1)「山形・最上」編(1986.8.5)
●紅花を追って (2)「京都」編(1986.8.6)

「常民の科学」を言い出した背景が少しずつみえてくる。
さらに「日本理科教育史」の「年表」から時代背景をピックアップしてみる。
◆1986.4.26 ソ連チェルノブイリ原発事故発生。
◆1987.12.△ 利根川進、ノーベル医学生理学賞を受賞
◆1988.5.15 愛知・岐阜物理サークル編著『いきいき物理わくわく実験』新生出版刊。

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サイエンスコミュニケーター宣言(38)

Dscn2499▼昨日も、仕事から帰るなり、この大賀ハスの花蕾にカメラを向けていた。メジャーで花茎ののびを測ってみた。32㎝になっていた。花茎が伸びているだけでない、その存在感は大きくなっていた。
あんな小さな存在だったものが…。ほんとうにあの大きな花になって開くことが現実のこととして想像できるようになりつつある。自分でも不思議なぐらいこの大賀ハスにこだわるのは、そのひとつに大賀ハスの「歴史」がある。
 大賀一郎先生が、1951年(昭和26年)3月30日、千葉県千葉市検見川の泥炭層から、約2000年前の古代ハス「大賀ハス」の実をみつけてから、今年で60年である。
 つまり私と同じ「歴史」をもつのである。
▼サイエンスコミュニケーターとしてのはじめての夏休み、やりたいこと3つぐらいにまとめた。
そのひとつ目、繰り返そう。
(1) サイエンスコミュニケーターとしての「これから」の仕事を明らかにする。
もう少し具体的な作業課題を設けよう。
私が最近いちばん多用する「○○の科学」は「私の科学」だ。
その「私の科学」の「歴史」をふりかえってみようと思う。
「常民の科学」
「ファラデーの科学」
「熊楠の科学」
これできまりだと思った「等身大の科学」
そして「私の科学」にいきついた歴史である。
アタリマエのことだが、この歴史物語はどこにも書かれていない。誰も語れない。
だって「私の科学」の歴史だから…。
▼より具体的作業計画をたててみた。
このごろよく思うのだ!「もっと勉強しておけばよかった!!」いくら悔やんでみてもはじまらない。
ずっとずっとひとに向けて言い続けてきたこと。
『過去と人は変えることことはできないが、未来と自分は変えることができる』
今度は、自分に向けて発してみてはげみとしよう。
▼こんなことからはじめた。
『増補 日本理科教育史 付・年表』(板倉聖宣著 仮説社 2009.4.10)を本棚からひっぱりだしてきた。
 付録として、後ろに年表がついている。(もっとふさわしい年表があるのかも知れない。しかし、浅学な私が知る範囲では、これがこの作業にふさわしいと思った。)
この「年表」と
・私のこれまでの人生60年
・私の36年間の中学校理科授業実践
を重ね合わせてみるのだ。
そしたら、「私の科学」の歴史があぶり出せるのではというのが私の作業仮説である。
いつもゆっくりした私には、なかなか時間のかかる作業だ。
でも、はじめなければ進まない。
ゆっくり 急ごう!!

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サイエンスコミュニケーター宣言(37)

Dscn2474▼毎朝の定例の散歩が大きくかわってきている。耕地整理のため大工事が家の周辺で行われているためである。従って定例としていたコースがもうなくなってしまったのである。それだけではない。もうひとつある。それは、あの「ばっかり病」の「コケ病」だ!!コケに興味を持ち始めるとびっくりするのである。家の周辺がコケだらけであるのである。それもまた、違う種類のコケがいっぱいなのである。日本にはおおよそ1700種ものコケがあるという。
圧倒されるような数である。自分のくらしのなかにあるコケの種類だけでも相当ありそうである。こいつとこいつはちがうな!あっこれが今、仲間をふやすかたちなっているのかな。などと眺めてまわっているだけである。その程度のレベルなんだ。それでもけっこう時間がかかるのである。これは、「時間」で切るしかないな、と思ってはいるが。
▼その散歩からもどって、あの大賀ハスを見た。花茎はなんと30㎝までのびてきている。この様子では、予定どおり「あこがれの4日間」がやってきそうだ。4日間がはじまるとこれまた、たいへんだろうな。
早朝より4日ともつきあわねばならないし…。そう考えていると時間はいくらあってもたらないな。
▼そうだ!!「夏休み」が近づいているのだ。これまでの「夏休み」は名ばかり、寧ろその方が忙しいぐらいの夏休みの生活だった。しかし、今年からは違う。
 サイエンスコミュニケーターとしてはじめての夏休みだ。
時間の使い方はある程度、コントロールできるはずである。昨日、少しその計画をたててみた。
▼スケジュールを追っての具体的な計画は後回しにして大まかにやりたいことをあげてみた。
3つぐらいにまとめてみた。
(1) サイエンスコミュニケーターとしての「これから」の仕事を明らかにする。
 ちっとオオバーだな。まあいいか。計画なんだから
・「私の科学」ってなんだろう
・「私の科学」はほんとうに、「これから」も有効なのか。
・多くの人の「私の科学」と出会おう。
・「高いレベルの科学」とはなんだろう。
・今、サイエンスコミュニケーターの仕事は
(2) 「整理」をすすめよう!!
 4月以降すすめている「空間の整理」「情報の整理」を中心とした整理は、第6期だ。
第6期(~8/31)の整理は、理科関係を中心にしてやってみよう。
・クラウド「整理学」試論の行くへ
・できるだけ「あちらに」蓄積、整理していこう。
・クリエイティブのための整理を
・これから使うものだけを整理しよう。他は捨てよう。「断・捨・離」で
(3) 私の自由研究
 サイエンスコミュニケーターの自由研究
当面のものから
・コケの世界
・大賀ハスの観察
・ピンホールカメラの研究
・マッチ一本化学の元
・丹生を追う
・…
ダメだ。いくら時間があるといってもそんなにたくさんできない。
欲張りすぎるとなんにもできないで終わってしまうので、少しひかえめにしよう。

さあもうはじめよう。サイエンスコミュニケーターモードで!!

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【Web更新7/3】11-27【大賀ハス観察日記】更新!!

Dscn2439

花蕾 問いし旅の うれしかな
11/07/03 (日)撮影@福崎

■楠田 純一の【理科の部屋】11-27
週末定例更新のお知らせ
 7月最初の定例更新。2011年折り返し地点すぎて最初の更新である。
前半は、とりあえず毎週欠かすことなく定例更新をすることができた。更新の内容もこの半年のあいだにずいぶんと変化してきている。変化していないのは、blog/日、Web更新/週のスタイルである。
これは後半も持続していきたい。

◆表紙画像集2011  人里の植物シリーズ 大賀ハス
 大賀ハス発見から60年。この記念すべき年に、我が家の大賀ハスにも「あこがれの4日間」が訪れそうである。
その花蕾の感動が、そのルーツを訪ねる旅に向かわせた。
 この様子では、来週のはじめぐらいにひょっとしたら花が開きはじめるかも知れない。

◆【大賀ハス観察日記】更新!! 
 大賀ハスを育てるようになってから、毎週末には必ず我が大賀ハス観察池の定例・定点観測を行っている。
なんていうことない画像だ。アタリマエのことばかり、しかしそれらをならべてみると面白い「発見」もある。
今年の前半の分がとぎれていた。観蓮会参加、花蕾が立ったことを機に更新してみた。
なかなか面白い。

◆「サイエンスコミュニケーター宣言」更新
 こちらの方もはじめて、3ヶ月がすぎ4ヶ月目に入った。
方向も少しずつ見えてきた。
「サイエンスコミュニケーター5つの条件」もあげてみた。
【条件1】「私の科学」をもつこと
【条件2】「私の科学」を楽しむこと
【条件3】Twitter的であること。
【条件4】 「科学魂」をもつこと
【条件5】「学び」続けること
先日お会いした「大賀ハス」に関わる人々、「大賀ハス保存会」にこの条件みたすひとつのかたちを見た思いがする。

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『私の大賀ハス物語』のルーツを訪ねて(2)

Dscn2171▼今日、午前中は、私はまだ昨日の余韻のなかにいた。
昨日のことなのに、遠い遠い昔のできごとでもあるような気がする。あまりにも、たくさんの新しい出会いと学び、ゆっくりゆっくりと反芻作業を繰り返していた。
Dscn2246 8時からの「大賀蓮観蓮会」を前に、例のたったひとつの蓮は全開であった。
▼幸い天気にはめぐまれいた。脈々と引き継がれてきた「観蓮会」である。とりわけ年は、「大賀ハス発見60年!!」の記念すべき観蓮会である。
Dscn2254 幸い青空のもと、阪本尚生さん(和歌山大賀ハス保存会会長)のあいさつからはじまった。
大賀一郎先生と一緒に大賀ハスの研究をすすめてこられ長島時子先生の興味深い講話があった。そして、大賀ハスを愛してこられた方々のあいさつ。
 どの方のお話にも「私の大賀ハス物語」があって、これまた興味深いものであった。
続いての「詩吟」「日舞」「太極拳」「大正琴」「蓮飯」「蓮饅頭」「野点」そして、ずっとあこがれだった「象鼻杯」、お茶で体験さしてもらいました。
▼観蓮会の催しを見せてもらっていると、阪本祐二先生の言葉が説得力をもってくるのである。

 …ひとたび暁暗に咲き出るハスの花の群れをみるとき、ただ単なる自然物としてのハスの花の形や感触でなく、ハスのもつ、長い人間の文化の凝結が、この花の感覚的な美しさを通じて、日本人の心に七彩の綾なす光として、せまってくるものである。(『ものと人間の文化史21 蓮 』阪本祐二著 法政大学出版局「はじめに」より)
 
 この大賀池の「大賀ハス物語」は、この阪本祐二先生によってはじまる。
Dscn2188▼大賀池の奥まったところには「荷風千里」の先生の言葉を刻んだ碑が建っている。
いいことばだ。蓮の花から発せられた香りは風に乗って千里の遠くまで伝わり届くという意味だという。
なんと含蓄のある言葉だろう。私は、今回、幸いなことに、故阪本祐二先生の奥様にお出会いして、この元になったという石に刻まれたものを見せていただくことができた。(わたしは、なぜかいつもラッキーである。)
 ほんと示唆に富むいい言葉だ。蓮の花と同じぐらい何枚もこの碑の写真を撮らせてもらった。
碑の石のかたちもとってもいい。
Dscn2367▼観蓮会が終わる頃には、蓮の花とじはじめていた。
私は、ここで採れた種を阪本尚生さんに分けてもらって、それを育てている。我が家の大賀ハスのルーツはここにあるわけだ。それだけではない、育てている過程でも、困ったらいつも阪本さん連絡して、アドバイスをもらって育ててきた。今年は、阪本さんだけでなく、お母さん(祐二先生の奥様)には元肥のことでアドバイスもいただいた。
 今回のルーツを訪ねる旅で最大の成果は、阪本さんのお母さんと直接お会いできていろな話を聞かせてもらったことである。
 いろんことを教えていただいた。私ごときが一度に理解するのには許容量を越えるぐらいであった。
しかし、まちがいなく『荷風千里』の精神は、引き継がれている。そして、それはこれからもつづくだろと確信した。
Dscn2402▼貴重なお話だけでなく、家の前の蓮池を見せてもらい、また、今注目の「舞妃蓮」も見せてもらった。
多くの人のおかげで、「私の大賀ハス物語」のルーツを訪ねる旅の初回はおわった。
ちょっと、にわかにはまとめきれないくらい、いっぱいはじめて知ったことがある。
それしても、楽しかった。充実していた。
また行かせてもらいます。 ありがとうございました。

【参照】
◆美浜町で大賀ハスの観蓮会
◆大賀池日記
◆日の岬国民宿舎 支配人のブログ
◆和歌山県 美浜町

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『私の大賀ハス物語』のルーツを訪ねて(1)

Dscn1865_2▼2011年の後半のスタート7/1(金)の朝、待望の花蕾を眺めていた。ちょっと早いが、蓮根の植え替えから11週目であった。午前中になんとかとぎれていた半年分の「大賀ハス観察日記」をまとめた。
そうしている間に、ますますこの花蕾のふるさと「大賀池」(和歌山県日高郡美浜町)を訪ねてみたくなったのである。午後2時過ぎて、家を出た。夕方にはついていた。
Dscn2034▼そして、今朝、4時過ぎ、ここに立っていた。
今年の天候のせいか、花蕾はいくつか見ることはできるが、開花しているのはただひとつだけだ。
「あこがれの4日間」の第二日目だという。
Dscn2088 このひとつだけというのも、ある面では幸いである。そのひとつに集中して観察ができる。さらに幸いなのは第二日目であるということだった。花がもっとも大切な「仕事」する日である。
 4:28分やっと目覚めはじめた。
Dscn2105▼徐々にめざめはじめる。花びらジワジワとひらいていくのである。自分で種子から育てて花をみたのは、これまでに一度だけである。その花の開閉を観察していて仮説をもっていた。
 それは、この花がひらくときにいちどに花弁がひらくのでなく、順番にひらいていく。
Dscn2123 それも、開く花弁の順番は「左巻き」なのではではないか。閉じるときはその逆で右巻である。まるゼンマイ仕掛けの機械のように…。
Dscn2178▼薄暗いなか、池の周辺を散歩したり、鳥の鳴き声耳を澄ましたりして時をすごしているうちに徐々に花びらは開いていく。ついには、真ん中の果托の黄色や雄しべすがたが見えはじめる。
どんな情報、サインが発せられたというのだろう。花茎をアリ登り、どこからか虫たちが集いはじめる。
これはほんと「ふしぎ!?」である。
Dscn2192▼やがて花托や蕊たちが全部みえはじめたころには6:30を過ぎていた。
8時からは「観蓮会」である。いちど宿に帰ることにした。

<つづく>

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『大賀蓮観蓮会』(7/2)に参加を決めた!!

Dscn1825▼2011年後半のはじまり。私はいささか興奮している。
「コケの世界」がますます面白く見えだしてきたこと、ついに念願のマイ双眼実体顕微鏡(「ファーブル」)を手に入れたこと、私の大賀ハス観察池の大賀ハスが花蕾をつけたこと等が重なったからである。
なかでも、大賀蓮の花蕾には感動である。昨日も帰るなりどのぐらい成長しただろうか見に行った。明らかに成長していた、となりで成長続ける葉に遠慮するように少し花茎はまがっていた。
 今朝起きてすぐ測ったところ、一昨日10㎝だった花茎は17㎝までのびていた。
▼この興奮は、ついにあこがれの『大賀蓮観蓮会』を決意させた。
私の育てている大賀ハスのふるさと、「大賀池」(和歌山県日高郡美浜町)で明日(7/2)恒例の「観蓮会」が開かれるというのである。以前から、この観蓮会に参加してみたかった。
「日舞」「大正琴」「講話」「野点」「象鼻杯」等など面白そうな企画がいっぱいだ。
とりわけ今年は大賀一郎先生が大賀蓮を発見されてから60年の年だ!大賀ハス物語がスタートしてから60年の記念すべき「大賀蓮観蓮会」!!
 くわしくは『大賀池日記』に。
▼明日の朝は、大賀ハスと一緒に目覚めてみようと思う。
ひさしぶりに阪本尚生さんともお会いすることができる。楽しみだ!!

午後にはスタートしよう。
私の大賀ハス物語のルーツを訪ねて。

 
 

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