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新・私の教材試論(57)

Dscn5470▼昨日は、私の大賀ハスの観察にとっては記念すべき日となった。
今年の大賀ハス観察池はとんでもない展開だ。なんと、第四の大賀ハスまで花芽がたってきているのである。それだけではない。なんと、第二と第三は一日だけずれて、連続して開花しているのである。こんなのは願ってもないなかなかの千載一遇のチャンスである。初日の開花と二日目の開花がどうちがうのか。同時並行で見ることができるのである。なんというありがたいことだ!!
Dscn5443▼第二の大賀ハスは、最大直径20㎝まで花びらを広げた。なんど見ても見事なものである。つかさずハチが飛んできた。今回のハチは大きい、私の存在がわかるのか攻撃的でも、すぐになかまを数匹つれてきた。
いったいなにが香りとして放たれているのだろう。
私は、まだその物質の正体を知らない。昨日も仕事であった、観察のメインの時だったのでなごり惜しかったがしかたない。帰宅したときは、すでにふたつの花が寄り添うように閉じていた。
▼新・私の教材試論を続ける。
教材の「不易と流行」についてであった。
「原子力」の教材化は理科教育の必須の緊急課題だ。
なにを、どこで、どのように、教材として取り上げるのか。
これまでの原子論的物質観とどのようにつながるのか。いっきょには見えてこない課題が多い。
だからと言って、避けて通るわけにはいかない。
▼「サイエンスコミュニケーター宣言」と同じところにいきつく
●1831年 ファラデーの「電磁誘導」発見
それから180年!!
この180年の科学・技術史のこと、もっともっと勉強しなければと思うことしきりである。
恥ずかしい話だが、私はあまりにも不勉強だ。
そして、そのファラデー以前のことももっともっとしらなければ…。
「物質」概念形成も、これまでの教材でほんとうにいいのだろうか。
「エネルギー」概念形成もしかりである。
また、「生命」「地球」の概念形成との関わりも当然考えておかねばならない。
思考が、またしても堂々巡りをしていまう。
▼作戦だけはある。教材づくりにおける失敗の連続から体験的に学んできた戦略だ。
(1) まずは、見える化を図る。
 あらゆる手段を吟味して、見えないものを「見える」ようにしていく。
(2) 可視化するための道具を考える。
 
具体的になるまでに道は遠い。遠くてもはじめなければ…
「ゆっくり行くものは 遠くへ行く」という。
少しずつでも自分の勉強はじめた。

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