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再び、「ウメサオタダオ展」に行った!!

Dscn0504▼昨日6/3(金)は、再びあの「ウメサオタダオ展」に行ってみた。4/15(金)につづい二回目だった。
前回と同じく中国縦貫道を通って車で行ってみた。
 人が前回にくらべ多くなっていると感じた。『「情報」の達人・「情報」の先駆者』の特別展の情報はいろんなところを通して拡がっているのだろう。年代層も幅広い、若い学生さんから、かなりご高齢の方まで男性女性問わず
多くの方がこられていた。前にも増してすごく熱心に展示物をご覧になっているのが印象的であった。
Dscn0559▼私は、今回は4つの課題(宿題)をもっての再訪であった。
どこまで、答えをみつけることができただろう。
(1) 教材・教具・資料の整理のヒントをもらう。
もう一度展示物を見ていく。
その資料整理にはやっぱり圧倒される。ひとつの調査研究のフィールドワークにして、なにからなにまでほんとみごとに「整理」「保存」がされているのである。その徹底ぶりには驚くばかりである。
みごとにファイリングされているのである。そのときのメモ、フィールドノート、スケッチ、手紙、写真、その時使用した日常品等などがすべてがファイリングされているのである。
 それには圧倒されることしきりでヒントどころではない。「私にはできない」という諦めの方が先に来る。
そう言えば、フラットファィルを大量に買い込んで挑戦したときもあったな、と思い出す。
このフラットファィルの発想は、私の場合は「袋ファイル」に移行した。
それとて、メンテナンスが不十分なまま今日まで来てしまった。
結論は、もうすでに『知的生産の技術』に書いてあった。

知的生産の技術のひとつの要点は、できるだけ障害物をとりのぞいてなめらかな水路をつくることによって、日常の知的活動にともなう情緒的乱流をとりのぞくことだといっていいだろう。精神の層流状態を確保する技術だといってもいい。努力によってえられるものは、精神の安静なのである。(『知的生産の技術』P96)
 
Dscn0637 これは、ヒントというよりは確認をしたことになる。
では、「これから」どうするか。これは自分流をみつけるしかない。
「整理」の目的だけははっきりしてきた。
クリエイティブのための「整理」!!
回顧のための「整理」ではない、「整理」のための「整理」モノそれはもう捨ててしまおう。
Dscn0569▼第二の課題、それは少し「遊び」だ。
(2) 新しく手に入れたノートPCを持ち込む。
 ほんとうにどこからでもWiMAXにつなぐことができるのか。そんな実験でもあった。行く途中で西宮名塩の休憩所に寄った。そこでたこ焼き食べながらつないでみた。
みごとツナガッタ!!ほんとうだどこでもツナガルとちょっと感動した。
民博について駐車場でつないでみた。これがツナガラない。?(゚_。)?(。_゚)?
Dscn0592会場に入ってみてつないでみた。やっぱりつながなかった。これは建物のなかでは無理かと、外のレストランでつないでみた。辛うじてツナガッタ!!
記念に一言ツィートしてみた。
 ウメサオタダオという人は、情報発信ということについても先駆的であった。
ワープロが出現するよりずっとずっと以前から「カタカナひらがなタイプライター」を駆使して情報発信をした。
ローマ字に凝るのも世界に向けての「わかりやすい」情報発信を心掛けたからであろう。
調査で車で移動中も、タイプライターを膝の上にのせ打ち続けたという。
まさにモバイルの先駆者でもあるのだ。
 それにもまして感心するのは、「わかりやすい」情報発信をめざしていたということである。
Dscn0660▼第三の課題、これは勝手な私の思い入れである。
(3) 知の巨人=「ウメサオタダオ」の「空気」を吸う。
少し的を絞っていた。
『アマチュア思想家宣言』なる文章が気になっていた。私は、まだこの生の文章読んでいなかった。
タイトルが気になってしかたなかった。
 展示会場には全ての著作集があるわけでなかった。たまたまそれが載っている第12巻はそこにはなかった。
ないとなると余計に読んでみたくなるのが人情だ。
 今すぐ読む方法はあるかを聞いてみた。そしたら民博内の図書館を紹介された。
私はすぐ図書館に向かった。さすが、民博の図書館だ!!すごい蔵書量だ。
すごい厳重に保存管理が行われている。へんなことに感動してしまっているあいだに、その文章に行き着いた。
読んでみた!!予想通りであった。
 みごとな宣言文だ!若きウメサオの「プロ思想家」に対する挑戦状のような文章だ。それは同時に自らに課した決意表明でもあったのだろう。
 くらしに使えない「思想」などに何の意味があるのだろう。
その問いかけは、そのまま「思想」を「科学」かえても通用する問いかけにも思えてきた。
急に「ウメサオタダオ」が近くなったような気分になった。
これだけでも大きな収穫だった。
Dscn0683▼第四の課題。
(4) フィールドを拡げていった「文脈」はどこにあるのか。
 こんな大きな課題を設定した自分が少し恥ずかしい。
世界を駆け巡り、次々と自分のフィールドを拡げ、独創的「論」をぶち、生涯 情報発信を続けた人。
視力を失ってからも、なおいっそう多くの著書を世に送り出した。
なんというアクティブな人なんだろう。ただただ驚くばかりである。
 「ウメサオ」を突き動かしているものは何か。知的好奇心などいうことばでは語れないモノを持っていたのだろう。
徹底して「ふしぎ!?」を追う人だった。
「ふしぎ!?」を追う技術とシステムを開発した人だった。

二回の「ウメサオタダオ展」で学んだものは大きい。
その大きさは、あまりにも大きくて私にはわからない。
しかし、わかっていることがある。
私には、「等身大」にしか生きることができない!!
ということだ。

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コメント

今西錦司さんの葬式で、お見かけしました。その頃は、既に失明されていました。

投稿: 本庄眞 | 2011/06/05 11:30

本庄眞さん
コメントありがとうございます。
梅棹さん66歳のときに失明されたようですね。
それからの「仕事」をみているとすごいですね。
圧倒されてしまいますね。どこまでも情報発信する人だったんですね。失礼ですが、懇意にされていたんですか。

投稿: 楠田 純一 | 2011/06/05 17:36

コメントいただきながら、失礼しました。

「それからの」仕事というのがすごいですね。
失明されて、逆に迷いがなくなったのかもしれません。
私は、懇意ではありません。恩師G先生と行った今西さんの葬式でおみかけしただけです。

今西さんが戦後になり中国から帰国した後、梅棹さんをはじめ、弟子たちはほとんどが新制大学の教員となった。後に残った今西さんは、京大の無給講師として長年過ごしていた不遇?の頃、私の恩師故G先生との縁が始まり、今西さんのカゲロウ研究をひきつぐことになりました。

私は、恩師G先生の世話で1990年頃から日中教育交流のために雲南やゴビ砂漠など5年に一度のペースで中国に通うことになります。私は自然関係のチームの一員。
もう一つ、人文・歴史関係のグループとしてT先生がメンバーを集めて参加。そのT先生と梅棹さんは交流があり、T先生宅によく来られていたと聞きました。
学問は異分野との交流があってこそ楽しい。

梅棹さんは、ブドウ酒がお好きで、奈良での勉強会にもよく来ていただいていたとT先生から聞きました。ブドウ酒の飲みすぎが失明の原因かと聞いていましたが、真因は分かりません。

この前、テレビで梅棹さんを偲ぶ荒俣さんがレポーターとなるテレビがNHKであり、録画しました。梅棹さんは、小松左京さんらと未来学会というのを作って活動していたこともあった。
テレビを見ると、梅棹さんは、原発事故を予想していたのではないかとも私には思えます。
人間の愚かしさと科学技術のギャップが破滅を生むというのは、僕と同意見でした。
私は、高校生の頃、今西錦司と小松左京の対談集を読み、刺激を受けました。
その対談集で、今西さんは、「どうせ滅びるなら、他の生物に迷惑をかけないように‥」と喋っていたと思います。
いずれにしても、梅棹さん、あるいは梅原さんのような「ハラのある」幅の広い知識人がどんどん減っているという印象です。

投稿: 本庄眞 | 2011/07/03 20:57

本庄眞 さん
おはようございます。ご丁寧なコメントありがとうございます。

>私は、恩師G先生の世話で1990年頃から日中教育交流のために雲南やゴビ砂漠など5年に一度のペースで中国に通うことになります。私は自然関係のチームの一員。

へーすごいですね。
また、そのあたりの研究の話、機会ありましたら聞かせてください。

>学問は異分野との交流があってこそ楽しい。

同感です。もともと学問というのは、そうして成立するものだろうと思っています。

>この前、テレビで梅棹さんを偲ぶ荒俣さんがレポーターとなるテレビがNHKであり、録画しました。梅棹さん

この番組、私も見ました。たいへん興味深い番組でしたね。書かれようとした「21世紀の歴史」ぜひ読んでみたかったですね。今起こっていることは「文明」の方向性の問題ですね。
 今西さんの言葉、グサッときますね。

投稿: 楠田 純一 | 2011/07/04 06:59

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