サイエンスコミュニケーター宣言(32)
▼昨日の朝、前の山に「シダ植物」を採集に行った。例の「胞子のう」「胞子」の観察のためである。
それにしてこいつらは凄いやつである。ある時代、この地球の陸上を征服したという。ロボク、リンボクは何十メートルに達し森林を形成したという。その巨大なシダたちが倒れ、化石化したものが石炭だという。だから、この時代は古生代石炭紀。古い古い時代の話だ。
▼同じ地球上に私たちは今、暮らす。まるで地球を「征服」したかのような錯覚をもちながら。
しかし、また思い出す。
あの栗田子郎先生の言葉を
それは『多様性生物学入門~ヒトへの道程~』(栗田子郎著 東海大出版 1997.3.3)の「まえがき」にあった。
ホモ・サピエンス(Homo sapiens 賢い者)と自らを名付けた我々「ヒト」も「チンパンジーとの遺伝的差はほとんどない」 としながらも、二つの大きな特徴があると書かれている。
しかしヒトという種にはほかのどんな生物にもない(と思われている)きわだった特徴が一つあります。自分自身の由来、ひいては万物のルーツを知りたがるとともに、まだ存在しない未来に思いを馳せるという性質です。チャールズ・ダーウィンが『種の起源』を著し進化論を説いたのもこの衝動に駆られたからでしょう。(中略) いま一つのヒトの特徴は、細胞外で複製・増殖することのできる遺伝因子、つまり言語(言葉、文字)と映像を操る能力です。生きとし生けるものはすべて、自らを存在させているプリン塩基とピリミジン塩基で記された基礎情報(遺伝子)を次の世代へ残そうとします。ヒトも例外ではありません。しかし、この情報は時間軸に沿って垂直にしか伝わりません。ところが言語や映像という形の情報は水平方向にも伝わります。しかも、細胞核内に収められた情報は親から子へと伝わるのみで、その逆は不可能です。言語情報はこれが可能です。この第二のヒトの特徴が、私をしてこのようなテキストを綴らせたようです。(『多様性生物学入門~ヒトへの道程~』「まえがき」より )
▼この第一の特徴が「科学」を生んだのではないだろうか。
そして、第二の特徴を生かして「科学コミュ二ケーション」があるというのが、私の文脈にひきつけての読み取りである。
では、その「科学」は3.11を経てどうなったのだろう。
今こそ必要な「科学コミュニケーション」とはどんなことなんだろう。
堂々めぐりになること恐れずに、
やっぱり繰り返し問うてみよう「これから」を。
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