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サイエンスコミュニケーター宣言(19)

Dscf9230_2▼昨日、雷雨の後しばらく「大賀ハス観察池」を眺めていた。どうもなにかがおかしい、大賀ハスに元気ないのだ。正体のわかっていなかった「白いモノ」はすくい上げた。それしてもこの雨で、もっと元気になるだろうと思っていたのに。水面がなんとなく淀んでいる。展開する途中で枯れてしまった葉もある。
どうしたというのだろう。「ふしぎ!?」だ。
Dscf9229▼もう一方の「残りものの」の方に目をやれば元気になっている。意図せずに対照実験をやったかのようである。
どこが違うのだろう。肥料として与えた身欠きニシンに問題があるのだろうか。
飽食状態になってしまったのだろうか。
5/17と言えば3年前のこの日を思い出す。私の大賀ハス物語は
3年前のこの日の「大賀ハス」種子入刀!!」にはじまるのである。3年のあいだには実に数々の物語が生まれた。
たったひとつの大賀ハスの種子からはじまった「ふしぎ!?」を追う旅は実に面白い!!
「ふしぎ!?」を追うことはかくも楽しく面白いこと。
▼「サイエンスコミュニケーター」に話をもどす。
私は
・理科の授業は科学コミュニケーションの最前線である。
・ならば、理科教師こそがサイエンスコミュニケーターそのものである。
の認識に立つまで話をこぎ着けた。少し強引なところもあるが…。
ここまできて、ふりだしの「ふしぎ!?」にもどってしまうのである。
理科の授業と今いちばん問題の社会の「科学」とがツナガラナイのだ!!
なぜなんだろう。この違和感!「ふしぎ!?」だ!!
これは私の浅学無知からだけくるものなのだろうか。
▼世間の人が「理科」を語るとき、よく枕詞のように使う「理科嫌い」「理科離れ」の文言を私はすぐさまに受け入れることができない。ほんとうにそうなんだろうか。どのように検証したのだろうか。
それからはじめる論理も、どこか空々しく聞こえてしまう。
どうして、こうなんだろう。
今一度、遅まきながら私は「日本の理科教育史」を勉強したくなってきた。
ツナガル科学をみつける糸口が発見できるかも知れないから。
ゆっくり 急ごう!!

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