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新・私の教材試論(50)

Dscf8706▼4月も終わりが近づいてきた。見る風景もかわり、吸う空気も少し変わってきた。
どんな変化が自分に起こっているのかを客観的みるなんていうことはできない。
ただこれだけは言える。
「これは面白そうだがまた後で…」
「これやりたいが、あれをやらねばならないので…」
と考えることが少なくなってきた。
「…ねばならない」からの発想が徐々にうすらいでいっているような気がする。
▼続ける試論もそれでいく。
「ピンホールカメラ」に焦点をあてて、やりたいことあげてみたが。それに責務感はない。
気の向くところからやってみようと思う。
まずは
「ピンホールカメラ」
「教室全体のピンホールカメラ」
などでネット検索をしてみることからはじめた。
▼このとき思いだした。16年も前に森山和道さんが「ネットワークと教育」に書いた次の文章を

マルチメディア時代──とは、10年に一度しか閲覧されない資料を、どんどんどんどん蓄積していく時代なのかもしれない。

そういう風に考えていくと、別に教育現場にコンピュータ・ネットワークなんか必要ないんじゃないか──そんな風に思えてくるかもしれない。しかし、それは違う。各人が全く違う目的で蓄積したデータベースや、全く違う目的のために造られたネットワークがシームレスに繋がっていくのが「ネットワーク時代」である。全く違う知識・思考方を、全世界規模で共有することができるのだ。

例えば、それぞれの教師が自分の授業ノート・データベースを構築し、公開する。それは巨大な授業のデータベースとなるだろう。それだけで、全く違う授業が生まれるかもしれない。

なんという先見性だろう。!!
その「時代」がついにやってきていたのだ。
▼「教室全体 ピンホールカメラ」で検索してみる。
自分が発信したものを見るのも面白いが、発信した情報から発展して、次なる情報発信にツナガッテいるのはもっと面白い。
◆「巨大教室カメラに挑戦」
をみせてもらった。うれしかった!!
拙い実践でも情報発信をしていてよかったと思った瞬間である。

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