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新・私の教材試論(52)

Dscf8743▼私はずっと空を捜していた。「雲見」の定点観測をする空である。3月末までは、とてもすばらしい空があった。雲の発生も見事に観察できる空であった。天気の記録も残しながら楽しかったし、多くを学んだ。
これはぜひとも継続したかった。それに替わる空を捜していた。
 いろいろ迷ったが、もっとも簡単なのにすることにした。家を出てすぐの門先から見上げた南の空にすることにした。しばらくしてまた変えるかもしれないが、これで当分いってみる。
▼教材試論をつづける。
昨日書いた田所美惠子さんの文章はほんとうに参考になる。
知りたかった「歴史」が見事に語られている。
それを参考にプロットしてみる。

○紀元前4世紀 中国思想家墨子「影が倒立するのは光が一点で交わって生ずるからである。理由は端(点)に ある。」(「経下」「経説下」)
○紀元前4世紀 アリストテレス「樹木の厚い葉を通して、そのすき間から日食の像が地面に投影される」
○1020年頃 アラビアの科学者 アルハーゼン 「針穴」現象を『光学』に記す。
○1425年 フイレンツェの建築家兼技術者 フィリポ・ブルネレスキ 「タヴレッタ」発明 「 一点投視法」の始まり
○15世紀後半 レオナルド・ダ・ピンチ 「太陽に照らされた建物の正面、または広場や空き地に面して住まいが建っており、太陽を免れた正面の部分に、小さな丸い穴を開けると、太陽が照らしているすべての物体は、この穴を通して像を正確に伝え、家の内側の相対する壁ーそれは白いはずだがーに見ることができる。それはまさにそこにあるが倒立している。」手記『光学』
「これらの光の正体が、異なる色や形であるなら、その像もさまざまな色合いと形となり、壁にも同様に描写される。」
○1544年 ゲマ・フリシウス 日食観測に使った装置 図つきで発表
○ケプラー(1571~1630) 装置を「カメラ・オブスキュラ」(暗箱)と命名
○16世紀末 ナポリの物理学者 ジョバンニ・バッティスタ・デッラ・ポルタ カメラ・オブスキュラにレンズ使用(他説あり)
○18世紀 レンズ付きカメラ・オブスキュラが非常に発達 「携帯」「一眼レフ」
○1839年。画家ルイ・ジャック・マンデ・ダゲール(フランス) カメラ・オブスキュラが結んだ像や影を定着させることに成功。「写真」の発明

ならべてみると、「カメラ・オブスキュラ」の歴史が概観できた。ありがたい!!
▼田所さんの文章で感動したのは「歴史」がわかりやすく書かれていると言うだけでない。
19世紀末以降の「針穴」の復権にふれての文章「たかが「穴」されど「穴」」のなかで次のように書かれている。

…一九六〇年代後半から、あらゆる既成の価値観が大きく揺らいだ先進国では、写真の分野においても、レンズの価値観にかわるものを模索する動きとして、針穴が再評価されはじめました。
 つまり、さまざまな高度技術によりブラック・ボックス化してしまったカメラに対する反逆として、または、それにより技術オンチにされることのに対する反発として、より純粋なもの、より本質的なものが求められはじめたのです。
それよりもさらに成熟が進んだ今日の社会では、この傾向はますます強くなってきています。
物質的膨張主義はすでに敬遠され、知的、美的、精神的な充足が重視されるようになり、それとともに、針穴写真の人気が高まっています。
 いわば源泉への回帰ですが、針穴写真はなにも精神性やアート面だけに寄与するものではありません。
針穴が再評価されているのもうひとつの分野は科学の分野です。…(同書 p22より)

私は、圧倒されるおもいでこの文章を読んだ。
▼私のすぐれた「教材」の法則の意図するところの全てが語られいるではないか!!
・3K(簡単・感動・きれい)1A(安全)の法則
・3H(ホット・本質的・ホンモノ)の法則
なんでその道のプロたちは、意図も簡単に本質を見抜いているものなんだ。
 ただ、ただ感動するのみである。
著者は「針穴」の復権の科学分野の例として2つあげておられる。
・原子物理の世界でのX線、ガンマ線など高エネルギー分子を捕らえるのにひと役買っている。
・天文学の世界で、宇宙ロケットに乗せられた針穴カメラが、太陽黒点観測などに活躍。
である。
 田所さんの文に出会ったおかげで、私は強く強く思うようになった。

科学教育(理科)のなかでこそ「針穴」の復権を
と。

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新・私の教材試論(51)

Dscf8719▼昭和の日の今朝、外に出たら久しぶりに「1日でいちばんきれいな空」が見えた。
そこに細くなった月と明けの明星のツーショットだ!!
なんとみごとな光景だ。冬の透明感はないが、そこにはやわらかい光がある。
思わずデジカメを向けた。
そうだ、この光景を情報に変える「カメラ」を追いかけていたのだ。
▼自分でも不思議なぐらい私の思考というやつは気儘なものである。
この気儘さかげんを「自由」というのだろうか。
「教室全体のピンホールカメラ」をWebで追いかけようと思っていた。現時点での多くの人の情報を集めようと思っていた。今日のうちにもこれをすすめるだろう。
ところが、今日のblogを書くだんになって
自分で書いた

(1) 科学・技術史としての歴史(~ピンホールカメラからデジカメまで~)
(2) 科学教育史(とりわけ日本の理科教育史)におけるピンホールカメラの歴史
こちらの方は、現代理科教材発展史『ピンホールカメラ』としてまとめていきたい。

の(1)の方へ急に興味が先行しだした。

▼それにはわけがある。
◆『日曜日の遊び方 やわらかい光、ゆるやかな時間 針穴写真を撮る』(田所美惠子 著 雄鶏社 1998.2.20)
を再び読み始めたからである。
ここに私の知りたい(1)のことがうまくまとめてあった。
この本によれば「写真」の誕生は1839年。画家ルイ・ジャック・マンデ・ダゲール(フランス)がカメラ・オブスキュラが結んだ像や影を定着させることに成功し、その画像が公表されたことにはじまるという。
このときに発明された「写真」は今、デジカメ全盛時代を迎えて私たちの周りから姿を消そうとしている。
 だからこそ、今一度「写真」の歴史を見ておきたなるのである。
▼その道を極めようという人は、どうしてかくもうまく語るものなんだろう。
田所さんはこう言うのだ。

 また、写真の元祖である針穴写真を知ることは、写真の歴史そのものに触れることでもあります。
なぜなら写真とは、自然現象、人間のものの見方、技術の発達と分かちがたく結びついているからです。
(前記同書 P15より)

納得!!である。
私の興味とみごとに重なるのである。
急ごう!! ゆっくりと…。

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新・私の教材試論(50)

Dscf8706▼4月も終わりが近づいてきた。見る風景もかわり、吸う空気も少し変わってきた。
どんな変化が自分に起こっているのかを客観的みるなんていうことはできない。
ただこれだけは言える。
「これは面白そうだがまた後で…」
「これやりたいが、あれをやらねばならないので…」
と考えることが少なくなってきた。
「…ねばならない」からの発想が徐々にうすらいでいっているような気がする。
▼続ける試論もそれでいく。
「ピンホールカメラ」に焦点をあてて、やりたいことあげてみたが。それに責務感はない。
気の向くところからやってみようと思う。
まずは
「ピンホールカメラ」
「教室全体のピンホールカメラ」
などでネット検索をしてみることからはじめた。
▼このとき思いだした。16年も前に森山和道さんが「ネットワークと教育」に書いた次の文章を

マルチメディア時代──とは、10年に一度しか閲覧されない資料を、どんどんどんどん蓄積していく時代なのかもしれない。

そういう風に考えていくと、別に教育現場にコンピュータ・ネットワークなんか必要ないんじゃないか──そんな風に思えてくるかもしれない。しかし、それは違う。各人が全く違う目的で蓄積したデータベースや、全く違う目的のために造られたネットワークがシームレスに繋がっていくのが「ネットワーク時代」である。全く違う知識・思考方を、全世界規模で共有することができるのだ。

例えば、それぞれの教師が自分の授業ノート・データベースを構築し、公開する。それは巨大な授業のデータベースとなるだろう。それだけで、全く違う授業が生まれるかもしれない。

なんという先見性だろう。!!
その「時代」がついにやってきていたのだ。
▼「教室全体 ピンホールカメラ」で検索してみる。
自分が発信したものを見るのも面白いが、発信した情報から発展して、次なる情報発信にツナガッテいるのはもっと面白い。
◆「巨大教室カメラに挑戦」
をみせてもらった。うれしかった!!
拙い実践でも情報発信をしていてよかったと思った瞬間である。

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新・私の教材試論(49)

▼今、いろんなメディアを通して流れてくる情報に触れながら、繰り返し繰り返し同じことを自分に問うてみる。
「科学とは…」「科学教育(「理科」)とは…」そして、私にとっての「科学」とは…。
堂々巡りだ。
 急がば回れ!!私は教材試論を続ける。
▼はじめにあった「教室全体のピンホールカメラ」について語っていた。
故大竹三郎先生が「教材を仕上げるのだ」という提言について非常に興味深いことたくさん書かれている。

やはり、自分の中に、それだけの必然性がなくてはなりません。そうした必然性は、果実の熟するのに似ていて、ある期間の熟成を待たないと、具体的に現れてこないようです。それもなにかのきっかけが必要です。わたしの場合実験改善の必然性も、新しい実験の発見も、そのきっかけは、授業における子どもの発言です。また、授業をした先生のつまずきです。(『理科実験法の再検討~教材論的研究~』(大竹三郎著 明治図書 1980.10.5) P120より)

納得だ!!
ならばこそ、私はこの教材を、私の中で仕上げなければならない。
▼やりたいことがいっぱいあった。
ひとつは「ピンホールカメラの歴史」である。
歴史と言っても、ふたつある。
(1) 科学・技術史としての歴史(~ピンホールカメラからデジカメまで~)
(2) 科学教育史(とりわけ日本の理科教育史)におけるピンホールカメラの歴史
こちらの方は、現代理科教材発展史『ピンホールカメラ』としてまとめていきたい。
▼もうひとつは、実際にピンホールカメラをつくって、あの「やわらかい画像」を楽しみたい。
これは、ずっと時間ができたらと思い続けてきていた。
それと、あの『母と子の針穴写真』(美術出版社)『針穴写真を撮る』(雄鶏社)の著者
の田所美惠子さんの写真展に行ってみたいな。
■田所美惠子の針穴写真

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新・私の教材試論(48)

Dscf8692▼昨日25日もあいかわらず、新しい定例コースの散歩した。雨が多くなったせいだろうか。植物の生長がはげしい。間違いなく時は刻まれて行っている、地球はやっぱり等速回転運動を続けていっているのだ。
その運動にあわせて植物たちも時を刻んでいっているのだ。あの「タラの芽」は、いつの間にというぐらい生長していた。「おまえはどうだ?」って訪ねられたような気がした。
▼4月25日で思い出すことがあった。昨日のWeb更新報告のあと思いだしたのだ。
■楠田 純一の【理科の部屋】
がスタートした日なんだ。今も表紙に「98/04/25(土) OPEN」と記しているから、もうあれから13年もたったんだ。
更新といっても繰り返しているのは微更新にすぎない。
フォームほとんど変えていない。「タラの芽」に誇れることと言えば、続けてきたというだけかな。
▼今日は、同じ試論でも「新・私の教材試論」の方を書く。
現役を引退して一ヶ月近く経とうとしている。この試論は「現役」のあいだと期限をきめていたが、少し延期である。
 今度は「サイエンスコミュニケーター」としての立場からである。コミュニケートしたい「私の科学」は、どうやらここから生まれたようなので…。
▼「教材」のこと、今一度ゆっくりと考えてみよと思う。
これを書きながら、なんとなく気持ちがワクワクしてくるのである。他のことを語るときよりも気持ちがうんと高まってくるのである。「教材」のこと考えるのはやっぱり面白い、楽しい!!
36年間をふりかえってみて、私にとってのおもしろ教材教材 ベスト3
1 教室全体のピンホールカメラ
2 究極のクリップモーター
3 水から水素を取り出す実験
である。第3位は少し他にも候補があり迷うところであるが、第1位と第2位については文句なしだ。
▼少し時間をとって、これらの教材と「私の科学」との関係追いかけてみる。
私は、ほんとつくづくとラッキーな人間であると思う。
いろんな人の世話になり、第一位「教室全体のピンホールカメラ」をはじめて授業したときの記録が残っているのである。即座に見ることも可能なんである。
◆『光の直進』中村論文より
今でも、読みかえしてみるとそのときのワクワク・ドキドキ感が蘇ってくるのである。
▼ファラデーが晩年まで「クリスマス講話」「金曜講演」にこだわり続けたのも、きっとここにあったにちがいない。
そこから「ファラデーの科学」は生まれたというのが、我田引水の私の仮説である。

<つづく>

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【Web更新4/24】11-17新・クラウド「整理学」試論 更新

Dscf8602

今さらや 里気づきたり 山桜
 11/04/21 (木)撮影@福崎

■楠田 純一の【理科の部屋】11-17
週末定例更新のお知らせ
 また、一週間がすぎた。そして今週で新しい「はじまり」であったはずの4月も終わってしまう。
なんというスピードだ。子どもの頃、お弁当を入れてもらって学校へ行っていた。そのころ、おかずで「卵焼き」が入っていると、とってもうれしかった。最高のおかずだった。
 そんなとき、いつも「たまご焼き」をちょっとどけておいた。最後の最後に食べるために…。
考えてみたらその頃からだろうか。この癖は…。
最も大切なこと、重要なことを後回しにするという優先順序をとるというのは… 反省!
さあ、今週こそ…

◆表紙画像集2011 人里の植物シリーズ 山桜
あの桜はもう散ってしまっただろうか。もう葉桜になっただろうか。
何本かの「あの桜の木」を思いだしていた。
「さまざまの こと思い出す 桜かな」 とはさすが芭蕉だ。
そんなこと思って新しいコースを散歩していたら、その目の前に咲く誇る一本の桜の木があった。
ずっとずっと毎日見てきたはずの風景のなかにである。どう見ても、桜の木だ。でも花ビラは白かった。
山桜に気づくのに少し時間がかかった。誰かが植えたものなんだろうか。
それとも、洪水のときに…。
ひょっとしたら、私は何も見ずにくらしてきたのかも知れない。少し恥ずかしくなってきた。

◆新・クラウド「整理学」試論
 なんでこんな試論を書くきになったのだろう。
それは、きっとTwitterとの出会いが大きいだろう。Twitterとの出会いは、
Twitter的=「リンク」「シェア」「フラット」「等身大」「リアルタイム」
を教えてくれた。
それと試論がどう関係するのか、実は私にもよくわかっていない。
 先週は連続して試論をかいた。もっとも苦手とする「整理」をすすめながら。
 もう少しつづけて試みるつもりだ。

 

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新・クラウド「整理学」試論(26)

Dscf8668▼昨日はずっと雨だった昼からになってやっと雨が小降りになってきた。土曜日は定点観測日にあてていた、これは年度がかわっても続ける予定である。まず大賀ハスだ、先週の日曜日に蓮根の植え替えをし、観察池は新年度をむかえていた。ところがたいへんなアドバイスを受けた。プロ中のプロからのアドバイスである。
こうだ「あれでは、身欠きニシンが伸びる根っこを腐らせる。即刻身欠きニシンを掘り出して…」というものである。
どうしても今年は、あの「あこがれの4日間」に出会いたい私は、このアドバイスに従うことにした。土のなかに手を突っ込み身欠きニシンをひとまずすべて取り出したのである。
 そしたら、池全体がドロドロの泥田状態になってしまった。あの田植え前の代かきをしたあとのようなものだ。当然、蓮根も浮かんでしまった。仕切り直しだ!!
もう一度、その泥田に蓮根を静かにそっと沈めた。どうなるだろう来週は
Dscf8677▼雨が多くなったせいだろうか。もうひとつの定点観測の対象であるヒガンバナの植物たちもどんどん元気になっていく。もう枯れが進行するヒガンバナを隠してしまいそうである。もうとっくにステージをバトンタッチしたヒガンバナにとっては、どうでもいいことかも知れないが。
 このヒガンバナ、ひょっとしたら引っ越しをしなければいけないかも知れない。どこへ引っ越すか検討中である。
▼試論を続ける。
 まだまだ「空間の整理」を続けている。昨日は文具の整理を主にやった。
長年成るがままにしてきたから、ほんとうにたいへんだ。エンピツ、ボールペン、万年筆、消しゴム、定規など
同じもの一同集合させてみた。
 たいへんな量だ。これでは一生かかっても使い切れないような量だ。
極力捨てる作戦にでた。とりあえずは、机の上には何もない状態までもっていった。
▼「集合」「捨てる」をしながら考えた。そもそも文房具って究極は「文章を書くための道具」なんだ。
「文章」の範疇を少し広げれば栗田先生のいう水平に方向に伝わる言語情報なんだ。
言語情報(画像等も含む)を編集・加工する道具が文具である。
あくまで「道具」である。
▼ここまできて「思考の整理」に飛躍する。
「道具」と言えば『コンヴィヴィアリティのための道具』を連想した。
コンヴィヴィアルな世界を具現化するための道具、それがパソコンだったはず。
これまでの文具をできるだけ、これからも使うであろう愛用のものに限定して、後は捨てるか目の前から消してしまおう。
 そして、究極の文具=パソコンの整理にかかろう。
 三日坊主も100回繰り返せば300日になる。1000回繰り返せば3000日だ、8年を越えることになる。

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新・クラウド「整理学」試論(25)

Dscf8662▼あいかわらず「空間の整理」「情報の整理」「思考の整理」を行きつ戻りつすすめている。
「捨てる」と言っておきながら新規に袋ファイルを新たに50ばかりつくった。「「捨てる」ための袋ファイルだ」と自分に言い訳をしながらである。
 自分の応用としては「ミニ袋ファイル」をつくっているところだろうか。手製袋ファイル作成定規の第1号機の日付をみていたら90.12.06となっていた。なんと20年以上同じことを繰り返しているのだ。
▼整理をすすめながら、気づいた法則がある。
シロウトはなにかと体験に基づく「法則」を作り上げたがるものなのである。
名付けて
『成るように成るの法則』
なんとも投げやりな表現に聞こえるかもしれない。しかし、これは私的にはきわめて科学的な法則なのである。
人はなんでも恣意的にことを運ぼうとするが、対象が人間の営みに対して巨大な場合は、人間の意図など関係なく自然の法則に従い「成るように成る」のである。
▼「整理」などというものは、私にとってはそれぐらい巨大な営みなのかも知れない。
問題はそこからだ。「成るように成るの法則」を無視するか。
それをうまく利用するかだ。何十年もやり続けても、やっぱりそうなってしまうことがあるなら、それがいちばん自然なことであり、それが自分にフィットしたシステムなんである。
そう思うと、急に気が楽になってきた。袋ファイル作成も気楽にやれてきた。
▼袋ファイルのなかに何を入れるのか。入れるものを考えたとき、またしてもあのリコリスさんこと栗田子郎先生のあのことばを思いだした。
それは『多様性生物学入門~ヒトへの道程~』(栗田子郎著 東海大出版 1997.3.3)の「まえがき」にある。

 ホモ・サピエンス(Homo sapiens 賢い者)と自らを名付けた我々「ヒト」も「チンパンジーとの遺伝的差はほとんどない」 としながらも、二つの大きな特徴があると書かれている。

 しかしヒトという種にはほかのどんな生物にもない(と思われている)きわだった特徴が一つあります。自分自身の由来、ひいては万物のルーツを知りたがるとともに、まだ存在しない未来に思いを馳せるという性質です。チャールズ・ダーウィンが『種の起源』を著し進化論を説いたのもこの衝動に駆られたからでしょう。(中略)  いま一つのヒトの特徴は、細胞外で複製・増殖することのできる遺伝因子、つまり言語(言葉、文字)と映像を操る能力です。生きとし生けるものはすべて、自らを存在させているプリン塩基とピリミジン塩基で記された基礎情報(遺伝子)を次の世代へ残そうとします。ヒトも例外ではありません。しかし、この情報は時間軸に沿って垂直にしか伝わりません。ところが言語や映像という形の情報は水平方向にも伝わります。しかも、細胞核内に収められた情報は親から子へと伝わるのみで、その逆は不可能です。言語情報はこれが可能です。この第二のヒトの特徴が、私をしてこのようなテキストを綴らせたようです。(『多様性生物学入門~ヒトへの道程~』「まえがき」より)
 

これである。袋ファイルに入れるのは、水平方向へも伝わる言語情報を入れるのです。
▼もうひとつだけどうしても今日、「記録」に残して置きたい情報がある。
それは、とてもなつかしくうれしい情報。
nifty【理科の部屋】が再現体験!!
ニフティ25周年記念サイトでパソコン通信再現をやっているのだ。Twitterでつぶやけば、あのなつかしいパソ通画面に書き込みができるのだ。
パソ通回帰は単になつかしいだけでなくいろんなことを教えてくれる。
今、私たちがどこにいるのかも。
▼さあ、今日も「整理」すすめてみよう。
EverNoteへの道のりはまだまだ遠いのかな。

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新・クラウド「整理学」試論(24)

Dscf8617▼「わー、もったいないことするとこだった!」と思ったのは昨日の夕方だった。それは、久しぶりに時間をとって「雲見」をしたからだった。花を愛でるのに「花見」があり、月を愛でるのに「月見」があるように、空・雲を愛でる「雲見」が面白いことを教えてくれたのは宮澤賢治だった。(『蛙のゴム靴』
 実に面白いのだ、刻々と雲が姿かたちを変えていくのである。なんの観察道具・実験器具が必要というわけではない。ただただ「大気の物理実験」をながめているだけなんだ。
 こんなの見逃していたら、人生もったいない!と痛切に思ったのだ。
▼試論をすすめよう。
こちらのほうは、この「もったいない」をできるだけ排する方向でやらなければ、ほんとうに大切にするものを見失ってしまう。そうでなければ大大「もったいない」になってしまうのだ。
ちょっとだけこれまでの「整理」をふりかえってみた。
一度こんなことを書いてみたことがあった。
◆学年末の「整理学」~パソコン・システム手帳・袋ファイルを連動させて~
▼これから10年の月日がたっている。今、読みかえしてみても方向として、これが私流の「整理」システムだと思う。その反面、決定的にダメだと思うことがある。
「更新」が進んでいないのだ。
このシステムでいちばん肝心なのは更新だ。
▼「パソコン・システム手帳・袋ファイルを連動させて」を私は、勝手に「P・S・F方式」と名付けていた。
そのうちのPはこの10年で環境的に大きく進化した。
その進化にこの方式がついていけていないところがあるのだ。
今こそ、更新をくりかえして、
「P・S・F方式」の進化をめざそうと思う。

でなければ人生ちょっと「もったいない」気がしてきた。

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新・クラウド「整理学」試論(23)

▼今朝は試論のつづきからいきなりはじめる。
「空間の整理」の手始めに名刺の整理をさらにすすめた。
「整理」と言いながらも、それは行為としては、それは「捨てる」ことだった。なぜだろう、不思議とこれまで捨てられずに置いていたものが、スムーズに捨てられるのだ!
▼「捨てる」ことによって、目的がどんどん純化していく。
これまで生きて構築してきたヒューマンネットワークの姿が見えてくるのだ。どうしても捨てられない名刺がある。
その名刺を眺めていると、名刺の主の顔が見えてくる、交わした言葉が浮かび上がってくる。
なんと楽しい作業だろう。こんな面白い作業をなんで早くやらなかったのだろう。
いや、今だからできるのだろう。
▼「空間の整理」はいつしか「情報の整理」になっていた。
さらにはこの試論のねらいでもある「思考の整理」へと向かっていた。
現時点でのこの試論の究極のねらいは「クリエイティブ思考」である。
▼「クリエイティブ思考」ということでは、よく思い出す一文がある。
そして、今こそ強く心に響く一文がある。
半世紀近く前に東北の教師たちによって発せられた言葉だ。

「やさしく教える」と私たちがいうとき、それは努力しなくても教えられる・頭を使わなくてもわかる」
ということではありません。探検することの楽しさ、頭を使うことの楽しさが湧くことを私たちは目指します。新しいことを新しく教えるために、私たちは新しい教授原理をつくり出さねば成りません。
「テキストをつくろう」と私たちがいうとき、それは私たちの成果を不動のものとして定着させることではありません。
リフトのある山は山ではない!飛行場のある極地は極地ではない!活字でテキストに固着した私たちの「極地方式」は、私たちの自然観・科学観・教育観のあまさ、足りなさの動かぬ証拠となるでしょう。私たちはそれを否定して、更に新しいテキストをつくらねばなりません。それが、実践というものではないでしょうか。
みなさん!
疲れを忘れて前進しようではありませんか。
(『極地方式入門~現代の科学教育』高橋金三郎・細谷純編 国土社 1974.3.20 p7より)

彼らは続けて言う。

わたしたちに源流はない。わたしたち自身がいま源流として分水嶺をつくっている。(同書 p8より)

ならばこそ、私は今、「クリエイティブ思考」の源流をここにみるのである。

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新・クラウド「整理学」試論(22)

Dscf8574▼昨日の朝は、いったん雨はあがっていた。雨上がりの散歩もいいな。
植物というのは、ほんと水を得るとほんと元気になる生き生きとしてくる。風景がほんとに新鮮である。
桜も葉桜へと向かっていた。
▼いったん晴れていた空だが、また昼過ぎから雨だった、そしてまた夜にはあがって大きな月が見えていた。そして今、外にでるとシトシトと降っている。空の変化がはげしい季節になってきた。
 そうだ、ここのところ忘れていることがある。「雲見」「空見」だ!!
4月に入って「雲見」の定点観測地を失っていた。大気の大物理実験室にくらしていることを自覚し楽しむためにも「定点観測地」が必要だ!!すぐに決めてしまわないで、少し時間をかけてさがしてみよう。
▼試論を続けよう。
「空間の整理」は徐々に「情報の整理」へと向かっていた。
「情報の整理」の「情報」ってなんだ!?
例のウメサオに聞いてみた。『知的生産の技術』に造語「知的生産」を定義づけるためにこう書いていた。

ここで知的生産とよんでいるのは、人間の知的活動が、なにかあたらしい情報の生産にむけられているような場合である(P9)
かんたんにいえば、知的生産というのは、頭をはたらかせてなにかあたらしいことがらー情報ーをひとにわかるかたちで提出することなのだ(P9)

逆説的になるが、ならば「情報」とは
・人間の知的生産活動の生産物
・人間が頭をはたらかせて、人にわかるかたちで提出されたあたらしいことがら
▼そうだ、「情報の整理」とは、
まず生産者である「人間」の整理からはじめなければならない。
なにからはじめたかというと「空間の整理」としては、名刺の整理をしてみた。
これまでのヒューマンネットワークの整理をしてみたのだ。
まだ途中だ。
▼なんというタイミングだ。ecochemさんにTwitterで教えてもらった。
◆ニフティ25周年記念サイト
のことを。
 なつかしいな。ここからハッシュタグ#nifty25 入れてつぶやけば「パソ通回帰」が体験できるのだ。
そう、私の言う「ヒューマンネットワーク」のはじまりはすべてここにあったのかも知れない。
「なつかしい」だけで終わらせたくない。
これからのクリエイティブ思考にツナゲてみたい。

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新・クラウド「整理学」試論(21)

Dscf8565▼しかし、それにしても「ふしぎ!?」なことだ。
新しい、朝の散歩コースが定着してきた、門先でヒガンバナ、大賀ハスの定点観測をしてから南へ、左に折れて東へ向かう。川だずっとずっと見続けてきた川だ。川の側に三本の樹。真ん中の樹が、「あれっ!?白いきれいな花が咲いている。なんだろう?」「サクラに似ているな。きっとありふれた樹なんだろうな。」でも知らない。
存在すら気づかなかった。私には「大発見!!」だ。
 さらに南にくだりいつもの竹藪へ。荒れ放題の竹藪からツバキがひょっと顔をのぞかせて、「おはよう」と声をかけてくれているようだった。
▼退職以来、ずっと「空間の整理」を続けている。昨日は、部屋の雑誌を中心に整理をすすめた。
すすめながら考えた。
 これは何のための整理なんかな?
自問自答をはじめた。
ちょっとだけかっこつけて言えば
・クリエイティブになるための整理
もっと言えば、これまでは「授業づくりのための整理」オンリーだった。
▼これからは少しちがう。
・「学び」のための整理
これからの「学び」は「学び合い」としてしか成立しないから
・「学び合い」のための整理
・サイエンスコミュニケーション(「授業」を含む)のための整理
ということになるだろうか。
もう少し言うなら
朝の散歩のように
・「発見」のための「整理」
ということになるだろう。

さあ、今日も「整理」をすすめよう。

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【Web更新4/17】11-16「サイエンスコミュニケーター宣言」新設!

Dscf8148
新緑の たくましきや タラの芽の
 11/04/14 (木)撮影@福崎

■楠田 純一の【理科の部屋】11-16
週末定例更新お知らせ
 新しい時代に入ってから、3回目の更新である。
更新のお知らせをしながら、先週一週間をふりかえり、今週一週間を展望する。同じことを繰り返すのである。
在り来たりのこと、アタリマエのことを繰り返す「更新」。
実は「更新」にこそ生命が宿るのである。
「更新」こそが存在証明であり、意義、主張もそこにある。
やっとそのことに気づきはじめた。

◆表紙画像集2011 人里の植物シリーズ タラ
 朝の散策コースを変えた。もっとありふれた風景、毎日、毎日見続けた来た風景のなかを歩く。
なのに「大発見」がいっぱいあるのはどうしてだろう。熊楠が自宅の柿の木に新種の粘菌を発見したみたいのものなのかも知れない。
 そうなんだ、このコースは我が家の庭みたいなものなんだ。
 最初の「発見」はタラの芽であった。どう見たって、そこを歩けば見つけることができる、なのに今まで気づかなかったのはどうしてだろう。それが「ふしぎ!?」
今週は、何を「発見」できるかな。

◆サイエンスコミュニケーター宣言  新設
 「サイエンスコミュニケーター」なんてこんなカタカナの「仕事」、ポンコツの私にはいちばん不似合いなのかも知れない。しかし、「宣言」してみることによって新しい世界に挑戦してみたかったのかも知れない。
このあと、どう展開するのか。自分にもまったくわかなない。ともかく歩をすすめよう。

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「大賀ハス」植え替え完了!!

Dscf8413▼2011年4月17日16時。
やっと「大賀ハス」蓮根植え替え完了である。当初の予定より遅れること13週間と1日、本日決行である。
これまでの経緯と様子は、
【大蓮ハス観察日記】
に記録している。この植え替えでこの大賀ハスを育て観察しはじめて4年目になる。
もともと飽きっぽい私がである。自分でも驚いてしまう。
Dscf8490▼決行をきめて、動き始めたのは午前10時だ。
まず近くのスーパーへ走った。元肥を入手するためである。
これもこれまでと同じように「大賀式の栽培法」(『蓮~ハスを楽しむ~』監修北村文雄 ネット武蔵野 より)
にこだわった。身欠きニシンと蒸しダイズを手に入れるためである。去年までは身欠きニシンが手に入れることができず。ニシンの佃煮のようなものを利用していたが、今年はうまく手にて入れることができた。さいさきがよかった。
Dscf8427▼いよいよ観察池を傾け、ひっくりかえして今年の蓮根拝見である。
あんな大きな葉っぱをたくさん広げ、栄養を貯め込んだのである、どんなものかワクワクであった。
Dscf8432ひとつひとつの蓮根は予想していたほど大きくなっていなかった。
しかし、その蓮根ネットワークはすごいものである。
限られた空間のなかであったからこの程度おさまったのだろう。
Dscf8457水道のホースをひっぱてきて水で土を落としていく、やがて全容が見えてきた。
やっぱり驚きである。よくぞここまで…。
Dscf8484▼恐る恐るのばして見る。昨年度のように一本が伸びるというのでなく、複雑に何本かが絡み合っている。
これは、親蓮根を3つ入れたためだろうか。
Dscf8476そう言えば、土の中からおそらく親蓮根であろうと思われるものが土の中からでてきた。
伸ばしてみてみると、これまた圧巻である。
やっぱり植物という生き物は、すごいことをやるもんだ!!
Dscf8503▼いよいよ新しい観察池づくりである。
まず、最初に近くの田んぼの土を入れる。10㎝ばかりだ。
次に、身欠きニシンだ。みつかったのがうれしかったので3パックも買ってしまった。
1パック(3匹分)だけ入れた。
Dscf8510 次にまた土だ、10㎝ばかりだ。次に蒸しダイズだ。
これもちょっと多めに入れてしまった。
Dscf8514▼そしてまた土で、種蓮根である。ずいぶん迷った。
昨年は用心のためと3つ入れた。葉は元気にそだったが、あの「あこがれの4日間」はついには訪れることがなかった。今年は、ひとつだけにしようか。それとも…。
結局は中央にふたつにした。これが、私の優柔不断なところだ。
ふたつにするにしても、どのふたつにするかが問題だ、候補はいっぱいある。
選択肢が多いのも、困ったものだ。
Dscf8536▼なんとか選んで、そのうえからまたしても土をかぶせておわりである。
そこへ深さ10㎝ばかりになるように水を張った。
16時ちょうどに完了である。
今年度も毎週土曜日を定例観察日として、観察を続けようと思う。
どんな展開になるだろう。
Dscf8542▼昨年度は、「あこがれの4日間」は訪れなかったが、一昨年ひとつの花で収穫した種子5個、すべてが発芽するという面白いドラマがあった。残念ながら私の手元に置いた2個と神戸に旅に出た分は発芽後うまく育たなかったが、京都と秋田はどうなっただろう。
 今年は、大賀一郎先生が大賀ハスを2000年の眠りから目覚めさせてから60年目(還暦、私と同い年)の年だ。ぜひとも「あこがれの4日間」をみたいものだ。
 それから、選ばれなかった蓮根をなんかこのまま腐らせるのが「もったいない」という気になったので、瓶のなかに入れておいた。

さあ、2011年度「大賀ハス」スタートである。

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「ウメサオ タダオ展」に行った!

Dscf8180▼昨日15日(金)私は、やっと「ウメサオ タダオ展」に行った。ほんとうにやっとという感じなんだ。この特別展を知ってから、時間ができたらまずここへとねらっていたのだ。退職して半月たった昨日、その時がやってきた。
▼千里の民博まで、中国縦貫道を使えばそんなに時間はかからない。しかし、あまり車の運転の得意でない私には、ちょっとおっくうであったが、ウメサオタダオの世界が待っていると思うと、ワクワク気分である。
休憩なしだと1時間30分ぐらいだろうか。
 長時間ドライブになれない私は、名塩のドライブインに入って休憩と心の準備をした。
持ってきていた例の『知的生産の技術』を取り出した。
Dscf8400▼心の準備として、もう一度この名著に目を通しておこうというのである。「はじめに」だけ目を通した。
やっぱりそうだ!!
これはほんとうに名著中の名著だ。60年生きてきて、いちばん影響を受けた一冊をあげろと言われれば、私はいの一番にこの『知的生産の技術』をあげるだろう。
このblogで、2ヶ月かけて読んだこともある。
◆『知的生産の技術』を読む
すべての「原点」がここにあるように思った。
▼昨年の7月3日に亡くなった。その訃報にふれたときには
◆【哀悼】『知的生産の技術』の梅棹忠夫先生!「さようなら」は言わない。
を書いた。
 その通りである。新しい人生を歩みはじめた今も「ウメサオタダオ」は、私にとっては特別の意味をもつのである。
▼国立民俗学博物館に入ったのはちょうど12時だった。閉館の17時まで5時間たっぷりと「ウメサオ タダオ」の世界を堪能した。私にとっては、『知的生産の技術』のウメサオであり、それ以外の部分についてはあまり知らなかった。今回は、まるごとの「ウメサオ」に触れることができたのは大きな収穫だった。
もちろん「カード」「こざね法」「ノート」などの現物と接することができたのは第一の収穫であることにちがいない。
ここに「これから」のヒントを見たような気もする。
 特別展開催期間中にもういちど行ってみようと思う。
 

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サイエンスコミュニケーター宣言(10)

Dscf8157▼今日は4月15日、サイエンスコミュニケーターとして歩みはじめて、はやくも半月が過ぎた。
「もう、すでに私は、サイエンスコミュニケーターだった!」の自覚から、
少しずつ、少しずつ「これから」が見え始めてきた。
▼退職の前に、時間ができたらやってみたいことをリストアップしたことがある。
そのリストのなかに
◆【理科の部屋】100人リンク集の旅
というのがある。
私が私自身のホームページを開設したのは、1998年4月25日である。
先達たちに手取り足取り教えてもらいながらの開設であった。
その年の10月11日からはじめて2000年12月3日まで、ほぼ2年2ヶ月かけてつくりあげたリンク集がある。
「私の【100人リンク集】」である。
▼当時、【理科の部屋】でお世話になっている人たちにリンクした。
「リンク」の面白さがわかりはじめたころだ。リンクしたページから派生してまた新たなリンク先ができてきた。
なにより面白かったのは、リンクすることによってヒューマンネットワークのすばらしさが実感できたことだ。
▼それから、10年以上の月日がたった。
Webの世界も大きく進化した。
blog、SNS、Twitter等々と大きく様変わりしてきた。
だから、このリンク集も、多くがリンクは切れてしまっている。
しかし、ヒューマンネットワークが切れてしまっているわけではない。
リンクさせてもらっていた人たちの「今」が知りたい。
その人たちに会って「これからの理科教育(科学教育)について」
「これからの科学について」
「私たちにとって科学とは」
「科学の楽しさとは」

そんなこと語り合いたい。「これから」を学びたい。
そんな旅をしたい。
▼今度は、何年かかるかわからない。100人には行き着けないかも知れない。
でもそれをはじめたい。
きっとこの旅が私にとっては「サイエンスコミュケーション」はじまりにふさわしい企画になるだろう。


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サイエンスコミュニケーター宣言(9)

Dscf8136▼朝の定例散歩のコースの変更して何日目になるだろう。散歩というより散策コースという方がいいのかも知れない。長靴をはいて行っている。
 風景としては、毎日毎日見てきた風景のなかである。半世紀以上見てきた風景だ!。
そんな見慣れた風景、フィールドのなかにも「発見」はいっぱいある。ここ数日でのいちばんの発見は「タラの芽」である。今まさに旬のものである。
▼もっと身近な世界に「大発見」をする。
それは「サイエンスコミュニケーター宣言」でも同じだった。
「もう私はすでにサイエンスコミュニケーターだった!!」
このことに気づくと、次々といろんな見え方が変わってきた。
「サイエンスコミュニケーター」というものの概念も変わってきつつある。
概念くずしがはじまったのである。
▼「サイエンスコミュにケーター」等をあらためて私のなかで定義づけてみよう。
それは
・「ふしぎ!?」を追いかける人
・「ふしぎ!?」を共感・共有する人
・元祖サイエンスコミュニケーターはファラデーである。
・理科の「授業」は、最も組織的、計画的なサイエンスコミュニケーションの場である。
・サイエンスコミュニケーションの場(時空間)はいたるところにある。
 「サイエンスカフェ」「フィールドワーク」「実験講座」「科学の祭典」などなど そして「くらし」そのもののなかにも
・Webの世界(サイバー空間)にもサイエンスコミュニケーションの場はある。
 【理科の部屋】、ML、SNS、Webページ、blog、Twitter等々
▼そして、次の最高の気づきはこうだ。

ホンモノの「科学」は、サイエンスコミュニケーションのなかから生まれる。!!


 

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サイエンスコミュニケーター宣言(8)

Dscf8087▼朝の散歩コースを変えた。
 愛犬加奈がいるあいだは、家の周辺の定番コースと学校での校庭散策コースを散歩していた。それぞれにいっぱい発見が面白かった。両方がなくなってどうしょうかと迷っていた。
 犬を連れぬままの散歩は、なんとなく手持ち無沙汰であった。コースを変えてみることにした。家の前の竹藪、川を中心とするコースだ。
Dscf8096 圧倒的な数のツバキが坂道におちはじめていた。川のはたのサクラの樹が二本、満開であった。
タラの芽が勢いよく出ていた。…
新しい「発見」がありそうだ、しばらくこのコースを続けてみる。
▼「サイエンスコミュニケーター宣言」の方も続ける。
卒業論文『科学技術とこれからの私』を読み返しながら、私は「くらし」と「科学」をツナゲル方途をさぐろうとしていた。そこにはたくさんのヒントが含まれていると感じた。
 続けて、生徒からもっと学ぼうと思った。
今度は、中学校に入学して間もない生徒の『私の「ふしぎ!?」』を読みかえしてみた。
◆中学校「理科」を構想する
それは、ここに残っていた。
自画自賛になるが、実に面白い。目論見のヒントとなることがここにもいっぱい詰まっていた。
▼「サイエンスコミュニケーター宣言」もここまで来て、方向転換である。
 これまで授業でやってきたことと今の「日本の社会に起こっていること」「日々のくらし」とうまくツナガラナイ
「ふしぎ!?」があった。それをツナゲル仕事がサイエンスコミュニケーターとしての仕事だと思った。
その「道すじ」を書籍や、他者の先駆的な取り組みに頼ろうとした。
それも大切なことにちがいないが、まず最初にやることがあった。
それは、自分自身のやってきたことを見つめ直すこと。
一度はバラバラにしてしまって、つなぎ直してみることだ。
何も食べないで「261日生き続けたコウガイビル」が教えてくれた。
生きるとは「再生」すること! つくり直すこと!
▼ここへきて気づいた。アタリマエのこと、でも私には「大発見」だ。
私はサイエンスコミュニケーターに成ろうとした。
それはちがう。
私はすでにサイエンスコミュニケーターだったのだ!!

すぐれたサイエンスコミュニケーターかどうかは別問題だ。
「授業」というコミュニケーションのひとつの形態をとりながら、コミュニケートを試みてきていたのだ。
そう考えると、これからやるべきことの展望が少し見えてきた。

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サイエンスコミュニケーター宣言(7)

▼昨日で「あれから」一ヶ月だった。またしても余震だ!!
被災地の方々の「くらし」を考えるとき…。
 サイエンスコミュニケーターとしての最初の「大仕事」を続けよう。
中学理科と今、日本で起きていることとツナガラナイ 「ふしぎ!?」
「くらし」と「科学」がツナガラナイ  「ふしぎ!?」
この「ふしぎ!?」に答えみつけるのが課題であった。
▼私は、最初に「科学・技術史」や「理科教育史」に答えをみつけようとした。
もう一度、私自身の勉強が必要だと思った。
手持ちの関連しそうな文献も見ていた、これはこれからも続けて行くが、もっともっと最初にできることがあった。
それは、中学理科の授業を受けてきた生徒に訊くことだ。
それは、ありがたいことに、もうすでに訊いていた。
▼昨年の春に卒業した生徒に「卒業論文」というかたちで書いてもらったものが残っている。
卒業論文はふたつ書いてもらった。
そのひとつのテーマは『科学技術とこれからの私』である。
◆【自然・人間・科学】実践DB
に残っていた。圧倒される思いで読みかえした。
すでにいくつもの答えを卒業生たち残してくれていた。
何度でも読みかえしてみよう。新たな「発見」がありそうだ。
アリガタイ!!
自分が理科教師を続けてきたことが有り難いし、うれしい。
深謝。

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【Web更新4/10】11-15【ヒガンバナ情報2011】新設!

Dscf8051

ペンペンや この国の春 問うてみる
 11/04/09 (土)撮影@福崎

■楠田 純一の【理科の部屋】11-15
週末定例更新のお知らせ
 退職してから10日が過ぎた。退職後二度目の更新である。
これからも、この週末定例更新は続けるつもりである。
今日は、「あれから」一ヶ月である。一ヶ月すぎても、まだ全貌が見えてこない、惨事は続いているのである。まだまだ進行形である。
 私たちにとって「科学」とはなんなのか。その問いかけが続く。
問い続けることが、被災された方々の哀しみに応える道であると思った。
現時点での私のできることとして、「サイエンスコミュニケーター宣言」をした。

◆表紙画像集2011 人里の植物シリーズ ぺんぺん草(ナズナ)
 家の前の散歩道がぺんぺん草でうめつくされようとしている。田の畦のみならず、道までもが…。
青いホシノヒトミ(オオイヌノフグリ)、赤いホトケノザ、黄色いタンポポとそれぞれ群落をつくり勢力争いをするかのごとく人里をうめつくす。
 いつもなら、本格的春の到来!!ということになるだが。
ペンペン草に聞いてみたくなった。この国の春は再びやってくるのか、と。

◆【ヒガンバナ情報2011】新設
 1998年から毎年作り続けてきたページである。
2011年バージョンの最初の目玉は、自然保護に書いた『人の暮らしに密着するヒガンバナ』のために用意した全画像の公開である。まず今回は定点観測地A(我が家の門先)で、ヒガンバナの花茎が芽を出してから花が咲き、葉の季節に移り変わっていく様子の画像を一挙に公開する。

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サイエンスコミュニケーター宣言(6)

Dscf8043▼昨日9日は、土曜日であった。
定点観測の日だ。大賀ハスとヒガンバナの定点観測だ。大賀ハスの蓮根を掘り出して植え替えるのが、予定よりも二週間延びている。しかし、昨日もその時間を確保できなかった。
蓮根たちには申し訳ないが、もう一週間待ってもらうことにした。観察池は一時水がなくなって干からびかけていたが、久しぶりのまとまった雨で水はあふれる状態である。そのなかで、ボウフラたちのダンスがはじまっていた。生命の春はやってきている。
Dscf8047▼定点観測地Aのヒガンバナもどんどんと葉先から進行している。そのまわりは春をむかえた植物たちでもう草むらになろうとしている。この時期が「植物ヒガンバナ」の見ごろである。
一年を通してのまるごと観察こそが、その植物への理解を深める。
そして、見えてくるはずヒガンバナの「科学」が…。
▼サイエンスコミュニケーターとしての最初の大仕事をつづける。
実は、このblogを書くのにすごく今手間取っている。あまりにも書とどめて置きたいことが多すぎるのだ。
それだけ、この「ふしぎ!?」を追う仕事が大きすぎるからだろう。
「中学理科」が、今の日本で起こっていることとツナガラナイという「ふしぎ!?」。
答えを求めて読み始めた『人間にとって科学とは何か』。
まだ完読していないが、たしかにいくつかの解答がみつかりそうな気はする。
私の読書は、あくまで私の文脈に従って読むから時間がかかる。
▼読みながらも別の文脈へ派生してしまう。
・私にとって「科学」とは何か
・「理科離れ」?????????????????
・「科学リテラシー」
・疑似科学とホンモノ科学
・「くらし」とツナガル「科学」とは

一挙には無理だ!一歩一歩だ!
と自分に言い聞かせながら 今日も歩をすすめる。

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サイエンスコミュニケーター宣言(5)

▼このごろテレビに釘付けになって見入ることが多くなった。あの3月11日以来である。あの3月11日は午前中にコンピュータ室で授業をし、「想定山崎断層地震」をネットで検索し、「阪神淡路大震災」のビデオを視ていた。
その数時間後、あの地震が起きた。放課後職員室のテレビに釘付けであった。
信じられない光景をテレビで見た。それ以来であるテレビの画面に釘付けになることが増えていったのは…。
▼まだ一ヶ月たっていない。テレビの画面に釘付けになりながら、ふっと思うことがある。これは、ほんとうに現実なんだろうかと、悪夢を見ているのでは…、と。
次々と状況が変化していく、今、この国に何が起こっているのだろう。
私にできることは何か。できないことは何か。(必ずセットで考えたい)
私のすべきことは何か。すべきでないことは何か。
▼私は、テレビの画面を見ながら最後の授業のことも思いだしていた。
「科学の歴史」
●1912年ウェゲナーの「大陸移動説」
それからたった100年!!
●1831年 ファラデーの「電磁誘導」発見
それからたった180年!!
「1000年に一度の大惨事」とテレビが言っていた。
1000年前には「近代科学」はなかった。
▼私は、自分の浅学無知で不勉強であること棚にあげて言うのもなんだが、ここのところとても「ふしぎ!?」
に思うことがある。
 私は、「中学3年間の理科授業」の全ての授業についてこのblogで語ってみた。けっして、すぐれた実践の報告ではない。生徒といっしょに「ふしぎ!?」追いかけた、単なる顛末の「記録」である。
「ふしぎ!?」に思うのは、今起こっていることが、どの授業ともツナガラないのだ。
「地震」「津波」まではツナガル。
「原子力発電」「放射能」となってくると、どこにツナガルのかわからないのだ。
義務教育のあいだの授業でツナガラナイなんて「ふしぎ!?」だ。
▼この「ふしぎ!?」にひとつでも答えをみつけたくて
■『人間にとって科学とは何か』(村上陽一郎著 新潮選書 2010.6.25)
を読み始めた。
 最初にしたのは、付録の「近代科学・技術に関する出来事年表」(p195)に黄色のマーカーで
「1831年」「1912年」に印をつけた。この年表は「2010年」で終わっている。
「2011年」にはどのように書かれるのだろう。
 
この「ふしぎ!?」に私なりの解答をみつけるのが、
サイエンスコミュニケーターとしての最初の大仕事となるだろう。
ゆっくりと急ごう!!

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サイエンスコミュニケーター宣言(4)

Dscf8024_2▼2011/04/07 昨日は、前任校で「離任式」であった。
ついに生徒たちの顔を見ながら、話をする最後の機会だった。
言いたいこと、伝えたいこと山ほどある。
生徒の顔を前にすると、「想定外」となってしまう。
うまくツタエルことできない。
「安富」で学んだこと、少しずつ少しずつ増幅していこう。
そしたらまたツナガルかもしれない。
▼「サイエンスコミュニケーター宣言」から7日が過ぎた。8日目の朝だ。
サイエンスコミュニケーターとして、このはじめの一週間をふりかえってみると、なんだか「遊び」でそう名のってみただけという感もする。
 そうではない。
私の生き方としての選択である。
ゆっくりとであるが、具体的に「仕事」をはじめよう。
▼「無手勝流」「Twitter的」それが私の流儀だ。
もうひとつあった。私には持病がある。「ばっかり病」という病だ。
この年になると、この病なかなか克服して完治しそうにない。ならば居直っていっそのことこれを流儀にしてしまおう。「ばっかり病」の症候があらわれたら、それを「こだわり主義」に変えてしまおう。
一点にこだわる。こだわり続ければ見えてくる世界がある。見えてくる「科学」がある。
第一候補から行こう。
それは「ヒガンバナ」だ!

あらためて、自分に対して宣言してみる。
私はサイエンスコミュニケーターだ!!

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ヒガンバナが枯れ始めた!!

Dscf8020▼4月のはじめというのは、ほんとうに地球が回転速度を上げているのだろうか。と疑いたくなるぐらい時間が経つのが速い。今日は、はやくも7日である。
 こう感じるのは、自分のなかでの時を刻む時計が「ゆっくり」すぎるのかも知れない。
しかし、まわりの生命たちはちがう。
 きっちりと地球の回転スピードにあわせていっているようだ。
▼いろんなところで見るサクラが咲きはじめている。
サクラもそうだが、私にはもっと注目したいものがある。それがヒガンバナだ!!
春をむかえたまわりの植物たちに反比例して、これまで冬のあいだ他の畔を独占していたヒガンバナが枯れ始めている。この姿は必見!!である。
▼枯れが進んでいくと、いったん畔から姿を消す。
このときが移植のチャンスでもある。姿を消したまま夏をすごす。
そして、秋の彼岸が近づくと、花茎の芽がニョキニョキとのびてくる。なんと見事な戦略であることか。
何度も何度もこのサイクルをみてきた。
しかし、何度見ても感動してしまうのである。
▼昨年のヒガンバナのこのサイクルをひとつの文章にまとめてみた。
現役時代の最後のしごととなった。
★シリーズ新・生命の輪・30
ほかの植物たちと競合しない見事な生存戦略
人の暮らしに密着するヒガンバナ

もしこんなヒガンバナに興味があり、読んでみたいという場合は、メール、Twitter(ダイレクト)などで連絡ください。
こう書きながら、思いだした。
『日本ヒガンバナ学会』は年中無休だ!!

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新・クラウド「整理学」試論(20)

▼blogで展開する三つの試論
・新・私の教材試論
・新・「自由研究」のすすめ試論
・新・クラウド「整理学」試論
そのうちで、やっぱりいちばん長くつきあうことになりそうなのは最後の「新・クラウド「整理学」試論」である。
▼「整理」ができない人間の「整理学」試論。それにどれほどの意味があるのか。
あらためて自分に問いかけてみる。
即答はできない。
だから続けるのである。
自分でそうであろうと考えた。到達したところをもう一度みてみる。
佐藤可士和の言った「整理のプロセス」をふりかえってみる。
1.状況把握
2.視点導入
3.課題設定
そして
「空間の整理」「情報の整理」「思考の整理」
とレベルアップを図るというのだ。共感した、自分でもやってみようと思った。
▼まねてやるなかで、気づいた、究極は「時間」であると思った。
いちばん鍵は
「時間の整理」だと思った。
すべてをリセットしようと思う、今
もう一度、「空間の整理」からはじめてみようと思う。
やっぱり遅々たる歩みになるだろう。
でも歩みは止めないでおこう。

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blogを続けることの意味

▼なにかしっくりと来ない。なぜなのか自分でもわかっていた。
それは、今朝このblogを書いていない。更新していないからである。
毎朝、朝起きたらこのblogを書く、メールを読む。それは毎日繰り返す私の日課である。
毎日、朝起きたら顔を洗う、歯を磨くと同じような「日常」なのである。
それをがしなかったら、しっくりこない、気持ち悪いのだ。
▼小さな旅に出ていたから、更新する環境がなかったからだ。
それでも更新できる環境を手に入れるための手立ては現在検討である。
小旅行で『小津安二郎の日記』をみた。
そこにあるのはほんとうに何気ない「日常」。しかし、ときに、鋭い映画監督の「主張」が書いてある。
それはまるでエッセイ集のように。
 そこから、数々の名作ができあがったことは確かである。
▼サイエンスコミュニケーターの大先達としてのファラデー。
その「ファラデー日記」もすごい!!
何十年と継続しただけでない。インデックスつけて、素早「検索」できるようにしているのである。
さすがである。

そんなすごい人との比較をしてみてもはじまらない。
しかし、「日記」の本質てきなところはかわらないのかもしれない

繰り返そう、誰でもできることを誰にもできないくらいに。

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【Web更新4/3】11-14『新・私の教材試論』更新

Dscf7695

とき満つや ふきまんぷくの ふくらみて
 11/04/02 (土)撮影@福崎

■楠田 純一の【理科の部屋】11-14
週末定例更新のお知らせ
 現場をはなれて、はじめての更新である。徐々に一週間という時間単位の持つ意味がうすらいでいっているのを感じる。「来週のあの時間にはこの授業が…」の感覚が消えていっているのだろう。
 そんな意味では、Web週末定例更新、blog毎朝更新がよりウエイトもつようになってくる。くらしの時間感覚をこれで維持していきたいものだと思っている。

◆表紙画像集2011 人里の植物シリーズ フキノトウ
 ずいぶん長く続けた「校庭の樹木シリーズ」であるが、前回で終了した。
今度は、樹木も含めて「人里の植物シリーズ」とする。
 我が家のまわりの植物たちを表紙画像にはりつける。やっぱり一週間に一度の更新のペースでいきたい。
それから、一句つけることも同様である。俳句の方も、いちどちゃんと勉強したいな。

◆『新・私の教材試論』更新
 現役をはなれてしまったが、やっぱりいちばん「こだわり」を持ってきたところであるからしばらくは続けてみようと思う。切り口がかわることによって新しく見えてくるものもあるかも知れない。

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サイエンスコミュニケーター宣言(3)

Dscf7676▼昨日4/2(土)は定点観測の日だ。
これは続ける、続けられる!!ふたつだ。大賀ハスとヒガンバナ
大賀ハスの観察池の方の水は干上がってしまっていた。植え替え予定日を一週間すぎてしまっていた。従って植え替えから53週目ということになる。植え替えをもう一週間待ってもらうことにする。
どんな蓮根が登場するのか。それを楽しみに…
Dscf7681▼ヒガンバナの方は、葉の枯れが目立ちはじめた。それは周りの緑たちとバトンタッチをしているかのごとくだ。
そのことは、定点観測地Aのヒガンバナにかぎらない。田の畦のヒガンバナたちは一斉に、枯れ始めている。
休眠の準備をはじめたのだろう。この一年間をかけたサイクル、いったい「はじまり」はいつなんだろう。
答えのない問いをヒガンバナに問いかけてみる。
 今年は、最北端のヒガンバナを訪ねる予定にしていたのに…。
▼「サイエンスコミュニケーター宣言」続けてみよう。
「なぜ?」、「なにを?」ときた。今回は「どのように?」だ!
「私の科学」の方法についてだ。「科学の方法」ですぐに思い出す一文がある。
それは、高橋金三郎先生の文だった。

 科学者の方法は,前にも書いたように,多くの時間,労力,費用,技能を必要とするものだ。同時にそれは人間の歴史の長い積みかさねの産物だ。  科学は技術から生まれた「なんとかしてもっとよく,もっとたくさん,もっとらくに」の願望の歴史の中から技術が生まれ,科学へ発展したのだ。  科学者の直接の祖先は,農民であり職人なのだ。技術の方法と科学の方法に本質的な区別はない。農民や職人の生産の方法には,科学の方法が含まれている。そうでなかったら,一般市民のための理科教育に,科学の方法なんて無用になるだろう。子どもがすべて科学者になるわけではないのだ。(『科学の方法~ 科学的に行動する子どもをそだてるために~』(高橋金三郎編著 新生出版 1987.6.5 P14より)

なんと示唆的で今日的であることか。
思わず、何度も何度もくりかえし読んでしまう。
▼私は、これまで授業を通して、生徒たちから「科学の方法」を学ぼうとしてきた。
これからは、今一度「科学」や「技術」が生まれた現場に出かけて、そこから学ぼうと思う。
これまで何についてもシロウトの私は、「無手勝流」を旨としてきた。それが、最高の方法であると思ってきた。これはこれからも続くだろう。
▼そんな「無手勝流」の私にも、現時点でたったひとつだけ確信をもっている「方法」がある。
それが
Twitter的であること! 
これは、これから出会うであるあろう「サイエンスコミュニケーション」においても有効であろう。
Twitter的を繰り返す。
Twitter的=
「リンク」
「シェア」
「フラット」
「等身大」
「リアルタイム」

さあ、今日もTwitter的をめざそう!!
 サイエンスコミュニケーター三日目の朝

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サイエンスコミュニケーター宣言(2)

Dscf7670▼サイエンスコミュニケーターとしての第一目の生活。それはそんな大袈裟なものでもなかった。
それは、きわめてありふれた日常であった。
昼までは、ただボーッとしていた、生活にも慣性力がはたらくようである。
4/1にこんなかたちでボーッとしているなんて何十年ぶりだろう。
流れる「風景」をながめているだけだった。
▼午後になって、家のまわりをゴソゴソしだした。
土手のタンポポの黄色が異様にまぶしかった。ホシノヒトミの群生も見事であった。
春がきていた。
 「サイエンスコミュニケーター宣言」つづけよう。
この対象しているサイエンスつまり「科学」とはなんだろう。
▼これまでに、私はいくつかの「科学」を唱えてきた。
・『常民の科学』
気に入っていた。響きもいい、「市民の科学」ではなかった。
「常民」であった。それの方が、自分にピッタリときた。
「常民」の科学を授業に! は私のライフワークだ。
と自らの浅学無知を省みず大風呂敷ひろげたこともある。
 しかし、その思いは消え失せたわけではない。やっぱり根っこのところにある。
▼その後も
「○○の科学」というのはいくつか使ってきた
・「熊楠の科学」
・「ファラデーの科学」
等である。なかでも、よりピッタリときた、これが究極だ、と思ったものに
・「等身大の科学」
がある。等身大の「ふしぎ!?」を追いかける。
くらしのなかで生まれる「ふしぎ!?」をつないでいく「等身大の科学」こそ私の求めてきたものと思った。
これからもずっとずっと使っていくだろう。
「くらし」と「科学」をツナゲルには、これしかない。
「くらし」と「科学」が別個にあるかのような錯覚をおこしてしまう「科学」は実は「科学」の名に価しない。
▼そうは言っても、どこかまだすっきりとしないものがあった。
それは、私がまだまだ「ものを知らない」という負い目から来ているのかもしれない。
もっと使いだした「○○の科学」がある。
それが、
「私の科学」
これぞ、究極の究極である。
そう思うようになってきた。
間違っていたなら正せばいい。
知らないことなら知る努力をすればいい。
きっとこの世の中は、まだ知らないことの方がずっとずっと多いはず。
共感と共有の「科学」のはじまりも終わりも「私の科学」
私がコミュニケートしたいのは、これだ!!

  サイエンスコミュニケーター第二日目の朝


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サイエンスコミュニケーター宣言(1)

▼ついに、私が現役「教師」である時代は終わった。
新しい時代が、今日からはじまる。そんな大げさに言うことでもないのかも知れない。
誰もが通ってきた道なんだ。
昨日も友人に何度聞かれただろう。
「明日からどうするん?」と。私は言い淀んだ。
「まあ、フリーターのような…」
▼実は、自分のなかではある職業を決意していた。
それは、まだ「これから」のことではっきりと言葉にするのがなんとなく気恥ずかしかった。
なにをどうするという具体的なイメージが固まっているわけではない。
ぼんやりとしたイメージだけだ。
でも、それはこれしかない!というものだった。
カタカナだ。
「サイエンスコミュニケーター」!!
▼これは、私が勝手にきめていること。もうすでにそう名のって活躍されている方もある。
資格が必要なのかも知れない。
私には、そんなものはない。
あるのは36年間現場の「中学校理科教師」であったという事実だけだ。
さして、りっぱな実践があるわけではない。むしろ
どちらかと言うと、「失敗」ばかりを繰り返してきた有効期限のきれたポンコツだ。
だからこそできることがあるはず!
それが、これだ!!
▼今こそ、「くらし」と「科学」がツナガッテいなければならない。
「科学とは?」を今こそ問い返すときだ。
「科学」を専門家だけにまかせる時代ではない。
私は、「くらし」の専門家になりたいのだ。
私は、現役最後の授業でふたつの「科学の歴史」にふれた。
●1912年ウェゲナーの「大陸移動説」
それから100年!!
●1831年 ファラデーの「電磁誘導」発見
それから180年!!
時代は遡行しない。
「私の科学」はどこにいるのか?
それを問うことからはじめたい。
ゆっくりと ゆっくりと…
       2011/04/01  「サイエンスコミュニケーター」第一日目の朝

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