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ついにその日はやって来た!「ありがとう!!」

Dscf7611▼ついにやって来た!「現役」最後の日が。
外に出たら、「ありがたい」晴れている。予定通り細くなった月と金星のツーショットだ。
昨日は、最後の校庭散策を楽しんだ。
これが見納めかと思うと、なんとも感慨深いものがある。
▼山に向かっても、坂道にむかっても、木々の一本一本に向かっても自然と出てくる言葉は「ありがとう」である。
やっぱり「有り難い」のだ。
すべてのことが、自然は…。けっして最初からアタリマエではないのだ。
最初からアタリマエでは「ふしぎ!?」は見えてこない。
散策のなかであのヤママユガの繭にはじめて気づいたのはいつのことだったろう。
もう一年半は経っているだろう。
しかし、それは変わりなく今もぶらさがっていたのだ。
なんと丈夫にできているものなんだろう。
やっぱり「ふしぎ!?」
▼午後には、お世話になった人にあいさつにまわった。
出てくるのは「ありがとうございました!!」。
人と人のつながりだってやっぱり「有り難い」のである。
最後の日の今日も「ありがとうございました!!」
いっぱい いっぱい 言おう。

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新・私の教材試論(47)

Dscf7589▼いつもの空だ。それは、「雲見」の定点観測地の空だ。「いつもの」はもうすぐ「いつもの」でなくなる。
それはわかっていた。
わかっていても、どうすることもできない。
その空も数時間後には泣き出してしまった。
Dscf7591▼最後の最後まで貫き通してみよう。
「私の教材試論」を続けてみる。
ひとつの結論があった。それは、この試論の現時点での到達点でもあった。
コンテンツはコンテクストから生まれる。
教材試論風に翻訳すると
すぐれた教材は、すぐれた授業からうまれる。
逆も真なり
すぐれた授業は、すぐれた教材からつくられる。
▼ならば、今もっとも必要とされることは
「くらし」と「科学」をツナゲルこと。そのコンテクスト(文脈)から生まれる教材があるはず
それは、たとえば草木染めだ。
藍染めの染色家は藍瓶の藍をなめて言った。
「藍は生きています、藍は薬」
「もともと害になるようなものでふだん身につけるものを染めたりしません」
と。
「くらし」と「科学」をツナゲルもののなかにこそ、すぐれた教材になる可能性を秘めたものがころがっているのではないか。これは、まだ拙い仮説である。

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新・私の教材試論(46)

Dscf7583▼寒い。被災地に思いを馳せると、その季節の遅さがうらめしい。
残された時間に、すべての「風景」を眼におさめたい。
心に「記録」したい。雲ひとつも逃すことなく…。
そんな願っても不可能なことを…。
▼「できること」を続けてやろう。不可能を追い求めるのではなく。
「新・私の教材試論」をつづける。
今日は、少し角度をかえて考えてみ。
「教材史」が面白い!!と思っている。
教科書に今や定番実験・観察としてのっているものも、「はじめて」があり、「定番」になるまでの物語がある。
それを追いたい。
▼実は、その試みを拙いながらはじめてはいた。
『教材を追う』ということでWebページにまとめはじはしていた。
その典型としてはじめたのが
◆現代教材発展史『スライム』
である。
これも途中になっている。その後を続けてみようと思う。
▼同様にはじめてみようと思うものに
◆現代教材発展史『ピンホールカメラ』
◆現代教材発展史『究極のクリップモーター』
◆現代教材発展史『マッチ一本 科学の元!』 などがある。
少し大風呂敷になるかも知れない。
「できることから一歩ずつ」であることはアタリマエのこと。
まず、一歩!歩み出さねばなにもはじまらない。

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【Web更新3/27】11-13『新・私の教材試論』更新

Dscf7543

明日咲かん 君待たず去り 行くなり
11/03/26 (土)撮影@安富

■楠田 純一の【理科の部屋】11-13
週末定例更新のお知らせ
 現役最後の定例更新である。週末のWeb更新は、Webの世界だけのことではなかった。
現実の生活のなかでもわたしにとってはいろんな意味をもっていた。

◆表紙画像集2011 校庭の樹木シリーズ サクラ
 校庭の樹木シリーズもこれでひとまず最終とする。ふりかえってみると長きにわたり続けてきたもんだ。
おかげで樹木についても、少しはわかりはじめた。樹木も魅力はその長い長い「生命」にある。
歴史と物語があるのである。
 また一年を通して見どころがある。けっして、花や実があるときだけではない、冬芽、樹皮、立ち姿等々それぞれに魅力があるのである。校庭と限定することでより豊かに樹木を観察できたのもありがたかった。
校歌の一節に「我等が庭に 誇りあり」とある。その誇りの庭には、多くの人の思いが込められた木々たちが、
生徒たちを永く永く見守り続けていた。
 最後はなににするか、少し迷った。でも、やっぱりサクラにした。
このサクラが咲き誇るころには私はもういない。

◆「新・私の教材試論」更新 授業にこだわることから出発した「新・私の教材試論」も、また終わりが近づいてきた。
どこまで続けるか。今、検討中である。
 時間ができたら、書いてきたこと少しまとめてみたい気もしている。


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新・私の教材試論(45)

Dscf7508▼昨日は土曜日、定点観測の日だ。一年間、最低一週間にいちど画像におさめて記録してきた「大賀ハス」。植え替えから52週目だ。そして、この日は観察池のプールをひっくり返し蓮根を掘り出し、植え替え次年度に入る日だ。しかし、まだ学校にいろいろ「仕事」を残している。学校へでかけるために、植え替えは延期である。
それに合わせるがのごとく春も延期になっていた。氷が張り雪まで降っていた。
Dscf7517▼ヒガンバナの方も同様であった。けっして遡行しない時間まで、もどってきたかのようであった。
ヒガンバナのまわりのホシノヒトミ、ホトケノザ、ナズナなどもすっかり、その気になっているというのに…。
仕事から帰ってきたら、留守にしていた玄関先にメッセージカードと胡蝶蘭が置いてあった。
20年前、最後の学級担任をしたときの生徒からであった。メッセージ読んでとてもうれしかった。
▼新・私の教材試論を続ける。
久しぶりに再開したもので、昨年の夏以降に書いたものをとばしていた。
あらためてナンバリングする。今回で45回目ということになる。
教材化を思いながらも、ついにできなかったものをあげる続きである。

●丹生を追う 
 これについても途中まで一部、Webページに残している。
「丹生を追う」である。「丹生」(硫化水銀)そのものというより金属「水銀」なのかも知れない。
人間が最初に出会った金属かも知れない。
金属と人間のかかわり、
水銀文化とは
人間はどのように自然とかかわってきたのか
科学技術とはなにか
等々複合的にいっぱいつまった「教材」である。
現行のカリキュラムのなかでは、どこでということではない。
しかし、学びに価するものがそこにはあるような気がしてならない。
いつの日か、テキスト゛丹生を追う」をつくって授業してみたいものだ。
▼もうひとつ「金属」がらみで、すぐれた教材の可能性をもつものがある。
それは
●鉄づくり
これはもうすでに、いろんなところで取り組まれた実践があるところである。
これを自分でもやってみたかった。
一部は、「科学読み物」として、「還元」として扱ったが、本格的に「授業」としてはやっていない。
レアメタルのことなどが話題となることの多い昨今である。
「金属とくらし」
「科学技術と人間のくらし」
などを今一度、問い返すためにはすぐれた教材のように思える。
もう一度、私自身が学び直すところからはじめたい。

<つづく>

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新・私の教材試論(44)

▼あれから2週間がたった。私に残された時間は一週間をきった。
今だからこそやっておくべきことがありそうな気がする。
でも、それがなになのか「整理」できぬままにどんどん時間が過ぎていく。
ここで自分に命ずる。
ゆっくり 急げ!!

▼今さら、のんびりと「教材論」を語っているときか。もうひとりの自分が言う。
でも、やっぱりこれしかないのである。
私の「仕事」はこれだったのだから…。
「科学」と「くらし」の関係が問われている今こそやるべきことなのかも知れない。
それを教材化をして、「授業」にかけてみたかって実現しなかったものがいくつかある。
それらはかたちをかえて追い続けたい。
▼そのいくつかをあげてみる。
●ヒガンバナ
こだわってきた年月からいうと、いちばん長いだろう。
「科学読み物」にして少し教材化を試みたこともあるが、本格的にはまだまだである。
これまでのヒガンバナの「ふしぎ!?」を追ってのことは、ちょうど今出ている
『自然保護3.4月号』にまとめてみた。
これからはかたちを変えてテキスト「ヒガンバナ」をめざして「ふしぎ!?」追い続けたい。
「植物の世界」の学習にはピカイチの教材であることはまちがいないと思っている。

●コウガイビル
この奇妙な生き物との出会いと顛末は、「コウガイビルを追う」に書いた。「生命とは何か」に応える教材だとおもった。生命科学の最先端にツナガル教材であると今も思っている。
教材化への道など遠い話なのかも知れない。
 これもかたちを変えて、追い続けたい。

つづく

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新・私の教材試論(43)

▼現役でいる期間のカウントダウンも秒読みとなってきた。
進行形の3つの試論も、あくまで現場にいる期間だけのものと決めていた。しかし、ここにいたって少し保留である。
◆新・私の教材試論
3つの試論のなかでも、いちばん私にとっては「思い入れ」の深いものがこれである。
▼それは「3K1Aの法則」「3Hの法則」からはじめて、いくつかの結論じみたところまできていた。
・すぐれた教材は、すぐれた文脈(授業)なかから生まれ、あらたな文脈(授業)を創り出すのである。
・Twitter的教材開発にこそ可能性がある!!
このふたつをもう少し吟味してみたい。
▼まず前者であるが、もっと汎用的な表現をとれば「コンテクストから、コンテンツが生まれる」ということであろう。
コンテンツだけを独立させてとりあげて考えてばかりでは、ほんとうの教材の価値は見えてこない。
すぐれた定番教材には、かならずその教材の「教材開発物語」がある。
時間ができたら、それをしばらく追いかけて見るつもりである。
・究極のクリップモーター
・ピンホールカメラ
などのすぐに、頭に浮かぶものもあるが、それらばかりでなく、あらたなものについても検証してみたい。
▼二つ目の「Twitter的教材開発」の可能性については、現場をはなれても、その有効性を具体的に展開をしていきたいと思っている。
 多くの人と学び合いながら…。

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再び真壁仁の「峠」だ!!

Dscf7456▼もうあと何回だろう。そう思いながら、朝の校庭散策にでかけた。
最初は、階段をのぼって三本のケヤキからはじまる。そして西への坂道だ。その坂道はいつもの雲見の「定点観測」に登場する坂道、登りなから右手のサクラの樹が気になる、緑が目立つようになってきた。
坂道のぼりつめたところで、左(南)に進路を変える。
▼南に土手をたどっていく、土手の上から校舎を眺める。
「見えるかぎりの風景を眼におさめる」
とづやいていた。
 やっぱりこんなときは
真壁仁の「峠」だ!!
読むたびにお気に入りの一節は微妙に変化する。
今回は、最後の一節からだった。
そして、前にもどる。

風景はそこで綴じあっているが

ひとつをうしなうことなしに

別個の風景にはいってゆけない

大きな喪失にたえてのみ

あたらしい世界がひらける。

峠にたつとき

すぎ来し道はなつかしく

ひらけくるみちはたのしい。

みちはこたえない。

みちはかぎりなくさそうばかりだ

なんと「言葉」は偉大なんだろう。
▼土手を南にさらにくだると、中国縦貫道に突き当たる、そこを左(東)にまわり体育館へ。体育館の前のサクラのつぼみもふくらみはじめていた。
 はたして、このサクラが咲くのを目にすることができるだろうか。

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【授業】私の「ふしぎ!?」を追い続けよう!

Dscf7447▼2011年3月22日(火)。私にとっては記念すべき日も、私は何度も何度もその「定点観測地」から「雲見」をしていた。私たちは大気の大物理実験室のなかでくらしている。
刻々と雲の姿かたちを変えていく。二度と同じかたちを見せない。空の顔の表情も変化する。
それらすべての風景は可塑的である。
一定のルールがあるようで、それは完全ではない。
想定外が常に存在する。複雑系である。
Dscf7450▼教師生活最後の授業を2クラスで実施した。
【大地の動きをさぐる】の最後の授業でもあった。
大地の動きすべてをひとつの図にまとめたような絵のぬり絵からはじめた。
「花こう岩」を赤く塗る。
マグマが冷えて固まってできた火成岩、そのうちでも地下深くでゆっくり冷えて固まった深成岩。
その代表である「花こう岩」。そのことを確かめながらのぬり絵である。
Dscf7453▼次は、再び近畿地方の地質図である。
同じく花こう岩を赤く塗っていく。
ぬり絵をしながら、花こう岩のこと話す。
「石英」→石の英雄はかたい!最後まで残って「砂」
「長石」「クロウンモ」→「粘土」、「泥」
砂浜はどこにあるだろう?
砂丘の近くには、花こう岩の露出したところがあるのでは?
▼ところで、ここで「ふしぎ!?」の登場だ。
元々は深成岩で地下奥深くでつくられた花こう岩が地表に露出しているのか。
露出しているだけではない、山脈をつくっているのである。
「ふしぎ!?」だ!!
その「ふしぎ!?」を追うために、三角形を書いてみた。
淡路島の南端から中央構造線に沿って伊勢湾までを底辺として、敦賀湾を頂点とするような三角形!
近畿トライアングル(K.T)だ!!
三角形を取り囲む古い固い古生代・中生代の地層。
三角形のなかでは、まるであんパンをにぎりつぶしたときのように、なかみあん(花こう岩)が飛び出していた。
海も山脈もそのように形成されたのだ。
▼では、そのあんパンをにぎりつぶす力の正体はなにか。
それぞ、この単元を貫いてまなんできた「プレートの動き」である。
プレートは動いている。山も海もそうしてつくられるのである。
大陸を動かし続けているのである。ずっとずっとこれからもである。
そして、たった今も現在進行形で…
▼単元のはじまりにもどる。そのはじまりは
●1912年ウェゲナーの「大陸移動説」
にある。
 なんと、それからまだたった100年!!である。
「ふしぎ!?」だって現在進行形である。
残り時間が少なくなってきた。
矢継ぎ早に、私はもうひとつ「ふしぎ!?」の歴史をあげた。
●1831年 ファラデーの「電磁誘導」発見
それも、たった180年前である。
私の人生の3倍だ。人類の歴史から考えれば極々最近のことなんである。
180年の歴史のなかで、我々は「電気のあるくらし」を手に入れてきた。
これからも…。
▼残りの時間でなんとしても、少々強引になろうとも生徒たちの私の「ふしぎ!?」とつなぎたかった。
(1) 私の「ふしぎ!?」を持ち続けること。いったん保留もあってもいい。
(2) 「ふしぎ!?」をツナゲテいくためには、必要なことがある。数学、英語等の他教科の学習
(3) 私の「ふしぎ!?」を追うことは面白い!!楽しいこと!!
   かならずや、くらしを豊かにし、生命を守ることにつながる。
 
チャイムがなってしまった。
そして、すべてが終わった!!

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等身大の「ふしぎ!?」は、今

▼今日が、最後の授業である。最後は、やっぱりここにもどろう。
中学に入学してきてまもなく書いてもらった。
◆私の「ふしぎ!?」64の「ふしぎ!?」がすべて出そろった。
それは多様であり、本質的なものもたくさん含んでいた。
その「ふしぎ!?」は、今どうなっただろう。
もう忘れてしまっただろうか。ナルホド!!に出会っただろうか。
もっと「ふしぎ!?」は増幅しただろうか。
いずれにしても、そこから「科学」がはじまることを伝えたい。

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【Web更新3/20】11-12【大地の動きをさぐる】更新

Dscf7352
淡雪や ケヤキにとまり ひとときの
11/03/18 (金)撮影@安富

■楠田 純一の【理科の部屋】11-12
週末定例更新のお知らせ
 「時間」の感覚がまたしてもおかしくなってきた。3/11(金)あれからまだ10日しかたっていないはずだが、もう何年も経ったように思える。それだけ多様な「光景」を情報として見てきたからだろう。
 少しずつ、日常を取り戻していこう。その試みのひとつとしてこのWebの週末定例更新を続けよう。
Web更新/週、blog更新/日を繰り返すことによって「日常」を取り戻すだけでなく、新たな「日常」を創り出そう。
あのシーシュポスのように…。

◆表紙画像集2011 校庭の樹木シリーズ ケヤキ
 「暑さ、寒さも彼岸まで」の言葉通り、季節は行きつ戻りつ螺旋的に移っていく。被災地の人たちにとっては非情の雪がふっていた。それは、校庭にもであった。春の雪、淡雪は水分を含むせいだろうか。木々にまとわりついていた、しかし、すぐあえなくとけて消えていく。その光景は、サクラの花が咲いて散るかのごとくであった。
ケヤキにとまり ひととき憩いたる淡雪は、朝日にキラキラ光りながら散っていった。

◆【大地の動きをさぐる】更新!! 
授業の方も、あと一時間を残すのみで本単元を終わる。
本単元のみならず、それは私の現役生活最後の授業ということになる。
この授業を、このblogに書き込めば、これで「中学3年間の理科」の授業をすべてを語ったことになる。
目新しい試みなどなにひとつない、どちらかという下手くそな授業のオンパレードだ。
でも、とりあえずは「すべての授業」という目標は達成したことになる。

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最後の授業を構想する。

Dscf7381▼月日が経つのは、なんと早いものだろう。今さらのごとく気づく。
そのつもりでいたはずだが、いざ経ってしまうと「そうなのか!!」とあらためて気づくのである。定点観測で時の経つのを測っている。大賀ハスは、今期植え替えから51週目をむかえていた。
52週目の来週、「観察池」をひっくりかえして、蓮根を掘り出す予定にしているが、時間がなければ、一週間は延命させるかも知れない。
Dscf7384_2▼もうひとつの「定点観測」のヒガンバナにも、春のお彼岸が訪れていた。「春の彼岸にもヒガバナが咲く」と思っているという人がいると聞いたことがある。
 この花の一年をかけたみごとな「戦略」を知るとき、そんなバカなことが、と思うのだが。
人ごとではない、「私の科学」もその程度のものである。
 知ることのはじまりは、「観測」「観察」からである。
▼気づけば、授業はあと一時間となってしまっていた。
やっておきたいこと、やらなければいけないこともいっぱいあるような気がする。
しかし、一時間という時間のなかでは限界がある。
まずはならべてみる。
・花こう岩(深成岩)が山をつくる「ふしぎ!?」
 近畿地方の地質図
・プレートの動き
・私たちはどこにくらしているのか?
・近畿トライアングル
・現在進行形の「動く大地の物語」
・これから
・自然科学と防災・減災
・くらしと科学の「ふしぎ!?」
・「ふしぎ!?」を追いかけることの面白さ
・「ふしぎ!?」を追いかけるためには

うーん、やっぱりありすぎる。
もう少し「整理」しよう。

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あれから一週間だ!!

Dscf7362▼あれから一週間目の朝も雪が降っていた。「山崎断層」も雪景色で明けていた。
たった一週間である。
なんとたくさんの「風景」を見たことか。
たった一週間、地球が自ら7回転しただけだというのに…。
▼図らずも、この一週間で視た「風景」が、「科学」の現在地を教えてくれた。
そして、私のある決意をより確かなものにしてくれた。
「科学とくらし」
「理科教育はなんために…」
「これまでとこれから」
すべてが現在進行形!!
呆然と立ち尽くす一週間であったのかも知れない。
▼少しずつ、少しずつ
今の私にできること、やらなければいけないこと粛々とすすめていこう。
次なる一週間のために…。

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【授業】「山はずっと山だったわけではない」

Dscf7337▼朝からいつもの山に雪がふっていた。まさか、もう降らないだろうと思っていたらとんでもなかった。
被災地の方々には非情な雪だ。せめて、天気だけでも早く「春」にならないのかな。
▼授業の方も、どんどん幕が近づく。
最後にもう一度「動く大地の物語」を繰りかえしておこう。
近畿地方と兵庫県の地質図の「ぬり絵」をしてみた。
「平地と山地」
「私たちはどこに住んでいるのだろう」
そして言った。
「あの山は、ずっと山だったのではない」
と。
だってそこにアンモナイトの化石がみつかっているのだから…。
▼繰り返す
「隆起」
「沈降」
そして「地震」…。

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【授業】「想定 山崎断層地震」!!

Dscf7306▼いつもの「雲見」の定点観測地に立っていると、なんと雪が降り出してきた。つながっている被災地の空を想像しますます心配になりうらめしくなってくる。
空もツナガッテイル
大地もツナガッテイル
そこに人々はツナガッテくらしている。
▼なのに「あの人」にツナガラナイ、不安であった。心配だった。
いつも私が、情報発信を中断すると気にかけてくださったN先生!
宮城の被災地のニュースの流れるたびに、いつも見せてもらっていたその地の風景を思いだし不安だった。
昨夜、やっと「無事」のメールがきた。ちょっとほっとした。
「停電」だったようだ。
▼授業では、再びコンピュータ室に入った。
もう一度、「今」に繋いでみることにした。
同時に、「阪神淡路大震災」の記録ビデオも見た。
そして、再び「想定 山崎断層地震」にもツナイデみた。

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【授業】「どのようにくらしているのか?」も

▼ついには静岡もだ!!
事態は刻々と変化する。
実は、あの地震の起こる数時間前にコンピュータ室で授業をやってから、ずっとまだ授業をやっていない。
今日するのだ。
何から語りはじめよう。
▼まずは、この5日間に何が起こっているのか、「理科」の眼でみてみよう。
そして、等身大に問いかけてみよう。
「私たちはどこにくらしているのか?」
それだけにとどまらないで
「私たちはどのようにくらしているのか?」も

「理科」の学びは有効なのか。
有効なものこそ「理科」ではなかったのか。
ここでも、やっぱり
ゆっくり 急ぐ !!

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【授業】「私たちはどこにくらしているのか!?」を

Dscf7258▼残された授業時間数がどんどん限られてきている。
最後は、自分たちの住む「大地」の物語を、拾ってきた石を手がかりに学んだことを総動員して、描いてみることをやりたいと思っていた。
 しかし、刻々と入ってくる今回の震災のようすを見ていて、少し軌道修正をしようと思う。
▼今こそ、より徹底して問うてみよう。
「私たちは、どこにくらしているのか!?」
「日々どのようにくらしているのか!?」
学んできたことを総動員して、この問いに答える試みをやってみよう。
わからなければ、知る努力すればいい。
「ふしぎ!?」が残れば、長期計画でそれを解決していけばよい。
ひょっとしたら学問とはそのような営みを指すのかも知れない。
▼「科学」は専門家だけにまかしておいたらいいという学問ではない。
学校から見える中国縦貫道を眺めながらそんなことを考えていた。
やっぱり「近畿トライアングル」をやろう。

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【Web更新3/13】11-11【大地の動きをさぐる】更新!

Dscf7098

赤き実や 雪をもとかし 動きたり
 11/03/11 (金)撮影@安富

■楠田 純一の【理科の部屋】11-11
週末定例更新のお知らせ
  ずっと釘付けでTVとネットの画像を見ている。まだ、信じられない!
ほんとにこんなことが起こったのか。
 この一週間ほど私のなかでいろんなものが「動いた」週はない。
次なる「私」も少しずつ見え始めた。

◆表紙画像2011 校庭の樹木シリーズ アオキ
 ラスト3回の校庭の樹木シリーズである。限られた回数ということになると、何にしようか迷う。
卒業式のあった3/10、校庭の一部と勝手に思っているアジサイ公園にでかけた。モクレンのシロが校舎から目立ちはじめたからだった。しかし、木立の白さは予告だけであった。
 また雪がふって寒くなった「その日」。後から一週間の画像を見返してみるとアオキの実の「赤」がいちばん印象に残った。東北にもまだ雪がふっていた。

◆【大地の動きをさぐる】更新!
 この単元の目標は
 「大地の動きを「現在進行形」でとらえよう」であった。さらには、その究極のねらいは「防災・減災」にあると思っていた。しかし、どこかで楽観的、希望的観測であった。それは「未来」であり、「今」ではないという気持ちだった。ちがっていた、ほんとうに現在進行形なんだ!
 ここからなにを…。

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今こそ考える!「科学」と「くらし」

Dscf7107▼もうその時以来ずっとテレビやネットに流れてくる情報を、驚愕と哀しみをもってながめていた。
少し自分から動き始めようとしたのは、いつもの定点観測からだった。
あと二週間で蓮根の植え替えを予定している大賀ハス。今期植え替え50週目。
気温が低く早朝は氷がはっていた観察池も、氷もとけ水面にはアオミドロがめだちはじめている。
いのちの気配を感じる。
Dscf7104▼ヒガンバナも同様である。春に向かって螺旋的にすすんできている。
「自然」とは、なんと不易な営みをくりかえすものなんだろう。
人間はその「自然」のほんの一部にすぎない。
でも、そんな達観している場合ではなかった。
▼もう少し動きながら考えてみたかった。
・今、私にできること
・今、やらなければならないこと
・今こそ、考えたいこと
かねてより予定していた「ファラデーラボ」の開所式に行った。
その「ヒント」を求めて…
▼帰ってからもまた、テレビ、UST、ニコニコ動画などを観た。
多くの人の動きがはじまっていた。それぞれの立場で…
私も考えた。
「科学」とは…
「科学」と「くらし」は…
今有効なものこそが、「科学」の名に価する。
その「科学」をどうツタエルのか。
私の緊急の課題だ!!

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【授業】まさか、その数時間後に…!

▼昨日は、感動の卒業式を終え、【大地の動きをさぐる】の「地震」の授業も終末をむかえていた。
山崎断層地震『27年前の記憶』からはじめて、兵庫県南部地震
そして、お決まりの
「初期微動」
「主要動」
「初期微動継続時間」と震源からの距離
「震度」「M(マグニチュード)」
「震災と防災」
「地震はどのようにして」…
とすすめてきて、私は少し限界を感じていた。なかなかリアルな感覚で伝わらないことに…
▼そこで、ここまで来た「地震」の授業をコンピュータ室でやることにした。
ネットを使って、リアルタイムに「地震」情報を入手するかを学びせたかったのだ。
「宮城県沖で起こった地震」のその後は…
NZ地震のその後は…
そして、間違いなくいつか出会うだろう「想定山崎断層地震」のことを
年々生徒たちは、すばやく検索し「目的地」に達していた。
これからの授業には必須の時間でもあると思った。
瞬時に、地震波の動画まで見ていた。
 このようなかたちで知りたい情報を手に入れることも防災・減災につながると一時間をまとめたのは、10時25分であった。
▼まさか、その数時間後にこんなことが起こるなんて!!
テレビの画面をみながら…
「まさか…」
「まさか…」
を繰り返すのみである。
◆東北地方太平洋沖地震!! M8.8
今朝も別の場所で動いた。
事態は刻々と変化している。
あらゆるツールを使ってしっかりとみておきたい。
そして「今、できることは…」「するべきことは」を考えて動きたい。

http://www.ustream.tv/channel/jishinsokuhou

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三つの「試論」のこれから

▼感動的な卒業式であった。いろんなことが脳裏をかけめぐった。
そして、終わった。
いよいよ私自身の「卒業」も近づいてきた。
終わるまでに「これから」を考えておきたいことがいくつかある。
そのひとつが三つの「試論」である。
▼授業をやりながら、展開していきたいと思ってきた
■新・私の教材試論
これからの自由研究の方向を模索した
■新・「自由研究」のすすめ試論
これからも続けて行くだろう
■新・クラウド「整理学」試論
いずれもが、終了していない。
もう少しだけかたちにしてみたい。残された時間のなかで…。

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やっぱりこんなときは、真壁仁の「峠」だ!

Dscf7032▼昨日は、なんとなく忙しかった。今日に卒業式をひかえ、どこかこころが急いでいた。
「卒業」
なんといういろんな思いの詰まった言葉だろう。
詰まったなかみの多様性ということではベスト3には入るだろうな。
卒業式の会場に向かう渡り廊下のすぐ側のハナミズキが、暮れかかった空にきれいだった。
▼自分の感情をうまく言葉にすることができないときは、言葉のプロたちの助けを借りるにかぎる。
こんなときは、私は、やっぱり
真壁仁の「峠」だ!
ひとつの詩の中でも
いちばんのお気に入りは、少しずつずれる。
今は、

峠にたつとき
すぎ来しみちはなつかしく
ひらけくるみちはたのしい。
みちはこたえない。
みちはかぎりなくさそうばかりだ。

さあ、卒業式に向かおう!

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【授業】未来の「地震」を知るためには…。

▼授業がとびとびになるなか。「地震」に関しての授業をすすめている。
地震に関する基本的な学習は一応すすめた。
主に扱った地震は2つに絞り込んだ。
・山崎断層地震
・兵庫県南部地震
である。
 今、自分たちの立つ大地に直接的に関わりのある地震ということで、この2つに絞り込んだ。
しかし、それは「過去」の地震である。
 ほんとうに学びたいのは、知りたいのは「未来」の地震である。
▼ここで、再び寺田寅彦の「地震雑感」を読んでみた。
 書かれたのは、関東大震災のあと(大正十三年五月)だ。
「えっ、そうなのか」と驚いてしまう。
なんと今日的な文章であろう。
今も耳を傾けるに価することばかりである。
「要は、予報の問題とは独立に、地震の災害を予防する事にある」
とは示唆的である。
▼過去の「動く大地の物語」を学ぶ事の意義が、きっとここにあるのだろう。
だからこそ、もっともっと実感をもって
「動く大地の物語」からナルホド!!
を引き出してきたい。
 まだまだ道は遠いと感じてしまう。

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「私の科学」ってなんだろう?

Dscf7010啓蟄を過ぎた空も、やはり刻々と変わっていく。この風景をはじめて見たときのことを思い出す。
「こんなのが目の前で見られるのなら、雲の発生実験なんかいらないではないか!」
「これぞ大気の大物理実験室!!」
これを見て、人に話さずにおれなかった。
誰彼となく
「今日の山と空外見た!?」と語りかけたものだった。
実は、それは以前から見ていた風景だったのかも知れない。
しかし、こんなに間近に見ることが「私の科学」を触発してくれたのだった。
▼「私の科学」という言葉、使ってみて気づいた。
最近、自分でもよく使うようになってきている。
「○○の科学」という言い方はよくしてきた。
使っていた当時の「私の科学論」を象徴するかのようだ。
▼最初が「常民の科学」だ。
ずいぶんのお気に入りだった。もちろん手前味噌の造語だ。
少しオオバーにいえば、私のライフワークである。とまで言っていた。
そして、次がなんだったろう。
「ファラデーの科学」
「熊楠の科学」
は同時並行だっただろうか。
▼「熊楠の科学」に取り憑かれた私は、二度、和歌山に足を運んだ。
「萃点」とは何か、を追って。
まだまだ見えてきたわけではない。
これからも続けていくだろう。「ファラデーの科学」も同様である。
なにかがわかってきたわけではない。
もう使わないわけではない。かたちを変えて使い続けるだろう。
▼やがて一番お気に入りの「○○の科学」が登場した。
それが、「等身大の科学」だ。実にいい!!
もちろんこれは私の造語ではない。私が知る限りでは、90年代ぐらいからいろんな人がいろんな意味合いを込めてが使っていたようだ。
 私が一番これだ!!と思わせてくれたのは
池内了氏の『寺田寅彦と現代~等身大の科学を求めて~』によってである。
この著で池内氏の提案する「等身大の科学」と「新しい博物学」に大いに共感する。
▼これできまりかと思った私の「○○の科学」遍歴は、ここで終わらなかった。
最後に行き着いたところは
なんとアタリマエすぎるぐらいアタリマエ!!の
「私の科学」だった。
それが、なんとも一番フィットするのである。素直に使えるのである。
「私の科学」ってなんなのだろう。
そんな堂々巡りするより先に
もっともっと「私の科学」を楽しもうという気持ちになってくるのである。

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【Web更新3/6】11-10【大地の動きをさぐる】更新!

Dscf6735

春めくや 樹皮もほころび 時を待つ
 11/03/04 (金)撮影@安富


■楠田 純一の【理科の部屋】11-10
週末定例更新のお知らせ
 今年になって10回目の定例更新のお知らせである。
今の自分に可能なことを粛々とすすめるのみである。
特別なスキルを持ち合わせることもなければ、秀でたクリエイティブな思考ができるわけでもない。
そんな私にできること それは 繰り返すこと! 

◆表紙画像集2011  校庭の樹木シリーズ サクラ
 冬芽の面白さにずっとはまっていた。これまではどちらかというと花や実にばかり目が行っていた。
しかし「冬芽」を見ていると、樹木は全体で生きているんだと感じるようになってきた。
冬芽ひとつにも、その一本の樹木の生命の輝きが宿っているように見えてきた。
そうしているあいだに、樹皮にも興味が出てきた。樹皮にも表情があるように見えてきた。
朝の散策で出会うサクラの樹皮もほころびはじめた。
春の訪れを微笑みで教えてくれているようでもあった。

◆【大地の動きをさぐる】更新!
 本単元もいよいよ最終章である。
 「ナルホド!!」をどれだけ引き出すことができただろう。
たった今も、「#地震」情報がTLを流れた。


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「地域」は教材の宝庫だ!!

Dscf6784▼啓蟄前日、3月5日は、私にとってちょっと特別の日となった。まずは、定例のふたつの定点観測である。
植え替えから49週目の「大賀ハス観察池」は、水であふれていた。
この「観察池」が、降雨測量計の役割もしていた。一時は、水を補給してやろうかと思ったぐらいなのに、今はいっぱいだ!それだけ天からの循環が多くなってきたということだ。
Dscf6779▼天気がよかった分、少し寒かった。しかし、ヒガンバナはその寒さもなごり惜しんでいるようであった。
もう自分だけの天下ではないのだ!!
 まさにこのヒガンバナの一年間を写真でまとめた拙文が、雑誌『自然保護』に記載された。
読んでいただいた方から、うれしいコメント・メッセージをいただいている。
ありがたい!深謝!!
たった一株のヒガンバナにこだわっても、多くが見えてくる。
やっぱり、自然は最高の教科書だ!!
▼その「教科書」のページを昨日めくった。
地域の方の案内で、「地域」を見て回ったのだ!!
案内人が名案内人であることはもちろんなんだが、あらためて校区(地域)の自然を見て回って感動した。
そこは、まさに教材の宝庫だ!!
このアタリマエのことを再認識した。
▼もう、四半世紀以上前に書いた拙文がある。
■生活台をまるごととらえる営みとして
~「地域の自然」を学ぶもうひとつの意味~
今、読み返すと少し恥ずかしい。赤面である。
しかし、今と同じことを書いている。
「地域の自然」こそ、至高の教材であると…。
・動植物
・樹木
・山崎断層帯
・岩石
・地層
・姶良火山灰
・ヒメボタル
・北緯35度線
・緑色
・川と地形
・水害
・防災、減災と教育
あげればきりがない。
「地域」にこそ教材はある。特別の意味をもってそこにある。
「教材」で学ぶ者の「くらし」もそこにあるのだから…。

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【授業】27年前の記憶から「震度」を手繰り寄せる。

Dscf6775▼3月に入って4日目、いつもの定点観測地からの空もまだ迷っているようだった。
一日のうちにも雪雲があらわれ、チラチラと雪が舞う。そうかと思うと春の温かい日射しが…。それを何回も繰り返している。まるでそれは「春」への戸惑いようにも思えた。
▼授業は「震度とマグニチュード」に入っていた。
空と同じように、私も少し戸惑っていた。
もっと、視覚にうったえるような方法もあるのでは…
もっと伝えたいことをきっちりツタエル有効な方法があるのでは…。
しかし、地震を「よそごと」にはしたくない。
そこにこだわりたい。
▼再び「27年前の記憶」のプリントを出してみた。
そこには、生々しく自分にツナガル人の体験談があった。
「倉の土壁がはがれおちた」
「電柱の電線がゆれていた」
「花瓶がたおれた」
「ゴーとすごい音がした」
「体育館の窓ガラスも割れた」
「校舎の窓ガラスが一斉に波のようになってガタガタといって…」
「山から砂煙が」
「立っていられないぐらい」
「役場の窓ガラス割れて落ちた」
「寺の瓦がとんで」
「テニスコートが小さくひび割れ、そこから砂が出て上下に飛び散って」
「役場の窓カラスが10枚割れた」
「学校の壁にヒビが入っていた(鉄筋コンクリート)」
「運動場で体育の授業中…急に揺れ出し、すわって揺れが止まるのを待った」
「ネコが急に背を丸くして…」
「かべが崩れたり食器がこわれたりした」
「川で洗いものをしていた時、500mぐらい向こうから「グオー」と音がして…
「理科室の水道管が破裂した」
「…」
まだまだある。
これなら「震度は?」
教科書の震度表と見比べながら、「震度」を手繰り寄せていった。

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「私の科学」はどこまで有効か

▼どうもここのところまたしても、あの「ばっかり病」が発症してきたようだ。
持病の「ばっかり病」はいいところもあるが、まずいところもある。
いいところは、そればっかりに集中していると、そのことにツナガルかたちで、まわりのいろんなことが見えてくることだ。それを、私は「私の科学」の方法としたいと思っている。
▼今は、「動く大地の物語」だ。
それにツナガルかたちでいろんなことが見えて来つつある。
それを大いに楽しみたいと思う。
しかし、ゆっくりな私には、この作業に時間がかかってしまうのだ。
その時間が今はない。

また、自分につぶやく。
ゆっくり 急げ!!

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【授業】「1995年1月17日5時46分52秒」!!

Dscf6714▼「時間」とは!?
なんとも「ふしぎ!?」なものだ。理科においても、くらしにおいてもいろんなところに顔をだす。
いろんな次元での「ふしぎ!?」があるから、それらをひっくるめて答えを求めることは難しい。
しかし、いつもその不思議を解くときに「鍵」となることは確かなようだ。
▼授業では、今、地震をやっている。
ここでも、「時間」が登場する。扱う地震は、ふたつと決めていた。
山崎断層地震 昭和59年(1984年)5月30日午前9時39分
もうひとつが忘れもしない
1995年1月17日5時46分52秒!!
兵庫県南部地震だ。
この地震を追いかけること、地震学習の定番をやっていこうとした。
▼地震計が記録した
「初期微動」
「主要動」
「初期微動継続時間」
科学の言葉を学習すると同時に「記録」から何を読み取るのかの練習をした。
ときどき、唐突にであっても
この学習の究極のねらいにふれながら…
来るべき地震に備えるためにも。

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【授業】地震は2つの波で伝わる!!

Dscf6699▼3月に入って、最初の日、昨日ずっと早朝観察つづけている「金星と月」、大接近を月が南中する朝、双眼鏡で見れば金星も見えるかも…、と教えてもらって双眼鏡を学校へもっていって、そのときを待ったが雲はそれをゆるさなかった。そればかりか、シトシト雨までふってきてしまった。
▼授業では、「山崎断層地震」から入って、「地震」一般へと入っていく。
「震源」
「震央」
と。
 俗に使われている「震源地」は「震央」かな。
ふだん使われている言葉と学術語はちがうのかな。その必要性は??
へんなところにこだわっているのかな。
▼次が、地震の伝わり方である。ふたつの波でつたわるのである。
定番の「トムボーイ」(呼び名もいろいろあったかな)で説明を試みる。
縦波(P波)、横波(S波)
生徒に手伝ってもらって実演をする。
けっこうナルホド!!
である。


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【授業】山崎断層地震『27年前の記憶』から

Dscf6672▼もう今日から3月である。待ったなしである。
昨日からいよいよ「地震」の学習に入った。
まずは、ニュージーランド地震のその後ニュースにふれ、いよいよ「あの地震」に入る。
昭和59年(1984年)5月30日午前9時39分
に、この山崎断層帯(暮坂断層)を震源とした地震が発生した。
もう、四半世紀以上前の地震だった。
Dscf6674▼冬休みの課題研究として、この地震の体験談の聞き取り調査を宿題とした。
正月明けには、その報告がたくさん出てきた。
お父さん、お母さん、おじいちゃん、おばあちゃんそれだけでなく正月休みということもあって、親戚の方寄られることもあったのかおじさんやおばさんからのものあった。
27年前の記憶と言えども、それはリアルで鮮明なものが多かった。
▼時間帯が、午前中の学校にいる時間帯である。
お父さんやお母さんの多くは、小学生、中学生、高校生である。
授業中だった。なかにはテスト中だったという報告も。
なんの教科の授業中だったかも鮮明である。なかには教科だけでなく、どんな学習をしていたかまで…。
提出してくれたものを、プリントにまとめた。
体験談情報に限ったが、それはB4版2枚になった。それを白い用紙裏表に刷って[保存版]とした。
そのときからずっと置いてきた新聞記事とともに配った。

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