« 2010年12月 | トップページ | 2011年2月 »

【Web更新1/30】11-05【大地の動きをさぐる】更新!

Dscf5911
花芽や 風花舞いても ここにあり
 11/01/28 (金)撮影@安富

■楠田 純一の【理科の部屋】11-05
週末定例更新のお知らせ
 またしても、一週間がすぎてしまった。これを書く度に、一週間という時間のはやさを感じてしまう。年が変わって一ヶ月がすぎることにもなる。こんな調子では、あと2ヶ月なんて瞬く間であろう。
 「ゆっくり 急げ!」とのろまの自分を叱咤激励してみる。

◆表紙画像集2011 校庭の樹木シリーズ ハナミズキ
 この校庭の樹木シリーズも、あと2ヶ月となってしまった。今、どうしても目が行ってしまうのは「冬芽」である。
「冬芽」から、生命体としての樹のすべてが見えてくるような気がする。
 校庭に2本あるハナミズキ、校舎のなかからも見ることができる一本は、その季節にはあの淡いピンクと白の優しい花で目を楽しませてくれる。それももちろんハナミズキ、今、風花舞うグランドを見下ろしている花芽もやはりハナミズキである。一年間まるごとハナミズキである。
 今朝も、冬芽の観察にでかけてみよう。

◆【大地の動きをさぐる】更新!
 まだ授業はスタートしていないが、一応の具体的構想もできあがった。後は軌道修正とより豊かに「ねらい」を具現化してくれる教材を入れていくかである。
 私にとっては最終単元である。大いに楽しみながらやっていきたいものである。


 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【授業】「地球」と「地域」の往復繰り返しながら

Dscf5923▼大賀ハスの定例観察の日だった。植え替えから44週目である。毎週、飽きもせずになんの変化もないような姿を撮り続ける。しかし、考えてみると「変化のない」ということなど、この世の中にはない。すべてが変化していくのである。変化をどこまで読みとれるかが、観察力をきめる。朽ち果てていく葉っぱは、次なる世代に向けての変化なんだろうか。
Dscf5935▼ヒガンバナの方は、葉の先に枯れた部分が見られるが、やっぱり元気だ!今こそ、稼ぎ時とがんばっているのだろう。この定点観測地でのヒガンバナの観察も、事情があって今年かぎりになりそうである。
そう思うと、よりいっそうしっかり観察しておこうという気持ちになる。
▼少しまとまった時間がとれたので、いっきょに授業時間数もカウントのうえ、可能な構想を最後まで描いてみた。肝心のところをやり残すことないようにするためである。
 この作業で一応の見通しが立った。あとは具体的に授業をすすめながら、軌道修正、補足追加をするだけである。この作業つづけながながら繰り返しやったことがある。
▼それは、「地球」と「地域」の往復運動である。
「地球」から「地域」へ
「地域」から「地球」へ
「動く大地の物語」はけっして過去の物語ではないし、自分たちの立つ大地と違う場所の物語ではない。
今、立つこの場所「地域」の物語である。
それも、現在進行形の物語である。
その物語をよりリアルにするための「地球」-「地域」の往復運動である。
授業をすすめながらも、これを呪文のように唱えよう。
「では、ここ安富では…」と。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【授業】拾ってきた「石ころ」とどうツナガルか?

Dscf5879▼週末近くになってやっと朝の定例散策ができた。まだ、日が昇りきっていないせいか、少し薄暗いなかである。贅沢は言っておれない、その時間ができただけでも喜ぼう。
待望の「冬芽観察」である。出鱈目にデジカメのシャッターを押す。このカメラではなかなか表情豊かな「冬芽」が撮れない。もっと接写に耐えられるカメラを手に入れたい。しかし、それは先のことだ。
 まずは、観察の「記録」だけと割り切るしかない。南下の散歩コースの最後に立つ紅葉だ。
カエデの仲間の特徴だけは撮っておこう。
▼授業の文脈を追うことを続けよう。
マグマが冷えて固まって「岩石」になる。冷え方に二つのタイプがある。
それは、マグマが地表に急激に冷えて固まるタイプとじっくりと冷えて固まるタイプだ。
前者を火山岩、後者を深成岩。あわせて「火成岩」だ。
そうそう、マグマにも個性があって「モチモチマグマ」と「ビチビチマグマ」(表現はもうひとつ、でもこれ使ってきたから…(^_^;))
だから、岩石のバリエーションうんとひろがる。
 このあたりまでは一挙に教科書風に流していこう。と想定してみる。
▼もちろんこの後の「堆積岩」もやった後のことになるかも知れないが、どうしてもやらなければならないことがある。それは、冬休み課題でひとり1個拾ってきた「石ころ」だ。
この「石ころ」と、マグマからはじめる「岩石」の学習をツナゲルことが必要だ。
「石ころ」のルーツを辿っていけば、マグマにいたる必要がある。
ツナガルことを明らかにしてこそカガクだ!!

ゆっくり 急ごう!!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【授業】「ぬり絵」の科学を使おう!

Dscf5856▼昨日も同じになってしまった。朝の散策でゆっくりと「冬芽」の観察ができなかった。考えてみるとそうなんだ、毎日同じことを意図的に繰り返そうと思っても、それはなかなかたやすいことではないのだ。
想定外のことが日々起こっているのだから。それこそが「自然」と言えるのかも。
夕方近くになって、やっとそれでもなんとか、樹木の観察だけはやりたいと思い、前庭の百日紅を見上げてみた。
やがて見上げた空に風花が舞いだした。
▼授業のこと、「マグマのこと」「火山のこと」「火山灰のこと」…を考えていたら、まさにそのことがニュースで流れてきた。なんということだ!!
◆ 霧島連山・新燃岳噴火 52年ぶりに爆発的噴火が発生 宮崎・都城市などに火山灰降る
 自然は偶然に満ちている。
しかし、それは必ずしも偶然ではなく、それだけの頻度でことは毎日おこっているのかも知れない。
それは、私がその意識で自然を見ていないことなのかも知れない。
やっぱり大地は動いている。
火も吹けば、揺れもする。達観するのでない、災害を少しでも少なくするために学ぼう。
「動く大地の物語」を。
▼授業のすすめ方のことについて、とても興味深いページを見た。
昔からずいぶんお世話になってきた高校の地理の田代博先生が冬休みの課題として出されていた
「お雑煮の絵」のページだ。
さすが高校生である。また、田代先生のこれまでの指導の成果でもあるのだろう。
見せてもらっているだけで、こちらまで楽しくなってくる。
これだけで、すばらし「地域の食文化」の学習になっているなと感動してしまった。
またまた教えられた。
そして、高校生が描いた絵から、ヒントをもらった。色鉛筆をつかって、ほんとうにきれい描いてある。
夢中で描きながら、ニコニコ笑顔だったんではないかと想像する。
▼これが、ヒントになった。
思いだした。
◆「ぬり絵」の教授学
これだ!!
この単元では、これを使おう!!
さっそく、色鉛筆の準備を言っておこう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【授業】マグマはどこにあるの?

Dscf5847▼昨日は朝から少しイレギュラーな動きをしたので、ちょっとはまりはじめた「冬芽の観察」も、いつもの「雲見」もゆっくりできなかった。それでも気になったので校舎のなかからケヤキと空をめがけて何枚か撮った。
その空につながった空の下、「自然教室」を楽しんでいるであろう生徒のこと想像しながら。
▼授業の具体的構想の続きである。
「大陸移動説」「プレート」から入ることは決めた。「地球」から「地域」への基本方針も決めた。
しかし、どの段階でも「等身大の科学」を離れることはしたくない。
次は教科書の順序に従って「火山」をやることにした。
「火山」と言ったら、一挙に身近でなくなってしまいそうな気がするが、そんなことはない。現に今、「自然教室」に行っている場所は、神鍋山に行っているのである。
「自然教室」に行く前に宿題を出した。「山のかたちを見てくること」と。
▼マグマが噴出して、火山をつくる。
私自身の「ふしぎ!?」を追いながら、つないでいってみよう。
そのマグマはどこにあるのだろう。「地球の内部」では、ちょっとアバウトすぎるし、誤解を招きそうである。
そもそも大地の下(地球の内部)はどうなっているのだろう。
どんなイメージを持っているだろう。
生徒たちは…
そして、私自身は…。
今のうちに、私ももうすこし勉強をしておこう。
「地球内部のこと」
「マグマのこと」
「火山のこと」
「…」


| | コメント (0) | トラックバック (0)

【授業】「地球」から「地域」へ

Dscf5832▼やっぱり面白い!!朝一番の校庭散策と冬芽の観察だ。こんな面白い世界があることになぜ気づかなかったのだろうと思う。この世界の初心者であるから、まだ要領を得ない。
闇雲にデジカメのシャッターをきる。後で見てみるのが面白い、そのときにはまだ気づかなかったことがわかってくる。同じ樹を四季を通じて観察してきたから、季節ごとの姿をツナイデみることができる。
それが面白い!!やがて木々のそれぞれの物語がみえかける。
これはやっぱりすこし続けてみよう。
▼授業の方もそうだ。物語が見えはじめてくるのが面白いのだ。物質探検の物語の最終章がまだ残っている。
しかし、それだけを追いかけているわけにはいかない。限られた時間のなかでは…。
自然教室にでかけるから、少し中断である。その間に、より具体的に「動く大地の物語」のシナリオを考えておく必要がある。
▼この物語、どこからはじめるか。少し迷うところもあったが、教科書と同じように、「地球」からはじめることにした。「地球」からはじめて、自分の今立つ大地=「地域」へと話をすすめよう。
そして、再びこれからの「地球」へと展開しよう。
 その話の流れのどこでも言おう、伝えよう。
大地は動いている!!それも現在進行形で!!
▼ウェゲナーが「大陸移動説」(1912年)を最初に唱えたのは、たった100年前だ。それは、明治から大正へと時代がかわった年でもある。人々がそれを受け入れて、プレートが動いていると認識しだしたのはごくごく最近なのである。
100年が、地球の歴史、人類の歴史から考えるとどれほど最近のことか!!
ここからはじめよう。動く大地の物語を!
そして繰り返して伝えよう、この物語も、ただ今進行中!!であることを。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

今、冬芽の観察が面白い!!

▼毎朝の定例散歩は、いつもは2度おこなっていた。家での愛犬加奈をつれての散歩と校庭の自然散策である。
両方とも私には自然観察の楽しみを与えてくれていた。たくさんの「発見」ももたらしてくれていた。
ところが、先日、愛犬が亡くなってしまった。十数年一緒に散歩した相棒がいなくなってしまった。
私は、家での散歩を今しなくなってしまっている。
Dscf5807▼今は学校での校庭散歩だけになってしまった。その校庭散歩にひとつ楽しみが増えた。
Webページの表紙画像の取材ということもあって、これまでも校庭のあるいは校庭周辺の樹木の観察というのは楽しみメニューに入っていたが、その樹木観察に「冬芽」の観察が加わった。
もちろんこれまでも、少しは興味も持っていたが、こんなに面白いものかと思いだしたのは最近である。
Dscf5819▼冬芽の観察の楽しみを加速してくれる本に出会った。
◆「冬芽」ハンドブック(広沢 毅/解説  林 将之/写真 文一総合出版 2010.11.20)
である。これは、この本自体をながめているだけでもなんかうれしくなってくる本だ。
 漫然と観察していた冬芽にも、樹木それぞれの個性があるものかと驚く、そしてでは今日の散歩ではこの樹木を確かめてみようとなる。
▼維管束痕の観察も面白い、維管束は植物にとってはライフラインである。その痕跡は生命の証しでもある。
ときにそれは、表情豊かな人間の顔にみえたりしてそれも面白い。
同じ樹木の冬芽の観察であっても、日々ちがうように見えてくる。楽しみはつきない。
しばらくは、冬芽の観察に病みつきになりそうだ。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

【Web更新1/23】11-04【溶解】新設!

Dscf5712
光うけ 冬芽の鼓動 聴こえけり
 11/01/21 (金)撮影@安富

■楠田 純一の【理科の部屋】11-04
週末定例更新のお知らせ
 2011年になってから4回目の週末「定例」更新のお知らせです。この「定例」というのが、すごく不思議な力をもつ、いろんなことでハードルを低くしてくれるのである。
毎回同じことを繰り返すのはなんとなくいやだという感覚があるかもしれないが、それは思考するだけだからだ。
ほとんどのことは、実際にやってみると「同じこと」なんてありえない。すべてのことが変化して行っているのだから。一刻も地球は停止したり、私をとりまく空気も「同じ」なんてことはない。
「同じことの繰り返し」なんて錯覚にすぎない。そう思いたいが…。

◆表紙画像2011 校庭の樹木シリーズ アジサイ
 ここのところ、校庭の樹木を見ていて気になることがひとつあった。それは樹木の「冬芽」である。葉は枯れ落ちるか、色をなくしている。枝は冬空にふるえながら突き出している。しかし、樹木たち死んではいない。
どこか「生命の鼓動」を感じるからである。次なる季節の準備をして休眠をしているのにすぎない。それを教えてくれるのが「冬芽」だ。校区を象徴する木であるアジサイの冬芽もそうだった。アジサイの冬芽は、裸ん坊である。
頂芽は、葉の模様が見える、裸で突き出している。なんとそこには「不凍液」がひそませてあるという。
なんという生命のしたたかさ!
やっぱり聞こえてくる「生命の鼓動」が!

◆【溶解】新設!更新
 あらたに、【溶解】授業実践DBのページをつくった。
これで全てである。中学校3年間の全単元を網羅したことになる。
そんな特別のすばらしい実践を綴ったものでない、ただただその授業に関する覚え書きであり、単なる授業をめぐっての「記録」である。それでも、全単元が揃ったということでうれしい。
後は、このWebページの容れものに、ログを入れていくだけである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

サイエンスチャンネル『氷砂糖ができるまで』をみた!

Dscf5776▼土曜日は、定例観察の日だ。先日来、ヒガンバナの一年間を撮った画像で追いかけていた。ヒガンバナの場合は、特に顕著な一年間をかけた「みごとな戦略」があるから、一年を通した観察が、その有効性がはっきりする。
撮ったときには気づかなかった「発見」がいっぱいだ。
 かといって、じゃまくさがりの私には、きっちりと観察日誌などつけてというのは難しい。ただただ、デジカメに画像を残しておくだけだ。それだけでも、日時はきっちりと記録されているのだからありがたい。
▼第一の観察は大賀ハスだった。蓮根の植え替えから43週目である。2000年の眠りから目覚めて60年目である。空気中の水は、大きな葉に霜としてくっついていた。それだけでとってもきれいな姿であった。
「あこがれの4日間」だけがきれいなのではない。生命にとってはすべての季節が輝きのときである。
Dscf5764▼第二は、そのヒガンバナである。田んぼの畔などのものについては、すでに一部かれはじめているものもある。
このようなかたちでの霜がおりるというのは、ヒガンバナにどんな恩恵をもたらしているのだろう。
この季節を「生産の季節」とした以上は、防寒対策はたてているのだろう。
ひょっとしたら「凍結防止対策」もたてているかも知れない。あのヒガンバナのことだから…
▼『溶解』のこのあと授業のことが少し気になっていた。
「質量パーセント濃度」の後は、「溶解度」「結晶」「再結晶」とすすむ。
「溶ける」の「ふしぎ!?」がまだ淀んでいるのに、次は「結晶」である。
もちろん「結晶」の美しさは、「ふしぎ!?」を増幅してくれる。薬品棚の物質をつかうことにももちろん意義がある。
しかし、それだけでなく「台所の宝石」=食塩の結晶のことが気になる。
さららにずっと、ずっと気になっていた結晶がある。
▼それが、氷砂糖である。砂糖(ショ糖)の溶解度の大きさ(20℃で197.6(゚o゚)ゲッ!!)も気になるが、その結晶である氷砂糖のことである。
 いつか自分でもつくってみたいと思ってきたが、ついに現役時代には実現できなかった。
そもそもどうやってつくるんだろう。
 あのあこがれの氷砂糖は…。ネットで検索していたら面白いものをみつけた。
◆サイエンスチャンネル『氷砂糖のできるまで』
 なかなか面白い!
今日は、スーパーへ行って氷砂糖をかってこよと思う。
売っているのは「クリスタル」かな「ロック」かな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【授業】「私の科学」を問い続けながら…

Dscf5739▼今日は、はや1月22日、一月も下旬になろうとしている。ふと思い出す、今年の抱負を、そこの最後に書いたはずのこと。
「私の科学」を楽しもう。
でも、そもそも「私の科学」ってなんなのだろう。  
熊楠の科学でもない、ファラデーの科学でもない、教科書の科学でもない…
「私の科学」である。
▼授業では、質量パーセント濃度のドリルをやり、溶解度に向かっていく。
でも実は、「私の科学」のなかでは、「溶ける」の「ふしぎ!?」が淀んでいた。
いったん溶けた硫酸銅水溶液は、いつまでも底にたまってこない。どこも濃さが同じである。そう言いながらも、「ほんとうにそうなんだろうか」「溶液のなかで何が起こっているのだろう?」
頭の悪い私は、この「ふしぎ!?」をそう簡単に保留できないのである。
▼その「良くない頭」を、あの寺田寅彦が応援してくれていた。

科学教育の根本は知識を授けるよりもむしろそういう科学魂の鼓吹にあると思われる。しかしこれを鼓吹するには何よりも教育者自身が科学者である事が必要である。先生自身が自然探究に対する熱愛をもっていれば、それは自然に生徒に伝染しないはずはない。実例の力はあらゆる言詞より強いからである。  すべての小学校、中学校の先生が皆立派な科学者でなければならないという事を望むのは無理である。実行不可能である。しかしそんな必要は少しもない。ただ先生自身が本当に自然研究に対する熱があって、そうして誤魔化さない正直な態度で、生徒と共に根気よく自然と取込み合うという気があれば十分である。先生の知識は必ずしもそれほど広い必要はない。いわゆる頭の良い必要はない。(「雑感」昭和三年十一月『理科教育』より)

ありがたい!!時空を超えて、このエールに応えよう。
「私の科学」を問い続けよう。そして楽しもう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

やっぱり「ふしぎ!?」な物質=水

▼昨日の授業では、質量パーセント濃度を求めることに集中した。少しずつ少しずつドリルを繰り返していた。
でいるだけ、「なぜこの計算をするのか」を見失わないようにしながらと願いながらである。
 わかりはじめるとけっこう面白い。
砂糖の水溶液で考えていた。実際に砂糖を水に溶かすこともやりながらである。
▼これって、やっぱりけっこう不思議なことだ。
身近なことはわかっていて、「ふしぎ!?」は遠くの世界にあるといういう思い込みは、私の中にもある。
そんなことはない。
身近にこそ、ほんとうの「ふしぎ!?」がある。
砂糖が水に溶ける。これだけでけっこう「ふしぎ!?」である。
そう言えば、あのさとうの溶解度の大きさにびっくりしたのも、この単元の授業中だった。
▼溶解の「ふしぎ!?」もそうだけど、私には、もっと気になる不思議なこと、不思議な物質がある。
水だ!!
物質探検の学習をはじめてからもそうである。
なんで水だけが、液体フラフラより固体ブルブルの方が体積が大きいんだ。
今、水は物質にアタックしてバラバラにしてしまう。
どこにそんなエネルギーをもっているのか。そのメカニズムは?
▼そんな、自分でもわからいこと考えながら職員室にもどると、まったく偶然である。
「SPring-8 NEWS 54号」が来ていた。
そこに
「 いまだ謎多き水分子の世界 -その意外な構造と運動様態の秘密に迫る-」
の記事が出ていた。
私は、うれしかった!自分の「ふしぎ!?」を認めてもらったような気分になった。
不勉強で記事内容のすべてがよく理解できるわけではない。
しかし、私の「ふしぎ!?」が今も、最前線の「ふしぎ!?」研究とつながっているというのがうれしい。
やっぱり、水は「ふしぎ!?」な物質なんだ!!


| | コメント (0) | トラックバック (0)

【授業】「感じ」が科学になるとき

▼今朝起きて外へ出て見た。今日は「大寒」だ、まさにその名の通り寒い、空も凍てついていた。
そこに異様に大きくまん丸に感じる月が浮かんでいた。カレンダーで月齢を確認してみた。やっぱりそうなんだ「満月」なんだ。私の「感じ」もまんざらでもないなと、単純な私は喜ぶ。
▼でも、この「感じ」が問題なんだ、「ふしぎ!?」も「感じ」だけで終わってしまうと科学にならない。
「感じ」だけでは再現性もないし、人にツタエルこともできない。
「ふしぎ!?」同士もツナゲルこともできない。
そこで、人間は数値化することを発見した。
そうすれば、より正確に、人にツタエルこともできるし、再現性も出てくる。
▼今日は、それを授業しようと思う。
「この塩水の方が辛い感じがする」
「この甘さの砂糖水を明日もつくることできるかな」
「この濃さの硫酸銅水溶液がいちばん美しく感じる」
…。
こんな話だ。
質量パーセント濃度である。計算だ!!
私も多分にそんなところがあるが、どうしても計算となると鬱陶しい!苦手!!
という意識がはたらいてしまう。
しかし、「感じ」を科学にするためには必要な手続きであり、きわめて有効な手段であるのだ。
それを伝えたい。うまく伝わるかな。
▼今日は、私の誕生日だ。
私が生まれてから、地球が太陽の周りを何回転して来たかなんて記録してきたわけではないので
誰もわからない。しかし、数値化してあるからわかるんだ!!
数値で記録するってやっぱりすごいことだ。
「私の科学」に使わない手はない。
私の「ふしぎ!?」を「私の科学」にするために。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

【授業】「溶ける」とは!??

Dscf5688▼本格的に授業再開である。物質探検三部作の最終章【溶解】である。
授業直前まで、少し迷いがあった。
なかみについてはきまっていたが、そこへのせまり方についてである。
「溶ける」の「ふしぎ!?」はどうすれば伝えることできるだろう。
▼まずは、「科学の言葉」から入った。
「溶解」については、漢字教室みたいなことをやった。
そして、「溶質」「溶媒」「水(溶液)」と続けた。
今から、使っていく言葉として確認した。
そして、いよいよ「溶けるとは!?」に入っていく。
▼最初に確認したのは、台ばかりの上に砂糖(食塩)とビーカーに入っている水とのせておいた。
そして、砂糖を水の中に入れて溶かした。
台ばかりの目盛りは?
と聞いた。
両クラスをあわせても2名の生徒だけが「目盛りは大きくなる」と予想しただけだった。「小さくなる」はいなかった。
みんなが言った、「同じ」と。
これは水の中に入っても全体として変わらない。
質量保存はアタリマエになっていると考えていいのだろうか。
▼では、「溶けて」物質はどうなってしまったのだろう。
イメージ図を書いてみることにした。
二つのコースをとった。
○「溶ける」三条件
(1) 透明性(色がついていてもいい)
(2) 均一性(濃さはどの部分も同じ)
(3) いつまでも底にたまらない。
を説明してから書くコースとすぐにイメージ図を書いてから、そののちに「三条件」をあつかうコースである。
クラスによってちがう方法をとることになってしまった。
それぞれに面白い展開となった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【Web更新1/16】11-03【大地の動きをさぐる】更新

Dscf5568

樹も枝も 超えて拡がる 寒の空
 11/01/14(金)@安富

■楠田 純一の【理科の部屋】11-03
 昨日が、1.17だったのでいつもと一日ずれた週末定例更新のお知らせとなった。
今年になって、はやくも3回目の定例更新となった。WebとblogとTwitterを組み合わせて時を刻む生活を続けているが、だいぶんそれにも慣れてきた。自分のなかで「体内時計」作られていることなのだろうか。
ある面では、この枷が自由を与えてくれている。

◆表紙画像集2011 校庭の樹木シリーズ アメリカフウ
 校庭の樹木の多くが、葉を落として幹と枝とだけになっている。それらを通して空を見ることが多くなってきた。そうして観る空は、無限にツナガル宇宙をも想起させてくる。
「ふしぎ!?」なものだ。校庭の樹木たちは、「生命」の象徴なのかも知れない。樹木たちの生命はつながり続ける。その証しである「冬芽」が気になりだした。

◆【大地の動きをさぐる】更新 
 昨日の1.17でよりいっそうこの単元の授業が気になりだした。
本格的には、【溶解】の後ということになるが、昨日はやっぱり特別の日、授業でそのさわりにふれてしまった。
この単元が終わるころには、少しでも「くらし」と「科学」はツナガルだろうか。
そうなればうれしいな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

あれから16年!そして…

Dscf5601▼昨日16日は、一日ずっと雪ですっぽり覆われてしまったヒガンバナのことを見ていた。ちょっと事情があって、一年間に撮ったヒガンバナの画像を見ていたのだ。あらためて一年間をかけたヒガンバナのみごとな「戦略」に感動してしまう。種族維持と個体維持という生物の絶体命題にひとつの解答をだしている。
ヒガンバナの一年に感動すると同時に、自然の「一年」という周期にも想いを馳せた。
▼地球が太陽の周りを一回転するあいだの「時間」についてだ。
そうだ!
もうまもなくだ。あれから16年だ!
「あれ」から地球は太陽の周りを16回転してきたんだ。
私は、その間にどれだけこの地球のこと、自分の立つ大地のこと深く理解するようになっただろう。
恥ずかしい応えしかだせない。
記憶が遠のくと同時に「哀しみ超えて」の決意もうすらいでいるのかも知れない。
▼冬休みの課題研究で聞いた「山崎断層地震」(1984.5.30)の人々の「記憶」は鮮明であることを知った。
その「記憶」を活かしながら、「動く大地の物語」を授業すること。
これが今の私にできること。
もう一度、27年前の「記憶」を読みかえしてみるところから…。

16年前の哀しみに  合掌。 そして…。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

『ゆっくり 急げ!』は名句だ。

Dscf5594▼昨日は、土曜日だから、ふたつの植物の定例観察の日だ。まずは大賀ハスだ。静かに眠っているように変化はない。しかし、それは目に見えている範囲のこと、私には見えていない変化はきっと起こっているはず。まちがいなく「時間」は経過していっているのだから。植え替えから42週が経過していた。
Dscf5598▼次が、定点観測地Aのヒガンバナである。小正月のヒガンバナ!
「ヒガンバナ」とは、秋のお彼岸のころに咲く花のことである。それは、そうである。だから「彼岸」「花」なんであるアタリマエのこと、でも植物としての「ヒガンバナ」は、それだけではない。この冬場、みどりの葉っぱをせいいっぱい広げ、光をひとりじめして栄養を生産する生き生きとした姿も「ヒガンバナ」なのである。
これを含めて観察しなければ、ほんとうに植物「ヒガンバナ」を観察したことにならない。
▼昨日は定点観測を「ゆっくり」と楽しんでいる場合ではなかった。積もり積もった片付けなければいけない仕事が山積みだった。
 この頃、こんなときには口をついて出るコトバがある。
それは
『ゆっくり 急げ!』
である。自分で自分にこう命ずるのである。
ほんまやな!と応じて、次の行動をおこすのである。
▼元々はローマ皇帝アゥグストゥスの言葉だそうだ。私は、あの外山滋比古さんのエッセイ集『ゆっくり 急ぐ』(毎日新聞社)から知った。なんでものろまな私には、ぴったりと来る言葉だ。
のろまはのろまで言い訳があって、これが「自分のスピード」と決めていると。
居直る気持ちもあるんだ。そこへ早く流れをあわせろと言われると反抗してしまうのである。
ところが、この言葉はちがう。
「自分のスピード」を認めてくれているのだ。でも「急げ!」なんだ。
▼限られた時間を意識するようになってきてよけいにこの言葉が、自分にピッタリとくるようになってきた。
今日も呪文のように
この言葉を繰り返しながら
「やらなければいけないこと」
「やりたいと思うこと」に向かっていこう。

『ゆっくり 急げ!』

| | コメント (0) | トラックバック (0)

今、「授業」を綴ることの意味!

Dscf5578▼今日は、小正月。そして昨日は「とんど」であった。となりの隣保と一緒になって「とんど」をやり出してから、2回目であった。今月の4日の日には、みんなで準備をしていた。朝出かける前にも、夕方には参加させてもらう予定で話もしていた。しかし、どうしても用があって、少し遅れての参加となってしまった。
 もうすでに、火は小さくなってしまっていた。しかし、小さいと言っても、ふだん見る炎にくらべるとやっぱり大きな炎だ。その炎をみながら、「燃焼」の授業のことを考えていた。
 やっぱり「ばっかり病」は持病のようだ。
▼先日、私の尊敬する中村敏弘先生から、とても興味深い冊子を送っていただいていた。
今も教壇に立っておられる先生の「駆け出し時代(昭和30年代初期)」の「実践記録2編」を綴じたものだった。
私は、ただただ
「すごい!!」「すごい!!」
「やっぱりな!!」
 ばかりを連発しながら読ませてもらった。半世紀以上の時空を超えて響いてくるものがあるのである。
ほんとうにこれが、半世紀以上も前に書かれたものであるのかと疑ってみたくもなるのである。
それぐらいその「実践記録」が投げかけてくるものは今日的なのである。
▼私が教師生活をつづけてきたなかで、何度なく多くを学ばせてもらった、示唆を受けてきた本に、中村先生の書かれた『教育実践検討サークル 創造する東北の教師たち』(1975年、国土社)がある。
 そのなかに次の文がある。

 『もうひとつ、記録を書くことと、思想性を高めることを統一して行う仕事がある。それは、自分の認識の変化を書くことである。子どもの認識をどのように変えようと思って、自分の認識がどのように変わったか-自分が先生になった時から、どういうことがあったからどう変わったか、自分の記録を書くことである。
 実践を検討したり、批判したりするもと(基準)は、教師としての生活であり、それがこうすることによって、はっきりさせることができるのである。』
(前著 P423)

 なんと示唆的であることか。
なんと今日的であることか。
 私が、今日もこの拙いblogをこうして書き綴る意味もここにあるのかも知れない。
▼blogを書き続けることで言うなら、いつも示唆を受けているもうひとつの文章がある。
それは、ネットの世界で出会っていつも示唆を受けているサイエンスライター森山和道さんの書かれた文章である。
それは「ネットワークと教育」(15年以上前に書かれた)のなかにある。
そういう風に考えていくと、別に教育現場にコンピュータ・ネットワークなんか必要ないんじゃないか──そんな風に思えてくるかもしれない。しかし、それは違う。各人が全く違う目的で蓄積したデータベースや、全く違う目的のために造られたネットワークがシームレスに繋がっていくのが「ネットワーク時代」である。全く違う知識・思考方を、全世界規模で共有することができるのだ。

例えば、それぞれの教師が自分の授業ノート・データベースを構築し、公開する。それは巨大な授業のデータベースとなるだろう。それだけで、全く違う授業が生まれるかもしれない。

これから15年以上が経ている。
しかし、なんと今日的であるのだろう。
「電子教科書」のことが、云々される時代だ。
いまこそ、この提言が生かされる時代なのかも知れない。
だから、私はやっぱり「小さなこと」「気づいたこと」「思ったこと」「失敗したこと」「私の小さな発見」…を綴りつづけようと思う。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

【授業】「溶解」の「ふしぎ!?」はどこにあるのか。

Dscf5521▼昨日の朝出かけようとしたら、まだ「一日のうちでいちばん美しい空」が続いていた。それに今は、明けの明星のおまけがついているから、なんともうれしい。
金星の下の山に、私はずっとずっと「ふしぎ!?」を感じている。山なのにひとつの山のかたちでなくて、まるでそこは土手のように同じ高さの山脈が続く。きっとこの地形にツナガル物語があるはずだ。そう思いながらも、まだその物語をきっちり追わずに保留にしたままだ。
▼「ふしぎ!?」を追うといえば、次の授業の【溶解】というのも、ほんと考えてみると「ふしぎ!?」でいっぱい
だ。
・目に見えていたものが、消える。でも間違いなくそこにあるという。
・不思議なことにどこにも「均一」にあるという。
・いつまでも「均一」であるという。
・そのとき熱の出入りがあるという。
・溶解は化学変化なのだろうか。
・溶けて見えなくなっても、ほんとうに質量は保存されているのか。
・溶けたモノを再び取り出したら、なんでそんなみごとな形をしているんだろう。
・どんなルールに基づいてそんなみごとな形をしているのだろうか。
・…
あげたら、きりがないほど「ふしぎ!?」でいっぱいだ
▼しかし、限られた時間の中ではそればっかりをやっている訳にはいかない。
だとしたら、それらの「ふしぎ!?」をどこで保留にするかが問題だ。
 最初から、アタリマエで切り捨てていては面白くない。それでは理科ではなくなってしまう。
「ふしぎ!?」を保留したままも、次なる学習を展開し、次に学習したことと繋げて「ふしぎ!?」のレベルアップをはかる。そんな作法があるのではないか。
そんな「ふしぎ!?」追求の流儀のようなものがあるのではないだろうか。
最近になってそんなこと思うようになってきた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【授業】「三態変化」私のイメージは!?

Dscf5511▼昨日も、すきま時間を利用して「雲見」の定点観測地に立っていた。寒中の空は、凍てついていた。
雲がない。まわりを見渡しても雲は見られなかった。今年初めての「快晴」マークを天気表につけた。でも、それはほんとうに瞬間であった。次に見たときには、雲が出現していた。
中国山脈を境にして「上がると シンシン 下がるとカラカラ」が展開されているのだろうと見えない大気の動きをイメージしていた。
▼そのイメージするのは、ほんと便利な「科学の方法」であると思う。
見えないものの「ふしぎ!?」を追いかけるときにはとくに有効だ。
2学期の最後の授業で、三態変化、状態変化のそれまでのまとめの意味も含めて

・固体ブルブル [○○○○○]
・液体フラフラ  [○○○○○]
・気体ビュンビュン [○○○○○]

「○○○○○」を聞いていた。というより小さなプリント書いてもらっていた。
冬休みのあいだにゆっくり見せてもらうつもりで。
▼やっぱり聞いておいてよかった。
面白い!!分子・原子の集まりかた、運動の様子のイメージからいろんな言葉でてきている。

固体ブルブル…「ブルブルドック」「寒がり屋」「携帯電話」「仕事中」「ブルーベリー」「…」
液体フラフラ…「フラミンゴ」「酔っぱらい」「散歩中」「めまい」「右往左往」「…」
気体ビュンビュン…「新幹線」「風になる」「鉄腕アトム」「流れ星」「アンパンマン」「高速道路」「…」

どれも、これもなかなかの傑作である。
正月休みを経て、このイメージは消えずに残っていただろうか。
この続きは【溶解】の授業でまた聞いてみよう。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

その「記憶」は残っていた!

Dscf5504_2▼昨日は、3学期の始業式だった。あらたなスタートであった。
私は、すきま時間をみつけて、例の「雲見」の定点観測地にたっていた。
そこでは、あいかわらず刻々と空の表情がかわっていた。ときになにかにたとえたくなるような雲が出現する。
もうそんなものは、とんと見かけることがなくなったような「洗濯板」のような雲を見た。
遠い遠い記憶のものである。
▼始業式の昨日は、「冬休みの課題研究」の提出日にもしていた。
課題研究は三つだった。
(1) 「山崎断層」徹底研究!!
(2) 「山崎断層地震」(1984.5.30)徹底取材調査!!
(3) 石ころ(岩石・こぶし大)1個の採集・提出
である。
 特に注目していたのが、二つ目の「山崎断層地震」の「記憶」である。
26年~27年前、四半世紀以上前の「記憶」はどのように残っているかに興味があった。それは「これから」に生かしていくべきだと思った。
▼でてきたレポートに感動した。
いろんな人の「記憶」が書かれていた。
中学一年生の親御さんであれば、ちょうど自分自身が学生(小、中、高)さんであることが多いためということもあるのだろうか。
鮮明に記憶されている。
午前9時39分、そのときは授業中であった。
・机の下にもぐった。
・運動場に避難した。
・○○の授業中であった。
などなど、何の授業中だったかということまで含めて記憶は鮮明である。
ちょうどお正月であったことも幸いしてだろう。おじいちゃん、おばあちゃん、おじさん、おばさんからの「聞き取り」もある。中には、その翌日の「新聞記事」のコピーも出てきていた。

これらを見せてもらいながら、私は、思った。
今度は、これらをどう「授業」にツナゲルかが、私に与えられた「課題研究」だと。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【授業】【大地の動きをさぐる】を構想する。(5)

▼「やるべき」ことを抱えたままの三連休であった。
こんなときは、ものごとをとりあえずリストアップして、優先順序をつけながら赤青の両刀エンピツをもっていてやれば青色で、できなかったことは赤でチェックする。
 こんな作業をやりだしたのはいつからだろう。ずいぶんふるからのような気もするし、あの佐藤可士和の「超整理術」の影響のような気もする。この三連休、赤で△印のついたものの多いこと。
時間は容赦なくすぎていくというのに…。
▼授業の構想も、リストアップしたなかにあった。しかし、毎日、赤でチェックされてしまうこととなった。
これまでの自分の実践を、【大地の動きをさぐる】でアウトラインだけふりかえってみて、次に現行の教科書のぺーじをくってみた。
その次である。
では、いったい何を「ねらい」とするのか。
ひとことで言えば、一番最初にあげたことになる。
「自分たちの立つ大地が、現在進行形で動いている」という認識
この認識をどれだけリアルなものにするかが勝負どころである。
リアルな認識こそが、防災・減災にもつながる。
また、大地の「ふしぎ!?」の面白さに通ずるものになるはずだ。
▼ここで新しい学習指導要領を見てみる。

(2) 大地の成り立ちと変化
 大地の活動の様子や身近な岩石,地層,地形などの観察を通して,地表に見られる様々な事物・現象を大地の変化と関連付けて理解させ,大地の変化についての認識を深める。
ア 火山と地震
(ア) 火山活動と火成岩
 火山の形,活動の様子及びその噴出物を調べ,それらを地下のマグマの性質と関連付けてとらえるとともに,火山岩と深成岩の観察を行い,それらの組織の違いを成因と関連付けてとらえること。
(イ) 地震の伝わり方と地球内部の働き
 地震の体験や記録を基に,その揺れの大きさや伝わり方の規則性に
 気付くとともに,地震の原因を地球内部の働きと関連付けてとらえ,地震に伴う土地の変化の様子を理解すること。
イ 地層の重なりと過去の様子
(ア) 地層の重なりと過去の様子
 野外観察などを行い,観察記録を基に,地層のでき方を考察し,重なり方や広がり方についての規則性を見いだすとともに,地層とその中の化石を手掛かりとして過去の環境と地質年代を推定すること。

『内容の取扱い』においては、次のように述べてある。

 (3) 内容の(2)については,次のとおり取り扱うものとする。
ア アの(ア)の「火山」については,粘性と関係付けながら代表的な火山を扱うこと。「マグマの性質」については,粘性を扱うこと。「火山岩」及び「深成岩」については,代表的な岩石を扱うこと。また,代表的な造岩鉱物も扱うこと。
イ アの(イ)については,地震の現象面を中心に取り扱い,初期微動継続時間と震源までの距離との定性的な関係にも触れること。また,「地球内部の働き」については,日本付近のプレートの動きを扱うこと。
ウ イの(ア)については,地層を形成している代表的な堆積岩も取り上げること。「野外観察」については,学校内外の地層を観察する活動とすること。「地層」については,断層,褶曲にも触れること。「化石」については,示相化石及び示準化石を取り上げること。「地質年代」の区分は古生代,中生代,新生代の第三紀及び第四紀を取り上げること。
  

やっぱり言っている。
「…大地の変化についての認識を深める。」
と。究極のねらいについては、同じである。
問題はやはり、今、自分の立つ大地とどこまで関連づけることができるかである。
▼どうすれば、
あの裏山、
となりの川、
あそこの崖、
前を通る中国縦貫道、
もってきた「石ころ」ひとつと
大地の動きとツナゲルことができるかである。
「あの手」、「この手」をもう少し具体的に考えてみよう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【Web更新1/9】11-02【大地の動きをさぐる】更新!

Dscf5405

ドウダンや 燃え立つ思い 冬芽まで
 11/01/07 (金)撮影@安富

■楠田 純一の【理科の部屋】11-02
週末定例更新のお知らせ
 今年になって2回目の更新である。「更新」という枷を自分でつくって、それによって自分の生活にリズムをつくろうという本来怠惰な人間の考えだした「戦略」だ。いつものパターンの更新を繰り返す。
このblogを、Webぺーじに貼りつけるだけである。このパターンは、とりあえずは3月末まではつづけようと思う。

◆表紙画像集2011 校庭の樹木シリーズ ドウダンツツジ
 寒に入って、樹木の冬芽というものが妙に気になりだした。そこにはその樹木の「未来」が封じ込められている。
それが、じっと冬の寒さに耐えている姿は、なんとも感動し思わずエールをおくりたくなってくる。
 秋には、燃え立つ姿だった前庭のドウダンツツジは冬芽まで「燃え立つ思い」を内包しているかのようであった。
 少しの間、いろんな冬芽をみてまわりたい。

◆【大地の動きをさぐる】更新!! 
 なんと、このページの更新は10年ぶりである。いやそれ以上かも知れない。
10数年前の跡かたは残しておこう。きっとリニュアルして考えるときのヒントとなるものがあるはずだから。
それにしても面白い!10年の時空を超えてのWebページ更新なんて!!
自分がつくったページでありながら、それはまったく別人がつくったようにも見える。
過去の「作成者」の自分と今の「更新者」の自分とが「これから」について語り合う。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

【授業】【大地の動きをさぐる】を構想する。(4)

Dscf5437▼昨日は、大賀ハスとヒガンバナ定点観測の日だった。さすが寒中だ、冷え込んでいた。
大賀ハスの方は、年を越しているが植え替えから数えて41週目である。観察池には氷が張りつめていた、しかしその下には、なにか生命の「よどみ」を感じさせるのは、確実に時を刻んでいっている証しなのかもしれない。
Dscf5444▼寒中のヒガンバナは元気だ。光はひとりじめである、いまどんどん栄養を貯め込んでいっているのだろう。
なんど考えても、みごとな戦略である。「ヒガンバナの「ふしぎ!?」を追う」中間報告をまとめていて気づいた。
私は、まだまだヒガンバナのことわかっていないなと。
残る「ふしぎ!?」はどころか、まだ入り口あたりをうろうろしているにすぎない。これはある面でワクワクすることでもある。もっと知らないことを知ることができるという楽しみを味わうことができるということだから。
▼授業の構想をつづける。
教科書を少していねいにページをめっくているところだった。
繰り返そう。

●2章「大地は語る」
1 化石が教えてくれること
  示相化石 示準化石 地質時代
  「日本の恐竜」
ここまでだった。つづける。
  「地球カレンダー」 古生代 中生代 新生代 第四期
2 地層はどのようにしてできるのか
  風化 侵食 テフラ時計(アカホヤ火山灰) 柱状図
3 地層をつくる岩石を調べてみよう。
  たい積岩 泥岩 砂岩 れき岩 石灰岩 チャート 凝灰岩
4 地層を調べてみよう

●3章「大地がゆれる」
1 地震はどのように大地を伝わるのか
  震源 震央  初期微動 主要動  初期微動継続時間
  P波とS波
  震度とマグニチュード
  地震による被害
2 地震はどこで起こるのか

●4章「大地が変動する」
1 大地が動いた証拠
  断層  隆起 隆起 活断層
  しゅう曲
2 大地の変動をもたらすプレート

以上が大まかな流れである。
網羅的である。教科書であるから当然とも言える。
では、次にこの授業の究極の「ねらい」はどこにあるのかを考えていく。

<つづく>
 
     
  

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【授業】【大地の動きをさぐる】を構想する。(3)

Dscf5363▼昨日(7日)の朝のことだ。
 この世の中でもっとも美しいものは問われれば、ひとつは私は、この夜明け前の空をあげるだろう。それを教えてくれたのは空を眺め続けてきた武田康男さんだった。その美しさも季節により多様に変化する。
寒中の今は、透明感がある。冷え込みが厳しい、その分暖色の光が美しさを増す。
その一日でいちばん美しい空と明るく輝く金星のコラボ!!
下手くそカメラマンも、思わずデジカメを向けてしまった。
▼今朝も続けよう。授業【大地の動きをさぐろう】の構想を
もういちど教科書からはじめてみる。
教科書での単元名は『活きている地球』となっている。
4つの章からできている。
1章「大地が火をふく」
2章「大地は語る」
3章「大地がゆれる」
4章「大地が変動する」
である。「動く大地の物語」をシナリオ化しているのだ。
▼もう少しくわしくページをめくっていく。
・「ハワイが語る地球の不思議」
ここで、「プレート」「大陸移動説」も出てくる。大地の「ふしぎ!?」への誘いだ。
●1章「大地が火をふく」
1 火山についてさぐってみよう
  マグマ 鉱物
2 マグマからできた岩石を調べて見よう
  火成岩 火山岩 深成岩
  火成岩のつくり 斑晶 石基 斑状組織 等粒状組織
  火成岩をつくる鉱物
3 なぜ火山国といわれるのか
●2章「大地は語る」
1 化石が教えてくれること
  示相化石 示準化石 地質時代
  「日本の恐竜」
▼そう言えば、昨夜すごいニュースがながれていたな。
恐竜の歯の化石 小学生が発見
 同じ兵庫県ではないか。これは…!!

<つづく>

  

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【授業】【大地の動きをさぐる】を構想する。(2)

Dscf5333▼昨日の「雲見」定点観測地の空は鉛色をしていた。芯から冷え込んでいた。
そうだった!!「寒の入り」(小寒)だったんだ。なんという、みごとだ!!
 自然とつきあいながらの「くらし」のなかからの「科学」のすくいとりだ。
暦が私にはそう見えてしまう。
▼そう言えば、今日七日は七草粥をたべる日では。
自然とのつきあいは読み取りだけではなかった。はたらきかけもあったのだ。
 もうひとつ「科学」にとっても記念すべき日だ。
 たった「401年前」=1610年1月7日、ガリレオが望遠鏡で木星のガリレオ衛星3個をみつけた日だ。
たった「401年前」である。人類の歴史から言えばごくごく最近のことである。
▼これである。【大地の動きをさぐる】で、「大地の物語」を追っていくとき、いちばんのハードルは「時間」のスケールである。「雲見」の下のあの山も、この坂道も「歴史」があって、今あるのだ。
物語つくっていくときの時間のスケールが混乱してくる。
4年前、40年前、400年前、うーんこれぐらいまでなんとか苦労しながらでも追うことができるかも知れないないが、4000年前、40000年前、40万年前、400万年前、4000万年前、4億年前…。
みんな、みんな「昔」だ。せいぜいがんばっても「ちょと昔」「めちゃくちゃ昔」にわけれるぐらいだ。
でも、大地の歴史のなかでは地続きなんだ。そしてその歴史は、現在進行形だ!!
▼この第一のハードルをどうしてクリアーできるだろう。
まずは大まかな「動く大地の物語」をつくってしまうことも必要かも知れない。
思いつくままにあげてみる。
・あの山から、アンモナイトの化石がみつかっている。
・あの地層から姶良火山灰がみつかっている。(テフラ時計)
・中国縦貫道と山崎断層(道と断層)
・山崎断層地震
・持ってきた石ころは、どこからやってきたのか。
・地球カレンダーの利用

まだ、まだありそうだ。
具体構想までの道のりは遠うそうだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【授業】【大地の動きをさぐる】を構想する。(1)

Dscf5327▼昨日(5日)、その機会は偶然訪れた。私は、1分野最終単元「溶解」のことを考えながらも、平行して【大地の動きをさぐる】のことも考えはじめていた。
 これまでのこの単元でやってきたことをふりかえらねばと、これまでの資料を寄せていた。そのときだ、なんと別の企画のことで、地域の方から声をかけていただいて、校区をまわることになった。
なんという偶然だ!!ありがたい機会だった。とっても貴重なことをいっぱい教えていただいた。
 その最後のきわめつけが「山崎断層」であった。
▼冬休みの課題研究にだしている「山崎断層地震」のときのこと教えていただいた。
帰ってから、私はこの作業を急がねばと思いだした。
授業【大地の動きをさぐる】の構想だ!!
実におおざっぱな、これまでにやってきた構想なら
◆【大地の動きをさぐる】
にある。
 これは、今となっては「構想」というより、私の拙い消えかかった「足跡」みたいなものだ。
でも、「足跡」でも、まずはの手がかり、足がかりにはなる。
これらをもういちどバラバラにして組み立てていこうと思う。
限られた時間のなかである。急ごう!!
▼いったい何をこそ学ばせたい・教えたいのだろう。
それは変えない、変わらない!!
Daichitytle
大地の「ふしぎ!?」を、現在進行でとらえさせたい。
そして、自分たち立つ、この大地が今も動いていること。
あの山も、川も
その石ころひとつにも「動く大地の物語」がつまっているのだ!!

叫んでいるだけでは、伝わらない。具体的な構想をはじめよう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【授業】『溶解』を構想する。

Dscf5265▼正月三が日は、そこに立たなかったから、ちょっと久しぶりだ。「雲見」の定点観測地にたって、いつもの空を見た。仕事始めは、ここからはじまった。もう4日であるが、その坂道が、初詣に向かう人でけっこうにぎわっている。
ところどころにまだ少しだけ雪ものこっていた。
▼理科室に入ると、次の授業のことが少し気になりだした。
授業は序章「物質探検」につづく三部作「気体」「三態変化」「溶解」のつづきであった。「三態変化」が、一応終わっている。
 どこまで、原子・分子は見えてきたのだろう。それがいちばん気になるところでもある。
そして、次は「溶解」である。
 これで、1分野の学習は終わる。
▼これで1分野の授業も終わりかと思うと少し緊張してくる。
『溶解』ではいったい何を学べばいいのか。
いつものように、教科書のページをめくることからはじめた。
「とけるとは」からはじまっている。
そして「透明性」「均一性」でまとめている。さらっといけばそれまでのこと、しかし、そこにも「ふしぎ!?」がある。
そこに目に見えて存在していたモノが姿を消すのである。
しかし、姿は消すが消えてなくなるわけではない。確かに存在している、それが証拠に再びとりだすことができる。
▼私は、「溶けるとは」に、「透明」「均一」に加えて「いつまでも底にたまらない」を加えたい。
ずいぶん昔になるが、ある生徒が言った。
溶解の学習もひととおり終わったころだった。
「いつごろまであの青色はもつんですか?」
硫酸銅を水に溶かして、「透明性」「均一性」「底にたまらない」もやったあとだった。
やったから、「ふしぎ!?」は解消し納得したわけではない。
やっぱり「ふしぎ!?」なんだ。
 かき混ぜもしないのに「いつまでも下の方が濃くならない、底にたまらない」なんて。
私は、一メートルばかりの円筒のアクリル容器を用意して、そこに硫酸銅を溶かし、長い間、理科室の柱にくくりつけていた。たしかに、いつまでたっても下の方が濃くなったり、底にたまったりすることはなかった。
▼「とける」の「ふしぎ!?」で記憶していることがもうひとつある。
それは、小学校の実践録で読んだ憶えがある。
「あの固い食塩の結晶はとけるのに、あのやわらかいやわらかい豆腐はなぜとけないの?」という「ふしぎ!?」
だった。その実践録がこの疑問にどう答えたかはおぼえていない。
ただ、私だったらどう答えるだろうと思い、「私には無理だ!」と思ったという記憶がある。
こうして考えてみると、
「とける」とはけっこう「ふしぎ!?」な現象である。
しかし、同時に
「とかす」はきわめて有効な科学の方法である。
ことも確かである。
 しばらく「とける」の「ふしぎ!?」を追いかけるところから授業の構想を練ってみよう。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

Twitter的「学び」とは

▼はやくも4日である。新月である、「月食」を見逃し、Twitterで北海道、青森の「月食」を見たのほん先日であったと思うのに…。これぞまさに「月日が経つ」のははやいものである。
 昨日は、恒例の大学のOB会、ほんとうに長く続いている。私は、この会がとても好きだ。
▼同じ分野で仕事をしている人はほぼいない。企業で仕事をしている人がほとんどだ。
だから、ものすごく勉強になるのだ。
社会のこと、経済のこと、ものづくりのこと、そして「私の科学」のこと
へぇー、そんなものの見方があるか。
あっ、あのニュースにはそんな意味があったのか。
▼なかには、教育への提言があったりする。
「ミトコンドリアを教えろよ」「我々のルーツをたどれ、子どもたちはきっと変わるぞ」
聴きいってしまう。
自分自身の浅学をはじると同時に、今さらにして勉強したい!!
学びたい!!という衝動にかられる。
▼今年の抱負の第一は「Twitter的の加速」であった。
Twitter的は、ついにはいちばんの根幹「学び」にまで達していく。
「リンク」
「シェア」
「フラット」
「等身大」
「リアルタイム」
そんな「学び」とはどんなものだろう。どんな方法があるのだろう。
▼今一番、「学びたいこと」あげていく。
・科学史
・科学教育史
・教材史
・俳句
・分子生物学
・地球科学
・ジャズの歴史
等々 だめだ、あげだしたらきりがない。
諸先輩に触発されて、少し「これから」の私の学びとその方法について考えはじめていた。


 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【Web更新1/2】11-01【ヒガンバナ】【大賀ハス】等

Dscf5054

大晦日 シンシン手紙 届くなり
 10/12/ 31(金)撮影@安富

■楠田 純一の【理科の部屋】11-01
週末定例更新のお知らせ
 2011年第1回目の更新である。今年も、週に一回のWeb更新、一日一回のblog更新、一日複数回のTwitter更新これは、私自身の「体内時計」として続けていきたいと思っている。
 情報を発信しつづけることで、自らのリズムをつくりだしていきたい。

◆表紙画像集2011 校庭の樹木シリーズ メタセコイヤ
 年があらたまってこの画像集もあらたにした。画像そのものは大晦日のものだ。
大晦日、校庭にシンシンと雪が降り積もっていた。校庭の樹木たちも雪に覆われていた。
グランドの西のメタセコイアは、それでも銀世界のなか一年をふりかえるように佇立していた。
天から送られくる「手紙」を、シンシンと受け取りながら…。

◆【ヒガンバナ情報2010】更新
 この正月休み、少しわけあって「ヒガンバナ」のこと考えていた。
ヒガンバナの「ふしぎ!?」を追いかけだしてからのことをふりかえってみていた。
この【ヒガンバナ情報】を発信し始めたのは1998年だから今年で13年目ということになる。
しかし、それは先達たちのヒガンバナ研究の歴史からみると、はじめたばかりということになる。
今年も、大いにヒガンバナの「ふしぎ!?」を追い続けたい。
お彼岸のころには、久しぶりにヒガンバナオフをやりたいものだ!

◆【大賀ハス観察日記】更新 
 こちらの方も、更新といっても、土曜日ごとに画像におさめた大賀ハスの姿をこのblogからひろっただけである。
大賀ハス発見60周年の今年、どんな「大賀ハス物語」が展開されるだろう。
これも楽しみである。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

今年の私の「初夢」は!!

Dscf5093s▼2011年元旦はTwitter的【星空の連帯】からはじめたんだ。起きて東空みたら、みごとな「金星と月のツーショット」だった。あまりにきれいすぎるので、つい画像で記録したくなってしまった。いつものデジカメ、三脚をたてるわけでもない。物干しの台に寄りかかってやってみるがうまくいかない。こうなれば数だ。「下手な鉄砲も…」でいった。ちょっとだけ見れるものがあったので、それをツィートしてみた。見てくださったフォロワーから「綺麗だ!」とコメントをもらった。
Dscf5150s▼うれしくなってしまって今度は「初日の出」だと思った。今年は、どこへも初詣には行かない。
初日の出も、家から見ることにした。天気は幸い、この時点では「初日の出」が見ることできた。下手くそカメラマンは、初日の出を撮りまくった。同じくツィートしてみた。
 今度は、自分から発信するだけでなく、初日の出をタイムラインに追っかけてみた。
そしたら、全国各地の「初日の出」を見せてもらった。こんなにいろんなところの「初日の出」をリアルタイムに見るのははじめての経験だった。
 これだと思った!!Twitter的【星空の連帯】(#hosiren)とは
 今年の夢は、いつでもどこからでも【星連】(#hosiren)だ。
Dscf5223▼土曜日だったので、定点観測がある。
まずは大賀ハスだ。観察池には氷がはり、雪が残りそこへ初日の出の光があたる。
大賀ハスは植え替えから、40週目である。年を越しても続ける。
大賀ハス、今年の夢は、またあの「あこがれの4日間」だ。あの花をもう一度みたい。
そして、結実させて今度こそ生命をツナグことに成功させたい。
大賀先生が大賀ハスの種子を発見して60年目の記念すべき年に。
大賀先生と言えば、あの「府中はハスのメッカなり」の府中へもう一度行きたい。まだ半分は残したままだ
Dscf5231▼もうひとつ定点観測がある。それはヒガンバナだ。
もうヒガンバナの「ふしぎ!?」を追いかけだして何年になるんだろう。今、「これまで」を少しだけまとめはじめている。まだまだ忌み嫌われていた時代にあえて「石蒜の話」を正月に書いた熊楠にあやかって、浅学無知なる私がである。追いかけた軌跡を無手勝流で中間報告に挑戦してみる。
そのヒガンバナ定点観測地Aのヒガンバナも初日の出を浴びて輝いていた。

「初夢」も小さな小さな「観察」からはじまった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

新年の抱負2011

▼新しい年、2011年がスタートした。
地球が太陽のまわりをまた一周し始めたのだ。
ここのところ何年間の恒例の新年の抱負を「記録」しておこう。未来の自分のために

(1) Twitter的を加速しよう!! 
昨年のキーワード、「Twitter的」をより加速していこう。
「リンク」…「ツナガル」「ツナグ」「ツナゲル」
「シェア」…「おすそ分け」「コンヴィヴィアリティ」
「フラット」…「平等」「ヨコニツナグ」
「等身大」…「等身大」
「リアルタイム」…「今」

(2) あらたな生活を楽しむ!! 
いよいよ今年は新しいステージだ。
ゆっくりと、ゆっくりと楽しみながら行きたいものだ。
「ゆっくりと 急ぐ!!」

(3) 全てにアクティブに スイッチ ON!!
「情報は発信するところに集まる」
「野をゆく」が待っている。
「私の科学」を楽しもう。

三つにしよう。今年はシンプルに行こう。
そうだ、今年は、なんでも
「シンプル」「アクティブ」「コンヴィヴィアル」で行こう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2010年12月 | トップページ | 2011年2月 »