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ヒガンバナに魅せられた人々

Dscf1457▼昨日も少しゆっくりとヒガンバナの観察をすることができた。定例の朝の散策をしながらヒガンバナをみてまわった。ほんとにみごとである、お彼岸になんとか間に合わせたヒガンバナの花茎はグングンとのび、開花をめざしている。私の定点観測地のヒガンバナはどうだろう。
私には、ふたつの定点観測地をもっている。ひとつは、ほんとうに門先の門先だ。家の玄関でれば、すぐ見れる場所である。そこを定点観測地Aと名づけている。意図して、そこに鱗茎を植えた記憶はない。
大雨のときにでもそこにやってきたのだろう。気づいたときには、そこにいた。その開花のようすは10年以上画像として残している。
 まわりのヒガンバナがお彼岸に間に合わせたのに対して定点観測地Aのヒガンバナには、まったくその気配はない。
Dscf1451▼もうひとつ定点観測地としているところが、散歩道の途中にある。そこのヒガンバナは徐々に花茎をのばし、開花に向けピッチをあげてきている。この地のヒガンバナはみごとである。燃え立つ松明の行列というにふさわしいものだ。小川のへりの田のあぜ道である。きっと大洪水のときに、ここに流れ着いたものであろう。
 ポツリポツリと灯りがついていくように、すでに開花したものも見られるのが今である。
▼それにして、なぜ私は、こんなにもヒガンバナにこだわるのだろう。
記憶をたどってみるが、この瞬間からいうものがない。目の前が田んぼばかりの家に生まれ育ち、そしてずっとそこにすんできたから、まったくアタリマエの植物なのである「ヒガンバナ」は。
私の秋の原風景のなかにヒガンバナは不可欠の存在としてあるのである。
これを「テクサレ」と教えてくれた母はもういない。
栗田子郎先生の『ヒガンバナの博物誌』の第四章「魅せられた人々」を再度読み直してみた。
実に多くの人々がこのヒガンバナに魅せられてきたことがわかる。
この花のどこに魅せられてきたのか、それぞれ違う。
魅せられたきた人の数だけ、私の「彼岸花物語」があるのである。
その物語の一端がこの本に書かれている。実に面白い、何度言うが、これが今、ネットで簡単に読ませてもらえるのである。なんとありがたい時代だ。これを読まないのはもったいない。必読!!
詩人、歌人、作家、民俗学者、もちろん植物学者等々、それだけでは多くの「野の研究者」がいるのである。
特に、野にあって「研究」をすすめる人たちに興味をもつ。
そのように魅せられた人々の原風景のなかに「ヒガンバナ」どのように存在するのだろうか。
これまた興味ぶかいことである。
▼魅せられた人々のなかに南方熊楠がいる。
彼は、魅せられたというより、ビカンバナの味方についた言っていい。
日本の「知の巨人」は、自らの博覧強記ぶりを発揮して、ヒガンバナの味方についた。
「研究」を通り越して、こいつのことを世間から守りたかった。そして、こいつのすばらしさを伝えたかったのだろう。
その熊楠流にいうなら
私にとって
ヒガンバナとは、「萃点」そのものなのである!!

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