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今日は「日本最初のホームページ」発信の日!!

Dscf1801▼昨日の朝もヒガンバナは元気だった。定点観測地Bのヒガンバナロードは最盛期に向かっていた。すでに少し白みはじめたものもある。いったい何本のヒガンバナがあるのだろう数えてみたくなったりする。
Dscf1808倒れかけていた庭のシロヒガンバナも、再度もちなおしこちらも最盛期に向けて咲き誇っていた。
いずれにしても人里のヒガンバナは3倍体だから、言わばクローンだ。
どのヒガンバナ、それぞれ固有の「歴史」をもつ、咲き誇るヒガンバナの数だけ「彼岸花物語」が存在する。
▼そんなこと考えていたら、Web発信の「歴史」にとって記念すべき日であることを思いだした。
今から18年前の今日
1992年9月30日!
◆日本最初のホームページ
が発信されたのである。
 それから18年という年月を経て今、日本にはどれほどのホームページ・Webページが存在するのだろう。
情報発信の形態も多様な進化をとげている。
 しかし、情報発信の原初にあるものはかわらない。「原点」は存在するのである。
▼このページをあらためて見ていると、
妙にワクワクした気分になる。
そして「これから」が見えてくるような気分になるのだ!。
そこにあった志とは何か。
情報発信はなんのためのものなのか。
この記念すべき日に考えてみたい。
今年度の折り返し地点の今日!!

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【授業】タイタンの音を聴く!

Dscf1767▼昨日の朝は、定点観測地Aのヒガンバナは久しぶり雨を吸い込んだ地面から、次から次と花茎の芽が出ていた。先行した花茎は伸びている、それはじっと見ていれば肉眼でもとらえられるかと思うぐらいのスピードである。
一方シロヒガンバナの方は、雨風にうたれて倒れるものもでるくらいである。
▼「ヒガンバナばっかり病」のあいだにも時間はどんどん過ぎていく。
授業を進めていく必要がある。
授業は構想するだけでは面白くない。やっぱり、やってみるのがいちばんだ!!
音の授業2時間目の流れはこうである。
・音の正体は物体の振動である。
・その振動は、伝わって耳に達する。そして聞こえる。
「ではどのようにして、音は伝わるのだろう?」
これが2時間目で「ふしぎ!?」のテーマだ。
▼振動する物体と耳とのあいだにあるのは「空気」、
「空気」が音を伝えるのか。
定番実験をしてみる。装置の関係で、6つの班でやってみる。
一生懸命かわりばんこになりながらピストンを動かしている。
なかなか音は消えない「聞こえない!」というところまではいかない。
少し小さくなったか、ぐらいのところで結論にいった。
「空気が音を伝える」と。
比較的簡単な流れだ。
Dscf1794▼そして聞いてみた。
T「空気が音を伝えるのであれば、空気のないところで音は…?」
S「聞こえない!」
T「ほんとうに空気のないところを真空という。真空なところと言えば、知っている真空なところは…」
S「宇宙!」
T「そうだ、宇宙だ。だから宇宙では音はしないんだ」
「でも、その宇宙でも音がするところがあるんだ」
「音が聞こえるためには、空気があればいいんだ」

「ここに土星の衛星タイタンで録音した音がある。聴いてみよう!」

◆タイタンの音

なにも考えずに聞いたらただの雑音である。
「ガーガー、ザアーザアー」を繰り返すだけだ。
しかし、生徒たちは興味深く聴き入っていた。

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【授業】教材としての「ヒガンバナ」

Dscf1714▼一週間のはじまりの朝、まだ薄暗いなかであるが朝の散歩にでかけた。もっと光のあるときにと思うが、それでは出勤に間に合わない。ヒガンバナが、あちらこちらで最盛期に近づいていた。定点観測地Bで立ち止まり、ほぼ同じ位置からデジカメを向ける。今年は、もうすでに田の稲は刈りとられている。エノコログサが妙に目立つのも今年の特徴か。
Dscf1734
 家に帰り、出かける直前に定点観測地Aのヒガンバナにもカメラを向けた。あきらかに花茎の芽の数が増えている。ものすごいスピードで成長していることはまちがいない。
 猛暑から一転、急に冷えてきたのがきっかけになっていることは間違いなさそうだ。それに加えて水が大きな役割をはたしているように思う。土壌のなかの水は不足していた。ここへきて、いっぺんに秋雨がおおくなってきた。
これで、ゴーサインがでたのだろう。
▼校庭のヒガンバナも同様であった。何カ所かの校庭の定点観測地で、花茎がのびてきていた。水分が十分であったと思われるところでは、すでに満開にちかづいている。
そこで、どうしても授業で扱いたかったものがある。
◆科学読み物『彼岸花の一生~一年間かけたみごとな戦略~』
である。昨年は授業で配るだけになってしまった。
 今年こそは、授業で扱える最後の機会だった。だからプリントアウトして、授業で読んでもらった。
ちょうど一学期に「植物の世界」を学習している。だから植物の偉大なる営み「光合成」のことも学んでいる。
その復習にもなった。指名して声を出して読んでもらった。
興味深く読んでくれた。今年のヒガンバナをすでに、通学路、家の周辺で目にしている生徒がほとどであった。
継続観察をよびかけた。
▼授業の方は、音の単元に入っていた。
後からのクラスでは「音をつくる」とい授業をやった。
おんさ等を使い 音の正体は「振動」である とやった後に
では、音をつくってみようと
「輪ゴム」「竹串」「ストロー」「B4のザラ紙」をひとりひとつずつ配った。

たたく、はじく、吹く…そして「振動」
いろんな工夫が飛び出してきた。
 

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【Web更新9/26】10-37【ヒガンバナ情報2010】更新

Dscf1579
秋空や 熟すまでの 時代かな
 10/09/24 (金)撮影@安富

■楠田 純一の【理科の部屋】10-37
週末定例更新のお知らせ
 またしても一週間が過ぎた。過ぎし日の「記録」が、きっと今週をデザインするのに役に立つと信じて更新をつづける。

◆表紙画像集2010 校庭の樹木シリーズ イヌツゲ
 校庭を散策する時間が先週は少なかった。校庭にもヒガンバナが咲き始めた。紅白のサルスベリもいよいよ旬をすぎてきた。どうしても鮮やかな花や実をつける樹木に目がいくところだ。シロウトの私などなおさらである。
校庭の樹木で、もっとも本数の多いのは、きっとこのイヌツゲであろう。ごくごくアタリマエのありふれたそん存在としてある。言わば「ケ」の樹木として存在する。小さな花を咲かせ、実ができ冬には漆黒の色をはなつ。そんな実にも青々しい時代があったのだ。
 それを始めて知った。熟すまでのはかなく初々しい時代である。

◆【ヒガンバナ情報2010】更新
 例年より少し遅れたヒガンバナの開花は、最盛期へと向かってきた。
いろんな場面にヒガンバナが取りあげられるシーズンである。
今年のヒガンバナ情報の特徴は、Twitterのタイムラインに#higanbanaのタグが続々とならぶところである。
巾着田、半田などの名所からだけではない。
自分の家の庭先のものであったり、帰郷したふるさとからのものであったり…
それぞれのヒガンバナが画像付きで、タイムラインに咲く。
この一週間も、これはつづくだろう。
そして、ヒガンバナが人々をつないでいく。

◆【音の学習】更新
 今週中にほぼ授業を終えることができるだろう。
 一時間のごとの授業報告もつづけていきたい。
 

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私のヒガンバナ定点観測地Aも発芽!!

Dscf1634▼昨日は我が家にとっては、ちょっと特別の日であった。母の49日の仕上げの法要の日であったのだ。
朝からその準備で忙しく動いていた。
 門先のヒガンバナ定点観測地Aにも目をやった。確かになんの変化もなかったはず。
ところが、法要が終わって、そこに目をやると花茎が発芽していたのだ。
(゚o゚)ゲッ!! 驚いた!!目を疑った!?
いくら成長がはやいと言っても、そんな数時間でそんなことが起こるだろうか。
家族を呼び寄せ、発芽を確認した。そして、定点観測地Aと母の想い出について話した。
▼私の定点観測地のヒガンバナについてだけでなく、日本のヒガンバナにとって昨日は記念すべき日となった。
NHKテレビ小説の人気番組『ゲゲゲの女房』の最終回であった。
あまり見ていなかったが、家族が面白いというので、機会があるときは少しだけ見るぐらいだった。
その最終回(昨日放送)で「ヒガンバナ」が出ているとTwitterで夕方に知った。ビデオにとっていたので見てみた。
驚きである。15分間のあいだに何度となくヒガンバナの映像が出てくるので、セリフのなかで何度も取りあげているのである。
 忌み嫌う花でなく、けっこう好意的な表現として。
 この最終回の視聴率を考えると、これほど多くの人が一度にヒガンバナの映像を印象的に目にしたことははじめてではないだろうか。
そんな意味では「日本のヒガンバナ」にとっては記念すべき日となっただろう。
人々のヒガンバナに対しての視線がかわったかも知れない。
▼私のなかで、ツナガリ連想ゲームがおこった。
「ヒガンバナ」→「ゲゲゲの女房」→「水木しげる」→『猫熊~南方熊楠の生涯~』→「熊楠」→「ヒガンバナ」
水木しげる=妖怪たちの味方についた男
南方熊楠=ヒガンバナの味方についた男
ふたりに響き合ったのは何か?
なぜ水木しげるは『猫熊~南方熊楠の生涯~』を書いたのか?
答えをみつけるのはもっともっと先のことだろう。
Dscf1626▼そうだ。ヒガンバナだけでない。
大賀ハスは、植え替えから26週目であった。
枯れは進行してきた。今季はこのまま枯れていくことは間違いなさそうである。
夏は遠くなりにけり。

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【授業】「やってみなけりゃわからない」!?

Dscf1577_2▼ひとつの行事を終えて、久しぶりの学校だった。校庭のヒガンバナが、ここ数日のあいだにどうなっているかすごく心配であった。校庭のヒガンバナ観察の「定点」は、去年から決めている。
 そのひとつである校門近くで、グランドの隅でフェンスに寄り添うように生えているヒガンバナに注目していた。
その第一「定点」は、ここ数日みないあいだに、みごとに花茎がのび開花に向かっていた。
▼ヒガンバナの「ばっかり病」にかかっているあいだにも、時間は過ぎていっていた。
授業の方だけはおろそかにするわけにはいかない。
描いたシナリオを具体化する必要があった。音の授業である。
(1)音をつくる
(2)音の伝わり方
(3)音の速さ
(4)音の大小・高低
(5)音を見る
この流れである。
(1)の「音をつくる」はまだひとクラスしかやっていない。両クラス実施した後に報告しよう。
構想したとおりにはなかなかいかない。
▼「やってみなけりゃわからない!」生徒もときどき使う言葉である。
私自身も使う。
「これまで勉強してきたことから言ったら、○○になるはずだけど、やってみなけりゃわからんよな!」
と実験することをあおるときなどに。
これを昨日、実感した。
 容器のなかになっているブザーを入れて、簡易真空ポンプを使って容器のなかの空気を抜いてブザーの音を消してしまう実験である。
そして
「空気が音を伝えている」というシナリオだ。
かわり番子になりながら夢中でピストンを動かしている。
それだけのことでもやっぱり楽しそうだ。
▼ひとりの生徒が言った。
「これ、ほんとうに音は消えるんですか!?」
そうなんだ。それは無理なんだ!完全になんて無理だ。
完全に空気をなくすのも、スポンジの台があるもののブザー本体の「振動」はスポンジを伝い容器に伝わっていく。
「理想的には…」と実験の結果とはちがう。
だから「やってみなければわからない」のである。
それは思考する科学を否定しない、むしろ思考を深める。

「今、音(振動)は伝えているモノはと…」

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『暑さ寒さも彼岸まで』とは…

Dscf1523▼お彼岸の中日の昨日は、朝から強い雨と風であった。竜巻情報までTVの天気予報が伝えていた。この天気予報もずいぶん緻密になってきた。有効時間を限定し、地域指定のメッシュも小さくなってきている。
その雨のやむのをまって、ヒガンバナの定点観測地Bにでかけてみた。
100%開花ではないが、少し遅れて花茎をのばし、スタンバイOK!!である。
なんとみごとな律儀さ!
どうし「今日が彼岸の中日である」と知ったのだろう。
「ふしぎ!?」だ。
Dscf1532▼吹く風も、肌寒さを感じる。空をみあげてたら、昨日までの空とは一変していた。ふ高くなり、ほうきで掃いたような雲、巻雲があった。
亡き母の『それ見てみい! 暑さ寒さも彼岸までよ!』
の声が聞こえてきそうな気がした。
ここに科学を「発見」しツタエルのが
私の仕事、私のライフワークと決意をあらたにしてみるが…
Dscf1557▼夜になると、空には、一昨日「中秋の名月」として見ることのできなかった月が
ぽっかりと
ほんとうに、まん丸に浮かんでいた。

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今日は、【日本ヒガンバナ学会】&「私のTwitter」記念日だ!!

Dscf1506▼昨日、宮城県白石市からのシロヒガンバナ開花情報を知って、私は自分ところのシロヒガンバナが気になりだした。「その気配なし」と言ってはみたもののその場所は、草むらとなっている。花茎をのばして来る前に手入れをしておかなければとほったらかしにしている門先の庭の草を刈りとり始めた。
驚いたことに、「その気配なし」ではなくて、こちらの方もきっちりと花茎をのばしていたのである。例年なら、定点観測地Aのヒガンバナが開花した後に遅れて開花するシロヒガンバナはすでに花茎をのばし開花に向かっていた。例年と逆転していたのである。
▼さて、今日は私にとっては意味あるふたつの記念日ある。
ひとつは未来派学会【日本ヒガンバナ学会】の3歳の誕生日である。3周年記念の日である。
【日本ヒガンバナ】学会は、2007年9月23日に次のような呼びかけで誕生したmixiのコミュニティである。

「ヒガンバナに興味・関心がある。」という一点だけで共通項をもつみんなで創るコミュニティです。

◆時空を超えて学び合う会(=学会)をみんなで創ろう。
 未来派「学会」に。
「学び合う」楽しさ・喜びをみんなで。 

◆あなたがノックするところがドア(入口)です。
 自分の興味あるところから入ってきてください。
 なければ自分で作ってください。

ゆっくりした歩みではあるが、呼びかけどおり多様な情報交換が行われている。
未来の「学び」を志向する学会をめざしている。
 幸いなことに、『ヒガンバナの博物誌』の著者であり、ヒガンバナ研究の第一人者、リコリスさんこと栗田子郎さんも参加してくださり幅広く、奥深い情報交換が実現している。
ありがたい限りである。
▼もうひとつの記念日は、私がTwitterをはじめて1周年である。
忘れもしない昨年の9月12日の朝、初歩的なミスで愛用のノートパソコンを壊してしまった。
慌てて新しいノートパソコンを購入した。新しいパソコンは、それまでくらべてものすごいスピードだった。それを契機に、丁度話題になりつつあったTwitterをはじめた。
 私は、いつもラッキーだ。新しいことはじめるときには、必ず先行する指南役がネットの世界におられる。
Twitterでは、ecochemさんがおられた。
 さっそくフォローをしていただき、いろいろ教えていただいた。
そのおかげで、いっぱい「新しい世界」を知ることができた。
やっていくうちに、これは「パソ通回帰」だと思うようになった。パソコンなど大の苦手である私が、はじめてパソコン通信をはじめて、【理科の部屋】で味わったあのヒューマンネットワークの醍醐味。
その感触が蘇ってくるようだった。
 それは、「回帰」にとどまらなかった。もっと、もっと進化していた。
より「リアルタイム」であり
より「グローバル」でありかつ「等身大」であった。
 タイムラインは「地球の鼓動」がオオバーでないことを実感した。
そして、一年たった今
 Twitter的に行き着いた。
▼いま、このふたつが交叉する。

ヒガンバナをTwitter的に追う!!

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ヒガンバナに魅せられた人々

Dscf1457▼昨日も少しゆっくりとヒガンバナの観察をすることができた。定例の朝の散策をしながらヒガンバナをみてまわった。ほんとにみごとである、お彼岸になんとか間に合わせたヒガンバナの花茎はグングンとのび、開花をめざしている。私の定点観測地のヒガンバナはどうだろう。
私には、ふたつの定点観測地をもっている。ひとつは、ほんとうに門先の門先だ。家の玄関でれば、すぐ見れる場所である。そこを定点観測地Aと名づけている。意図して、そこに鱗茎を植えた記憶はない。
大雨のときにでもそこにやってきたのだろう。気づいたときには、そこにいた。その開花のようすは10年以上画像として残している。
 まわりのヒガンバナがお彼岸に間に合わせたのに対して定点観測地Aのヒガンバナには、まったくその気配はない。
Dscf1451▼もうひとつ定点観測地としているところが、散歩道の途中にある。そこのヒガンバナは徐々に花茎をのばし、開花に向けピッチをあげてきている。この地のヒガンバナはみごとである。燃え立つ松明の行列というにふさわしいものだ。小川のへりの田のあぜ道である。きっと大洪水のときに、ここに流れ着いたものであろう。
 ポツリポツリと灯りがついていくように、すでに開花したものも見られるのが今である。
▼それにして、なぜ私は、こんなにもヒガンバナにこだわるのだろう。
記憶をたどってみるが、この瞬間からいうものがない。目の前が田んぼばかりの家に生まれ育ち、そしてずっとそこにすんできたから、まったくアタリマエの植物なのである「ヒガンバナ」は。
私の秋の原風景のなかにヒガンバナは不可欠の存在としてあるのである。
これを「テクサレ」と教えてくれた母はもういない。
栗田子郎先生の『ヒガンバナの博物誌』の第四章「魅せられた人々」を再度読み直してみた。
実に多くの人々がこのヒガンバナに魅せられてきたことがわかる。
この花のどこに魅せられてきたのか、それぞれ違う。
魅せられたきた人の数だけ、私の「彼岸花物語」があるのである。
その物語の一端がこの本に書かれている。実に面白い、何度言うが、これが今、ネットで簡単に読ませてもらえるのである。なんとありがたい時代だ。これを読まないのはもったいない。必読!!
詩人、歌人、作家、民俗学者、もちろん植物学者等々、それだけでは多くの「野の研究者」がいるのである。
特に、野にあって「研究」をすすめる人たちに興味をもつ。
そのように魅せられた人々の原風景のなかに「ヒガンバナ」どのように存在するのだろうか。
これまた興味ぶかいことである。
▼魅せられた人々のなかに南方熊楠がいる。
彼は、魅せられたというより、ビカンバナの味方についた言っていい。
日本の「知の巨人」は、自らの博覧強記ぶりを発揮して、ヒガンバナの味方についた。
「研究」を通り越して、こいつのことを世間から守りたかった。そして、こいつのすばらしさを伝えたかったのだろう。
その熊楠流にいうなら
私にとって
ヒガンバナとは、「萃点」そのものなのである!!

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ヒガンバナ開花情報!各地から続々と…!!

Dscf1410▼昨日20日は彼岸の入りだ。朝、少しゆっくりと時間をとることができた。そこでヒガンバナの今を観察しながら、散歩してみた。今年の初見の場所のヒガンバナは、燃え立つ松明の行列になりかけていた。
いくら遅れていると言っても、確実に「お彼岸」に間に合わせるとは、やっぱりすごい!!
 そこだけではなかった。ニョキニョキと他の場所でも、花茎の芽が顔を出していた。いったん顔出すとあとはすごいスピードで花茎をのばす。地下に貯め込んだ栄養を使って…。ヒガンバナに最初に興味をもったのは、このみごとな戦略に惹かれたからである。
Dscf1437▼ヒガンバナ開花は、私の家の周りだけではなかった。パソコンを開いてみると、全国各地から「開花情報」が寄せられていた。
 まず最初に寄せられた情報は、【理科の部屋4】@folomyであった。意外にも宮城県白石市の南蔵王のトシさんからのものであった。ほぼ、ヒガンバナの北限にちかいものであった。ヒガンバナ前線は北上するものとばかり思い込んでいた私には意外であった。
 南蔵王のトシさんのしころでは、今年が特に「遅れている」という感覚はないようだ。気温と土中の水分の条件を満たせば開花するものなのだろうか。
▼東北以南に散在する。ヒガンバナスポットからも開花情報が寄せられるようになってきた。
●巾着田曼珠沙華最新開花状況
でもすごい勢いで花茎がのびてきている。
飛鳥や九州からも開花情報が相次いでいる。
▼今年はTwitter的展開を期待していた。徐々にその様相を呈してきた。
ハッシュタグ#higanbanaが威力を発揮しだした。
全国各地の開花情報を拾ってくるようなってきた。
それだけではない。かつて一緒にヒガンバナを追いかけて仲間を呼び寄せるようになってきた。
かつてヒガンバナに向けてライブカメラを設置した岡山のytnmさんやヒガンバナのWeb発信を一緒にはじめたhojinさんも参加してきてくださった。強力な助っ人を得て心強い限りだ。
これからがますます楽しみになってきた。

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【Web更新9/19】10-36【ヒガンバナ情報2010】更新

Dscf1279
今もなお 空へ立ち咲く 木槿かな
 10/09/16 (木)撮影@安富

■楠田 純一の【理科の部屋】10-36
週末定例更新のお知らせ
 ついに彼岸を迎えてしまった。時間というのは待ってくれないものだ。
与えられた時間のなかで、可能なことを徹底してやるしかない。そこからしか未来は切り拓けない。
私にとって「可能なこと」のひとつが、この週末Web更新だ。だから…

◆表紙画像集2010 校庭の樹木シリーズ ムクゲ
 校庭で目立つ花と言えば、校舎前の百日紅と校門北の百日白だ。名前のとおり、今なお紅白そろったサルスベリはみごとに輝いている。
 校庭を見回りながら、もうひとつ鮮やかな花をみつけた。それは、グランドのフェンスにからまるように枝をのばし、ひときわ高くなってきた空に向かい立ち咲いていた。私のなかでは、夏のイメージが濃いムクゲである。
ねじを巻いたようになっている花びらが、朝から開きはじめるその姿はなんともみごとである。
まだまだ幼い樹であるがその存在感は大きい。
 
◆【ヒガンバナ情報2010】 更新
12年目のヒガンバナ情報である。
遅れていたヒガンバナも、お彼岸をむかてにわかに活発化してきた。全国各地からのヒガンバナ情報も伝わってきている。
 今年は、ぜひTwitter的な展開をと思っていた。
それが、その通りになってきたから面白い。
このあと、どのような展開になっていくのか楽しみである。

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ついに来た!ヒガンバナの初見だ!!

Dscf1304▼昨日(18日)の朝も、ヒガンバナの花茎の姿をもとめて散歩した。寒いぐらいの朝だった。
そして、ついに「発見」した。
 それは、ここ数年のあいだ初見をする場所ではなかった。しかし、同じ田の畦であった。
これまで年の初見は、「そこには十分に水分があったためである」と解釈していた。
なにが変わったのだろう。
そう言えば、今年は初夏に集中して雨がふることがあった。洪水状態になった。
水の流れが少しかわったのかも知れない。
例年であれば、熟れた稲穂とのツーショットがよく似合う初見であるが、今年はすでに稲は刈りとられている。
初見はすでに「開花」した状態のものであった。
Dscf1329▼あまりにも遅かった彼岸花の初見に、ひょっとしたらこのあたりではヒガンバナを見ることがないのではなどという不安も抱くところであった。しかし、そんなことはなかった。
 でも、大賀ハス観察池の方では、ついに「あこがれの4日間」はなく、夏は過ぎ行く。
もう彼岸である。
 今年は、諦めるしかない。すでに、色がかわりはじめた葉もでてきた。
植え替えから25週目である。

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ヒガンバナはどこからやってきたのか!?

Dscf1283▼昨日もでかける前に定点観測地のヒガンバナをデジカメにおさめた。
「いよいよだ!」とわかっていても、やっぱり花茎が顔を出すまでは「遅い!」とせかす気分になる。
その浮き株の鱗茎をみながら、思った。
このヒガンバナはどこからやってきたのか!?
まだ私のなかでは未解決のヒガンバナの「ふしぎ!?」だ。
▼いくつもの「ふしぎ!?」をもつヒガンバナだが、今年は、この「ふしぎ!?」も追いかけてみようと思う。
この私の定点観測地のヒガンバナは、どこから、どのような経路をたどって、ここに存在するのであろうか。
宇宙の究極の「ふしぎ!?」
・私たちはどこにいるのか。
・私たちはどこからやってきたのか。
に通ずるような「ふしぎ!?」である。
またしても、あのWilliam Blakeの『Auguries of Innocence』の冒頭を思いだしていた。

 To see a World in a Grain of Sand
And a Heaven in a wild Flower Hold Infinity
in the palm of your hand And Eternity in an hour
一粒の砂に世界を
一輪の野の花に天界を見る
あなたの手のひらに無限を
ひとときに久遠をとらえる

▼種子で殖えることのなかったこのヒガンバナが、どうしてここにやってきたのだろう。
どのヒガンバナにも、固有の歴史をもつ、その歴史・由来のなかに「科学」が内包されている。
諸説はある。
まずはそれを整理してみよう。
そこからみえてくるものは、ヒガンバナの歴史のみならず
「自然の人間のかかわり」
であり、これからの「人間と環境」の問題をふくんだものとなるかも知れない。
▼「ヒガンバナの遅れ」を各種メディアが取りあげだした。
どんな切り口で取りあげて報じているか。
そこもみどころのひとつである。
必ずと言っていいほど、ヒガンバナをとりあげたときには、ヒガンバナについての「一口コメント」がついているはずである。人里の植物の代表「ヒガンバナ」を語っている。
 そこに21世紀、今の「現代ヒガンバナ考」がある。

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リコリスガーデンも遅れている!

Dscf1271▼開花の遅れたヒガンバナを追いかけている。一昨日の夜は、かなりの雨が校区には降ったようだ。グランドは少しぬかるんでいるところがあったから、しかし乾燥しきったグランドは、またたくまに水を吸収してしまって、体育祭の予行は予定通り実施できた。
 朝、校門近くの例の「浮き株」をみてみると、これで水を少しふくんでいよいよ条件は整いスタンバイできたようだ。さあ!一斉にその季節へ!!
▼Web(SNS、blog、mixi、Twitterなど)を駆使して「遅れた」ヒガンバナ情報を追いかけているといろいろ面白いことがわかってくる。
 この遅れは、どうやら全国的なもののようだ。
各種メディアもそれを取り上げだした。
なかでも教えていただいた情報に
◆http://www.47news.jp/CN/201009/CN2010091501000072.html
があった。顕著だ!!
観光地化しているスポットには影響も出始めているようだ。
▼この遅れの原因を究明したい!!
「この夏の猛暑、渇水が影響しているのだろうか。」
「そもそも開花時期を決定している要因はなんなのだろう。」
そんな素朴な疑問をもちながら
「日本ヒガンバナ学会」のページをみていた。
そしたら、リコリスさんことヒガンバナ研究の第一人者栗田子郎さんが

リコリス類の花茎伸張には土壌中の水分が大きく作用しているようです。
花芽形成には温度が重要な因子だといわれていますね。

と教えてくださった。
 そして、これまでのこれに関連する「研究」のことを教えてくださった。
面白い。やっぱり「ふしぎ!?」と思うことについては、誰しもがも「ふしぎ!?」なんだ。
▼ところで、このリコリスさんところには、リコリスガーデンがある。
そこには、たくさんのリコリス(ヒガンバナ属)がある。これまでの様子が画像つきで紹介されいるのでぜひ見に行ってみよう。
 そこでも、ヒガンバナ(3倍体)の開花は遅れているようだ。コヒガンバナ(二倍体)の方は、8月の中旬あたりに咲いたようですが。
 ここに行ったら、ぜひ読ませてもらいたいものがある。

◆『ヒガンバナの民俗・文化誌』
栗田子郎著 『ヒガンバナの博物誌』 研成社の抜粋 + 追補である。名著がほぼ完全なかたちで、いやもっとバージョンアップしたかたちで読めるのはうれしいかぎりである。
読ませてもらうたびに新しい発見がある。

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「#higanbana」とつぶやけば…

Dscf1241▼昨日もでかける前に、定点観測地のヒガンバナにデジカメを向けた。やはり、まだその気配はない。朝の散歩でも注意深く、例年の初見の地点あたりをみるが、花茎が顔を出してはいない。
校庭の土手も、凝視するがその気配はない。
▼しかし、全国ではいよいよとなってきたようだ。
今年のヒガンバナ情報はTwitterを駆使してやってみることを提案している。
Twitterを使いはじめてまもなく一年になる。
使い始めていちばんに感動したのは、その伝播力であった。最初は、ひとつの小さな情報が、またたくまに拡がっていく、その様子はみごとであった。
一年間のあいだには、いくつかのそれを実体験した。
 一方、何年ものあいだヒガンバナ情報を発信してきた。
ふつうヒガンバナは3倍体である。だからみごとな花を咲かせるが、けっして種子ができて、その仲間を殖やしていっているのではない。
 最初にいつの日か、日本に上陸したヒガンバナが、株わかれを繰り返し、河川の水の流れが運ぶ。動物が運ぶあるいは人為的に移動させる等を繰り返して、今、東北の人里まで伝播していった。
長い長い年月をかけて…。
▼そのヒガンバナをTwitterで追いかける。
面白いとりあわせではないか。
やることは簡単だ。
身のまわりのヒガンバナ情報を
ハッシュタグ「#higanbana」をつけてつぶやくだけでいいのだ!!
そうすれば、その情報は世界をかけめぐる。
「ヒガンバナの今」の情報を共有できるのである。
▼Twitterはじめていない人は、試しに「#higanbana」をググってみるといい。
驚くばかり情報が入手できるはずだ。
そしてここでまた、あの言葉だ!!
「情報は発信するところに集まる!」
を体験することになるはずだ。

これは、小さな小さな「社会実験」になるかも知れない。

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巾着田のヒガンバナは今!?

Dscf1158▼ついに、9月も中日の15日をむかえてしまった。なんということだ、ヒガンバナの気配がない。
どうしたというだ!?
やっぱり、あの異常気象とまで言われた猛暑が影響しているのだろうか。
家での朝の散策も、学校での校庭の散策でも集中したのはヒガンバナの花茎のめであった。散策の最後に、例年とちがってきれいに草刈りされている校門のすぐ近くで、ヒガンバナの浮き株をみつけた。
たしかに、このあたりにヒガンバナが花開いていた記憶がある。
その浮き株にも、芽が出てくる気配はなかった。
▼どうやら、またしても私は、持病の「ばっかり病」が発症したようだ。
遅れているヒガンバナの開花のことが気になってしかたない。
●遅れているのは、ほんとうにあの記録的な猛暑と関係しているのか。
●まとまった雨がない。それと関係しているのか。
●この「遅れ」は全国的なものか。
と考えたとき、例年情報発信しているヒガンバナの名所のことが気になりだした。
▼ヒガンバナの名所と言えば、いちばんに思い出すのが「巾着田」である。
私たちは、この巾着田で98年
◆’98巾着田ヒガンバナオフ(98/9/26(土)~27(日))
を開催した。あいにくの雨だったが、巾着田のヒガンバナには圧倒される思いだった。
実に楽しい思い出である。
あの巾着田であれば、いくら遅れているといっても、少しは出ているだろうとWebでたずねてみることにした。
◆日高市・曼珠沙華の里「巾着田」公式ホームページ
「開花情報」を見ていると、14日つまり昨日やっと花茎の芽がでたようだ。例年より10日ほど遅れているという。さらには、夜の気温が20℃以下になればと書いてある。
 その情報から考えても、いよいよなんだろう。

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ヒガンバナ開花は何が決定するのか。

Dscf1143▼新しい週がはじまった。私は、その新しい週の始まりに、定点観測地のヒガンバナにデジカメを向けた。
それにしても遅い!
ここ十年ばかりの定点観測地のヒガンバナの花茎が芽を出す日を見てみた。
確かにとしによって遅い早いはあるようだ。
しかし、こんなに遅いことはない。
 こうであってもきっちりと「お彼岸」には開花している。それが、ヒガンバナである。
ある人が言った。
「今年の記録は貴重だ!」と。
 今年の異常気象!それとヒガンバナの開花時期のずれ どんな関係があるのだろう。
そもそも、開花時期は何が決めているのだろう。
ヒガンバナの「ふしぎ!?」はつづく。
▼私は、「今年のヒガンバナ情報の発信をTwitterで…」を呼びかけている。
それは、繰り返して言うが、
必ずしもTwitterそのものを意味しない。Twitter的情報交換を呼びかけているのである。
このような研究は、これまでは大学の研究室や研究機関で行われることが多かった。
しかし、今はちがう。
必ずしも、そこが拠点にならなくても「研究」はすすめられる環境がととのいつつあるのではないだろうか。
その可能性が具現化しだした時代なんではないだろうか。
自分の身近に咲くヒガンバナを、携帯のカメラで画像に収め、それを情報発信する。
Twitterであればハッシュタグ「#higanbana」をつけておく。
そうすれば、後で一覧にして見ることもできる。
自分が発した情報が研究の貴重なデータとなる。
そんな「研究」がいっぱい出現する時代になったのではないか。
▼この「研究」については、すでに
◆『夏季の気温上昇がヒガンバナの開花に及ぼす影響』
の報告がある。
 その報告と今年の開花時期の遅れとの関連はどうであろうか。
 それを自分も「研究者」になることによって確かめてみよう。

日本ヒガンバナ学会の三歳の誕生日が近づいてきた!
今日も、花茎の芽は顔を出さないのだろうか?

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【Web更新9/12】10-35【音の学習】等

Dscf1103
櫨の実や 里にまぶしく エメラルド
 10/09/10 (金)撮影@安富

■楠田 純一の【理科の部屋】10-35
週末定例更新のお知らせ
 なぜか同じことを繰り返してやっていると、それが未来永劫ずっと続きそうな錯覚に陥る。すべてが同じなどということはなく、すべてが変化していき、与えられた「時間」には限りがある。
 この厳然たる事実を認識しておきたい。

◆表紙画像集2010 更新 校庭の樹木シリーズ ハゼノキ
 この校庭の樹木シリーズにも終わりが見えてきた。最後までつづけてみよう。
もう30回もないだろうから。
 週のはじめには、今週は、なにでいこうと考えてみる。水曜日あたりに目処ができてくる。もっとも旬のものを選びたい。木金を使って吟味、決定の段取りである。
 今週の櫨も気になりだしたのは、週のはじめだった。高くなった青空と櫨の実のグリーンは似合っていた。
いつしかそれは、里山の宝石に見えだしていた。

◆【音の学習】更新
 行事に向けての取り組みで、実際の授業の進んでいない。
構想していることを具体化するための教材研究をしている。これまでにできあがっている授業ではない。
新しい切り口での授業である。こんなときに頼りになるのは、これまでに培ってきたヒューマンネットワークだ。可能なデジタルコンテンツを取り込んで展開したいと思っている。
 少し未来の「電子教科書」時代も想定して…。

◆新・「自由研究」のすすめ試論 更新
 自由研究の発表会をやって学んだことを追加した。
 この試論、ここで終えるわけではないが、少し結論が見えてきたかと思っている。

 

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音の波形を見るソフトは?

Dscf1134▼すべてに「歴史」がある。そういうときの基準となる「時間」というのがあるのだろうか。十日とか、一ヶ月ではあまり「歴史」とは言わない。では、私が土曜日は定例の観察としている『大賀ハス』は、もう「歴史」を持っていると言っていいのだろうか。
 いちばんはじめに大賀一郎先生が検見川の泥炭層のなかから、「大賀ハスの実」を発見したのが、1951年
3月30日である。それからまもなく60年をむかえようとしている。全国に今、どれくらいのこの末裔が存在するのであろう。そのうちのどれだけがこの夏、花開いたことだろう。
 ここには、やっぱり「歴史」があると言っていいだろう。
 私の観察池の大賀ハスは、植え替えから24週目だった。どんなにさがしても花はない。葉だけの夏が過ぎようとしている。「歴史」の一ページにはならないままに。
▼とんだ思考が飛躍する。
音の授業の構想をつづける。
音の「歴史」のことが、頭をよぎった。
宇宙のはじまりからあった「音」。人類誕生からずっと「音」を聞き続けてきたはず。
●「音」の認識の歴史は
●「音」は波である。それを最初に誰がいつ
●「音」の波形を見えるようにしたのは、いつ誰が
●オシロスコープはいつ誰が、何を目的として…
つぎつぎと知りたくなってきた。そして、もう少し授業にそって
今、中学校の「音」の学習をすすめるとき
「オシロスコープ」を使っておられるのはどのぐらいの割合だろう。
それに変わるのものとして、パソコンで
音の波形を見るソフトは、どんなものが使われているのだろう?

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宇宙での「音」を聴く!?

Dscf1111▼さらに高くなったかと思う青空をながめる。その青空の向こうの世界のことも考えてみたくなったりする。青空の向こう側といっても、そんなに離れた世界ではない。
 私たちは大気の海の底でくらしている。海の底から眺めたら「青」く見えるにすぎないのだ、だから大気のない世界では青空は見えない。100㎞も行けば、そこには青空はない。
それは、【天気の変化】や【地球と宇宙】の学習のはじまりのシナリオだった。
▼音の学習のはじまりでも、空気のない「宇宙」のこと考えてみたくなったのは、
◆朝日新聞グローブ『「音探し」の新次元』
を読んでからである。
 具体的な授業のなかでは、「空気が音を伝える」として、真空ポンプで空気のない状態をつくりだし音が伝わらないことを確認するとしている。
 では、もともと大気のない「宇宙」では、青空もなければ、音もしない。
SF映画の戦闘シーンの「音」はつくりごとにすぎない。
▼もう一回ひっくり返してみよう。宇宙でも「大気」のある空間では音はある。
それは、空気と音の関係をより深く認識することになるだろう。
今なら、それがインターネットで聞けるのである。
場所は、土星の衛星タイタンである。そこなら地球に似た大気がある。
つまり「音」がある。音が聞こえるという訳である。
2005年1月に欧州の探査機ホイヘンスが軟着陸し、その「音」を手に入れている。
聴いてみよう!!

◆Sounds of Titan

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NHK教育『大科学実験』を見たいのだが…。

Dscf1070▼台風が去ったと思ったら、いっきょに空は高くなった。そこには、あの夏を象徴する積乱雲はなかった。
あるのは、ケンケン三兄弟(巻雲、巻積雲、巻層雲)だった。
1年半前につくった「雲家族10のうた」を思いだしていた。
ケンケン三兄弟に
コウコウ姉妹 
ソウセキ はなれていても りっぱに ソウ! セキ! 
雨 雨 ふれ ふれ ラン!ラン!
 

「雲見」をしているとときどき思い出す。
確実に空に秋をみつけることができる季節となった。
▼授業は【音の学習】にひとつのクラスが入った。構想は、夏休みにはいってすぐに描いていた。
まったく新たな切り口で、これまでとちょっとちがったかたちの授業を構想したいと思っていた。
そのひとつに
●NHK教育『大科学実験』
を授業で見せることを考えた。
この番組は、これまでに放送された分を見てみると、とても面白い。
物理実験はダイナミックに!
の鉄則をはずしていない。
みごとである。音に関連するところでも、
◆「実験1 音の速さを見てみよう」
◆「実験8 声でコップが割れる?」
がある。
 これを授業で見せたいのだ。
ところが、問題がある。理科室に大きなテレビは設置されたが、ネットには今のところつながっていない。
オフラインで見せるにはどうしたらいいんだろう。
それが知りたい。
 デジタル教材の活用方法、初歩の初歩から今一度知りたい。
そう思いだした。

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「自由研究」発表に学ぶ。

 To see a World in a Grain of Sand And a Heaven in a wild Flower Hold Infinity in the palm of your hand And Eternity in an hour

一粒の砂に世界を
一輪の野の花に天界を見る
あなたの手のひらに無限を
ひとときに久遠をとらえる

▼このイギリスの詩人William Blakeの『Auguries of Innocence』の冒頭の一節を、森山和道さんは『クマムシを飼うには 博物学から始めるクマムシ研究』の「まえがき」で引用している。そして語る「砂粒一つにも世界を見出すことができるーそれは実に楽しいことですし、人生を豊かにすると私は信じています。」と。
▼夏休み明けて数日がたつ、生徒たちの「自由研究」が出そろったところで、いよいよその自由研究の発表をひとりひとりやってもらった。
自由研究で見えてきた世界の楽しさ・面白さを披露してもらった。
(1) なぜその「ふしぎ!?」は生まれたのか。(動機)
(2) 「ふしぎ!?」の謎解きをどのようにしたのか。(方法)
(3) 「ふしぎ!?」はどこまできたのか。(結果)
(4)この研究の面白さ、楽しさはどこにあるのか。(考察、展望)
特に、(4)を重点的に発表するように指示をした。
▼その発表を聴かせてもらいながら、私自身とても学ぶところ、気づくことが多かった。
そのいくつかをあげてみる。
●等身大の「ふしぎ!?」、等身大の科学が面白い!
 中学に入学してまもないころ、私の「ふしぎ!?」をあげた。それは、ほんとうに面白かった。中学理科のすべてを語っているように思った。「自由研究」のネタもここにあるのでは、と話していた。
 その通りにした生徒もいたが、新たな「ふしぎ!?」をテーマにした生徒もいた。
そのいずれもが、くらしのなかで「ふしぎ!?」に思ったことをテーマにしているものが多かった。
発表後、相互評価ということでベスト3を選んでもらったが、そこでも評価の高かったのは、等身大の「ふしぎ!?」、等身大の科学をテーマとするものだった。
●ネットの活用で、「自由研究」新時代をむかえている。
 インターネットの普及で、自由研究のテーマ選び、方法も変わってきている。
「インターネットで調べて…」と、前置きする報告が多くなってきている。これは、こちらの予想をはるかに越えて進んできているのかも知れない。
 かつて「図書館の本で調べて…」は、「ネットで検索して…」というのは常識化しつつあるのかも知れない。
うれしいことに単なる「コピペ」というのは、いっときのこと思えば少なくなっている。
 相互評価のなかでは、それはあまり高く評価していないようである。それでこそ…。
次は、発表の方法も新時代をむかえていくだろう。
●「自由研究」は授業とつながっている。
 今年の傾向のひとつだ。1学期に「植物の世界」「光の学習」をやっていた。その授業のつづきで、植物や光の「ふしぎ!?」と関連したものが多くあった。それは授業者としてはうれしい限りだった。
 その他にも、これはぜひ、その単元を授業するときに取り上げたい研究だなあ、と思うものが多くあった。
理科の授業と理科の「自由研究」とつながっている。アタリマエのことだけど、とってもうれいことだ。
●「自由研究」では物化生地のすべてがつながっている。
 これまたアタリマエのことだが、自由研究はもともと「物理」「化学」「生物」「地学」と分かれているわけではない。これは、上記の「授業とつながっている」ことと一見矛盾するようであるが、そうではない。
 自然の「ふしぎ!?」は、もともと分かれてあるわけではないのだから当然のことである。
そこが、自由研究の醍醐味でもあるのだから…。

 まだまだある。あらためて学んだことの多い発表会だった。
さあ、今度は「授業」だ!!

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今日は「白露」だ!観天望気は科学だ!

▼今日は、白露である。みごとな自然の読み取りである。
二十四節気のたびにそう思う。
その通りではない、今の異常気象がつづく時代には通用しない。
もっと今のメディアを駆使すれば…と思う前に、この二十四節気がうまれきた「自然」とつきあい方から学びたい。
それに、現代のネット情報をうまく加えていく方法はないものだろうか。
観天望気は科学だ!
▼昨日ほんと久しぶりの「雨」を見た!!
しかし、それはホコリ押さえぐらいしかならなかったようだ。
台風の行くへと天気の変化は大いに関係する。それは、今日、一日のくらしとも…
観天望気をつづけよう。
これは、ヒガンバナの開花とも関係するだろうか。
空と大地と人間のくらし、注意深く観察つづけよう!

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【授業】2学期の授業を構想する。

▼いちばんに仕上げなければならない夏休みの私の宿題に「2学期の授業を構想する」というのがあった。
途中になってしまっていた。
少しの猶予があるので、今一度ならべてみておく。
◆【音の学習】
◆力学の第一歩
◆【圧力】
◆【物質探検】(「密度」をふくむ)
◆【気体】
◆【三態変化】
◆【溶解】
とつづく。
ならべてみるだけでもこれだけある。
それぞれの単元に必要な時間数と2学期にできる授業時間数と見比べながら、さらに具体的な構想を考える必要がありそうである。
▼2学期になって授業がはじまると、なんか気持ちがちがってくる。
「構想する」だけでは見えてこなかったものが見えてくる。
やはり、授業は楽しいものである。
「授業こそ、教育実践の最前線である」
「授業こそ、最大の学校行事である」
こんな言葉以上のものがあるに違いない。
なかなか進まない歩みであるが、
私は、ここで中学校3年間の全ての授業を綴る、という夢に向けて少しずつ、少しずつ歩む。

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【Web更新9/5】10-34【ヒガンバナ情報2010】開設!!

Dscf0999
西の土手 駆けあがりたり クサギかな
 10/09/03(金)撮影@安富

■楠田 純一の【理科の部屋】10-34
週末定例更新のお知らせ
 可能な限り、できることを繰り返す。そうすることによって「可能性」はふくらむ。
そんな思いで、この更新を繰り返していく。
 繰り返せば、何が見えてくるという保証などどこにもない。しかし、そこには実感する楽しみがある。

◆表紙画像2010 校庭の樹木シリーズ クサギ
 校庭の樹木シリーズ初登場の樹木、クサギである。正確には、校庭ではない。
校庭の外の北の坂道を登り切ったとこの土手にある。あまり、人がたやすくいくことのできない草むらの向こうの土手。これまでに見たことのある花である。
 きっと、あのクサギだろうと思った。ちょっとその時期は遅いのではと思ったが、近づいてみて確認をしたかった。
クサギと言えば、草木染めを思い出す。自然の色を切り取って、身につけるものに貼りつける。
みごとな「常民の科学」だ。いつの日か、また再び挑戦してみたいものである。

◆【ヒガンバナ情報2010】開設!!
 私のWebページは、この【ヒガンバナ情報】発信からはじまった。
私のHPのなかではもっとも長い歴史をもつページである。その2010年度版である。
今年のヒガンバナ情報はTwitterで…、と提案している。
「Twitterで…」は必ずしも、Twitterそのものを意味しない。
ここでも意図するものは、Twitter的である。
「リンク」
「シェア」
「フラット」
「等身大」
「リアルタイム」
でやっていこうというのである。今年は、どんな「発見」があるだろう楽しみである。

◆『新・「自由研究」のすすめ試論』更新
 今週中には、生徒たちの研究発表を聴かせてもらえるだろう。
それぞれの「物語」を楽しませてもらえる。
そこから学んだものから、またこの試論も展開してみたい。

  

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この猛暑はヒガンバナに!?

Dscf1013▼昨日は土曜日だから、大賀ハスの観察日である。観察池(と呼ぶには小さいが)に蓮根を植え替えてから、23週目である。続く猛暑!!
 そこにジャングルの様相で立つ葉茎たち、もう容器の姿すらかくしてしまっている。それをかき分けて、チェックしてみる。花茎はないかと。
 しかし、それはない。昨年の「あこがれの4日間」は幻だったのか、と思ってしまう。
でも、そうではないことの連絡が秋田から入った。秋田に旅に出た種子は、今、先に出た葉は枯れてしまったが、5枚目、6枚目の葉は生き延びいるそうである。この夏を乗り切れば、つぎの世代につながるかも知れない。
大賀ハスの夢がツナガル!!
▼それにしても暑い!!それも連続しているからまいってしまう。
記録的な猛暑のようだ。猛暑というだけではない。長い長いあいだ、まとまった雨がない、これらが植物の生命の営みに影響を与えないわけがない。
 ヒガンバナの開花時期について、何年もこの「ふしぎ!?」追いかけてきた。
とは言っても、無手勝流。
 どこかに、まとまった研究成果があるのかも知れないが、私はよく知らない。
▼彼岸の月としても、記録的な猛暑である。「異常気象」とまで言われ出した。
ヒガンバナも過去100年に出会ったことないような猛暑。
開花時期に、どんな異変をもたらすのであろう。
それを、ネット上にも「記録」しておきたい。

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今年のヒガンバナはTwitterで!

Dscf0987▼昨日出かける前に、ヒガンバナ定点観測地Aをじっくりとみてみた。まわりのは比較的きれいに草刈りができているので、その地はよく見える。浮き株がかなり進行してきて球根が外にでてしまっているものもある。
考えてみると、ずいぶん前からまとまった雨が降っていない。したがってかなり乾燥している。
ここから、花茎をのばしてお彼岸までに開花するとはとても思えない。
 しかし、例年そう思っていても、最終的には帳尻をあわせてきたから…
▼この定点観測地のヒガンバナを観察をはじめたのはずいぶん古くなってきた。
まとまった記録としては1999年の「50日間の観察日誌」がある。それから10年以上の年月がたった。
 松江幸雄先生の32年間にわたっての観察には、とても及ばないが(松江先生の場合は、32年間のあいだに1球が926球にまでなったという)分球して殖えていくのも観察してきた。
 事情があって、ひょっとしたら、この地で観察できるのは最後になるかも知れない。そう思ったら、なおさら、ちゃんと見ておきたいと思ってきた。
▼Web発信をはじめたころの一番ネタが、このヒガンバナだった。
ヒガンバナ画像交換からはじまった。
全国いろんなところのヒガンバナを見せてもらった。実にそれは面白かった。
ついには、それはヒガンバナの名所での「ヒガンバナオフ」にまで及んだ。
【理科の部屋】で繰り返し毎年話題としてきた。
2007年には、ついに「日本ヒガンバナ学会」までつくってしまった。
▼何がそんなに面白いのか。
それは、ひとりでの観察にくらべると、他の箇所で観察情報もあることにより比較しながら観察できる。
なにより楽しいのは、全国いろんなところに「定点観測地」があるようなものだ。
ヒガンバナをネタにヒューマンネットワークがつくられていく。
これが醍醐味だ。
 Webの進化にともなって、少しずつヒガンバナ情報の方も進化していきたい。
それを楽しみたい。
 今年はヒガンバナ情報をTwitterでやってみたい。
 開花情報、結実情報、「呼び名」情報などヒガンバナに関する情報のすべてを、
どんな情報に出会えるか。楽しみだ!!

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新・「自由研究」のすすめ試論(30)

Dscf0965▼昨日の朝焼けは実にきれいだった。刻々と色は変わっていった。レイリー散乱する故に空は色を変えるという。それには、なんとなく納得したような顔をする。
でも、やっぱりほんとうの「ふしぎ!?」は残っている。
昼間のあの青い青空が、こんな鮮やかな色に変化するなんて、やっぱり「ふしぎ!?」なんだ。
それが面白いのだ。
▼いよいよ、この夏に、それぞれの「ふしぎ!?」を追いかけた「自由研究」の発表のときがきた。
ちらっと見る範囲では、なかなか面白そうなのもありそうである。
同じ「自由研究」でも、それを人にどう伝えるか。それでずいぶんちがったものになる。
ツタエル力も、これから時代には大いに意味あるものになるのだろう。
何をツタエルか少し考えてみた。
(1) なぜその「ふしぎ!?」は生まれたのか。
(2) 「ふしぎ!?」の謎解きをどのようにしたのか。
(3) 「ふしぎ!?」はどこまできたのか。
(4)この研究の面白さ、楽しさはどこにあるのか。
▼どの自由研究にも、そこに固有のツタエルものがあるはず、そこに固有の物語が生まれたはず、
それを聴きたいものだ。
 生徒の発表の前に、私もやってみようと思う。
私の自由研究、今年のテーマは「生命と時間」とする。
(1)から(4)まで、私の等身大に語ってみよう。
どこでも語ったことのないこと。
二度と語らないこと。
等身大にリアルタイムに語ってみよう。
そうすれば、生徒たちの物語が少し見えてくるかも知れないから。

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ヒガンバナはまだか?

Dscf0925▼お彼岸の月、9月がはじまった。
学期中の日課にしている「朝の校庭散策」を再開した。一ヶ月ぶり以上である。
これで私は、朝、家の周辺のコースとあわせて2つのコースを散歩していることになる。可能な限り続けたい日課だ。そこでの自然観察は実に面白い。
 校庭の西の里山のクリは大きく成長していた。間違いなく実りの季節はやってきている。
▼テレビのニュースが、記録的な猛暑を知らせていた。それは観測史上最高!!とまで言っていた。
私は、またあいつのことが気になりだした。
そうだヒガンバナである。
2つのコースを散策しながらも、もうあの花茎の芽が出てはいないか。気になってしかたなかった。
この猛暑は、ヒガンバナ開花にどのように影響するのだろう。
これまでのWeb上に残している記録をみたりしてみる。
はやい時には夏休みに顔を出しているときもある。
開花の時期が少しずれ込むことがあっても、お彼岸の中日には、みごとに開花している。
それは、みごととしかいいようがない。
どこかに、狂いのない時計を持っているとしか思えない。
ここ数日は注意深く観察をつづけていこう。
Dscf0934▼観察と言えば、あらたに追っかけるものの仲間入りをした「クマムシ」がある。
私は、急がない。
ゆっくりゆっくり、少しずつである。
もう一ヶ月近くも前に採取されたコケ、今度は試験管に入れて、水をいれて放置していた。
底にたまったものをスポイトで吸い上げて顕微鏡観察した。
前のように「生命の気配」を感じない。
ドブのようなにおいがしだした。昨日の観察で次のステップへいこうと思っている。
前のコケからの最後の観察で、デジカメがとらえた。
「らしきもの」である。
かなり思い入れを加えてみれば、足8本とみえないこともない。

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新・クラウド「整理学」試論(18)

Dscf0918▼夏休み最後の「雲見」を定点観測地からやった。夏の雲が、最後まで粘っているようだった。しかし、その雲すら次なる季節を予告しているがごとくであった。今さらの話であるが、定点観測の面白さは、切り取る世界を限定するから面白い。この定点観測地は、坂道のガードレールと電柱を目印にしているので、方向も自ずと定まってしまっている。だから、その限られた「空間」のなかでの変化が読み取れることになる。より「変化」に注目していけるというわけだ。
▼さあ、今日から新学期だ!!
この2学期は時間的には、いちばん長いのかも知れない。
「暑い 暑い」と言いながら体育大会をやってからジングルベルが聞こえてきて「ゆく年来る年」までだから。
私は、その長い時間の心象風景の変化を、このblogを通して、定点観測をしてみようと思う。
観測報告・記録をここに残していこうと思う。
 そしたら、私自身にも、その「変化」よりはっきりと見えてくるかもしれない。
▼私は、この学期を「整理」の学期にしたいと思っている。
すべての整理である。
佐藤可士和の「整理のプロセス」を思い出す。
こうだった。
1.状況把握
2.視点導入
3.課題設定
 この繰り返しだ。そして「空間」「情報」「思考」を整理していくのだった。
私は、それにプラスして、究極の整理するべきものとして「時間」を加える。
▼昨夜、NHKの「クローズアップ現代」でTwitter特集をやっていた。tsudaるの津田さんが出ていた。Twitterを語るには、この人が一番だ!!
 思い起こせば、私がTwitterはじめたのは昨年の9月だった。だから、もうすぐ一年ということになる。
Twitterそのもののことは、さておいて、私は今、
「Twitter的の可能性」
ということに凝っている。「教材」や「自由研究」を考えるときもそうだったのだから、
本家本元の「整理」を考えるときも、これだ!!
Twitter的「整理」って なに?
どうすること?

この新・クラウド「整理学」試論も2学期のあいだにできるだけすすめたいな。

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