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新・私の教材試論(40)

Dscf0678▼夏は逝った。と思っていたら、そうではなかった。
それは、私のなかでの「夏」だけだったようだ。久しぶりに定点観測地に立って「雲見」をしてみたら、まだまだ夏は繰り返していた。あきらかに変化はしているものの、やっぱり繰り返していた。
 壊しては再生する「生命」のごとく。
 あらためて投げかけられた「ふしぎ!?」
「生命とは何か?」その「ふしぎ!?」の謎解きができたからと言って、時間を遡行できるわけではないのだが、やっぱり追い求めてしまう自分がいる。
Dscf0369▼やっぱり「記録」しておこう。
消えてしまわないあいだに、そうすれば、ひょっとしたらプロットしたものをつなぎ合わせて見えてくるものがあるかもしれないから…。
 新・私の教材試論の中間報告で、私は具体例のひとつめに「教室全体のピンホールカメラ」の例をあげた。
それに関連して、今回すごいものを見せてもらった。
 それは、愛知の鈴木久さんがつくっておられた。目の模型だ。
透明半球を二個貼り合わせておられた。透明半球のひとつには、レンズがはめ込まれていた。
もうひとつの半球は、「網膜」(スクリーン)になるようにペーパーで擦られてザラザラにされていた。
みごとだ。
 「3K1Aの法則」「3Hの法則」を十分に満足しているのである。
私の光の授業の文脈にピッタリだ。
コンテクストのなかにこそ、コンテンツは生まれる。
それをも証明してくれているように思った。

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