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2010年の「峠」にたつとき

Dscf9339▼今日は、6月30日(水)。2010年前半最後の日だ、ここまでに我等が「地球号」は太陽の周りを、半周してきていた。たったそれだけのこと。
 このあいだの日曜日に限界を感じて、もう部屋に持ち込んでいた「チューリップの実」。今、観たらこの湿気のせいもあるのだろう。カビがきていた、慌てて中を開けてみた、種子は無事だろうか。これでちゃんと結実し、次世代へのバトンは準備できたのだろうか。今の私にはわからない。これまた大賀ハスの第二世代の「失敗」をやってしまったのだろうか。
▼今年の前半を終えるところで、あらためて今年の「新年の抱負」を読みたくなった。このblogに記していたものをみた。
◆2010年・新年の抱負
こんなときには、このblogというのは便利である。瞬時にそれをみることができるのだから。
そのなかに3つのことを書いていた。
*************************
(1) 科学をアクティブに楽しもう。
  ・授業で…
  ・くらしで…
(2) 科学をコンヴィヴィアルに楽しもう。
  ・Web、SNS、blogそしてTwitterを駆使して
(3) 私にとってのホンモノ科学を模索しよう。
  ・「常民の科学」
  ・「等身大の科学」
  ・「熊楠の科学」
  ・「ファラデーの科学」
  ・…
**************************
読み返しながら、過ぎし日々に思いをめぐらしていた。
▼こんな気分の時、きまって思い出す「詩」がある。
真壁仁の峠でる。私にとっての真壁は「野の教育論」の真壁であり、「紅花」の真壁である。
そう言えば、山形の紅花畑では、今ごろ一斉にさきはじめているころなんだろうか。

峠にたつとき
すぎ来しみちはなつかしく
ひらけくるみちはたのしい。
みちはこたえない。
みちはかぎりなくさそうばかりだ。 (真壁仁「峠」より)

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【授業】Twitter的授業ノート術!!

Dscf9299▼週のはじまりの朝は、まさにこれぞ梅雨というぐらい蒸し暑かった。まだ降っては来なかったが、曇天。空気がうごいていなかった。いつもの定例コースを歩いていた、目に留まったのは、あの栗の花、すでに雄花は無残に落ちている、雄花の根元にあった雌花だ。雌花は着々とあのイガグリに向けてふくらみはじめていた。
季節は一時もとどまることはない。地球の回転がかたときもとどまることのないように…。
▼期末考査のあいまを利用して、授業ノートを見せてもらっていた。
今年は、アタリマエのことばかりではあるが、最初に「授業ノートの作り方」を提案していた。
◆【授業】ノートに何を書くのか
提案したことが、蓄積していっていた。
中間考査のときにも見せてもらい、その<ふりかえり>の有効性にも気づいていた。
◆【授業】授業ノート<ふりかえり>の有効性
今回もまたそれを認識した。
ねらいとした「一人ひとりが違うノートを作る」「世界でたったひとつの私のノートを作る」は、徐々に実現していっているようだ。面白い!!
▼<ふりかえり>も定着してきているようだ。最初は、それを書く時間を特別にとっていたが、今はその時間はとっていない。でも、かなり習慣化してきているのだろう。
実験、観察のあいまに書いたのだろう。ほぼパーフェクトに何かを書いている。
<ふりかえり>というより、そのときの<つぶやき>的なものもある。
「スバヤ型」と「ジックリ型」のときには
●ぼくは、「スバヤ」と「ジックリ」がまじってできている。
強引な挙手に異議を唱えつぶやいているのだ。
植物らしい植物(根・茎・葉・花のはたらき)のまとめのときには、
●植物さんすばらしい!!
●植物はえらい!!
率直な感嘆のコトバが書かれている。
同じ授業のときに、自分で好きな植物の絵(根・茎・葉・花のある架空の)を書いた。イメージをビジュアル化したのだ。
そのときのノートには「楽しかった!」のコトバが多かった。
▼観察の途中に書いたものもある。シダの胞子のを観察したとき、
「きもちわる~」「ぐちゃぐちゃいっぱい」
コケの胞子を観察して、「みどりのつぶつぶいっぱい」
なんともリアルタイムの等身大の「つぶやき」は、あとで学習をふりかえるときにも有効である。
今回、特に私がおどろいたのは、欠席したときのノートも、ちゃんと書いてあるのだ。
一ページちゃんととって、欠席していたので、ここが勉強できなかったことが残念と書いてある。
特別にここまで指示した覚えはないが…。

まとめての「授業の感想文」とはまたちがった面白味がある。
今度見せてもらうのが楽しみである。


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【Web更新6/27】10-26【光の学習】等

Dscf9274
変わりゆく 時とらえたり アジサイの
 10/06/27 (日)撮影@安富

■楠田 純一の【理科の部屋】10-26 
Webの週末定例更新をするようになって、どれほど経つだろう。「定例」とは、自らの惰性を利用しようという魂胆だ。あらためて考んえようとするとすごいエネルギーが必要である。その部分は省エネにしておいて、決めた枠のなかに新鮮なコンテンツを詰め込んでいこうというのである。その2010年版も、26回目ということは折り返し点ということになるだろう。時間は遡行しない、未来にしか道はない!!

◆表紙画像集2010 校庭の樹木シリーズ アジサイ
 真の藍を集めて、「アジサイ」とは、「あじさい公園」の入り口の看板が教えてくれるところだ。普段は、勝手に校庭の一部と思い込んでいる「あじさい公園」に、たくさんの人が来ていた。一年間で、いちばん賑わう日だった。
「あじさいまつり」である。みごとなタイミングであじさいが咲き誇っていた。

◆【光の学習】更新
 このページ自体、十数年ぶりの更新である。
【光の学習】は、私にはひときわ思い入れがある単元である。理科教師をはじめて、理科の授業の面白さをはじめて実感した単元である。実験の面白を発見した学習でもある。
 いよいよ今週、これを本格的にスタートする。

◆【植物の世界】更新
 授業が終わってしまったが、まだまだ「ふしぎ!?」は残している。引き続き、少しずつ更新していくことになるだろう。ノートを見せてもらっていたら、とても面白かった。
 私には見えていなかった、「発見」をいっぱいしていた。<ふりかえり>は有効!!

◆【大賀ハス観察日記】更新
 どのように展開していくのか私にもわからない私の「大賀ハス物語」。第二世代の起死回生はなるのか。
第一世代に、今年もあの「あこがれの4日間」は訪れるのか。拙い「観察」「記録」を継続するのみだ。

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【授業】「光」の授業でツタエタイ!!ことは

Dscf9185▼2010年は、月食の観測からはじまったのだった。今年の押し返し点に近い昨日も「月食」観測の予定だった。
ところが、それどころでは警報がでるくらいの雨だった。朝から少し小降りになってのチャンスをうかがっていたが、それもなかった。昼頃になってあきらめて雨のなかで定例の「大賀ハス観察池」の写真を撮った。
まず、「観察池」の方だ、植え替えから13週目である。
やっぱりすごい!!みごとに水面に「あき」のないように、全面に葉を広げていく。なんで察知するのであろうか。そこに「あき」があることを…。
Dscf9161▼悲劇は、他の大賀ハスでおこっていた。ひとつは「あまりもの」の方だ。水耕栽培に挑戦しようとしていたが、少しは「肥料」も必要かと、水の中に有機肥料を与えた。そしたら、枯れ始めた。慌てて、水で洗い流した。
しかし、それは遅かったのかも知れない、何かが体内に余分に入り込んでしまったのだろう。枯れは止まらなかった。ついに哀れな姿となってしまった。
Dscf9197 もうひとつは、第二世代の方だ。こちらは「引っ越し」のタイミングをはずしたばっかりに悲劇がおこった。せっかく次の世代になったというのに…。
 これらの悲劇が、教えてくれる。植物の「ふしぎ!?」の謎解きの道はまだまだ遠いことを。
▼植物の「ふしぎ!?」だけにこだわってばかりはおれない。
次なる「ふしぎ!?」にむかわなければならない。次は「光」である。
教科書を概観し、何を教えるのか。なにをこそツタエタイのかをあぶりだす。最終的にいちばん参考になるのは、自分がこれまでに蓄積してきたものだ。
◆【光の学習】
進歩がないと言えばそれまでだが、
「ねらい」などを読み返してみると、ツタエタイ!!ことは今もまったくかわっていないこと気づく。
 細かなところについては、今の学校の設備などにあわせてアレンジする必要がある。

●できるだけダイナミックに
●どこまでも等身大の「ふしぎ!?」をだいじに

こんなことに留意しながら展開していきたい。
来週からいよいよだ。

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私の「大賀ハス物語」は何処へ!?

▼再び、週末がやってきた。ちょっとゆっくりと「ふりかえり」の時間がとれる。ふりかえってみても、時間を遡行することはできないのはわかっている。この「ふりかえり」は、明日の行く方向を見定めるためのもの。
 「物語」というコトバをこのごろ気に入って使うことが多い。それに気づき「なぜだろう」と自分に問うていたら、
『科学との正しい付き合い方』(内田 麻理香著 DIS+COVERサイエンス 2010.4.15)
の巻頭の「科学の物語性」という文章を思いだした。

 私の活動の中で持ちたいと願っている1つの「物語」は、次のとおり。
私たちの当たり前の感覚からかけ離れたように見える「サイエンスの『非常識』な世界を知ると、視点が変わる、視野が開ける」。(前著 P12より)

別の言葉で言うと、「人々の生活の持つ『意味の織物』、そこに科学の『糸』を織り込むと、より多様な織物になる。科学の糸がないときとは違う色合いの織物ができ上がる」(同著 P12より)

共感!!気に入って使う「物語」というコトバの弁明をしてもらった気分だ。
Dscf9059▼さて、展開中の物語のひとつに「大賀ハス物語」がある。昨年の8月のはじめ奇跡的に開花した大賀ハスは結実し、5粒の種子を手に入れた。第二世代の5粒のうち3粒は旅にでた。神戸、京都、秋田へと、そして二粒が私の手元に残った。5/16(日)、理科ハウスの誕生日を記念して発芽処理を行った。ほぼ一週間で、これまた奇跡的(私には、そうしか見えない)に相次いで、ほんとうに発芽したのだ。
神戸、京都からも発芽の報が届いていた。私は、興奮してしまった。第二世代大賀ハスが、4/5の確率ではじまったのだから。
▼この「物語」のドラスティクな展開に私はこだわった。一ヶ月間、卓上で朝夕に「観察」をつづけた。根が伸びるのを、葉がどんどん伸びて光を求めていくさまを…。水のいれかえだけは、数回やったが、それ以外はただただ観るだけだ。発芽から一ヶ月、これは卓上に置いておくのに、長すぎたようだ。
 いよ、いよ土のある「観察池」に引っ越しをさせるときには、種子にはカビが生えていたようだ。腐った臭いがしていた。
Dscf9147▼屋外に引っ越して、一週間がたとうとしている。先発発芽と後発の方では、少し様子がちがうように見えるが、いずれもが、あの発芽当初の元気さは消えている。
 たいへんな失敗をしてしまったのかも知れない。せっかく引き継がれた「生命のバトン」を、ここで切ってしまうことになったのかも知れない。
 起死回生を願って、何度もそこへ行ってみるが、今のところその兆しはない。
さて、私の「大賀ハス物語」は何処へ向かうのだろうか。

今日は、雨。外にでて「観察池」に今から向かう。
「物語」に進展は…?

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【授業】木や野菜のこともっと知りたい!!

▼昨日、梅雨のあいまの太陽は「盛夏」を思わせるものだった。太陽から送り込まれるエネルギーがあってこそ、すべてがはじまった。もちろん「大賀ハス物語」も。私の「大賀ハス物語」、第二章がピンチである。
卓上観察から、屋外観察にシフトした第二世代の大賀ハスたちは、太陽から送り込まれるエネルギーを受けて起死回生をはかるかと思ったが、今のところその様子は見られない。
やっぱりタイミングが過ぎたのだろうか。
▼授業【植物の世界】を終えて、より身近に植物たちとの関わりを知りたくなった生徒も多いようだ。

●あと、植物の中で、木や野菜のことついても、もっと知りたいなと思いました。

そうだ。!!
 生徒たちの「植物物語」は、今からはじまる…。

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【授業】植物の進化と多様性

▼これからの「学び」が「学び合い」としてしか成立しない。これは、何度も何度も繰り返し確認してきたこと。
しかし、最近 思う。このときの「これからの」はいらないのではないかと、つまり「これまで」もずっとそうであったのでは…。「学び」の本質は「学び合い」にあるのではないか。
▼もう少し、生徒の感想から学んでみよう。
三十年来のこの学習の私のテーマは「光と水を求めての植物の生活をドラスティクに描こう」である。
今回の授業でこれに加えて「進化」ということが、生徒の「ふしぎ!?」に応えることになることを学んだ。

●植物が地上に上がり水を利用して子孫を残していることがすごいと思いました。植物は進化していろいろな水の吸い上げ方が備わっていることがすごいと思いました。

●今まで、庭の草ひきをしている時、何気なくぬいていた草にも葉緑体があったり。光合成していることがわかりました。家でも、花などを育てているので、よく観察するようになりました。

●なぜ植物は最初一つの植物だったのに被子植物になったり双子葉類になったりして進化したのか。
「感想」花は次の世代につなげて何万年もかけて地球上の二酸化炭素を減らしてくれて、そして人間が生まれてぼくたちがいて、植物はすごくありがたく思いました。

●植物はたくさん次の代に増やしていくためにはたくさんの進化が必要なのだと分かりました。まず地上に上がってくることによって進化し増え続けてきたのだから、始めに陸に上がってきた植物はとてもい大だなと思いました。

●「植物」とひとまとめに言っても、たくさんの種類があることが分かりました。よく道ばたで見かける草や花などを、自分でとって理科の授業で観察したりしてみると、意外な世界が見えたり、植物がどうやってどうやって生きているかを知ったりできて楽しかったです。ふだん意識しない所で、さまざまな事がおこっているんだと思ったらふしぎになってきます。…私は大昔の植物のことを、もっとくわしく知りたいと思いました。

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【授業】植物は生きている!!

▼今朝は、激しい雨だ!!梅雨だからアタリマエ!!。
そう、このアタリマエ!!が一番のくせ者だ。こう言ってしまった瞬間に思考停止がおこる。等身大の「ふしぎ!?」を追いかける科学は遠ざかってしまうのである。
 【植物の世界】にもそれはあったようだ。
▼「植物は生物である」「植物は生きている」「植物は動物と同じように生き物である」これってアタリマエ!!
のことだろうか。このアタリマエを実感したとき、感動がうまれるのではないだろうか。
それを生徒たちに教えてもらっているような気がする。

●植物は生きているっていうのは、何度か聞いたことはあったけれど、植物も呼吸しているってきいて、本当に生きているんだなあと実感しました。
●葉も呼吸を行っているなんて知らなかったのでとても驚いた。
●…光合成は光のあたる時だけして、でも呼吸は光とか関係なく昼も夜もずっとしているのが分かったし、植物は人間と同じように酸素を取り入れ、二酸化炭素を出している事も知って光合成と逆のことしているのが分かってすごく勉強になりました。ほかにもいっぱいならって楽しかったです。
●植物も生きているだな。と思いました。二酸化炭素・酸素が出入りして、呼吸も行っているのですごいと思いました。

「呼吸」だけではない、アタリマエ!!で片付けるにはもったいないことがいっぱいある。

●光合成は、いろんな植物がこの光合成を使って栄養を作っている事が不思議です。なんで光合成で栄養がつくれるのか不思議です。植物にはすごくたくさんのしくみがあるのですごくおもしろい。
●人間は光合成をできないのかなと思いました。

<つづく>

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【授業】「植物」のこと、もっともっと知りたい!!

▼気がついたら時間はどんどん過ぎていた。昨日は「夏至」だった。ついには、いちばん高い太陽を見ることのできない1日だったが、頭のなかでその傾き、その位置をイメージしていた。
 考えてみると、人間の思考とは便利なものだ!!見えないものも想像力で見えるようにしてしまうのだから…。ひょっとしたらこんなのを「科学」というのかも知れない。
▼【植物の世界】の授業はすでに終わっていた。授業を終えての「感想文」を宿題に出していた。その第一便が届いた。読ませてもらっていると実に面白い。
 それはどんな書物、文献より面白い。また、またあのフレーズが

自然は 最高の教科書!!
子どもは 最高の指導書!!

▼そのほんの一部を「記録」しておく、それをつないで次なる「ふしぎ!?」に向かうために

●ほかには、植物はすごいと思ったのは、根から吸収した水などを葉まで吸い上げることです。さかさまをしているのに上まで吸い上げれるのは、ふしぎだと思いました。また、調べてみたいです。

●…また、草引きをしたときなど、根が深くて、なかなか引けなかった草も、根っこのはたらきがあるのだと、勉強して、すべてに意味があるのだと思いました。
 植物も生きていくためのからだのしくみがあることを知り、人間と同じようにいきているんだと思いました。
 私たちは植物のように自分で、栄養分をつくることができないので、植物や他の動物などを食べて、栄養分にしているので、人間にもできない事を植物は行っているだとおどろきました。

●他にもたくさん知らないことがたくさんありました。人間と同じように、植物も暮らしやすいように進化しているだな~と思いました。でも、一つ疑問があります。それは、なぜ植物にはたくさんの種類があるのかということです。別に、1種類だけでもいいような気がします。

<つづく>

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【Web更新6/20】10-25【植物の世界】等

Dscf8909
水たまり またいで行くや クリの花
10/06/16 (水)撮影@安富

■楠田 純一の【理科の部屋】10-25
週末定例更新のお知らせ
 一週間という時間単位が、どれほどの長さなのかこの定例更新ではかるようにしている。何をここに書き込むことができる一週間か。何を更新したか。コウガイビルではないが、刻々と「再生」すること・つくりかえることこそ、生命の本質かも知れない。Webにおいても同じかも知れない。更新しつづけていくことこそ、Webが生きている証しかも知れない。

◆表紙画像集2010 校庭の樹木シリーズ クリの花
 梅雨空の下、クリの花がきれいだ。「実があるが花が咲かないものは…?」と問うたとき、生徒から「クリ」という答えが返ってきた。今こそみてほしいこのみごとな花を。花から実への変化のみごとさもあわせてみてほしい。
校庭の土手に注目だ。雨があがった朝、通学してくる道の目の前に白馬の尻尾のようにぶらさがった花を。

◆【植物の世界】更新
 授業は先週で、ひとまず終わった。しかし、植物の「ふしぎ!?」はまだまだつづく。
今回の一連の授業が、これから一生永くつきあっていくことになる植物たちのことをしるきっかけになればいいのにと願うばかりである。
 私自身も、今回の授業であらたにいくつものことを「発見」した。とりわけ感動したのは、植物の独立栄養の偉大さについてである。やつらは完全自給自足で生きている。すごいことをやって生きているのである!!
 もうひとつは、生命リレーの巧みさである。

◆【大賀ハス観察日記】更新
 一ヶ月にわたる卓上観察した大賀ハス二粒を屋外に引っ越しさせた。第一世代の大賀ハスと同じ場所にもっていった。あのモヤモヤは、どうやらカビのようだ。長すぎた卓上観察のあいだに、腐りはじめていたようである。
 起死回生なるかは、この一週間が鍵である。さて、どうなるやら…。

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まだまだ終わらない植物の「ふしぎ!?」

Dscf9026▼昨日6/19(土)で、大賀ハスの植え替えから12週目であった。観察池の方のハスの葉には、ハスの葉を象徴するような水滴がいくつも転がっていた。そして水面はほぼハスの葉に覆われていた。残り少なくなった水面には油のようなものが覆って黒くひかっている。そうだ、私は先週のあいだにこの池に追い肥として、とめられていた骨粉入り「油カス」を与えてしまったのだ。有機肥料ということでいいだろうと思い、昨年これを使っていてとめられたはずなのに…。
Dscf9028 水だけの「あまりもの」の方にも同じことをやってしまった。こちらの方が効果てきめんだったようだ。大賀ハスの体内にミネラルが入ったのだろう。枯れ始めてしまったのである。なんという失敗!!雨が流し去ってくれることを待っていることはできない。夕方になっても予想していた雨はふらなかった。仕方ない、水道のホースをひっぱってきて水道水で、余計な肥料を洗い流すことにした。起死回生はなるだろうか。
 植物の物質交代はどのようにするのか。何がどのようにまったくみえていない自分がいた。安易なはたらきかけは邪魔なことなのか。
Dscf9021▼今度は、家の西にまわった、そしたら、しばらくみていないあいだに「チューリップの実」が割れかけていた。いよいよ完熟状態になってきたようだ。種子の姿もすき間から見えてきた。
 大賀ハスと同じところにもってきて、この後の様子を注意深く観察してみたい。ここから「種子」を採集して、「種子からプロジェクト」を開始したいと思っている。
 何年がかりになろうとも、開花までぜひぜひ持っていきたいものである。それにしてもいつ種蒔きをすればいいのかな。自然界では、熟してそのまま地面で発芽するから今でいいのかな。わかっているようでわからないことばかりだ。授業が終わったからといって植物の「ふしぎ!?」は終わるわけではない。
植物の「ふしぎ!?」を追う旅はまだまだ続くのである。
▼机の上には、5月の連休中にパックのなかに蒔いたタンポポの種子が大きく育ってきている。これもこのままにして置くわけにはいかない。
 もう少し広い場所に移してやりたい。そして、再度あのパイプのなかに育ててみたい。
もう根っこ掘りの手間のなく、地下深くへのびた根っこ見てみたい。
 こうして考えてみると、まだまだある。
ヒガンバナの「ふしぎ!?」も、開店休業にしたままだし。
 数々の植物の「ふしぎ!?」も、それらをつないでみるとあの究極の「ふしぎ!?」にたどり着く。

●究極の「ふしぎ!?」=「生命とは?」

今、とりわけ興味があるのは「生命」と「時間」の「ふしぎ!?」である。

 

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【授業】植物の分類なんて簡単だ!!

Dscf8997▼机の上の大賀ハスが「発芽!」から約一ヶ月が経過した。発芽が先行した方の種子は、半透明のモヤモヤ物質に囲まれ、一番に空中に飛び出してきたは、すっかり枯れ垂れさがっている。根は、瓶の半分ぐらいを占めて伸びている。葉茎はのび絡まっている。後発の方も、ほぼ同様の姿である。空中へ突出した葉は、まわりから黒ずんできて、いまでは中心まですっかり黒くなっている。
 もう限界とみた。この週末には水の入った土中に「引っ越し」をしてやろうと思う。
▼授業の方も、昨日ひとつの区切りをつけた。長くやってきた「植物の世界」であるが終わりにした。最後に登場させた植物は、「ソウ類」である。コンブ、ワカメ、アオミドロなどの名前を出した。
そして、お気に入りの「ソウ類のうた」でしめくくった。

根・茎・葉の区別もない、花や種子もない。
いつでも どっぷり 水の中
でも 葉緑体はもっていて
光と水とミネラルで 育ったり 仲間をふやしたり
そういう植物のなかま ソウ類 という

極地方式研究会『植物の世界』からの引用である。それにしても、うまくいったものである。
語呂がいい、ソウ類だけでない植物のくらしをうまくまとめている。ずっとお気に入りだった。
▼次には、この水中のソウ類からはじめて、進化のプロセスを大まかに追ってみた。
光と水をもとめてのドラスティクなくらしを
根・茎・葉、維管束の起源がみえてくる。胞子から種子へ、より巧妙な生命のリレーの多様さがみえてくる。
分類のための分類をやろうとすると、その多様さが複雑にみえてくるが、光と水を求めての進化のプロセスを考えてみると、この多様さが感動!!になる。
 植物はほんとうに面白い!!
 授業は終わっても、植物の「ふしぎ!?」は終わらない。

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【授業】コケの胞子に葉緑体が!!

Dscf8945▼昨日も、梅雨のあいまの晴れだった。授業には、「コケ植物」をもってくるようにと伝えていただけに、その方が採集しやすかった。シダにくらべて多くの生徒が持ってきていた。
コケの方が、みんながよく知っていた。「陸上最初の征服者」たちの末裔はあまり知られていないようだ。
実際に校庭でも簡単にいろんなところでみつけることができる。校舎の突き出た屋上の隅や、ほぼ垂直にたったコンクリートの土手にも。
 今は、水から縁をきることのできないコケにとっては、最適なシーズなのかも知れない。胞子のうをつけているもいっぱいみつけられる。
Dscf8948▼授業では、採集してきたコケをセロテープでノートに貼りつけることからはじめた。
そして雌株についている胞子のうから、実際に胞子を出して顕微鏡で観察してみた。
アタリマエかも知れないが、私はその「みどり」に感動した!!「葉緑体」だ!!
シダ植物でも、「胞子」と「種子」のちがいについては触れていた。
しかし、実際に目にすると納得!!ある。
Dscf8925弁当を持たない胞子たちは、自前で栄養をつくって生きていく。待ったなしである。
栄養がつくれなければ待っているのは「死」である。
あらためて「種子」の偉大さがわかるというものである。
Dscf8952_2▼それは観察に入って直後のできごとであった。ひとつの班ですこし歓声があがっていた。
近づいていくと、「ダンゴムシの赤ちゃんのような…」「これがコケの中に…」と騒いでいる。
えっ、それはひょっとしたら…。あの、あこがれの「クマムシ」?!
Dscf8953私は、あせった!!のぞいている顕微鏡にデジカメを近づけた。
二枚を撮った。なんとこんなときに電池ぎれだ。でも本でみた姿とちがうようにも見える。???
後でゆっくりと見せてもらおうと、コケごとシャーレにいれた。後でみると、そいつの姿を見失ってしまった。
時間ができたら、コケを採集してきたという場所にでかけよう。


 

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【授業】最初の陸上征服植物たち

▼やっぱりそうだ。梅雨だからと雨がずっと降っているわけではない。雨と雨のあいだには晴れることもある。昨日がそうだった。太陽からの日射しは真夏を思わせるものであった。一昨日の雨でいったん落とした水をたっぷり含んだ大気がどんどん暖められた。そう最初の陸上征服植物たちの時代も、こんな天気だったのだろうか。
▼授業は「シダ植物」に入っていた。シダ植物をもってくることを課題として出していた。
ところが、現実に用意してくれたのは数えるほどしかいなかった。
 必ずしも身のまわりにあるから、よく知っているというものでもない。あの葉っぱの裏に「ブツブツのついているやつ」を目印にした。
 最初に教科書を参考にその仲間をあげることにした。
Dscf8876▼そして、いよいよ「ブツブツの気持ち悪いやつ」の正体を顕微鏡でみた。
ここではくばり、以前からやっている簡易観察の方法をとった。セロテープでそのブツブツにちょっと触れるだけ。それをスライドガラスに貼りつける。そして、顕微鏡
の低倍率でみる。
「なに!?このミミズみたいなやつ」
Dscf8882すぐに観察できる。ちょっと欲張りにセロテープにつけたところでは、黒いかたまりが見えるだけ、でもその端からこのミミズの乾燥してまるまったようなものがいっぱい見える。
そう、これが「胞子のう」だ!!
胞子を入れる袋だ。ちょうどそこから飛び出た胞子をみている生徒もいた。
▼観察を途中でとめて、何をみているのか説明した。
この仲間には、花が咲かないこと。花が咲かないから、実も種子もない。
この胞子でふえるのである。種子が「弁当持ち」で、より確実にふえていのに対して、この仲間の胞子は、数で勝負である。ひとつの胞子のうに入っている胞子はいくらくらいだろう。その胞子のうがいっぱい集まって、ブツブツのひとつをつくる。そして一枚の葉には、あんなにたくさんのブツブツが…
 そしたら、一本のベニシダからどれほど膨大な胞子が飛び出すのか、それは想像に難くない。
▼あらかじめ用意したベニシダで、根・茎(地下茎)・葉を確認する。維管束の存在も説明する。
そして、その時代の話をする。
その時代とは、このシダ植物が地上を征服した時代のことである。
ワラビ・ゼンマイ・ツクシ(スギナ)の巨大化したロボク、リンボク、フウインボクのようなワラビ・ゼンマイ・ツクシ(スギナ)の巨大化したようなものが森林をつくっていた時代のことを。
 架空の話ではない。私たちはこの大木の化石を「石炭」として掘り出して燃料として使ってきた。
まんざら「カンケイナイ」話でもないのである。

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【授業】植物はみんな海からやってきた!!

Dscf8893▼実は、私はいまだにあの「大賀ハス」を机上で水耕栽培をしている。発芽処理をしたのが、5/16(日)であるから、今日でちょうど一ヶ月を経過したことになる。
 一ヶ月で、大賀ハスは、姿かたちを大きく変えていったことになる。発芽処理から一週間で発芽して、葉をのばし根をつくり、成長をつづけてきた。2000年も眠りつづけいることができる種子も、目ざめて時間が再スタートするとこうなる。「ふしぎ!?」なものだ。先行した方の葉はついには枯れてしまっていた。
Dscf8867▼授業の方は、ひとつのクラスは、「シダ植物」に入った。
移行措置で、あらたに追加された部分である。植物の世界をより豊かにとらえるためには、妥当な追加である。
「シダ」「コケ」を扱わずに「植物の世界」のほんとうの面白さはわからない。
どんな世界が見えてくるのだろう。どんな物語が語られるのだろう

・胞子から種子への物語
 粗製乱造の胞子でも、葉緑体もっていて光合成する。
 種子は弁当もち
・植物らしい植物の根・茎・葉・花の物語
 光と水をもとめての生活(くらし)
 
等々いろいろ出てくる。
●植物は「分けて」もわからない。
●植物はみんな海からやってきた。物語がはじまったとき、植物が面白くなる。 

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ツナガル「ふしぎ!?」を追い続けよう!!

Dscf8861▼昨日は、まだあの「はやぶさ」の感動の余韻が残っていた。と言うよりジワジワとその面白さが深まっていきつつある。入ってくるニュースをみているとあの「タイムカプセル」のなかみが気になってくる。
 人類の追い求めてきた「ふしぎ!?」の解答がいっぱいつまっているかも知れない。私たちの等身大の「ふしぎ!?」ともツナガルものが…。
Dscf8869▼授業は、植物の「ふしぎ!?」を追いかける最終の週となるだろう。放課後、次なる授業で使うシダ類の採集に校庭周辺にでかけた。梅雨に入ったから必ず雨が降るというものでもない。大気の「ふしぎ!?」だって、そんな簡単なものでもない。それが面白いのだが…。
 シダ採集地の周辺で、偶然白いホタルブクロをみつけた。「そろそろだが、見たいな」と思っていたら、出会うのだから面白い。シダを校庭内まで持ち帰っていると、今度はピンクのホタルブクロを草むらのなかにいくつかみつけた。あれ!?毎日見ているはずなんだけど…。
▼植物の「ふしぎ!?」もまだまだ残っている。わかったことは、ほんのわずかのこと。ずっとずっと付き合っていく植物たちの「ふしぎ!?」をアタリマエやカンケイナイに片付けないでほしい。
 今は、その「ふしぎ!?」のすべてをわからかくても追い続けたら、面白い付き合い方が見えてくるはず。
きっと、あのはやぶさの「タイムカプセル」の「ふしぎ!?」ともツナガルはず。

ツナガルからカガクだ!!

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【Web更新6/13】10-24【植物の世界】更新

Dscf8630
 泥田から のびる手を待つ ゴンビかな
  10/06/09 (水)撮影@安富

■楠田 純一の【理科の部屋】10-24
週末定例更新のお知らせ
 USTで「はやぶさ」がみごとに帰還するのを見た。よくぞ帰ってきてくれた。\(^o^)/
感動である。なにに感動するかというとふたつある。ひとつは、予測通りの時間に予測通りの場所に帰還したということである。その「科学」にあらためて感嘆である。もうひとつはそれをリアルタイムに「映像」として見ることができる時代になっているということへの感動である。
 時空間において、私は「今」どこにいるのか。それを知りたいというは永遠のテーマなんだろう。

◆表紙画像集2010 校庭の樹木シリーズ グミ(ゴンビ)
 校庭に、ゴンビの木があるのを意識したのは、今年、この赤い実が熟し始めてからである。校庭のサクラの樹の下の土手沿いにある。建物のかげにもあり、なかなかめだたない存在である。
 人のくらしと結びついた樹木は、印象ぶかい。私は、この赤い実を見ると、田植えを連想する。
田植えで、泥田につっこんだ手のままで、これをまとめて採り口にほおばった「あの日」のことを思い出す。
あの甘酸っぱい味のことまで…。
 今は、のばす手もなさそうだ。


◆【植物の世界】更新
 この授業も、授業そのものとしては、今週中に終わる予定である。それで、「植物の世界」の「ふしぎ!?」の謎解きが終わるわけではない。学習することによって、なおさら「ふしぎ!?」が深まったのかもしれない。
 ここでも、どこまで来たのか。現在地の確認か゛大切なんだろうと思う。

◆【大賀ハス観察日記】更新
  これぞ現在進行形で展開する生命の物語。今週もこのあと、どのように展開するのか楽しみである。

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「ふしぎ!?」を追い続けること

Dscf8820▼「ふしぎ!?」追い続けたら、必ずツナガルことがある。私の無手勝流科学の流儀である。大賀ハスの「ふしぎ!?」だけを追いかけていても、つきることない。観察池の植え替えをしてから昨日で11週目だった。
観察池は、確実に蓮池らしくなってきた。浮き葉から、立ち上がったものある。
水面には、なにかカビのような物体もうかんでいる。
Dscf8818 「あまりもの」の方は、こちが本命のようにいくつも葉をのばしている。このなかから、花の「つぼみ」のようなものが立ち上がってきても不思議ではないぐらいの勢いだ。
いずれにも、なんの肥料を与えていないのに…。「ふしぎ!?」だ。
Dscf8811▼今週は、もっとおどろくものをみつけた。蓮根を植え替えたときに、「あまりもの」のさらに「あまりもの」、それを田に捨てやろうかと思ったのだが、これまた気まぐれにこわれた瓶のなかに入れておいた。上の方にひびが入っているため下の方にほんの少しだけ水をためることができる。
 そこに、なんとハスの葉が伸びてきたのだ。なんという生命力だ。もう枯れてしまっていたはずなのに、ほんのわずかの水を使って、「再生」してきたのだ。なんという「ふしぎ!?」だ。
Dscf8843▼机の上の大賀ハスにも「ふしぎ!?」は起こっていた。先発の方の種子をとりまくモヤモヤはなんだろう?
その不思議な物体の層はどんどん厚くなっている。腐っていっているのだろうか。植物の体をつくるためには、二酸化炭素と水だけでは不可能である。他のミネラルはどのように補給されているのだろう。
Dscf8847 後発の葉にもあらわれた「黒いふちどり」はなんだろう。栄養不足のあらわれだろうか。
無手勝流に「ふしぎ!?」を追いかけるだけでは、解明できない「ふしぎ!?」がつづく。

今日こそ、なんらかの「はたらきかけ」をしてみよう。

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『光』の授業を構想する。

Dscf8761▼「入梅」の昨日は皮肉なことに、いつもの場所からはどこまでも続きそうな青空が見えていた。太陽からの光も厳しかった。梅雨に入る前の空は、梅雨脱出後の盛夏を想像させるものだった。
▼そのまぶしい太陽からの光を受けながら、私は次の単元「光」の授業を構想していた。
理科教師の私にとっては、きわめて思い出深い単元である。
実験してみることの面白さを知ったのもこの単元なのかも知れない。
授業の記録を、ちゃんとはじめて書いたのも、この単元である。それは、今も残している。
●はじめての実践記録
である。今、それを読み返してみると赤面する思いである。
 しかし、一方ではなにかを伝えたくて夢中であることがわかる。
 それは、一体なんだっただろう。それから三十数年経て、最後の「光」の授業をするにあたり、それを検証することからはじめる。
▼なんと言っても、そのころ衝撃だったのは「ピンホールカメラ」だった。
穴を通るだけで、スクリーンに映し出されるのは「像」であるということだ。
なんとも、このアタリマエが感動であった。そして、これこそが「カメラオブスキュラ」のはじまりであった。
私は、どうしてもこの「ふしぎ!?」の感動を伝えたかった。
少しでも、伝わったかと思う瞬間がうれしかった。「理科」とはこれかと思った。
ふりかえってみると、この瞬間の喜び、楽しさ、面白さを再現したくて悪戦苦闘をつづけてきたのかも知れない。

<つづく>


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時空を超え続ける「大賀ハス物語」!!

Dscf8748▼今朝も、大賀ハスの観察からはじめた。まだふたつとも、机の上の瓶の中で観察をつづけている。先発の方の最初の幼葉は、黒ずんできて、第二の方が水面から元気にあがりかけている。後発の幼葉も少し元気をなくしてきた。ともに種子ついたモヤモヤはなんだろう。もう腐りはじめているのだろうか。種皮を分解して次なる世代の養分にしようというのだろうか。ここでも連鎖がおこりはじめているのだろうか。
Dscf8722▼昨日、丹波の方に研修にでかけた帰り道、加東市の「平池公園」に寄ってみた。ここへは、過去に何度か行っている。
●兵庫県社町平池公園の大賀蓮の観察(2002.6.23)
●兵庫県社町 平池公園の大賀蓮の今 2004-08-05
 6/10では開花に時期がはやいと思ったが、なかなか機会がないので、ついでにと思い立ち寄った。過去に立ち寄ったときは、「大賀ハス」は興味はあったというものの、まだ遠い存在であった。
▼今回の訪問は、これまでとはちょっと違っていた。「大賀ハスの由来」の看板も、わがことのように読めた。
大賀先生から直々に鳥取県農業試験場へそしてこの「平池公園」へ。ここにも時空を超えた「大賀ハス物語」があるようだ。鳥取からこの地へ旅をして来たのは、15粒だそうだ。昭和58年(1983)のことらしい。もう30近く前のことだ。15粒のうち8粒が発芽したらしい。そして今日にいたっているようだ。
Dscf8735▼それから考えると、私の方の大賀ハスの発芽率はすごい幸運だと思う。昨年の夏に結実した種子は5粒、今のところ旅に出た分も含めて、4粒までが発芽を確認されている。
 今も、時空を超えて展開され続ける「大賀ハス物語」。それぞれの「大賀ハス物語」が、独自のストリーがあって面白い。
 「平池公園」の大賀ハス、つぼみのものもあったが、やはり少し早かったようだ。
もう一週間もすれば、あの「あこがれの4日間」が次々と訪れるだろう。

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【観察】今年もモリアオガエルの季節が…

Dscf8702▼今朝起きたら、外に出た。東の空にずいぶん細くなった月が見えた。田んぼのカエルたちがうるさく鳴いている。そう言えば、気になっていたモリアオガエルの卵塊を昨日、校庭の延長である「あじさい公園」に見に行った。
今日こそ、今日こそと思いつつ昨日になってしまった。
▼昨年のblogをみていても、もっと早い時期に(5/20)にここに行っている。今年は、気温が低かったとは言え、もうすっかりその季節は来ていたのだ。本命の池の卵塊はすでに茶色っぽくなってきていた。オタマはもう下の池に落下したのであろうか。
 池には、それを待ち受けているイモリくんたちが元気だ。
卵塊をのせる棚になっているあじさいの葉のみどりが鮮やかだ。花は咲き始めようとしている。
▼モリアオガエルもあじさいも、毎年、毎年きまった時期に、決まった生命の営みを繰り返す。アタリマエと言えばアタリマエのこと。しかし、考えてみると、とても「ふしぎ!?」なこと。
 地球が太陽の周りを一回転してきたことを、何によって感受したのだろう。
どんな情報を受け取り、この営みを繰り返しているのだろう。
生命に埋め込まれた「時計」があるのだろうか。

そう言えば、今日は「時の記念日」だ!!
私に、今、一番興味ある「ふしぎ!?」は、生命の営みと「時間」のこと。

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【授業】「スバヤ型」と「ジックリ型」

Dscf8606▼今朝の大賀ハスで一番に気になったのは、後発の方の葉だ。元気だ!!そして精一杯広げている。限られた光をすべて吸収しようとしているように見える。植物の生きる姿に人間の生きざまかぶせてみる。
 擬人化 それは、ややもすると「非科学」化の危険もある。でも、ものごとを認識するのに、とてもすぐれた方法である。
▼Twitterのタイムライン上に、非常に興味深いニュースが流れていた。
◆植物:6週間の「記憶力」京大グループ調査
面白い!!
やっぱりそうか!!これで大賀ハスの開花4日間の「ふしぎ!?」も、ヒガンバナの開花時期の「ふしぎ!?」もわかってくるのではないかとうれしくなってくる。ここにも使われている擬人法。
▼それを昨日の授業でも使ってみた。
被子植物を、単子葉類と双子葉類に分類してみた。
そして名付けた。さらにはこれまでバラバラに学習してきたことをツナイデみた。

●単子葉類=スバヤ型
・根(ひげ根型)-維管束(バラバラ、多数)-葉(平行脈)ー子葉(一枚)
●双子葉類=ジックリ型
・根(主根-側根型)-維管束(輪のように行儀よく並ぶ)-葉(網状脈)ー子葉(二枚)

そのくらしとツナイデ考えると、納得がいく。
その仲間も見えてくる。誰に教えてもらったのかずいぶん以前から使っている。
今回は、生徒に聞いてみた。
「人間にも、このふたつのタイプあるよな。自分はどちらのタイプだと思う。」
数名が迷っていた。しかし、ほぼ全員が手をあげたのは、ジックリ型!!だった。

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【授業】植物たちの戦略!!

Dscf8579▼今朝も、大賀ハスの観察からはじめた。まだ未練があって、居住場所の引っ越しをしていない。大賀ハスにとってはとんでもない迷惑なのかも知れないと思いつつ。
 先発の種子と後発の種子の根っこのびかたが少しちがってきた。それは単なる偶然が引き起こしたプロセスの差異なのかもしれない。先発の方の根は瓶の中いっぱい拡がりはじめている。後発の方は、瓶の底を這うように拡がっている。先発の子葉のトップの葉は黒ずみ枯れかけているようにも見える。後発のトップは元気よく葉を広げている。限られた光をいっぱい受けようと。
▼差異に注目するばかりでなく共通するところに注目してみる。共通して、三本の「葉」がのびている。
これは、種子として眠っているときから、第一幼芽、第二幼芽、第三幼芽としてたたみ込まれていたのだろう。
つまりは種子の時代から、この未来は約束されていたのだ。種子には、生命の「時間」までもが折りたたまれて入っていたことになる。「ふしぎ!?」だ。
Dscf8587▼もうひとつ朝から観察してみた。例の連休に蒔いたタンポポ種子だ。こちらの方も、蒔いたきりでなんの処置もしていない。ただただ水がきれないように、水を補充しているだけだ。
 蒔いてから、ちょうど一ヶ月がたっただろうか。プラスチックパックのなかは、「タンポポ畑」と化した。
このあと、どうするか思案中である。
▼授業の方だ。もうあと残りは限られた時間である。そのなかで、どうしても伝えたいことがある。
それは、植物たちの光と水を求めての多様な戦略である。生命を継ぐための数々の戦略である。
以前、【植物の世界】のテキストをつくったときは、つる植物に注目した。
光は上からやってくる。「光とり競争」に勝つためには、背を高くする必要がある。しかし、背を高くするためには茎を太くする必要がある。茎を太くするためには、たくさんの栄養が必要である。
 その矛盾をみごとに克服した植物、それが「つる植物」だ。

 まだまだある!!植物たちの戦略!!

さあ、今日も授業だ!!

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【Web更新6/6】10-23【植物の世界】更新等

Dscf8463
 実りの日 思い馳せるや 柿の花
  10/06/04 (金)撮影@安富

■楠田 純一の【理科の部屋】10-23
 週末定例更新のお知らせです。今年になって23回目のWeb更新です。
この週末は、Twitter的くらしを意識した。Twitter的とは、「リンク」「シェア」「フラット」「等身大」「リアルタイム」の5つだ!!やっぱり面白いと思った。今度は、週末だけでなくウィークデイもTwitter的に挑戦してみよう。

◆表紙画像集2010 校庭の樹木シリーズ 柿
 定期散歩コースにそれはある。なんとも郷愁をさそう樹木であることか、柿の木というものは。
もっとも身近に果実を食することができる木だからだろうか。
 そんな柿の木であるが、しげしげと花を見る機会がこれまでなかった。不思議だ、今、花をみていると半年後の熟した日の姿を連想してしまった。そして、そのころの自分のくらしにも…。

◆【大賀ハス観察日誌】更新 この一週間、完全に大賀ハス特に、第二世代の発芽したその「成長」ぶりはまってしまった。実におもしろい、まちがいなく植物も「いきもの」であると認識できる。一週間で、姿かたちをこんなにも変えてしまうのであるから、それはある面では、動物以上にドラスティクな「生」があるかもしれない。

◆【植物の世界】更新
 植物らしい植物の「光と水を求めて」のくらしを追っている。終盤へと向かっていく、でも植物の「ふしぎ!?」はまだまだつづく、ここでも等身大の「ふしぎ!?」置き去りにしないように、なんどでもそこにもどり、植物の面白さを伝えたい。一生付き合っていく「植物」のことなんだから…。

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【授業】「チューリップの種子」を追って

Dscf8490▼昨日(6/5)で、大賀ハスの植え替えから10週目であった。「大賀ハス観察池」の方は、徐々に浮葉の方が水面を覆っていく。どうしたことかトップバッターは、水面をきっただけでその後成長していない。立ち葉になるか、浮葉になるか、はじめから指令がでているのだろうか。それとも状況に応じて変えていっているのだろうか。昼間になると、水面に小さな泡がたくさん観察できるようになった。これは、地下での生命活動を意味するものだろう。
Dscf8500▼先の疑問に対する解答を、図らずも「あまりもの」の方がもっているようだ。「あまりもの」の方には、先週一週間のうちに一度水を補給してやった。完全に水耕栽培となってしまった。もちろん太陽に向かって葉を広げた立ち葉ばかりである。そのジャングル状態は、容器の姿すら完全に覆い隠してしまった。葉茎は太くたくましくなっている自分で製造した栄養を使っているのだろう。まだ、どちらにも追い肥をあたえていない。このさまを見ていると、ファンヘルモントの誤解もうなずけるというものである。
Dscf8544▼大賀ハスの観察ということでは、もうひとつの観察があった。第二世代の成長である。先発の方の根はどんどのびる。水たっぷりの水中では自由自在なのであろう。でも、重力の方向はしっかり認識しているようである。
後発の方は、種子と根っこの位置関係が逆転するだろうと思っていた。しかし、今のところその変化はおこっていない、それほどフレキシブルな対応ができるのだろうか。それよりも延ばした先の葉が、蛍光灯に反応したのかひらきはじめた。この異常な環境のもとで、自らを「浮き葉」「立ち葉」のいずれに認識しているのだろう。
 もう少しのあいだ、この異常な環境のもとで観察させてもらいたい。
Dscf8521▼継続観察ということでは、またちがったものも観察していた。それが授業でも出た「チューリップの種子」である。
出るのではないかと思っていたら、やっぱりいの一番に出た「花は咲くけれども種子をつくらないもの」。
 そのときは、結論は出さなかった。事実を見せたかった。「お話」では終わらせたくなかった。目の前で起こる事実として観察させたかった。
Dscf8518 授業前から、今年は少し意識してチューリップを観察していた。結実するチューリップはないかと、ふたつみつけた。ひとつは、校庭の花壇に、もうひとつは我が家の植木鉢に。
 花の時期は過ぎたけれど、ずっとずっと太っていく子房を観察しつづけてきた。
校庭の方については、来週には、観察の指示をだそうかと思っている。
 みどりを失ってきたころには、ここから種子を取り出して、
「種子から、チューリップを育てる!」に挑戦したいと思っている。
何年かけても、「あのときの種子が、こうなったのだ!!」と言いたいのだ。
そのとき、「花から種子へ」のほんとうの納得が、つくれるのかも知れない。
Dscf8537▼同じことを、この植物でもやりたかった。その偶然を待っていた。ジャガイモである、遅くからであるが種イモを畑に植えていた。花が咲く時期になっていた。朝には、多くの花が咲いていた。ところが「花をつまないように」と言うことを頼むのを忘れていた。夕方には、きれいに摘まれていた。
 ジャガイモの花が咲いたら、そちら栄養がいかないように摘むのは菜園の常識中の常識なのだろう。
ひとつだけ、摘みのこしがあった。奇跡はおきないだろうが、写真におさめた。
あのトマトのような実が見たい!!
 

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【授業】蒸散の「ふしぎ!?」

Dscf8476▼朝起きて、外に出てみた。おおっ、これが下弦の月か!きれいだ。思わず双眼鏡でのぞいてみた。ほんと半分だ!!日の出の方向が明るく見える。このアタリマエに感動だ。
 ゆっくりとした週末がはじまる。机の上の大賀ハスを観察する。今朝の大賀ハス、目をひいたのは根っこに毛のように枝分かれしていく根が…。種子はカビだろうか、白いうすいモヤモヤがついてきている。あの固かった種皮も姿を消していくのだろうか。まだ、まだ「ふしぎ!?」はつづく。この週末には、もう土の鉢にうつすべきなんだろうか。もう少し見ていたい気分だが…。
Dscf8472▼授業で、まだまだ植物の「ふしぎ!?」を追いかけていた。
葉からの「蒸散」である。6/2の夕方に、校舎北側にあるケヤキの樹の枝にナイロン袋をかぶせておいた。
校舎に隣接した3本のケヤキの樹、これなら毎日にながめているし、授業中教室からも見えるだろうと思い、これにすることにした。一日半でみごとに水がたまっていた。
 これだけの枝で、これだけだとすると、この樹全体では、どれほどの水が蒸散をしていることになるだろう。
膨大な水が蒸散していることを想像できる。
▼ここで、私は御法度を犯しても聞いてみたくなった。「なぜ?」と。蒸散の「ふしぎ!?」を

「教科書にも書いてあるように光合成で使う水は、根から吸い上げた水のほんの一部であると、ほとんどの水は蒸散してしまうと。では、なぜ植物は一見、無駄とも思える蒸散をするのだろう。?」

<自分の考え>をノートに書くことを指示する。
しばらくの沈黙のあと、出てきた。
「いつも新鮮な水にするために蒸散しているのでは」
「暑いから、涼しくするために…。」「汗かくみたいに」
「僕らが、魚たべるとき、身だけたべて、骨なんかは捨てるから、植物も養分だけとってあとはすてているのでは…」

私は、唖然とした。
「子どもの考えにはすべて何らかの真理が含まれている」
はほんとだと思った。
 後は、教科書の読み物『高い木の葉まで水を運ぶしくみ』を読んで、蒸散の「ふしぎ!?」のひとつの解答とした。

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【授業】フキの葉から維管束を

Dscf8431▼今朝も、大賀ハスの観察からである。成長を続けるその姿は、「生きもの」そのものである。このアタリマエのことへの感動を大切にしたい。そして、それを伝えたい。
 特に先発の方の展開はすごい。根には、新しい毛のような枝がどんどんできている。さらに興味ぶかいのは、根の先端が、瓶の底につくのに応じて、全体が浮いてきているように見える。つまり先端が触覚のようにはたらき、これ以上のびることができないことを感知して、ならばと重力に逆らって浮き上がる。水中であるから、かなり自由にそのように対応できる。これは、少し予見が過ぎるだろうか。
 瓶の外に垂れ下がったようなかたちになっている葉も、光に向けてひろげようとしている。後発の葉も、瓶の外へでてきた。
Dscf8421▼授業の方は、「根のはたらき」から「茎のはたらき」に向かった。
教科書はあいかわらず、「ホウセンカ」と「トウモロコシ」である。その横断面、縦断面の観察を先行させている。典型を追うということでは、それもよいだろう。
 しかし、その前に、どうしてももっとアタリマエのすごさに感動して欲しかった。
根から吸い上げた水の通り道(パイプ)、その束の維管束についてであった。葉っぱの細胞にくまなく水は配給されなければならない。そのためには巧みな配給システムが必要である。
まず、この維管束をひっぱり出したい。
 うってつけのものがある。それがフキである。ちょうど旬のものでもある。
▼道ばたに、家の周りにフキならいっぱいあるだろう。それを持ってくるように前時指示した。
その認識は甘かった。誰もが、そのフキを目にしているから、知っているとはかぎらないのである。
「フキって、どんなやつ?」
「どこに、はえとるん?」
と。
 現物を見せれば、簡単な話だ。持ってきてくれたフキから、維管束をひっぱり出した。
葉柄のひものようなものをひっぱりだす。慎重に葉までたどっていく枝分かれしている。できだけ長いものをひっぱりだして、それをノートにはりつける。
 それだけの作業だ。でも夢中になる、長さくらべがはじまる。ひっぱり出しているあいだに、気づく「それは一本のパイプ」ではないことに、何本ものパイプの束であることに。
具体的な維管束のイメージができていく。
▼このイメージができた後の方が、その後の横断面の観察も、何を見ているかがはっきりとするというものである。今は、教科書にもオオバコの維管束の写真が出ている。
 もともと「フキの維管束の観察」の提案を私が知ったのは、古いはなしになる。
「やさしく本質的な実験集1」(科教協東北地区協議会編 評論社 1972.7.10)にある「維管束の観察」(P185 難波継男)からである。
 もう40年近く前の提案ということになる。
 この機会に読み返してみた。なんと新鮮で、今も有効な提案であることか。
 

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【授業】「ライ麦一本の根の長さは…」

Dscf8402▼今朝も、大賀ハスの観察からはじめる。水を昨日の朝に入れ替えてやった。それは、どうやら正解だったようだ。なんとなく成長スピードがアップしたような気がする。先発の方の根はすごい様相になってきた。葉もうつむき加減だったものが、顔をあげたように光に向かってきた。後発の方の根も、どんどんのびてきている。タイムラグを設けながら、ふたつが進行していくからこれまた面白い。
Dscf8379▼授業の方も、後発のクラスの「根のはたらき」の授業を昨日やった。
まずは「根の働きは…」と問うてみた。
即答があった。
「水を吸う」
「土のなかの養分を吸う」
そして
「からだを支える」
「地面にへばりつく」
ここまで板書でまとめておいて、あの「タンポポ研究」の成果物タンポポの根のミイラを見せた。
Dscf8385▼私があの散歩で手に入れた根も見せた。そしてふたつのタイプがあることを紹介した
●主根ー側根型
●ひげ根型

である。
おおまかには、ふたつのタイプがあること、さらにはいずれもが根毛によって表面積をふやし、水を吸い上げることに必死であることを強調した。
▼資料に「サボテンの根」「トウモロコシの根」の図をプリントしてくばった。
深さ10㎝くらいで、浅く、広くはびこって、ときどきしか降らない雨を吸い上げるサボテンの根。
そして網のように密集したトウモロコシの根。
いずれもが、そこに水を求めて必死に生きる姿がある。
きわめつけが次だ。
『約30㎝四方、深さ56㎝の箱に一本のライムギを植えると、4ヶ月後には根毛を含めた長さが一万1200キロ、表面積が650平方メートルにという根を作る。』
と紹介してある。
 なんいう長さだ。11200㎞!!
地球の直径は、1300㎞だ。ちょっとにわかには信じがたい数値だ。
▼ 授業が終わってからも、調べてみた。
いろんな人が、いろんなところで引用している。そして同じ数値をあげている。
出典もとになる研究か゛あるようだ。まだ、そこへはいきついていない。
ぜひとも知りたいものだ。
 これは、ぜったいにすぐれた教材であることはまちがいない。
 

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【授業】光と水を求めて

Dscf8351▼今朝も、起きてすぐの観察は、例の「大賀ハスの今」である。明らかに昨日と変化している。成長していっているのだろう。先発の方の種子は、頭を傾けるように、なんてきていた。このなかは、どうなっているのだろう。折りたたまれ入っていたものは、もうすべて出てしまったのだろうか。もう、「抜け殻」なのか。
 後発の方の根がのびてきている。でも、まだ「たこ足」状態にはなっていない。先発と同じようになっていくのだろうか。あきらかにスピードがダウンしているように思う。それはなぜなんだろう。
 水がにごってきている。このにごりはなんなのだろう。これは、生きている大賀ハスから出されたものだろう。
たいへんなことを忘れているのではないかと思いだした。
 「生きている」→「呼吸している」→「物質交代」、にごった水のなかに、必要なだけの「酸素」はあるのだろうか。
不安になってきた。この後、水を替えてやろうと思う。
Shokusubtytle▼授業【植物の世界】のシナリオの軸は、「光と水を求めて」の植物のくらしである。
各器官の名称覚えではない。単なる仲間分けではない。
光と水を求めてのドラスティクな「くらし」がある。それが見えてきたとき、きっと感動があるはず。
▼最初は、根からである。朝の散歩から、教材をさがしてみた。根っこから草を引っこ抜こうとした。それはそんな簡単では、なかった。アスファルトのすき間に、シバが生えていた。これならばとごそっと土ごとアスファルトからはがしてみた。なんとみごとな「ひげ根」だ。
 こいつも苦労しているんだ。そりゃ、そうだ水の問題は、死活問題だ!!
 そう言えば、生徒たちの多くは、連休の「タンポポの研究」で根っこ掘りを体験している。
それとつないでいこう。 

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【授業】授業ノート<ふりかえり>の有効性

Dscf8319▼さあ、今日から6月だ。月がかわっても、朝起きてまずやることは、引き続いて成長する大賀ハスの観察である。日々刻々と変化していく。今朝の観察で気づいたのは2つだ。
 ひとつは、後発の種子からも根が伸びてきている。先発の種子と同様の展開をするのであろうか。それが、これからの見どころである。先発と後発の種子のタイムラグはどこで生じたのだろう。
それも、けっこう「ふしぎ!?」である。
Dscf8333 もうひとつ気づいたのは、先発の種子の方の葉がひらきはじめたことだ。この状態で観察するのも限界が近づいているえのかも知れない。葉を開けるということは、本格的な生産活動を開始のシグナルでもあるのだろうから…。゛
 それにしても、ただ見ているだけだが、自然の観察とは面白いものだ!!
▼授業は「植物の世界」の後半に入っていく。中間点ということで、中間考査の期間を利用して、授業ノートを見せてもらった。今年から、授業ノートに新しい取り組みを入れている。そのひとつに<ふりかえり>がある。
一時間の授業が終わったら、かならず授業をふりかえり、感想・一口コメントなどを書いておくように指示をした。
一時間一ページ使用を原則としているから、そのページの下の方に、それは書かれている。
▼見せてもらいながら驚き、感激もした。まず予想を上回る量である、一行と言えば、ほんとうにそれだけかと思ったが、けっこう何行にもわたって書いている生徒も多い。
 次が内容である。
「天気がいいときに、この実験をもういちどやりたい」
「植物が生きていることが、はじめてわかってだんだん授業がおもしろくなってきた」
「バナナのデンプンをみた。今日見たのは実だったら種はどこにあるのだろう」
「植物が呼吸しているなんて、はじめて知って面白かった」
「山の木を切ったらなぜいけないのかがわかったような気がする」
「この次になにをするのか楽しみだ。」
「…」
もちろん、肯定的なものばかりでない辛口のある。
「今日は、面白くなかった」
「もっと、実験がしたい」
「今日は、先生が間違ったのが面白かった」
「ヨウ素液で染めたのが見えにくくて面白くなかった」
「…」

▼限られた時間の授業のなかでは、なかなか聞けなかった生徒たちの感想・意見を知ることができてなかなか面白い。どう授業を展開すればいいのか、そのヒントもいっぱいある。
この<ふりかえり>は、なかなか面白いものだ。
何度、何度も繰り返してきたこと、またまた実感である。

自然は 最高の教科書!!
子どもは 最高の指導書!!


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