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【Web更新5/30】10-22【大賀ハス観察日記】更新

Dscf8300
 代かきの 音もひびくや ヤマボウシ
  10/05/30 (日)撮影@安富

■楠田 純一の【理科の部屋】10-22週末定例更新のお知らせ
 早いものである。今日で5月も終わってしまう。今年度の1/6が終わる、地球は太陽のまわりを60°動いたということだ。これだけ、うごけば見える風景も当然かわってきているだろう。この動きばかりは、誰も止めることもコントロールもできない。ただただ楽しむのみ。

◆表紙画像集2010 校庭の樹木シリーズ 番外編 ヤマボウシ
 今年も、やっぱり番外編であっても、このヤマボウシを表紙に掲げる。この世でいちばん好きな花はと問われれば、いちばんにこの花をあげるだろう。校区内で、いちばんすばらしいヤマボウシをみられる場所をみつけている。このシーズンになると気になり出す。それは、ちょうど田植えの季節ともかさなるのである。
 今年のヤマボウシは、白い色にみどりが染みこんだような、これまたほんとうにすばらしい色だった。どうしてだろう、少しまだはやいんだろうか。前の田に水が入り、今日は田植えだろう。

◆【大賀ハス観察日記】更新 この一週間は、第二世代の大賀ハスの成長に驚いてばかりであった。ほんとうは、土の入ったところへ移すべきなんだろうが、あまりにその変化が面白いので、まだ机のうえに置いている。
 今しばらく、机上で観察をつづけてみよう。

◆【植物の世界】更新
 後半のこ構想も、一応かたまった。「光と水を求めて」の植物のくらしをできるだけゆたかに描きたいものである。

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大賀ハスの観察から

Dscf8169▼私の手元にやってきてから、第一世代にあたる大賀ハスの植え替えから、昨日でもう9週である。約二ヶ月である。観察池には、何枚かの浮葉が広がり、太陽の光をキャッチしようとしている。ときたま、土中から空気の泡がでてくる。土中にも、生命の営みがあることを推察させる。
Dscf8155 一方の「あまりもの」たちも元気だ。葉がひしめきあっている。我こそが立ち上がりあらん限り葉を広げ、栄養を生産しようとしている。瓶の口など、もうとっくに隠れてしまっている。水はどうなんだろうと、葉をかきわけてのぞいてみた。確かに、かなりの水を消費しているようだ。立ち上がれば、それだけ高くまで水を持ち上げなければならない。そのためにたくさん水が必要となる。道理である!久しぶりにホースをひっぱってきて水を補給してやった。
 今年は、水だけで育てる「水耕栽培」に挑戦してみることにした。
Dscf8176▼第二世代の方は、「発芽」してから一週間がたった。その変化のスピードには感嘆するばかりである。
根のようなものだけの観察していても面白い。先行した種子の方の根はどんどん伸びる。
そして、それは重力に従った方向にのばしていく、タコの足がのびたような姿になる。後発でまだ根をのばしていない方とは逆転している。
 この観察からだけでも、光と水を求めての植物のドラスティクな「くらし」が見えてくる。
観察というのほうとうに面白い!!
観察から科学ははじまる!!
▼大賀ハスの観察に誘われて、「植物の世界」の授業の後半を構想してみた。
・根のはたらき
・茎のはたらき
・蒸散
・植物のからだとくらし(光と水を求めて)
・スバヤ型とジックリ型
・シダ植物
・コケ類
・藻類
・植物の進化
等々
どこまで「植物の世界」を楽しむことができるだろう。
ここでも、キーになるのは「時間」である。
観察するにしても、「時間」のものさしを意識してみるのとみないのでは大違いだ。

時は科学なり!! 
 
 

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大賀ハスに問う「生命とは?」

Dscf8140▼大賀ハスの「発芽」を確認してから、はやくも一週間が過ぎた。なんというスピードの成長だ。瓶から突き出た幼い巻き葉は、もちろんみどり色をしている。すでに生産システムの準備はできている。
どう考えても、このスピードは「ふしぎ!?」である。
ほんの一週間前は、これはまるで「無生物」のように眠っていたのである。
いったん動き出すと、どんどん変化していく、目の前で刻々と…。
▼しげしげとその姿を見ていたら、あの「ふしぎ!?」が頭に浮かんだ。
そして、発芽一週間目の大賀ハスに問うてみた!!
「生命とは?」
と。
Cell 浅学無知は承知している。ひとりのポンコツ理科教師の「ふしぎ!?」だ。
あの、261日ナイロン袋のなかで「食べる」ことなく生き続けたコウガイビルにも問うてみた不思議だ。
 もう科学者のあいだではわかっている不思議なのかも知れない。
今の時代だ。ひょっとしたらWebのなかには検索されるかも知れない。
すでに読んだ文献のなかにはあったのかも知れない。
 でも、やっぱり私には、これが今、「ふしぎ!?」でしかたない。

この私の等身大の「ふしぎ!?」
もうしばらく大賀ハスに問い続けてみよう。
 

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大賀ハスに根が!?

Dscf8096▼気づいたのは、昨夜眠る前だった。そして、今、画像におさめた。
こ。れが、例の「大賀ハスの根!」だろうか。発芽してから6日目の朝だ。
そのようにあらかじ決めているのだろうか。環境条件によってちがいがあるのだろうか。
なぜ、そんなこと考えるかというと、あの「あこがれの4日間」のことを思い出したからである。大賀ハスは、花が開くのは「4日間」だけと教えられていて、まったくその通りになったからである。
花でそうだったのだから、根にしかり!!
で、スタートして何日目にと、決められた「設計図」があるかと思ったのである。
▼水の中でも、根をのばす姿をしばしみながら、「根」の起源に思いを馳せた。水中にいた植物たちは、より多くの光を求めて陸上にあがってきた。そして、大問題にぶつかる。「乾燥」である。
光はたっぷりあっても、必要不可欠な「水」の不足。これを克服するために、長い長い時間をかけて「根」は誕生した。「根」にしかけられたメカニズムはみごとである。
そのメカニズムや根の進化を知りたくなってくる。
▼根が出ている部分が茎だろうか。それは、つまり「蓮根」の赤ちゃんということになるのだろうか。
このまま観察を続けてみたい気もあるが、ここでは育てることもできない。
居場所を新たな「観察池」にうつしてやる必要があるだろう。
引っ越しの日は、この週末になるだろうか。

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【授業】「光合成」と「呼吸」

Dscf8062▼今朝も、大賀ハスの成長は続いていた。先行した方の幼葉は、ついには水面だけではなく、約高さ17㎝のコーヒーの瓶から突き出ていた。なんということだ、すごいエネルギーである。後発の種子にしても、10㎝はのびているだろう。そのスピードと、そのエネルギーは、ほんと感動してしまう。
このエネルギーはどこからやってくるのだろう。
▼丁度、授業では、昨日、植物の「光合成」と「呼吸」とをやった。
授業のはじめは、もう一度、光合成を図式化して、復習した。
植物のこの偉大なる生産システムを、語り尽くすことはなかなか困難である。
何度も、何度も語ってみよう。あの手、この手で…。
 そう思っていたら、もっとアタリマエだけど、感動すべきことが来た。
「呼吸」である。
Dscf8049植物も「呼吸」する。このことは、どれほど日常概念のなかに定着しているだろう。
タンポポを使った実験からはじめてみた。
前の時間に使った残りのタンポポをナイロン袋に入れて、それを段ボール箱に入れ、さらには理科室の戸棚のなかに一昼夜おいておいた。
 先に、生徒のひとりに呼気を石灰水に吹き込んでもらった。
そして、続いて暗所においておいたタンポポの「呼気」を石灰水に吹き込んだ。
両方ともが白濁した。二酸化炭素を多く含む「呼気」である。
タンポポも息をしている!!
呼吸をしているのだ!!
と、このひとつで決めるつもりはない。
これは、見ての通りであるかも知れないが、これだけでほんとうの「理解」「認識」に達するとは思えない。
しかし、授業では、「呼吸」も図式化してみた。
▼語ってみたから、それでよしとするつもりはない。しかし、やっぱり言わずにはおれない。
・「呼吸」とは、けっして単なるガス交換を意味するのではない。
・「呼吸」とは、エネルギーを取り出す営みである。
・生物が生きていくためには、エネルギーが必要だ!!
・植物も、動物もすべて生きていくためには「呼吸」をしなればならない。
・生物は昼も夜も「呼吸」を続ける。
・「呼吸」には、酸素と栄養が必要だ!!
・細胞が「呼吸」するのだ!!
 

人間が、長い年月をかけて獲得してきた「認識」を、一時間の授業だけで受け継ごうというのは無理がある。それも承知しているつもりである。でも、どこかで語っておけば、「ひょっとしてこのこと!!」ということに出会うかも知れない。
 
 再び大賀ハスを見る、きっとこのエネルギーも…。

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種子植物の「ふしぎ!?」

Dscf8013▼あいかわらずの忙しい日々である。やるべきことをならべてみて、優先順序をつけて、順番にやっていくだけ、こんな単純なことでも、なかなかうまくいかない。こんなとき、思わず「時間よ止まれ!!」と叫びたくなってくるのである。(そう言えば、半世紀以上前になるだろうが、NHKのテレビ番組でそんなあったような。ピンチになると少年が「時間よ止まれ!!」と叫ぶ。そしたら自分以外の時間は止まってしまう。そしてピンチを脱するのである。そんなの今ははやらないかな。)
▼なぜ、こんなこと考えはじめたかというと、やっぱり「大賀ハス」である。発芽してしまった大賀ハスの種子、どんどん成長する幼芽をみていると、とても「ふしぎ!?」に思う。
 このエネルギーは、どこに仕舞い込まれていたのだろう。
この生命の営みは、一時的に「休眠」状態にあったのである。
つまり「時間を止めていた」のである。
なんという驚異のシステムだ。環境条件が整うまで「時間を止めて」おくなんて…。
それも、この大賀ハスは、2000年ものあいだとは…。
▼植物たちが、この驚異のシステムを獲得したのはいつごろだろう。粗製濫造の胞子で殖えていた時代から、種子植物の時代になったのはいつのことだろう。
 「休眠」という「時間を止める」システムを導入したのはいつどのようにしてなんだろう。
種子は生命のタイムカプセル!?
そのメカニズムとは?
種子植物の「ふしぎ!?」に興味がわいてくる。

 今日は、植物たちの生命活動そのものである「呼吸」の授業をやる。

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成長する大賀ハス!!

Dscf7984▼昨日の朝の雨は、尋常ではなかった。トタン屋根を打つ音、池の落としから吹き上がる水、濁流が波打つ川、道路は水路と変化し、前の田畑は湖と化していた。やっぱり大雨・洪水警報が出た。
 なんとも激動の変化である。空にあった水蒸気が、「上がるとザアザア」で雨となり、それが濁流となって流れていく。目の前で起こるドラスティクな変化であった。
▼目の前で起こるドラスティクな変化はそれだけではなかった。新・大賀ハス物語である。
最初に気づいたのは、22日の朝だった。手元においておき、発芽処理をした種子一個が発芽していたのだ。
それは、刻々と変化していった。もうひとつの種子の発芽に気づいたのは23日の夕方であった。
ジャムの入っていた瓶とコーヒーの瓶で育ていた。水は濁ってしまっていたので、換えることにした。
そして、両方ともコーヒーの瓶に入れて育てることとした。
成長に対応した容器が必要になったのである。
▼一個目の発芽を確認した後、私は第2世代が旅に出ている神戸・京都・秋田にもメールで、その後の様子のを問い合わせてみた。そしたら、さっそく応答メールがかえってきた。なんと、神戸も京都もすでに発芽し、成長をつづけているという。残る秋田は、春の訪れが遅かったので、これから発芽処理をするところであるあるという。
あの「あこがれの4日間」がつないだ命のバトンは、もうすでに4/5の確率でツナガッタ!!
▼三カ所にメールすると同時に、本家本元の阪本さんところにも、メールで報告をしておいた。修学旅行から帰った阪本さんから、昨日メールが届いた。アドバイスをもらうと同時に、この種子の本家本元の「大賀池」のページ
「大賀池日記」でも、紹介・リンクし、つないでいただいた。
Dscf7983▼今朝の大賀ハスも元気だ。先行した方は、すでに10㎝以上のび、水面から巻葉の幼いようなものまで見られる。後発の方は、リング状から脱するところだ。刻々と変化をつづけている。成長!!しているのである。

 成長をつづける大賀ハスを観察しながら思った。
 私が今観察しているのは、あの濁流の水を含めて、地球上で刻々と展開されているきわめてドラスティクな「生命の物語」の一場面なのかも知れない。
 今日は、どこまで…。

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【Web更新5/23】10-21【植物の世界】等

Dscf7797
 新生の みどりや空に 散りたり
  10/05/21 (金)撮影@安富

■楠田 純一の【理科の部屋】10-21
週末定例更新のお知らせ
 私は、この週末に目の前でおこったことが、ほんとうに「ふしぎ!?」でならない。大賀ハスの種子が発芽したのである。発芽してからの成長のスピード、ビデオの早送りを見ている気分になる。
なんなんだ。「生命とは!?」

◆表紙画像2010 校庭の樹木シリーズ イヌツゲ
 校庭の周辺に植えられたイヌツゲから、新鮮なみどりが萌え立つ。そのみどりは五月の空に拡散していくようである。しばし、足をとめて自分の体内にも吸収してみたくなった。

◆【植物の世界】更新     
 植物の「光合成」。この偉大なる営みについての学習がつづく。そして「光合成」と「呼吸」へと入っていく。
「植物の世界」の最も山場なんだろう。

◆【大賀ハス観察日記】更新
 つれあいにいつも言われる『また、勝手に物語りをつくって…(笑)』と。そのつれあいも、こればかりは「ほんまや!?」と驚いている。急展開の私の「大賀ハス物語」。
 昨夜は、手元の2個目が発芽し、京都から発芽の知らせがあった。これで、5個の種子のうち4個まで発芽したことになる。残る一個は、秋田に旅に出ている。発芽処理は、まだこれからである。
それぞれの地で新たな「大賀ハス物語」がはじまろうとしている。
なんと面白い展開だ!!

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第二世代大賀ハスの種子が発芽した!!

Dscf7822▼私は、今このblogをどのように書き留めておいたら、うまくこの「感動!!」を記録化できるか迷いつつ書いている。まずは、定例の報告を書いておこう。
 昨日は、今年の植え替えた、大賀ハスの方は、8週目であった。水面を徐々に占有していく浮き葉、そして立ち葉の方は、いくつかの場所でしっかりと立ち葉を広げ太陽の光をキャッチしようとしている。追い肥の必要な時期がきているのかも知れない。今はなにもしていない。
Dscf7836 それより驚くのは、もう一方の方だ「あまりもの」の蓮根を瓶に入れた方だ。大賀ハスのてんこ盛り状態から、もうそれを過ぎてあふれ出てきている。かなり巨大化した立ち葉もある。広い葉で生産活動で得た栄養は、さらに大きく成長することに使われているのだろう。なんとみごとなシステムだ!
▼しかし、それだけに驚いてばかりおれなかった。
もっとすごいことが起こった。
 この大賀ハスの次の世代になる大賀ハスの種子が発芽した!!のである。
私の手元に残った二個の種子。理科ハウスの二歳の誕生日を記念して、5/16(日)に発芽処理をして、水のなかにつけていた。
▼ 私は、正直にいって半信半疑だった。
あの大賀先生が種子を発見し、発芽処理をされたのが昭和26年、そしてその翌年昭和27年の夏に奇跡的に大賀ハスは開花したという。
 私の大賀ハスも同じペースだった。昨年の夏、あの「あこがれ4日間」が訪れた。
奇跡はそこまででなかった。あの4日間は幻ではなかった。その証拠に結実したのである。
5個の種子が採れた。私の手元に大賀ハスがやってきてからの第二世代の大賀ハスである。
神戸、京都、秋田とそれぞれ一個ずつ旅にでた。
そのうち神戸に旅に出たところから「発芽した!」の情報が入っていた。
だから、手元に残った2個の種子が、発芽しても不思議ではないはずだった。それが科学なんだから…。
Dscf7859▼でも、実際にそれを目にするまでは確信はできなかった。
それが、昨日この目で見たのだ。
第二世代大賀ハスの発芽!!
この瞬間を見逃さないために、私は発芽処理をした種子を入れた瓶2個を机の上の目の前においておいた。
5/16日以降は、少しの変化も見逃さないようにするために、朝晩に「変化なし」を確認していたはず!
ところが、昨日の朝それを確認したときには、その芽はリング状に大きく種皮から出ていた。
▼驚いた!!冷静に考えるとアタリマエのこと。しかし、私には「大発見」だ。
私は発芽処理として、金属ヤスリで30分ちかくかけて種皮をやぶった。胚乳(これは「子葉」だそうです。ハスは「無胚乳種子」だと阪本さんに教えてもらいました。)の白い部分が見えるまでやった。
けっこうたいへんな作業だった。
 ところが、幼芽がでてきた部分は、そこではない。種子の端の部分である。
アタリマエである。胚はどこにあったかを考えると当然のことである。
私は、ほんと何も理解していない!
これが、第一の発見である。
 そして、第二の驚きの「発見」がある。私があんなに苦労して破った種皮を、やわらかい大賀ハスの胚は意図も簡単に破っている。それはどうしてだろう。「ふしぎ!?」だ。
 これは、化学変化だ!!それしかない、どんな化学変化が起こったのだろう。もっともっとくわしく知りたくなってくるのである。そうだ、化学変化なら温度も記録しておこう。例の非接触温度計26.5℃。
 そんなこと考えながら、瓶から種子を机上に取り出して写真をとってみた。
Dscf7884▼驚いたのは、そこまででなかった。私は、昨日午後にはでかけた。夕方、帰ってすぐまた瓶のなかを観察して
みた。そしたら驚くことに、リング状だった芽は一本になり、5㎝近くのびているのである。まさに、刻々と成長しているのである。今朝、見たら、その先は水面に達していたのである。その根元には、別のリング状の芽が…。
なんというスピードだ!!
 この成長のすごいスピード!!これが第三の驚きの「発見」である。

 今日も刻々と変わる変化の観察を続けよう。

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【授業】0.04%にぶらさがる生命

Dscf7809▼昨日朝、金星探査機「あかつき」が地球を出発した。どんな情報を私たちに届けてくれるのだろう楽しみである。その日の朝、地球上で私は、ずっと「太陽」を待っていた。
「光合成の原料」の授業をするためである。太陽が顔を出している「晴れ」の日に、この実験はしたかった。
朝は少し曇っていたりしたので不安だった。しかし、やがて雲のない空になり、お昼頃には太陽は、夏の太陽となった。絶好の実験日となった。
▼昼の休憩時間に、近くの野原にでかけ、タンポポの葉を採集し、実験を準備した。
少し遠ざかっている間に、あの「BTB+水草」の定番実験は教科書から消えていた。教科書に出ているのは、きわめてダイレクトな方法である。
 試験管にタンポポの葉を入れ、呼気を吹き込み、30分太陽の光をあてる。そして、その後、石灰水で二酸化炭素の検出をするというものである。もちろん対照実験もおこなう。
▼おあつらえ向きの実験日和だった。待った甲斐があるというものだ。
実験結果を見た生徒からは
「そりゃ、タンポポの葉が吸い込んだや!!」
の結論ははやかった。
 そして、光合成の原料として、「水」と「二酸化炭素」とまとめた、アタリマエのことのように。
しかし、考えてみるとこのアタリマエはすごいことのように思えてきた。
▼「あかつき」が向かった、金星では大気のほとんどを二酸炭素がしめるという。
現在の地球上に大気には、0.03%~0.04%の二酸化炭素が存在する。この二酸化炭素を原料として「光合成」は行われ栄養を生産する。この偉大なる生産活動こそが、すべての「生命活動」のはじまりである。
我々の生命の営みも、この世話になっている。
と言うことは、
 地球上のすべての生命は、この大気の0.04%にぶら下がっている。
ということだ。
▼この0.04%という数値を使うことに、ちょっと違和感があった。
「あれ、昔は0.03%を使っていたのに…」と。
そこで大気の二酸化炭素濃度ことを調べてみた。そのなかで非常に興味深い気象庁のデータに出会った。
◆二酸化炭素濃度分布
これを見ていると、地球がひとつの「生命体」のようにみえてきた。

そして、今日は「国際生物多様性の日」!!

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【授業】バナナの細胞を観る!

Dscf7731▼昨日の天気はやっぱり不安定であった。朝の霧ははれてることは晴れたが、太陽が顔を出したかと思ったら、また雨が降ってきた。その天気なか、私はまだ授業を迷っていた。みどりの製造工場=葉緑体の観察、不完全な製品=デンプンの観察に引き続き、どのように授業を展開するかについてである。どうすれば、生徒のなかに「光合成」物語をつくりだせるだろうか。このまま「光合成の原料」に展開して物語は成立するだろうかと…。
▼ここで、いちばん最初に生徒たちがだしてきた。あの「私の「ふしぎ!?」」の「光合成」に関連しそうな「ふしぎ!?」を思い出していた。それはこうだった。

・雑草などは、なぜあんなに丈夫なのか。家などで育てている花などは、肥料などが必要で水も毎日あげなけなきゃいけないけど、雑草は、ふまれても丈夫で水も雨の日くらいしかもらえないのに、あんまり枯れずに丈夫なのが不思議だ。

・なぜ植物は酸素を生み出せるのか。光合成をして酸素を生みだすという事は知っています。

・木はどうしてかれないのか。

・3つめは、木がどうしてななめにはえているのにななめにのびず、まがってまっすぐのびてくるのかふしぎです。
[理由]3つめのは、ふつうに平地にはえている木はまっすぐのびるのはふつうですがななめにはえているとき、どうしてまがってまで空の方を向いてのびるのかがふしぎです。

即答しようと言うのでない。ただ、この等身大の「ふしぎ!?」を置き去りにしたくない。
今の学習につないで行きたいのだ、それがきっと物語を成立させる道であると考えるから。
Dscf7729▼「製品」の完全な観察の可能なものがある。それがバナナの細胞の観察である。
これは、今は教科書にも出ているが、すぐれた教材の3K1A(簡単・感動・きれい、安全)の法則の典型のようなものである。
 一昨日の夜、私は帰りが遅かった。帰路に開いている店はコンビニだけだった。立ち寄ったコンビニに運良くバナナがあった。4本一束で198円、なんと安い教材だ。
 バナナの皮をむいて、スライドガラスにほんの少しだけかすめるようにこすりつける。そして、ヨウ素を一滴たらす。きわめて簡単な観察である。しかし、確実にそれを観察することができる。
バナナは、ここにできた「製品」をたくわえているのである。「デンプン粒」はやがて糖にかわり甘いバナナになるのである。
 観察をはじめるとすぐさま、いろんなところから声が出る。
「見えた!見えた!!」
「わー、きれいや」
「きれいに、デンプンが見える」「わたしの方がきれいやで!!見てん」
私も、連れられて見せてもらった。なるほど…納得である。

あらためて、この教材開発者に感謝する。よくぞ!!


 

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【授業】「栄養製造工場」を観る。

Dscf7713▼昨日はやっぱり雨だった。しかし、植物たちが完全休業に入っているとは思えなかった。それは程度の問題で少しは、操業をしているだろうと読んだ。朝から、あじさい公園で採ってきた「クロモ」には、少しだけ蛍光灯もあてていみたりもした。
▼そして授業だった。顕微鏡観察についても、かなり慣れてきたようだ。実際に観察するまでにあまり時間がかからなくなっている。今回は、クロモの葉一枚は、自分の葉にこだわった。誰かが観察しているのを見るのでなく、自分ですべての工程をやってみる。そのなかでこそ「失敗」「発見」「感動」もあると思ったのだ。
Dscf7717▼こうしていくと、熟練したプロが現れる。短時間であちらこちらで「見えた!!」という声があがりだす。
「見せてくれ」と、プロたちの「おすそ分け」をもらいに回る。
確かに、そこには「みどりの栄養製造工場」はあった。葉緑体である。
その存在を確認するだけでは、感動はうすい。
そこで、「製品」が実際につくられている、その現場が見たいのである。
そのプロたちの腕をもってしても、「製品」らしきものの観察にとどまった。
▼しかし、これはこちらの思いだけが、先走りしているのかも知れない。実際に自分で作ったプレパラートでの観察では、
「あっ、ほんまやこれが葉緑体や!」
「いっぱいうじゅうじゃあるで」
「私のん見てん!!」
と。それなりに「発見」もあるようだ。
▼今朝も雲っているようだ。
あらためて太陽の偉大さを実感する。
では、今日はどう授業を展開しよう。少し、頭を悩ませている。

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【授業】「気孔」をみつけた!

Dscf7686▼今朝、外に出て行ったら雨がふっていた。ほんと、この天気というやつだけは思うようにいかないものだ。こちらの都合で変化させることができないとおもいいつつも、ついうらめしくなってしまうものなのである。今日は、あの「あじさい公園」へ昨日行って採ってきた「クロモ」を使って光合成の現場の観察をやろうと思っていただけに、どうしたものだろうかと今、頭をなやましているところである。
 うまく光合成をしていなければ、それはそれでいいか。と思いつつ…
▼昨日の授業での観察でもそうだった。見せたい、観察してほしいのは、けっして「教科書のレシピ」ではない。
それでは本末転倒である。
 自然こそ、最高の教科書!!
それは、当然のことである、しかしながら、教科書どおりの典型の観察もうれしいものである。
葉っぱの顕微鏡観察をやった。
観たいのは、「気孔」と「葉の断面」。
その観察から葉のつくりとはたらきを学びたい。
▼どのような葉でも、基本的には同じつくりをしているはず、だから観察に使う植物はなんでもいいはず、でもやっぱり典型がみえやすいものがいいに決まっている。
 ここでの観察植物の定番は、ムラサキツユクサだ。やっぱり定番だけあってみやすいようだ。
 これっていつから定番なったのかな。
気孔の観察に「ムラサキツユクサ」
葉の断面に「ツバキ」
元祖はどこなのか。どこかの教科書の引用からはじまったのかな。
誰か、植物学者の研究が起源なんだろうか。そのルーツをたどりたくなってきた。

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【授業】「植物の根は口である」はどこまで?

Dscf7667▼今度は、ホンモノだろう。週明けの昨日は、うんと夏めいてきた。気温の上昇だけでなく、みどりを含んだ光がそれを教えてくれた。校舎内の階段を2階から、3階に北向きに登っていく、そしたら眼前に、そのみどりの光が射し込む。校舎北側のケヤキと夏めく太陽の光。ケヤキの葉のみどりに反射した太陽光は、みどりの光となる。
この「みどりの光」こそが、生命の営みのスタートであることを感覚的に知っているから、躍動の季節の到来を肌で感じているのかもしれない。
▼授業は、この「みどりの光」と深い関係のあるところに向かう。
積んだり、つぶしたりを繰り返している。「光合成と呼吸」のところである。
すぐに「ばっかり病」にかかってしまう私は、授業をやっている単元がすべてのように思ってしまうのである。
植物は、「光合成」がすべてである。
そんな思いばかりを強くするのである。
▼かつて授業テキスト『植物の世界』をつくったときに、そのなかの「2 植物はなにを食っているのか」で、面白いことを聞いてみたことがある。
「光合成」ということを少しは学習していることを前提であるが
************************************************************************************
動物は食物を食べていますが、植物は何も食べていません。それでは植物は何をもとに「からだ」をつくっているのでしょう。
ア 「光合成」でつくった栄養が中心
イ 「光合成」と「根から」が半々ぐらい
ウ 「根」からが中心
*************************************************************************************
ずいぶん古くの実践だが、メモ書きによると圧倒的にイの支持者が多かった。
アとウは同数ぐらいでほんと少数である。
▼我等が宿命の敵、アリストテレスは健在だったのである。紀元前のアリストテレスは、植物の根を動物の口にたとえ、「根から土の中にある栄養をとりこまれるのだ」とした。それにやっと異議をとなえるようになったのは、なんと17世紀だ。
 あのファン・ヘルモントの「ヤナギの木の実験」である。それでも「光合成」の発見までの歴史はまだまだあった。
「光合成」発見の歴史、もういちどちゃんと勉強したくなってきた。

 21世紀の今、私の内なるアリストテレスは、どうしているだろう。
自問自答しながら、授業を考える。

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【Web更新5/16】10-20【植物の世界】更新など

Dscf7500
 夏めくや 花空からも 降り咲かん
  10/05/12 (水)撮影@安富


■楠田 純一の【理科の部屋】10-20週末定例更新のお知らせ
 昨日、私にとっての大賀ハス第二世代の発芽処理をした。おそろしく種皮は固かった、金属ヤスリでかなり長時間擦らなければ、胚乳の白い部分に至らなかった。すごいシェルターだ、これでこそ2000年の長い眠りにも耐えるものになっているんだろう。やっとのことで発芽処理をして、水に入れた。そしたら、ぽっかりと浮かんだままだった。これではほんとうに結実しているのか不安だった。今朝、起きてみたら、二粒とも水に沈んでいた。水を含み重くなったのだろうか。さあ、これで「生命の時間」を刻みはじめるのだろうか。

◆表紙画像集2010更新 校庭の樹木シリーズ
 これはなんの花だろう。私は、恥ずかしながら未だにクヌギの仲間の見分け知らない。実になってやっとわかる程度だ。「今年こそ…」と思いつつ、今にいたってしまった。
 名前なんて知らなくても、十分に楽しめるというのは、私の言い逃れだ。名前知れば、それだけ豊かに楽しめることは事実だ。それは、おいといて、この花みごとに青空から、舞い降りてきた。定例の散策コースの土手の上である。このときは、一挙に「夏」を感じたのだが、その後またしても寒い日が続いた。そして、週末はまた「夏めく」。今週はどうなるのだろう。

◆新・クラウド「整理学」試論
 ほとんど、Twitter的の話になってしまっている。テレビのない日々、いろんなUSTを楽しんでみた。なにかが、猛スピードで変化していっている。地球は回転のスピードをあげているはずはないのに…。

◆【植物の世界】更新
 今週の授業は、「光合成」に焦点をあてて展開したいと思っている。

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【祝】理科ハウス二周年!そして…

Dscf7622▼昨日、蓮根の植え替えをした、今年バージョンの大賀ハスは7週目をむかえていた。正規の「観察池」の分は、立ち葉だけでなく、浮き葉もいつのまにやら広がっている。葉をいっぱいに広げ、太陽の恵みをいっぱい受けて、偉大なる作業、栄養の製造に励むすがたは愛おしくもあり、たくましさも感じる。水中にはボウフラたちの上下反復運動もはじまっている。徐々に「生命観察池」に変化してきている。
Dscf7613 一方の、あまりものを入れた「第二の観察池」の方は、すごい勢いで生産活動をやっている。栄養生産活動は、加速度運動をする。生産した栄養を生産活動のエネルギーに消費するからであろか。
おみごと!!
▼今日は、この大賀ハスとも関連して特別の記念日だ。
あの「理科ハウス」の2歳の誕生日である。
ちょうど2年前、この理科ハウスのオープンを記念して、その翌朝(2008.5.17)、阪本さんからいただいていた大賀ハスの種子3個に入刀したのだった。
 それから、地球は太陽のまわりを2周してきた、地球自らは730回転した。
その時間のあいだに、理科ハウスに、大賀ハスになにがおこっただろう。
どんな「理科ハウス物語」「大賀ハス物語」がすすんだのだろう。そして、私はそこから何を学んだのだろう。
▼私は、この2年間のあいだに、残念ながら一度しか訪問していない。
訪問させていただいたとき、ここには独特の空気が流れていると思った。ここの空気をいっぱいすったら科学することが楽しくなると思った。元気になれると思った。
だから、Webページの表紙にこう書いた。
「ここから「科学館」の歴史が変わる」
「「理科ハウス」詣でからはじまる世界がある」
そして、2年!!
これは単なる「呼びかけ」フレーズというのでなく、日々具現化され、実感をともなうものになっている。
これは、すごいことだ。
世界一小さい科学館での「物語」が、これからの「科学」を、これからの「科学教育」を変えていく。
これも新しい「物語」のはじまりだ。
▼「太陽は、昼間見えるから、星じゃないよ」 と理科ハウスにきた小学生がつぶやいた。
「恒星の世界」の導入に悩んでいた私は、これだ!!と思った。
そして「星は、みんな太陽だ」の授業を思いついた。Twitterでのやりとりのなかで起こったことだ。
私は、昨年の9月からひょんな偶然からTwitterをはじめた。ありたがたいことに理科ハウスの館長のモリさんも、学芸員の山浦さんもやっておられる、ほんとうにリアルタイムに「理科ハウスの今」から学ぶことができる。
繰り返そう。
Twitter的…「リンク」「シェア」「フラット」「等身大」「リアルタイム」

私には、今の理科ハウスがTwitter的の象徴にみえてしかたない。
Dscf7631_2▼しかし、如何にTwitter的であっても、先のそこに「流れている空気」までは吸えない。できるだけ早い機会をみつけて、再訪したいものだ。
 そして、2周年記念のお祝いに駆けつけることができない私は、昨年、私のところで結実した第二世代のあの大賀ハス種子2個に入刀する。みごとに発芽する祈りつつ…。

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新・クラウド「整理学」試論(17)

▼寒い朝だ。季節が逆もどりしたような、でも外に出て星をみると、まちがいなく進んでいる。アタリマエのこと、時間は遡行することなどあり得ない。
 季節はずれの寒さで、頭が冷やされたか、思い出したことがある。
私は、このblogのなかで、いま三つの「試論」を展開している。
◆新・私の教材試論
◆新・クラウド「整理学」試論
◆新・「自由研究」のすすめ試論
である。
 どれもが、気儘な展開であり、思いついたとき、気づいたときの「覚え書き」にすぎない。未来の自分のためのメモ書きである。メモ書きでも、「記録」として残しておけば、あるときそれらをつなぎあわせれば、「ひとつの文脈が生まれるかも知れないと思う」からである。
▼今朝は、なんとなく、週末であるからか、「新・クラウド「整理学」試論」を続けてみたくなった。
とぎれ、とぎれといいながらも、いつのまるにやら(16)まできていた。
少し時間をおいてみたせいだろうか。これがまるで「私のTwitter論」のようになっていることに気づいた。
なぜ、ここまでTwitterにこだわっているのだろう。
▼Twitterークラウドー「整理学」
どんな文脈が成立しているのだろう。まるで入学試験の問題のようだ。
この三つの言葉を使って文章をつくるなんて…。
私にとっては、「手術台の上のミシンと蝙蝠傘の出会い」以上にはリアルで必然なのである。
▼あいかわらずの「整理ベタ」で、日常的には苦戦苦闘をしている。もうすぐ終盤にかかるか『整理学』遍歴も、ここへきて、強力な道具を手に入れたと思っている。それがTwitterである。
それは、正確な表現ではない。すごいのはTwitterではない「Twitter的」である。
だって、次なるTwitter的ツールは「Twitter」とはよばないだろうから。
蛇足を加えておこう。かつてTwitter的ツールのことを「パソ通」と呼んでいた。ほんの20年ほど前の話である。
▼では、その「Twitter的」が、整理ベタの私の『整理学』になんの関係があるのだろう。
私は佐藤可士和に、整理には、「空間の整理」「情報の整理」「思考の整理」があることを教えられた。そして、プライオリティをつけることの重要性も…。
 佐藤可士和の3つの整理に加えて、私にはどうしてもクリアしなければならないものがあった。それが「時間の整理」だった。日々のくらしのなかで、もっとも重要なものである「時間」、生命の営みを解く鍵でもある「時間」。この「時間」についても私は、整理ベタである。
それを克服するためにはTwitter的であることが有効であると思った。
▼Twitter的とは、「リンク」「シェア」「フラット」「等身大」「リアルタイム」にあるとした。
そして、Twitter的に「整理」を推し進めるなかで出てくるのがクラウド「整理学」である。
時空を超えてつながりあった「整理学」。コンヴィヴィアリティな「整理学」。
それがこれからの「整理学」。

今日も、この小さな小さな一歩をTwitter的にすすめよう。

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【授業】風は花を選ばない。

Dscf7558▼どうしたことだろう。またしても寒くなってきた。ほんとうに季節の変化は、直線的ではない。螺旋的である、微妙な大気のうごきが天気の変化をもたらし、それが重なって季節が移り変わっていく、もうとっくに初夏になっているはずなのに…。久しぶりに「天気のツボ」をみた。「遅霜」「梅雨前線」の文字が同居するけったいな天気図になっている。
▼授業の方は、タンポポばかりにとどまっているわけにはいかない。先へ進めた。
今度は、裸子植物である。マツを中心にあつかった。
これまで(被子植物)とどこがちがうのだろう。
図を書いたあとに聞いてみた。
「花びらがない」
「子房がない」
「花粉を風が運ぶ」
「…」
「花粉を風が運ぶ」話から、花粉症の話題に発展した。
花粉の空気袋、できた種子についたプロペラ、どれをみてもみごとな戦略である。
自然界の大気の動き=風を利用するのであれば、目立つ花である必要はない。
風は花を選ばないのだから…。
▼その戦略のみごとさに感動ばかりしておれない。「花粉症」の人たちにはとんだ迷惑だ!!
花粉症の人はあきらかに増えてきているように思う。
どうしてなんだろう。

まったく別の「ふしぎ!?」もうまれてくる。
植物が、こんな戦略とりだしのはいつのころからなんだろう。

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【授業】感動!感動!!感動!!!『タンポポの研究』報告会

Dscf7515▼昨日ほど、もっともっと自分に理科教師としての知識・能力・スキルが欲しいと思ったことはない。
仕切り直しの『タンポポの研究』報告会(発表会)をやったのである。
課題1から課題8までを、現物なり、「研究ノート」を見せてもらいながらやった。
拡大して見せたいものについては、実物投影装置なども駆使しながらやった。
感動!感動!!また感動!!!の連続である。
▼課題を出したがわの予想をはるかにこえる報告がつづく。
課題1.2では、ひとつの花と思っているタンポポの花が、小さな舌状花のあつまりであることを知ってほしかった。舌状花を数えるだけでなく、それをセロテープで色紙(黒色紙)にはりつけてほしかった。
その作業をやっているあいだに、その数の多さを実感してほしかった。
みごとであった!!
ひとつだけでなく、いくつかのタンポポについてやっている。なかにはカタカナの「タンポポ」の文字状にデザインしながら貼りつけている生徒がいたりする。感動!!
▼課題のプリントには、そんなこと書いてはいなかったはずだが、課題5とつなげて「日本タンポポ(カンサイタンポポ)」と「セイヨウタンポポ」と両方をやって数くらべやっている生徒がいた!
それは、「タンポポ戦争」の今を語ることにつながるではないか。
私の予想をはるかに越えた展開だ。
▼花柄の長さくらべも面白かった。どんなところに長いのがあるのか、60㎝におよぶものもある。
道ばたのタンポポだけでなく、草むらのタンポポ探検は、光と水を求め、仲間をふやすことに必死のタンポポの「くらし」が見えてくる研究になったようだ。
▼課題5の『「タンポポ戦争」の今』調査も、多様であった。そう簡単に図式化してとらえれるものではないのかもしれない。そして、シロバナタンポポ発見の感動報告がつづいた。どこに行けば見れるのかの情報交換もあった。
放課後には、現物を採ってきて見せてくれた生徒もいた。
Dscf7505▼家族を巻き込んでの「根っこ堀り」顛末記も数々あるようだ。実際に持ち込んでくれた根っこは、必ずしも教科書どおりのものばかりではない。そこに「根」とはなになのか。という「科学」があった。
ティシュ栽培の「発芽」から、「鉢植え」に発展した生徒は、その「鉢植え」そのものを持ってきて見せてくれた。
感動!感動!!の連続である。
Dscf7518課題8の「食べる」に挑戦は、天ぷらにしての挑戦が多かった。GWの食卓を「タンポポ」が飾ったのを想像するとなんともうれしくなった。自分でもやってみようかなという気にさせられた。

今回の生徒たちの『タンポポの研究』は、多くの『タンポポ物語』のはじまりを意味するのかも知れない。

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【授業】やっぱり面白い!!『タンポポの研究』

Dscf7467▼昨日は、連休中の課題研究として提案していた『タンポポの研究』をやった「研究ノート」の提出日であった。朝から出会った生徒は、ナイロン袋に、タンポポの根っこをいれたり、紙筒に花茎のながいものを入れたりして持ってきている。話しかけてくる会話もすごい。
「私のタンポポは○○㎝やった!」
「いや、私がみつけたんもっとすごいで、草の中でみつけたんや」
「根っこは…」
Dscf7482▼ひとクラスだけ授業があった。もってきてくれた成果物をみせてもらった。少しだけ披露してもらった。そして授業は少し「花から実(種子)へ」の授業をすすめた。後から「研究ノート」を見せてもらって、私はこれは残念なことをしたと思った。それは、ほんとうにこの『タンポポの研究』にGW中夢中にとりくみ、これを面白がっていることを知ったからだ。そこで、仕切り直して、もういちど報告会の時間をとろうと思う。
Dscf7489▼まず、最初に気になったのは、「タンポポの種子」の発芽だった。
やっぱり、そうだ!!
発芽に感動したのは、私だけではなかった。生徒の方がすごかった。
最初から種子の数を数え、その発芽率を調べている生徒もいる。また、観察をつづけそれは、大きく成長したので土植えに変えたという報告もあった。
根っこについても、「食べる」ことに関しても面白いことを研究ノートに報告していた。

今日の「発表会」を楽しみにしよう!!

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タンポポの種子が発芽する!!

Dscf7455_2▼それに気づいたのは5/9(日)の夕方であった。そして、まちがいないと確信したのは昨日5/10(月)であった。
「タンポポの種子」が発芽した!!
感動である。
5/5(水)「タンポポ忌」に、『タンポポの研究』で子どもたちに提案していることを、自分でもやってみようと、庭先のタンポポの種子を蒔いた。
透明なプラスチックパックに、ティシュペーパーをひき、そこへ水道水を加えただけの苗床である。
そこへ、あのパラシュートの種子を蒔いただけである。後は、いつでも見られるようにと、自分の部屋の机の上においておいただけである。発芽までに水を補給したのは一回だけだ。
▼種が発芽するのはアタリマエ!!
でも、感動!なのである。何度も見てきたことかも知れない。しかし、やっぱり…。
この感動!の源はなんだろう。ここにカガクのはじまりをみるのは、あまりにもこじつけすぎだろうか。
▼ここで、私はそれも唐突に、なぜか故高橋金三郎先生の次の言葉を思い出した。

科学者の方法は,前にも書いたように,多くの時間,労力,費用,技能を必要とするものだ。同時にそれは人間の歴史の長い積みかさねの産物だ。科学は技術から生まれた「なんとかしてもっとよく,もっとたくさん,もっとらくに」の願望の歴史の中から技術が生まれ,科学へ発展したのだ。科学者の直接の祖先は,農民であり職人なのだ。技術の方法と科学の方法に本質的な区別はない。農民や職人の生産の方法には,科学の方法が含まれている。そうでなかったら,一般市民のための理科教育に,科学の方法なんて無用になるだろう。子どもがすべて科学者になるわけではないのだ。
(『科学の方法』(高橋金三郎編著新生出版 1987.6.5)p14より)

先の感動!にはじまり、「なんとかしてもっとよく、もっとたくさん、もっとらくに」へと向かう。
そこに、カガクの歴史をみたいと思うのも我田引水がすぎるのかな。
▼「種子は発芽する!」「種子はへんとうもちだ!!」
「種子をつくるために花は咲く!!」
アタリマエのルールも、やってみてこそ感動がうまれ、「認識」に達する。
では、他の雑草たちの種子ではどうだろう。
そこらじゅうの「種子」の発芽に挑戦したくなってくる。

今日は、『タンポポの研究』の提出日だ。生徒たちのタンポポは発芽しただろうか、楽しみだ。

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【Web更新5/9】10-19【大賀ハス観察日記】更新など

Dscf7397
 前線や 今しばらくの 花水木
  10/05/07 (金)撮影@安富

■楠田 純一の【理科の部屋】10-19
週末定例更新のお知らせ
 (゚o゚)ゲッ!!テレビが壊れた。ここのところ、あまりテレビはみないので、たいした影響はないかと思っていたら、実際になくなってしまうと、「俳句」など決めた番組はぜひとも見たいので困ってしまった。テレビが驚異の「魔法の箱」で育った世代としては、これと縁を切るわけにはいかない。テレビこそもっとも身近なメディアであった。
 身近なメディアの付き合い方が、今、私のまわりで劇的に変わりつつあるように感じている。
・テレビ番組とWebコンテンツ
・新聞記事とTwitter
・読書と著者とのTwitterでの対話 
 等々まるでWebの時代の夢物語のようなことがまわりで現実におこっている。ゆっくりな私にも実感をともなってみえてくるぐらいのスピードだ。やっぱり、新しいテレビを買うことを決断した。

◆表紙画像集2010 校庭の樹木シリーズ 花水木
 なんとも美しい花があったものだ。白からピンクへの優しいグラディエーションはみごとである。この背景には青空が似合う。職場の自分の席から、少しずらすと窓越し見える。ああ、またこの季節がきたかとうれしくなってしまう。しかし、この風景もすぐすぎてしまう。前線が近づいてきたのか、空には厚い雲が。
今度の雨がたたき落とさぬ間に、これを楽しまなければ…。今の季節、いたるところで見かけるこの樹が日本に入ってきてまだ100年たっていないと知って、ちょっと驚きだった。

◆【大賀ハス観察日記】更新
 蓮根の植え替えから、一ヶ月半が経とうとしている。はやくも、新しい私の「大賀ハス物語」が展開しようとしている。そのようすをblogからひろってみた。次世代の発芽処理は、次の週末ときめている。

◆【植物の世界】更新
 やっぱり私の中でも少しは進歩したところがあるようだ。これまでに見えなかった『植物の世界』が、授業をすすめること見えてきた。授業とは、ほんとありがたいものだ。

◆「ツナガルカガク」リンク表紙からいつでも楽しめるようにしておいた。

◆栗田先生の「野の花便り」~初夏~
 にリンク更新。

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『生命とは、「○○」。』を体験する

Dscf7412▼昨日で、私の「大賀ハス観察池」の大賀ハスは、6週目をむかえた。この大賀ハスの次の世代の「発芽」の報が届いたところであるが、こちらの世代の大賀ハスも元気だ。
 観察池には、水面から何本も葉を広げ、栄養製造作業を開始している。自分で栄養を製造しはじめると、蓮根にだけに頼る必要はない。自立がはじまった!!
 となりの「水栽培」の大賀ハスもおどろくほどに元気である。大賀ハスのてんこ盛りである。
Dscf7416考えてみると「ふしぎ!?」だ。
そして すばらしい!!この生命の営み!!
こんなのが カガク なんでは…
▼同じような体験を、例の「ツナガルカガク」で続けている。
第一回目の放送は終わっている。再放送は5月15日(土)16時30分からあるらしい。録画もして見たが、それを繰り返し見ているのでない。
Webで続けているのである。
Webをひらくと、生命とは、「○○」。
と問いかけてくる。
そうだ!!あのシュレディンガーの問いかけと同じである。
こちらは、名詞でなく、動詞で答える。
ここが、ミソだ。
「生命ガチャ」で、出てくるものを見るだけでなく、自分でも投稿できる。
私も、ひとつだけ画像もなしで投稿してみた。
その投稿が多くなればなるほど、豊かになっていく。
キューブコレクションも結構楽しめる。私は今、14個だ。

今日は何個までいけるかな。
ひょっとしたらここでも、「情報は発信するところに集まる」は有効かも知れない。

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【授業】やっぱりでた『チューリップの種子は!?』

Dscf7406▼連休明けの2日間は、天気が悪かった。しかし、昨日の夕方になると星空になった。やっぱりこの方がいいな、アタリマエだが、星が見える方がいいな。この方が、自分がどこに住んでいるのかよくわかるから…。
授業の方も、進み出した。
「花から実(種子)へ」をひとつのくらすでやった!
▼やってみたいこといっぱいある。だから、何時間もかけたい、しかしそれは許されぬこと。
「花のつくり」の次の授業である。
前の授業から、少し時間がたっている。教科書をなぞるかたちで復習をする。
「めしべ」「おしべ」「柱頭」「花粉」「やく」「花びら」「がく」…
そして、「合弁花」「離弁花」とつづく。
▼さらには、花のからくりへ
子房→果実
胚珠→種子
定番的進行だ。それを教科書にあがっている花でなぞってみる。
いくつかの花でなぞってみた後に聞いてみた。
古くて新しい変わらぬ発問のいくつかを。
『花はなんのために咲くのか』
・きれいになるため
・種をつくるため
・子孫を増やすため
すこしぐらい紆余曲折しても、必ずここへ行き着く。
それにしても、このアタリマエもすごいことだ!!
・花の歴史、花の由来 
種族維持は生命にとっては絶対命題である。
このアタリマエを感動とともにツタエルにはどう発問すればいいのだろう。
私の「ふしぎ!?」はつづく。
▼そのアタリマエをより定着を図るためにふたつの発問でゆさぶりをかけてみた。
『花は咲くけれど、実(種子)のできないものは?』
つかさずやっぱり出てきたは、「チューリップ」だった。
相づちを打つ生徒、「あれは球根で増えるもんナ」と加勢する。
さらには「チューリップの球根が種なんやから」と。
後、「ダンジ(イタドリ)」「ホトケノザ」「バラ」「サクラ」とつづいた。
もうひとつの定番発問をつづけた。
『実(種子)はあるけど、花など見たことないものは?』
ここもやっぱりのものが…
「クリ」
「コーヒーの木」
「コメ」つかさず「ムギ」とつづいた。

これらは、この次の授業までに現物の観察したり、図鑑等で調べてこようということで終わった。
どんな「発見」をしてくるだろう楽しみである。

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時空を超えて!次なる『大賀ハス物語』が…

▼連休明けの昨日。久しぶりにフルタイム仕事で少し疲れ気味になって帰宅した。そして、パソコンを開いてみて私は、そんな疲れなど吹っ飛ぶような情報に感動した。
 例の旅に出た大賀ハスの種子のひとつが「発芽」したという情報だ。旅に出たのは3粒である。神戸、京都、秋田である。あとの2粒は私の手元にある。私の手元のものの発芽処理は、もう少しあたたかくなってからと思っていたが、神戸はもうすでにされたようだ。
▼5つの種子は、昨年の8月のはじめのあの「あこがれの4日間」の成果物である。奇跡的な大賀ハスの開花!!今思い出すだけでも興奮してしまう。
その花から果托に5個の種子、次なる『大賀ハス物語』の予感させるものだった。
そして今、その予感が現実のものとなったのである。一粒が発芽したということは、他の四個についても発芽の可能性大ということなる。
▼そもそものこの『物語』 のはじまりは、ちょっと古い。今から約60年前までさかのぼる。
大賀一郎先生は、多くの人の協力、支援のもと1951年の3月30日、4月6日の古代ハスの実三粒を千葉県検見川の泥炭層から掘り出した。このハスの実のひとつが、2000年の眠りから覚めた。
その古代ハスは大賀ハスと名づけられた。その末裔は全国に広がった。初夏には全国の池で「大賀ハス」が開花する。その美しさにみとれる。この大賀ハスが、ひときわ美しく感じるのは、これが時空を超えた輝きをもつからだろう。それから60年、いくもの『大賀ハス物語』がつくられてきたのだろう。
▼私の元に、より身近に『大賀ハス物語』がやってきたのは、2007.8.26だった。それからの私の『大賀ハス物語』は、私の『大賀ハス観察日記』に記録してきた。まだまだ続けるつもりでいる。
 私が、なによりうれしいのは、またしても次なる『大賀ハス物語』が時空を超えてはじまったということだ。
さあ、私の手元の二粒も発芽処理の日程を考えよう。
今日の授業は、「花から種子へ」である。なにかこれも縁ある偶然なのだろうか。

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NHK『ツナガルカガク』が始まった!!

▼昨日、子どもの日、立夏。私は1日家にいて、「カガク」三昧の日をおくった。まず、途中までであった
◆『予定不調和』(長神 風二著 DIS+COVERサイエンス2010.4.15)
を読み終えた。最後にやっと出てきた。

特定の技術だけが進む未来を描けば、それは予定不調和。 科学技術を人々が自ら考えながら、しかし、予想できないことも得ながら進んだ先に、そこにあるものは何だろうか。 人々がその価値を十分に吟味して使うことで、そこにはきっと、予定しなかった調和が生み出されるはず。 (『予定不調和』P267より)

 この最後の文章を読んで、私はとてもうれしくなった。やっとこの本の題名『予定不調和』の意が少し分かった気分になった。やっぱり、ワカルことはウレシイことだ!!
▼次の「カガク」は
●NHK新番組「ツナガルカガク」
がはじまったのだ。
私は、この番組のことをいちばん最初に知ったのは、ここにも出演されている上田泰己さんのTwitterでの発言であった。その後、タイムラインに期待の声が並んだ。
私は、ぜひとも録画してでも見ようと思った。幸い生で見る時間がとれたのでワクワクしながら見た。
期待していた通りの番組だった。
「ウェブと放送が重なり合う新感覚科学教育コンテンツ」の通りであった。
私にとっての旬の「タンポポの研究」も出てきた。
番組が終わってからもちょっと「キューブコレク゛ション」にはまってしまった。
▼次にやったのか、教科書みながら、新『植物の世界』の授業の具体的構想を練ることだった。さらには、このblogで発信してきた一年生の『私の「ふしぎ!?」』を一覧表にまとめた。まとめながら、あらためて生徒たちの「ふしぎ!?」に感動してしまった。間違いなくここに「カガク」があると思った。
読書、Web、テレビ番組、授業、等身大の「ふしぎ!?」…
すべてに
「ツナガルカガク」を実感した1日だった。

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「これから」の科学??『予定不調和』

Dscf7360▼「みどりの日」の昨日、私がもっとも注目した「みどり」は、大賀ハスの葉のみどりであった。それも、正規の「観察池」のものではなく、蓮根の植え替えを3月末にしたときに、第二候補以下のものの処理に困ってしまい、とりあえず近くの水瓶にほりこんでいたものの方である。何の処理をすることなく、雨水がたまったなかにほりこんである蓮根の方である。そこから、巻葉の芽はどんどん伸びてきていた。
 初夏を通り越して、真夏を思わせる太陽の日射しをいっぱいにあびて、いくつもの「みどり」は全開であった。水面は完全にかくれてしまっていた。「もっと、我に光を!」と叫びながら、我も我もと競い合う「みどり」がそこにあった。「みどり」のシステムのたくましさである。ここに納得のいく科学!!がある。
▼一方で、どうも納得のいかない科学と昨日、出会った。
最近、本を読むのは自らのコンテキストに沿ったものだけを読むようにしようと決意している。遅読の私には、やるべきことが多すぎて、本など読んでいる時間がないというのが正直なところなんである。
ところが、どうしても気になる本がいくつかある。なにかのきっかけがあれば読みはじめたい本たちである。
そのなかにこの一冊があった。
◆『予定不調和』(長神 風二著 DIS+COVERサイエンス2010.4.15) http://bit.ly/bchLtZ
である。
同じシリーズの『科学の正しい付き合い方』には、感動すらしていた。
だから、同シリーズのこの本が気にかかっていた。
著者のことは、内田さんと同じくecochemさんところのサイエンスカフェからだ。
私の知らない科学の世界を見せつけられたように思った。
・科学はまちがいなく文化である。
とそのとき思った。だから、ずっと気にしていた。Twitterでもフォローしていた。
▼昨日の「すきま時間」を利用して読み始めた。
読み始めると同時に、私は私の文脈のなかで、この春に卒業した生徒たちに課した卒業論文のことを思い出していた。実はその卒業論文のテーマになやんでいたことがある。
『これからの科学技術と私』
『科学技術とこれからの私』
どちらするかである。結局は同じことなんではないかと思われるかも知れないが、それは違う。
「これから」の位置によって、「科学技術」に主体があるのか、「私」に主体があるかの大きな違いがあるのである。等身大の科学を標榜する私は、結局、後者を選んだ。
出てきた卒業論文を読みながらその選択は正しかったと思った。
▼本にもどる、私はこの本に期待したのは、卒業論文でいうと前者の方であった。そんなことが書いてあるものと想像していたのである。
 『予定不調和』というタイトルだけから、そのようなものを期待していたのだ。タイトルは、反意を意味するのであり、実は
「予定調和」こそが科学なんだ!!
という主張なんだと勝手に思い込んでいた。
しかし、読み進めていくとどうもちがう主張があるようだ。
オムニバス風にどんどん展開される「これから」の科学のシナリオ!
次には、思っていたことが書かれているだろうと期待するが、いっこうにその気配はない。
私のなかでやがて、このシナリオ群に不協和音を奏で始める。
これは「私」には関係ない本なんだと思い始める。
そして、目次にもどった。
▼「目次」

予定不調和
サイエンスがひらく、もう一つの世界
序章 予定不調和?
第1部 競争の時代に
第2部 新しい環境と健康
第3部 意思のあるところ
第4部 問い直される【わたし】
終章 情報と技術の氾濫を泳ぎきるために

 この目次をあらためて見て驚いた。私が求めているものがちゃんとあるではないか。
不協和音ばかりが響くのに飽きてきた私は、第3部まで読んで、そこで停まりこれを書いている。
そうすると、第4部にそれがあることになる。
それは、このあとに期待しよう。そして問い返そう。
・「これから」の科学とは
・私にとっての「科学」とは
・未来に生きる生徒たちにとっての「科学」とは
・「これから」の科学と理科の関係は
・科学がひらく、「もうひとつの世界」とは

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「イチゴ狩り」を科学する!

Dscf7316▼今日は「みどりの日」である。「自然にしたしむとともにその恩恵に感謝し、豊かな心をはぐくむ」ための日となっている。ここにシフトしてからでは4回目だろうか。
 そもそも、この「みどり」のほんとうの偉大さに気づいたのはいつごろなんだろう。
あのアリストテレスの「植物の根は口である」から、どれほどの歴史があって、「みどり」のシステムに気づき科学となったんだろう。
 あの有名なファン・ヘルモントの「ヤナギの木」の実験でも、1648年のことなんである。17世紀半ばである。
だから、人類の歴史からすると、「みどり」のほんとうの偉大さが科学的に人々のものとなったのは、ごくごく最近のことなんである。
▼しかし、私たちは、日々のくらしのなかで、この偉大なる「みどり」のシステムを意識しているわけではない。
ときに、アリストテレスにもどったり、ファン・ヘルモントになったりする。
今日ばかりは、ちょっとこれをアタリマエに放置せずに「みどり」をながめてみようかな。
▼そう言えば、昨日から急激にあたたかくなった。訪問者のために整えたイチゴ畑で「イチゴ狩り」を前もってひとりやってみた。ここにもアタリマエにしたくない科学があった。
白いきれいな花だ。ひと株のなかにもいろんなプロセスのイチゴがある。
花から種子へのプロセス
あれ、食べているのはどこだ!?
小さな花を載せた台がどんどんふくらんできている。
そして、そのかたちに
赤く熟した完成物が黒いシートに横たわっている。
初夏の日射しで、少しあたためられた「完成物」を、口に入れる。
あたたかな甘さが口にひろがる。そして、あのプチプチが…。
だとすると、あのプチプチの正体は「種子」ということになる。
ほんとうだろうか!?
このアタリマエだって科学してみると、けっこう面白い!!
  

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【Web更新5/2】10-18【植物の世界】更新等

Dscf7247
 満天星の 誇りの庭に 輝くや
 10/04/28 (水)撮影@安富

■楠田 純一の【理科の部屋】10-18
 週末定例更新のお知らせ

 変則的な日々がつづく毎日だ。体に埋め込まれた「体内時計」が少しずつずれてきている。埋め込まれた時計の針はなによって支配されているのだろう。地球の回転運動だろうか。
 思考すらも、この時計の支配を受けていると言ってもなるほどと違和感なく納得してしまう。このカガクもっと知りたいな。

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◆表紙画像2010 校庭の樹木シリーズ ドウダンツツジ
 満天星の 白きあかりや 庭にあり

 満天星と書いて「ドウダン」と読むとは今回はじめて知った。それが小惑星を意味することも、それはみごとな自然の読み取りである。この赤いツツジの輝きばかりが目立つなか、この「白い輝き」「白いあかり」はなんとも新鮮でうれしい!!
 ひょっとしたら宇宙の「時間」はここにもあるのかも知れない。

◆『中学校「理科」を構想する』更新
 「等身大の「ふしぎ!?」」の追加作業が終わった。卒業論文と私の「ふしぎ!?」にはさまれた、第一期「構想」をこれで幕とする。この次に「構想」を描くときはいつだろう。それは、今、私にはみえていない。

◆【植物の世界】更新
 ほぼ10年ぶりぐらい更新である。まずは『タンポポの研究』からはじめている。次が「花と実(種子)」である。
どんな展開になるだろう。更新が「再生」(つくり変える)になることを願いつつ。
  

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Webでシロバナタンポポを追う

Dscf7304▼昨日、5/1で私の「大賀ハス観察池」は5週目をすぎた。本来の観察池の方の巻葉は5つになった。いちばん最初の「巻葉」は、その方向を垂直方向から水平方向にかえてきた。それは葉を広げる準備ということだろう。いよいよ来週には葉を広げてくるのだろう。いっぽう水瓶の「あだ」の方は、すざましいぐらいの展開である。巻葉が葉を一斉にところ狭しとひろげはじめている。圧巻だ!!
Dscf7297▼植物の成長を継続して「観察」していると、やっぱり間違いなく「植物も生物である」ことを実感する。この感覚とは、けっこうセンス・オブ・ワンダーのなかでは重要である。ややもすると我々の日常感覚のなかでは「生き物=動物」もっと言えば「生き物=脊椎動物」というのがアタリマエになってしまっているところがあるから。逆に生物が動物のみならず植物も含むことに新鮮な驚きを覚えてしまうのである。
 おお生きているだ!!
▼この感覚は、時間の継続観察のみならず、空間も超えての観察をするとより面白くなる。今、『タンポポの研究』を課題研究として出しているところである。私も、この課題研究の報告を待つだけでなく、自分にもできることやってみようと思う。そう思ったのはTwitterで、この『タンポポの研究』に反応してくださった方があった。関東の大学の先生だ。
 それは、特にシロバナタンポポに対する反応だった。西日本で多く分布するシロバナタンポポは関東では非常にめずらしいという。そこでこの方は、シロバナにこだわり、東京で育て「観察」をしておられる。
面白い!!
◆観察日誌「東京でシロバナタンポポを育てる」→ http://bit.ly/9NAvO4
▼これに刺激を受けて、Webでシロバナタンポポを追ってみたくなった。
ほんとうに西日本だけに分布しているのだろうか。
「タンポポと言えば白いのがアタリマエ!」という地方は…
ずっと昔からそうなのか
セイヨウタンポポとの棲み分けはあるのか
…リアルタイムに生の声、画像が欲しい。
そんなこと考えていたら、
以前教えていただいことのある「タンポポ調査」に行き着いた。
そうだ、今年は2010年だから5年ごとの本調査の年だ。どんな報告があがってきているのだろう。
◆タンポポ調査・西日本2010
▼そう言えば5/5は詩集「たんぽぽ」の坂本遼の「タンポポ忌」だ。

おかんはたった一人
峠田のてっぺんで鍬にもたれ
大きな空に
小ちやなからだを
ぴよつくり浮かして
空いっぱいになく雲雀の声を
ぢつと聞いてゐるやろで

里の方で牛がないたら
ぢつと余韻に耳をかたむけてゐるやろで

大きい 美しい
春がまはつてくるたんびに
おかんの年がよるのが
目に見へるやうで かなしい
おかんがみたい

坂本遼著詩集『たんぽぽ』より


生家に久しぶりに行ってみたくなってきた。 

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Twitter的とはなにか

Dscf7278▼連休のはざまの昨日の朝、「ふしぎ!?」なものを見た。例のヤママユガの繭はあいかわらずぶらさがっているのかなと目をやった、その先に不思議な光景にであった。
 いや、不思議でなく、それは自然にとってはアタリマエすぎるほどアタリマエのこと。そうして、地球上の生命の営みは繰り返しているのだろう。この27日のblogにあげたように、繭はたしかに、新鮮な「みどり」に囲まれていた。ところが、この数日のあいだにすっかり「みどり」が消えているのである。では、クヌギ林全体がそうかというとまったくそんなことはない。朝日をあびてより鮮やかさ増す「みどり」がそこにある、ただこの主のいなくなった繭がぶらさがる一角だけがみどりがなくなっているのである。
 だから、風雨が葉を落としたとは考えにくい、きっと誰かが食べてしまったのである。それにしても誰がこんなにみごとに食べ尽くしたのだろう。食べさし、食べ残しもなく…。鳥だろうか。それとも…。この里山のアタリマエが、ものを知らない私には「ふしぎ!?」でならない。
▼そんなアタリマエの「ふしぎ!?」をTwitterでつないだらどうなるだろう。
身のまわりにおこる無限とも思える「ふしぎ!?」の光景を「地球の鼓動」のTwitterでつぶやいたら、新たなことが発見できるかも知れない。なんとも、脈絡のないこんなことを考えたのはじめたのは、連休にはいって少し時間に余裕ができたからであろうか。
▼Twitter歴は今日で221日目である。地球が221回 回転するあいだである、コウガイビルと付き合った261日にも満たないわずかな期間である。
 それでわかったようなこと言うと笑われてしまうだろう。でもやっぱり言って「記録」しておこう。

・今、TwitterはいちばんTwitter的である。

そう、私が今いちばん感動しているのは、Twitter的についてである。では、このTwitter的とはなになのか。
かつて糸井重里氏はWeb時代を「インターネット的」にあるとし、インターネット的の特徴を3つ語った。
「リンク」
「シェア」
「フラット」
である。みごとである。感動もした。
そのインターネット的を引き継ぎつつ、進化したものがTwitter的である。

「Twitter的」は、「インターネット的」が進化したものである。

進化して備わったものがある。

「リアルタイム」
「等身大」

である。さらに進化したものが出てくるかも知れない。きっとそれは、よりTwitter的なものであろう。

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