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【授業】『研究ノート』を提案する

Dscf7267▼GWの初日は、いろいろと家の「仕事」をやっていると、慌ただしくすぎてしまった。家の周辺の草刈りをやりながら植物観察をした。『タンポポの研究』を提案していながら、自分は何もしないのでは見えてこないと思い意識的にタンポポに注目した。綿毛をつくっているものも多くみかけるようになった。ほんとうに「パラシュートの下は種子なのか」もやってみようと思う。
 出かけた先で、サクラの今をみた。「花と実」次なる授業のテーマだ。
▼ところで、今回の『タンポポの研究』の提案のとき、新たな提案をした。これまでだと、研究の成果はレポートで報告してもらっていたが、今回は『研究ノート』の作成を提案した。授業ノートとはちがう、研究のためのノートである。そこに書くのは、今回のような「課題研究」「夏休みの自由研究」とまったく自由に研究したことである。
▼そのノートのはじめの数ページはあけておくように言った。そこに、みんなの「私の「ふしぎ!?」をはりつけることにする。そしたら、自分の「ふしぎ!?」を置き去りにしないだけでなく、友達の「ふしぎ!?」も一緒に共有することができる。
 いつも「研究」するときには、「ふしぎ!?」を持って取り組んでいけのではと思ったからである。
連休明けには、どんな『研究ノート』が出てくるのか楽しみである。

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【授業】『タンポポの研究』への誘い

Dscf7229▼ついにGWへの突入である。そして今日は「昭和の日」であるという。「しょうわ」なんともなつかしい響きだ。こもごものことを思いだし、少しセンチな気分になるのは、自分が年老いた証拠だろうか。
 この「研究」を最初に夢中になって取り組んだのも「昭和」の時代だっただろうか。
「タンポポの研究」である。その提案を昨日の授業でやった。
▼中学一年生を担当したときは、いつもこの「タンポポの研究」を、GWの課題研究としていた。
さまざま報告を聞いてきた。私自身もたくさんの「発見」に出会ってきた。
 ずいぶんと久しぶりの実践である。提案のためのプリントを準備しようとした、ところがあまりにも長い間やっていないので赤茶けた手書きのプリントしか資料として残っていない。そこで思い出したのが、【実践DB】のWebページに残していた『タンポポの研究』である。これをコピーして新たに、プリントを作成することにした。
こんなときには、遅々たる歩みの【実践DB】であるが役に立つものである。ありがたい!!
やっぱり時代はクラウドだ!!
▼この『タンポポの研究』、最初にやりはじめたころからくらべると、ずいぶんと変化してきている。課題研究のテーマは8つある。その8つは以下のとおりである。
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1. まず、タンポポの花を「ひとつ」とってみよう。
 よく見てごらん。ひとつの花だと思っているのが、実は小さな花(舌状花とよばれているよ。)のあつまりであることがわかるだろう。カミソリの刃やカッターナイフ花を縦に切ってみよう。そして、その断面図と、ひとつの小さな花をとりだして、その花のつくりをスケッチしてみよう。めしべ、おしべはあるかな。花びらはどれかな。種子はどこにできるかのかな。

2.ひとつの花の集まりにはいったい、いくつぐらいの小さな花(舌状花)からできているのかな。
  かぞえてみよう。バラバラにした、小さな花は、色の紙の上などにおいて、上からセロテープでとめてみよう。いい資料ができるよ。* その他、工夫して、円形にならべて見るのもおもしろい。いくつかの花について、小さな花の数を調べてみよう。

3.花の開き方について調べてみよう。
(1) タンポポは春から長い間咲きつづけますが、ひとつの花は何日ぐらい咲き続けるものなのでしょうか。
<予想>をたてて調べてみよう。
   ア 1日だけ   イ 2日  ウ 3~5日   エ 1週間以上
(2) タンポポの花は、一日のいつごろ咲き始め、いつごろ閉じるのだろう。
   それとも、昼も夜も咲いているのかな。タンポポの花の一日を、朝少し早起きして調べてみよう。
(3) 開いているタンポポに、鉢のようなものをかぶせてみよう。どうなるかな。 
(4) 天気によって、花が開いたり、閉じたりするかな。

4.タンポポはどんな場所に多く見られるかな。
 道ばたと草むらのなかでは、花がついている柄(え)の長さや、葉のながさにちがいがあるだろうか。調べてみよう。また、それがどうしてかも考えてみよう。うんと長いもの、うんと大きなものをみつけてもってこよう。

5.日本のタンポポとセイヨウタンポポをさがそう。
タンポポと一口に言っても、いっぱい種類があります。でも、大きく分けると日本に古くからあるタンポポ、いわゆる日本タンポポ(このへんではカンサイタンポポ)と、外来種のセイヨウタンポポに分けることができます。分け方は簡単です。右図のように、総包そりかえっているかどうかで見分けることができます。君もそれを分けて見て下さい。
最低100個のタンポポについて調べて見て下さい。日本のタンポポは、何個ぐらい、どのあたりに多くありましたか。セイヨウタンポポはどうでしたか。どこに、というのはくわしく書いて下さい。できれば地図も…。* タンポポには、シロバナタンポポといって、「白い花」をしたタンポポもあります。そんなの見つけたら、すぐ報告して下さい。

6.君は、タンポポの根っこを見たことがありますか。
 右図のような根をしています。どのくらい長さがあるのでしよう。掘ってみて下さい。切らないでうんと長いのを掘り出すには、まわりの土地のやわらかいところを選ぶこと。まわりに水をまいてやること。これは何人かグループでやってもよいでしょう。掘り出したら、学校に持ってきて、みんなに見せて下さい。写真で報告というのもいいですね。後日コンテストをやりましょう。

7.タンポポの花が咲いた後に、綿毛のような種子(果実)ができます。
あのパラシュートのようなものです。ほんとうにあれは、タネなんでしょうか。一度蒔いてみよう。芽がでるかやってみよう。よく観察してみよう。大きく育てることができるかな。
○ 乾燥してしまわないようにして、数日、観察を続けよう。連休中に観察したものを学校へ持ってこよう。
○ 写真で、成長の記録を残しておくのもよい。

8.タンポポを食べてみよう。
 根は、昔から煎じて「風邪薬」として利用していました。今は「タンポポコーヒー」として喫茶店で出している店もありますよ。ぜひ挑戦してみて下さい。葉は、「てんぷら」に、「おしたし」にいいですよ。花は色どりに…。あれ茎は?ともかくタンポポを使っていろいろ挑戦してみて下さい。報告をまっています。
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以上である。
▼提案をしてみると、けっこう興味をもってくれたようだ。
「シロバナタンポポ」については半数近くの生徒がこれまでに見たことがあると手をあげた。
あの私の「ふしぎ!?」を続々とあげてくれた生徒たちである、連休明けにどんな報告があるか楽しみである。

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【授業】等身大の「ふしぎ!?」続々と(10)

▼連休が近づいてきた、それまでにと思ってきたことが、なかなかできない。いつものことと言えば、それまでだが…。そんななかで、聞いたふっと思い出したことば、「時間(とき)が解決する」。
すべてが時間がすぎれば、いかなる課題も自ずから解決の道が開けてくるということだろう。一面の真実をついている。
 自然の不思議においても、この「時間」こそ鍵のような気がしてきた。
私の究極の「ふしぎ!?」は、この「時間」にある。
生命の営みの「ふしぎ!?」も、宇宙の「ふしぎ!?」も…。
▼生徒たちの等身大の「ふしぎ!?」つづけよう。

・水が入っているバケツを回しても水がこぼれないのは、なぜ?
・ふっとう石を入れるとなぜふっとうしないの?
・星はなぜ光っているの?
・ロケットが宇宙に行くとなぜ人は、うくの?
・目は、なぜ物などが見えるの?

・なぜ水じょう気は、雲になるのか。
・ブラックホールは、どうやって出現するのか。

・なぜ海の水は、塩水なのか。
海にいったときに、海水が口に入りました。「しょっぱい」と思い、それから海水は塩水だと知りました。なぜ川は、塩水ではないのに海は。とく、塩水なのか?
・星は、どうやって光っているのだろうか?
遠い宇宙からなぜ星の光は、地球の人が住んでいる所の空まで届くのか。
・なぜ火山は、ふん火するのか。
ふつうの山と火山はちがいます。私の周りにある山はふん火しません。でも火山はふん火します。火山には、ふつうの山にはない特別なしくみやつくりがあるのだろうか?

・時間という物はだれが世界に広め1日は約24時間だときめたのだろうか。まだ全然わかりません。
・西暦前4000年も前に僕たちと同じように地図を書いている高度な文明を持った人たちがいるのか。本を読んでとても昔の古地図には氷がおおわれていない南極大陸がとてもくわしくかかれていて南極は東西で大きな島に分かれている事を書てあったので文明があった事は事実ですが一体だれが測量したのかまだ分かりません。
・まだ外国の人の言葉を知らない時だれが通訳をして交流していたのか。教えるにして両方の言葉が分からないと教えられないのじゃないか。全然分かりません

1.人はうれしい時笑ったりするけど犬は、しっぽをふるのはなぜか。
2.人は早く死ぬ人と長生きする人がいるけど、それはなぜか。
3.FAXは紙を入れて送信ボタンを押すと遠い所にいてもすぐとどくのはなぜか。

・2.3年生の時、地球は、なぜ回っているのだろうと思ったことがありました。
・地球は、なぜういているのだろう。

<了>
▼これで、すべての等身大の「ふしぎ!?」を終わる。中学一年生(12~13歳)が抱いた不思議。
まずは、多様なる「ふしぎ!?」を持っていることに驚くと同時に感動してしまう。
今すぐひとつひとつの「ふしぎ!?」に解答を出していく能力は私にはない。
中学校「理科」は、これらに解答を与えてくれるだろうか。
その可能性を追求する「構想」でありたい。
どうか、この今のこの等身大の「ふしぎ!?」を置き去りにしないで欲しい。
永久に!!それを願うのみである。

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【授業】等身大の「ふしぎ!?」続々と(9) 

Dscf7211▼何日ぶりかに、朝の定期コースを歩いた。里山の一部が校庭なのか、校庭の一部が里山なのか。どちらでもこちらの都合でえらばしてもらおう。ありがたいことだ、その「校庭」も、新鮮な「みどり」が支配しだした。なんともうれしいものだ。いちばん好きな色を選べと言われたら、私はやっぱりこの「みどり」を選ぶだろう。
「みどり」にも色々ある。きみどりに近いものから濃くなって黒に近いものまで、さまざまである。この色をみて心和むのは、私たちの生命が出発したときの風景の記憶があるからかも知れない。
 あの「空き屋」となったヤママユガの繭も「みどり」の風景に囲まれつつあった。それにしても、この「空き屋」をなおぶら下げているのはどうしてだろう。なにかに必要なんだろうか。またまた「ふしぎ!?」が…。
▼そうだ!!あの等身大の「ふしぎ!?」続けていこう。

・犬はどうして声に出してしゃべれないのかが不思議です。犬も人間と同じように、ごはん食べたり散歩をしたり人間と似ているのに、なぜ声が出ないのか、不思議に思いました。
・髪の毛はどうしてのびるのか。
なにもしていないのにのびるから。不思ぎと思った。
・どうして人は、年をとるのか。
人がおばあさんになっていく姿を見ているから。不思ぎと思った。

・月にはたくさんの形が、あるのは何でかな?形によって名前は、どうきめたのかな?
・電話する時、外国の友達につながるのは何ですか?
・どうして宇宙には、空気がないの?地球やその他の星に空気があって、宇宙ににはないのは何?

・サルから人間にかわったのは本当なのかが不思議です。なぜ不思議に思うかは今のサルは人間にはかわらないのでそう思いました。
・きんちょうするとなぜ心ぞうが今までより、はげしく動くのかな??と思いました。なぜ不思議に思うかは、ふだんは何もない時、心ぞうはふつうにゆっくりドキドキしていますが、きんちょうすると、心ぞうが激しくドキドキなるのでそう思いました。
・地球が無くなり生物が存在しなかったら、宇宙では、どんな事になるかが不思議に思いました。なぜ不思議に思うかは2012年地球がはめつするといわれているからです。

・ぼくの家にはねこがいます。なぜねこの目の中が細くなったり太くなったりするのか。
・「力持ち」は男の方といわれてますがなぜ男と女に力の差ができるのか。
・地球は丸いのになぜ歩いたり、走ったりしているのに地球から落ちたりしないのか。

<つづく>

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【Web更新4/25】10-17『中学校「理科」を構想する』更新

Dscf7161
イタドリや 節たくましく のびにけり
  10/04/23 (金)撮影@安富

■楠田 純一の【理科の部屋】10-17
 週末定例更新のお知らせである。
この4/25という日付には、ちょっと反応してしまう。というのは、この日は私がはじめてホームページを発信をした日であるから、表紙に「98/04/25(土) OPEN」と書いているから、それから12年の月日がすぎたことになる。なんとも古い話である。多くの人にサポートとしてもらいながらはじめたWeb発信だった。当時から、基本的仕様はまったく変えていない。進歩がないと言えばそれまでだが…(^_^;)
 私の最初からさかのぼること6年前。1992年9月30日、「日本最初のホームページ」が発信された。発信した人は森田洋平博士だ。その森田さんとこの週末、Twitterでつながった!!感動である。これからいろいろと教えてもらいたいものと思っている。ヒューマンネットワークは面白い!!

◆表紙画像集2010 校庭の樹木シリーズ(番外) イタドリ
 ずっと校庭の樹木シリーズをつづけている。それからするとイタドリは番外になる。しかし、野外観察にでかけて見た校庭のイタドリは坂道の土手にへばりつき、節をたくましくのばしている姿は、「仲間」に入れてやってもいいと思った。かつてイタズラ好きの子どもたちの傷のイタイタをとったところに、名前の由来があるという。
なおさら、その「たくましさ」が愛おしくもなる。

◆『中学校「理科」を構想する』 更新
 等身大の「ふしぎ!?」を追加しつづけることで、「構想」を更新しつづけている。内田麻理香さん流に言うなら、この「ふしぎ!?」を、失速させずに「アクセルペダル」を踏むかが勝負だ。まだ、もう少し続ける。

◆【植物の世界】更新
 「構想」ばかりで、「絵に描いた餅」では話にならない。連休までにもう少し、なかみに入りたいものだ。

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すべての理科教師必読!!『科学との正しい付き合い方』

Dscf7195▼今朝起きて、南の空をみたそこには「サソリ」がはっていた。まちがいなく季節は移り変わっている、久しぶりに星空から季節を知らされた。宇宙「ばっかり病」から少し遠ざかっている自分に気づいた、コンスタントに発症の自覚がある方がいいのに…。昨日は大賀ハス観察池、植え替えから4週目である。正規の池の方には巻葉が二本、少し離れて一本が佇立している。巻き葉をひらくようすはない。
Dscf7198 それより注目してしまうのは、水瓶にほりこんだ「あだ」の方だ、一斉に巻き葉が開きはじめたなんとも異様な光景に見える。そこに感じるのは「生命の営み」のダイナミックさ!!その「ふしぎ!?」
▼新学期のバタバタがまだ続く日々で、ここしばらく本をゆっくり読む時間から遠ざかっていた。そのなかで出会ったのがこの本だ。
『科学との正しい付き合い方』(内田 麻理香著 DIS+COVERサイエンス 2010.4.15)
著者の内田さんのことは、ecochemさんところのサイエンスカフェ「にいがた」のころからネットを通して知っていた、「カソウケン」という取り組みにも共感するところがあった。ひときわ気になるようになったのは、あの事業仕分け「スーパーコンピュータ」の件のときの発言を聞いたころからだった。
▼連休は忙しそうだから夏休みにでもゆっくりととAmazonに「積ん読」しているつもりでいたが、ちょっと気まぐれに発注してしまった。手元にきたかぎりはちょっとみてしまった、「はじめに」を。
「科学の物語性」という耳慣れぬ言葉が気になった、面白そうだと思った。その予感は正しかった。
ちょっとだけゆっくりした昨日、一挙に読んでしまった。読み止まることができなくなってしまったのだ。
▼遅読で限られた本しか読まない私には、本を自分の文脈のなかでしか読むことしかしない。自分の文脈のなかで都合のいいところを「つまみ読み」をするのである。
「はじめに」を読んで、私は最初に「自分にとって科学とは…」の自問自答を繰り返し始めていた。
私がこれまで使ってきた「科学」をならべてみよう。
・「常民の科学」
・「熊楠の科学」
・「ファラデーの科学」
そして、「等身大の科学」、これが今、私にピッタリときている。
その視点をもちながら「我田引水読み」をすすめた。「初級編」からいきなり気に入ってしまった。語彙力や表現力のない私などは、自分の「言いたいこと」「考えてきたこと」を、文章にしてもらうととてもうれしくなってしまう。
「よくぞ言ってくれた!」
「よくぞ書いてくれた!」と。
▼初級編では「科学によくある3つの「誤解」」として次のことをあげている。みごとな指摘である。
誤解1「『科学離れ』が進んでいる」ってホント?
誤解2「もともと『科学アレルギー』の人は多い」ってホント?
誤解3「科学は、身近でない」ってホント?
おみごと!!としか言いようない指摘である。「カソウケン」「サイエンスコミュニケーター」の仕事を通して実感されたことを書いておられる。この世界での「常識」に異議申し立てをされているのである。
共感するところ大である。
「科学離れ」「理科離れ」、まるでこの種の文献には枕詞のようにして使われるこのコトバ、ほんとうにそうなのか。数値データも使って疑っている。自分も使っていたりするので大きなことは言えないが、今、ちょうど中学一年生の等身大の「ふしぎ!?」を追いかけているところなのでなおさらである。
「理科離れ」なんて新しいコトバと思われるかも知れないが、それはちがうこれが言われ出してかなり久しくなる。
ほんとうにそうなんだろうか。疑ってみることこそ「科学」的なのだろうと思う。
 枕詞のように使って、わかったつもりになることこそ「非科学」的な姿勢と言えるのではないだろうか。
▼いくつも膝をたたき「そのとおり!!」を繰り返しながら読む。
みごとな言い切りも続々出てくる。
 

ヒトのデフォルト(基本設定)は「科学好き」(p46)

科学技術はマニアのものではない(P49)

等々
では、基本設定から外れて、カスタマイズされてしまったのはなぜか。そこをこそ問うべきなのではないだろうか。
「ブレーキペダル」はなぜ踏まれたのか。踏んだのは誰だ。
「アクセルペダル」を踏むにはどうすればよいのか。それをサポートするのは誰か。
▼共感するところが多い本だ。いちばん感動したのは次の文章に出会ったときだ。
「なるほど」と「なぜ」のあいだにー「?」の前には「!」が必須(P103)

そのとおり!!
だから私は、等身大の「ふしぎ!?」としている。
ここには、授業論も教材論も含まれているいると思った。
そして、私たちが理科授業の究極のねらいとする「科学リテラシー」について、わかりやすく説得力のあるかたちで
中級編「科学リテラシーは「疑う心」から」に語られている。
ここまで読んで私は確信した。
この本は、すべての理科教師の必読書である!!
善意からであろうと「ブレーキペダル」踏むことなく、「アクセルペダル」を推奨するために。
▼私は、この本を読みながら、Twitterでこの本への共感のほどをリアルタイムにつぶやいてみた。そしたら、
なんと著者自らがリツィートしてくださった。そしてうれしいこと言ってくださった。
私は理科の先生こそが「最前線のコミュニケーター」という認識です!

それだけでなく、blogにまで引用してくださった。
やっぱりヒューマンネットワークは面白いものだ。
▼上級編「科学と付き合うための3つの視点」もいい。
視点1 社会の中に科学技術を見る
視点2 見えない科学技術に目を向ける
視点3 理系だけにまかせない
 ぶれることのないみごとな「視点」だ。著者がいちばん言いたかったことが上級編に語られているのだろう。
そして、最後には著書が、この本に託した願いを語られている。さすがである。サイエンスコミュニケーターの本領発揮だ。耳を傾けてみよう。
1つめは、これまでに何度も繰り返して言ってきましたが、「科学技術を疑いつつも、あたたかい目で見守る監視団」になっていただきたいということ。
「科学技術バンザイ」と盲従するのでもなく、科学技術にアレルギーをもって忌避するのでなもなく、ほどよい距離感で。
 そして、科学技術のマニア、ファンの一人の私からのお願いとして、科学技術の「これから」を助けてほしいということ。

2つめとして、何より大事なのは、科学技術に対してのアレルギーを払拭し、「DIS+COVER」、つまり覆いを取り外して、新しいモノサシを手に入れてほしいということ。そのモノサシは、即効性はないけれども、あなたの幸せにつながるツールです。そのモノサシを見つけて救われた私は、そう信じています。(P275より)

 

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【授業】等身大の「ふしぎ!?」続々と(8)

Dscf7174▼授業の方もとぎれとぎれではあるがすすめている。
『拡大して観察しよう』では、顕微鏡の使い方をやり、『身のまわりの自然の観察』を待っていた。ずっと雨続きである、ぽかぽか天気の中、外にでるのを待っていたのである。昨日は待ちきれず、ひとクラスだけ外にでた。
場所は、私が毎朝定期散歩コースにしている校庭周辺と、これも校庭の一部と思っている「あじさい公園」だ。
たくさんの課題はださなかった。2つだ。
●「教科書に載っている植物をできるだけたくさんみつけよう」
●「ひとつだけスケッチしてみよう」
▼やっぱりそうである。曇り空で、ちょっと寒いぐらいであったが、そんなことなんのその嬉々とした歓声、驚きの声がつづく。
「みつけた!!」「これ何個目!!」
「ここへ来たのは保育所以来…」
「先生!これなんですか?」
「あれイモリがいる」「あれ、サンショウオやで…」「そんなのおるわけないやんか」
「こんなのはじめてみたわ!!」
次々と発見がつづく。ただただ一緒に驚いているだけ、一時間なんてすぐだ!!
ノートの<ふりかえり>には、どんなこと書いたのだろう。後で見せてもらうのが楽しみだ。
▼等身大の「ふしぎ!?」の方も、続けておこう。

・どうしてテレビはうつるのか。
・酸にとかしたアルミニウムをじょうはつしてできたものは何なのか。
・CDはどうや…

★ファックスや電話やメールはなぜ遠い人の所にもすぐとどくか。
[理由]長さ(きょり)は関係なくいっしゅんでとどくからふしぎ。
☆地球の空気が宇宙に行かないのか。
[理由]地球には空気があるのに、宇宙には空気がないからなぜ?と思った。
☆インクは固まらないのか。
[理由]書いたら固まるのにペンの中にある時は固まらないから。
☆初めて産まれた人はどうやって産まれたのか。
[理由]今は人から人が産まれるけど、初めて産まれた人には親がいないと思うから。
☆言葉は誰が決めたのか。
[理由]今も使っている言葉というのは、だれが決めたのか?えらい人なのか?と不思議に思ったから
★外国の言葉を初めて理解したのは誰?

・アクエリアスは、はじめは中性で体のなかに入るとアルカリ性になると聞いたのですが、ほんとですか。
・ダイナマイトはなにでできているのですか。

・私が小さいころからふしぎに思っていることの1つめは、バケツに水を入れてまわしても水はこぼれないのかがとてもふしぎです。
[理由]1つめやつでは、ひっくりかえすとこぼれるのにまわすとこぼれないのでどうしてかなとふしぎに思いました。
・2つめは、海にいるプランクトンがどうしてあんなに小さいのか、どうやって生まれたのかがとてもふしぎです。
[理由]2つめのは、プランクトンは生物の始まりと聞いたことがあるので、じゃあプランクトンはどうやってうまれたのかふしぎでした。
・3つめは、木がどうしてななめにはえているのにななめにのびず、まがってまっすぐのびてくるのかふしぎです。
[理由]3つめのは、ふつうに平地にはえている木はまっすぐのびるのはふつうですがななめにはえているとき、どうしてまがってまで空の方を向いてのびるのかがふしぎです。

・なぜ、バケツに水が入っているのに、グルンと回しても水はおちないのだろう?と思います。はやく回したらこぼれないので、おそく回したらこぼれるのかなと思いました。
・なぜ、地震は起きるのだろうと思います。地球の底のマグマが爆発するのかな?と思います。
・なぜ3Dはメガネをかけたら、がめんが飛び出て来るのだろうと思います。メガネをかけなかったらがめんが二重になっているので画面にしくみがあるのかなと思います。

<つづく>
▼似たような「ふしぎ!?」が並ぶこともある。しかし、それはよくみるとそれぞれちょっと違う。そこは、ちがう違う思考回路から発信されるものだからだろう。それが、また面白い。
 ここに間違いなくめざす「高いレベルの科学」へのヒントがある。

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【授業】等身大の「ふしぎ!?」続々と(7)

「私にとって科学とはなんだろう?」
この忙しいときに、変な自問自答をはじめた。それは、きっとこの内田麻理香さんの新刊『科学との正しい付き合い方』(DIS+COVERサイエンス 2010.4.15)をよみはじめたからだろう。内田さんの発言には以前から興味があった。だから、Twitterでもフォローしている。だから、新刊がでると同時にこの本に興味があった。でも、いまは超多忙、後回しにしようと思っていた。夏休みにでも、余裕のあるときにしようと思って、チェックだけしていた。Amazonに「積ん読」していた。それが、昨日衝動的に、オンしてしまった。
▼忙しいから、「はじめに」だけにしてしておこうと思った。この切り出しがまた気に入ってしまった。気になっていたはずだ。やっぱり面白い、とてもいい。
 斬新である、「科学の物語性」!!
そして、それに誘発されるようにしてはじまった問い、では「私にとって科学とはなんだろう?」
別に、その問いに答えなければ先に行けないような問いではない、しかし、自然に自問自答を繰り返している。
・私にとっては、科学は飯のタネ。
・趣味の少ない私には、ほぼ唯一の楽しみ。
・暮らしの糧
・生徒とのコミュニケーションのネタ
・「…」
しばらく自問自答が続きそうである。
▼この本だけでなく、この自問自答がはじまったのは、やっぱりこれがあったせいもあるかも知れない。
等身大の「ふしぎ!?」をつづける。

・なぜ、月は上から落ちてこないのか。
・なぜ、月が水に映っているけど、月は取れないのか。
・なぜ、カミナリは「ドーン」と音がなって、ピカピカひかるのか。

・なぜ、車はガソリンで走るのか。
理由は、ガソリンでは、いろいろな製品ができるからです。
・なぜ、ゲームのカセットがあんなに小さいのに、きちんとゲーム本体にきちんとうつるのか知りたいです!
・なぜ、うさぎの目は赤いのか。
・流れ星はどうして流れるが速いのか。
理由は、いっしゅんで流れてしまうからです。

・流れ星はなんで流れるのか??
[理由]他の星は全部止まっている様に見えるから。
・流れ星はどうして数が少ないのか??
[理由]月が毎日見れるから。
・ウサギの目はどうして赤いのか??
[理由]ふつう生き物の目は白いから。
・ウサギの目は「じゅうけつ」しているのか??
[理由]赤いから…。
・どうして消しゴムは紙に書いた字をキレイ☆に消せるのか??
[理由]手でこすったり、ふつうの輪ゴムでこすったら、きたなく周りが黒くなるだけだから。
・ガス台はなぜ火を出せるのか??
[理由]ガスがあって出るのは分かるけどどこから火の元素が出るのか分からないから。ガスと何が合体して火になるのかが分からないから不思議。

・コンクリートは何でかたまるのか。
・何で人間の指は10本なのか。
・何でうさぎの目は赤いのか。
・何でゾウのはなは長いのか。

・人間の心は、なぜいろいろあるのだろう。
・なぜ寿命があるのか。
・人間は全めつしないのか。

・ふねやひこうきのようなてつのかたまりはなぜとべたり、うかんだりできるのか。
・ふとん、もうふのなかにはいるとおちつくのか。
・よかった事はすぐにわすれて、いやなことはわすれないのか。(トラウマ)
 
<つづく>

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【授業】等身大の「ふしぎ!?」続々と(6)

Dscf7144▼昨日の天気もやっぱり安定しない天気であった。微妙なる大気の上下運動の「ふしぎ!?」、宇宙の果てをみることを可能にした科学をもってしても、この「ふしぎ!?」の未来はっきりとみえてこない。
 いつものように、「大賀ハス観察池」を見た。そしたら、ちょっとした変化がおこっていた。変化がおこったのは、本来の蓮根を植え替えた方でなく、瓶のほりこんでいた方だ。そちらから、どんどん伸びていた巻葉が広がりはじめたのだ、その姿は間違いなく「ハス」である。どうでいいかとすてやっていた方が成長がはやいとは皮肉なものである。
▼やっと半分近くあげてきた、等身大の「ふしぎ!?」をつづける。

・ぼくがふしぎに思っていることは、なんで火がつくのかです、火はどうしてもえるかがふしぎだとおもいます。
・次のふしぎはなんでテレビやケータイ電話ははなれたところからのじょうほうをうつしだすことができるのかです。
・次のふしぎはなんでぼくたちはしんぞうがうごいているのですか。からだに電池ははいっていないのになでうごくのですか。

・なんで飛行機はうくか。
[理由]あんなてつのかたまりがどうしてうくかふしぎ。
・どうやってトリは空を飛ぶのか。
[理由]人間のうでにつばさをつけても人間はとべないから。
・魚はなんでうみでいきができるのか。なんでエラがあるのか。

・木はどうしてかれないのか。
・海はどうしてそんなに深いのか。
・海と川はつながっているのになぜちがう水なのか。

・どうして、太陽は西から東になるのか。
・地球はなぜあるのか。たぶん…火山がふんかしてできている。
・なぜ人間が生まれたか。

・どうして塩酸は鉄をとかすのかがふしぎです。なぜなら液なのに鉄をとかしてしまうからです。
・どうして天気は西からかわるかです。西かぜがふいているからはわかるけど、でもなぜ西かぜがふくかふしぎです。
・どうして消化液が作られるかです。私は、私にとくべつな物をのんだりしていないのにふしぎです。

・人間はどうして、さるから産まれて、どうして人間は、こんなにいっぱいいるのか?
・どうしてにんしんをしている時、おなか中で成長していくのか?(卵から)
・どうして人間は赤ちゃん好きな人ときらいな人がいるのか?


・なぜ物が下におちるのか。
それがなぜ上にあがらないのか。
引力で地球の中心へ引っ張られる。
・び生物なぜ小さなからだで生きられるのだろうか。
体が小さ過ぎたら生きられないのではないだろうか。
どんなに体が小さくても、生き物ならば生きられる。

・なぜ地球の下に住んでいる人は地球から飛び出さないのか。
・なぜ虫めがねで日光を集めたら紙がもえるのか。
・なぜ地球には重力があるけどほかの星には重力がないのか。

・なぜ地球は回っているのに自分たちは回らないのか。
・なぜめいおうせいはわくせいにはいらなくなったのか。
・なぜ太陽はもえているのか。

・地球になぜ酸素があるか。
・なぜ夢を見るのか。
・なぜかんじょうがあるのか。

・テレビってそこでとったえいぞうをそのままのいろでみれるのか。
・どうしてたいようはまるくてあかるいだろうか。

・地球がまわっているのに、どうして私たちはまわらないのか?
・信号はどうやって青黄赤と判断するのか?
・時計は秒針はずっと動いているが、どうして分針は同じように動かない?60秒で分針1分すすむけど、60秒たったときに、センサーみたいなのがあって1分進むのか?

<つづく>

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【授業】等身大の「ふしぎ!?」続々と(5)

▼ひとりの人の人生とお別れをした。すごくお世話になった人だっただけに「お別れ」は哀しい。その人の人生をふりかえりながら、その人の「ふしぎ!?」のこと考えていた。考えてみるとアタリマエのことであるが、子どもたちにかぎらず、大人だって等身大の「ふしぎ!?」をもってくらしているのである。その「ふしぎ!?」は、けっこうそのひとの生き方、くらし方と関係があるのである。
▼続けてみる。生徒たちの等身大の「ふしぎ!?」

・映画はどうやってつくっているのか。
・CDは、どうして音がでるのか。
・DVDはどうやってうつしているのか。

・私が物を落としたりすると、落ちるのに、太陽は空中にうかんでいるのになぜおちないのかなぁ~っと思った。どこまでわかっている?って事は物はなにもしかけがないからおちるけど、太陽は熱でおさえられていると思う。たぶんだけど……
・2つ目は、なぜふねは車みたいに動くのか?
どこまでわかっているかは、たぶん車も、電機ではしっているから、ふねもおなじように電機やガスで走っていると思う。たぶんだけど……
・なぜマンガでは、くもにのれるのに本当はのれないのか?
どこまでわかっているかはくもは、たぶん水蒸気でできているから、人がのったら、たぶんとおりぬけるだと思う。

・地球はまわっているというけれど、自分たちにはぜんぜんまわっているかんかくがなくて目がまわらないのはどうしてですか?
・赤い下じきは、目で見るとみんな赤くみえるのはどうしてか?
・にじはいつ7色になるか?

・私が不思議だと思うことは「くもはどうやってできて、どうやって動くか」が不思議だと思います。理由はいつもくもは動いているからです。
・もう一つは「にじは、どんなときにできるか」です。
理由は、にじを見るときいつもそう思っているからです。
・3つ目は「地球は、なぜ宇宙にういているか」です。
理由は、ほかの土星や火星などもういているから不思議です。

・どうしてガスで火がつくのか。
ぼくの家はガスで火がつくけど火が出る所にどうやってひがつくか不思議に思った。
・チューリップは、同じ球根なのに、なぜ色が違うのか。家のチューリップを見て、同じ色がないのから不思議に思った。
・どうして朝しんどいのか。朝起きた時に、眠たくて、しんどいから不思議に思った。

・地球はまるいのに、なぜ地球の下の国など人たちは真っすぐ上へたてるのか。
・太陽、月などは、地球の中心にたって真上に太陽、月などがある場合、どれぐらいのきょりがあるのか。
・星や月など、なぜ地球から、あんなにはなれているのか。

・逆だちして、物を食べてもフツウに食べれるのはなぜか。
・なぜ、こんなに人の体はよく出来ていて、動物が出来ることが出来ないのか。
・なぜ光はあんなに速いのか。

・物はしょうげきが当たると下に落ちたりゆれたりするのに月や太陽は下でいくらさわいだりあばれたりしてもどうして落ちてこないのだろうか?
・動物と人はどうして歩き方がちがうのか。
人は二本の足で歩くのに、動物はなぜ四本足なの?
・人間のはじまりは?地球にはだれが一番に生まれたのか?何が人間に変化したのか?

▼私の今の最大の「ふしぎ!?」は、なんでこうも次々とちがう不思議がでてくるのかということだ。
似たような「ふしぎ!?」であっても、それは微妙にちがう。
それは思考していることが、少しずつちがうからであろう。

まだ、まだつづく。

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【授業】等身大の「ふしぎ!?」続々と(4)

▼なんかもったいぶって少しずつ、少しずつ出してきているみたいだが、いっきょに紹介する時間がないからである。
 ちょっとだけ「もったいない」気があることはたしかだ。

・ぼくは、よく顔をあらっているときに、水はすくえるのにつかめないのはなぜだろう。と思うときがあります。

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【Web更新4/18】10-16『中学校「理科」を構想する』再更新!

Dscf7129
 葉桜の みどり青空に 溶けゆくや
  10/04/17 (土)撮影@安富

■楠田 純一の【理科の部屋】10-16
 週末定例更新の報告です。いつのまにやら、今年も16回目の定例更新になっている。気づいたらこの「週末定例更新」も習慣となってしまったようだ。習慣化はいい面とまずい面を合わせ持つ。あまり煩わしさを感じずに、定例更新の準備ができている、反面それはマンネリ化をまねく。初心の「感動」がうすらいでしまうのである。いつも新鮮な「感動」を忘れることなく更新を続けたいものである。

◆表紙画像集2010 校庭の樹木シリーズ サクラ
 ここのところずっと表紙画像では、サクラを追いかけているような気がする。「サクラの旬は過ぎた」と言うのは観察者の手間勝手な都合である。サクラにとっては、生命ある限り、いつもが「旬」である。冬芽のときも、花のつぼみのときも、満開のときも、実に向かうときも、そして葉桜の今も…。植物にとってみどりの生産現場の葉を更新する今こそ、もっとも「旬」なのかも知れない。みどりは、生命が輝く色なのだ。そのみどりがゆっくりと青空にとけていっているように見えた。

◆『中学校「理科」を構想する』再更新
 前回のWeb更新のとき、この「構想」はいったん終了にしたはずだった。
卒業論文2題に導かれるようにはじめた「構想」だった。後は、この「構想」を具現化していく実践のなかで、再更新をしていけばいいと思っていた。ところが、新一年生の「等身大の「ふしぎ!?」」を読んでいるあいだに、「これだ!!」と思った。これこそ、「構想」の原点に位置づけるべきものだと思った。
 ひとつひとつの「ふしぎ!?」は、点でバラバラのもののように見える。
しかし、それはちがう。バラバラのように見える「ふしぎ!?」も、実はつながっている。つながり、交叉するところに「科学」がある。ひょっとしたら熊楠の「萃点」とは、それなのかも知れない。
 生徒たちの等身大の「ふしぎ!?」はまだまだ続く。
考えてみると、面白いものだ。卒業生たちの卒業論文に導かれるようにしてはじめた「構想」を、新入生たちの「等身大の「ふしぎ!?」で更新していくのだから、私はいつも生徒たちの世話になっていることになる。ありがたいかぎりである。深謝。 

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【授業】等身大の「ふしぎ!?」続々と(3)

Dscf7087▼昨日で今年度の大賀ハス植え替えから、3週が過ぎた。雨が続いたので水は十分にある、その水面から突き出た巻葉は順調に伸びてきている。もうひとつ別の巻葉の葉茎が出てこようしとしている。しかし、それは水面下である。それよりも、びっくりはとなりの瓶のなかの「蓮根の水栽培」と結果的になったものだ。10本Dscf7094近くの葉茎が元気よく突き出ている。このままにしておいていいのやら、だからといってどんな手をうったらいいのやら迷うところである。しばらく、のびるがままにしておくことにした。ひょっとしたら、こちらの方から「あこがれの4日間」は訪れるのかも知れないのだから…。
▼次なる授業の構想にうつりたいところだが、どうしてもこれを続けておきたい。
読めば読むほど面白い。そして、問いかけてくる。
「科学とはなにか」「理科とは、何をする教科なのか」等々
等身大の「ふしぎ!?」を続ける。

・物がおちる速さは、高さによってちがうのがふしぎ
(理)何回か、物が落ちたときに、毎回、高さがちがっておちる速さが速くて止められなかったから。
・なぜ、虹は世界のどこでも見れるのか。
(理)虹が輪になっているのは知っているけど輪になっていたって、どこかは見れない所があると思っているから。
・なぜオーロラは出てくるのか。(ノルウェーなど)
(理)日本で見れないのはなんでだろうと思ったからです。(あと、本物を見てみたいからです。)

・どうして恐竜は絶滅してしまったのかな?!
どうして不思議に思うかと言うと、恐竜はこの地球に生きていたのに何かの原因で絶滅してしまって、どうして死んだのかなって思います。わかっている事は、隕石がおちて死んでしまったとか、氷河期の原因で死んでしまったなどと色々言われますが私はどれが本当なのかとか、どうして死んだのかなとか、とっても不思議です。
・どうしてツバメは雨の日の前になると地面の下の方を飛ぶのか?!
雨じゃなくても地面の下の方を飛んでいる時があるのでどうしてそう言う言い伝えがあるのかなと思います。私もよくわかりません。でも虫などが下にさがってくるからだとは聞きました。これも不思議です。
・地球はどうしてできたのか?!
ずっと昔は地球がなかったので何かの力で地球ができたのかなと思います。私もよくわかないですけど、すごく不思議です。

・CDやDVDで、なぜあんなうすい丸いかたちの物に、人の声や、映像が、きれいに入るのかがとても不思議です。
・石などを空中で手をはなすと、真下にすぐおちるのに、石より重い月や太陽はなぜおちないの?
・カメラでとったものが写真になり残るけど、「カシャ」と、とるだけなのに、どうしてそのままの、はいけいがきれいに残るのだろう。

・鉄でできている船は重たいのに、どうして海に浮かぶのだろうか?
・けいたい電話はなぜ線もつながっていないのに、電話(通話)ができるだろうか?

・ふで箱は手をはなすとおちるけど太陽はなぜ空にうかんでいるのにおちてこないのか?太陽は熱におさえられているからうかんでいるんだと思う。

・「ちきゅうはまわっているのに、なんでまわっている気がしないのか」
どうしてふしぎにおもうかは、今いるところからうらがわにいくと、はんたいになってうくとおもうのに、うごいている気もしないから。
・「じめんの下をどこまでほると はんたいがわのところにいけるのか。」
私は、「ここの下をどこまでもほるとうちゅうにでる」ときいたことはありますが、そんな気はしません。本当に下に行くとはんたいがわに行けるのかふしぎです。
・「音はどうして目にみえないのか」
私はこえをだして、ゆれるので、たしかめる方ほうはしっているけど、色がついていそうなことばもあるので、ふしぎです。

<つづく>


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【授業】等身大の「ふしぎ!?」続々と(2)

Dscf7075▼昨日、「Twitter的ノート術」のノートに、「天気」を付け加えようとして、今日の天気はと「曇り」◎と書こうとした。そしたら、元気のいい声で「ちがいます。雨です。!」と。ほんとだ、雨がまた降り出していた。
やっぱり思い込みでの「空見」をしていると、見逃しているのだ。あわてて●に変えた。
 この素直な目をもった自然の観察者たちは、何を「発見」するだろう。楽しみである。
▼ しばらく続けよう。この初々しい「自然の観察者たち」の等身大の「ふしぎ!?」を。

・宇宙のはしっこはあるか。宇宙のはしは地球からどれくらいはなれているのかをしりたい。
・地球はなぜ回っているのか。回転はどうしてなるのかをしりたい。
・地球はどうして太陽のまわりをまわっているのか。なぜ太陽が中心になったのかしりたい。

・ぼくはなぜ飛行機って重いのにとべるんだろーと思います。なんかなんか飛ぶしくみがあるんだろうとは思っています。

・太陽や月は何でういているの?
・どうして食べ物を食べないと、死んでしまうの?
・どうして人間はサルからできたの?

・太陽はどうやってつくられるのか。わけは、太陽はとても温度が高いからどうやってつくられているのかをぎもんにおもった。「どんなものものでもとける。」
・なぜくもから雨がふってくるのか。わけは雨がふってきたとき空をみるとうえにくもがあるから雨はくもからでるのか、空からふるのかをぎもんにおもった。「水でくもができる」
・火星には宇宙人がいるかもしれないと思われるのか。わけ、人々は火星に宇宙人がいるかもしれないというがなぜだろうとぎもんにおもった。「火星には、へんなぶったいがいた。」

・日本は、アメリカなどよりちっちゃいのかな。アメリカはすごく広いのに日本も、もっと広くなると思う。
・ヒガンバナはどうして家の中に入れたらもえると言うのか。だってほんとうにもえるかわからないと思う。たぶん家にいれてももえないとぼくは思っている。
・ヘビの背ぼねはないのかな。ヘビはクネクネあるくから、やわらかいと思ったから。

・なぜ4年に1度366日の日があるのか。地球の軌道がどうにかなるというのは知っています。
・なぜ「にじ」ができるのか。空気中の物が光を反射してできるのは知っています。
・なぜ植物は酸素を生み出せるのか。光合成をして酸素を生みだすという事は知っています。

・水から氷になるのはなんでだろうと思いました。訳は水は持てないのに氷はもてるからなんでだろうと思いました。
・後 虹もなんでだろうと思いました。虹は浮いているし、七色もあるし、すごいと思います。分かっている所までは、雨が降った後に、できる事です。
・消しゴムもすごいと思いました。訳は、紙に書いた文字がこすっただけで消えるからです。分かっている所はまさつ熱で消えるという事です。

・ケガをしたらいたいのに、かみのけや、つめを切ってもいたくないのが不思議に思いました。つめは皮ふが変化したものなのに、切ってもいたくないのが本当になぜなのか。分かりません。
・私は、ブラックホールがどうなると出現するのか知りたいです。
・太陽が絶えず燃え続けているのがとても不思議に思います。

・地球の一番下にマグマがあるけど、どうしてマグマは、下の土や石をとかさないのか。
・地球で一番最初に産まれたのは、どうやって作られたのか。
・人間は進化して、できたけど、ほかのチンパンジーは進化しないのか。

・なぜ地球だけ、酸素があるのか。
・ブラックホールの中に入ると、光もでてこれないと言うけど、なぜそんなことがわかるのか、もしブラックホールの中に人が入ったとしたら出てこれないのになぜそんなのがわかるのか。
・もし人間がいなかったら地球はどうなっているのだろうか。

・とりがそらをとぶ。風をりようしてとんでいる。
・ドラゴン(りゅう)はいるの?
・ガンダムみたいな巨大ロボットが作れるか。(機動できるか?)

まだまだつづく。
「理科離れ」なんて誰が言ったのだろう。

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【授業】等身大の「ふしぎ!?」続々と

▼なんでだろう!?この寒さは、予想されていたことなんだろうか。毎年繰り返していることなんだろうか。何年ぶりかのことなんだろうか。「大気の物理学」はすでに答えをもっていただろうか。
いやわかっていなかったはずだ、確かにわかっていたら、情報は流れてきているはずだ。
やっぱりわかっていないことの方が、絶対的に多いはずだ。
「わからない」こそ面白いのだ。
「ふしぎ!?」だからこそ、科学が成立するのだ。
▼中学一年生の等身大の「ふしぎ!?」を少し追いかけてみる。そこにきっと、中学校「理科」を構想するヒントが含まれているはずだから…。

・なぜ人間は2本足で立てるのか? 頭の方が足より重いと思うのになぜ頭とかをささえることができるのか?
・虹はどうして七色なのか。虹は別に6色や1色でもいいのに、なぜ7色なのか?
・ジェットコースターはなぜ回転してもおちないのか?物は上からおとせばおちるのにジェットコースターがおちないのはなぜなのなのか?
・なぜかみの毛が長くなるのか?なにもしていないのにかみの毛がながくなって、いつのまって感じではやくなのびる。
・星はなぜ光っているのか?星は電気といっしょぐらいの明るさで、すごくきれいだけど、なぜ星は何にも電気をつけていないのに光るのか?

・太陽などが出てくる方角はなんでいつもいっしょなのか。太陽や月など、出てくる方角はなんでいつもいっしょなのか。太陽や月など、出てくる方角はいつも変わらず毎日いっしょなので不思議に思いました。
・雑草などは、なぜあんなに丈夫なのか。家などで育てている花などは、肥料などが必要で水も毎日あげなけなきゃいけないけど、雑草は、ふまれても丈夫で水も雨の日くらいしかもらえないのに、あんまり枯れずに丈夫なのが不思議だ。

・なんで夜空にでる星はおちないの?

・テレビはどうやってうつしているのか。
・地球にはじゅう力があるけど、ほかの木星や金星はなんでじゅう力がないか。

・地球にはじゅう力あるのになぜ宇宙にはじゅう力がないのか。たぶん地球には酸素があるから。

まだまだ続く。

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【授業】「授業びらき」は定番二題で…

▼授業びらきの第一回目でだした「宿題」の『等身大の「ふしぎ!?」宣言!』が一クラスでパーフェクトに提出された。目を通しながら、私は「すごい!すごい!」「やっぱりそうなんだ」を連発した。
これは、面白すぎる。やっぱりみんな、自分の「ふしぎ!?」をもっているんだ。
どうか、この等身大の「ふしぎ!?」を中学校「理科」につないでほしい。私は、じっくりとひとりひとりの「ふしぎ!?」を味わい楽しませてもらおう。
Dscf7046「授業びらき」第2弾は、定番課題2題でやった。
その前に「Twitter的ノート術」に追加を行った。それは(1)日付に「天気」を加えた。それも天気記号で記入することにした。きっちりと新しいページを開けている。
番号とタイトルを書いた。今日のページのタイトルは「科学の方法」とした。

【課題1】台ばかりに上に、水の入ったビーカーと木片が置いてある。台ばかりの目盛りは(400g)を示している。
木片を水に浮かべると台ばかりの目盛りは…?
 

<予想> 
ア 400gより大きくなる。(重くなる)
イ 400gより小さくなる。(軽くなる)
ウ 400gのまま(同じ)

最初に選択肢で<予想>をたてる。
「ア 3人 イ 10人 ウ 19人」
<自分の考え>をノートに書く。ここを強調する、特に今回はノート術に関連して…。
それを発表してもらう。出るわ、意見続出だ。
「それは、水に浮かべてもあるのだから同じ」
「プールに入ったときに、体重が軽くなったような気がするから…」(いつの時代も出る意見だ!!)
「木に水がしみこんで重くなる」
「プールで軽くなったようになっても、入ったら水の方がその増えるから」
「…」
ひと当たり意見が出たところでもういちど聞く。
「ア 0人 イ 10人 ウ 22人
何度やっても面白い。<予想>があたっていてもまちがっていても満足げな顔だ。
▼認識のプロセスには、時代を超えたものがある。それは確かだ。
もうひとつの課題にいった。

【課題2】 アリの絵を描こう。

ノートに書き始めたアリはいろいろだ。かわいいアリもあれば、怪獣のようなものも、まるで目の前のホンモノを描写するように書くものも。
 机間巡視をしながら、できるだけ特徴的なものを書いている6名に、前の黒板に出て書いてもらう。
そして、ここでも<予想>をした。
Dscf7055自分の「アリ」に一番近い「アリ」は、この6匹のアリのうちのどれ…。
後で3つの観点でチェックしてみた。
「頭、胸、腹の3つの部分からできている」「足は6本」「足は胸から」
「今度、外に出て観察するとき、ホンモノを見てみよう」としめくくった。
見ているようで見ていないのが「自然」。
<予想>をもっての自然観察のすすめだ。

そしてノートのページ最後に<ふりかえり>を書いて終わりにした。
終わりのあいさつをしたにもかかわらず、ふたたびすわって<ふりかえり>を夢中で書いている生徒が何人もいた。

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【授業】ノートに何を書くのか。

▼等身大の「ふしぎ!?」宣言!の授業びらきの昨日は、いささか多忙なる日であった。
やっぱり「はじめて」は何度やっても緊張するし、欲張りになってしまう。ついついしゃべりすぎてしまうのである。
最初は、「中学校「理科」とは…」をしゃべりはじめた。
・物理(光・音・力)
・化学(物質・気体・溶解)
・生物(植物)
・地学(大地・火山・地震)
 一年で学習する内容を教科書をめくりながら紹介する。
少し控えめにと思うが、いつしか中学校「理科」のPR、「面白さ」の大バーゲンになっていた。
▼ここまでは、こちら側からの「面白さ」発見のルート紹介 だ。実は、ほんとうに面白いのは、科学の醍醐味は「等身大の科学」にあることを次にやった。
課題プリントをくばって、等身大の「ふしぎ!?」宣言のすすめをやった。初の宿題を出した。
▼次にやったのがノートの使い方、理科のノートには「何を書くのか」をやった。
【5つのルール「何を書くのか」】
(1) 日付
(2) タイトル
(3) 一時間一ページ
(4) <自分の考え>
(5) ふりかえり

 これまでの自分のノート術を「集約」して、5つにした。
ノートは、後ほど見るもの、未来の自分が「検索」かけるものという視点で考えてみた。
特に、(1)~(3)までは、その視点が濃厚である。
 もう間違いはない、この生徒たちは、より進化したWebの時代に生きる。
未来のWebの時代に生きる人間にとっては、クラウド「整理学」は必須である。それにつながるノート術を身につける必要がある。
▼(4)と(5)は、ノートの個性化である。
世界でたったひとつのノートにするための術である。ただ単に板書を書き写すだけでなく、そこに<自分の考え>
<自分のふりかえり>を「記録」するのである。
 思考のプロセスの記録化である。

こうして書いていると、追加修正したいところが、はやくも出てきた。
これから随時やっていこう。
私は、今、生徒と一緒に学ぶ、ノート術を「Twitter的ノート術」と呼ぼう。

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【授業】等身大の「ふしぎ!?」宣言

Dscf7038▼昨日、朝の大雨はまだまだ続いた。少し小雨になったころ、いつもの観測地点に立って、里山を見上げてみるといつもの「大気の物理学実験」が行われていた。最初に目の当たりにしたときは驚き、感動した。雲の発生実験などいらないのではないかと思ったぐらいである。これを見ればいい、これを観察すれば、教科書の定番実験よりもリアルでダイナミックである。「上がると ザアザア」そのものがここにある。
 これを見逃してしまうともったいない。ひょっとした他の科学もそうかも知れない。
▼いよいよ「授業びらき」である。
ずいぶん以前から、頭の中で準備をすすめていながら、具体的な準備がすすんでいない。
少しあせるが、その方が「集中」して取り組めるというところもある。
やっぱり訊こう。
 この等身大の「ふしぎ!?」を、
12~13年生きてきて、「ふしぎ!?」に思ったことはないか。
ずっとしまい込んでいる「ふしぎ!?」はないか。謎解きをはじめてそのままにしている「ふしぎ!?」はないか。
どこかに置き去りにしてしまっている「ふしぎ!?」はないか。
それを書いてもらおう。
▼書いてもらった「ふしぎ!?」。その等身大の「ふしぎ!?」の謎解き、それこそが中学校「理科」であることを宣言しよう。
 難しそうな計算も、実はこの「ふしぎ!?」を解くためのひとつの方法なんだ。
そこにごまかされてはいけない。
これまでの科学史のなかで明らかにされた謎解きの「ルール」がある。
しかし、それがすべてではない。まだまだわかっていないことだっていっぱいあるんだ。
それが科学だ。だから科学は面白いんだ!!

さて、うまく伝わるだろうか。

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【Web更新4/11】10-15『中学校「理科」を構想する』了

Dscf6974
青空や 花はひたすら 実にむかい
 10/04/8 (木)撮影@安富

■楠田 純一の【理科の部屋】10-15
 今年、15回目の週末定例更新のお知らせです。
15回繰り返した「時間」。最近になってやっと気づいたことがある。
この「時間」こそが、自然の「ふしぎ!?」を解く鍵である。
今さらと言われそうだが、私にとっては「今」なんである。
「宇宙」も「生命」も…その「ふしぎ!?」は、「時間」にある。
「科学」と「くらし」をつなぐのも「時間」
究極の整理学も「時間」
Time is science!

◆表紙画像集2010 校庭の樹木シリーズ サクラ
 ほんとうに「花のいのち」は短い。昨日、もうすでに葉の緑がめだちはじめた、これはまたこれで美しい。
はかない命だからこそ、美しいという「美学」がある。これまた移り行く「時間」の美学なのかも知れない。
私には、花はすべて実に向かっているように見える、花は、みんな実へのプロセスに見える。
ここに繰り返す「時間」の美学がある。

◆『中学校「理科」を構想する』
 「構想」は、15回でいったん終了とした。構想と言っても、ほんと全体を俯瞰したにすぎない。なにか、具現化への秘策が抽出されたわけでもない。ただ、ひとつの発見をした。
それが繰り返し書いている。「時間」である。
中学校「理科」を貫く科学的基礎概念の形成、それが目標であると考えていた。そのもっとも基本的概念として「時間」を加えることによって、「ふしぎ!?」はうんと展望がひらけてくるような気がする。
では、どのように…。
それは、これからの一時間一時間の授業の展開のなかで明らかにしてみたい。

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【授業】『植物の世界』で何を教えるのか。

Dscf6983▼昨日は、新規に大賀ハスの植え替えをして2週間目だった。今年の「大賀ハス観察池」は、なかなか濁りがつづくなと思っていたが、それがやっと澄みだした。その原因と思われることがわかった。それは、土から水面までが浅いのだ。10㎝近くはとったつもりだったが、水位がさがってその半分もあるなしである。しかし、今さら土を出すこともできない。このまま行くしかなかろう。その水面から、巻葉の芽がひとつ立ち上がってきた。なんともなつかしい姿である。いよいよ今年の観察が本格的に始まる。
Dscf6997 今年は、昨年とちょっとちがったことを偶然やってしまった。土に埋めた蓮根以外の候補にあがっていた少し大きめの蓮根を、たまたま近くにあった水瓶にほりこんでいた。もし誰かが、蓮根から育ててみたいという方がおられたら、それを「おすそ分け」しようと思って…。そしたら、そちらの方から、いくつも巻葉の芽がたちあがってきたのである。いっそうのこと、こちらは「水栽培」を試みようかとおもったりしている。
▼この「大賀ハス」に、あの「あこがれの4日間」は訪れるのだろうか。授業でも紹介したいな。この「大賀ハス」のことを…。
 今年は、その機会がありそうだ。『植物の世界』の授業をやるのだから、ときどきリアルタイムに報告をしてみたいと思っている。そう言えば、頭が授業以前のこと、授業周辺のことばかりに行っている。
もうそろそろ本気で、授業のなかみのことを具体的に考えていかねば…。それ以外のことは、その都度触れることにして…。最初にやる単元は、この「植物の世界」である。
▼もう27年も前に、多くの人に協力してもらってつくった授業テキスト【植物の世界】のはじめには、次のように書いている。

 ともかく、もっと、もっとある面では動物以上に動的でダイナミックな、植物のくらし(生活)を前面に描ける授業を創り出したい。

 
この思いは、今もかわらない。あれから、いくつもの「植物」に出会ってきた。
その多様性にも感動してきた。
 個体維持と種族維持にかける植物たちのドラスティクな「生きざま」をみてきた。それをできるだけ、リアルに伝えたい。そしてよりビィビィドな生徒たちの感性が、「植物」をどう捉えるだろう。そこからも大いに学びたいものだ。
楽しみである。
 

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Twitterはじめて200日目に思うこと

▼昨年の9月23日にTwitterをはじめて、今日でちょうど、200日目になる。はじめてTwitterにふれたときと、100日を過ぎたころとは、Twitterの見方がずいぶんとちがっていた。それは、単なる私の情報スキルがちがっていっただけでない。Twitterに対する世間の認知度も大きくかわっていった。その100日目からこの200日目も、回りの状況も含めてこれまた激変しつつある。200日目に思うこと、軌跡として「記録」して置こう。
▼私は、最初にTwitterにふれたとき、これは「パソコン通信」にもどったと思った。あのチャットをはじめてやったときの感動がここにあると思った。ニフティのフォーラムに会議室【理科の部屋】がつくられて、どんどん人が、授業情報がつながっていくあの興奮、感動が蘇ると思った。
私の「パソ通回帰論」がそれである。
▼でも日が経つあいだに、どうもそれは単なる「回帰」だけではないと感じるようになってきた。
そのあたりの200日間の変遷を『新・クラウド「整理学」試論』に残している。自分のことながら今読み返してみると面白い。
「パソ通回帰論」から、次に思考が向かったのは「Twitter的」ということだった。
▼Twitter的とは、なにか。それはふたつある。
・リアルタイムであること。
・等身大であること
なんと、それはこのblogのサブタイトル「楠田 純一の【理科の部屋】と連動しながらよりリアルタイムな等身大情報を発信」そのものではないか。究極は同じところにいきついている。自分でも驚きである。
 Twitterの醍醐味は、自分で世界ただひとつの「タイムライン」をつくれるところである。私だけの情報レセプター(タイムライン)には、次々といろんな情報が流れていく、その流れをコントロールできるのは自分だけである。
▼現在、タイムラインには、フォローしている200人以上の人が発する情報が流れている。私が発する「つぶやき」は、これまた200人を越える人のタイムラインに流れている。
(この流れが交叉するところに熊楠の「萃点」もあるのかも知れない。これは、今は余談(^_^;))
Twitter的とは、この流れが交叉するところでいろなものが創造されていくところだ。
200日目の今、もっとも注目している交叉しているところは
・USTREAMの可能性
・電子本の可能性(#e_textbook、ダダ本などを含む)

 さあ、300日目には何を「記録」することになるだろう。今は、まだ見えてこないものがあるのかも知れない。

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【授業】「授業びらき」に何を

Dscf6961▼昨日の青空はひときわみごとであった。満開のサクラと青空、みごとな組み合わせだ。風景は、色とかたちで構成される。夜桜もきれいだが、やっぱりこれにはかなわない。
 朝の校庭散策、始動である。あの「ふしぎ!?」はどうなっただろう。クヌギの木にぶらさがった繭である。春の雨嵐もあった。あんな細い糸でぶらさがっていただけだったから、もう吹き飛ばされてしまったかな。それとも、繭から主があらわれてしまったかな。坂道をのぼって、左へクヌギ林はすっかり葉を落としている。そして、その場所を観た!!そこに変わることなく黄色い繭はぶらさがっていた。なんと丈夫な糸なんだろう。
「ふしぎ!?」追う旅は今年もはじまる。
▼いよいよ「授業びらき」が近づいてきた。新入生と一緒の授業である。
中学校「理科」の3年間の構想は曲がりなりにも終わった。いよいよ構想を具現化していくときである。
「授業びらき」に何をするか。
何回繰り返してきただろう。これを…。それも最後だ!!
そう思うと、いっぱいやりたいこと出てくる。いくつも案をたててはくずす、試行錯誤の連続。
最後まで残ったのは、定番2題。
●台ばかりの上に、ビーカーに入れた水と木片。木片を水に浮かばせる前と後では台ばかりの目盛りは…?
 この問題を通して、科学の学び方を学ぶ。どちらかというと、第一分野向けだ。
もうひとつは、
●蟻の絵を描いてみよう。
足は何本だろう。どこから足は出ているのだろう。からだはいくつの部分からできているのだろう。
見ているようで見ていないものだ。それが自覚できればいい。
この問題を通して、目的意識をもった「観察」をよびかけたい。
▼定番だけでは物足りない。なにか、私にとってもはじめてのことやりたい。はじめての出会いにふさわしいことを、どんな子どもたちなんだろう。それを理科風に訊いてみたい。
●どんな「ふしぎ!?」を持っているのだろう。
12~13年間生きてきて、「ふしぎ!?」に思っていることはないだろうか。
その「ふしぎ!?」に少しでも応えるのが理科だということを伝えたい。
完全な答えをみつけることはできないかも知れない。しかし、絶対にその「ふしぎ!?」を置き去りにしたり、勉強と関係ないと捨てやったりしないでほしい。
 学ぶことの出発点は、そこにあるのだから。

それをどうしたらわかってくれるかな。もう少し考えてみよう。

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中学校「理科」を構想する(15)

Dscf6943
▼   さまざまなこと 思い出す 桜かな  芭蕉

 朝の通勤では、車の窓を開ければ、桜吹雪が舞い込む。みごとな桜並木がある。どんな生徒たちとの出会いがあるのだろうと思いながら、入学式に向かう。入学式に先立って、「離任式」があった、多くを学ばせてもらった先生との別れだった。新入生に出会った、初々しい顔、顔、顔。新しい出会いである。この新入生と一緒に授業をすることになった。うれしいかぎりだ!!
 夜、帰宅の途中、ずっとずっと気になっていた桜がある。昨夜は、車を停めててカメラを向けてみた。
▼半月にわたって連載してきた、この『中学校「理科」を構想する』をひとまず終わりにする。
最後に総括単元である。
【第3学年】
『自然環境の保全と科学技術の利用』
・自然環境の保全と科学技術の利用
<第1分野・第2分野 共通>

(ア) 自然環境の保全と科学技術の利用
 自然環境の保全と科学技術の利用の在り方について科学的に考察し,持続可能な社会をつくることが重要であることを認識すること。

 両分野のしめくくりとして新学習指導要領ではこう書いてある。
私の文脈のなかで読み直してみる。
・目標としている「持続可能な社会」についての理解がじゅうぶんに私自身できていない。
・21世紀に生きる人間としての科学リテラシイーとは、それも同時に問いかけたい。

私は、今一度、卒業生たちの「卒業論文2題」に読み返してみようと思う。
【自然・人間・科学】

▼「構想する」と大げさに言ってみたものの、輪郭のわずかが見えだしたにすぎない。
目の前に生徒たちがいない状況での「構想」はリアリティをかく。ややもすると「妄想」に堕してしまわないとも限らない。新たな生徒たちと出会った今、「構想」はいったんここまでとする。
いつか<続>はかたちを変えて書いてみたい。

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中学校「理科」を構想する(14)

Dscf6938▼朝から強い風だ。今日の入学式は、この風で花吹雪になるかな。おだやかな天気に変わってくれたらいいのになあ。天気の変化は、「大気の物理学」だけでは難しい。やっぱり「複雑系の科学」なんだろう。だからこそ、未知をどこまでも持ち続ける。それが、これからの科学の醍醐味でもある。
▼「複雑系の科学」である「地球」科学をつづける。
次は三年生である。 
【第3学年】
『天体の動きと地球の自転・公転』
・日周運動と自転
・年周運動と公転
『太陽系と恒星』
・太陽の様子
・月の運動と見え方(日食、月食を含ざむ)
・惑星と恒星(銀河系の存在を含む)

 この単元は、先日まで自分でも授業をやっていたので、より具体性をもって「構想」できる。
【地球と宇宙】

▼ここには、究極の「ふしぎ!?」 二つがある。
それは、現在の中学生においても、十分に通用する「ふしぎ!?」である。
●「私たちはどこにいるのか」
●「私たちはどこからやって来たのか」

私たちは、未知なる部分が多いからと敬遠してはならない。
まだまだわかっていないことが多い、ならば「どこまでがわかっているか」それを明らかにしよう。
「感動」をともにしながら、すすめればいいんだ。
私なんか、ほん最近になってやっと、月の存在、月がほんとうに地球のまわりを回転していることを実感したばかりである。いつも、月がどこにいるのか意識できるようになったばかりである。
 400年前のガリレオの「感動」に少し近づけたばかりである。
▼「無知」を恐れず、可能なことを汲みつくそう。可能なものの領域は、いま画期的に広がりつつある。

ああ 私の魂よ、不死の生に憧れてはならぬ、 可能なものの領域を汲みつくせ。 ピンダロス『ビュティアの祝捷歌第三』

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中学校「理科」を構想する(13)

Dscf6900▼校庭の桜が満開だ!!天気は、少し花曇りであるが、それもよしである。いちばんの見頃であろう。
坂道の桜は、下から見上げたり、水平から眺めたり、見下ろしたり自由自在にいろんな角度からみれるからうれし新入生が校舎に入る頃には、窓をあければ花びらが舞い込むかな。
Dscf6918▼「構想」の方は、先を急ぐ。
「花の散るまでには…」、みつけた「時間軸」の課題これは、次なる「地球の科学」においても通用するようである。
【第2学年】
『気象観測』
・気象観測
『天気の変化』
・霧や雲の発生
・前線の通過と天気の変化
『日本の気象』
・日本の天気の特徴
・大気の動きと海洋の特徴

 『日本の気象』も帰ってきた。
これで、この単元は、21世紀型中学校「理科」の目玉となる学習となるだろう。
誰にとって最大の関心事でありながら、まだ完全には解けない「ふしぎ!?」がいっぱいある。
他人発の情報では限界がある。自分が身につけた「科学」の発揮しどころである。
これまでの私自身の拙い試みがある。
【天気の変化】

天気の変化の観察から「ルール」をみつけて、「ルール」を使う試みである。
それは、実に面白いものである。
毎日、毎日「大気の物理実験室」で実験・観察を行っているようなものである。
▼「これから」を少し考えてみる。#e_textbookに向けての取り組みははじまっている。#e_textbookにしてこそ、意義ある領域・単元があると思う。
 私は、この『天気の変化』こそ、第一候補にあげたい。それは次のような理由からだ。
・変化を読み取っていくためのテキストは、テキスト自身もどんどん更新していくものである必要がある。
・Webの時代である。グローバルな視点で情報入手するためにはWebにつながったテキストが必要。
・時空を超えての「学び」を共有できる。
・くらしのなかの「ふしぎ!?」と直結したテーマである。
・身につけたルール(たとえば「上がるとザアザア 下がるとカラカラ」)をリアルタイムに使ってみることができる。
・学びの蓄積を共有できる。


まだまだありそうであるが、最後にもうひとつだけ
・10年前にWebテキストを構想したときにも、いちばんにあげたのもこの『天気の変化』であった。
この事実をあげておく。

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【Web更新4/4】10-14『中学校「理科」を構想する』更新

Dscf6868
 やわらかに サクラ咲きて 初心へ
 10/04/03 (土)撮影@安富

■楠田 純一の【理科の部屋】10-14
週末定例更新のお知らせ

新年度がはじまって最初の更新である。今年度もこの週末定例更新を、できるだけ授業にそったかたちで続けるつもりである。
Web更新…一週間
blog更新…一日
Twitter …リアルタイム
これが、現在の私の情報発信の「時間」のリズムである。
繰り返す「時間」更新、それはいつしか量的変化が質的変化に転化するだろう。それを信じてゆっくりと、しかし歩みを止めないでおこう。

◆表紙画像集2010 校庭の樹木シリーズ サクラ
 今年も、この花のシーズンになった。校舎北側の坂道の桜並木は、何度みてもみごとである。毎年毎年、幾人もの新入生を迎え、卒業生を送り出してきた。今年も、新入生を迎えるスタンバイはできた。
校庭樹木の定番中の定番、何度繰り返しても、このサクラは年度初めの「初心」を思い出させてくれる。

さまざまの ことを思い出す 桜かな  芭蕉

◆『中学校「理科」を構想する』更新
 この「構想」もながくなってきた、最後のチャンスと書き始めたが、なかなか思うように筆はすすまぬ。試行錯誤しながらの「構想」である。授業びらきまでにはまとめておきたいものと思っている。
 これを書き進めながら、大発見をした。
「等身大の科学」の鍵は「時間」にある。
ということだ。
 いちばん感動するのも、いちばん躓くのも「時間」スケールの認識である。
そうではないかと、うすうすは感じていたが、中学校「理科」のすべての領域をならべて構想するなかで再発見した。ならば、どうするか。それがこれからの課題だ。

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中学校「理科」を構想する(12)

Dscf6835▼大賀ハスの蓮根を植え替えてから、はやくも一週間が過ぎた。今年度の観察がはじまったのである。どうしたことか、あの一週間前の泥のにごりはいっこうにおさまる気配がない。たいがいの泥田であっても一週間も経てば水は澄んでくるものだが、「観察池」の水はそうはならない。まさに、混沌のままである。
「時間」を追っての観察、今年も続けよう。
▼昨日の夜には、再びテレビで上田泰己氏をみた。彼は言った、時間にはふたつあると。
「何度も繰り返す時間」と「移り変わる時間」が…。生命の営みにおける「時間」、これが彼には見えているようだ。
番組をみていて思った。
「時間」こそが「等身大の科学」の謎を解く鍵である。
と。
 それは、「生命の営み」の領域だけでない。次なる「地球科学」の領域においても言えることだ。
構想を続ける。
【第1学年】
『火山と地震』
・火山活動と火成岩
・地震の伝わり方と地球内部の働き
『地層の重なりと過去の様子』
・地層の重なりと過去の様子

 なんと思考がすっきりしてくることだろう。「時間」を持ち込むことによって、今までもやもやしていたものの正体がわかったような気分になる。
 この単元においても、「時間」軸でみていくことはきわめて有効な科学の方法である。
これまでの実践はアウトラインだけを残している。
【大地の動きをさぐる】
においても、「大地の動きを「現在進行形」でとらえよう。」とサブタイトルをつけている。
やっぱり、時間軸を持ち込もうとしていたのだ。
この学習を魅力的にし、面白くしているのは「時間」である。
・あらゆる地形が大地の動きの歴史的産物である。
・石ころひとつにも、大地の動きの証人である。
・あの山は、あの川は…、あの坂道は…。それを等身大の「ふしぎ!?」で追いかけたら地球の歴史がみえてくる。
 いっぽうでこの学習の理解を難しくしているのも「時間」である。
大地は動いていると言っても、その時間スケールがちがう。
「何億年前は海で…」「数百万年前の火山活動は…」「…」
これだけでは、チンプンカンプンである。もっともである。
できるだけ等身大で思考できるもの持ち込みたい。
たとえば「AT(姶良火山灰)」である。テフラ時計を持ち込むのである。地層の「時間」が一挙に身近なものとなるのである。

 この「構想」を具現化する最後の機会だ。可能な限りの「記録」を残してみたい。
 


 

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中学校「理科」を構想する(11)

▼はやくも、新年度3日目である。
「忙しさで心を亡くすことなかれ!」
と自分につぶやいてみるが、容赦なく「時間」は過ぎていく。そう、この「時間」のことがすごく気になりだした。
ビデオに録っておいたNHK「プロフェショナル」で上田泰己さんを見た。
それこそ、この仕事の流儀に感動した。気に入ってしまった。彼は「プロフェショナルとは」の問いにつぎのように語っている。

『そうですね、時間のように、掴みようのないもの、見えないもの、形がないもの。そういったものに形を与える。そういう人だと思います。僕はそういう人になりたい。』

なんとも的確にものを言う人だ。さっそくTwitterのタイムラインにこの人を加えた。
いつかこの人にあってみたい。
▼「生命と時間」のこと考えながら、「構想」をつづける。
【第3学年】
『生物の成長と殖え方』
・細胞分裂と生物の成長
・生物の殖え方
『遺伝の規則性と遺伝子』
・遺伝の規則性と遺伝子(DNAを含む)
『生物と環境』
・自然界のつり合い
・自然環境の調査と環境保全(地球温暖化、外来種を含む)

私は、今ちょっと興奮気味である。持病の「ばっかり病」を発症しかけている。
等身大の「ふしぎ!?」を解くひとつの鍵をみつけた。
それは「時間」だ!!
「時間」を軸に考えていくと、生物の営みのすべてが理解できそうな予感がする。
細胞分裂、生殖、遺伝、進化…
「時間」だ!!このアタリマエこそが大発見に思えてきた。
▼これまでの歩み
【細胞と生殖】
を見直してみた。
やっぱり、そうだ 「時間」が大いなるヒントを与えてくれている。
今日一日、これはさらにどこまで深まるだろうか。

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中学校「理科」を構想する(10)

▼2010年度がスタートした。
地球が一回転するごとに、まわりの風景は変わっていく。
その風景の観察を続ける、
そしてそれをblogに綴り、
「地球の鼓動」をめざすTwitterでつぶやく。
続けよう。
継続が力になるまで…
▼「構想」を続ける。生物の領域である。
【第2学年】
『動物の体のつくりと働き』
・生命を維持する働き
・刺激と反応
『生物と細胞』
・生物と細胞
『動物の仲間』
・脊椎動物の仲間
・無脊椎動物の仲間
『生物の変遷と進化』
・生物の変遷と進化

 ここには、究極の「ふしぎ!?」がある。それは、自身のことと深く関係するからだろう。
一生の生命観は、この時期につくられるのだろうと思う。
それだけにだいじにしたい。
これまでをみてみる。

【動物の世界】

 「細胞」をどこで出すか。これは大きな課題であった。それがここに来たのはありがたいし、当然とも言える。
では、ここでどのように「動物」を、「自分の体」を捉えていくのか。
例によって思いつき、構想の断片ならべてみる。
・貫く究極の「ふしぎ!?」=「生命とは?」
・動物の「ふしぎ!?」を解く第一方程式は「食べる」
・食べなかったコウガイビルが教えてくれた「再生」
・「食べる」を追いかけたら、体のつくりも進化も見えてくる。
・個体維持と種族維持これが、生物の二大テーマである。
・飼育と観察 これを目的意識をもってやることの意義。
・具体物が授業を魅力的にする。 「各種頭骨」「解剖」 等 

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中学校「理科」を構想する(9)

Dscf6812▼新しい年度がはじまる。それは、私にとっては現役最後の一年のはじまりである。
どんな一年にしようか。いろいろ考えてしまう。
 昨日、休みに入ってやめていた早朝の校庭の散歩をした。定番コースの途中に気になっていたそれはあった。
誰のものかわからぬ「繭」である。これに変化があった、その繭のシェルター役をしていたクヌギの葉がすべて落ちてしまっていたのである。繭はまるはだかである。舞い戻ってきた寒風にゆれていた。
果たして、この後どう変化していくのだろう。
 どんな生命の営みのドラマが待ち受けているのだろう。私は知らない。
▼「生命の営み」がこれほど、面白いと思ったのは、実は自分が理科教師になってからだった。
生命の営みの豊かさ、すばらしさを生徒たちと一緒に学びながら、やっと最近もっとも本質的で、究極の「ふしぎ!?」に行き着いた。それは
「生命とは?」
の問いである。
これをこの領域の柱とする。そんな「構想」を描いてみたい。
まずは、この領域の概観をする
【第1学年】
『植物の体のつくりと働き』
・花のつくりと働き
・葉・茎・根のつくりと働き
『植物の仲間』
・種子植物の仲間
・種子をつくらない植物の仲間
『生物の観察』
・生物の観察

 自分自身の生物観の変遷をふりかえってみても、いちばん大きく変わってきたのはこの「植物」についてである。学生時代に、きっちりと「生物」の学習をしてこなかった私は、これを苦手であると思い込んでいた。
とりわけ植物についてはそうだった。「あまり、草花の名前も知らないし…」程度であったのである。
▼その認識が大きく変わったのは、やっぱり授業であった。授業で生徒たちに学びながら、先行する多くの実践に学びながら、植物が面白く見えてきた。
 そのころ特に面白い思ったのは、「つる植物」だった。根・茎・葉のはたらきをもっとも象徴していると思った。
その「生きざま」は動物以上にドラスティクだと思った。
そのころに、
授業テキスト『植物の世界』 
をつくった。
 そのあたりの構想への思いは今も続く。
 学習指導要領の改訂で、内容的にも、これらもやれる時間が確保できそうである。
単に、そこに回帰していくのでない。
 その後、自分が学んできたことを追加して、あらたな実践的検討をすすめてみたい。

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