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「時空を超えて学びあう」ことの可能性

Dscf6425▼私は、今朝の4時をすぎたので、このblogを書き始めている。これが、どうやらやっと私の日常の「習慣」として定着してきたようである。ふつうの日の、「おつとめ」になってきているのである。
内容は、シリーズのこともあるが、基本は日替わりメニューである。定番、長期計画はあるが、書き始めて変更することもしょっちゅうである。
今日は、実は「等身大の科学」シリーズを続けようと思っていた。
▼これを書き始める前に、今週に中村敏弘先生から送っていただいていた『まんさくの花通信120号』を読み始めていた。故高橋金三郎先生の「理科教育入門」が記載されいる。
 金三郎先生の文章を読んだときの感想は、いつも同じだ。
「この文章はほんとうに46年も前に書かれたものなのか!?」
「今の今書かれたもの」と言われても、私はまったく疑わないだろう。それぐらいそこで語られる提言の数々は今日的であり、リアルなのである。
▼これまでにも、一時期、通信を発行していたころ、通信に対してハガキにて何回か貴重なコメントをいただいたことがある。何回かお会いして、お話を直接聞いたことがある。でも、やっぱり私にとっては「遠い人」なんである。
高橋金三郎先生は。
でも、幸いなことに、私たちは金三郎先生が書かれたものを通して今も先生から学び続けることができる。ありがたい限りだ。けっして「過去」の話としてでなく、まったくのリアルな話として…。そんな意味で「近い人」なんである。
▼次のコトバは、【理科の部屋】への呼びかけに長く使い続けたことばである。

 (^o^)/ あなたもここで情報発信者に\(^o^)   
 情報は、発信されるところに集まる。
 あなたがノックされるところがドアです。
 時空を超えて響きあい・学びあい・高めあう世界を

Webの世界もどんどん進化していっている。私たちは、そんな意味ではすばらしい時代に生きている。高橋金三郎先生のような「遠い人」からも、「近い人」にして時空を超えて学ぶことができる。
 それにとどまらない。
 さらにWebを駆使すれば「学びあい、高めあう」ことも可能になってきているのでは…

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コメント

ごぶさたしています。
過日、子供の学校の卒業式に出席しました。
…来賓扱いなんで肩がこって。
子どもたちの卒業のお祝い、
親御さんたちへのお礼(PTAに協力くださった皆さん…)をお伝えするつもりが、
みなさんからねぎらいの言葉をいただいてました…何か違う気が(汗)

子どもたちは。
少し前に私がまいた、ハツカダイコンなどの発芽に見入っています。
思いのほか、開くふたばが大きいのに、私もびっくり。

PTA役員の引継ぎをやったら、
あとは読み聞かせボランティアぐらいでのんびりしたいです。
小学生の親のあいだは、ね。
(子どもが進学予定の中学では、来年度の役員がほとんどわが子の行ってる小学校出身の保護者らしいです。
3つの小学校の子が集まって、子供の学校が一番小さいんですけどねぇ。
聞いた私は戦々恐々…)

投稿: いっちゃん | 2010/03/20 15:23

いっちゃん
おはようございます。
春ですね!!
でも、すごい嵐のようですね。Twitter情報によると…。
子どもさんの卒業おめでとうございます。
いよいよ中学ですね。
春から、中学生の親としての活躍に期待しています。

親の立場として「科学」についていろいろ教えてください。楽しみにしております。
今日からしばらく中学校「理科」のことについて綴っていきます。

投稿: 楠田 純一 | 2010/03/21 06:44

時々、拝見させていただいています。これまでは大学、大学院生中心の教育に関わってきました。
 附属の高校生の課題研究と小学生の環境教育には多少は関わっていましたがこの4月からは中学生の教育にも関わるようになりそうです。
 参考にさせていただきます。

投稿: KUMA | 2010/03/21 07:08

KUMAさん こんにちは
参考にしていただけるなんて光栄です。
来年度は現場にいるのが、最後ですのでいっぱいいろなところから学んでいくつもりです。
KUMAさんところもお邪魔するかも知れません。そのときはよろしくお願いします。

投稿: 楠田 純一 | 2010/03/21 12:04

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