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【卒論】『科学技術とこれからの私』より(5)

Dscf6361▼確実にいろんなところに春は顔を出している。それを感じているのはどこなんなんだろう。そう判断しているのはどこなんだろう。そんな「ふしぎ!?」の不思議を考えながら、まわりの野山、空をながめていた。
野にあればは、一挙に目立ちはじめたホシノヒトミがあった。
ホシノヒトミには、どんな風景が映っているのだろう。
▼まだ、まだ続けて「卒論」を読む。
「等身大の科学」を鍵に読もうとする。
しかし、それはあくまで私の文脈での読みでしかない。読みながら、分析したり、統合したりを繰り返してみても、見えてくるのは、架空の文脈でしかない。
ひとりひとりの「卒論」が、書いた人間のなかで完結している。
その様からも大いに学びたいものである。

・小学生の頃、僕には一つの夢がありました。それは人工葉緑体を作ることです。もし、こんな装置があいれば、地球温暖化はくい止めることはできる!!と考えたのです。中学生になり、ある科学の本を読むと、この装置のしくみについて書いてありました。正直、はじめはすごく驚きました。そんな簡単に作れる物だと思っていなかったからです。もっと生活に密着したものだと、CD,SDカードなどです。僕はいつも「なぜこんな物に情報が処理されるのだろう?」と疑問を抱きます。…

・私は、最初電流とか電圧の実験があまり好きではありませんでした。ややこしいし、計算もあるしめんどうでした。…私も今では作業は好きではないけれど電流とか電圧の勉強は好きです。今はめんどくさいとか思わなくてなんでこうなるんだろう?とか だからこうなるんやって電気系に興味を持つようになりました。

それぞれの文脈のなかにそれなりの「科学技術」「科学」がある。

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