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中学校「理科」を構想する(3)

Dscf6510▼ここのところ、あまりもにいっぱい「こと」がありすぎて、なかなか処理しきれていない。力のない自分を感じてしまう。
 しかし、それをなげいても仕方ない。それよりも、いつも問われるのは「これから」と「私」である。
「未来と私は、変えることができる」のだから…
▼構想をつづけよう。
2つの準備物(これまでの私)を用意した。
もうひとつだけ用意しておいて、具体的構想に入っていく。
もうひとつの準備物とは、
(3) 新しい学習指導要領・理科編(平成20年9月)

である。これを視野にいれない構想はありえない。
これを常に意識しつつすすめていきたい。
さっそく、ここからはじめよう、新しい学習指導要領での中学校「理科」の「目標」を見てみる。

第1 目標  自然の事物・現象に進んでかかわり,目的意識をもって観察,実験などを行い,科学的に探究する能力の基礎と態度を育てるとともに自然の事物・現象についての理解を深め,科学的な見方や考え方を養う。

Twitterでつぶやけるぐらいの文字数である。
どこが新しいのかと聞かれても、私にはわからない。この妥当性を云々したり、くわしく解釈していこうというのが今の私の課題ではない。私の文脈なかで、これを視野にいれつつ確認しておく。
● 自然は最高の「教科書」!
● 子どもは最高の「指導書」!

▼「理科は自然科学を教える教科である」ずっとずっと前から言われてきたこと。
その「自然科学」を4つの分野(領域)で考えてみる。
「物理」「化学」「生物」「地学」
これらは、固定的ではない流動的である。分野分けがねらいではない、自然とはそんな単純なものではない、脳内が、そんな仕分けがしてあるわけではない。
 とりあえずの便宜上、こうしておこう。
そのなかで、私が今考える中学3年間で、身につけて欲しいことあげてみよう。

(1) 原子論的物質観の形成
(2) 持続的社会実現に向けたエネルギー観の形成
(3) 「生命とはなにか?」に対する自分なりの答えをみつける。その試み。
(4) 「私はどこにいるか」「私はどこからきたのか」の謎解き
(5) 21世紀を生きるための科学リテラシーの形成

なんか、次元のちがうことを同時に語ろうとしている。
まあ、いいかこれはあくまで、覚え書き、メモ書きだ。


まだまだつづけよう。今日は、時間切れ…。

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コメント

こんにちは
私は、学習指導要領にしたがうのがイヤでした。それが、教員にならなかった(なれなかった)理由です。でも、、指導要領は時々読むことはあります(珍しいらしいです)

で、いつも思うこと。

学習指導要領を書く人の国語力は、小学生以下である。

>第1 目標 自然の事物・現象に進んでかかわり,目的意識をもって観察,実験などを行い,科学的に探究する能力の基礎と態度を育てるとともに自然の事物・現象についての理解を深め,科学的な見方や考え方を養う。

悪文の典型です。だから、何がいいたいかわからない。わけるだけでよくなるけれど、意味が変わるかも。

自然の事物・現象に > ことさら「自然の」を強調するのがよくわからない。

科学が対象にする「自然」は、「切り取られた自然」である。また、科学はいわゆる自然に存在しないものも相手にする。たとえば、プルトニウムは、ほぼ自然に存在しないが、科学の対象である。

>科学的な見方や考え方を養う。

これは、とてもよいことである。自然科学のメソッドを学ぶのが目的ではない。「科学的な見方」の対象は、自然に限らない。政治もそうだし、人間が作るもの、自動車でも、道路でも、法律でも、世の中の事物全てがそうである。

自然は、変な予断をいってきたり、変な「思い」がない分、クールに対象にできる。理科で学ぶのは、理科だけでない。そう思うと、これはとても意義深い文章かもしれない。

投稿: 渡部義弥 | 2010/03/24 12:19

渡部さん コメントありがとう。
「理科は自然科学を教える教科だ。」

これをどうとらえるか、ですね。
「自然」観にも、不易と流行がありますね。

投稿: 楠田 純一 | 2010/03/25 21:07

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