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【卒論】『科学技術とこれからの私』より(2)

Dscf6258▼卒業式の前日の昨日、空は泣いていた。それだけではなかった、より北の山の斜面は、いつもならそこに「雲の発生実験」がおこなわれている場所だ。そこが、なんと白いのである。雲の白ではない、それはうごかない、はりついた薄化粧である。
 「えっ?」「雪!?」確かに寒いしかし、この季節に…。目を疑った。
いや、天気予報でもそれは言われていたから、そんなにビックリすることではないはず。でも、やっぱりビックリはビックリである。昼間、雨だと思っていたみぞれまじりとなった。さて、今日はどうだろう。
 今日はハレの日、特別の日だ。天気の方も「晴れ」を願うばかりである。
▼卒業生が教えてくれたものを学び続けてみよう。卒論『科学技術とこれからの私』である。
実は、このテーマを考えるときにずいぶんと迷った。
それは、「これから」の位置である。とても些細なこと、国語の文章の問題のように思える。しかし、それは私には大きな問題に思えた。
『これからの科学技術と私』と
『科学技術とこれからの私』
とではずいぶん意味がちがってくるように思えた。主体がどちらにあるのか問題だ。
前者では、科学技術礼賛、享受する「私」のシナリオに傾くような気がした。
後者なら、より科学技術を、これからの「私」に引きつけて考えられるように思った。少しオオバーに言えば、自らの生き方、くらし方にひきつけて「科学技術」をとらえられる。そう思ったのである。
だから、迷った末に後者を選んだ。
こちらの方が「等身大の科学」に近いという判断である。
▼ここで、今度はある小さな試みを自分に課した。それは、生徒たちの卒業論文を読みながら、平行して
■『寺田寅彦と現代~等身大の科学をもとめて~』(池内了著 みすず書房 2005.1.21)
を再読することである。
 昨年出会った本のダントツ ベストワンにあげた本だ。まだ、自分の文脈では読み切っていない。
生徒の卒論ととも、「これから」を教えてくれている。
これらを平行し読み続けると、きっと交叉するところがあるのではないか。
そこに、熊楠の言う「萃点」があるかも知れない。

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