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新・クラウド「整理学」試論(12)

Dscf6142▼朝の校庭の散策で、すごく目立ってきたものに、アメリカフウの実である。校庭の南側の坂道にある。6本の並木になっている。春には新緑が萌える季節を象徴し、秋には、紅葉が見事だ。そして今は、実である。まさに鈴掛のように、その膨大とも言える数の実がぶらさがる。たしか昨年いちど大幅に枝を切り落としたはずなのに、それをもろともせずに、たくさんの実が鈴なりにぶら下がっているのは圧巻である。実は、次なる時代につなぐ成果物である。
▼科学の歴史をつなぐ成果物にも興味がある。「ファラデー」からはじめて「サイエンスコミュニケーション」のこと考えていた。そのことに関連して、いつもながらの興味深いコメントを大阪市科学館の渡部さんがコメントしてくださった。それは、キャベンディッシュについてである。
 これは、まったくの偶然である。彼は、ちょうど200年前の今日、2月24日になくなっている。びっくりすぎるぐらいよくできた話だ。浅学な私は、「水素の発見者」ぐらいの認識しかなかった。
渡部さんのコメントで興味をもったので調べてみた。
▼あまり「コミュニケーション」に積極的な人物ではなかったようだ。
しかし、きわて偉大な研究者・科学者であるようだ。マクスウェルが没後約70年近く経って、彼の論文を「整理」していて、すでに「オームの法則」や「クーロンの法則を発見していたことが明らかにしたということである。
その後、彼の業績を記念して設立された「キャベンディッシュ研究所」は次から次へとノーベル賞受賞者を輩出している。この科学史は、私に何を教えてくれるだろう。
▼こんな特別のノーベル賞受賞者の「研究」の話では、ごくふつうのくらしのなかの「「ふしぎ!?」謎解きの「研究」の話だ。興味があるのは。
・「コミュニケーション」
・「記録」
・「整理」
・「研究」
 
これらのことだ。
 私たちは、これらの面で、きわめてめぐまれた時代に生きている。
今は、Web、blog、SNS、MLがあり、そして今また、Twitterがある。
▼年度末の季節になっている。「整理」の季節である。9年ほど前に私は「学年末の整理学」と題した拙文にまとめた。この歩みは、どこまで来たのだろう。
それを自問したくなってきた。

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コメント

科学にかぎらず、人間の営為にはコミュニケーションは欠かせません。というか、それがないと人間でない。

監獄でいちばんつらいのは、独房だそうです。ナチの収容所などでも、お互いを分断し、希望を失わせました。いま、話題の検察の取り調べも、同じです。きわめて非人間的なことをしていると聞いています。ナ

さておき、それを忘れている人が多すぎますね。学校関係でも、ときどきいろいろな教育実践を聞きますけれども、しょっちゅう独立に再発見をしている。そういうのを車輪の再発見というのですが、それがあたりまえ。科学のアカデミーの世界は、体系的にそれを排除するようにできています。そして、それにそってインターネットなども発達した。最初のインターネットWEBは、スイスの物理研究所CERNではじまったのはあまりにも有名な話です。キャベンディッシュの教訓かもしれませんが。

投稿: 渡部義弥 | 2010/02/24 06:45

渡部さん
応答遅くなりすみません。しばらくつなげなくなっただけで、痛感しました。今、Webのつながりなくしてもう考えられなくなってしまっている。
科学にコミュニケーションは大前提!!

投稿: 楠田 純一 | 2010/02/26 21:13

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