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【授業】【地球と宇宙】を学習して(2)

Dscf5633▼昨日、朝から晩までTwitter的一日であった。まずは自分の足もとから続けよう「大賀ハス植え替え44週目」であった。特に大きな変化をみることはない。水面にどこかあたたかさを感じたりするぐらいだ。
 Twitter的のはじまりは、ecochemさんところのサイエンスカフェ『ツイッターとネット中継が社会を変える!』 にオンラインで参加させてもらった。「tsudaる」「ダダ漏れ」などを体験した。確かに、リアルタイムは面白いモノだ!!
Dscf5666▼Twitter的では、もうひとつあるそれは、夜の満月だ。元旦月食から、またしても満月、それは今年最大の大きさであるという。元旦と同じようにTwitterで追いかけてみることにした。RTの可能性の追実験、ハッシュタグの威力の体感である。それは実に面白かった。
それは、どこか授業の面白さに通ずるものがあると思った。
▼その授業を語ることを続けよう。感想文から、ふたつのことをピックアップしていた。そのふたつ目

●「宇宙」の「ふしぎ!?」をもっともっと知りたい。

わからないからこそ興味をもつ、知りたくなってくる。
学びの源泉はそこにある。少し、生徒のことばをピックアップする。

・太陽は普通に見ててもけっこう大きいけど実物は想像できんぐらい大きいのでビックリしました。星は小さいものだと思っていたけど実際は何万光年と離れていて遠すぎるから小さく見えるというのを学んだのもビックリでした。宇宙はまだ未知だらけなのでちょっと興味が出てきました。
・宇宙はどこまで続いているんだろうと思います。すごく不思議でこの勉強は楽しかったです。
・僕たちが幼い頃から、不思議に思っている宇宙の勉強をするとますます疑問の種がまかれました。この勉強が2分野のなかで一番面白かったです。僕は化学や物理の方が好きですが、宇宙のことは、これからも研究し続けたいです。特に宇宙誕生や、宇宙の果てがすごく気になります。
・オリオン座のひとつが大爆発してブラックホールになるというのにびっくりしたし、ブラックホールに吸い込まれたらどこにいくかがしりたいなぁと思った。僕はブラックホールにすいこまれると宇宙の外側いけんるんじゃないかと思いました。
・この学習を通して色々なことに興味を持ちました。地球から宇宙に行くことはとても大変だと思うけど、死ぬまでには一回ぐらいは行きたいと思いました。
・宇宙の学習を通して思ったことは、宇宙を知ることは命を知ることにつながっているということです。
・宇宙についてわかっていないことが多いので調べてみたいと思います。
・宇宙のことは、ぜんぜんわからなくてふしぎがいっぱいだけど、勉強していろんなことしったきでいたけどやっぱりぜんぜんわかっていなかってなかったのでいろいろしりたいとおもった。
・太陽の大きさとか宇宙のスケールのでかさまずおどろきました。これからも、もっとうちゅうについてくわしく知りたいです。
・宇宙というのは本当に神秘的だと思った。多くの星や惑星、流星群や銀河など知れば知るほど興味が出てきます。
・この学習で宇宙は「ビッグバン」という大爆発から生まれ、今まで約150億年のも時間をかけて膨張し、今も膨張しているということに、とても不思議だなと思いました。「ビッグバン」が起こる前は何もなかったということなので、”何もない”というのはどういうことなのだと思いました。また、膨張し続けている宇宙はいつまで膨張し続けて、どこまで大きくなるのかなと思いました。これからさらに宇宙について分かっていくと思うので、注目していきたいと思います。
・まだ、宇宙は発明していないことばかりのなぞだらけで、不思議なことばかりです。一番私が興味深いことは宇宙人がいるかどうかです。もしいるのなら、生きているうちに一回はその顔をおがみたいです。
・宇宙とは、とても広大で謎が多い存在だということを改めて学びました。地球外生命体が発見されるかも知れないのでドキドキしました。
・ぼくはこの地球と宇宙の単元をやって広くかんじる地球も宇宙や銀河からみるととても小さいものなんだなぁと思いました。この単元で一番印象にのこっているのは太陽系についてやったところです。いつも見ている太陽が何百倍も大きく、地球へのえいきょうが大きいことにびっくりしました。
・僕がこの単元を勉強していく上で、一つ思ったことは、地球にしても宇宙にしても、まだまだ分かっていないことがたくさんあるんだなぁということです。僕はもっと自分が知らないこと知ってみたいと、とても思いました。
・…

同感!!の連続 いっぱいです。

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【授業】【地球と宇宙】を学習して(1)

Dscf5630▼空を見上げて「雲見」をする。一日のうちに何回もそれをやる。それがいつしか習慣となる、「くらし」の一部となっていく。雲のない空の雲見も面白い。その向こうにある「宇宙」が見えてくるような気がするから…。
▼その【地球と宇宙】の学習を終えた。
「この学習を終えて」と題して、感想文を書いてもらった。いつも単元の終わりに書いてもらう感想文の課題を出すときはどきどきする。授業の判定をしてもらうみたいなものだから…。
 今回もいろんなことを書いてくれた。そこから大いに学ばせてもらう。次の授業づくりのヒントもいっぱい含まれている。
▼それらを読みながら、共通するおおきくはふたつのことが書いてあるなと思った。

●星空を楽しむようになった。
●「宇宙」の「ふしぎ!?」をもっともっと知りたい。

・宇宙について勉強することが楽しかったです。勉強するようになってから空をたくさん見るようになりました。どれが何座なのか探すのが楽しくていつも長い間見ています。…
・星座は、夜に散歩に行ったときに見るのがすきになりました。
・星の夜空を眺めたときは感動しました。星はとてもきれいでおどろきました。普段見ているはずだけどじっくり見てみるととてもきれいだったのでとてもびっくりしました。
・僕がこの単元で一番印象に残ったのは冬休みに自分でオリオン座や月食の観測ができたことです。普段星をみることはあまりなかったけれど、今回この単元をしてたくさん見ることができた。
・この勉強をしてからは常に、空を見上げることがおおくなりました。
・僕がいちばん印象に残っているのは「月」です。望遠鏡で月を見たとき月がとてもきれいでした。月はいつも見ているからとおもっていたけど、あらためてみるとびっくりするぐらいきれいでした。
・星にも寿命があることを聞いて一番驚きました。このこと聞いてから夜に星を見るように心がけています。
・夜に普通に見てた星も、今だったらあれがオリオン座かと、星座がわかり、夜空を見るのが楽しくなりました。
・星は今まで見ようとおもわなかったけど冬休みに初めてじっくりと見ておもしろかった。
・この単元を勉強してときどきですけど空を見るようになりました。

<つづく>                                       

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【授業】【自然と人間】を構想する。

Dscf5599▼日常がもどってきた昨日も、「雲見」をした。やっぱりそうだった。氷ノ山の空の「雲見」も、こちらの「雲見」も同じだ。同じ空だ、特別な「空」なんてない。見る側が特別だと思っているだけ、それでも地球は回転し、大気は動く、わずかな上下運動は雲をつくる。動いているの地球だけでなかった。月はいつのまにやら大きく大きくなっていた。
▼授業の方は、二分野最終の【自然と人間】の単元が近づいてきていた。
数時間の授業の構想を、教科書のページをめくりながら考えてみた。「宇宙」から見た「地球」の学習再びである。
・生物にとっての「環境」とは
・食物連鎖
・生産者・消費者
・食物連鎖の数量的関係
・自然界のピラミッド
・土壌動物
・分解者
・自然界の炭素・酸素、窒素の循環
・人間と環境
・自然環境における人間とは
・自然環境の中で人間のあるべきすがたとは
・持続可能な社会

そして「自然と人間のかかわり」へとつづく。
▼項目だけをピックアップしてみるだけでも、その課題の多さに圧倒されてしまう。このひとつひとつを詳細に展開していては、いつまでも「卒業」できなくなってしまう。
いくつかに的を絞り展開する必要がありそうだ。
ねらいとするところは、これまでバラバラに学習してきたことをつないで、総合的に見ていこうというのである。
このときの要点は何だろう。
▼【自然と人間】と言うときの
○ 「自然」とは…今自分がくらしている地域の「自然」であり、山はその学校の裏山であり、川とは家の側を流れる「川」のことである。教科書にのっている別の場所の「自然」ではないのである。
○ 「人間」とは…自分のことである。今、そして未来の「自分」のことである。
これが、いちばん大切にしたいこと。

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新・クラウド「整理学」試論(11)

▼久しぶりに自宅でむかえる朝は、雨である。そこにあるのは、星ではなく、地上の雲と雨だ。刻々と大気は運動を繰り返している。そこに、法則があり知っているとは言っても、ほんのわずかな一部にすぎない。
大気の運動にかぎらず、「これから」は、まだまだ「カオス」のままだ。
▼ここのところ、すき間時間を利用して、Twitter的を考えることができたので、その軌跡を残しておこうと思う。
私のTwitter本第5弾を読んだ。
Twitter歴は、今日で127日になる。今のところの私の課題は
「Twitter的とは?」なにをどうすることなのかである。
第5弾の「Twitter使いこなし術~パワーユーザー100人の「技」を公開~」(根岸智幸著 アスキー新書2010.1.12)には、その課題の解答のいくつかがでていた。
▼Twitterに出会って、フォロワーやフォローする人が増えてきてタイムラインがにぎやかになってくるにしたがい、やっぱりそうだなと強く感じてきていることがある。
 それは、
 「Twitterとはパソコン通信回帰だ!!」
ということ。私には、「インターネット的」というより「パソ通的」という方がピッタリとくるのである。
この雰囲気、感触がそうなのである。
もはや死語にもなっている。パソコン通信、その根っこにあったのはヒューマンネットワークである。
▼私のパソコン通信歴は、20年前にさかのぼる、当時パソコンは大の苦手であった私に、いちばん違和感なくデジタルの可能性を教えてくれたのが、パソ通であった。
私は、なにかに取り憑かれたように夢中になった。面白いが、技術的に苦手意識があった私には、なかなかうまくつなげていくことができなかった。
 そんな私が出会った画期的ソフトがある。
AirCraftである。自動巡回ソフトである。これを導入することによって、私のパソコン通信の世界は飛躍的に進化した。私は、技術的なことは後回しにして、本来の目的であるヒューマンネットワークを存分に楽しむことができたのである。
▼だから、Twitter的の先達たちが、こぞって
●「クライアントソフト」の活用のすすめ
を語るのは、ひじょうによくわかる。この本の著者も、ここに多くのページをさいているのも納得できる。
そのひとつをとっただけでも
私には、まだまだ追いつけていないところだらけだが、この本はこれまで読んだTwitter本のなかでも「マニュアル本」としてはピカイチである。
▼Twitter的と関連して、『ネットがあれば履歴書はいらない』(佐々木俊尚著 宝島新書 2010.1.23)も読んでみた。
 私には、Twitter的の今日的事情に読めた。
次に留守の間に、あの村井さんの待望の近著『インターネット新世代』(村井純著 岩波新書 2010.1.20)が届いていた。あの『インターネット』(同著 岩波新書)から15年、村井さんは「今」をどう書いているのだろう。読むのが楽しみである。
あせってみてもしかたない。
私のペースで、ゆっくりとゆっくりと「Twitter的とは」を追いかけてみよう。

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氷ノ山の空で雲の展覧会!!

Dscf5396_3▼今朝の鉢伏は、すばらしく晴れていた。日が昇るときは、雲ひとつない青空で
あった。青空に向けた非接触温度計形は、ついには「-30℃」に達していた、驚きである。
 ゲレンデの銀世界、その上にひろがる透明な「青空」!!
これぞ「青空」!!という空である。どこまで青空で「宇宙」までとどきそうだ!!
Dscf5486_2▼その青空の下に、県下最高峰の氷ノ山(1510m)がそびえている。雪の氷ノ山の姿をこんなにくっきりと見るのははじめてかも知れない。さすが、最高峰!!
 持参していた双眼鏡で、その姿を楽しんでいる間に、この青空のキャンバスに白い筆でいろんなかたちの「巻雲」が書き込まれる。
Dscf5544_2


▼しばし、最高峰の空の雲見を楽しませてもらった。いろんな雲を見ているあいだ、ふっとあの『雲見のうた』(雲家族10のうた)を思いだしていた。

ケンケン三兄弟に(巻雲 巻層雲 巻積雲)
コウコウ姉妹 (高層雲 高積雲)
ソウセキ(層積雲) はなれても りっぱに ソウ! セキ! (層雲 積雲)
雨 雨 ふれ ふれ ラン!ラン! (乱層雲 積乱雲) 

Dscf5546_2ほんとにきれいだ!!きれいなだけでない「ふしぎ!?」だ。
一瞬として同じではない、次々と姿を変えていく。
それは、もう最高峰の空で雲の展覧会が開かれているようであった。

Dscf5569


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「宇宙」から「自然と人間」へ

▼昨日から「雪の世界」にいる。例の非接触温度計を、雪面に向けてみる。結構温度は高い値を表示する。「2~4℃」を示す。予想外は、雪雲に向けてみる。ほぼ同じような温度をしめす。マイナスにはならない。
少し雪雲をはずして、青空に向けてみる。一挙にマイナスの値になる。
雪雲と積もった雪面、この間が「雪の世界」なんだろう。
▼「雪は天からの手紙」と言ったのは中谷宇吉郎であった。世界ではじめて人工雪をつくった科学者である。
さすがである。うまく言ったものである。
「雪の世界」の向こう側に「宇宙」がある。
【地球と宇宙】では、「宇宙」から「地球」をみることが、究極のねらいであることがわかってきた。
では、この「地球」の「雪の世界」はどう見えるのだろう。
▼次は「自然と人間」だ。
しばし、この「雪の世界」のなかにいて、
・自然とは
・自然と人間の「くらし」
・地球上の生命  等々考えてみよう。

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【Web更新1/24】10-04【地球と宇宙】等

Dscf5203
 色なくし なおアジサイや 見事なり
  10/01/20 (水)撮影@安富

■楠田 純一の【理科の部屋】10-04
週末定例更新のお知らせ
 今年になっての4回目の定例更新となる。今年なって週末が、とても忙しい。「くらし」のなかでやらなければならないことが、増えたからである。そんなこといくらなげいてもはじまらない。それよりも、それをも取り込みふくらませ、豊かにとらえるそんな「したたかさ」が必要なのかも…。
 すき間時間には、Twitterがやっぱりいいな!!

◆表紙画像集2010 校庭の樹木シリーズ アジサイ
 「科句」(サイエンク #scienku)を提案していながら、自分でも使わないと忘れてしまいそうなので使う。
「自然を豊かにとらえる」営みのひとつとして…。季語は俳句の命である。
 「歳時記は日本人の感覚のインデックス(索引)である」
は寺田寅彦のことば。みごとに言ったものだ。
歳時記では「アジサイ」は、初夏のものであろうか。アタリマエである。
このアタリマエに挑戦しようというのが、サイエン句である。生命の営みにシーズンオフはないのである。
視点を少しだけ変えてみると、あらたな生き生きとした切り口がみえてくるのである。
グランドの南の坂道にあるアジサイは、色をなくしても、みごとな「アジサイ」であった。

◆【地球と宇宙】更新
 ついに見えてきた。この学習の究極のねらいが、この単元が終わってしまってからである。いや、終わったからみえてきたのかもしれない。
 宇宙から「地球」をみること、「地球上の生命の営み」をみること、それがねらいだとしたら、この後の単元【人間と自然】ともみごとにつながる。納得である。

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宇宙から「地球」を見ることこそが…!!

Dscf5222▼昨日は、大賀ハス植え替え43週目であった。いつも朝方に向けていたデジカメを、お昼過ぎに向けてみた。天気は冬にもどっているといいながらも、どこか春近しを感じさせる。「観察池」の水は少なくなってきている。水はもちろん補給したりしていない。自然のそのままである。見上げた空に上弦の月があった。
Dscf5228▼週末ということで、気持ちのうえ少し余裕をもって授業【地球と宇宙】を見ることができた。実質的には、この学習は終えている。途中になってしまった『Webで「宇宙」を観る』授業をもう1時間とって、終わりにしたいと思っている。私は、ここへきて、「今さら」であるが、この授業の真のねらいに気づきつつあった。
▼私は、この単元の究極の「ふしぎ!?」は「どこにいるのか」「どこから来たのか」にあると思ってやってきた。
それが究極であると思っていた。
この二つの「ふしぎ!?」究明の真のねらいはなにか。それこそが、この学習の真のねらいだ。
それは、
宇宙から「地球」を見ること!!

▼かつて400年前、ガリレオは望遠鏡を使って、未知なる宇宙の「ふしぎ!?」を解き明かしていった。そして、地球中心の宇宙像を、太陽中心の宇宙像を説いた。大胆な仮説と執拗で詳細な観察を繰り返して…。そこにかくして「科学」は誕生した。
 まさに宇宙像にコペルニックス転回が起こったのである。
▼21世紀の今、「地球と宇宙」の学習にも、このコペルニックス的転回が必要である。
 気の遠くなるような、まさに「天文学的」数値、複雑な数式を扱いながら、いつしか「宇宙」を等身大の科学から遠ざけてしまうのでなく、視点をかえてみよう。
 地球からみた「宇宙」の学習でなく、宇宙から「地球」の学習にしよう。

▼そう思ったとき、偶然にもこのシナリオにピッタリの「科学読み物」に出会っていた。
名著とは、聞いていた。しかし、読んだことがなかった。ずっと読みたいと思っていたので、この学習をはじめたときになんとか手に入れていた。その本(「科学読み物」)とは

◆『お父さんが話してくれた 宇宙の歴史 全4巻』(文:池内了 絵:小野かおる 岩波書店 1992)
 ・第一巻「ビッグバン」
 ・第二巻「銀河のたんじょう」
 ・第三巻「生きている地球」
 ・第四巻「生命のひろがり」

である。
これが、今の私にはピッタリだった。
「ビッグバン」にはじまる「宇宙の歴史」のシナリオは「銀河の誕生」「星の一生」へとすすみ、そして「地球の歴史」「生命の歴史」へとつながっていく。見事である!!
 最初の究極の「ふしぎ!?」にも、きっちりと応えるものになっている。
【地球と宇宙】の学習の意義、究極のねらいが見事にシナリオになっている。
このシナリオを授業化できないものだろうか。
あらたな夢が芽生えてきた。

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【授業】「ブラックホール」への興味とは

▼昨夜の帰宅は夜遅くになった、西の空に沈む月は、いつの間にやら「お椀」のようになっていた。
そうだ!!間違いなく、月も位置を変えて行っている。
「月日が経つ!!」
とは、なんと見事な表現だ!!。
誰が、言い出したのだ。天体の運動が、いつしか「時間」の概念を生み出している。
▼授業の方では、もうひとつのクラスも「Webで「宇宙」を観る」授業に入った。ちょっと予定していた時間よりも短かかった。三つの課題に向かっていた。
いつしか静寂!!
 まだ途中である。
しかし、二つのクラス共通してやりだしたことがいくつかある。
▼その一つに、【課題1】で、自分でもっと詳しく知りたいことあげて、それを調べていくところで、多くの生徒が
「ブラックホール」について調べ始めたのだ。ダントツに多いのだ。
・「ベテルギウス爆発兆候」の新聞記事に出てきていた。
・「星の一生」で、重たい星の最期として触れた。
授業では、それぐらいであろうか。
生徒たちの「文化」のなかで、際だったものとしてなにかがあるのだろうか。
それを私は知らない。
▼そう言えば、『星空散歩』(兵庫県立西はりま天文台・編 神戸新聞総合出版センター1999.4)にも書いてたあった。天文台に寄せられる質問のベスト3として
●「宇宙のはてはどうなっているのだろう」
●「ブラックホールって何だろう」
●「宇宙人っているのだろうか」

があると「はじめに」(前記著p20)に書いてあった。
ここにも「ブラックホール」があがっている。
10年前の生徒も、今の生徒も同じなんだろう。
「ブラックホール」への興味の意味するところはなんなのだろう。
人はなぜ「ブラックホール」に興味をもつのだろう。
私は、急に、そのこと自体に興味が湧いてきた。
・有限性の不安!?
・怖いモノ見たさの 好奇心!?
・等身大の科学からの飛躍!?
・・・
私にはわからない。でも興味はつづく。

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【授業】Webで「宇宙」を観る。

▼せいぜい10㎞までぐらいのうすいうすい大気。その大気のエネルギー循環がひきおこすドラスティクな「大気の物理学」=天気の変化は面白い。アタリマエにするには面白すぎる。同時に切実であり深刻である。
そのなかに「くらし」があるのだから…。
 ここのところ気温は、異常なほどあたたかい。春を通り越して初夏のきざしすら、でもその変則は、ながくは続かない。ふたたび、冬へともどる。
▼授業は、宇宙究極の「ふしぎ!?」を追って、Webで「宇宙」を観ることにした。
その前に、課題を書いたプリントをつくった。

【課題1】これまで「地球と宇宙」で学習してきたなかで、もっと詳しく知りたいこと、あるいはこれまでに「ふしぎ!?」と思っていたことをWebで調べてみよう。 (項目の例として「日食」「星の一生」「ブラックホール」などいくつかをあげておいた。)

【課題2】あなたが、小学生に「宇宙ってどんなとこ」と聞かれたらどう答えますか。絵や言葉で説明してみよう。
Webで観る「宇宙」も参考にしながら…。

【課題3】あなたの「お薦めWebベスト3」をあげてみよう。

▼それこそ、一年前の【天気の変化】の学習の最後にやった。Webを使っての学習がとてもおもしろかったので、今回もそれをやってみた。
 ずいぶんと、生徒たちのWeb検索の技術も向上してきているようだ。
 またたくまに、いろんなページに到着してのぞいているようだ。

ここだけはのぞいておきたい あなたのお薦めは?

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【授業】究極の「ふしぎ!?」へ

Dscf5207▼異常とも思えるぐらいあたたかい大寒の昨日。空は、今年になってはじめてというぐらいの雲が空にあった。夕方になるとついに「あたたかい雨」がふりだした。今朝起きてみて、外に出てみてもその雨は、しょぼしょぼと降り続いていた。そのなか、非接触温度計を空にむけてみる、なんと「10.2℃」を示した。それは、あたたかい雨粒からの赤外線をキャッチしたのだろうか。
▼一方、授業の方である。私のポンコツ頭では、処理しかねる世界に入ってきた。
「星の一生」の後は、「我が銀河系」の話である。
さらには、最終章「宇宙とは」である。
ここにきて、やっとというか、ついにというか。
この単元の「ふりだし」にもどる。
▼その「ふりだし」とは、天文学の究極の「ふしぎ!?」ふたつである。
私たちは
「どこにいるのか?」
「どこからきたのか?」
これは、ちょっと大げさに言えば、「宇宙観」「宇宙論」である。
誰もが、意識するしないに必ずもっているもの。
それが、今問われてきているのである。
▼生徒たちの頭のなかの、「宇宙観」「宇宙論」は少し変わったのだろうか。それが知りたい。
私のそれは、大きくかわってきている。
それは、まだまとまった言葉にできない。具体的な事実の断片。
・まちがいなく空を見上げる時間は増えてきた。
・いつも天体(太陽・月・星)の運動を意識しだした。とりわけ月。
・「方角」が気になりだした。
・「くらし」の環境としての「宇宙」という意識がうまれつつある。
・「宇宙」(環境)と人間、そこにコペルニックス的転回がおこりつつあるのかも…。

このあと、Webのちからを借りるつもりである。

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【授業】星の一生

▼今日は大寒だ。それしては、比較的あたたかい。例によって朝の空に非接触温度計を向けてみる。
何カ所かやってみるが、-がついていない。「+2.2℃」ぐらいである。そう、雲が覆っているのである。だから、これが熱が逃げるのを防いでいるのだろう。
 何度も、何度もこんなことをくりかえしながら、地球は自ら回転し、そして太陽の回りを回転する。そうして年月がすぎていく。今日は、私の誕生日である。
▼私に誕生日があり、「私の一生」があるように、星にも「星の一生」があるという。
それを授業でやった。
星にも一生がある。誕生と死がある。
その事実をはじめて知ったのはいつだったろうか。
もうずいぶんと以前のことのように思うが、忘れてしまっている。
ただ、いたく感動したのを覚えている。
▼その感動はどこからやってきたの来たのだろう。
そのときの「ふしぎ!?」はどこにあったのだろう。
それを記憶の回路のなかをさがすがみつけることができない。
いつのまにかアタリマエになってしまっている。
はじめの「ふしぎ!?」をみつけたら、授業にももってくるのに…。
▼みつからぬまま、「定番」どおりはじめる。
・オリオン座星雲
・すばる(「プレアデス散開星団」)
・そして「ベテルギウス爆発兆候」の新聞記事
等々を並べていく。


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【授業】星はみんな太陽だ!!

▼今朝も朝起きると同時に外に出てみた。空見あげた、昨夜眠る前にあった雲はなくなっていた。きれいな星空である、久しぶりに非接触温度計を空に向けてみる-21℃を示す。地上で比較的あたたく感じたのもまんざらではなさそうだ。しかし、考えてみると私たちのからだはうまく自然を感じとるようにできているものだ。それは、自然のなかで、生命を維持するために時間をかけて作り上げられたレセプターの集合体である。
 そのレセプターの集合体が、ほんの少しずつだが、「宇宙」を感じるようになってきた。
▼授業「恒星の世界」は、週がかわって、しきり直しをすることにした。
最初に、金曜日の「欠けたまま沈む太陽(部分日食)」の新聞記事をプリントして資料としてくばった。
元旦の満月…月食
1/15新月…日食
このリアルな事実、教科書より教科書的
自然は最高の教科書!!
を力説し、「自然の観察」のすすめをした。
「今日の勉強も今晩の星空に書いてある」と。
▼一等星は全天で21個あるという、そして日本の空からみることのできない5個を引く、そうすると16個である。
冬の夜空には8個の一等星がみられるという。なんと半分だ。
そこで、冬休みの課題「冬の夜空を観察しよう」を利用しようと思う。
シリウス、オンリオン座、すばるも、教科書の写真・図の星ではなく、夜空にみえた「あの星」なのである。
▼そこで仕切り直しの授業は
星はみんな太陽だ!!
から入った。シリウスもベテギウスもリゲルも…、みんなみんな
夜空に見える星は、みんなみんな「太陽」なんだ。
「太陽」ならば、この単元のはじめにその正体のいくらかは勉強した。ガスのかたまりであること、膨大なエネルギーの放出、表面温度、プロミネンス、コロナ等々。
そう考えると、「恒星の世界」がスムーズ描けた。
▼夜空に輝く星々は「太陽」なんだが、それはあまりに遠くにある「太陽」である。
どれだけ遠くにあるのか。
そこて゛「光年」だ。
近くの「太陽」シリウスでも、8.6光年!!
なんだ、その距離は…問題のベテルギウスは新聞記事には600光年!!と書いている。
まだまだ、三つ星は1300光年、1500光年と書いてある。
気の遠くなるような遠さだ。同じ「太陽」でも、遠さによって明るさ・輝きがちがう。
なっとくできる話だ。シリウスがいちばん明るいのも納得ができる。
▼「距離」「明るさ(等級)」をこれですすめて、そして「星の色」だ。
これも、渡部さんのアドバイスにもあり、もう一度あらためて聞いてみた。
「そもそも星って、何色している!?」
何を今さらの顔だ。沈黙している、強引に指名して聞いてみた。
「白色?」
この答えに、私は納得した。
闇の空にキラキラと輝く星、その輝きをレセプターは「白」と感じる。うなずく!!

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【Web更新1/17】10-03【地球と宇宙】など

Dscf5141
凍てつく宙 地上の生命 ぶらさがり
10/01/15 (金)撮影@安富

■楠田 純一の【理科の部屋】10-03
週末定例更新のお知らせ
 はやくも一週間が過ぎてしまった。できていなことがいっぱい山積みになっていく。しかし、それをなげくのはもうやめよう。「時間」を遡行するなんていうことは誰にもできないことなんだから。
いつもあるのは「これから」しかない。
 週一回のこのWeb更新を書きながらすることは、ただひとつ。
「これからの」一週間を展望すること。

◆表紙画像集2010 校庭の樹木シリーズ アメリカフウ
 授業のことがあるからだろうか、散歩のときも空を見上げることが多い。校庭の南端にあるアメリカフウの実が、たわわに(こんな表現いいのかな)なっている。「スズカケ」の道になっている。いや、「ぶら下がっている」という方がそのさまを表しているように思う。その実は、地上の
未来の生命を代表しているようにも見える。
大地から背伸びして、宇宙(そら)にぶらさがっているように見えた。

◆【地球と宇宙】更新 
 ここの授業も最終章に入っている。
 しかし、この単元の最初に設定した。
究極の「ふしぎ!?」
・我々はどこにいるのか?
・我々はどこからきたのか?

 にせまるのはここからであるという気もしてくる。これを短時間に「物語」として語るには、正直に言って私は力不足・勉強不足である。残る最後の手は、ただひとつ
「一緒に勉強しながら楽しんでしまう」
これしかない。

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あれから15年。そして…

Dscf5162▼昨日で大賀ハス植え替えから41週目であった。我が「大賀ハス観察池」は凍てつき、うっすら白いモノがあった。植え替えから、年を越しても「観察」つづけている。いっそのこと次の植え替えまでつづけてみようか。と思いだしている。長い間の観察といっても、地球は太陽のまわりをまだ一回転もしてきていない。
▼「あれ」からだと、地球は太陽のまわりをちょうど15回転してきた。まもなくあの時間になろうとしている。
15年前のあのときにもどってみる。
15年前のあの朝も、今と同じようにパソコンに向かっていた。
すでに【理科の部屋】はスタートしていた。
そこに居た。
しばし、何が起こったのか。理科の教師でありながら、よく理解していなかった。恥ずかしい話だ。
恥ずかしいだけでない。なんとも申し訳ない気分にもなった。
▼しばらく時間がたって、メディアが情報が流れてくる従って何が起こったか。今、何をすべきなのかがわかりだした。何日かたつあいだに「この哀しみ超えて」自分にだされいる宿題を意識するようになった。
●理科教師として、何をなすべきか。
いくつかの具体的なことも考えた。
その宿題のどれだけが、15年たった今できただろうか。
と言って「反省」してもはじまらない。
それでも地球は回転するのだから。それも15年前に学んだこと。
▼「これから」のために、このときからの宿題にふれておく。
あの日から数ヶ月後、【理科の部屋】では、『変動する日本列島』(藤田和夫著 岩波新書)をテキストにオンライン学習会をはじめた。半年つづけた。(95.4~95.10)
 そのなかで、あらためて私は学んだ。
「地震は自然の営みのアタリマエとしおこる。あの山も海も大地も、そのアタリマエの結果としてある。」
「科学は「くらし」とつながっていなければ意味がない」
ならば、理科教師としてなすべきことはなにか。
この自然の営みのアタリマエを「科学」として、授業で扱い教えること。
道半ばである。しかし、方向に大きくまちがいはないはず、歩みはとめないでおこう。
▼もうひとつ私は、15年前に学んだことがある。それは
●ヒューマンネットワークのすばらしさ!!
である。
そのときは、「パソコン通信」だった。ライフライン・メディアが寸断されるなかで、人々がヒューマンネットワークでつながっていくのを私は、確かに見た!!
 この年を日本のインターネット元年・ボランティア元年と言われるのももっともである。
その後、時代は、世界はインターネット的になっていった。
そして、今はTwitter的であると思っている。
ハイチの地震情報を私は、最初に「地球の鼓動」をめざすTwitterのTLで知った。
Twitter的とは?
これが、あれから15年。今の宿題なのかも知れない。

まもなく、あの時間だ。   合掌。 

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「地球」をtsudaるが今、面白い!!

▼朝起きて、半日のタイムラグがあるが、昨日の「部分日食」をTwitterのタイムラインに流れた情報をもとに追いかけてみた。
 いや、実に面白い。残念ながら、自分の住んでいるところからは生で見ることができなかったが、こうしてリアルタイムな情報をみせてもらっていると、観察の「おすそ分け」をいただいて、その感動の何分の1かもわけてもらっている気分になる。
元旦「月食」の感動が蘇ってくる。あれから月は地球のまわりを半周した。
満月のとき「月食」が、新月とき「日食」が…。
まるで教科書通りではないか。
やっぱり
自然は最高の教科書!!
▼それにしても、Twitterは面白いツールだ。
Twitterは「地球の鼓動」をめざすという。地球でおこることをリアルタイムに「情報」として流す。
その「情報」はつながることよってさらに「価値」ある情報に進化していく。
『Twitter社会論』の津田大介さんは、「tsudaる」の先駆者だ。
研究会や会議に出席し、オンラインで情報発信をする。それが私は「tsudaる」ことだと理解している。
突飛なことかも知れないが、考えてみると、
 私はたちは宇宙のなかの「地球」にいつも参加」しているのではないか。
地球上でおこること観察して、みんながもっとtsudaることはじめると面白いことがおこりそうだ。
 そんな気がしてきた。
▼授業の方は、行事その他の関係で、新聞記事をくばり、
あらためて「恒星とは」を話ししただけなってしまった。
「恒星は、みんな太陽の仲間、太陽にくらべてうんと遠くにあるから、あんなに小さく見える」
「うんと遠くとは…」
ここから、距離の話に入った。そこでチャイムだ。つづきは来週に…。
▼授業が終わって、すぐに前に質問くる生徒がいた。
さっそく記事を読んだのだろう。
「ブラックホールって見えるン?」
「それは、これから…」とだけ答えた。私は、週末の宿題をもらってしまった。

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【授業】星の色って何色!?

Dscf5127▼今日は小正月。あれから月は地球のまわりを半周してきた。そして新月だ。まちがいなく「宇宙」は時間を刻んで進んでいく。「くらし」も同調しようとして、すすむ。
 昨日は夕方、「とんど」をやった。当番にあたっている関係で帰宅するとすぐ、その場所に出かけていった。準備は4日からしてあった。正月の飾り物を含めて、木や竹で骨組みされている。
 火がつけられて、炎は登るオリオンに向けて、赤々と燃え立った。恐ろしい勢いだ。
▼その炎の色をみながら、星の色のことが気になりだした。というのは、その炎の先がちょうどベテルギウスをなめたのだ。
 同じ色だ!!
 「ベテルギウス爆発兆候」を足がかりとする授業は今日だ。
そのなかで、「星の色」についてもふれることになるだろう。
その「星の色」とは、何なのだろう。どんな情報を含んでいるんだろう。
・表面温度
・星の年齢
・・・
その情報を、受け取ることできるだろうか。
▼どんな訊き方をすればいいのかな。
星の色って何色って思っているのだろう。ふつうは…。
何が燃えているのかな。そんな「ふしぎ!?」をもっている生徒はいないかな。
やる前から、いろいろ考えてしまう。
楽しみである。

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【授業】「ベテルギウス爆発兆候」の新聞記事から

Dscf5043▼昨日は、この冬いちばんというぐらい冷え込んだ。「西高東低」の典型」のような気圧配置である。中国山脈の東端を越えてきた「おこぼれ」が、昼頃にはチラチラしていた。しかし、それは夕方ちかくなるとそれはなかった。その分、冷たい風が吹き抜けた。
 「上がるとシンシン」で日本海側で大量の雪を落としてきたのだろう。山脈を越えてからは「下がるとカラカラ」で
乾燥した冷たい風だけが強烈に吹く。
 空はと見上げると、そこには透明度の高い青空があった。このとき、なぜか距離のことを意識した。
この青空も50㎞までか!?と。
▼夜になった。こんな日は、星を見るのには最適だ。
オリオンも、冬の大三角形もみごとだ。火星にもいっそう輝いている。
いよいよ授業は恒星の世界に入る。まずどこから入るか。頭のなかは少し混沌としていた。
あのシリウスまでが、8.6光年で、1光年は9兆5000億㎞!!
ああもうダメだ。
私の大の苦手とするところだ。1/15億の太陽系モデルでなんとか、等身大の「ふしぎ!?」とつないでいったものも、混乱してくる。
 青空のスケールとまったくちがう。違いすぎるのだ。
▼このとき、ふと思いついたのだ。先日(1/10)の一面の記事を
●ベテルギウス爆発兆候の記事
この記事を、恒星の学習の導入に使おうと思った。
そこには
・オリオン座の一等星「ベテルギウス」
・赤色超巨星
・直径太陽の一千倍
・重いため一生は短く、まだ数百万歳
・ブラックホール
・約600光年
・大量のガスの放出

 短い記事ながら、すべてが出ている。そして、なによりもオリオン座の「ベテルギウス」なら、この冬休みにずっと観察をしてきたはず。そして、今夜も見えるはず。
ここを入り口にして「恒星の世界」に入っていこう。

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【授業】月の満ち欠け

▼昨日(12日)授業を再起動した。実にいい!!別にうまくいったとか、すごい「発見」をしたというのでない。ふつうの授業だ。なにをもって「ふつう」とするかは別にしておいて…。
 体調までかわってくる。 「ばっかり病」や「ゆっくり病」からも解放されたような気分になるから、「ふしぎ!?」である。
▼冬休み前の課題『冬の星空を観察しよう』が、入ったが
大まかに振り返っておくとこうだった。
1/15億の太陽系→惑星の大きさ→太陽からの距離→太陽系「宇宙」の広がり
→金星の満ち欠け
そして、太陽系最後の授業に「月」をもってきていた。
▼「地球にもっとも近い天体~月~」
教科書の文章を追いながら確認をする。
・「自然衛星」のことばに再認識
・公転周期=自転周期 同じ顔しかみせない
・約27.32日(約4週間)で一回りだ!!
・表面温度-170℃~125℃ その差なんと300℃
・クレーター 
「かぐや」からの画像を見る。これは、のちほどネットにつないだときくわしくみるように言った。
Dscf5019▼次に、月の満ち欠けだ。
私は、これまで生きてきて何度この「満ち欠け」を見てきたのだろう。
15年間生きてきた生徒たちはどうだろう。
はじめて「満ち欠け」を見たとき、どんな「ふしぎ!?」があっただろう。
その「ふしぎ!?」は、どこに置き去りにしてきたのだろう。
もう一度、アタリマエにしてきた「ふしぎ!?」にもどってみよう。
私自身、この学習があることと、「冬の星空の観察」があったことで、あらためて月を観察してみた。
ちょっと恥ずかしい話かもしれないが。
私は「月」に感動した。!!
いっぱい「発見」もしてしまった。それはアタリマエにしてしまっていたことばかりなんだが…。
いつしか、元旦の「月食」の観察を夢中で話していた。
▼「月の満ち欠け」の定番説明は、できるだけていねいに説明したつもりだ!!
でも、やっぱりいちばん言いたいこと。それは自分に対しても。

これらは、すべて身のまわりで起こっていること!!
ちょっと空を見上げてみればすぐわかること!!
はじめての「へーほんまや!!」「そうなんや!!」を
アタリマエにして
置き去りにしないこと
「科学」はみんなそここから出発したんや。
「くらし」はそのなかにあったんや。

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「混沌」から「創造」へ

▼今朝も起きてすぐ外に出てみた。星はなかった。すっかりと雲のなかであった。
三連休は、すごいスピードで終わってしまった。まるで地球が回転のスピードを加速したように。
いくつものことを予定していた。
【地球と宇宙】の授業のこの後の展開の構想。
ちょっとたまってきた読みたい本の読破。Twitter本第5弾、『猫楠』なども加わった。
ここのところ、不義理ばかりで失礼をしているSNS,ML,mixiメッセージ,等々
「くらし」でも、いろいろあった。村の行事、遅れての初詣、初講、などなど
▼いつまでたって治らない「ばっかり病」「ゆっくり病」は、生涯のともとあきらめなければならないと、腹をくくってからも、まだまだあきらめきれないところがあるのだ。
ひさしぶりに、佐藤可士和の「整理のプロセス」をひっぱりだしてきた。
1 状況把握
2 視点導入
3 課題設定
の順番に「空間の整理」「情報の整理」「思考の整理」を繰り返してみる。
▼そうしていると少し気づく。
やっぱり何かが変化してきている。それは生活がTwitter的になってきている。
混沌としてきているのだ。
いや、表現がちがう。もともと状況は「混沌」としているのである。それを意識してきたということだ。
「混沌」は、すべての始まりを意味する。ここから「創造」に向かうのである。
たいそうに言うことではない。
「やりたいこと」「やらなければならないこと」
ひろげてみて、
ならべてみて、
順番をつけてみて、
ひとつずつやってみるだけ。
さあ・・・。

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【Web更新1/10】10-02【地球と宇宙】

Dscf4950
ハゼの実の 冬木立にぞ 架けたるや
 10/01/08 (金)@安富

■楠田 純一の【理科の部屋】10-02
週末定例更新のお知らせ
 新しい年になって2回目の定例更新のお知らせである。冬休みの期間中ということもあり、学期中のふだんとは少しちがう。それだけでなく、ネットの活用についても、少し変化がおきつつあるのが、自分でもわかる。 
 ひとこと言えば、Twitter的になってきているのである。
 Twitterそのものは、けっして「あたらしい」ものではではない。ネットワークの原始形だ!!
「インターネット的」の元祖のようなものが「Twitter的」なのである。
原始形であるから、その世界は混沌としている、またその分だけクリエイティブである。フォローさせてもらったり、してもらったりが100近くになって、TLに流れる情報も多様になってきている。
 ほとんどの興味ありそうなニュースも、ほぼリアルタイムにTLに流れる。しかし、ほんとうに必要な情報は発信によってしか生み出すことはできない。Web更新もblog更新も、まったく意味がなくなっていくわけではない。
 むしろそのことの意味がより鮮明になってきている。「情報は発信するところに集まる」Twitter的生活のなかでより強く思うのである。

◆表紙画像集2010 校庭の樹木シリーズ ハゼ
 始業式の日、校庭の朝の散歩は新鮮であった。いつものコースに里山と接する部分がある。そこの風景はいつ
しか、校庭の風景に融合していた。里山の冬木立が別世界の入り口のようでもある。その世界の入り口ちかくにハゼの実がかかっていた。いつの日か、ここから和蝋燭をつくりたいという夢は、実現しないまま日が今年もすぎていく。
 このハゼの実をみるたびに「いつの日か」を心に誓うのだ。

◆【地球と宇宙】更新
 と言っても、授業があったわけではないので大きな更新ではない。
しかし、ここのところ意識してみるせいだろうか。「宇宙」「太陽、月、星」などに関するニュースが多いと感じる。
日々、教材が提供されているとも言える。
 どのように、授業に組み入れ、「教材」として活用していくか。それを考えていきたい。

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遅まきながら初詣に行った。

Dscf4968▼昨日で、大賀ハスは植え替えから41週目であった。昨年度からの習慣になってしまい、つい土曜日にはデジカメを向けてしまう。生活にも「慣性の法則」がはたらいていると思うのは、非科学的であろうか。
 でも、それはまちがいなく私の事実である。大賀ハスについて、ひとつの宿題が年を越していた。それは、昨年つまり発芽の翌年にみごとに開花したのであるが、そのときに結実していた。結実したのは5個、この5個の種子をどうするか。
 ほんとうにこの5個がちゃんと結実しているか。自分で確かめたいと思っていた。しかし、忙しさにまぎれて、私のことだからそのままにしてしまうかも知れないという不安もあった。
 この引き取り手が3名おられた。前から約束していた人、それからblogをみていてくださって「ぜひ…」と言ってくださる方々だ。
 決めた。
私の手元に2個を置いて発芽処理をする。
後、3個は、神戸、京都、秋田にそれぞれ一個ずつ送る。
発芽処理をしても芽を出すのかわからない。不安もあるが、それは了解していただき、ともかく送る。
そして、あらたな「大賀ハス物語」の展開を期待する。
それが、きっと故大賀一郎先生も賛成してくださる道だろう。
Dscf4975▼その後、昨日、遅まきの初詣にでかけた。我が家の恒例としている能勢妙見山への初詣。
例年2日にでかけいるが、今年は家のなかでの行事のため延ばしていたのだ。
例年のように早朝からということではなかったということもあり、山の上も比較的あたたかかった。雪もなかった。
山の上には「星嶺」が佇立していた。
妙見信仰のルーツは「星」にあるという。それも不動の「北極星」。
信仰と自然科学の関係を云々するつもりはない。しかし、太古より「くらし」と自然科学は密接な関係があったことは事実だ。
▼妙見山を詣でて、本殿のまわりを年の数だけまわる。まるで、地球が太陽のまわりを回るようにグルグル…。
年齢が重なってくるとこれもなかなか時間がながくなってくる。
私は、グルグル回りながら、この時間に一年間を展望することにしている。
月ごとに何がある月か、そして何をすべき月か…。
次に、「新年の抱負」を思考する。
そうこう思考をめぐらしていると、長いはずの時間は、いつのまにか終わってしまう。
▼ふっと思うのである。
熊楠の「神社合祀反対」とはなんだったのだろう。
熊楠が守ろうとしたのは何だったのだろう。

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『冬の星空を観察しよう』の報告をみて

▼今朝も、いちばんに外に出てみた。なんと、きれいな空だ。ずいぶんと小さくなってしまった月が輝いている。この月を見るだけの観察も少しだけ変わってきた。それは双眼鏡を使ってみるようになったことだ。元旦の月食にあわせて買い込んだ双眼鏡だ。これだけのことだけでも、見える「宇宙」はずいぶんと変わってくる。
月の表面にリアリティが出てくる。双眼鏡を向けるだけで、方向を意識でき、あきらかに太陽の光を反射しているということが実感される。アタリマエの実感!!これが「等身大の科学」には必須だ。
▼冬休みのあいだに、生徒たちの「宇宙」もずいぶん進化したようである。
冬休みの課題研究『冬の星空を観察しよう』のレポートが終業式の昨日出てきた。
どんなことを報告してくれているだろうと、ワクワクしながら見せてもらった。
第一感想は
「ほんとうに見ている!!」
「まちがいなく星空を楽しんでいる!!」
であった。
▼予想を超えて、というと失礼だが、ほんとによく見ているのである。
天気が悪くて、なかなか観察に適する日ばかりでなかったと思うが、それはチャンスを生かして、まちがいなく観察している。それはレポートを見ればわかる。
いくつか気づいたこと記録しておく。
●「げんこつ」1個10度は有効である。それをすることで「動き」を意識している。
●「すばる」さがしをすることで、星の色、星団が意識されている。
●星の色の報告に色鉛筆を使っているなど、星の色が意識されてきている。
●「冬の大三角形」「オリオン座」は、普通の生徒たちの会話にでてくるようになっている。生徒たちに【星連】がはじまっているのである。これが最大の成果かもしれない。
●ほとんどの生徒が元旦月食を見ようとした。見ることができなかった分、新聞記事を貼りつけて報告している生徒もいるなど、けっこうマスメディアの影響もあり、「月食」を意識したようだ。元旦ということもありタイミングもよかったようだ。
● これぞ21世紀版、生徒たちの『星界の報告』だ!!

もう少しくわしく見せてもらうつもりだ。
これを、この後の「授業づくり」の貴重な資料にさせてもらうつもりだ。

生徒は最高の指導書!!
はほんとだ。

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「非接触温度計」はどこまで有効か

Dscf4935▼七草正月の昨日は、朝から冷え込み雪がちらついていた。学校のグランドも、朝のあいだは白かった。やがって太陽がのぼり、雪は消えた。まだ本格的な雪というまでにいたらなかった。
 そんな一日、意識的に「雲見」をした。雲も刻々と形を変えていった。青空の占める範囲も刻々とちがった。
そこで、つい、いつもの「雲見」のともをポケットから取り出して、空に向けてみた。
非接触温度計である。
▼こんなことをやり出してから、2年近くなろうとしている。
こうして、「空の温度を測っている」つもりになっていた。
一応の原理もわかっているつもりになっていた。でもやっぱり完全に「ふしぎ!?」は払拭されているわけではなかった。
・こんなことでほんとうに温度を測ることはできるのだろうか。
・空のなにの温度を測っているのだろう。
・測定範囲はどこまで…
▼このあたりを、先日の新年会の「物理談義」のなかで、素朴な疑問として出してみた。
そのつづきとして、先輩からメールが届いた。そのメールに添付されていた文書「非接触温度計とは?」は比較的わかりやすく、私の素朴な疑問に答えるものであった。
 ありがたいことだ。
 これで、すべての疑問が解決したわけではないが、より有効な道具として使えるという気がしてきた。

今日も、またポケットに入れておこう。 

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400年の時空を超えてガリレオに

▼昨夜の遅く、そして今朝も私は空を見ていた。今朝の月は下弦の月。
2010年1月7日、それはちょうどあれから400年目の日である。
ガリレオ・ガリレイが望遠鏡を使って、木星の三つの衛星をみつけてから。(四つ目は1/11に)
ガリレオは『星界の報告』(ガリレオ・ガリレイ著 山田慶児・谷康訳 岩波文庫)に次のように記している。

一六一〇年、つまり今年の一月七日の翌夜の一時に、筒眼鏡で天体観測中、わたしはたまたま木星をとらえた。わたしはたいへんすぐれた筒眼鏡を用意していたから、木星が従えている、小さいけれどきわめてあかるい三つの小さな星をみつけた。(それまでは、ほかの劣った筒眼鏡を使っていたので、発見できなかったのである。)当初、わたしは恒星だと信じていたが、黄道に平行な直線にそって並んでおり、等級もほかの恒星より明るいという事実に、かるい驚きを覚えた。木星に対するそれらの星の配置は、つぎのとおりである。(『星界の報告』P42より)

世紀の大発見!!である。
ここから、人類が描く「宇宙」は変わっていくのである。
それから400年である。
▼私は、ひそかにこの日まで、ささやかな計画をたてていた。それは、小さな簡易望遠鏡を組み立てて、このガリレオに挑戦してみるという計画である。そのささやかな計画も間に合わなかった。正月休みを利用しようと思っていたが、そんな時間はなかった。
 しかし、その計画は断念するつもりはない。遅れ遅れになっても、400年の時空を超えて、ガリレオと「天文対話」をしてみたいのだ。
 その気持ちは変わらない。
▼望遠鏡では、ガリレオに追いつけなかったけれど、ガリレオが考えもしなかっただろう道具を私たちは持っている。突飛な話だが、それはTwitterだ!!
 元旦の月食を私は、自分自身が雲で観察することはできなかった。しかし、私は「観察」したと思っている。ほぼリアルタイムにTwitterからの情報でそれを観たのである。
それも、一カ所からの観察だけでなく、いくつも場所からの観察を可能にしてくれたのだ。
そのとき、私のTLには野口さんの「宇宙からのつぶやき」も流れていた。
なんとTwitter的であることか。!!
Twitter的「天体観測」それは、400年の時空を超えるひとつの道かもしれない。
手元にある望遠鏡だけでなく、地球上にあるすべての望遠鏡をTwitter的につなげば、ガリレオの「大発見」にせまれることができるかも知れない。

 私は、まだ初夢のつづきをみているのだろうか。

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実感!!「情報は発信するところに集まる」

▼今朝も外に出た。下弦の月一歩手前の月がなんともきれいだ。月の見えるかたちだけでなく、時間帯も刻々とかわってきているんだ、こんなアタリマエのこと今さらのごとく実感をともなって気づくなんて、何を見て生きてきたんだろう。そんな自分に呆れてしまう。(^^;ゞポリポリ
▼実感!!と言えば、昨日もとてもうれしく実感したことがあった。それは、かつて【理科の部屋】での、キャッチコピー「情報は発信するところに集まる」についての実感である。
 恒例にしている大学のOB会(新年会)で、私はおとそ気分も手伝い、最近「ふしぎ!?」に思っていることを話題として出した。参加していたみなさんは、一般企業で働いておられる先輩たちが中心だ。
 この私の「ふしぎ!?」をだしても、その場の酒の肴程度なるか程度であろうと思っていた。その認識は、私の不遜であった。
▼いくらかの「ふしぎ!?」を出したがそのうちのまずひとつをあげてみる。
それは、「地球は、ずっとずっと未来永劫同じスピードで回転するのか」「また、それはなぜか?」からはじまった。
そして、それは「物理学」議論に発展した。おじさんたちの物理学議論もなかなかの興味深いものなった。
アインシュタインが登場した。私は、理科ハウスのことが頭に浮かんだものだから、石原純のことを話題にした。
私は、くわしく知らないけれどという前置きつけて…。
 そしたら、大学で物理学の講義やってこられたH先生が反応された。「石原純ね!」っと。
さすがだ!!当たり前かも知れないが、物理学を講義されていていたのだから…。でも私に感動であった。
 なにか「親戚のおじいちゃんのことを知っておられた!」みたいな感覚だ。
▼実は感動はその次だ。
「今、文献の整理をしているから、石原純に関するもの送ってあげよか」
「えっ、はいぜひぜひ…」
それが昨日届いた。手製の箱に入って
『科学雑録 石原純』(自家製)きれいに製本されている。ページをあけてみる。
「1921相対性原理に対する論難その他」からはじまっている。
一挙に、私の歯が立つようなものではない。でも、ていねいに製本されたこれを手にすることにより、先生の物理学の「おすそ分け」をいただいいる気分になってきた。
資料はそれだけでなかった。石原純の書いたものもたくさんあったが、それ以外の物理学者のものもあった。
私は、今思う。生涯で最高に強く思う。
「物理学を勉強したい!!」
▼もうひとつある。私は、いつも愛用している非接触温度計を持参していて、それを見せながら言った。
「私は、これを空に向けて温度をはかっている。生徒には高度が増せば、温度低くなることを教えたいのだ」
「これは、いったい何の温度を測っているの?」
企業現場で長年働いてきた先輩たちだ。
わいわいと解説か゛出てきた。情報はそこで止まらなかった。
昨日メールが届いていた。参考資料のPDFファィルをつけて…。
▼やっぱりつくづく思うのである。実感!!するのである。

「情報は発信するところに集まる!!」

と。

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「宇宙」何をどこまでどのように

▼1月5日、今朝も起きるなり外に出てみた。風が冷たい、それもそのはず今日は「小寒」、つまり寒の入りだ!!
「宇宙」への窓ガラス、空は曇っていない。月が明るい、たった5日前には、まん丸であった月は右の方が萎んでいた。まちがいなく月は位置をかえている。動いているのだ!!
▼今年も、月食の観察からはじめているわけだから、けっして「授業」から思考が離れているわけではないが、やっぱりどこか学期中とはちがう。切実感ない、「明日の授業をどうする」という感覚から離れているのである。
そのこと自体は、授業を考える上でも大切なことかも知れない。大局的に考えることができるから…。でもその期間も続きすぎると、ちょっと鈍ってしまう。
 そこで、少し正月ぼけから脱出する意味でも、これからの【地球と宇宙】の授業を考えておきたい。
▼授業は「1/15億の太陽系」「金星の満ち欠け」まで来ている。後は「月の満ち欠け」をやって太陽系からさらに「恒星の世界」に入っていく。
 冬休みの課題で「冬の星空」を観察しているので、それをもとに
・恒星までの距離
・恒星の明るさ
・星雲
・星団
・宇宙のひろがり
とすすめるつもりである。限られた時間のなかである。
▼そこで、この「宇宙」の何をどこまで教えればいいのか。
という原初の課題をもういちど考えてしまうのである。
「宇宙」究極の「ふしぎ!?」それは
・我々はどこにいるのか。(空間)
・我々はどこから来たのか。(時間)
この二つにある。とはじめたこの学習である。
これまでで、少しはこの「ふしぎ!?」に応えることなっているだろうか。この「ふしぎ!?」の答えをみつけることだけが「ねらい」ではない。
 この「ふしぎ!?」に継続して挑んでいく意欲である。そのためには「感動」「知識」が必要である。
それは、どうすれば…。
▼私は、ここのところちょっと感動していることがある。
それは、野口さんの宇宙からのTwitterを通しての「つぶやき」である
https://twitter.com/Astro_Soichi)。宇宙空間からの新年のあいさつ、「きぼう」でのようすがダイレクトに、自分のTLに流れる。それもリアルタイムにである。
元旦の初日の出はなんと16回も見られたという。このあとも、「きぼう」内での実験のようすがリアルタイムにつぶやかれるだろう。
 何に感動するかというと2つある。
ひとつは、
・ 宇宙空間からリアルタイムに情報が個人メディアを通して伝わってくるということ。
もうひとつは、野口さんのいるところだけが「宇宙」ではなく、私たちがいる空間も実は「宇宙」であるそのことである。
・ 野口さんも私たちも同じ「宇宙」にくらしていること。
このアタリマエにいたく感動するのである。
▼「私たちは、宇宙にくらしている」それを感じ取れる授業の展開はどうすればいいのだろう。
何を、どのようにすればいいのだろう。もう少し具体的に考えはじめようと思う。

(追記)今、散歩にでたらみごとな流れ星がひとつ。きれいだった!!

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【Web更新1/3】10-01新・クラウド「整理学」試論など

Dscf4823
初春や 冬芽にも夢 宿りたり
 10/01/01 (金)撮影@安富

■楠田 純一の【理科の部屋】10-01
週末定例更新のお知らせ。
 2010年第一回目の更新である。今年も、定期的に週一回の更新をめざしたいと思っている。昨日新年会があった。元物理の先生にちょっと素朴な質問をしてみた。
「地球はほんとうに等速度で回転しているんですか」「なんでなんですか」。
そこからいつの間にやら、「光」「時間」の話になっていった。
今年も等身大の「ふしぎ!?」を追い続けようと思った。

◆表紙画像集2010 校庭の樹木シリーズ 桜
 こちらも、昨年にひきつづき「校庭の樹木シリーズ」を続ける。樹木の四季を追い続けたい。「科句」の方も、少しは上達したいものと思っている。初日の出の見たあと、校庭のサクラの冬芽をみた。
冬芽は、冷たい風に抗しながらも、どこかふくらみをもってきているように見えた。

◆新・クラウド「整理学」試論 更新
 展開中三つの「試論」。今年も続けようと思っている。今回は新・クラウド「整理学」試論(10)を書いた。「整理学」というより、それははじめて100日目の「私のTwitter論」のようになってしまった。
 それは、これからの「整理学」がTwitterにふれずには成立しないと思うからである。
200日目、300日目ぐらいでも「私のTwitter論」書いてみたい。また、ちがったことを言っているかも知れない。
まだまだ「入門」途上であること自覚するばかりである。

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新・クラウド「整理学」試論(10)

Dscf4833▼ほんと地球の回転は速いと思う。はやくも2010年も、3日目と言うのだから。でも、そんなバカなことないわけで、地球の回転スピードが変わったりするわけではないので。
 でも、そう感じてしまうのはどうしてだろう。自分の体内時計がゆっくりと回転しているからなんだろうか。それとも「時間」のレセプターがくるってしまい錯覚おこしているからだろうか。
 それでも地球は回転するのだ!!
Dscf4828▼ずっとずっと地球の回転にあわせて、観察を続けてきた我が「大賀ハス観察池」のようすを、年がかわったけれども画像におさめた。氷がはっているだけでない。うっすらと雪すらかぶっている。
地下の蓮根は年がかわったことなどおかまいなしに眠っているのだろうか。
 うっすらと雪をかぶったのは「大賀ハス観察池」だけではなかった。門先の定点観測地Aのヒガンバナも雪をかぶっていた。しかし、ヒガンバナの方は眠ってなんかいなかった。こちらの方は正月休みなどない、太陽が顔を出してくれば、今こそ稼ぎどきなんである。
▼ちょっとした「行事」をいえでやった。だから、私も例年の「初詣」を変更せざるを得なかった。
その間に、年賀状をみたりネットにつないだりしながら思ったことがある。今年も、やっぱりそれを「記録」していこう。まずは、新・クラウド「整理学」試論だ。
 ネットにつなぐと言っても、ここのところつなぐ順番が少しずつ変わってきている。
まず、TwitterのTL(タイムライン)をみるのが最初になってきている。今や、メールを見るよりも先になってきている
のである。Twitterはじめて今日でまだ102日目である。
 ネットワークライフは少しずつシフトしてきている。
 「整理学」試論が本題であるが、これにも深く関係するだろうと思うので、私にとってのTwitterの今を書く。
▼私は、ほぼ一ヶ月前に、自分自身の「Twitter入門」のために10のステップを設けた。
自分で確認のために、もう一度あげておく。

【ステップ1】blogとつなごう。とりあえずblog更新の度に「つぶやこう」。

【ステップ2】自分のTLをコントロールをしよう。

【ステップ3】「情報は発信するところに集まる」ここでも有効である。

【ステップ4】等身大の「つぶやき」をつづけよう。

【ステップ5】SNSとTwitter「つぶやき」でつなごう。

【ステップ6】三行レポをTwitterしよう。三行レポの内容は授業報告、実験・観察報告等々である。
 
【ステップ7】研究会・イベントを「tsudaる」って、「おすそ分け」をしよう。

【ステップ8】Twitterでリアルタイム「自然の観察」やろう。

【ステップ9】Twitterでリアルタイム教材情報を入手しよう。新鮮!!「今」を教材化しよう!!

【ステップ10】Twitterで「授業研究」をやろう。

ならべてみて、自画自賛である。
まったくこの通りのことが、次々と実現しつつある。
▼あらためて思うのである。
・これは単なるツールではない、メディアであり、メッソッドあり、コンテンツそのものである。
・ネットの最も原始形それがTwitterである。
・原始形だからこそ、如何様にも進化する可能性を持っている。
・Twitterは「カオス」であり、その分だけ「クリエイティブ」である。
・Twitterは幹細胞のようなもの、いかなる器官にもなりうる。全能性をもつ。
・Twitterは、今、もっともTwitter的である。

まだ、まだ私は「入門」途上である。
200日目、300日目には、どこまでTwitter的になっているだろう。自分でも楽しみである。

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今年も「太陽・月・星のこよみ」を

▼2010年、地球の2回転目の朝、今日も外に出てみた。ほぼまん丸な月が見えた。今朝は、はっきりと見える雲はあるが、うすい、流れている。しばらく眺めていた。こころもち右の方(西の方が)が、しぼんだように見える。アタリマエだ。太陽は東の方にいるのだから…。
▼考えてみると面白いものだ。私は、やっとやっと大発見のように「私たちは宇宙にくらしている」とほざいているが、そんなことずっと昔からアタリマエだったんだ。生産や労働やくらしが「自然」と直結しているのは、今にはじまったのではない。
「太陽」「月」「星」をみて、「こよみ」をつくった。「こよみ」は自然・宇宙のスケジュール表である。
「こよみ」の歴史をみれば、そこに人間の宇宙観の歴史が読み取れる。それは同時に自然にはたらきかけ生きる「くらしの歴史」まで読み取れる。
Dscf4622▼私は、ここのところ毎年「太陽・月・星のこよみ」を使っている。
自分の部屋にひとつ、理科室前にひとつ、できるだけ毎日それに目をやるようにしている。月齢も表示されいる、二十四節気、科学的できごと、歴史、天文観測のみどころ等々が書いてある。非常に重宝している。
表紙の裏には「天気表・生物季節」がある。
昨年は、これを理科室前に掲げておいて、わたしは、そこに「毎日の天気」を記入してみた。学校へ行かなかった日は、後日の記入になったが、ともかく365日の「記録」ができた。
それを眺めていると「地域の天候」だけでなく、「くらし」まで見えてきそうな気がする。
今年もつづけてみるつもりだ。
▼遅くなってしまったが、2010年の「太陽・月・星のこよみ」を今から、自分の部屋に掲示する。
今年は、もう我が家にいない、子どもたちの分も買い込んでいる。 
「お年玉」がわりにわたすつもりである。
今日2日は
「明け方、月の北にふたご座のボルックスが見える」と書いてある。
4日は
「しぶんぎ座流星群極大」と。

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2010年・新年の抱負

Dscf4678▼昨夜つまり2009年の大晦日から、私は私なりのスタンバイをそのときを待っていた。元旦月食である。下手くそとな写真でも「記録」としては意味があるかと、双眼鏡もあらたに購入し、手持ちのデジタルカメラを四苦八苦しながら近づけて練習までしていた。大晦日の満月は、確かに「満月」であった。年があらたまったころから、空が怪しくなってきた。満月に厚い雲がかかっていた。それでもそれは流れていた。
 悪くても、雲の合間からは欠けた月が顔をのぞかせるだろうと思っていた。しかし、それは甘い希望的観測であった。
▼その時間が来た。元旦に「満月」「月食」なんて見逃すてはない。絶対にちょっとでも見たかった。
欠けはじめの3時51分になっても、まったく雲は流れようとしない。寒い、冷える!!
しかし、そんなことは、この際問題ではなかった。30分待っても厚い雲が動くその気配はない。ちょっと全国ではどんなだろうと、部屋にもどってつないでいたTwitterのタイムラインを見た。
 そんなことはなかった。いろんなところから「見えた!!」「きれいだ!今が最大では!!」「すばらしい!!」の報告がタイムラインを流れる。言葉だけではない、リアルタイムのきれいな画像が、いろんなところから報告されていた。動画まである。!!おまけに同じタイムラインに「宇宙」から野口さんの新年のあいさつの「つぶやき」まで流れる。
 月食が、この目で生に見ることができなかってくやしく残念であったが、その分全国のいろんなところから観察された「月食」をほぼリアルタイムに見ることができた。そのことに感動した。
 人から発せられた情報として、私は「月食」を見たのである。
 月食を隠すクラウドに対して、人がつくり出した「クラウド」で対抗したのである。
「クラウド」万歳である。Twitterは「地球の鼓動になる」まんざら夢物語ではないかも知れない。
▼食が最大の頃(4時22分ごろ言われていた)をすぎて、それでもあきらめきれずまた外に出たが、状況に変化はなかった。食の終わった、5時過ぎまで、「ひょっとしたら」を願って粘ったがダメだった。
 ちょっと粘り方もちがっていた。全国いたるところで同じものが見られているのだから、ここでも同じものが見られるはずであるという確信があった。
 再び満月が顔出したのは、初詣に出かけたときである。雪のちらつく西の山に大きな満月が没していった。
Dscf4810▼今度は、太陽だ!!「初日の出」を初詣に行ったその帰りに見ようと計画をしていた。
初詣で神社に詣でているあいだ、少し雪がちらついて空は曇っていた。こちらも生はダメかと思ったが、先ほどの月食のことがあるからねばりにねばっていた。
 そしたら、にわかに空は明るくなり、先日冬至の日に見たときと同じ位置で「初日の出」を見ることができた。
 きれいだ!!
  「満月!」「月食!」「初日の出!」「宇宙からのつぶやき!」「人がつくるクラウド!」…。
 なんとも感度的な元旦である。

▼こうしてはじまった2010年。
今年の抱負をあげておこう。
明日の自分に向けて、「
記録」として。

(1) 科学をアクティブに楽しもう。
  ・授業で…
  ・くらしで…

(2) 科学をコンヴィヴィアルに楽しもう。
  ・Web、SNS、blogそしてTwitterを駆使して

(3) 私にとってのホンモノ科学を模索しよう。
  ・「常民の科学」
  ・「等身大の科学」
  ・「熊楠の科学」
  ・「ファラデーの科学」
  ・…

より具体的には追々に多くの人から学びながら考えていこう。
                                      2010年 元旦 記    

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