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「熊楠」とこれからの理科教育(3)

Dscf3170▼校庭に植えた綿の実がはじけだした。白い綿はきれいだ、しかし、誰がこれを紡いで身につけるものを創り出したのだろう。考えてみればすごいことだ、ホモ・サピエンスと自らを名のるだけのことはある。
 21世紀の今、そのホモ・サピエンスたちは何をめざして、何を紡いでいっているのだろう。
▼「熊楠」をつづける。
「南方マンダラ」の「萃点」に科学の方法をみる
ところまでまで書いたように思う。
しかし、待てよ。この「萃点」とはいったいなんなのだろう。
私は、このようにとらえている。
・情報が交叉するところ。
・情報が発信されるところであり、情報が収集されるところ
・「知」の交差点
・原理・原則の住み処
・…
人はどう見ているのだろう。今、「熊楠」にもっとも近しい人たちはどう見ているのだろう。
それが、今年の「熊楠」再訪の目的であった。
▼時空超えて「熊楠」を訪ねての旅のひとつの結論は、
・誰もが、「南方マンダラ」を持っている。
・誰もが、自分の「○○マンダラ」をもっている。持とうとしている。
ということだった。
 そして、誰もが、自分の「○○マンダラ」をあつく語った。
「萃点」も、多様であった。
▼私には、もうひとつの仮説があった。
●【仮説 その4】
「南方マンダラ」は、Webそのものである。

なんとも、荒唐無稽なこじつけかも知れない。しかし、あの「南方マンダラ」絵図が、Webの図に見えてしかたないのである。
だとしたら、

「萃点」とは、ネットワークにおけるハブである。
話が、飛びすぎている。
本論の「これからの理科教育」との関連でまとめていかなければ…。
▼彼は、粘菌の研究にこだわった。
「粘菌」は「動物の世界」と「植物の世界」が交叉するところ。(「萃点」!?)
「粘菌」を地球規模でおいかけ、その新種を我が家の庭で発見する。熊野の森にみつける。
その事実は、何を意味するのだろう。
「ネーチャー」等に論文を発表しつつ、地球規模を志向しつつ
科学を「くらし」と結びつけ、等身大の科学を志向する。

100年の時空を超えて、理科教育の「これからの人」がここにいる。

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