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『ヒガンバナの博物誌』の再生読み

Dscf0849▼事は9月12日の朝に起こったのだった。とんだアクシデント、大失敗であった。
まだ一週間と経過していない。そのときに思ったこと。
◎「データのバックアップの重要性」
◎「こちらでなく(自分のパソコン)、あちらに(サーバー)に蓄積することの有効性」
◎「修復」でなく「再生」(作り直し)を

今考えてみると、最大のピンチは、最高のチャンスとなったようだ。
私の言う「再生」作業をすすめている。壊れてしまったシステムのなかから、有用なものだけを拾い上げて、また新しいシステムをつくるのだ。それは、まるで何も食べない環境のなかで「作り直し」を261日間も繰り返してみせてくれたコウガイビルのように…
▼ひょっとしたら、脳内の細胞のシステムもこのようなことを繰り返しているのではと思いだした。
いちど壊してしまって、有用な「情報」をつなぎ合わせる。そして、それはまったく「新しいもの」のような姿を整えながら…。本を読むという作業もそんなところがあるのかも知れない。
名著『ヒガンバナの博物誌』をはじめて読んだのは、この本が発刊されてすぐだっただろう。
その年のヒガンバナオフ(巾着田オフ)には、もって来ていた人がいたと記憶するから…。
もうそれから、11年が経過している。なんと今では著者自身とネットを介して話ができるまでになった。
ありがたいかぎりだ。
▼何度か読んだつもりになっているこの著を、いま読み返している。
部分的にいったら、毎年繰り返し読んできた。そのつもりであった。
「これまで」を壊して「再生」読みをしてみると、ずいぶんと、「発見」あるもんだ。
「あれ?ほんとにこんなこと書いてあったかな」と思ってしまうのだ。今は、「染色体」「遺伝」などに注目して読んでいる。このあとの授業に関連して…。
やっぱり面白い。さすが名著だ!
▼誰も抱く「ふしぎ!?」に応えながら、いつのまにかヒガンバナの魅力をぞんぶんに語っている。
まさに「新しい博物学」とは、こんなものを言うのだろうという世界を展開してくれている。
もっと、ありがたいことがある。それは、ほぼ完全なかたちで「あちら」にも蓄積されていて、いつでもWebでみることができるということだ。
◆『ヒガンバナの民俗・文化誌』
◆『ヒガンバナ属と呼ばれる植物』

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