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新・クラウド「整理学」試論(2)

Dscf1197s▼「日本ヒガンバナ学会」の満2歳の誕生日の昨日は、家の周辺のヒガンバナを満喫した。「おみごと!!」を連発をしながら。墓参りにも行った。
墓参りに行きながら、妻と話した。
「キンモクセイの香りがすごいね」
「そうなんだよな、学校のキンモクセイ・ギンモクセイに昨日気がついたんや」
「えっ、だいぶん前からやらで」
「そうやったかな、ヒガンバナとキンモクセイはいっしょやったかな」
毎年めぐり来る「季節のたより」をわかっているつもりで、あやふやなものだと思っていたら、ネットでクラリスさんがそのことを書いおられた。ひょっとしたらキンモクセイになにか異変がおこっているのかな。
▼めったとない機会と「整理」をすすめた。今やらなければ、いつまでもやることはないだろうと。
まずは、画像の整理だ。デジカメを使うようになってからも、ずいぶんとたまってしまっている。それまでも「写真」の整理が苦手で、ネガのままほかしてしまっているものもいっぱいある。
ところが「整理」の全体構想だけところで飽きてしまった。
こまったものだ。
「整理」のための「整理」なんて意味がない。
なにかにつなぐ「整理」でなければ…。整理ができない人間の常套の言い訳。
▼それにしても、このコンピュータとは便利なものだと思う。瞬時に「整理」をやり遂げてしまうのだから、コンピュータを触りだしてから、かれこれ20年になる。今も、初心者の域を脱出することはできない、コンピューティングである。
 今は、Web2.0時代から、「クラウド・コンピューティング」の時代であるという。
「クラウド」ってなんだ。いくつかの関連しそうなことをググってみる。
シロウトの大胆さで、仮説をいくつか
・「クラウド・コンピューティング」は、まったく新しい概念、モデルではない。
・クライアントにとってはそこから始まったのだ。
・ビジネスライクには「斬新」であっても、ふつうの生活者にとっては当たり前のこと。
・やっとコンピュータが「コンヴィヴィアリティのための道具」として再認識されはじめたのにすぎない。
▼「コンヴィヴィアリティのための道具」に関連して、昨日はじめてtwitterなるものを体験してみた。けっこう面白い世界だ。あらたなコンヴィヴィアルな世界が拡がっていくかも知れない、楽しみである。

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